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■オープニング本文 ●雨の日の便り 「崎倉さ〜ん。手紙、届いてたよ〜!」 神楽のどこにでもある質素な長屋で、明るい声が雨の降る音に混じった。 戻ってきた住人の崎倉 禅(さきくら・ぜん)が目をやれば、共同で使う井戸の傍らで雨宿りする桂木 汀(かつらぎ・みぎわ)は大きく手を振った。 「手紙‥‥どこからだ?」 「えっとね。武天の佐和野村の、小斉さんから」 ごそごそと折り畳んだ手紙を汀が取り出す間に、崎倉は自分の部屋の戸を開けた。 「雨の中での話もなんだから、上がっていけ。茶と菓子くらいは、出してやるぞ」 「ホント? 崎倉さん優しいね、サラちゃん!」 「もふ〜」 名前を呼ばれても黙っている金髪碧眼の少女の代わりに、藍一色の仔もふらさまが返事をする。 間取りは台所と玄関をかねた土間に、四畳半の部屋が二間。備え付けの風呂はなく、近くの銭湯を使う。 家賃は安めで住人に開拓者が多く、それ故に『開拓者長屋』と呼ばれていた。 「黒糖饅頭でいいか?」 「えへへ。ありがとう、崎倉さん!」 笑顔で礼を告げた汀は、遠慮なく皿に並んだ小さな饅頭へ手を伸ばす。 「ん、美味しい〜。サラちゃんも、食べよっ」 「‥‥」 汀に促され、無言のサラが饅頭をぱくと食べるのを見てから、崎倉は手紙を広げた。 特に深刻な表情でもなく、ざっと文字を目で追う崎倉に汀は用心深く尋ねる。 「もしかして、依頼のお願いとか?」 「いや。今年も神事があるから、よければ顔を出せって話だ。田植え直前の田んぼで泥遊びをして、厄を払うっていう内容だが」 去年の記憶を辿りながら、崎倉は小斉老人の会話を思い起こす。 ――ここいらの、厄払いの風習でな。田に悪さをする厄は、苗を植え始めるとまだ田植えの終わっていない田へ逃げるそうじゃ。そうしてどんどん田植えが進んでいくと、遂には最後に残った一枚の田に追い詰められる。そのまま最後の田へ苗を植えてしまうと、厄は田んぼ全体に広がってしまうのよ。 そこでじゃ。厄の逃げ込んだ最後の田で思いっきり泥遊びをしてやる事で、厄を疲れさせて払うらしい。他に特別な何かをするでもなく、ただ、遊ぶのみよ――。 「あ! それって、去年あたしが行けなかったお祭り? いいなぁ‥‥話を聞いてたら、いろいろと楽しそうだったみたいで」 行けなかった悔しさを思い出したのか、うぐうぐと汀は崎倉へ訴えた。 「分かった分かった、考えとくから拗ねるな。とりあえず、ゼロは引きずって行くか‥‥あいつは今年も、厄払いした方がいいみたいだしな」 「も〜ふ?」 崎倉の手から饅頭を貰う仔もふらさまが、もぎゅもぎゅと頬張りながら首を傾げ、サラは両手で持った湯呑みをふーふーと湯気を吹いている。 「崎倉さんが行くなら、サラちゃんも仔もふらさまも行くんだよね。長屋の皆とも、一緒に行けるといいね!」 「ももふ〜!」 「まぁ‥‥師も、お年を召しているからな」 はしゃぐ汀と仔もふらさまは、ぽつと落とした崎倉の呟きは聞こえなかったらしい。 雨はまだ、ざぁざぁと降りしきり。 「神事の日は、天気になると良いね〜」 壁に飾られた花の絵や部屋の隅に垂れる折り鶴を眺める汀の声を聞きながら、崎倉もまた茶をすすった。 ●佐和野の雨 「今日も、よう降りますなぁ」 小さな庵の濡れ縁から、蓑傘を付けた村の百姓が声をかける。 「見回りか。精の出ることじゃな」 「あっしらは、これがお勤めでやすから」 座敷から答える小斉老人に、佐和野村の村人は笑いながらひょこりと頭を下げた。 「ま、茶の一つでもどうだ。せっかく、顔を出してくれたのだからな」 「やや、これは申し訳ねぇ」 恐縮しながらも濡れ縁に座る男に、笑いながら小斉老人は茶を淹れてやる。 拝むようにして礼を口の中でこねた男は茶を含み、人心地ついたのか、ほぅと息を吐いた。 「そういやあ、そろそろ厄払いの神事の頃ですか。