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■オープニング本文 ●梅香の誘い 「手紙、預かってんぜ」 久し振りに神楽へ戻った崎倉 禅の元へ一通の文が届けられたのは、ある晴れた日の午後の事。 「どこからだ?」 「理穴の‥‥ナンとかって里。あんま、ちゃんと見てねぇから」 預かっていたゼロは、欠伸混じりでぽしぽしと髪を掻く。 その、律儀なの癖に面倒がりな性分に、やれやれと崎倉は笑った。 「すまんな」 「別に。たまたま、預かっただけだしな‥‥で、今回はどこまでそぞろ歩いてたんだ?」 「いろいろ、だ」 「相変わらずだよなぁ、てめぇの保護者は」 見下ろした少女へゼロがニッと笑えば、相変わらずサラはおどおどと崎倉の後ろに隠れ。 「もふ〜っ」 代わりに藍一色の仔もふらさまが、遊べとばかりにころころゼロへまとわりついた。 そんな他愛もない、いつものやり取りの傍らで、文を開いた崎倉はざっと書面に目を通す。 ひと通りを読み終えると元通りに折り、袂へ紙を突っ込んだ。 「何だったんだ?」 「ああ、旧年の礼と新年の挨拶だ。乙矢は?」 「年が明けてから、見ねぇぜ。依頼で出回ってるか、里帰りでもしているか。ま、そこまで俺の踏み入る話じゃあねぇしな」 「そうだな。じゃあ、お前が代わりに行くか」 「ん?」 仔もふらさまをもふもふと転がしてくすぐっていたゼロが、はてと顔を上げる。 「理穴に、『花摘みの里』という場所があってな。多忙とは思うが、骨休みでもどうかという誘いだ。今なら、梅が楽しめるらしい」 「誘いとあっちゃあ、無碍に断る訳にもいかねぇか。なぁ」 「もももふ〜っ」 ひょいと持ち上げて顔を覗きこむゼロに、前足後ろ足をばたばたさせてはしゃぐ仔もふらさま。 「今のところ、男二人というのも少々味気ない話だがな。戻ったばかりだが、理穴まで梅を見に行こうか、サラ?」 尋ねてもじっと見上げるだけのサラを、笑いながら崎倉はひょいと抱き上げた。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
有栖川 那由多(ia0923)
23歳・男・陰
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
春金(ia8595)
18歳・女・陰
汐見橋千里(ia9650)
26歳・男・陰
リーディア(ia9818)
21歳・女・巫
ルー(ib4431)
19歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●冬遊び 「わぁ‥‥広い、な。此処が、花摘みの里‥‥」 白い花野を、しげしげと佐伯 柚李葉(ia0859)が眺めた。 「もう少ししたら、一面がお花で覆われるんだ‥‥」 冷たい空気を深呼吸した柚李葉は、傍らの駿龍 花謳を見上げる。 「花謳、凄いね。素敵ね」 花の如くほころぶ微笑みに、嬉しげな駿龍も喉を鳴らした。 「きゃほぅ♪」 「もふ〜♪」 足跡一つない雪へリーディア(ia9818)が跳べば、もふら もふリルさんも続き。 ぼふんっと、雪の破片が舞い上がる。 「やっぱり、このまっさらな雪に埋もれたり、跡を付けたりするのは堪らないのです」 「堪らないもふ〜」 「お前の嫁さんは無邪気だな」 「いいだろ、別に」 はしゃぐリーディアともふらの様子に崎倉 禅がからかわれ、そっぽを向くゼロ。 「また来たかったので‥‥崎倉さんには感謝です」 以前にも訪れた花野に、乃木亜(ia1245)が崎倉へ会釈する。 「サラさんもお久し振りです。少し大きくなりました? もふら様は‥‥よく分からないですね」 「はは、相変わらずだ」 「あ‥‥私、佐伯柚李葉です。ご一緒させて貰うのは駿龍の花謳。どうぞ、宜しくお願いします」 はたと気付いた柚李葉も、改めてぺこりと頭を下げた。 「サラちゃんも仔もふら様も、宜しくね」 「もふ〜」 崎倉の後ろに隠れたサラとは逆に、仔もふらが尻尾を振る。 