【修羅】偽修羅狩り
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/03 17:36



■オープニング本文

●数多ヶ原、天見屋敷
 その日、武天国は数多ヶ原領にある城町は騒然となり、誰もが天を仰いだ。
 澄んだ空に浮かぶのは、一隻の小型飛空船。
 数多ヶ原へは滅多に現れぬ飛空船に、人々は何事かと不安げな表情を交わす。
 突如現れた小型飛空船は、天見屋敷に近い平地に降り。
 やがて再び浮上すると、南西‥‥朱藩国の首都、安州の方角へ飛び去った。

「あれは、朱藩籍の飛空船か?」
 機体に記された印へ目を凝らしていた天見基時(あまみ・もととき)は、胸騒ぎを覚えた。いくら数多ヶ原が武天の田舎にあっても、天儀を揺るがす方々の騒ぎは風信機で伝えられてくる。
 そして数多ヶ原の空から飛空船が消えて、しばらく。
「お屋形様、元重様と津々様がお戻りになられました!」
 安州へ向かった弟と妹の、予定より早い帰りを家臣が知らせた。

「只今、戻りました。残念ながら砲術の件は、話がまとまらず‥‥」
「詳しい話は良い。何より、安州では大変な騒ぎがあったと聞いている」
 深々と頭を下げて報告する元重(もとしげ)へ、基時は首を横に振る。
「二人とも無事で何より‥‥大儀だった。十分に、休むと良い」
「その前に、お屋形様へお話が。安州である開拓者と会いましたが、あれは‥‥」
「兄上ー!」
「兄さま〜っ」
 問う元重の言葉を幼い声が遮り、軽い足音がぱたぱたと駆け寄った。
「待て、竜田に元盛も! ああ、白まで‥‥」
 兄の帰還にまだ幼い妹や弟が奥から飛び出し、遠慮もなく膝や背へわらわらたかる。その光景に、追ってきた元信はがくりと肩を落とした。
 元信(もとのぶ)は13歳、その下は10歳の元定(もとさだ)と竜田姫、8歳の白姫と続く、いずれも元重と父母を同じくする弟妹だ。
「申し訳ありませぬ。お役目の報告の途上だと、言うて聞かせたのですが」
 最後に末っ子である5歳の元盛(もともり)を抱き、母の千代が姿を見せた。
「これは‥‥千代殿まで」
「安州でアヤカシ騒ぎがあったと聞き及びました故、つい‥‥皆に怪我など、ありませんでしたか、元重?」
「はい。朱藩開拓者ギルド長の計らいで、こうして供の者らと無事に戻りました」
 気遣う母へ元重は力強く笑んで答え、二人の会話を見ていた基時が口を開く。
「元重、今日は下がれ。元定達も、安州の土産話を聞きたいだろうからね」
「かたじけのう御座います、兄上」
 再び基時へ頭を下げてから、元重は弟妹を連れて場を離れ。最後に千代が、緩やかに会釈をしてから子供達の後へ続いた。
 微笑ましげに賑やかな弟や妹達を見送った基時は、控える家臣達も下がらせてから、ひとつ息を吐く。
「津々。元重が言おうとしていた、開拓者の事だが‥‥アレと会ったのか?」
「うん。他の開拓者の人達と、助けに来てくれたみたい。あんな騒ぎの最中だったから、元重兄様が気付いたか、話をしたかは分からないけど。戻りはギルド長のお知り合いの技師に、飛空船で送ってもらってね。飛空船、本当に早くて‥‥あれがあったら、此隅や神楽もすぐ行けるのに」
 明るく話をしながらも、時おり寂しげな妹の仕草を基時は見守り。
「お前も疲れただろう。今日はもう、休みなさい」
 そっと静かに、促した。