今年は開拓者の皆さん、来られるんでしょうかねぇ」 「それなら、崎倉へ文を出しておいたからな。異国の騒ぎが収まっておれば、遊びにも来るであろうて」 「ありがたいこって。あの方々が来ると、祭の神さんが来たみたいにパアッと場が明るぅなります。去年は厄を払っていただいたお陰で、良い米が出来ましたから、今年も村の者達は楽しみにしとります」 「そうじゃのう。そういえば、去年に来た開拓者に、嫁をもろうたのが幾人かおるそうじゃ」 「ほほぅ、そりゃあ目出てぇ。なら、厄払いには是非にも顔を出していただきたいもので」 「ああ。夫婦(めおと)仲良ぅ、来ると良いな」 ふっと目を細めた小斉老人は、奥の仏間へ目をやった。長年連れ添った妻が先立って、もう随分と経つ。ずーっと待たせたままになっているが、そろそろ自分にもお迎えが来て良い頃合いだろう‥‥。 「では小斉様、あっしはこの辺で。お茶、ご馳走さまでした」 「うむ。年寄りの長話に付き合ってくれて、すまんな」 「いえいえ」 気のいい村の者は笑ってぴょこりと頭を下げ、しとしと降る雨の中を帰っていく。 妻が好きだった無名の沢の蛍どもも、今頃は葉陰で休んでおるだろうか、と。庭で雨に打たれる緑を眺めながら、小斉老人はぼんやり思った。 ※ジューンブライド連動依頼【花祝】/名前の変更について この連動依頼では、ご夫婦の名前を変更申請をする事が可能です。 1)変更を希望する場合、タグ【結婚:相手PCID:変更名○○/フリガナ】をお願いします。 名前の変更は、ご両人の申請が揃って、始めて成立します。 もし何らかの理由でお相手が依頼に参加できなかった場合、お相手はお問い合わせフォームからの名前変更申請をお願いします。 2)原則、「苗字」が変更されます。 苗字がない人には、新たに苗字が付きます。 ご両人とも苗字がない場合は、新しい苗字をつけて下さい。 3)PC名は苗字+名前を全部合わせて、11文字以内です。 4)既婚のカップルでも申請可能です。 5)結婚相手がいなかったり、お付き合いのみで結婚予定が未定のカップルは受付できません。 また同性カップルの結婚は認められますが、名前の変更は出来ません。 6)結婚以外での名前の変更は、受け付けできません。 *特設ページの注意事項も、併せてお読みください。 |
■参加者一覧 / 小野 咬竜(ia0038) / 六条 雪巳(ia0179) / 柚乃(ia0638) / 有栖川 那由多(ia0923) / 静雪・奏(ia1042) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 鬼灯 仄(ia1257) / 七神蒼牙(ia1430) / 喪越(ia1670) / からす(ia6525) / 茉莉華(ia7988) / 春金(ia8595) / 和奏(ia8807) / 以心 伝助(ia9077) / リーディア(ia9818) / アグネス・ユーリ(ib0058) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / グリムバルド(ib0608) / 透歌(ib0847) / ケロリーナ(ib2037) / 8ビットの魔術師(ib7020) |
■リプレイ本文 ●今年も再び 「んふふ。今年はどれだけの人数が、泥だらけになるかのう」 泥田を前に、始まる前から春金は楽しげだった。 「今年はどーんと楽しんで、ぜひ泥だらけにするのです」 去年は参加し損ねた柚乃が気合を入れ、微笑ましげな六条 雪巳が「ところで」と小首を傾げる。 「泥遊びとは‥‥何を、どうするのでしょう?」 それは、とてもとても根本的な疑問だった。 「つまり、泥で遊ぶんでやすね?」 当たり障りのない返事をするのは、以心 伝助。実は、泥遊びなぞした事もない‥‥とは、微妙に言い辛い年頃だったりする。 