|
■オープニング本文 ●夏なのに木枯らし 「なんっ‥‥で、そんな高ぇんだっ!?」 神楽の都にある開拓者ギルドの医療所では、文字通りゼロがひっくり返っていた。 依頼を受ければ怪我は付きものだが、ギルドの係が請求した治療費は予想を遥かに越えた額だった。 「だってギルドに着いた時は治ってない怪我とか酷くて、重度の『瘴気感染』も患ってたんですよ?」 係の話では相当な『重篤状態』で、そこから動き回るまでに一週間ばかりかかった。今もまだ体調は万全でなく、本調子に戻るには時間がもう少し必要だという。 数多ヶ原で起きた事の次第は教えられたが、ゼロ本人の記憶は安康寺へ行った後から断片的だ。ただ、随分と世話になってしまったのは確かで。 もう夏を迎えていた事もあって世話になった者達には礼の品を送り、ようやくひと段落をしたところだった。 「命あっての物種、か」 「ゼロさんなら、治療費もすぐ払えますって」 明るく笑うギルドの係に、軽い目眩をゼロは覚える。 金は天下の回りもの‥‥と世にいうが、何故か回ってこない者がいるのもまた然りだ。 先に断っておくならば、ゼロも「食うや食わずや」という生活をしている訳ではない。身を固めて半年、日々の暮らしに支障はなく。花街通いもやめて、財布は滅多に枯れなくなった。 でも、それと治療費は別の話。人の世話になった分、せめて自分なりの形で片を付けたいと‥‥馬鹿げていると笑われようが、そこはゼロなりに通しておきたい筋であり意地だった。 「あそこに顔を出すのも、久し振りだぜ」 よれりとゼロはギルドを出ると、久方振りに馴染みの質屋へ向かった。 懐かしい財布の軽さと腰の落ち着かなさを覚えながら、茶店でゼロがぼんやり一服していると。 「ゼロの旦那、生きてましたかい」 脇から座った中年の仲介屋が、ひょこと頭を下げた。 「おぅよ。ナンか、依頼仲間が世話になったらしいな。すまねぇ」 「いえいえ。こっちも商売、お互い様でさぁ。で、お腰のものは‥‥久し振りに質草ですかい」 「うっせ。思ったより、治療費がちぃと高かっただけだぜ」 むすりと答えれば、仲介屋は肩をすぼめて笑う。 「でも、好都合かもしれませんや」 「ナンかあんのか」 「へぇ。実はゼロの旦那が神楽に戻る少し前から、妙な噂が成らず者連中の間で流れてましてね‥‥これが面倒な事に、『旦那が志体ナシに負けた』ってなぁ話で」 声を落とした男の言葉に、ゼロの表情が強張った。 噂が噂となるまでの経緯は、容易に想像がつく。 『ゼロが志体のない罪人と果し合いを行い、罪人が勝てば恩赦が出る』という依頼があり。依頼の結果として『罪人へ恩赦が出た』のなら、それは『志体のない罪人が勝って、ゼロが負けたから』と考えても不思議ではない。 憶測が噂になり、流れた噂が成らず者を呼ぶ事も、珍しくはなかった。 「狙いは、名を売るのと宝珠刀ってトコでしょうかねぇ」 「病み上がりだってのに、参ったぜ。長屋連中に迷惑がかかるな」 ゼロが住んでいる長屋は『開拓者長屋』と呼ばれているが、単に開拓者が多いだけで志体のない町人もいる。下手に巻き込んで、怪我をさせる訳にはいかない。 「ともあれ、忠告ありがとよ。助かったぜ」 「大したコトでもありませんや。とまれ、お大事に‥‥ああ、一つ忘れてました」 席を立ちかけた仲介屋は、ふと振り返り。 「ゼロの旦那。お友達に融通した、貸し馬のお代を」 「俺に払えってのかッ!」 「旦那以外の、誰が払うんで?」 ぐぅの音も出ないゼロからちゃっかり金を受け取ると、仲介屋は人の流れへ消える。 そして残されたゼロもまた立ち上がり、ひとまず長屋を目指した。 ●思惑それぞれ 「へ? 家を貸すの? ゼロさんに?」 