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■オープニング本文 ●遅れ七夕 「実は‥‥しばらく、神楽を離れようかと思います」 「開拓者を辞めるのか?」 弓削屋敷の客間で対面した崎倉 禅(さきくら・ぜん)から単刀直入に聞かれ、弓削乙矢(ゆげ・おとや)は奇妙に寂しげな笑みを返す。 理穴は奏生にある、弓矢師弓削家の屋敷。 先月に心労で倒れた乙矢だが、彼女の弓師の師匠よりその後の経過が順調だと連絡を受け、崎倉は見舞いにと足を運んでいた。 心身に異常を起こしたのは、崎倉が頼んだ依頼の最中。少なからず関わりのある身としては、やはり気がかりだった。 「分かりません。家宝の弓を追うべきか、遺恨に囚われ続けるべきではないかすら、自分ではもう分からないのです」 四角く正座した乙矢は、膝の上に置いた拳を白くなるほどきつく握る。 「付喪弓の一件では、いろいろな方に助力をいただきました。ですが、自身の至らなさで迷惑をかける事も多々あり‥‥」 真っ直ぐに崎倉を見ていた視線は徐々に下がり、そのまま沈み込むようにうな垂れた。 「事実と反する言葉も、不甲斐ない自分を叱咤激励しようと嘘をついてくれたのかもしれません。そんな好意も踏みにじり、誰かを傷つけてまで宝珠弓に固執して‥‥そんな自分が、ほとほと嫌になりました」 「その場に居合わせていなかった俺からは、なんとも言えないが。余計な世話を焼いて、すまなかったな」 「いいえ。宝珠の欠片を拾っていただいた事。そしてわざわざ届けて下さった皆様には、感謝しています。いっそ、これを機会に初心へ立ち返り‥‥弓矢師としてやり直し、精進した方が良いかもしれぬという気も致します。教えられなかった為に弓削の技は未だ手探りですが、本当は家族にとって何よりの供養になるのかも、と」 畳へ手をついた弓術師に深々と頭を下げられ、茶をすすっていた崎倉は喉の奥で唸った。 乙矢が『開拓者』を間近で見る切っ掛けとなった身としては、捨て置く事も出来ず。 「とりあえず、顔を上げろ。お前さんはいろいろと物を真っ直ぐ、思い詰めて考え過ぎるフシがある。ちぃっと、肩の力を抜いた方がいいと思うんだがなぁ」 生真面目さも、職人としては良い素質なのだろう。しかしたまには息抜きをして発散せねば、息が詰まって破裂しかねない。先の一件を思えば、既にある意味で破裂してしまった後だが。 「なぁ、乙矢。せっかくだから、七夕でもしないか?」 唐突に崎倉は話題を変え、当然の如く乙矢は怪訝な顔をした。 「七夕、ですか。もう時期は過ぎましたが‥‥」 「七月では梅雨が明けぬ故、場所によっては時期遅れで八月のかかりまでやる地域もあるそうだ。正月や盆とも違うし、多少は時期がずれても良いと思うがな。それに俺も、今年は七月七日に七夕をする機会がなくてな。お前もゼロも長屋におらず、そのせいか汀がやけに寂しそうだったぞ」 「‥‥そうでしたか」 「奏生なら、青竹も豊富に売っているだろう。竹を割って天の川に見立てて、水を流すのも涼しげでいい。笹舟を流すついでに、流し素麺をするのも一興だ。この屋敷なら、庭で遊ぶのにも十分の広さがあるからな」 開け放した客間の縁側から、崎倉は広々とした庭へ目をやる。 簡素な作りの庭は控えめな植木が緑を繁らせ、普段は住人がいないせいか、涼しげな池には鯉の一匹もいない。 「ぶしつけだが、ついでに場所を貸してくれると有難いというか。代わりにと言ってはナンだが、俺の方から誘いの声はかけておこう」 「承知しました。とはいえ、常は人のいない家ですから、不便はあると思いますが」 「呼んで来るのは、それを気にする連中でもあるまい」 しれっと答えれば、僅かに乙矢は表情を緩めて笑う。 それは崎倉が弓削屋敷を訪れてから半日にして、ようやく目にした笑みだった。 ちりんと、夜風に風鈴の音がする。 その日のうちに奏生の開拓者ギルドを通じて神楽の開拓者ギルドへ誘いを出した崎倉は、客間の縁側へ腰掛けて夜空を眺めていた。 開拓者を辞めるという決断を即座に乙矢がしないのは、未練があるからだろう。