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■オープニング本文 ●小さな依頼 アル=カマルの開拓者ギルドは、仮設とはいえ大盛況だった これまでこの地では、開拓者がおらず、何か難事を持ち込むとすれば伝手を頼って傭兵を探さねばならなかったので、大変効率が悪かったのだ。 だが、そこにジン‥‥つまり志体が多勢登録されていて、依頼と人が集中しているとあればこれを利用しない手は無い。料金は多少割高ではあるが、客人たちに対する好奇心もあって、多勢の人が訪れていた。 とはいえ、物珍しさが先にたって、ギルドには冷やかしも多い。 興味本位の依頼が増える傾向もあって、やはり、本当の意味で「信頼」は得られていないのだな、と実感するばかりだ。 「‥‥それで、こうした依頼から先に解決をなさる、と」 「さようです」 三成の前に決済を求めて差し出された書類には、信頼獲得に向けての方策が記されていた。 「ふむ‥‥」 まず第一に、重要性の高い依頼について、依頼者から徴収する依頼料を割り引く。第二に、開拓者たちに積極的に働きかけ、そうした依頼から優先的に解決して廻る。これを通じて、ギルドが頼れる存在であることをアピールしよう、ということだ。 ●隊商護衛 「で、また‥‥随分と、面白そうな仕事が入ってるモンだぜ」 発見されたばかりの儀から届いた依頼書の数々を、興味深げにゼロが眺めていた。 「だけど、環境は過酷だそうですよ。アル=カマルの砂漠では、太陽があるうちは焼けそうなほど熱いですし、夜になると凍えるほど寒くなるそうです」 「たった一日で、真夏から真冬まで堪能できるって事か。寒いのは、苦手なんだがな」 ぼやきながらも、受付係の説明に好奇心は駆り立てられるらしく。 「そういえばラクダっていう生き物は、『砂漠の船』とも呼ばれるそうですよ」 「‥‥楽だ?」 目を瞬かせ、きょとんとして返すゼロへ受付係が指を振る。 「ラ・ク・ダ、です。背中にこぶのあるアル=カマルの生き物で、馬みたいに乗るんですよ」 「そりゃあ、一度乗ってみてぇモンだな。でも砂漠の船と言えば、ナンかでっかい『砂上船』とかいう船もあるって聞くぜ」 「ありますけど、あれはこちらでの飛空船みたいなものだそうですよ。ですから砂の上を歩き、村や町を旅して回る隊商もあるそうです」 「それって、目的地へ突く前に干上がっちまうんじゃね?」 怪訝な顔をするゼロへ、楽しげに受付係は一枚の依頼書を示した。 「干上がるかどうか、確かめてみます? ちょうど、隊商を護衛する依頼が来てるんです。龍とかを連れて行ってもいいですし、ラクダにも乗れますよ?」 「へぇ‥‥?」 わくわくとした顔で受付係が売り込み、腕組みをしたゼロは依頼書を覗き込む。 「飛んで付いていくなら平気だが‥‥砂の上を歩くってのは、龍も苦手だろうからなぁ。俺も炎龍を連れて行くかどうか、悩むぜ」 「アル=カマルの人達との親睦を深め、信頼関係を築くのも、今回の依頼の主旨ですから」 よろしくお願いしますねと、受付係はにこやかに念を押した。 依頼の内容は、砂漠の中にある小さな村からオアシスのキャンプまで向かう隊商の護衛だった。だが隊商が進む予定の交易路では、最近アヤカシが活発だの、盗賊団が出るだのとの情報が流れていた。 ただでさえ危険な砂の上を旅する者達だが、やはり命と荷物とラクダは大事な財産だ。 