丸い目を更に丸くして、疑問符を乱舞させた桂木 汀(かつらぎ・みぎわ)が聞き返す。 案の定、家まで行くまでもなく汀は今日も長屋のあたりへちょろちょろと遊びに来ていた。 「一週間もかからねぇと思うんだが、近いうち色気のない夜這いが来そうでな」 「きゃーっ、ゼロさんの不潔ーっ」 あからさまな棒読みで、頼み込むゼロを汀が冷やかす。 「誰が不潔だ、誰が。面倒なのが徒党を組んで喧嘩売りに来るっぽいから、場所を貸して欲しいだけだぜ」 「また、厄介事に巻き込まれてるんだね!」 「だからお前は、ナンで嬉しそうに聞く」 「だってゼロさんが暴れてるトコ、あんまり見れないし。見れるなら、間近で見たいし!」 ぐぐっと拳を握って力説する汀に、本日何度目か分からない溜め息をゼロが吐いた。 「言っとくが、俺は本調子じゃあねぇんだぜ。相手もいつ仕掛けてくるか分からねぇし、下手すると巻き込まれて怪我するから‥‥」 「それじゃあ、バッタバッタとやっつける訳じゃないんだね!」 「話を聞いてねぇだろっ。少しは、てめぇの心配とかしやがれ!」 「ちょ、ゼロさんにゃにゃにゃにゃにゃーっ!?」 逆に何やら期待する汀の頭を、ゼロが拳でぐりぐりと小突く。 結局「場所を貸すなら、自分も『見学』したい」という能天気な汀の条件を、仕方なくゼロは飲んだ。 もちろん居合わせる事は危険だし、何とかはするが巻き込まれても保障しないという点を、何度も念押しをした上で。 「斬らずに、収められたらいいんだがなぁ」 照りつける夏の日差しを、ぼやくゼロはぼんやり見上げる。 一方、ゼロと分かれた汀はその足で開拓者ギルドへ向かい、小さな依頼を出した。 内容は「でっかい『座敷童』が家に居座りそうだから、付き合ってほしい」という、なんとも珍妙なもの。 「人が集まったら、ちゃんと事情を説明すればいいよね」 依頼を確認すると、満足そうに汀は帰路を辿った。 その頃。神楽の都から少し離れた廃屋では、目つきや人相のよからぬ男が一人二人と集っていた。 「兄貴、揃いましたぜ」 へっへと、下卑た笑いで繋ぎ役の小男が知らせる。 「よし、来たか」 腰に太刀を差した成らず者の男はのそりと立ち上がり、その後ろから小男が身に合わぬ強弓を手についていった。 灰と埃の溜まった囲炉裏端には、三人の男がいた。体格のでかい大柄な男に槍を担いだ中肉中背の男、ひょろりとした痩せぎすの男は複数の短刀を投げ遊んでいる。 いずれも周りの村では面倒がられる、評判と性質の悪いゴロツキだ。 ねぐらへ揃った『仲間』を前に、頭目格の男はどっかと胡坐をかく。 「五人、か。一人とはいえ、相手が相手。心許ないが‥‥」 「噂はあくまでも、噂だからな〜」 「ともあれだ。寝込みに押し込むか、起き抜けを狙うか」 「この暑い時分だ。のん気に縁側を開け放った昼の間に、ぶすりとやる手もある」 「手が足らないなら、一服盛るのもいいぜ。死にかけた虫みたいに、這いつくばって転がってるのを潰すとかなぁ」 げらげらと割れ鐘の様な声で笑い、男達は物騒な相談を始めた。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
静雪・奏(ia1042)
20歳・男・泰
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
シア(ib1085)
17歳・女・ジ
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
ヴェール(ib6720)
16歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●座敷童、一匹 「でっかい座敷童‥‥随分可愛いね、ホント」 「なっ、んでてめぇが居るんだ!?」 片目を瞑り、何やら思案するような仕草で浅井 灰音(ia7439)が皮肉めかせば、庭に面した濡れ縁に座っていたゼロがうろたえる。 「‥‥思い切り見覚えのある、座敷童さんっす」 頭の天辺から爪先まで、じーっと以心 伝助(ia9077)が眺める後ろで静雪・奏(ia1042)が苦笑した。 「はは、困った座敷童だね。本当に居座ってるんだ」 「待て。誰が座敷童だっ」 「でもなぁ。そういう依頼を、汀から受けたからな」 からかうような口調で、楽しげに鬼灯 仄(ia1257)がゼロへ明かす。 「家に、座敷童が居座りそうだって」 「汀、てめぇっ!」 「だって、居座ってるんだもんっ。それに、あたしがお願いして来てもらったんだから、ゼロさんとは関係ないからねー!」 威嚇するようなゼロにべーっと舌を出す汀のやり取りは、さながら子供の喧嘩を見ているようで、思わず六条 雪巳(ia0179)がくすくすと笑った。 「しかし、戻っていらしたと思えばまた一難、ですか。本当に、ゼロさんらしいというか何というか‥‥」 微笑ましげな笑みは苦笑いに変わり、やれやれと伝助も嘆息する。 「また宝珠刀、質入れしちゃったんすか」 「仕方ねぇだろ。治療費払うのに、手持ちがなかったんだからよ?」 上目遣いで恨めしげなゼロに、やはり苦笑いをしながら伝助は木刀「安雲」を差し出した。 「‥‥ナンだ、これ?」 「礼でしたら、あちらの方へ。念の為持っていて欲しい、と頼まれただけっすから」 声を落とした伝助が、素知らぬ顔で汀にかまう仄をちらと見やる。それ以上は木刀について彼は何も言わず、とりあえず受け取ったゼロはむっすりと渋い顔をした。 「ふぁ。ゼロおじさま、元気なさそうですの。けろりーな寂しいですの」 こっそりと様子を窺うケロリーナ(ib2037)は、視線を落とすゼロの様子にやきもきする。 「座敷童、ではないのです?」 ぴこぴこと黒い犬耳を動かしたアヌビスのヴェール(ib6720)が、かくりと首を傾げる。聞き慣れぬ『座敷童』という名に、どんな存在かドキドキと期待していたらしい。 「ゼロおじさまは、ゼロおじさまですの」 「はぅ‥‥」 心なしか黒耳が垂れてしょんぼりするが、またぴょこりと元気を取り戻した。 「ちょっぴり残念ですけど、あのゼロさんという人が大変という事ですね?」 「という事ですの。ゼロおじさま〜♪」 ててて〜っと物陰から走って行ったケロリーナは、そのままゼロへ抱きつく。 「よぅ。てめぇも来てたのか」 「えへへ〜。けろりーな、遊びにきたですの〜☆」 「他に、シアさんも来るはずなんすけど‥‥少し、遅れるようでやす」 「そうなんだ」 伝助からシア(ib1085)の名を聞いた灰音は、朱藩は安州の一件で顔をあわせた相手を思い出していた。 「まあ、どんな形であれ‥‥ゼロさんに元気がないって言うのは、見てる方も調子が狂うしね。後は‥‥気になる事が一つ、かな」 「すまねぇ。でもそれだと、下手に殊勝な顔とか出来ねぇな」 皆まで語らぬ灰音にゼロも言及せず、冗談を返す。 「ともあれ。汀ちゃんの護衛と、居させてもらう間の食事とかは、ボクが担当しよう」 「あ、あの‥‥奏さんのお料理、お手伝いさせてください」 奏の申し出に、わたわたと柱の影からヴェールが訴えた。 「ぶきっちょですけど、お手伝いくらいはできるハズ。です」 「ところで、ナンでそんな‥‥柱が好きなのか?」 面白そうに聞くゼロに、慌てて彼女は首を横に振る。 