「やってみたいと思っても‥‥さすがに子供でなければ、水たまりへ足を突っ込みには行けませんしね‥‥」 機会はなくとも興味はあるのか、どこかそわそわと、和奏が周りの田を見やった。 「意外と、遊んだ事がない者も多いのだな」 ふむと感心‥‥というか、意外そうな顔をする琥龍 蒼羅。 「こう言った遊びをするのは、俺の柄では無いが」 「開拓者も様々だからね‥‥そして世の中には、あえて全身に泥を塗るという美容法もあるがね」 からすの言葉に、アグネス・ユーリが思案をめぐらせた。 「そう言われると、男にするのもどうかって気になってくるわよね」 「どうかって気になるなら、ついでに手加減してくれる‥‥とか?」 「え? 何か言った?」 思案する様子を見てゼロがぼそりと訴えれば、明るい笑顔でアグネスが答える。 「‥‥知ってて呼び付けやがったな、崎倉」 「はっは、細かい事を気にするな。いいじゃないか、祝い事なんだから」 今年もまた『集中攻撃』を受けることは明白で、どこか恨めしそうに崎倉 禅を見やるゼロ。 「ま、諦めが肝心ってトコだな。大人しく、埋められようぜ」 「埋めるのを、確定してるんじゃあねぇっ」 反論するゼロの背を七神蒼牙がバシバシ叩き、リーディアはどきどきと胸を押さえる。 「も、もしかして、私も‥‥でしょうか」 「そういえば去年はゼロさん、どうだったの?」 「去年は‥‥」 桂木 汀の素朴な疑問に、有栖川 那由多は一年前の記憶を振り返ってみる。 「埋まってたな。泥に」 「てめぇ、バラしてんじゃあねぇっ!」 「バラすも何も、最初から口止めとかされてないだろっ」 うがうがと訴えるゼロに那由多も笑いながら反論し、去年は留守番役をしていた汀が残念そうに口を尖らせた。 「いいなぁ。なんだか皆で、楽しそうだったんだねっ」 「うん、楽しそうな行事だね」 汀と同様、始めて参加する静雪・奏も頷く。 「その分、今年の厄払いを楽しめばいいさ」 煙管片手に鬼灯 仄が笑った。が、その笑いを遮り、高々と放笑する男が約一名。 「フハハハハハ! 去年は不覚を取ったが、今年の俺様は準備万端、覚悟完了。どどめ色のゲレンデの主役は、決まりだぜ!!」 明後日の方向を指差して、宣言する喪越。 「ヤンデレの主役?」 「違ぁう! つか、結構厳しいぃぃぃぃっ!?」 お約束的に突っ込む仄へ、愕然として喪越が訴え。 「あ、ゼロおじさま〜♪」 大柄な男達の間を抜けて、駆け寄ってきたケロリーナがゼロへ抱きついた。 「ケロリーナも来てたか」 「去年は、みてるだけでしたの☆ でも、今年は泥んこになるですの♪」 「張り切ってんだな」 「泥んこ遊びして、みんな幸せになるですの〜♪ わくわくわくわくですの〜♪」 「そういえば、もう一年‥‥早いですねぇ。去年はゼロさんを泥だらけにして、それから‥‥」 ゼロがうたた寝をしている隙に‥‥と思い当たって、リーディアは頬を染める。 「と、とにかくっ。今年も‥‥!」 旦那さまの厄を落としまくらねばと気合を入れ、茉莉華がかくりと小首を傾げた。 「今年も‥‥お花のお菓子、また食べられます‥‥?」 「あれなら、後で‥‥」 ちらと胡蝶が言いかけ、途端に向けられる茉莉華からのキラキラした視線に「こほん」と咳払いを一つ。 「その、サラが分けてくれたら、ね」 「サラさん‥‥仲良く、しましょう‥‥」 ほわほわとお菓子に釣られる茉莉華と、崎倉の影から戸惑うサラに胡蝶が苦笑する。 「胡蝶さん‥‥何だか、元気ないです?」 「そう、かしら? ちょっと、疲れたみたいね」 透歌から心配された彼女は、誤魔化し。 「ほぅ。大丈夫か?」 「平気よ。ただ、泥遊びは見ているわ‥‥参加しておいて、悪いわね」 浮かぬ様子を気遣う小斉老人へ、断った。 「あ、お爺ちゃんにお土産‥‥。これ、うちが編んだんです‥‥暑いからって‥‥お腹出しちゃうと、具合悪くなっちゃうから」 ふと思い出した茉莉華が、麻で編んだひざ掛けを小斉老人へ手渡す。 「すまんな、お嬢さん。では有難く、使わせてもらうとしようか」 礼を言われた茉莉華は、嬉しそうにほわりと頷いた。 