●神楽の都、開拓者長屋
 灯りの消えた天見屋敷は、覚えのあるじっとりと重い空気に、血と死の匂いが混じっていた。
 どうしようもない不安に駆られ、庭から一足飛びに屋敷の中へ駆け上がる。
「兄上‥‥ッ!」
 かつて慣れ親しんだ風景を抜けて、奥座敷へ飛び込めば。
 そこはただ、苦痛が充満していた。
「津々‥‥兄上!」
「もと、ち‥‥ごほ‥‥ッ!」
 胸をかきむしる兄を助け起こせば、咳き込みながら血を吐き。
 それを最後に、抱えた身体が動かなくなる。
「あに、うえ‥‥?」
 動かぬ身体を抱えたまま周りを見回せば、大小幾つもの伏して倒れた人影。
「元信、元定、竜田、白、元盛‥‥元重!」
 倒れた弟妹達の名を呼びながら息を確かめ、がくりと膝をついた。
 ‥‥同じ父を持つ兄弟姉妹でも、志体を持つのは自分独りだけ。
「ナン‥‥で、こんな‥‥」
 しかし項垂れ、茫然として呟くその傍らで。
 既に脈のない小さな身体が腕を伸ばし、起き上がるのを目にする。
「あ、あああぁぁ‥‥ッ!」
 掴みかかる腕を払う様に、朱刀を抜き放ち――。

「――‥‥ッ!」
 夜闇の中で、目を見開く。
 とっさに呼吸の仕方を忘れ、息が詰まりそうになりながら、何とか空気を胸に吸い込んだ。
 荒い息を吐きながら周囲を窺えば、何事もなく夜の静寂が満ちている。
 すぐ傍らの、穏やかな寝息に安堵し。
 そっとゼロは、床を離れた。

 井戸の滑車がガラガラと回り、派手な水の音がした。
 音は二度三度と繰り返され、むくりと身を起こした崎倉 禅は隣の布団で眠る少女を起こさぬよう、そっと立ち上がって外を窺う。
 近くの井戸では単衣姿のゼロが膝をつき、汲み上げた水を頭から被っていた。
 桶が空になると、井戸より水を汲み上げ‥‥また頭から、ひと息に被る。
「なに、水ごりしてんだ。願掛けでも始めたのか?」
「違ぇよ。頭、冷やしてるだけだ」
「幾らか水がぬるんだとはいえ、この春先。しかも夜にか」
「‥‥ちっとばかし、夢見が悪かっただけだ」
 その様子に、ちらと崎倉はゼロの部屋がある方向へ視線を投げた。
「話はしたのか? 心配するぞ‥‥長屋の、他の連中もな」
「何でもねぇし、見たのも偶然。それだけだ」
「『だけ』‥‥か」
 自覚せず憮然と答える相手に、崎倉は頭を掻く。
「ともあれ、拭け、それから付き合え」
 水の滴る頭へ崎倉は手拭いを投げ寄越し、不承不承にゼロが拭く間に酒の徳利を持ってきた。
「中から温めとけ。冷たいまま床へ戻ったら、嫁さんが驚く」
 酒を満たした杯をゼロは黙って受け取ると、一気にあおり。
 崎倉は酒を足し、自分も杯を口へ運ぶ。
 開拓者長屋の長椅子に腰掛けた二人は、特に言葉も交わさず。
 冴えた冷たい月の下、ただ酒杯を傾けた。

●安州、開拓者ギルド
「偽の『修羅』が、貧民街に残っている?」
 朱藩開拓者ギルド長の仙石守弘(せんごく・もりひろ)は、貧民街での調べを行ったギルドの係からの報告に険しい表情を返した。
「大妖と共に、去ったのではなかったのか」
「そのようです。調べに向かった者が、姿を確認しました。追ったものの、途中で見失いましたが‥‥残っているのも一匹、二匹ではないようで」
 あの大妖騒ぎから、既に数日が過ぎている。
 避難した住民を戻すため、街の被害を調べを始めた矢先の事だった。
「今、空き家ばかりの安普請を、偽修羅が根城としたのかもしれんな。今一度しかと近辺を改め、偽修羅退治をせねばなるまい」
 遠いとはいえ、大妖騒ぎの後には安州の南でもアヤカシとの戦いがあり、町の者の不安はつのっている。
 そして偽修羅退治の依頼は、安州と神楽の開拓者ギルドに出た。
 神楽で依頼を目にしたゼロが即座に受けた事は、言うまでもなく‥‥。