そのため交易路の安全確認を兼ねて、天儀の開拓者達へ隊商の護衛を頼む事となったらしい。 依頼人は、隊商の隊長でもある壮年の男。 砂の海を熟知した現地の案内人ではなく、わざわざ開拓者に護衛を頼むあたり、もしかすると「噂になっている異国のジン(志体持ち)達の技量を試してやろう」という趣向などもあるかもしれないが。 それでも依頼自体は重要である事に変わりなく、失敗すれば行商人達の身に危険が及ぶ事となるだろう。 「ある意味、向こうの連中からの挑戦状みたいなモンか。だったら受けて立たない訳には、いかねぇぜ」 どこか楽しげにゼロはニッと笑い、依頼を受ける旨を受付係に伝えた。 |
■参加者一覧
周藤・雫(ia0685)
17歳・女・志
有栖川 那由多(ia0923)
23歳・男・陰
七神蒼牙(ia1430)
28歳・男・サ
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
リーディア(ia9818)
21歳・女・巫
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
エリーセ(ib5117)
15歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●初遭遇 「おい、お前ラクダってんだろ? 乗せてくれよ!」 その見慣れぬ獣の背中を、わくわくとしながら有栖川 那由多(ia0923)は軽くてしてし叩いた。 意外に黒目がつぶらな相手は、周りで騒がれる事にどこか眠そうというか面倒そうに首をもたげる。 「‥‥楽だ?」 かくんと首を傾げたリーディア(ia9818)が、不思議そうに尋ねた。 「ラクダ、だぜ」 微妙に脱力しつつ、ゼロはリーディアの頭へぽふりと手を置いた。 「あ、ラクダさんと言うのですね。可愛くて、力持ちさんですね〜♪」 「へえ、こいつがラクダか」 興味深げな劫光(ia9510)の肩越しに、人妖 双樹も背中にコブを持った生き物を珍しそうに観察する。 「コブの前に、鞍がついてるんだな」 「ナンか、前か後ろにずり落ちそうだが」 まじまじとラクダを眺める那由多とゼロに、劫光は馬へする様に首の辺りをぽんと叩いてやる。 「まあ、よろしく頼む」 「ゼロおじさま〜♪ 劫光おじさまも、リーディアおねえさまもいるですの〜♪」 もふら もふらてすを連れ、ぱたぱた駆け寄ったケロリーナ(ib2037)がスカートをつまんで嬉しげにぴょこりと頭を下げた。 「隊商の皆さんもらくださんも、よろしくお願いするですの。ふわわぁ‥‥らくださん、おっきい!」 届かぬ鞍にぴょんこぴょんことケロリーナは飛び跳ね、付き添う主が手綱を引けば、ラクダは膝を折って地面にぺたりと座る。 「よく、しつけられたものだな‥‥」 感心した風に、アーマーケースを手にしたエリーセ(ib5117)が次々と座るラクダ達を眺めた。普通のラクダと違って霊騎に似たケモノだけあり、気性は穏やかだ。 「本当に。この人達やラクダを守るのが、今回の仕事ですか。アルカマルの方々の信頼を得るためにも‥‥こういった依頼は重要、ですよね」 気を引き締める周藤・雫(ia0685)に、首をこきこき鳴らしながら七神蒼牙(ia1430)も出発準備の整った隊へ目を向ける。 「やるからには全力で、だな」 「この姿で戦うの、久し振りかも」 「あたし的には、初めて見るよ☆」 泰拳袍「獣夜」姿の趙 彩虹(ia8292)に、見上げる猫又 茉莉花がぱたりと二つに分かれた尻尾が揺らした。 