会者定離
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/06 21:12



■オープニング本文

●付喪弓退治
 世には、物に憑く『付喪』というアヤカシがいる。
 その日ギルドに張り出された依頼の中には、『アヤカシ付喪に憑かれた宝珠弓、付喪弓を退治する』というものがあった。
 場所は朱藩にある農村。弓は村の外れにある、小さな社の宝物庫に収められているという。
 付喪弓と戦う場所は開拓者の側で決める事とし、決まれば宝物庫からその場所まで弓を持ち出す必要がある。
 付喪弓がどのような攻撃を行うかは不明だが、付喪に憑かれた物の常として、人が触らずとも浮遊して移動する可能性が考えられる‥‥そんな事が、書き添えられていたが。
 依頼の内容としては、よくあるアヤカシ退治の一つだった。

●残心
 ゆらゆらと、ロウソクの灯かりが神社の宝物庫を照らす。
 その中央にじっと正座した弓矢師の弓削乙矢(ゆげ・おとや)は、弓袋に入れられ、弓立てに置かれた一つの宝珠弓と向かい合っていた。
「ようやく探し当てた弓が、付喪‥‥とは」
 皮肉なものだと、重く深く乙矢は息を吐く。

 彼女は理穴出身の弓術師であり、元は弓や矢を作る弓師・矢師でもあった。
 弓削家は古くより、理穴で弓師や矢師といった弓に関わってきた職人の一族だ。
 だが幼少の頃に弓削家の屋敷は族に襲われて、彼女以外の家族は全て殺害。家宝として代々家に伝わってきた弓のうち、宝珠弓の三張が奪われた。
 残された乙矢は弓矢師として家を継ぐ一方、宝珠弓を探すために開拓者になったのだ。

 その三張のうちの一つが、いま乙矢の目の前にあった
 だが記憶にあるそれとちがい、探し当てた弓は真っ黒に染まっている。
 十年を越える年月のうち、いつの間にかそれはアヤカシ付喪に取り憑かれていた。
 付喪に憑かれた物から、アヤカシを引き剥がす事は難しく。それよりは、物ごと付喪を退治してしまう方がずっと簡単な話だ。
 思い沈んだ末にゆっくりと乙矢は立ち上がり、ロウソクを手に宝物庫を出た。

「お心は、決まりましたか?」
 眩しい外へ出れば、青年の神職が彼女へ声をかける。
「まだ、迷いはありますが‥‥」
 溜め息を誤魔化すように、乙矢刃手にしたロウソクを吹き消した。
「しかしこのままでは、拉致があかぬ事も確か。こちらの社にも長くは御迷惑をかけられませぬ故、アヤカシ付喪の退治する開拓者を募ろうかと思います」
「そうですか」
 彼女の出した結論を青年は肯定も否定もせず、ただ穏やかに答える。
 乙矢自身も開拓者ではあるが、今回は弓矢師である弓削乙矢として事に向き合うと決めた。
 弓削の家に代々伝えられ、盗まれて以来ずっと捜し求めた家宝の弓。
 それを折る事は、弓削家の弓矢師である彼女には出来ない‥‥おそらく、それは甘えの類なのだろうと自分でも思いはするが。
「まだまだ、私は精進が足りないようです」
 最後の決断を、乙矢は開拓者へ委ねる。

 ‥‥開拓者ギルドに付喪弓退治の依頼が出たのは、それから間もなくの事だった。


■参加者一覧
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
水月(ia2566
10歳・女・吟
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
透歌(ib0847
10歳・女・巫
ヴァナルガンド(ib3170
20歳・女・弓