「そ、そういう訳ではなく‥‥あ、巫女のチトゥヴェルークです! よ、よろしくお願いしまひゅ‥‥っ」 慌てたあまりか、噛んで言葉が切れたヴェールにゼロがからりと笑った。 「ゼロだ、よろしくな。なんか汀の節介で、迷惑かけちまうみたいだが」 「いえっ。元気になりきってない相手に対して、酷い話です」 今度はぷんぷんとヴェールは頬を膨らませ、ころころと変わる表情をゼロが楽しげに眺める。 が、急にふっと、その視線が宙をさ迷った。 「‥‥大丈夫、ですか?」 「え? あ、ああ。ちと、ぼーっとしてたみたいだ」 気遣う雪巳に、バツが悪そうなゼロは髪を掻く。 「人の噂も七十五日とは言いますけれど、ゼロさんの体調を思えば早いうちに収まってくれる事を願いたいですねぇ。そのためにも‥‥此度の襲撃者さんには、少々痛い目を見て頂きましょう」 「なんだか、雪巳さんの笑顔が怖いんだけど!? 気のせいだよ、ね?」 「そうですか? ええ、気のせいですよ」 微妙に物騒な言葉に慄く汀へ、着物の袖で口元を隠しながら雪巳は意味深にニッコリと笑んだ。 「少し気になる事があったから、質屋に寄ってきたわ。我ながら警戒し過ぎだとは思うけれど、念の為ね」 やがて現われたシアが、こそりと遅参の理由を明かした。 流れた質草を物色するフリをして、『変な噂が流れてゼロや宝珠刀を狙ったゴロツキが動いてるようだから、宝珠刀の事は周りに漏らさないよう、周囲の異変に注意して欲しい』という書き付けを店の者に渡してきたという。 「そっか。気を遣わせて、すまねぇな」 「本当に、念の為だったから」 礼を告げるゼロに、シアは首を横に振った。 「ああいう店は、信用商売だからな。タチの悪い店は目ぼしい質草を勝手に流す事もあるが、あそこは絶対やらねぇ。預かり品の上に金もある訳だし、押し込みの類への備えもな。逆にそういう所だから、馴染みにしてんだが」 「で、ゼロさん。勝手に質草を流された事、あるんでやすか?」 何気なく聞いた伝助にゼロは明らかに視線を泳がせ、けらけらと仄が放笑した。 ●無頼の輩 薄ぼんやりとした月明かりの下、ざわざわと微かに草を分ける音がする。 おぼろげながら見えるのは、一軒の家。庭に面した座敷の雨戸は閉まっており、ぬるい風に軒下の風鈴がちりんと小さく鳴った。 夜更けまで線香花火で遊び、飲んでいた相手が既に帰っている事は、仲間の一人が確認している。 忍び寄った四人のうち、土足のまま濡れ縁を上がった二人の男が視線を交わし。 ドンッ! と、勢いよく雨戸を蹴破った。 座敷へ上がりこむやいなや、一人が蚊帳の吊り紐を次々に断ち切り、もう一人が網の被さった布団へぶすりと槍を突き立てる。 重く突き刺した手応えに、中肉中背の男は素早く穂先を引くが。 「あ〜あ。布団、後で繕わないと」 子供の悪戯を咎めるような男の声に、ハッと男二人が息を詰めた。 「本当に。手際はともかく、夜討ちとは芸のない事だね」 別方向からの女の声に、長柄の武器を手にした二人は狭い屋内では不利と読み、倒した雨戸を踏み越えて庭へ飛び出す。 その庭では、帰路に着いたはずの客人達が残る仲間を囲んでいた。 「やれやれ。せっかくあいつが出歩くようになれたトコに、妙な成らず者どもがいるようだな。こっちが先に借りを返さにゃならんのだから、邪魔すんな」 やれやれと喧嘩煙管を仄がふかし、ふぃと煙を吐きながらぼやく。 「ふあ‥‥けろりーな、おねむですの‥‥」 「おや。仕方ありませんね‥‥皆さん、手早く片付けてしまいましょう」 手で欠伸を隠すケロリーナに雪巳がにっこりと笑んで、手にした北斗七星の杖をくるりと回す。 淡い月光の下で、狩衣「雪兎」はふわりと幽玄に神楽を舞い。 「くそっ! 破れかぶれだ、やっちまえ!」 