「そう、なのか?」 「確かに珍しいかもな。いつもは、白い『まるごととらさん』姿だから」 答えたゼロに蒼牙は不思議そうな顔をして、愛用の『まるごととらさん』を置いてきた彩虹を見やる。 「暑さはともかく、野宿するとなると‥‥ですから。ゼロ様」 説明を付け加えて、彩虹は長い髪へ手をやった。暑くて熱のこもりそうな物を、すっと着っぱなしというのは、いろいろちょっと困りそうな気がした末の判断らしい。 「失敗しないように頑張りましょう、烈火‥‥」 差し出す腕へ舞い降りた迅鷹 烈火に、雫が青い瞳を和らげた。 「あなた方が、開拓者か」 声をかける隊商の隊長に、丁寧に一礼する雫。 「よろしくお願い致します」 「こちらこそ。短いが共に砂漠を渡る縁だ、どうか気楽にしてくれ」 ヒゲを蓄えた男が差し出す手を、背筋を伸ばしてエリーセは握り返した。 「うわっ、わわわっ!」 まず前足を起こしたラクダが後足を突っ張り、急に前後へ揺らされた那由多が放り出されまいと鞍を掴む。 焦って騒ぐ乗り手もお構いナシで、最後に前足を伸ばしたラクダは真っ直ぐ立ち上がり。 ほっと那由多がひと息をついた、その直後。 「のおあぁっ!?」 油断していたのか、ラクダが腰を上げた拍子にゼロが前へ身体を振られ、そのまま落っこちていた。 「ゼロ、生きてるかー?」 「この場合は落馬じゃなく‥‥落、駝?」 「なるほど。上手いですね、ディア」 「‥‥くっ」 「てめぇら、笑うない!」 覗き込む那由多にリーディアは小首を傾げ、彩虹が納得して劫光も笑いを堪え。何とか受身を取ったゼロが、抗議する。 「これが、駱駝って奴の乗り方か‥‥立ったヤツに乗る方が、実は楽なんじゃないか?」 それでもまぁ、郷に入ればと蒼牙が鞍へ腰を落ち着け、ぱたぱたとゼロは砂を払った。 「ついでだ。他の奴らも落ちねぇよう、見とくぜ」 「ゆ、揺れると分かってしまえば、ナンともない!」 「そうですね‥‥」 しっかりとアーマーケースをラクダへ固定したエリーセが揺れに備え、ラクダの動きに雫は呼吸を合わせる。 「ちょっと、楽しいですけどね」 彩虹もまた猫又と自然体で揺られ、小柄なケロリーナの髪が鞍の上でぴょこんと跳ねた。 「もふらてすは、大丈夫ですの?」 「もふ〜」 歩みの遅さからラクダの背に乗っかる事になったもふらが、気遣うケロリーナへ楽しげに答える。 「よろしくな」 「落とされないようにして下さい」 乗り慣れぬラクダに戸惑う者達へ、気さくな商人達が励ましの声をかけ。手を挙げ、あるいは笑顔を返した開拓者はアル=カマルの村人達に見送られ、隊商と小さな村から砂の海へと乗り出す。 那由多の甲龍 刹那と蒼牙の甲龍 鋼牙もまた翼を広げ、隊商に続いて砂漠の空へ飛び立った。 ●砂漠の旅 「すごく暑いではないか! まるで、サウナにいるようだぞ!」 太陽が昇るに連れ、強くなる日差しに照らされたエリーセがうめく。 「ああ、あっちぃなぁ‥‥」 スッポリと身を包むブブーをまとった蒼牙も、恨めしそうに腰の瓢箪徳利へちらと視線を落とした。いつもなら酒が入っている徳利だが、今は水だ。 「‥‥チッ、酒が飲みてぇなぁ‥‥」 舌打ちをして、小さく呟く蒼牙。 「ゆーれーるーねー‥‥」 その後ろを歩くラクダでは、彩虹が文字通り鞍に揺られていた。背に乗れば意外と視点は高いが、歩き方は馬と違って穏やかな波に漂う小舟の如く、ゆぅらゆらと緩慢に身体が振られる。 