「じゃあ、見ている人の分まで頑張って厄を払わないとな。カップルや夫婦には、特に泥をかけた方がいいそうだから‥‥手加減は、ちょっと俺には分からないが」 「そうですね。泥のお団子なら作った事はありますが、こんな泥だらけになりそうなのは初めてです」 広い田を前にグリムバルドは微妙に悩み、寄り添うアルーシュ・リトナが微笑みを向ける。 「ゼロ相手なら、多少荒っぽくしても問題ないと思うわよ?」 参加しなくても、せめてという事なのか。しれっと『アドバイス』らしきものをする胡蝶に、「了解した」とグリムバルドが頷いた。 「あのっ。神事が終わったら皆さんで食べられるよう、蕎麦を用意していますので。それから、お菓子なんかも色々と」 小斉老人の庵で準備をしてきた礼野 真夢紀が告げれば、グリムバルドはアルーシュと顔を見合わせる。 「有難いな。腹を減らしても、大丈夫そうだ」 「楽しみですね」 正直な恋人に、くすくすとアルーシュは笑った。 ●時に童が如く 去年と違ってやや曇り気味の空の下、今年もまた神司の仰々しい祝詞が風に紛れる。 それが終われば、唯一の苗が植わっていない田へ人が入り、この厄払い神事で最も大事な『泥遊び』が始まった。 「これって、どうすればいいんでやすかね?」 泥を掴んた伝助から小声で尋ねられ、那由多がきょとりとした。 「誰でもいいから‥‥投げたりぶつけたり、かな?」 「なるほど。つまり、こうっすね!」 べたん。 一番近い『相手』に、伝助は泥をぶつける。 「‥‥俺!?」 「あれ、違いやしたか?」 二人の様子にころころ笑う汀に気付き、那由多が手招きした。 「折角来たんだし、一緒に遊ぼっぜ!」 「でも、あたしは志体持ちじゃないから、手加減してもらわないと‥‥だけど」 「するする! ‥‥けど、よく考えりゃ女の子に泥かけるって、男として大丈夫か‥‥?」 ふと根本的なところを悩む那由多へ、更に遠慮なくぶつかる泥玉。 「ちょっ、汀ちゃんまで不意打ちっ!? コレ‥‥後で流すの、手伝ってくれよ?」 「は〜い。その分、泥だらけにして大丈夫だね!」 わきわきと汀は泥をこね、思わず伝助も那由多の背中で吹き出す。 「あ、雪巳さんや奏さんも! 透歌ちゃんも一緒に!」 見かけた長屋の顔見知りを誘う汀に、戸惑いつつ雪巳も混ざる。 「なんだか、こうして遊ぶのも楽しいですね」 「だけど‥‥雪巳さんには、ちょっと遠慮しちゃうかも、です」 泥を丸めた透歌がためらい、不思議そうに雪巳は小首を傾げた。 「え、そうですか?」 袴の裾を帯に挟み、たすきがけをして裸足になって、準備万端とばかりに腕をまくっているが。 「そういえば、ゼロにも『お祝い』をしませんと」 思い出して雪巳が見やれば、既に渦中の人物は集中砲火を浴びている。 「出遅れたかな?」 「ちょうどいいですよ、奏さん。私達も便乗しましょう」 雪巳は嬉々として泥をこね。首を傾げた奏も頷いた。 「じゃあ、遅ればせながらのお祝いに。たっぷり厄を落として貰おうかな」 「ゼロさん、ゼロさ〜ん!」 集中砲火に気を取られ、名を呼ばれて無防備に振り向いたゼロの顔へ、ぺたぺたとリーディアは泥を塗りたくった。 「今年もこれで厄除けです〜♪」 やり遂げた感たっぷりで満足げに微笑む妻に、がくりと脱力するゼロ。 「だから、手加減しろって‥‥この!」 「きゃ〜♪」 仕返しと、ゼロは泥玉を投げ返す。ぶつかったり、ぶつけられたりする中で。ことごとく、そして軽やかにひょいひょいとアグネスがそれを避けていた。 「てめぇ、逃げるなっ!」 「逃げてないわよ? ゼロが当てるの、下手なだけで」 指差して訴えるゼロに、しれっとアグネスが答える。最近になってジプシーに身を変えたのもあってか、身のこなしはより一層軽い‥‥というか、『シナグ・カルペー』や『ナディエ』を駆使し、本気で避けにかかっていた。 「泥上の蓮みたく、華麗に咲いてあげよーじゃない」 「てめぇ、思いっきり楽しんでやがるな!?」 