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■オープニング本文 ●鬼のいない、鬼払いの祭 「アヤカシの鬼は、確かにおっかない。でもさ。おっかないからこそ鬼が必要だし、鬼になるんだよ」 木を掘り削って形を整え、赤く色を塗った鬼の面を手に取りながら、記憶の中にある青年はそう言って、笑った。 ○ 武天の片隅にある、小さな村のささやかな祭り‥‥村から鬼を追い払う、鬼払いの祭。 とはいえ、本物の鬼が村に現れる訳ではない。 鬼に扮した数人の村人が何も知らせず子供達の前に現れ、追いかけ回す。 そこへ集まった村人達が協力して、村から山へと鬼を追い出すのだ。 そんな祭りで大事な役割を果たす鬼役を、気のいい青年は毎年率先して引き受けていた。 常から子供達とはよく遊び、子供達からも慕われ。 生業である狩りに出られない日は、雨ならば家に子供達を集めたり、晴れならば川や野で相手をしてやる姿が良く見られたという。 ‥‥全て、在りし日の話だ。 今年も祭りが近付いたある日、村近くの山に一匹の鬼が出た。 場所は青年がよく狩りに出る辺りで、村長に鬼が出た事を知らせたのは泣きじゃくる子供達だった。 「危ないから、あまり山に入ってはいけないよ」 日頃から言い聞かされてきた子供達だが、子供であるが故にそれを忘れてしまう事もある。 虫取りや遊びに夢中になって、山に入り込んだ末。 大きな棍棒を持った、大きな鬼と出くわした。 腰を抜かした子供達の前に現れたのは、いつも遊び相手をしてくれる猟師の青年。 彼は子供達に逃げるよう声をかけ、鬼の注意を引いた。 我が庭の如く山を知る青年は子供たちが逃げる時間を作るべく、鬼に追われながら山の奥へと消え。 そして二度と、山から帰ってこなかった。 もう祭の日が迫っているというのに、鬼役の青年はおらず。 代わりに、山には本物の鬼が徘徊している。 倒さねばいずれ本物の鬼が村へ降りてきて、追い払うどころか村人全員が食い殺されてしまうだろう。 重い表情の村人達と村長は話し合った末に開拓者ギルドへ連絡を取り、鬼による犠牲者が出ている事を伝え、これを退治できる者達を募った。 ○ 「人の命とは、儚いものだな」 覚えのある村の名に、記憶を辿っていた崎倉 禅(さきくら・ぜん)は呟きを溜め息に混ぜる。 今更、実感するでもなく、既に分かり切った事だが。それでも依頼に通り過ぎてきた場所の名前を見れば、胸中穏やかではいられない。 沈む思いを感じ取ったのか。傍らで不安げに崎倉を見上げていたサラが、ぎゅっと強く着物を掴んだ。 「‥‥行くか、サラ? 他の者達が心置きなく鬼を狩れるよう、村の守りをする者も必要だろうからな」 ぽんと頭に手を置いて崎倉は聞くが、いつもの様にサラから返事の言葉はなく。 「も〜ふもふ〜」 藍一色の仔もふらさまもまた変わりなく、ころころと二人の周りをのん気に転がっていた。 |
■参加者一覧
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
セラ・ルクレール(ib3540)
16歳・女・砲
スレダ(ib6629)
14歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●鬼潜む山 「何の変哲もない、普通の村‥‥だな」 山あいを抜ける涼しい風を受けながら、背後の村を振り返った琥龍 蒼羅(ib0214)がぽつと呟いた。 「ああ。特別な事など何もない、どこにでもある村だ」 応じる崎倉 禅はサラを連れ、村外れに向かう道を案内する。 その途上、何気なくキース・グレイン(ia1248)はついてくる少女へ目をやった。 「サラ、また風邪ひいたりしてないか?」 声をかけられた少女はやや俯きがちに、こくと小さく頷く。もっとも、坂道を歩く拍子にそう見えただけとも思える、ごく僅かな仕草だったが。 それでも少しほっとして、再びキースは視線を道の先へ戻した。 畑仕事に勤しむ村人達は、開拓者の姿を見つけると深く頭を下げて見送る。やがて山へ入る道まで来ると、そこで崎倉は足を止めた。 「ここから先は、村の連中が説明したとおりだ。