それも開拓者という立場に対してではなく、おそらくは人の繋がりや縁や、そういった類の物に対しての。 「今は、雨露離を待つのがいいかもしれん」 ぽつと、崎倉が夜の静けさに呟く。 『雨露離(うろり)』とは、弓を射る際に『雨の露が葉から滴るように、自然な離れをせよ』という教えだ。 刀を扱うのと同じく、弓を射る所作もまた一つ一つが大事となる。 矢を番えた弓を引き絞った状態の『会(かい)』から、矢を放つ『離れ(はなれ)』。 会が十分でなく、また焦って離れを行えば、的の星に矢は当たらない。 射手である乙矢の心が落ち着き、定まらなければ、矢は更にあらぬ方向へ飛ぶだろう。 「ただ‥‥一人というのは、侘しいものだからな」 軽く頭を撫でられたサラは横笛を手に崎倉を見上げるが、何を言うでもなく。 暑そうにのびている仔もふらさまをよそに、ぴょろぴょろと頼りない下手な笛が庭に響いた。 |
■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038)
24歳・男・サ
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
只木 岑(ia6834)
19歳・男・弓
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
透歌(ib0847)
10歳・女・巫
テーゼ・アーデンハイト(ib2078)
21歳・男・弓
エドガー・リュー(ib4558)
16歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●来訪、再来 「お邪魔に来ましたよーっと」 屋敷の門よりテーゼ・アーデンハイト(ib2078)が窺えば、奥から崎倉 禅が現われた。 「乙矢さん、目が覚めたんですね!」 「ま、立ち話もなんだ」 勢い込む透歌(ib0847)に、崎倉は中へ案内する。 「遠いところを感謝する」 「なに、精霊門で一跨ぎじゃ。前回の事を捨て置く訳にはいかんしのう」 『依頼人』の礼を、かんらかんらと笑い飛ばす小野 咬竜(ia0038)。 「それで、乙矢さんの具合は‥‥」 只木 岑(ia6834)の背を崎倉がぽんと叩き、それだけでも彼は少し安堵した。 「会っていただけるのですか?」 「顔ぶれは伝えてあるからな」 慎重に確かめる斎 朧(ia3446)へ、崎倉は短く明かす。 「そう、ですか‥‥」 「安心した、訳でもなさそうね」 更に張り詰めた気配に胡蝶(ia1199)が苦笑するも、朧本人は気付かない。 「詳しい事は判らないが、何かあったのか‥‥」 件の付喪弓を破壊した場にいた琥龍 蒼羅(ib0214)だが、深く関わる気もなく。そして初対面となるエドガー・リュー(ib4558)は、飾り気のない屋敷をぐるりと見回す。 「随分と立派な『お屋敷』だな」 「職人の技は、腕次第で剣の一流派にも匹敵するからな」 誘われたゼロが答え、桂木 汀はきゃっきゃとはしゃいだ。 「広いから、賑やかにしても怒られなさそうだねっ」 「ああ。七夕は特に何もせんかったから、遅れてもできるってのは嬉しいねぇ」 簡素な庭をエドガーへ目をやり、一行は玄関ではなく庭から座敷に案内される。座敷では気付いた弓削乙矢が立ち上がり、縁側に出て深々と礼をした。 ●道の見定め 「大丈夫ですか? すごくすごく、心配しました!」 「ご心配をおかけして、申し訳ありません」 体調を案じる透歌へ、乙矢が謝る。 「良かったわ。騒がしいのもいるから」 「呼んどいてソレか?」 憤慨するゼロに胡蝶は素知らぬ顔をし、神楽で馴染んだ空気に小さく乙矢が笑んだ。 「思えば乙矢には、本気になると怖いだの言われたわよね」 軽口を交えながら胡蝶が『陰殻西瓜』を土産にと渡し、「冷やしてくるね」と汀は崎倉達と席を立つ。 「そのような事も、ありましたね」 乙矢と目があった岑は困り笑いで頷き、テーゼが身を乗り出した。 「早速だけど、乙矢さんに街を案内して貰えないかな。汀さんは絵師って話だし、絵の具が豊富な理穴は回ってみたいだろ。