「ゼロさんって‥‥とっても有名な人、ですよね? ご夫婦で仲良しさんなんですね♪」 「ばっ‥‥冷やかすんじゃあねぇぜっ」 微笑ましげに柚李葉が納得すれば、寒さか照れかやや赤くなるゼロ。 「さぁ、皆さんで雪合戦しに行きましょうっ。ゼロさんも行きますよ♪」 そこへ戻ってきたリーディアが、ゼロをぐいぐいと引っ張りながら誘う。 「雪合戦、ですか」 柚李葉は迷い、躊躇いながらもルー(ib4431)が進み出た。 「折角だから‥‥お邪魔しよう、かな」 遊ぶの? と、問う仕草のミヅチ ローレライへ、ルーは微笑む。折角、誘いに乗った者同士。一緒に時間を潰してみるのも悪くない‥‥と。 「ジルべリアにいた頃はたくさん見たけど、雪で遊んだ経験も、そんな時間も余裕もなかったしね」 「まあ、童心に返って楽しむが吉じゃろうて。崎倉さんとサラちゃんも、参加するかの? 勿論、サラちゃんは虎鮒が護るでの。安心して、参加して良いのじゃよ♪」 既に雪玉を作る春金(ia8595)の傍らで、虎型の土偶ゴーレム 虎鮒が首を縦に振ってみせた。 「ふふっ、若い子は元気ね〜。ツマミ食いしちゃいたいくらい」 「だっ、駄目だからな、カズラ。食べちゃったら、その、あの‥‥ッ」 酒を片手に目を細めた葛切 カズラ(ia0725)に、人妖 初雪がばたばた手を振った。 ガブリと丸かじる方を想像したのだろうが、妖艶に笑むカズラと相まって別な方面に反応して見えたり見えなかったり。 「ハッちゃんも、遊んできていいわよ」 「ホント? でも、ボクも食べない‥‥よな?」 心なしか不安げに、人妖の少女が確認した。 「千里は行かないの?」 そっと人妖 和登が問えば、汐見橋千里(ia9650)は銀髪を揺らす。 「さすがに、雪まみれになるのは御免だよ」 「ふぅん?」 近頃はゆっくり構う暇もなく、この機会にともども楽しめればと連れてきた人妖を、千里は和ましく眺める。 思案していた相手は、やがて手袋をはめた小さな手で雪を集め始める。 雪合戦に参加するのかと考えながら、陽だまりで千里は雪を集める様子を見守った。 「まずはゼロさんを標的にしましょう。もふリルさん、ゴーですっ」 「ゼロくん、覚悟もふ〜っ!」 ごすっ。 「のがぁっ!?」 リーディアに答えたもふらは顔へ飛びつき、雪に足を取られたゼロがひっくり返る。 「あら、もふリルさんったら‥‥のしかかりではなく、雪を投げませんと」 「ったく、てめぇらはッ」 雪に埋もれたゼロは、視界を塞ぐ白い物体を引き剥がし。 自分を見下ろす相手に、目を丸くする。 「‥‥よ、久しぶり。お前は相変わらず‥‥みたいだな」 驚く顔を覗き込み、有栖川 那由多(ia0923)が笑った。 「那由多‥‥? 来るって、聞いてねぇぞっ」 「そりゃ、崎倉センセに頼んで内緒にしてもらったから」 数ヶ月ぶりの再会に、ゼロが跳ね起き。 「また会えて‥‥その、なんだ。嬉しい、っていうか‥‥ええい、何でもない!」 ぼすっ。 雪をゼロの顔へ押しつけ、那由多が照れを隠す。 「ぶっ。てめぇっ!?」 「へへ‥‥って、うわっ!」 応戦するゼロに、慌てて腕で顔を庇う那由多。 「もふリルも、負けないもふ〜」 鈴を鳴らすもふらは雪を足で掻いて飛ばし、リーディアもきゃっきゃと雪玉を投げ。 「こら、手加減しろって!」 「タンマっ。刹那、壁にしてゴメン!」 慌てて、那由多は甲龍 刹那の陰へ逃げた。 「さあて、狙うは顔面か、球を持つ手か‥‥何にしても、手加減なしなのじゃよ!」 土偶ゴーレムの傍らで、春金は崎倉やルーへ雪玉を投げる。 「さぁ、サラちゃんもどんどん投げるのじゃ」 雪玉を渡す隙に、ルーのミヅチは咥えた雪玉を頭を振って投げた。 へろへろ‥‥ぽす。 「が、頑張って、ローレライ!」 頼りなく落ちた雪玉に、自分も雪だらけになりながら新しい雪玉を渡すルー。 同族に感じ入るところがあったのか、「ピィピィ!」と乃木亜のミヅチも主と一緒に応援していた。 「投げても、いいですよ?」 ほらと柚李葉が両手を広げるも、対するサラは困惑顔で。 