子供が遊びに入るような場所で迷う道でもないらしいが、気をつけてな」 「禅、村の警護は任せたわ。サラも、大人しくしてるのよ」 別れる前に、屈んだ胡蝶(ia1199)は言い含めるようにサラの顔を覗き込む。 「天儀の童話では、鬼退治に雉が同行したと聞きますが‥‥鷹なら、もっといいでしょう?」 ぱっと見では分からないが、鷹の神威人の血を半分引くというセラ・ルクレール(ib3540)が眼鏡の奥から青い瞳を向けた。 「そうだな、頼もしい事この上ない。頼りにしているよ」 冗談めかした言葉に崎倉が笑い、セラもまた首肯する。 「村での待機、お願いします」 「俺からも‥‥村の事、宜しく頼む」 「承知した。とはいえ、その時はソッチに何かあったって事になるからな。無用の心配とは思うが、無理はするなよ」 セラに続いて後を託すキースが、「承知した」と崎倉へ短く答えた。 「なら村の方は、ひとまずヨシですね」 交わす会話に耳を傾けていたスレダ(ib6629)は、改めて木々の奥へ伸びる道へ目をやり。 「俺が払われる前に、鬼退治にでも行くとするかね」 鬼灯 仄(ia1257)は不承不承といった体で、のそりと山道へ足を踏み入れる。 「‥‥いつまでも、引き摺っていても仕方ないわね」 短く独り愚痴た胡蝶もまた、踏ん切りをつけるように村へ背を向けた。 こだわり過ぎるよりは、それもまた一つの経験だったと自戒とし、更なる自己の研鑽とアヤカシの被害を防ぐべく心の内に刻んで。 六人が山に入ったのを見届けた崎倉は顔を上げ、山腹の辺りをしばし眺めてから、来た道を戻り始めた。 「村の人の話では、鬼が出て‥‥猟師の青年が戻らなくなって、今日で三日ばかりが過ぎているそうです。生存の可能性は、まだありますけども‥‥」 言葉を切るセラに、周囲を警戒しながら蒼羅が考え込む。 「自力で戻れない状況なら尚更、安否は何とも言えないな。相手が鉄甲鬼なら‥‥力だけでなく、見た目にそぐわぬ身の軽さと頑丈さも併せ持つという話だが」 目撃された話から、それと推測されたアヤカシの特徴を思い返していた。 「注意すべきは、力を溜めて強力な攻撃を繰り出す‥‥という点だな。何か、ソレらしき素振りでもあればいいが」 「ともあれ、これ以上の被害を出さずに鉄甲鬼を退治するです」 一番小柄なスレダは喋りながらも遅れまいと、足を動かす事に半分集中する。 「鬼役が鬼に襲われる、ですか。いえ‥‥鬼だからこそ、鬼に立ち向かえたのでしょうか。強い人ですね‥‥」 風にざわめく森へ、ぽつりとセラが呟いた。 「ま、相手はでかい図体なんだ。通った痕跡を探せば、先にこちらが先に見つけられるだろうよ」 言動はどこか楽観的で面倒そうに思える仄もまた、それなりに鬼の痕跡を探す。 「出来れば、村でゆっくりしたかったんだがなぁ」 「仄。私が後衛に付くのだから、他の組の倍は働きなさいよ」 ぽしぽしと面倒そうに頭を掻く男へ、ピシャリと胡蝶が釘を刺した。 「やれやれ、仕方ねぇな」 それなりに気心の知れた相手へ仄は笑って肩を竦め、自分達が有利に追い込める地形を把握しようと山道から見える限りを確認する。 「先ずは鬼を見つけなきゃ、話になんねーですからね。それにしても、この天儀って土地は‥‥」 なんと、水と緑が溢れた土地なのだろうか、と。 新緑香る山道を歩きながら、アル=カマルから来たエルフは天を覆う木々を見上げた。 ●鬼追い みしりめきりと、木の枝が裂けたり折れたりする音がした。 苛立たしげな低い唸り声をあげ、何かを引きずるような音を立てながら、人よりも一回り大きな影が森の中を歩く。 木の間からぬっと現れた巨躯の頭には、角が伸びていた。 『獲物』の気配を嗅ぎ付けたのか辺りを見回し、地面に棍棒を引きずりながら進む。 その鼻先を、風を切った一本の手裏剣が掠めた。 投げた相手を探してぎょろりと目を動かす、その死角より。 乾いた銃声が、一発。 棍棒を持つ腕へめり込んだ弾丸に、鉄甲鬼は木々を震わせるような大音声で吠えた。 ずしんずしんと地を揺らすような足音を立て、鬼は仕掛けた蒼羅とセラへ足を向ける。 