久しぶりに会うんだから、話もいろいろとあるだろし」 「その前に、あの‥‥宜しいでしょうか」 和やかな雰囲気の中、遠慮がちに朧が切り出す。 人の心の傷へ無頓着に刃を突き立てたと内省する身では、笑って輪に加わる事など出来ない。初めて「気まずい思い」を知った気分で、どうすべきかをずっと彼女は考えていた。 「私はまず、謝罪をせねばなりません。結果に対しては、謝罪が‥‥けじめが必要ですので」 いつもの笑みは影を潜め、一同へ頭を下げる朧。 「あの時は申し訳ありませんでした‥‥元気付けようとされた他の方々も、申し訳ありません」 「斎殿、面を上げて下さい」 「本気でか、そう思おうとしていらっしゃるだけかはともかく、意義のある受け取り方を乙矢さんがされていると崎倉さんより伺いました。ですがその結果、しばらく目覚められなかった事は事実。今の迷いに、何かしら影響もしていると思います。 勿論、あの言葉の刃のけじめが謝罪一つですむ筈もなく。少なくとも、残る弓は引き続き追うつもりではいます。言葉一つで心が大きく乱れる程、大事なものなのですし。乙矢さん御本人が追われなくとも、もう‥‥無関係では、ありませんので」 「それは‥‥」 ようやく顔を上げた朧と逆に乙矢は項垂れ、おずおずと透歌が口を開いた。 「私は‥‥私の我が侭ですけど、今まで出会った人たちの事を後悔してないなら、もうちょっとだけ一緒に弓探しを頑張っていきたい、です」 「宝珠弓の捜索は、勝手かもしれないけど、ボクもついでの感じで続けて行けたらと。弓削家の弓は、一度は弓削の家に帰ってくるといいと思うんです」 岑も頷き、同じ事を思う者の存在に透歌がほっとする。 「乙矢さんが迷惑をかけたとか思ってるって聞いたんですけど、私は迷惑とか思ってません。弓探しのお手伝いでいろんな人に会う事ができたし、よかったって思ってます。少しでもお役に立てたのなら、うれしいなって。そうでなかったなら、次は頑張ってお役に立ちたいです」 懸命に透歌が訴え、傍らの猫弓を見やる岑は乙矢へ向き直った。 「道具は物を言わないから、正しい場所にあってほしいですね。持ち主が納得していなければ、道具も可哀想な気もします‥‥全てが、憑喪になる訳じゃないだろうし。 開拓者を辞める辞めないも、決めなくていいと思う‥‥休むって選択とか。それに開拓者を知る弓師、矢師が作る弓、矢も手にしてみたいです。いや、乙矢さんの弓とか、いつか欲しいな」 「乙矢さんの弓か‥‥どんな弓だろ」 テーゼが何やら想像し、誤魔化すように手をぱたぱた払った。 「えっと。俺も別に、休んでもいいんじゃないかって思ってる。志体が無くなる訳でも無いし、やりたくなったら、いつでもギルドに出てくればいいじゃん。 弓探しも同じ。考えはそれぞれだろうけど、皆、乙矢さんの事を考えてるんだ。何を選んだって力になるぜ? あと寂しくなったら、呼んでくれれば遊びに来るから」 何かをもぎ取るテーゼの仕草に、視線を泳がせる者、苦笑する者、様々で。 「乙矢が開拓者を続けるか否かに関しては‥‥俺は、続けろとも辞めろとも言うつもりは無い。この件には、それ程深く関わった訳でもないのでな」 改めて何か言うまでもなさそうだとも思いながら、助けになればと蒼羅も口を開く。 「後悔先に立たず、と言う。大切なのは『誰かに言われたから』ではなく『自分はどうしたいのか』じゃないか。どんな選択をするにせよ、悔いを残さないよう‥‥俺から言える事は、これだけだ」 「そうだな。聞いた感じ、難しく考えすぎだ。弓削の性分かもしれないが」 真摯な者達に対し、あえてエドガーは軽く切り出した。 「正直なところ、わしには弓削の気持ちは解らん。俺は弓削を良く知らんし、そんな風になった事もないしな。ただ、悩んで答えだすってのも大事なんじゃないか?。 自分がやりたいようにするのが一番、そして後悔しないのが最高だ。ついでに楽しく生きれりゃ言うこと無しだ」 話を聞いた感触では、自分の中で答えが出ているのに踏み切れないだけ。なら、自分に出来る事は――。 