■リプレイ本文

●準備
「付喪の弓の件で私どもを縛る、と?」
 穏やかながら戸惑いの混じった表情をして、かしこまった若い神職が彼女らに問い返す。
「えっと、その。巻き込まないように、です」
 事情を説明しようとする透歌(ib0847)に、ヴァナルガンド(ib3170)もまた頷いた。
「失礼なお願いとは思いますが、付喪に惑わされると困りますから‥‥万が一に備えて」
「そういう事なのですか。ならば、致し方ありませんね」
 壮年の神職から詳しい話を聞いていたのか、青年は溜め息をつきながらも承諾する。
「ですが、お手柔らかに願います。私達で出来る数少ない事ですので協力は致しますが、あまり長い時間を縛られたままというのも‥‥簡単に解ける程度でも、そちらが困るでしょうが」
 どう言葉にするか、悩むように水月(ia2566)は幾らかの間を置き。
「‥‥そこは‥‥はい‥‥」
 言葉少なく、だが申し訳なさげに小さく答える少女は真摯な瞳で応じた。
「どうしても、二人ともなのですか。自分だけ、という訳には参りませんか?」
 巻き込む事に気が引けるのか、壮年の神職が尋ねる。
「村で待っていてもらうとか、社を離れる形では駄目でしょうか」
「弓を使った事がある人が、影響を受けるようなので‥‥とりあえず、お二人とも頑丈な柱にぐーるぐる、です」
 確かめるように透歌が視線を向ければ、水月とヴァナルガンドも身振りで同意を示した。
「申し訳ありません。事が終わりましたら、すぐに解きに戻りますので」
 謝罪をするヴァナルガンドの傍らには、彼女が持ってきた荒縄の束がある。
 用意周到な開拓者達に、ふっとまた若い神職が息を吐いた。
「万が一があってからでは遅いですから。この方々の手を、わずらわせない為にも」
 言い含めるような青年に壮年の男は目礼し、承諾した様子を見て「それでは」とヴァナルガンドが荒縄を手に立ち上がった。

「それで、ぐるぐる巻きにしてきたの?」
「はい。しっかりと、ヴァナルガンドさんが結んでくれました」
 社務所から戻ってきた三人を見やる胡蝶(ia1199)に、髪を揺らして透歌が返事をする。
「では、出来るだけ早く終わらせましょうか。あまり長い時間、縛ったまま放って置く訳にもいきませんし」
 笑顔にも不安の色が混じった透歌とは違い、その面に絶えぬ微笑を浮かべた斎 朧(ia3446)が促した。
「改めて聞いておくが。本当に、弓を破壊してもいいんだな?」
 その答えが翻らない事を承知しながら、琥龍 蒼羅(ib0214)が念を押す。
「構いません。元より、そのつもりの依頼ですから。皆様にはご面倒をおかけますが、よろしくお願い致します」
 依頼人である弓削乙矢は問題の弓が入った弓袋を抱え、神妙な面持ちで頭を下げた。
「別に、乙矢のためじゃないわよ。少し試したい事もあったしね」
 あくまでも依頼で、アヤカシに関わる事だからと、腕組みをした胡蝶がふぃと視線をそらす。
「はい。お手数をおかけします」
 そして乙矢はもう一度、深々と礼をした。

●弓折る場所
「そこ、滑りやすいから気をつけて」
 以前に裏山へ足を踏み入れた胡蝶が、注意しながら先頭を歩いていた。
 社の裏に広がる山には獣道の類はあるものの、人が行き交うような山道は通っていない。壮年の神職を探しに分け入った時も、道案内や道しるべはなく。かといって、乙矢も裏山自体に詳しい訳ではない。
 そのため胡蝶と朧、透歌の三人は互いの記憶を補いながら、道なき道を辿っていた。