「それじゃあ、えいっ」 一緒に土偶ゴーレムの足元へ隠れるカズラの人妖が、力いっぱい小さな雪玉を投げた。 「ほら、今だ。わしの後ろから、雪玉を投げるぜよ」 土偶ゴーレムに促され、やっとサラは柚李葉へ雪を投げる。 ぱさんと、雪玉は柚李葉の膝上辺りに当たって壊れ。 「ふふ、負けませんよーっ」 ごく軽く、ふわりと柚李葉も雪を投げ返す。 そんなやり取りに微笑む春金の頭へも、ぼこっと雪玉が当たった。 「すまんっ。頭に当てるつもりは‥‥」 「ふっ‥‥やりおったの、崎倉さん!」 「だから、すまなかったとっ」 謝る崎倉へ、嬉々として春金は反撃を始める。 賑やかな声が弾む傍ら、二つの雪玉を作った人妖が千里へ振り返った。 「雪達磨作るの! 千里に手伝って欲しいの!」 「‥‥雪、達磨?」 出来た大小の雪玉に納得した千里は小さい方を崩さぬよう持ち上げ、そっと大きい塊へ乗せた。 「これでいいかい?」 「出来たー!」 喜ぶ様子を見る千里だが、ふと真っ赤な手に気付く。 「手袋はどうした、和登? さっきまで着けてただろう」 「あれ?」 「失くしたのか、仕方ないな‥‥ほら」 自分の手袋を外し、小さな手にはめた。 「千里の手、おっきいね!」 手をかざす仕草に、千里は僅かに表情をほころばせる。 「人妖、ね」 千里とのやり取り、そして自分の人妖へ目をやって、カズラは杯をくいと煽る。 「先日の人妖の一件はハードだったし、修羅絡みもハードになりそうだからね〜。ココで息抜きでもしておかなきゃ」 雪と戯れる光景を肴に、カズラは手酌で酒を楽しんだ。 ●小さき春 「あ‥‥ひんやり空気の向こうに、ほわっと梅の花の香り。花謳、行こう‥‥っ」 駿龍を誘う柚李葉の足が、自然と早くなる。 緩やかな坂を上り切った先に、梅林が広がっていた。 「わぁ、梅の花がたくさん‥‥! 紅白色とりどりで、綺麗ですねぇ」 小さな花々を見るリーディアの足元で、もふらも春の空気を吸い込む。 「良い匂いもふ〜」 「梅って、雪が積もってる時期でも咲くのですね。綺麗な情景です‥‥色んな花々を育てているのですね、本当に」 「雪野原の次は梅林か。一日のうちに、冬から春へ移り変わったようだな」 千里も梅の花にはしゃぐ人妖の声を聞きながら、花々を眺める。 「花、取っちゃ駄目?」 「持ち主に聞いてからだ。和登も自分の物を勝手に取られたら、嫌だろう」 どこか納得した様子で、こくと頷く人妖。 「でも、良かったのかな」 「どうした?」 小さな気がかりを呟くルーに、崎倉が声をかけた。 「あ、大した事じゃ‥‥全く縁がないのに、誘いに便乗させてもらったから」 「気にするな。こうして、既に『縁』はあるだろ」 すれ違う里人と挨拶を交わしながら、崎倉は笑う。 「また、お世話になりますね」 乃木亜も里人へ挨拶をし、後ろで藍玉も真似をしてぺこりと頭を下げた。 「あの、何かお手伝い出来ますか? 塩漬けにする花詰みや、樹の手入れとか‥‥」 世話になるだけでは落ち着かず、乃木亜は里人へ用を伺う。 「花を愛でてやって下されば。綺麗に咲きますから」 「梅の花や枝、少し分けてもらってもいいだろうか。風呂へ入る時に、梅の香りを楽しみたいと思ってね」 千里が聞けば、それならと里人は花が見頃な場所へ案内した。 「風呂に梅の花‥‥汐見橋さんは、お洒落だよなぁ」 感心しきりの那由多に、千里は妙なくすぐったさを覚える。 「それ程でもないよ」 「ううん。俺もちっとは、見習わないと」 淡々とした千里にも物怖じせず、頷きながら那由多は歩いていく。 「ふぅん、なかなかいい場所ね」 「そうそう、お弁当作って来たのでした。この辺で食べましょうか」 見回すカズラに、リーディアが提げてきた包みを示した。 適当な場所で崎倉とゼロがゴザを敷いて弁当を広げれば、もふらが尻尾をぱたぱた振る。 「良い匂いもふ〜♪」 「お酒の肴にちょうどいいわ。ハッちゃんは、お酌ね」 「うんっ」 ゆるりと腰を下ろしたカズラの『頼み』に、嬉しげな人妖が銚子を抱えた。 