「来ましたね」 「さて、どう出てくるか‥‥」 注意を引いた二人は迫る鬼の姿に押すより引いた方が良いとみて、すかさず身を翻した。 大股で追いかける鬼の足は、それなりに早い。 最初の囮となった者達が追いつかれそうになると、木々の影に紛れて移動していたスレダが足を止め。 「こっちに来やがれです!」 鬼の顔を狙って、『サンダー』を放った。 時おり振り回される棍棒に注意しながら、キースはスレダを庇うように移動する。 そして森の切れ目、見通しの良い沢の辺りまで出ると。 「今よ!」 「はいはいっと!」 胡蝶の合図に仄は面倒そうな返事をしながらも、『鬼腕』により力を増した腕で掴んだ荒縄を引っ張った。 途端に、下草に隠されていた二本の縄がピンと張り詰め。 足に縄が絡まった鉄甲鬼の身体は、ぐらりと傾ぐ。 それでも引き千切ろうとするような鬼の力に、縄をかけた木がしなり。 気付いたキースもまた、『強力』で緩みかけた荒縄を手繰った。 足を取られて体勢を崩した鬼は、片膝をつく。 今が好機とセラがマスケット「シルバーバレット」の引き金を引き、三角縁神獣鏡を両手で抱くスレダは風を呼び起こし、刃として放った。 身を削ぐ弾丸と足を狙った『ウィンドカッター』を受けた鬼は、腹立たしげに再び吠え猛る。 胡蝶の前に立つ仄は殲刀「朱天」を抜き、彼とは別方向からスレダの術の邪魔にならぬように動くキースが拳布を巻いた拳を繰り出す。 また別の一方では狙い撃つセラを庇って立つ蒼羅が、攻撃の矛先が向けば即座に腰の斬竜刀「天墜」を『雁金』にて抜き打てるよう、間合いを保っていた。 三方からの攻撃に翻弄される鬼は、苛立って威嚇するように唸り。 振り回していた棍棒を、ぎりと握り込む。 それを見た胡蝶は、符「幻影」を取ってかざし。 「鬼の動きを抑えるわ! 攻撃するなら、合わせなさい!」 告げながら、呪縛符の式を鬼へ打った。 符は小さな蜘蛛の式となり、鬼へ組み付いて動きを封じる糸を吐き。 「悪りぃが、ちと憂さ晴らしに付き合ってもらうぜっ!」 大きく踏み込んだ仄が、渾身の『鬼切』を放った。 白刃の一閃は、立ち落とす勢いで深々と鬼の足を斬り裂き。 「その腕‥‥、貰うぞ」 苦悶の声を聞きながら、蒼羅も『白梅香』にて一気に攻勢へ出る。 気迫と共に刃を振るう者達とは対照的に、じっと青い瞳を凝らして機を狙うセラが迷わず練力を込めた『強弾撃』を撃ち。 続けてスレダも、再びの『ウィンドカッター』で追い討ちをかけた。 痛烈な攻撃に、棍棒を握る手ごと鬼の腕が千切れ飛び。 地を蹴って間合いを詰めたキースが、『直閃』にて拳を刃と変えて叩きつける。 更に『斬撃符』の式である刃の羽を持つ蝶を、胡蝶がひらと放ち。 立て続けの攻撃に、鉄甲鬼の巨躯が大きく傾いだ。 「全く。斬って仕舞いってのは、楽でいい‥‥!」 自分の相方が「機転の利く娘」だと内心で評する胡蝶とあって、仄は後ろを気にせずただ斬撃へ集中し。 「招かれざる鬼には、退場願おうか」 蒼羅もまた、一気に勝負を決めるべく畳み掛ける攻撃で続く。 必要とあらば、『単動作』を用いてリロードの隙をカバーするセラが、刃を振るう合間にもなおマスケットを撃ち。 深々と鬼を抉ったキースの拳が、ふっとその手ごたえを失った。 巨躯を塵と化した鉄甲鬼は、風に散りながら地へ崩れ落ちる。 その光景にほっとして、スレダは肩の力を抜いた。 「瘴気が星に還り、精霊となって地に降り注ぐ事を‥‥」 青い瞳を伏せ、祈るように小さく呟く。 土へ解けるように鬼が消えた後には、引き千切られたような網の一部や、仄らが仕掛けた荒縄の罠とは別の縄が残されていた。 「これは‥‥」 気付いて拾い上げたキースが、仲間達を見やる。 「そう、古い物ではないわね。例の青年が、少しでも鬼の足止めをしようと‥‥していたのかしら」 推測する胡蝶は鬼がやってきた方向へ顔を上げ、それから振り返った。 「とりあえず、怪我はない? 怪我をしたなら『恋慈手』で治療をするわよ。出来ればその後、少し勝手に付き合って欲しいんだけど」 「子供達を逃がした猟師の方を探すのでしたら、勝手どころか是非」 断る胡蝶に、セラがこくりと金の髪を揺らす。 「青年の捜索には、俺も参加しよう。