「小虹‥‥き、気持ち悪くなりそ‥‥」 「が、頑張って‥‥先頭だから、しっかりと敵への警戒もしないとね」 だらんと元気のない尻尾に、猫又の背を撫でながら彩虹は周囲へ注意を払っていた。 「しかし、何か槍でも持ってくればよかったか‥‥こっちは、木すらないからな」 十尺程度の長い棒でもあればと思っていた蒼牙だが、ぽんと手軽に手に入る物でもない。仮に手に入っても、鞍の上から無造作に前方の地面を棒で突っついていたら、当のラクダが落ち着かなさそうでもあるが。 「砂の砂漠に入ったら、気をつけるしかないな」 エリーセが地平へ額に手をかざし、後ろを行く彩虹もこくと頷く。 「シュラムは、踏んだらグニュってするらしいですからね」 「後手になるが、それしかないか」 共に先頭を守る二人にふっと蒼牙は嘆息し、一列になってラクダに揺られながら荒い小石の砂漠を進んでいく。 「にしても、あぢぃー‥‥水、いくらあっても足りなくねぇか? ゼロ、水くれよ、水。俺ぁ、炎扱う陰陽師ったって、暑いのが得意な訳じゃねぇ‥‥ぞ‥‥」 日除けに頭まですっぽりと被った外套の下で、既にへばり気味な那由多が音をあげ、苦笑しながらゼロが水筒を寄越した。 「ほらよ。でも初っ端から飲み過ぎると、なくなるぜ?」 「分かってるよ。行ったことねぇ土地とか、楽しいけどさ。でもさすがにこれは、しんどいだろ」 呻く那由多に、頭から被った日除けの布を劫光も少し引き下ろす。 「まだ湿気のない、カラっとした暑さなだけマシだな。手足を覆い隠すのも暑苦しい格好かと思いきや、そうでもないようだ」 「皆、この暑さが平気なのかね? 隊商の人達はどう凌いでんだろ。俺もそれに習えば、多少は楽かね」 那由多の様子を見て、エルフの商人は大らかに笑う。 「この暑さの中で生まれて育ったんだ、これが普通さ。そうそう、日差しは直接当たらない方がいいぞ」 「へぇ‥‥ありがと」 助言する相手に、とりあえず那由多は礼を言い。 「刹那にも、後で水をあげないとな」 主人を気遣ってか、時おり頭上を飛んで影を落とす甲龍へ感謝の視線を向けた。 「知った顔が多くて、気心が知れてる分やりやすいってもんだが‥‥後ろから見て、変わった様子があれば教えてくれ」 「は〜い」 声をかける劫光へ、彼の後ろで掴まる人妖が明るく返す。 「もし砂嵐でも起きたら、双樹やケロリーナを掴まえておかないとな」 「ふぇ?」 緑の目を丸くするケロリーナへ、肩を竦める劫光。 「強い風に浚われたら、困るだろ」 「けろりーな、飛んで行っちゃうですの?」 「もしかしたら、だ」 少女が必要以上に怖がらないよう、劫光は念を押した。 「まさか、俺は‥‥飛ばないよな」 「飛びそうなら、上から乗っかって抑えてやるぜ」 ナンとなく一抹の不安が過ぎる那由多に、けらけらとゼロが笑い。 「お前が乗ったら、俺が潰れるって!」 口を尖らせる那由多に続き、劫光も友人を見やる。 「気にしなくとも、術者は俺が面倒を見ておくのに」 「頼れるのは承知してるが、てめぇも一応は術者だろうが。それに前は三人、真ん中あたりは雫が固めてくれてるしな」 先を行く者達の背を、頼もしげにゼロは眺めていた。 「夜は、交代制で見張りをした方がいいですよね」 「そうですね。特に順番などは、決めずにいましたが‥‥」 やや思案しながら、雫は何気なくリーディアへ目をやる。視線を感じた巫女がきょとりと首を傾げれば、なんでもないと緩やかに束ねた青い髪を左右に揺らした。 