■参加者一覧
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
守紗 刄久郎(ia9521
25歳・男・サ
リーディア(ia9818
21歳・女・巫
九条・颯(ib3144
17歳・女・泰
ソウェル ノイラート(ib5397
24歳・女・砲


■リプレイ本文

●不可解
 人の住まぬ家は、風を通さねばすぐ痛む。
 家が集まった町もまた同様に、無人の貧民街は不気味な静けさに包まれていた。
「住民の避難は、終わっているのですよね?」
「ええ、出来る限りはね。あえてアヤカシが徘徊する場所に残る物好きでも、いない限りは」
 寒々しい街を前にしたリーディア(ia9818)の疑問に、素っ気なく胡蝶(ia1199)が答える。
「ふん、わざわざ退治されるために居座るなんて‥‥物好きな鬼ね」
「は。無報酬で事後調査に居座ったヤツと、良い勝負じゃねえか」
 背後で面白がるようなジライヤを、つぃと胡蝶は一瞥し。
「引っ込んでなさい」
 相棒である大蝦蟇を送還し、文字通り一枚の符へ引っ込ませた。
「しかし、また来る事になるとはなぁ‥‥」
 感慨深げに頭を掻きつつ、守紗 刄久郎(ia9521)は渋面で街を見回す。
 リーディアや劫光(ia9510)は天見津々を浚った偽の修羅を追う最中、人々が行き交う貧民街を調べた。浚われた津々を助けた直後、何の前兆もなく大妖が現れ。混乱の中でアヤカシに襲われる人々を助けるため、胡蝶と刄久郎らが同じ街を奔走した。
「偽修羅か‥‥結局、何が目的だったのやら‥‥」
 ふっと、劫光が嘆息する。
 出来る事なら、もし津々を浚った偽修羅がいるならば‥‥殴ってやりたい所だと。そんな事を思いながら、改めて顔ぶれを見。
「劫光だ。よろしくな」
 顔を合わせた二人へ、軽く会釈をした。
「よろしく。騒動は、そろそろ収まってきてる‥‥のか? なんか、前哨戦終了って感じしかして無いが?」
 背に黄金の翼を持つ竜の神威人、九条・颯(ib3144)がどこか警戒するような視線で応じる。
「どうだろうな。偽修羅の連中を締め上げて、聞き出せたらいいが」
「その偽修羅ってアヤカシ、だよね。話が出来るような知恵はあるの?」
 念のためにとソウェル ノイラート(ib5397)が確かめれば、劫光は頷いた。
 アヤカシといっても頭が回るかはピンキリで、人並みに知恵を持つのもいれば、ただ本能のままに動いている類も存在するが。
「少なくとも自らを『修羅』と偽り、浚った娘をここまで連れてきて隠す程度に、頭が回るのはいるらしい」
「でも大妖は退いても、偽修羅は退きませんでしたか‥‥」
 人気のない通りで、ふっとリーディアも溜め息を落とす。
 天儀各地での騒ぎを、尋常でないと判断したのか。開拓者ギルドは『賞金首』として、近年の人やアヤカシの動きから留意すべき者達の手配書を張り出した。
 その中にあった一枚の手配書が、どうしても頭の隅に引っかかている。
 顔を隠した『無名衆』『顔無殿』を名代とする、大アヤカシ『無貌餓衣』。だが記憶を辿っても、彼女が目にした偽修羅に顔を隠した鬼はおらず。
「スッキリしないわよね」
 肩にかかる髪を、胡蝶は背中へ払う。ソレを理由に大妖や偽修羅を調べる為に安州に残ったという胡蝶の言葉は、リーディアも同じだった。