身を呈して多くの命を守ってくれた者を、置き去りになどできないからな」 千切れた網や縄をキースは「せめて」と大事に懐へしまい、蒼羅も軽く振るった斬竜刀を鞘へ収めながら頷く。 「ああ。生存の可能性は低くとも、放っておくわけにもいかんだろう」 「‥‥慣れねーですけどね。こういうのは」 言葉を落としながら、折れた草を踏んでスレダが歩き始めた。 鬼に喰われてしまったのなら、死体も何も残ってはいないだろうが。 「死んだと確認できるまでは、か」 不承不承の体を取りながらも、一番後ろを仄が歩き。 鬼を退治した一行は折れた枝や踏み潰された下草など、鬼の通った痕跡を辿り始めた。 ●鬼払い 鬼を退治したという知らせを開拓者達が持ち帰れば、村人達は安堵した表情で礼を告げ、せめてもの労いにと一夜を村で休んで行くよう勧めた。 一行が休む間にも活気を取り戻した村は、慌しくも鬼払いの祭りの準備を始める。 「ちょっといいかしら」 何も知らずにはしゃぐ子供達に、胡蝶が声をかけた。 鬼を退治した開拓者が相手とあってか。わいわいと集まってくる子供達を、セラやキース、そして蒼羅は離れて見守る。 興味津々な幼い瞳を前に、そっと胡蝶は抱いていた布包みより中身を取り出した。 現れた、赤い塗料で塗られた鬼の面に見覚えがあるのか、賑やかだった子供達は一斉に押し黙る。 「あの青年は鬼を追い払うために、鬼を連れて遠い場所に行ったわ」 一部が割れて欠けた面を丁寧に胡蝶は手に取り、表情を曇らせた幼い顔ぶれへ向けた。 「勇気ある行いよ。だから鬼の怖さと、彼の勇気を忘れないために。鬼払いの鬼役は、貴方達が引き継いであげなさい」 静かに告げられた言葉に、少年少女はためらう視線を互いに交わし。 やがて最年長らしき一番落ち着いた感のある少年が進み出て、手を伸ばした。 ぐすぐすと鼻をすする音に嗚咽が混じり、「辛気臭い光景」に苦笑混じりで面を見つけた仄が頭を掻く。 結局、残る時間をかけて森を捜索した一行が見つける事が出来たのは、鬼が消えた後に残っていた罠の残骸。そして踏み荒らされた下草の外れに落ちていた、傷ついた赤い鬼の面だけだった。 村へ戻って崎倉に確認すれば、それは件の青年が常から持っていた物だという。 「‥‥もし、許されれば年長の子に遺品を渡すですよ」 そんなスレダの頼みを、罠の残骸を受け取った青年の両親は快諾し。 「鬼は、死者の魂が帰ってきた姿でもあると聞いたです。お兄さんが安心して眠れるように迎えて追われ、そして魂を山へと還してあげて下さいです」 哀しむ異郷の子供達へ、エルフの魔術師は静かに諭した。 「‥‥子供の相手は、どうも苦手だ」 離れて見守るキースがぽつりと呟けば、セラもまた苦笑する。 「そうですね。子供達に伝えたり諭したり励ましたりするのは‥‥というか、どう言うべきか、わからないので」 「存外に、自分が小さい頃と変わらんものだがな」 苦笑う崎倉を、ふとキースは見上げ。 「そういえば。崎倉は、此方に来たことがあるのか?」 「ああ。一年か、二年ばかり前になるがな。あちこち歩く途上で、立ち寄っただけだが」 「そうか‥‥こういう再会も、辛いものがあるな」 「こういうものは、すぐ平気になれるものではありませんからね。鬼払いの祭り‥‥悲しみも一緒に、払えるといいのですが‥‥」 子供達と別れて戻ってきた胡蝶やスレダに、セラはほぅと嘆息した。 「こうして遺品の一つでも残っていれば、多少は救われるのでしょうか‥‥?」 「死者は何も語らないです。残された方が、残された想いの中から忘れ得ぬものを心に抱くしかねーです‥‥やるせねーですね」 「‥‥隠れて身動きが取れないことを、期待したのだけど‥‥ね」 スレダの言葉に瞑目してから、胡蝶は子供達を振り返る。 「でも、失ってしまっても。すべて無かった事になる訳じゃ‥‥ないわ」 間もなく、どぉんどぉんと鬼の足音を模した太鼓が村に鳴り響いた。 鬼の役に扮した仄は村人に混じり、一緒になって子供達を追い回し、あるいは追い回され。 どこか大げさで滑稽な仕草や様子に笑いながらも、ふっと森での鬼退治を思い起こす。 そうして賑やかだが、どこか寂しげな小さな村の祭りを、歓待を受けた開拓者達は静かに見守った。 |