太刀を抜いた男が、声を荒げた。 「でも、こいつら開拓者だろうがっ」 「相手は無手だ、構いやしねぇ! いざとなれば、女子供を人質に‥‥!」 雪巳とケロリーナへ短刀を投げる痩せぎすの男に、忍び寄っていた青い影が踊った。 飛来する短刀を忍刀「鴉丸」が叩き落し、向かってくる相手をふわりとシアは避ける。 「ろくでもない連中ね」 「でも、女子供って‥‥」 もしかして私も含まれているのでしょうかと、素朴な疑問に首を傾げる雪巳。 それを聞く暇もなく、残る男三人は逃げ道を探してバラバラに包囲を突破しようとしていた。 「キエェェッ!」 気合と共に何度も突き込む穂先を喧嘩煙管で打ち流し、のらりくらりと仄がかわす。 数合を打ち合わせる間に間合いを詰め、桜色の燐光をまとった舞い散る枝垂桜のような光を散らして一閃する。 それから槍を掴み、身を入れ替えて、ひょいと相手を地面へ叩き伏せた。 「こ、の‥‥!」 抵抗しようとする中肉中背の男だが、堪えきれない眠気が目蓋を押し下げる。 「夜は、おやすみなさい、ですの〜」 勇壮な竜の装飾が杖の頭に施された魔杖「ドラコアーテム」を支えにして、『アムルリープ』をかけたケロリーナが目を擦った。 ブンッと風を切る剛刃を、ヴィーナスソードで灰音は軽くあしらう。 比較的長身の灰音でも見上げる大柄な男は、強力に物を言わせて大斧を振り回していた。 並の人間なら、当たれば大怪我をするような一撃だが。 キィン! 迎え撃つ片手剣は、澄んだ音を立てて刃を弾く。 右手のみで扱うにも拘らず、一撃、二撃を重ねる程に、灰音は相手を圧倒し。 なおも踏み込む足元へ宝珠銃「皇帝」の弾丸を撃ち込み、間髪おかずにヴィーナスソードで斧を打ち伏せる。 斧を振り抜いて体を崩した相手の足を払い、体勢を崩した男が顔を上げれば、目前に宝珠銃を覗く。 宝珠銃を突きつけた灰音が、くすりと笑った。 「しばらくは、こういう厄介事が続きそうだね。あらゆる意味で人気者だね、ゼロさんは」 「どうせモテるんなら、むさい野郎どもよりなぁ‥‥」 変わらぬ軽口で応じたゼロは貸された木刀を手に取らず、無手のまま無造作に太刀を構えた男と対していた。 「ゼロっ! 気をつけて」 その時、家の上から奏が警告の声をかけ。 風を切る音と共に、一本の矢が数本の長い髪を断った。 矢はトンッと家の柱へ突き刺さり、草むらの方から「ぎゃっ!」と鈍い悲鳴が上がる。 家の二階にいる奏からは、草の中で動く長弓が僅かに見て取れた。 先に『暗視』で伏兵の存在を察知した伝助が、気付かれぬよう『早駆』で距離を詰め。 忍刀「蝮」の峰打ちで、手加減せずにブン殴る。 志体のないゴロツキばかりと思いきや、体躯と弓の不釣合いさから、潜んでいた小男は志体持ちらしい。視界の悪さと距離を物ともしない狙いの正確さと矢の威力が、何よりソレを物語っていた。 「あまり抵抗しないでくださいね、汗でうっかり手が滑りかねないので」 組み伏せた首筋へ、伝助は苦無「獄導」を突きつける。 「あっしは、汀さんにガチの流血沙汰見せるのが難なだけでやすし」 その気になれば容赦しないと冷たく告げるシノビに、弓を取り落とした小男が観念した。 一方、残った男と対峙していたゼロも、相手の手首を掴んで後ろ手に捻り上げていた。 ゴキリと嫌な音はしたが、それでも力を緩めない。 「本調子じゃあねぇってのに、面倒事を仕掛けてくんじゃあねぇぜ」 不機嫌そうにぼやいたゼロは、ケロリーナの『アムルリープ』が効いたのを確認し、頭目格の男を無造作に突き転がした。 「皆、ホントに強いねっ。あっという間に、やっつけちゃったよ!」 短い時間の鮮やかな手並みに、こそりと様子を覗いていた汀がヴェールへ手を打って喜ぶ。 