「今回は雪の残る中を歩く事にならなくて、よかったですね。水月さんも食べます?」
「‥‥いえ」
 短い休息の合間、煎餅を手に聞く透歌へ遠慮がちに水月が頭を振った。
「そうですか。胡蝶さん達は、いります?」
 胡蝶や乙矢にも煎餅は勧め、一緒に透歌は美味しそうに食べる。その様子は一見すると無邪気だが、気がかりを打ち払うようにも見えた。
「頑張るためにも、元気を補充しないとですね」
「ええ、そうですね」
 傍らから弓袋を放さない乙矢も、ぱりんと乾いた音を立てて煎餅をかじる。
(きっと、乙矢さんにとってあの弓はとても大事なもの、なんですよね‥‥)
 乙矢の表情に漂う緊張と胡蝶の様子や態度を見、そんな印象を水月は感じていた。
 弓削家の事情は、依頼を受ける際に初めて聞いた話だが。たとえ朧げだとしても、水月にもそれを察する事は出来る。
 少しでも自分が力になる事が出来ればと、水月は緑の瞳を静かに閉じた。
「距離はあと、どれくらいだ?」
「そうですね。もう少し、だと思います」
 蒼羅に聞かれた朧が風景を見回し、ヴァナルガンドは山の気配に耳を済ませている。
「誰かが追ってくる様子も、ないですね」
 聞こえてくる鳥の鳴き声にヴァナルガンドは少しほっとし、朧が変わらぬ笑みを神威人の弓術師へ向けた。
「しっかりと縛ってきましたから、神職のお二人も安全でしょう。それにしても‥‥」
 様相を崩さないまま、朧は依頼人へ視線を移す。思いつめた末、単身でひたすら駆けてしまう事を思えば、よほどやりやすい。
「自身の手で折る覚悟はつかなくとも、開拓者に結末をゆだね、それを見届ける程度の覚悟はつく‥‥複雑なもののようですね、心とは」
 口には出さぬが朧は感謝しながら、ぽつりと小さな呟きを零し。
「斎さん、何か気になるのです?」
「いいえ。何でもありません」
 どこか思う様子にヴァナルガンドがふと尋ね、表情を崩さず朧は否定した。
「では、そろそろ行こうか」
 切り出す蒼羅に一行は短い休息を終え、再び山の中を歩き始める。
 それから、間もなく。
「あったわ、ここよ」
 胡蝶は足を止め、ぽっかりと黒い口をあけた洞窟を示した。
 そこは以前、立ち往生した乙矢と足の悪い壮年の神職が、寒さを逃れていた場所である。
「ここで、付喪を退治をするのですか」
「アヤカシを逃がさず、人が立ち寄らない場所としては悪くないでしょ。でもその前に、少し試したい事があるから‥‥付き合ってもらうわ、乙矢」
 心配そうな乙矢に胡蝶が告げ、陰陽師の『賭け』に乗った者達も頷いた。

「宝珠弓を破壊せず、付喪を引き離して倒す‥‥それが試したい事、なのですか」
「そうよ。宝珠弓を破壊せずにアヤカシを倒す事が出来ないか、方法を試したいの」
 胡蝶の説明を聞いた乙矢は、予想だにしていなかったのか目を丸くする。
「人に憑いたアヤカシを引き離すのは、まず無理な事。物ならば、それが上手くいくのでしょうか?」
「分からないわ。でも難しいなら尚の事、打てる手を試した経験は有益のはず。まぁ、期待しろ‥‥とは正直言えないけど、やるのは私の意思よ」
「アヤカシという存在を追求する陰陽師ならでは、ですね」
「違うわ。陰陽師云々じゃなく、私がそうしたいのよ」
 真剣な青い瞳を向け、胡蝶は乙矢へ向き直った。
「私も弓を使う者として、弓を破壊するのは心苦しいです。例え付喪に憑かれていたとしても、何か手はある‥‥そう、信じたいですね」
 指を組んだヴァナルガンドが目を伏せ、諦めたくないといった風に水月も乙矢を見上げる。
「乙矢さんの弓をこわさず、取り戻せるようにがんばって‥‥もし、上手くいって弓が残ったら、乙矢さんに返してもらえるよう神職の人達にお願いしてみましょう」
 精一杯の笑みで透歌が励まし、一連のやり取りを朧と蒼羅はただ見守っていた。
「元より、折っていただくつもりの弓。皆様に危険がなければ‥‥後は、お任せ致します」
 弓袋を握る手に力を込めながら、静かに乙矢は託す。
 日が沈まぬか心配そうな水月が天を仰ぎ、一行は暗い洞窟へと踏み入った。