「‥‥可愛いですよね」 不意の言葉に雫が戸惑って、リーディアを振り返り。 「はい‥‥?」 「あ、いえ、迅鷹さんですっ。凛々しい表情とか素敵ですし」 鞍の当たりを和らげる布を掴んで翼を休める迅鷹に、リーディアは目を輝かせる。 「そういえば相棒、連れてこなかったんですね」 「ラクダさんを満喫しようと思ったので‥‥その分、他の方の相棒さんを愛でるのですよ」 嬉しそうなリーディアは拳をぐっと握り、僅かに雫も笑みを浮かべた。 やがて昼を前にして、隊長は隊商の列を止める。 「昼食、ですか?」 「そして夕方まで、しばし休憩だな。日の高い時間に歩くのは、逆に体力を消耗する」 尋ねる雫へ隊長が答え、礫砂漠の中でも風のあたりが弱い場所を選んで、手際よく商人達はキャンプを張った。 日差しが強いせいか、日陰はより影が濃く感じられる。 「水、飲まないのか?」 自分の割り当ての水をエリーセはラクダへ分けるが、欲しがる様子はなく。 「彼らは、飲みたい時に飲みたいだけ飲むからな。それが自然だ、飲まなくても心配する事はない」 「なるほど、ありがとう」 教えてくれた商人へ礼を言い、愛嬌のある顔をしたケモノを彼女はしげしげと観察した。 ●異郷の月夜 一番暑い時間をやり過ごした隊商は、傾き始めた陽の下を出発する。 夕暮れが迫れば連なる影は礫砂漠(れきさばく)の上へ長く伸び、日が沈むと日没の余韻もそこそこに夜の闇が押し寄せた。だが歩き慣れた『道』なのか、月の光を頼りにラクダの列は迷いなく夜の底を渡っていく。 襲撃を警戒し、昼よりも緊張気味に気配を窺う開拓者達だが、その甲斐もあってか隊商は無事に予定のキャンプ場所まで辿り着いた。 開拓者達が手伝うまでもなく天幕が張られ、夕食が用意される。 豆のスープと焼いたラクダ肉、豆のペースト、ジルベリアで焼くものとは少し違った平たいパン。手の込んだ飾った料理ではないが、珍しそうに開拓者達は手を伸ばした。 「少し塩が効いてるけど、美味しいですの。せっかくですし隊商のおねえさまたちにはアル=カマルのお料理やお洒落について、もふらてすと一緒に教えてほしいですの」 目を輝かせたケロリーナは歳の近い相手へ話しかけ、女商人達はもふらを珍しがりながら、もふもふ撫でる。 「隊商の方々はこれまでどのような土地を旅して廻って来たのか、色々教わりたいのです。他にも、アル=カマルの家庭料理の作り方とかっ」 リーディアもまた、料理を囲む商人達と話を弾ませていた。 「こちらは天儀の飲み物なのですが、疲れ、癒されますよ♪」 「甘くてオイシーよ☆」 料理の礼という訳でもないが、食後には彩虹が猫又と一緒に商人達へ『甘酒』を振舞う。 「これはまた、不思議な味だな」 男も女も、遠慮なく甘い物を口へ運ぶ様子に、ほっと彩虹は胸を撫で下ろした。 それからリーディアの傍らへ移動して、甘味「梅の実り」を取り出す。砂糖漬けにした梅の果肉を餅で包んだ菓子で、程よい甘酸っぱさが疲労回復に効くという。 「ディア、こっそりといただきましょう」 「わぁ、美味しそうです‥‥私も彩虹さんと半分こしようと思って、持ってきましたよ♪」 いそいそとリーディアが取り出したのは、石鏡の紅白もふら饅頭。紅白饅頭にもふらさまの焼き印が押されていて、もふもふの歯ごたえが人気の菓子だ。 「はい、どうぞ」 「遠慮なく、いただきますっ」 嬉しそうに彩虹が甘味を手に取り、じっと猫又は硝子玉のような瞳で主を見上げた。 「‥‥あたしのはー?」 