「何だって偽修羅が居残ってるのかは、わかりませんが‥‥さっさと倒して、この騒動を終わらせましょうっ」
 気合を入れてから、ぽふぽふと甲龍 ウィーウェの首筋を叩いてやる。
「頑張りましょうね、ウィーウェさん」
 声をかければ、甲龍は低く喉を鳴らして答えた。本当はもう一つ、ぽふぽふ叩いて励ましたい背はあるのだが。
「何に焦ってるのかは知らないけれど‥‥依頼は依頼で、ちょっと落ち着いてくれないかな」
 西へ伸びる通りの先をじっと見るゼロへ、ソウェルが声をかける。
「‥‥焦ってる?」
「違う? 他人の心がざわめいていると、こちらも集中しづらいからね。少し落ち着きなよ」
 眉根を寄せ、髪を掻いてゼロはうめき、それからけろりとした表情で笑った。
「そりゃあ、申し訳なかったぜ。鬼どもを探すのに俺は空から回るんで、邪魔にはならねぇだろ。安心してくれ」
「そういう問題でもないけど」
 いつになく‥‥柄にもなくソウェルが軽くたしなめれば、おどけた風にゼロは苦笑し。
「抱え込むなってのは、無理だろうけどな。今は護るもんもあるだろ」
 やはり地上から偽修羅を探す劫光が、ちらとリーディアへ視線を投げる。
「あんまり気張るな。力が必要なら貸してくれる奴がいんだろ? 俺も含めて、な」
「すまねぇな‥‥何か心配かけちまったようで、謝る」
「あんまり、急に殊勝な事を言うなよ。鳥肌が立つ」
 依頼には関係ないが、何か悩んでるなら‥‥そう劫光が言いかけたところで。
「ははははh‥‥ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?!!」
 あられもなくない悲鳴が、あがった。
 振り返れば、炎龍 焔弩と戯れていた刄久郎が潰されている。
「何やってんだ、刄久郎」
 からからと笑いながらゼロは刄久郎を助けに行き、竦めた肩に掴まった人妖 双樹が劫光の顔を覗き込んだ。
「‥‥心配ですか?」
「双樹が心配する事でもないさ」
「それで、こちらはどこから回る?」
 町を見ながら、颯が地上から偽修羅を探す顔ぶれへ聞く。
「空と違って、デタラメに見て回る訳にもいかないだろう? 建物の暗がりとか、瓦礫の下とか、その辺に気をつけるべきか」
「そうね。ギルドの係が偽修羅を目撃した場所を基点にして、『根城』にしている場所を捜索かしら。逆に大妖が出た付近は、そんな場所がないかも」
 目を細めた胡蝶が腕組みをし、劫光も思案する。
「幾らか距離が離れていても、あの大きさだったからな‥‥それに今は、ほとんど人がいない。この辺りでも、空き家に廃屋と選び放題だ」
「そうなると、破壊された一帯より、無事な家を調べた方がいいのか? 偽修羅が、死体のフリをして‥‥という可能性は?」
「考えられなくはないけど、必要はあるのかな‥‥私達を欺くとしても」
 ソウェルが肩に乗っかった猫又 ハバキの頭を軽く撫でる。
「ともあれ、通りから見て、目が届かないところはハバキに行かせるつもりよ」
「俺は双樹と一緒に『人魂』を使い、探してみる」
「じゃあ、時々でいいから式の位置は教えてよ。『瘴索結界』だと、見分けが付かないんだから」
 打ち合わせる四人を、屋根の上で羽を休める颯の迅鷹 ブライがじっと見下ろしていた。