●試み
 単純な構造の洞窟を進み、以前に神職を見つけた場所で一行は足を止めた。
 乙矢から弓袋を受け取った朧は黒い付喪弓を取り出し、矢を番えぬまま張った弦を注意深く引き。
 他の者達に見守られながら、鳴弦の神事さながらに弦を鳴らす。
 それから胡蝶と視線を交わして朧は岩壁へ付喪弓を立てかけ、距離を取った。
「弓を縄で固定できる場所があれば、よかったんだけど‥‥仕方ないわね。それじゃ始めるわよ。今から、付喪弓に瘴気を送るわ」
 準備が整ったのを見て、胡蝶は符「幻影」の一枚を手にした。
「胡蝶さん、朧さん。アヤカシに力を与えることにもなってちょっと危ないかもしれないし。あまり無理しないでくださいね」
「分かってるわ、透歌」
 気遣う透歌へ緊張気味の笑みを返した胡蝶は、真剣な表情で蒼羅を見。
「蒼羅、もしアヤカシが弓から具現化したら、少しの間で良いから抑えて‥‥なんとか切り離してみる。でも、弓を引いた朧に異常があった場合は‥‥弓は、諦めるわ」
「承知した」
 自身と歳の変わらぬ志士の快諾に金髪碧眼の陰陽師は意識を集中し、瘴気を溜めた符を付喪弓へと放つ。
 ぴたりと弓に張り付いた符は、『役目』を終えると焼き切れたような煙を立ち上らせ、跡形もなく消え去った。
 透歌や水月も固唾を呑んで様子を窺うが、見ている分には何が変化した訳でもなく。
「もう一度、やってみるわ」
 慎重な声で、再び胡蝶は符へ瘴気を集める。
 彼女が弓へと飛ばしている術は、『瘴欠片』という。本来ならば陰陽師が術の実験などに用いて疲労したアヤカシの傷を、瘴気を与える事で回復させるという技なのだが。それによってアヤカシを活性化して、弓に憑いた付喪を具現化するというのが、胡蝶の策だった。
「上手くいくと、良いですが」
 自身も弓を扱う弓術師であるヴァナルガンドもまた矢筈(やはず)を華妖弓の弦にかけながら、じっと赤い瞳で成り行きを見守る。
「破壊せずにアヤカシのみを何とかできれば、それに越した事は無いからな」
 いつでも動けるよう刀「夜宵姫」の柄に手を置いた蒼羅は、ちらと朧の横顔へ目をやった。
「弓を扱った事さえあればいいのであれば、私の手で一度弓を引く事といたしましょう」
 胡蝶から話を聞き、真っ先に申し出たのは朧だ。
 如何に付喪弓が人をたぶらかせるかは、彼女にも分からないが。相手が開拓者の巫女ならば、アヤカシも操る事も容易くなかろうという心積もりがあった。
 そんな朧にも、今のところ変化が現れた気配はない。
「瘴気を引き剥がす手段‥‥うまくいく事を願うばかり、ですが」
 小さく呟く朧だが、その一方で頭の中では失敗した際の動きをまとめている。
 元々は分の悪い賭けで、失敗する結果も彼女は予想している。成否の狭間に感情が入る余地はなく、得られた結果は結果として落胆せずに次へ繋げればよい‥‥そう、考えて。
「どう、透歌。何か、変化はあった?」
「いえ。『瘴索結界』では、特に何も変わりありません‥‥私も『解術の法』を試してみていいですか?」
 尋ねる胡蝶へ透歌が答え、心配そうに切り出した。
「いいわよ。出来る事は、なんでも‥‥試してみる価値はあると思うから」
「はいっ」
 胡蝶の返事を聞いた透歌は、自分の身長より長い清杖「白兎」でトンと地に突き、印を組んで祈るが。
「何も、変化はないようですね‥‥」
 淡々とありのままを報告した朧は、訴えるような視線に気付く。
「水月さんも、何か?」
 尋ねられた水月は、こくこくと何度も首を縦に振り。
「‥‥弓へかけてみて、いいです‥‥?」
 何か自分でも出来る事をと思案していた水月は、そっとローレライの髪飾りを握った。
「可能性があると思うことなら、何でもお願いするわ」
 頷く胡蝶に、ほっとして水月は息を吐く。
 それから呼吸を整え、集中する少女の身体を、やがて淡い白色の光が包んだ。
『白霊癒』‥‥本来は命あるものを癒す術で、弓や宝珠そのものへ何らかの効果があるかは分からないが。
(まだこの弓さんが終わっていなければ、きっと応えてくれると思うの)
 僅かでも願いを託して、水月は祈った。
「効きなさいよ‥‥欲しいのよ。陰陽師に、開拓者になって良かったと思える結果が」
 もどかしく胡蝶は、ぎゅっと拳を強くきつく握る。
 その最中、キシリと微かに弦の引き絞られる音がして。
 直後、矢風が開拓者達の間を貫いた。