「よく知らんが、自分の思うようにやるのが後悔ないんじゃないか?」 これくらいだと、エドガーが最後の一押しをしてやる。 咬竜は煙管をふかし、黙した胡蝶の袖を透歌が引いた。 「胡蝶さん?」 「そう、ね。決めた事に口を挟むつもりはないわ。私からは、ひとつだけ」 引き止めたい気持ちと、ただ闇雲に続ける事が正しいとも思えない胡蝶もまた、ずっと悩んでいたのだが。 「乙矢との仕事は‥‥私にとって、代え難い経験になったわ」 そう本心から明かし、『翠玉の耳飾り』を取り出す。 「回復祝いよ。受け取ってくれるかしら?」 「ありがとう、ございます」 大事そうに、乙矢は耳飾りを両手で受け取った。 「食欲があるのなら、おいしいものをたくさん食べた方が元気になりますよ」 「買い出しは乙矢さんと透歌ちゃん達がご馳走調達、ゼロのにーさんは俺達と七夕の準備だな。しっかり荷物持ちしてもらうぜー?」 「てめぇ、俺に持たせて楽しようって魂胆だろ」 「なんの事やら〜」 「ああ、すまん。乙矢は俺が借りる」 「‥‥へ?」 ゼロをからかうテーゼが、咬竜の一言に目を丸くした。 「茶も一人で飲むのは詰らんからな。風流は大事じゃ」 出かける者を見送った後、茶室で咬竜は乙矢と向き合った。 碗へ抹茶粉を入れる咬竜を、正座した乙矢は黙って見つめ。 「で、心は決まったのか?」 大真面目な顔で、唐突に切り出す咬竜。 「皆様方の言葉の奥に、それぞれの生き方や思いが御座いました。それに比べ、誰かの意に縋ろうとする私など‥‥」 茶杓で粉をならしながら、「そうか」と短く答える。 「大事なのは、最後まで己で在れるかどうかじゃろ。迷い悩むなら、存分にすれば良い。地に着かぬ足で歩こうとしても前には進めん。今は、心を茶の湯のように鎮める事じゃな」 柄杓で静かに湯を注ぎ、茶筅の解く音が茶室を占めた。 間もなく茶が点つと咬竜は茶筅を引き上げ、碗を持ち直して乙矢へ置く。 「お点前、頂戴致します」 手を伸ばす乙矢に合わせ、咬竜が僅かに身を乗り出し。 「いい女じゃ」 告げてニッと笑えば、疑問の視線が返ってきた。 「良くなど‥‥」 硬い返事をし、茶を飲む所作を面白そうに彼は眺める。 「激した己を恥じるのも判らんではない。が、そう全て否定することもあるまいよ。己の心に、ああも本気になれる者はそうはおらん。芯のある、いい女じゃ。それが涙に湿ってそのまま腐れてしまうのは勿体無い。そう思ったのじゃ」 煙管を手に取り、しれっと一服をふかした。 「それに、美人だしのう」 付け加えた咬竜は軽く片目を瞑り、懐から桔梗を取り出す。 「お言葉、勿体ない身です」 碗の傍らへ添えた花に、ふっと乙矢が嘆息した。 ●七夕遊び 「願い事を書いて吊るそうぜ。仔もふらさまの分もあるから、足跡でも付けとくか?」 「もふ〜」 自ら作った、星空に笑うもふらが浮かんだ絵入りの短冊を手に、テーゼが皆を誘う。 仕入れた笹を立て、青竹を割る合間の休憩に、一同は筆を取った。 「えっと、『みんなが笑顔でいられますように』と『おいしい食べものとたくさん出会えますように』。それから『乙矢さんが元気になりますように』‥‥」 「沢山だな。子供の願い事は多い方がいい」 二つ三つと書く透歌に、良き哉とエドガーも筆を取る。 「どれ‥‥わしも周りも笑って暮らせるように、ってところか。そっちはどうだ?」 「俺は、ありきたりかもしれないが‥‥」 『未来がより良き物になるように』と書いた短冊を、蒼羅が笹へ結んだ。 「尤もただ願うだけでなく、そうなるように努力する事が大事だが」 「俺は『よい出逢いがありますように』‥‥と。ゼロのにーさんとか、皆は何を書いたんだい?」 「書いてねぇよ、面倒だ」 テーゼに相変わらずなゼロが答えを返し。 「たまさかにあふ事よりも七夕は けふまつるをやめづらしとみる‥‥と」 咬竜がどこぞで覚えた和歌を願い事代わりにしたため、鼻歌を歌いながら笹へ吊り下げる。 「願い事、かぁ」 短冊を飾る者達に岑は悩み、意を決した胡蝶が筆を滑らせる。 『天望む 花実を咲かす 金紗蝶』 小斉老人との対話と自身の名から、蝶が花の受粉を助けるように、自分は人の花実を咲かすような生き方が出来ないか‥‥と。 