「こっちは、徒歩の連中の上を回るのか」
 潰された刄久郎を助け起こし、ゼロが確認した。
「ん、そうなるかな」
「了解したぜ。そういや、とっくに怪我は治ってるだろうが無理するなよ? てめぇの嫁に怒られたくねぇし」
「ああ、それは大丈夫‥‥だと思う」
 視線を泳がせた刄久郎がひらひらと手を振る一方で、主を潰した炎龍は動じる様子もなく。どこか似たものを覚えて、リーディアは炎龍 日方へ歩み寄るゼロを目で追い。
「‥‥どうした?」
 視線に気付いた相手をじぃっと見つめた末に手を伸ばし、ぽふぽふと頭を撫でる。
「お悩みです? 見当違いだったら凄い恥ずかしいですが‥‥きっと、大丈夫ですよ」
「別に‥‥」
 顔を覗き込む相手にゼロは何かを言いかけるも、そのまま口をつぐみ。
「ゼロさん?」
「別にナンでもねぇよ。風も冷たいし、とっとと片付けるぜ」
 それから眠そうに、大きな欠伸をした。

●偽修羅狩り
 人々が逃げ出した街では、動く影もほとんどない。
 風の唸りだけが聞こえる空、屋根よりも少し高い付近を龍達は飛んでいた。
「なにか見えるか?」
「今のところ、人の姿はありませんね。瘴気の方も‥‥」
 確かめる刄久郎に、リーディアが答える。
 地上には仲間達の姿があるだけで、今のところ動く影はない。
「仮にアレが、どこぞの大アヤカシだとして。安州が魔の森にならなかったのは、幸いだぜ」
 二人よりやや高いで、ゼロが呟いた。
「魔の森、燃やしてもダメなんだよな?」
「ん、ひと月かふた月で元に戻りやがる。ただ緑茂で炎羅を倒した後、広がり続けていた理穴の魔の森が、僅かながら後退したのが判ったらしいが」
「そうなのですか」
 リーディアが振り返れば、後ろには安州の街が広がっている。
 その西の郊外に位置する貧民街。もしここから魔の森が広がれば、朱藩は一大事だ。そもそも魔の森の奥に座す存在が、何故現れたのかは判らないが。
「ギルドから調査に来た者が偽修羅を見かけたのは、この辺か」
 閑散とした安普請の屋根の波を見下ろす刄久郎に、リーディアも視線を戻す。
 その時、まだ『瘴索結界』が届かぬ辺りの視界の隅で、ちらと動く影を見た気がした。地上班が調べているのとは、別の方向だ。
「ゼロさん、刄久郎さん。あそこに今‥‥何か、見えませんでした?」
「気付かなかったが、確かめてくるか?」
「じゃあ、こっちは俺が見ておく」
 逆の側を刄久郎が示し、残る二人は影が見えた付近へ龍を向けた。