●会者定離
 それは何の前触れも抵抗もなく、すとんと彼女の背へ突き立った。
 予想だにしない背後からの衝撃に華奢な身体が前のめりになり、続いて熱い痛みが広がっていく。
「胡蝶さんっ!」
 声を上げて駆け寄ったのは、透歌。
 刺さった矢に水月は息を呑み、予期しなかった出来事に朧と蒼羅、そしてヴァナルガンドが後ろを振り返る。
 視線の先では既に弓矢師が理穴の弓を引き絞り、無言で二の矢を放った。
 鋭い矢に避け切れぬと判じた蒼羅は、あえて手裏剣を握る左の腕でそれを受け。
 短い混乱の虚を突き、付喪弓が音もなく宙を滑った。
「いけない‥‥!」
 とっさに朧がフロストクィーンを向け、ぱっと暗い洞窟を清浄なる炎が照らし出す。
 彼女が放ったのは、『浄炎』。
 水月の『白霊癒』で変化がなければ、使ってみようと準備していた術だった。
 だが人とアヤカシを焼く炎に怯まず、乙矢は持っていた弓を放して、燃え上がる付喪弓へ手を伸ばし。
「駄目です、させません!」
 その手が掴むより先に、ヴァナルガンドが素早く矢を射る。
 急所を外し、右肩に矢を受けた乙矢はよろめき。
「その隙は‥‥、逃さん!」
 蒼羅の振るう刀より、紅葉を思わせる燐光がはらりと舞った。
 描く一閃が断ったのは、射手ではなく付喪弓。
 弦を斬り、弓自体がミシリと音をたてる。
 それでもアヤカシに憑かれた弓は、切れた弦を鞭の様に唸らせた。
「派手な動きは出来ませんし、相手が弓では細い木の枝を狙うようなもの‥‥ですが!」
 蒼羅が攻撃に出る隙を作る目的もあるが、胸の奥に潜めた熱を赤い瞳に宿し。
 弓自体をも射抜く気迫で、ヴァナルガンドが華妖弓より矢を射る。
 蒼羅とヴァナルガンドが付喪弓を直接攻撃する間にも、朧と水月は共に『浄炎』でアヤカシを焼いた。
「こうなった以上は、仕方ないわね」
「‥‥はい」
 胡蝶が悔しげに唇を噛み、矢傷を癒した透歌もまた悲しげな瞳で頷く。
『斬撃符』の式‥‥刃の羽を持つ蝶が、狭い洞窟を過ぎって飛び。
 赤々と、『浄炎』の炎が岩壁を照らした。

「終わったな」
 静かにそう告げて、蒼羅は刀を鞘へ戻した。
 念のため透歌が『瘴索結界』で調べたが、跡形もなく破壊された弓に瘴気は残っておらず。
「申し訳、ありません‥‥また、私の所為でご迷惑を‥‥」
 手をつき、頭が地に付く程に平伏した乙矢へ、髪を揺らした胡蝶が宝珠の欠片を握らせる。
「‥‥今の力じゃ、これが精一杯‥‥みたいね」
 悔しげな言葉に、欠片を握り締めた乙矢は涙をはらはらと落とし。慰めるように、水月が彼女の頭をそっと優しく撫でた。
「ゆっくり、お休みください‥‥」
 粉々に砕かれた弓へ、ヴァナルガンドは静かに目を閉じる。
「さて‥‥三本のうちの一本がこの様子では、残る二本はどうなっているやら」
 見届けた朧は一足先に洞窟を出ると、まだ陽の高い空へぽつと懸念を口にした。