「はい。でもあんまり近づいたら、危なかったですよ。あの、矢、とか‥‥」 汀と同じく、戦う姿を目に焼け付けようとするように、熱心に見ていたヴェールが小首を傾げる。 「だねぇ。ビックリしちゃった!」 「汀ちゃん、もしかして、ゼロを心配して‥‥とかじゃ?」 彼女の様子に、ふと疑問を抱いた奏が聞けば。 「え、ゼロさんの心配はしてないよ? だって強いし、奏さん達もいるし。戦ってる間にあたしを気にして迷惑かけると、怒られるから」 えへりと舌を出し、屈託なく汀は笑った。 ●後の始末 「ひとごろしはよくないので、怪我したお人はプリスターで治しちゃうですの☆ それから子供に敗れたとか、はずかしいうわさが広まったら悪さもできなくなるとおもうですの」 ケロリーナはヴェールと仲間よりも主に襲撃者たちの傷を手当てする。 寝ている間に荒縄でぐるぐる巻きにした成らず者達を仄ら男達が連れて行き、適当な罪状をつけて然るべき所へ突き出した。 「お疲れ様でした」 ひと仕事を終えた者達に、ヴェールが切り分けた陰殻西瓜を持ってくる。前夜に遊んだ線香花火とあわせ、ケロリーナの土産だった。 「けろりーなは子供でしらないことばかりですけど、ゼロおじさまパパになるのかな〜って、思ってみたりですの」 「‥‥は?」 ぼんやり癖のゼロを元気がないと思い、更にどう解釈したのかケロリーナはぎゅっとゼロの手を握って励ます。 「ゼロおじさまやさしくて、とってもいいパパになれるとおもうですの」 西瓜を一緒に食べていたヴェールが、赤い瞳をまん丸にした。 「‥‥お子様、産まれるんですか?」 「いや、ねぇから。やるこたぁやってるが、そんな予定、全然ちっとも全くねぇからッ!」 「けほっ、こほっ!」 「ゼロさん‥‥相変わらずだね」 全力否定するゼロの台詞にシアは西瓜にむせ、灰音が片目を瞑って苦笑する。 「ゼロ‥‥キミ、馬鹿だろ。いろんな意味で」 奏が突っ込んで雪巳はくすくす笑い、仄は西瓜を遠慮のない大口で齧る。 「瘴気感染、か。あの時‥‥瘴気感染で人がアヤカシになっていたのを見ていたから、貴方がそうならなくて良かったよ」 あの時の出来事は、灰音にとっても未だトラウマのようなものになっている。 「伝助にシア、仄や他の連中のお陰だけどな」 「ところで、ゼロさん。あっし、前に言いやしたよね。自分の命をもっと大事にしろって」 僅かに咎めるような物言いの伝助に、ゼロは大きく息を吐いた。 「安康寺の一件は、今更ながら自業自得だとは思ってるぜ。でも同じ氏族に仕える家臣同士で血を流すなんて馬鹿げた事、話をして止められるのならと思ったんだ、あの時は。その結果が、あれなんだから‥‥」 無様だよなぁとぼやき、右の手で顔を覆う。 何発もの銃声。石段を血で濡らし、動かぬかつての家臣達。 「人でありながらアヤカシと組する者がいて、それがあの人の耳に良からぬ事を吹き込んだ。それなら、今まで繋がらなかった部分が繋がってくる‥‥が」 否、気付かぬよう、知ってなお知らずと目を背けていただけかもしれないが。 「‥‥アヤカシの力を借りる程に疎み、憎まれてるんだな」 ぽつと呟き、ゼロは苦い顔で西瓜を口へ運ぶ。 「話さない事で守れる事はありやす。ですが、反対に話す事で守れる事もあると思うんす。事前にそれを知っていたらって、そういう事あるでしょう? あっしは貴方が何を、どこまで知っているかわかりやせん。ですが、いつか話してくれたら嬉しいって思いやす」 それだけを告げ、伝助もまた西瓜を頬張った。 その翌日。 成らず者の一件が片付いたゼロへ、仲介屋が『情報料』を請求したのはいうまでもない。 |