「はいはい」 訴える猫又にてしてしと前脚で膝を叩かれた彩虹は、菓子の幾らかを取り分けてやる。 「二人だけで、ナンか旨そうなモン喰ってるなぁ」 「ゼロにーさまには、内緒です」 「内緒なのです」 からかうゼロに、彩虹とリーディアは仲良く笑顔で結託した。 「‥‥妹?」 「ナンとなく、彩虹はそんな感じがするなぁって話をしてな。それ以来、だ」 彩虹の呼び方に疑問を覚えた蒼牙に、ゼロは苦笑う。 「といっても、こういった休憩中だけですよ。七神様」 「だよな。護衛をしてる間は、そんな風に呼んでいなかったから」 慌てて彩虹が付け加え、それに蒼牙も納得する。 やがて「食事の礼にでも」と劫光が笛「小枝」を取り出し、和やかなひと時を盛り上げた。 「では、見張りに立つか」 歓談もひと段落したところで、アーマーケースを手にエリーセが席を立つ。 「夜は冷える。昼間の暑さに騙されて、油断めさるな」 「はい」 注意を促す隊長に短く答え、彼女は天幕の外に出た。 ある程度離れるとエリーセは地面にケースを置き、周囲を確認してから表面についた宝珠を取り外す。途端にケースは六枚の板に分解し、小さな箱に収まっていたとは思えぬ大きさのアーマーが出現した。 「これは‥‥凄い」 「どこから、こんな大きいのが?」 初めて目にしたジルベリアのアーマーに、アル=カマルの人々は一様に目を丸くする。 「相棒のウィル‥‥ウィルフレッド、だ。遠目に見ても目立つし、盗賊の牽制になるだろう」 「これは、乗り物なのか」 「開拓者というのは、こういう物も使うのです?」 エリーセが紹介したアーマーに、商人達も興味がわいたのだろう。ひとしきり驚いてから、あれこれと質問を投げてきた。 「天儀では、駆鎧とも呼ばれているらしいが。元はアル=カマルよりもずっと北方にあるジルベリアという国で作られた物で、騎士と呼ばれる者達がアーマーに乗り‥‥」 アーマーや故郷の国について説明をする少女の話へ、商人達は時も忘れて熱心に耳を傾ける。 「‥‥不思議なものだよな」 「何が、でしょう?」 その光景を眺めていた雫は呟きを耳にして、ゼロへ聞き返した。 「ジルベリアもアル=カマルも、最初は嵐の壁に遮られて‥‥百年も前の奴らは、こんな風景なんか想像もしなかったんだろうなって、思ってな。そのくせ、空を仰いで見えるのは、何処の国も同じ月だ‥‥不思議だよなぁ」 煌々と輝く月を、ふと雫も振り仰ぐ。 甲龍の世話をしながら何気なく話を聞いていた那由多もまた顔を上げるが、しんみりと物思う暇もなく。 「ふぇ、くしょいッ!」 「ああっ。ゼロさん、寒がりなんですから‥‥にしても、夜にはここまで寒くなるものなのですか」 情緒を吹き飛ばしそうなゼロのクシャミに、隠神刑部の外套を羽織ったリーディアがぱたぱたと駆け寄った。 「そういえば、ゼロおじさま。シュライムの水って『ブリザーストーム』や『フロストマイン』で凍るですの?」 寒さで思い出したのか、ケロリーナがゼロへ尋ねる。 「そりゃあ、ちっと無理だな。凍らせるなら、巫女に『氷霊結』を頼まないと」 「残念ですの。かき氷つくって皆で食べるようと、かき氷削り器を持ってきたのに‥‥」 しょんぼりするケロリーナの頭を、ぽんとゼロは撫でた。 ●熱砂に舞う ザァッと、細かい砂が散った。 猛スピードで砂を転がってきた奇怪な物体は、急ぎ那由多が結界呪符「黒」で召喚した黒い壁へ激突する。 「雫さん、一匹こちらへも向かってきます!」 「そう簡単に、近付けさせる訳にはいきません‥‥!」 