 陽光を遮って通り過ぎた影に気付き、劫光が顔を上げる。
「何か、見つけたのか?」
「いや。まだどっちか分からないから、二人が確かめに行った」
 声を張って尋ねれば、留まる刄久郎が返事をした。その時、地上からも『瘴索結界』でアヤカシの気配に注意していた胡蝶が、ふと足を止め。
「劫光。あの辺りって、式か人妖を向かわせてる?」
 立ち並ぶ安普請を示し、声を落として劫光へ聞く。
「いいや。あそこはまだ、調べに行ってないと思うが」
「念のために、ハバキに見てきてもらう?」
 劫光の答えに、ちらと肩に乗せた猫又をソウェルが見やった。
「僕でいいなら、いつでも見に行くよ?」
「そうね‥‥でも、少し待って」
 気配を探るように猫又はヒゲを振るわせるが、更に何かに気付いたのか胡蝶が眉根を寄せる。
 どうするか伺うように猫又が顔を上げれば、ソウェルは立てた人差し指を口元へやり。そこへ真っ直ぐ飛んできた一羽の小鳥が劫光の頭へ止まる直前、人妖へと姿を変えた。
「いました、何かいましたよ!」
「双樹‥‥何が、いたんだ。アヤカシか?」
 ぽむっと頭に乗っかりながら早口で知らせる人妖へ、落ち着かせるように劫光が聞き返す。
「うん、角の生えたのが‥‥」
「来るわ!」
 人妖からの報告が終わらぬうちに、胡蝶が警告し。
 一呼吸遅れて通りに面した扉が蹴破られ、薄い壁が突き崩され、偽修羅の群れが一斉に四人へ飛びかかってきた。
 飛び出した鬼アヤカシと胡蝶の間へ、とっさに鋼拳鎧「龍札」をつけた拳をかざした颯が割って入る。
 接近を悟っていた者達は、振り回される棍棒を避け、あるいは太刀を受け流し。
 奇襲をかわした直後、別の方角から甲高い呼子笛が聞こえた。
「あっちもか?」
「向こうの二人には龍がいるし、まず目の前のをどうにかすべきね」
 一瞬でソウェルが構えた短銃「ピースメーカー」と飛竜の短銃、二丁の狙いを定め。
 隙をみた、胡蝶が高々と呼子笛を吹き返す。
「見たのはこいつらか、双樹?」
 尋ねる劫光に、こくこくと首を縦に振る人妖。頭の上で姿は見えないが、とりあえずその気配は察しておく。
「数は‥‥」
「見えてる分で、七ついるぞ!」
 頭上から伝える刄久郎の数と、胡蝶が『瘴索結界』で読み取った位置の数は合わなかった。
「一匹、どこかに潜んでるわ」
 囲むアヤカシの数は自分達より多く、仲間の後ろで胡蝶は符へ意識を集中する。
「ギルドの見立た数と比べても足らないけど、見過ごす訳にもいかないか」
 出方を窺うソウェルに、呪殺符「深愛」を抜いて劫光も頷いた。
「向こうも、やる気のようだしな」
「相手に良い形を作られる前に、突き崩すわよ。出なさい、ジライヤ!」
 主の召喚に答え、符より再び大蝦蟇が姿を現わす。
「‥‥久々の鉄火場だな。良い雰囲気になってきたじゃねえか」
「無駄口を叩く余裕があるなら、さっさと片付けられるわよね」
 低く喉を鳴らすジライヤへ、容赦なく胡蝶が命じ。
 べろんと長い舌を出したジライヤは跳躍し、一番近い修羅を踏みつけた。
「切り裂け! 風竜!!」
 劫光の手より放たれた『斬撃符』の式は、風を纏う龍の形を成す。
 その身を刃と化して、また一体の偽修羅を切り裂いた。
「あらよっと!」
 炎龍が地に足をつけるのももどかしく、飛び降りながら刄久郎が両手で握る斬竜刀「天墜」を振るう。
 渾身の力を込めた『両断剣』は包囲の一角を切り崩し、翼を打った炎龍が『龍蹴り』で追撃を加え。
 背後から距離を詰める鬼へ、迅鷹が鋭い声を発しながら飛び回った。
「ハァ‥‥ッ!」
 瞬間で懐へ飛び込んだ颯が足を払い、気合と共に拳を打ち下ろす。
 だが鬼は辛うじて身を捻り、切っ先を下げた太刀を振るい上げて逆襲を図ったが。
 薄い青の瞳が輝いた直後、睨み付けられたアヤカシを『鎌鼬』が襲う。
 一瞬、相手を見失った偽修羅の耳に、届くは二発の銃声。
 至近距離、そして死角より放たれた弾丸は、狙い違わず急所を打ち抜いていた。
 射手を確かめるより先に、鬼はざらざらと崩れ落ちる。
 短銃より立ち上る煙を払う暇もなく、素早くソウェルは『単動作』で次の弾丸を込めた。
 ソウェル達の奮戦に任せても大丈夫と判じた劫光は降魔刀を抜き、ジライヤを使役するために動けぬ胡蝶を守る位置に立つ。
「やらせはしねえよ! 俺がいる限りはな!」
 近付く鬼の動きを『呪縛符』で封じ、白銀の刀身を突き立てた。
 数は少なくとも開拓者の側が優勢ではあったが、それでも全くの無傷という訳にはいかず。傷を負えば人妖が『神風恩寵』で癒しはするが、それも限度がある。
「遅くなったのですよ‥‥!」
 ふわりと別方向から癒しの風が吹き、リーディアを乗せた甲龍が一行の頭上を旋回していた。