自分もまた道を模索する、胡蝶の出した答えだった。 (大言壮語しても、出来ないし。日々地道に頑張ってるつもりだけど、何にも変わっていってない気がするし。自分の周りだけでも平穏に、何て小さなこと書くのも‥‥) うんうんと唸る岑は、『怪我が少なく過ごせますように』と書いた短冊を飾る。 「無難な所ですが」 「怪我をしないのは、大切ですから」 苦笑する岑に、真剣顔で乙矢が訴えた。 縁側に座る朧は庭を見守り、そこへ西瓜を切りに胡蝶が戻ってくる。 「正直に言って、あの時は張り倒してやろうかと思ったのだけど。付喪弓の件で『賭け』に乗ってくれた事、忘れてはいないわ」 丸々と熟した実に苦心して胡蝶は包丁を入れ、切った西瓜を彼女へ突き出した。 「だから私に関しては、貸し借り無しってことで和解させて」 「胡蝶さん‥‥」 西瓜と胡蝶をしばし朧は見比べ、有難く受け取る。 「ボクは‥‥斎さんが、ちょっと羨ましかったりします」 西瓜配りを手伝う岑が、やり取りに笑んだ。 「気持ちを発散出来て、良かったと思いますよ。乙矢さん、いつも遠慮と我慢ばかりな気がしてたので。そういう相手とか、増やす方が課題かもしれませんね」 「全くよ」 岑へ胡蝶が同意し、朧は赤く甘い西瓜を齧った。 「流すぞー!」 柄杓を手にしたゼロや崎倉が、『上流』から水を流す。青竹で出来た『川』へ、汀が素麺を浮かべた。 「上手くいくかな?」 「さっき笹舟で試したから、大丈夫じゃないかねぇ‥‥ほら来た」 心配そうな岑にエドガーが箸を手に構え、流れてくる素麺をひょいとすくい上げ。手にしたつゆへ軽くつけ、一気にすする。 「ん、旨い」 「ちゃんと流れてきましたよ!」 頷くエドガーに、上流の二人へ岑が手を振った。 「後は頼んだ」 「俺が食うのはいつだよ」 愚痴るゼロに崎倉は笑い、流れの緩やかな別の竹の川へ移る。 「二列ないと、この人数じゃ後にいくほど割を食うし」 そんなテーゼの提案で、川は男女別に二本作られていた‥‥男側の争奪具合は流す前から明らかだが。 「流します、ね」 「いいわよ」 朧が素麺を流れへのせれば、おもむろに胡蝶が箸を伸ばし。 すかっ。 「あぁ、流れちゃいます!」 綺麗に胡蝶の箸から逃れた素麺を、慌てて透歌が掴んだ。 「いっ、今のは油断しただけよ」 視線で要求する胡蝶に、朧は量を調節し。 すかっ。 今度は下流のサラが素麺を拾う。 「胡蝶殿。箸は少し、早めに出された方が‥‥」 「その『殿』を付けるの、辞めない?」 素麺が取れない不機嫌さも混ぜて、上目遣いの胡蝶が乙矢へ頬を膨らませた。 「乙矢の方が年上なのだし‥‥こっちも敬称なんか付けてないわ。平素からなら諦めるけど‥‥全くの素でも、ないのでない?」 「そう、ですか?」 「他人行儀で窮屈だわ。もう一回よ、朧!」 口篭る乙矢に胡蝶は箸を振り、小さく笑んで朧は素麺を流す。 ひとしきり、賑やかに騒いで腹が落ち着いた後。 「もふふ〜」 『氷霊結』で胡蝶が作った氷で仔もふらさまが涼むタライから、冷えた天儀酒をエドガーが抜いた。 「星見をしながら、酒でも飲むかねぇ」 「なら、つまみを見繕ってこよう」 気をきかせて蒼羅が台所へ向かい、岑は線香花火を取り出す。 「皆で、やりますか?」 「俺もやるかのう。どちらが落とさぬか競争じゃ、ゼロ」 「い、いいじゃねぇか。自信ねぇけどなっ」 腕まくりする咬竜に、ゼロが口を尖らせた。 「そうだ。汀さん、今日の絵を描いて貰えないかな? 俺は男前でよろしく!」 「保障しないけどねっ」 頼むテーゼに汀が笑い、崎倉はサラに線香花火を持たせてやる。 「依頼でちょくちょく理穴に来てるので、乙矢さんがこっちにいるなら、遊びにきてもいいですか?」 「宿が必要でしたら、いつでも」 尋ねる岑に乙矢の答えは相変わらずだが、エドガーの見る限り、最初にあった沈痛さは失せていた。 「星ってのはいいな、光ってるだけなのに綺麗なんだから」 平穏な光景に、彼は何気なく天を仰ぐ。 夏の夜空は光る砂を撒いたように、大小様々な輝きで満ちていた。 |