恨めしそうなゼロにくすくす微笑むアグネスは、遊ぶからには全力主義。 「‥‥ふ、遠慮なく埋めに掛るわよ?」 思いっきり極上のいい笑顔を返す手には、しっかり泥玉が握られている。 「ゼロさんもアグネスさんも、ファイトですよ〜!」 「ついでに、嫁も一緒に埋まる?」 どうやら、昨日の友は今日の敵らしい。 「くっ‥‥! いっそのこと、ゼロさんにくっついて、壁役になってもらうのです!」 「今日は女の子相手でも、手加減しなーい♪」 背中へ隠れるリーディアと、嬉々として当てにかかるアグネスに挟まれ。 「だからてめぇら、手加減しろって!」 「あぁ、壁役さんがーっ!」 一方的な泥玉の洗礼から逃れられないゼロに、ころころとアグネスはリーディアと笑う。 「これって、厄払いになるんだろ? いっちょ、ゼロを泥の海に沈めますかねぇ」 蒼牙もまたニヤリと笑い、わきわきと泥をこねる。 「まだ今年も半分しか過ぎてないのに、アイツにはいろいろあったし。これからもまだまだなんか、有りそうだからな」 「うむ、ゼロさんは言わずもがな‥‥じゃ♪ 新婚さんじゃからして、よ〜く厄を払わねば」 春金もまた容赦なく、にっこり笑った透歌もゼロの顔に泥をべっちゃりと塗る。 「ゼロさんリーディアさん、おめでとうございます♪」 「ふふ。ぜろりん‥‥泥にまみれて、まみっちゃえ☆」 「なんか今、すっげー不穏な事を聞いた気がうぼあっ!?」 にっこりと楽しげな茉莉華が泥団子の無差別投擲をして、ゼロはまた一層泥で埋まる。 「だって、崎倉さんに田んぼだから落とし穴はダメって言われたので‥‥代わりに、ぜろりん山を」 「築くなーっ!」 ほんわりのどかに微笑みながら、やっぱり遠慮のない茉莉華にゼロが訴えた。 「予想通り、ヒドイ目にあってるなぁ」 ゼロの状況に仄が冷やかしながら、祝い代わりの泥を顔に当て。 「けど、初めてやりやしたけど楽しいっすね、これ」 思いっきり笑いながら、伝助は雪巳やリーディアと泥を投げ合う。 「やあ、凄い事になってるね」 ぐぅの音も出ない状態のゼロに、からすが声をかけた。 片手を差し出せば、すっかり泥に埋まったゼロは苦笑しながら顔を上げ。 「皆、手加減ねぇのな」 「ああ。これも夫の試練さ、笑って許せ」 伸ばした相手の手を掴む‥‥と見せかけて、山盛りの泥をべしゃあっと思いっきり顔へお見舞いする。 「では、お幸せに」 言い残して去るからすの後ろでは、泥山から空を掴む腕がぱたりと倒れた。 「ゼロさん‥‥尊い犠牲は、忘れないのです‥‥」 ほろりと、夫の最後(?)を見届けたリーディアだったが。 「リーディアさんっ」 「はい?」 呼ばれて振り返れば、腕まくり足まくりしたアルーシュが両手に沢山泥を持ったまま、遠慮なくはぎゅりと抱きつく。 「は、はわわわわ〜っ!?」 「うふふ‥‥お二人の幸せが、穀物を育てる養分になります様に」 うろたえる様子に、茉莉華もまたそっと抱擁に加わった。 「奥様に‥‥素敵に、幸せ。訪れますように」 「はわっ、ありがとうございます‥‥!」 「養分豊富な泥は、美容に良いのだよ。妻ならば、女性ならば美しくあらねばね」 からすに続いて、柚乃やケロリーナもきゃっきゃと泥をすくい上げる。 「泥パックですべすべ美肌★ もふーふさんにも泥パックです」 「日頃の疲れをとって、リフレッシュしてもらうですの〜♪」 「何か、えらい差だなぁ」 泥に埋まったゼロを見て笑いながら、蒼牙は泥団子で作った達磨をリーディアの頭に乗っけた。 「凄いなぁ‥‥」 「全くだ」 ぺちぺちと泥を固めるようにゼロへ盛るグリムバルドに、重々しく喪越が頷いた。 「だがここでひいては、男が廃る!」 何がどう廃るか分からないが、ふつふつと彼は闘志を燃やし。 「見よ! この日の為に一年間練習し続けた秘儀、ジャンピング土下座ー!」 とぅ! と華麗に(?)あぜ道から喪越が舞った。 そのまま、頭からヘッドスライディング状態でつつーっと泥の上を滑り。 