弓を鞍へ置いた雫は砂の上へ降り立ち、刀「長曽禰虎徹」の柄へ手を置いた。 その彼女めがけて突進してくるのは、アヤカシのサフラ・ウクドだ。 始まりは、雫の迅鷹が発した鋭い鳴き声だった。 劫光が人妖へ確認に行かせるまでもなく、頭上の甲龍達も接近する相手に騒ぎ。砂の山からソレが見えた瞬間、咄嗟に那由多は結界呪符「黒」を使っていた。肉塊を思わせる大小二つの巨大な塊のうち小さい方が、弾かれて進路を変える。商人達も護身の刀や短銃を抜き、彼らを守るように開拓者達は前へ出た。 思わぬ速さで向かってくるソレを、黒い瞳で雫が見据える。 激突する瞬間。流れる風の如く、白刃が陽光に閃いた。 相手の攻撃に対し、すれ違いざまに居合を放って打ち抜ける、抜刀術『雪折』。 そして頑強なる刀は、硬質なサフラ・ウクドの分厚い皮を深々と裂く。 だが転がる脅威はそれでも止まらず、油断なく雫は次の一刀を身構える。 「久し振りのあいつに、下手なとこ見せらんねぇよな‥‥!」 ラクダの背から飛び降りるゼロの姿を視界の隅に捉えながら、符「幻影」を那由多はかざした。 「いい加減、暑くてイラついてたんだ。燃えろッ!」 放った『火炎獣』の式が、一直線に向かってくるアヤカシへ炎を吐く。 同時に、呪殺符「深愛」より『雷閃』の式を劫光が打ち。 「砕け、雷龍!」 電光の龍が、雷撃を放った。 それでも勢いを殺しきれないサフラ・ウクドの接近を、ケロリーナの『フロストマイン』が阻み。 幾分か勢いが削がれたアヤカシへ、正面からゼロが斬り込む。 「ゼロおじさま、気をつけないとぺたんこになるですのっ」 「ハッ! アヤカシ如きが潰せるモンなら、潰してみやがれ!」 突っ込む背を見つめ、次の式に那由多は備える。 「お前の後ろは、なんとかするさ‥‥まだまだ、俺じゃ力不足だろうけどな」 砂が舞い上がり、抜き放たれた朱刀が容赦なく叩きつけられた。 「へっ、出やがったな。俺らを襲った事、後悔させてやるぜ!」 うねうねと動く砂の塊のようなシュライムへ、蒼牙は業物を振るい。 「大きなシュラム同士が融合しないよう、気をつけて!」 十字剣「スィエールイー」を手にエリーセが警告しつつ、自身も果敢にアヤカシの動きを妨害して立ち回る。 隊の後方がサフラ・ウクドの接近に気付いたのと同時に、シュライムの群れが行く手を遮っていた。 「動き自体は遅い‥‥なら、幾らか融合したところを一気に仕掛けます」 シュライムを粉砕する彩虹の、構える八尺棍「雷同烈虎」が白い気をまとう。 「黒炎破、いっくよー☆」 主の動きに、猫又もまた仕掛ける技の呼吸を合わせ。 「そこです!」 融合するシュライムの心臓を、『極地虎狼閣』と黒い炎が同時に穿った。 傷の手当てをしたリーディアは、最後に『瘴索結界』で脅威が去った事を確かめ。 そして無事に、隊商はオアシスに到着する。 盗賊団の方は見慣れぬアーマーを警戒したのか、キャンプから少し離れた場所に数頭のラクダの足跡だけを残していた。 「盗賊団は捕まえられなくて、残念です」 「いや。存在が分かれば、退ける日も遠くはない。旅の守護を感謝する、開拓者」 再び差し出す隊長の手を、しっかりと一行は握り返す。 「じゃあ、酒でも飲もうぜ!」 「上手いもの、食べたいよな。あと、土産!」 蒼牙と那由多は賑やかに友人を巻き込み、エリーセが緑に囲まれたオアシスを見つめた。 「私は、まず水だな」 きっとそれは、この上なく美味しい一杯となるだろう。 |