●爪痕
「ゼロは一緒じゃないのか?」
「ゼロさんなら、見つけた偽修羅を追っています」
 振り仰ぐ刄久郎の問いに、一人で駆けつけたリーディアが応じた。
「相手は一匹だったので、大丈夫だとは思いますけどねっ」
 微妙に混ざった心配げな空気に、劫光は苦笑を浮かべる。
「あ‥‥胡蝶さん、そっちに」
 ふと遠ざかろうとする瘴気の気配に気付いたリーディアが、安普請の一角を示し。
「逃げる気? ジライヤ、そいつを抑えなさい!」
 命じる主に答えたジライヤが「やれやれ」とひと跳ねすると、物陰を選んで路地を逃げようとする偽修羅へどっかり圧し掛かる。
 ぎゃっと短い悲鳴をあげて潰された鬼アヤカシへ、つかつかと胡蝶が歩み寄った。
「ヒ、ヒト‥‥如き、が‥‥」
「ふぅん‥‥話は出来るようね。じゃあ聞くわ。先日、この街に現れた大妖‥‥アレが無貌餓衣だと言うの?」
 血を流さぬアヤカシに血の気があるかは分からないが、偽修羅の表情が僅かに強張る。
「そのアヤカシが去った今、何故この街に居座るのか‥‥答えなさいっ」
 トンとショートスタッフの石突で土を突き、胡蝶が詰問した。
 残る偽修羅を片付けた者達も、威圧するように動けぬ鬼を取り囲み。
「お前達、ヒトを、ヒトを喰ろうて、やろう‥‥と、思ったがなぁ‥‥ヒッヒィヒ‥‥」
「まさか、生き残っていた者を‥‥」
 声を強張らせる颯に、「いや」と刄久郎は首を振る。
「あれは、生き残りがいる状況とは思えなかった。でも住民の遺体も、死んでアヤカシ化した住民もいないのは‥‥」
「ヒッヒヒッ‥‥みぃな、みぃな、御方さぁまのハラの中、よ‥‥」
「それって、アヤカシもその大妖とかいうのが、食べたって事?」
 引きつるように笑う偽修羅へ、銃の引き金へ指をかけたままのソウェルが聞き返した。だが偽修羅は、不気味に笑い続けるのみで。
「差し詰め、喰われたくなかったから逃げたって辺りか‥‥もしかしてゼロの妹を浚ったのは、お前か?」
 鬼の目の前へ劫光が降魔刀の切っ先を落とし、睨み下ろす。
「浚ったのなら、どうして‥‥」
「御方、さぁまの、お考え‥‥ヒトに、なぞ‥‥」
 問いを重ねるリーディアに、偽修羅はただヒィヒッヒと神経に触る笑い声を返し続け。
 これ以上は聞いても時間の無駄と判断した劫光は降魔刀を握り直し、振り上げた。

「この辺りには、もう瘴気の気配もないですね」
 手当てを終えたリーディアは、念のため場を離れる前に『瘴索結界』で確かめる。
「後は、ゼロさんが追った一匹を見つけて‥‥その後、貧民街に残された物で、持ち主の身元が判りそうな物品があれば、回収していきたいです」
「そうね、いいんじゃない?」
 申し訳なさそうに切り出す相手に、胡蝶は束ねた髪の片方を背中へ払った。
「大妖や偽修羅の痕跡が、まだあるかもしれないし‥‥ついでよ」
「面倒くせえ使役者だと思うだろ?」
 低く鳴くジライヤを、胡蝶が一瞥し。
「戻ってなさい」
 低い笑いを残したまま、ジライヤは再び姿を消す。
「ギルドから、許可は出たのか?」
「はい、一応は」
 尋ねる颯へリーディアは頷き、「ふむ」と刄久郎も唸った。
「遺体はないと言っていたが、気にはなるしな」
 表情から劫光の意思を確認するまでもなく、ソウェルが嘆息する。
「仕方ないわね‥‥道は大丈夫?」
「それは、大丈夫です」
 こくりと頷くリーディアの案内で、瘴気の気配を確かめながら一行は更に貧民街を西へと進んだ。