「か〜ら〜の〜? 奥義、荒ぶる鼠花火ぃぃぃぃーーーーーッッ!!!」 跳ねてうつ伏せから仰向けに身を変え、背中でクルクルと器用に回りながら辺りに泥を飛ばした。 「フッフッフ。のこのこと現れおったバカップル共め、泥まみれで雰囲気台無しになるといいぃぃぃぃさぁぁぁぁ!! ――な、泣いてなんかないんだからねッ!?」 何故か謎のカミングアウトをしながら、泥を撒き散らす喪越。 「‥‥持ってきて、よかったな」 持ってきた傘を広げて、おもむろに蒼羅は『流れ弾』を避ける。 「きゃっ!? あの、この田んぼと言うのは‥‥歩きにくい、ん です、ねっ」 跳ねる泥からアルーシュは逃げようとするが、慣れぬ泥に足を取られ。 「ルゥ!」 文字通り転がるように駆け寄ったグリムバルドが、よろけた恋人を支えた。 「ありがとう、グリム。お礼に‥‥」 ぺちょり。 支えたグリムバルドの顔へ、アルーシュが泥だらけの手を当てた。 「ルゥ‥‥?」 「うふふ。グリムも、厄払いです」 「ルゥだって、泥だらけだぞ」 くすくすと笑う二人の後ろで、喪越が滝の涙を流したとかナンとか。 「喪越さんは、よい暴れっぷりじゃのう。よし、わしらも負けられぬのじゃ、サラちゃん!」 感心しながら、春金はサラと一緒に崎倉へ泥を投げる。 そんな騒ぎの傍らで、和奏は熱心に泥のぺたぺたもちもち感を楽しみながら、泥だるまや泥うさぎを作っては並べ、無心に泥の上へ足跡を残したりして、真剣に遊んでいた。 賑やかな様子に、那由多はふと半年前、天元征四郎に言われた事を思い出していた。 「直接言わねば伝わらん事もある‥‥か。そういや、まだ、言えて無かったな」 ぽしと頬掻くと、やっと泥から抜け出したゼロへ近寄り。 「‥‥おい、ゼロ!」 振り向いた所へ、いきなり泥をべしゃっと投げつけ、ぺたぺたと塗りたくる。 「ちょ、てめぇーっ!?」 けらけら笑いながら、泥を塗る手を止めた。 「結婚‥‥おめでと、な」 ゼロにしか聞こえぬ程の小声で祝いを告げてから、誤魔化すようにまた泥をぶつける。 「‥‥直接言うの、遅くなって悪かったな! ゼロの馬鹿!」 「うっせぇ、馬鹿馬鹿言うんじゃあねぇ! この馬鹿!」 そのまま子供の喧嘩の如く、けなし合う二人はべちべちと泥の掛け合いを始めた。 先に泥を落としたからすは、やれやれと苦笑し。 「皆お疲れ。お茶は如何かな?」 遊び切った者達へ、冷茶を振る舞う。 「ああ、そうだ。これ、汀ちゃんに」 ひとしきり遊んだ奏は、てるてる耳飾りを汀の手の平へ落とした。 「ふぇ? 奏さん、これ?」 「なかなか渡す機会が無くて、誕生日はちょっと過ぎちゃったけどね。明るくて何時も僕等の心を晴れやかにしてくれる汀ちゃんには、ぴったりだと思ったから‥‥子供っぽかったら、ごめんね?」 「ううん、ありがとう奏さん! でも、妹さんに怒られない?」 「大丈夫だよ。それに喜んで貰えたら、ボクも嬉しい。汀ちゃんの笑顔を、ボクは好きだから」 無邪気に喜ぶ汀を、奏は微笑ましげに見守った。 ●面影蛍に思うは 無事に神事も終えて日が落ちる頃、村にはぱらぱらと小雨が降り出していた。 「蕎麦が茹で上がりました、薬味は葱とおろし大根です。食後にはかき氷に、緑茶蜜と梅蜜をご用意しました」 「わぁ‥‥いただきます」 山盛りの蕎麦を持ってきた真夢紀に、和奏が嬉しそうに手を合わせる。 泥遊びを終えて小斉老人の庵に集った者達はわいわいと真夢紀の蕎麦をすすり、食後のかき氷を堪能した。 加えて蒼牙が飲める者を集めて酒盛りを始め、騒いで喰って酔って腹が一杯になれば満足と、昼の疲れもあってか早くも座敷の一角を陣取って寝転ぶ者が出始める。 「お腹出して寝ると、風邪ひくよー?」 ぐーがーと平和に煩いいびきをかく喪越へ、薄めの掛け物を汀が掛けた。 胡蝶の持ってきた花紅庵の彩姫に満足したのか。茉莉華もまた何故かからすの膝を借りて、ふわふわ眠っている。 「そうだ、沢の蛍‥‥汀ちゃんにも見せてやりたいな。良い絵が描けそう、だろ?」 「え? あたしもついてっていいの?」 那由多が誘えば、途端に汀は目をキラキラと輝かせる。 「うん、行こう」 裏表のない分かりやすい反応に、笑って那由多が頷き。 「留守番なら、任せておけ」 手酌でゆるゆると飲む蒼牙が、出かける者達へ酒杯を掲げた。 「ゼロさん、お疲れでないようなら蛍を見に行きません? そういえば、本物を見た事なかったので‥‥」 「いいぜ、見に行くか」 「はぁい。じゃあ、傘を取ってきますね」 夫の返事にリーディアは嬉しそうにいそいそと、持ってきた傘を取りに行く。 「‥‥家族になるっていいよな。憧れるぜ」 「確か‥‥てめぇもいい感じの相手、いなかったか?」 見送ったグリムバルドの呟きに、桃園で見かけた様子を思い出しながらゼロが首を傾げた。 「俺にも、なってほしい人は居るけど‥‥どうだろうなって思ってな。ゼロは、何て言って夫婦になったんだ?」 「なっ、何って‥‥!?」 思わぬ問いにゼロはうろたえるが、真っ直ぐにグリムバルドが向ける金の眼に唸る。 「俺は‥‥一緒に歩くどころか、一人ですっ飛んでく鉄砲玉な性質だ。後先考えず手前勝手で、そんなだが一緒にいたいし、生きたい。そう明かした」 「それで、奥さんは?」 「共に生きたいってよ。だから今、こうしてる」 「度胸、あったんだな」 「そうか? だってなぁ‥‥惚れた女が他の男の腕ん中で笑ってるトコとか考えたら、腹が立つだろ?」 「‥‥くくっ」 思わずグリムバルドが忍び笑えば、答えたゼロは口を尖らせた。 「笑うない。ま、何を譲れないか考えれば、存外に腹は括れるぜ。だから」 頑張れよと、横を通り過ぎざまゼロは軽く彼の肩を叩く。 怖くて言えないままよりも、いいのだろうか‥‥と。雨音を聞きながら、残されたグリムバルドは思った。 「何か、お話だったんです?」 「男同士の、内緒話だ」 尋ねたリーディアに答え、彼女が抱えた愛藍傘を渡すようゼロが手招く。傘は少し大きめだが、二人で入るならちょうどいい。 「最初は断る気もあったんだが、ソレを思ったら逆に腹が立ったとか‥‥俺も大概だよな」 「それも、内緒の話です?」 「ん。内緒だ」 少しだけリーディアは頬を膨らませたものの、傘を差す腕へぽふっと抱きついた。 「ゼロさんは、蛍って見た事あります?」 「あるぜ。追っかけて、浅い川に落っこちた事もある」 「落ちたんですかっ?」 「小さい頃の話だ、笑ってんじゃあねぇっ。それより一人寝しても怖い夢とか見ないよう、後で良い物やるぜ」 「あら、なんでしょう‥‥ところで、ゼロさんの小さい頃ですが」 「話を戻すな、話をっ」 他愛もない話をしつつ、沢へ向かう者達の後に二人も続く。 「ち、ちと‥‥崎倉さんにお願いが、あるんじゃが‥‥」 沢への夜道を歩きながら、こそりと春金は隣の崎倉へ切り出した。 「どうした、春金?」 「‥‥そ、そのじゃな‥‥うー‥‥ぜ、禅さん‥‥と、呼んでも良いじゃろうか‥‥?」 そう聞いてから、慌てて束ねた髪をぶんぶん左右に振る。 「い、いや、駄目ならいいのじゃよ! あ、あはははは!」 「俺は構わないぞ、別に。そういえば‥‥」 わたわたしながら誤魔化す春金に崎倉が答え、布包みを差し出した。 「春金にも、これを渡さないとな」 「な、なんじゃ?」 春金が受け取って解けば、小さな手鏡が現れる。 「新婚の嫁さん連中へと思ったがアテが外れたんで、年頃の娘さんにな。もらってくれるか?」 それは本当かもしれないし、口実かもしれない。崎倉の本意がどこにあるか、春金には分からないが。 「ありがとうなのじゃよ、崎倉さん! あ、いや‥‥禅、さん?」 「こちらこそ、どういたしましてだ」 言い直すのも気にせず、からりと崎倉が笑う。 目が合ったサラに笑みを返し、大事に春金は布包みを懐へ仕舞った。 小雨のせいか、蛍はゆらゆらと去年より控え目に沢を飛んでいた。 「‥‥良い光景、だな」 風情ある光景に蒼羅は、感心して呟く。 