 幾らか進めば、ゼロが追ったであろう偽修羅はすぐに見つかった。
 潰された家々の間に残る通りの真ん中で、炎龍はじっと翼をたたんで動かずにいる。その足の下で、満身創痍の偽修羅が一匹もがいていた。
「ヒャッヒャアァ!」
 奇怪な笑いを吐く鬼の上で、いささかうんざりした風な炎龍は物言いたげに顔を上げる。
「日方さん、ゼロさんは‥‥?」
 甲龍から降りたリーディアがそっと問えば、炎龍は牙を剥き。
 何の前触れもなく、笑いはぶちりと千切れた。
「わ‥‥っ!」
 全身の毛をざわりと逆立てた猫又に、眉根を寄せたソウェルは宥めるように頭を撫でてやる。
 最後の瘴気の塊が消え去れば、炎龍は翼を広げて飛びあがり。
 後を追えば、完全に家々が崩れ果てて原形をとどめていない一角にゼロは立っていた。
「‥‥何をしてるんだ?」
 傍らに降りた炎龍と劫光の声に、西の方角を睨んでいたサムライが振り返る。
「ギルドの連中の話だと、大妖は西に消えたらしい」
「そうみたいだな」
 短く劫光が答えれば、ゼロは一行へ向き直り。
「奴は、ドコから‥‥来たんだろうな。鬼は知らないの一点張り、てめぇは何か気付かなかったか?」
「いや。いきなり現れたように見えた以外は、な」
 じっと劫光の答えに耳を傾けていた相手は、唸って髪を掻いた。
「それを、知りたかったの?」
 片手を腰に当てたソウェルが、やや呆れた風に確かめる。
「すまねぇな。目が覚めて、いきなり大妖が神楽の都の真ん中に鎮座していたら、大騒ぎだと思ってよ?」
 からから笑うゼロに、やれやれと胡蝶も嘆息した。
「大騒ぎどころじゃないわよ、それ」
「だろうね。じゃあ私は、ちょっとぶらついてくるよ。瘴気の気配もないみたいだから」
 踵を返したソウェルは一行から離れ、ふらりと廃墟へ戻っていく。
「もう少しだけ、付き合ってくれるかな? アヤカシに気付かれずに生きてる人、もしかすると残ってるかもしれないし」
 小声で問う主に、猫又もまた「うん」と小さく答えた。
 砲術士の背を見送った胡蝶は、災禍の中心へ目を向ける。安普請は彼女らが立つ場所を中心に、全てが外側へ押し倒されていた。
「そういえば遺体、見なかったですね。偽修羅以外のアヤカシも」
 ふと思い出すリーディアに、刄久郎も首を縦に振る。
「鬼の言うとおり、大妖が全部喰っちまったのか‥‥」
 そうして刄久郎は手を合わせ、潰れてしまった街へ目を閉じた。
 死んでしまった、救えなかった人達の冥福を、ただ今は静かに祈り。
 他の者達も、しばし瞑目する。
「亡くなった方の、遺品を集めたいんですけど‥‥ゼロさんは、どうします?」
 袖を引き、尋ねたリーディアにゼロは頭を横に振った。
「それもいいかもしれねぇが、避難した連中が早く安心して戻れるようにした方がいいんじゃあねぇか? 遺品探しは他の奴でも出来るが、アヤカシ退治は俺達にしか出来ねぇ」
「そう、ですね」
 崩れた貧民街へ、彼女は微かに首肯し。
 何度も瘴気の有無を確かめながら、人々の日常へと歩き始めた。