「火垂る、転じて蛍となる‥‥か。そう言えば故人の面影を見ることもある、との話だったが‥‥」 じっと息を潜めても、彼の目にはただ淡い光が飛び交うようにしか見えない。 「故人の面影‥‥柚乃にも、見えるのかな‥‥」 気になった柚乃も、じっと目で蛍を追っている。 「どうやら人によって、そう見えたり見えなかったりのようだな」 「そうですか‥‥蛍は、綺麗ですけどね」 蒼羅の言葉に柚乃は少し残念そうで、ケロリーナがぱたぱたと蛍を追いかけ、戯れている。 「蛍さん、ゆらゆら〜」 「沢は深いらしいから、気をつけてな」 「はいですの〜」 蒼羅が声をかければ、縦ロールなツーテールを揺らして少女はぴょこんとお辞儀をし。目を輝かせて、蛍の後に付いていった。 「見えぬものが見え、その逆もあり。揺らぎうつろう人の心ゆえに、ない筈のものを見たりもするものよ」 懐かしげに光を見る小斉老人の話を、雪巳は静かに耳を傾ける。 「‥‥亡くなった人間への想いが強いのは、美徳か足枷か‥‥どちらなのでしょうね」 傍らの胡蝶が、ぽつと呟きを落とした。連れ合いを亡くして長い老翁に直接問うのもはばかられ、かといって気がかりを捨てきれず、ただ疑問をそこに置く。 「毒が薬となるように、それは一概に言えぬ事じゃな。大事なのは、己が未だ死んではおらぬ事に気付いておるか否か‥‥死んで、花実は咲かぬものよ」 「そう、ね」 「小斉のおじいちゃん‥‥去年、村に来てた乙矢さんが倒れちゃったんです」 胡蝶の話を聞いてか、不安げな透歌が口を開いた。 弓削乙矢が形見の弓を探してる事、そのために周りの人が大変だったのを気に病んでいる事、そして弓が壊れた事など。 「私はその弓が乙矢さんの手元に戻ってほしいし、お手伝いも頑張りたいんですけど、あんまりお役立ってないですし。大変な目にあってまで探すのが、乙矢さんの幸せなのかなって」 透歌は悩みを話すだけ話すと疲れたか、相槌を打つ小斉老人にもたれて舟を漕ぎ始め。 ふと胡蝶は、遠い自身の家族へ思いを馳せる。貴族の家柄は権力争いの謀略で没落し、家族は失われた。そんな自分に何が出来るのか――それが解れば、自分が残された理由と歩く先も見えてくる気がして。 「私も彼女も、まだ‥‥生きているのよね」 舞う光を胡蝶はじっと見つめ、脇からぬっと酒杯が突き出される。 「蛍見でもしながら、一緒に酒でもどうだ。アグネスも」 「あら。折角のお誘いだし、戴こうかしら」 誘われて断る理由はないと、アグネスも遠慮なく杯を受け取った。 「縁付いた子達に、おめでとう♪」 小さく祝ってから、くいとアグネスは掲げた杯を傾ける。 「ほぉ? アグネス自身は、どうなんだ?」 「あたし? そぉね‥‥まだ、誰かのモノになる気は無いかな」 立てた膝に頬杖をしながら、彼女はくすと笑う。それから、ふと周りを見回して。 「アルーシュも、一緒にどう?」 ひっそりと一人で蛍を見る彼女を、アグネスが誘った。 「私は、今は‥‥その。すみません‥‥」 「ううん。気にしないで」 片目を瞑るアグネスへ寂しげな笑みでアルーシュは会釈をし、今は傍らにない、そして此処までは来ないであろう恋人を静かに思い返した。 (言われる前から決める勇気が持てない‥‥拗れた、思い‥‥) 祈るように指を組んだ彼女は、蛍の中で佇む。 (答えは何処‥‥) 彷徨う思いを映すように、蛍はただ彼女の周囲をゆらゆら舞った。 「蛍、久し振りでやすね‥‥」 感慨深げに呟いた伝助は、小雨の中で乱舞する光をしばらく黙って眺めていた。 そのうち、舞い飛ぶ一匹がふわりと目の前に近付いて。一瞬、表情を強張らせた伝助だが、ふっと緊張を解いて頬を緩める。 (あの人から会いに来るなんて、珍しい事もありやすね) 何故だか分からないが、明滅する光の温かさに感じたのは亡き師の面影。勿論、光自体に温かさなどありはしないが、知らずと彼は頬の傷を指先でなぞる。 案じる様に漂う光はふぃと伝助から離れ、分からなくなった。 |