「おぉ、玉子焼きがちゃんと黄色いぜよ」 「虎鮒‥‥!」 感心する土偶ゴーレムに、悔しげな春金。 「雪にまみれたまま、花見は出来んからのぉ」 そう言って着替えに戻った春金は内緒で料理に挑戦したものの、出来たのは素材不明な真っ黒い物体。結局それは、無難に土偶ゴーレムの腹へ隠蔽されていた。 「沢山あるので、どうぞ」 リーディアが勧め、みな遠慮なく片手で摘める程度の大きさに揃えた弁当へ手を伸ばす。 「お料理上手だねぇ、リーディア」 千里の傍らでもきゅもきゅと煮物を頬張りながら、人妖は感心しきり。 「ゼロもそういうとこにほれてるんだね」 「惚れ‥‥和登さんっ?」 「和登。あまり、おませな事を言ったらいけないよ」 慌てるリーディアに「うふふ〜」と笑う人妖をたしなめ、千里は食べ易いよう焼き魚をほぐしてやる。 「実際、惚れてるがな。そういうトコも、そうでないトコも」 「む‥‥」 小声のゼロに、リーディアは言葉に詰まり。 「ゼロさん、寒くないです?」 「あたしが温めてあげるもふよ〜」 そっと聞けば、もふっとゼロの膝をもふらが占拠した。 「ありがとな、もふリル」 自分もくっつけば温まるのか、でも言うのも‥‥などと思案して、もふらの頭を撫でる彼女を不意にゼロが抱き寄せる。 「えっ?」 「風、まだ冷たいしな。俺が風除けになるだろ」 「‥‥はい」 赤くなりつつ、寄り添ったままリーディアは暖かい梅花の茶を口へ運んだ。 「でももうちょっと、ぱぁーっと賑やかに満開かと思ったけど」 咲き揃ってない花に人妖は残念そうだが、カズラはまた一献を傾けていた。 「咲いた花には咲いた花の良さが、蕾の花には蕾の花の良さが、盛り木には盛り木の、枯れ木には枯れ木の良さがあるのよ、初雪」 「そういうモノ?」 「これから咲き誇る姿を想像するって言うのも、愉しいものよ」 空になった杯をカズラが向ければ、また人妖は銚子を傾けて酒を注ぐ。 腹が落ち着いた者達は、梅の花摘みを始めていた。 「花謳、乗せてくれる?」 尋ねる主へ快く答えた駿龍は身を伏せ、柚李葉は背中を借りて花へ手を伸ばす。 「いい香り‥‥梅の花のお風呂、なんて素敵な案ですね」 人妖へ肩を貸してやる千里へ、柚李葉が微笑んだ。 「そうかな。春らしくて、いいと思っただけだよ」 「綺麗だよね!」 「はい。楽しいね、花謳」 頷く様に首を振る駿龍の上へ、摘んだ花弁をふわりと花の雪の様に降らせる柚李葉。 尾を揺らし、嬉しげな様子に柚李葉も哀桜笛へ口を寄せ。 心地よい春の陽を、緩やかな笛の調べが彩った。 「梅。一番、好きな花だ」 柚李葉の笛を聞きながら、那由多が呟く。 「そうなのか?」 「忠実の紅。良い色じゃん、な」 尋ねるゼロに答え、花集めに興じる者達を見ながら口を開く。 「なぁ、ゼロ。俺の部屋、まだ‥‥」 「なぁ〜にが、『遠い所に行っちまったな』だよ」 「それ‥‥!」 狼狽する那由多に構わず、ゼロは彼の頭を掻き回した。 「てめぇの方がずっと遠いトコ行ってんじゃあねぇか、有栖川家当代」 「からかうなって!」 赤くなり、口を尖らせた那由多は手を払うが。 「からかってねぇよ。俺には出来ねぇ事を、やってのけたんだ。むしろ、てめぇのが俺には‥‥遠い」 「ゼロ‥‥天見の家、継ぎたかったのか?」 「いや」 首を振ったゼロは嘆息し、天を仰いだ。 「俺は数多ヶ原の民を守りたかった。兄上の身体が弱い分、刀で支えるつもりだった。それが親父から託された俺の役目で、いずれ子に渡すモンだと思ってた‥‥ずっと」 きしりと、胸が軋む。 背を見守るしかない那由多へ、ゼロは振り返り。 「だから正直、有栖川家当代殿が羨ましいんだぜ」 「ばっ‥‥羨ましくても、禁止!」 友人なりの敬意もあるのだろうが、先立つむず痒さに那由多は全力で却下した。 「わかった。それから長屋の部屋、そのままだぜ」 友人の反応にニッと笑い、ゼロが付け加える。 「おかえりだ、那由多」 「‥‥ただいま」 ●梅香夜話 「梅の花、ちゃんと香るものね。なかなか面白い趣向じゃない」 夕餉の後、湯に浮かぶ花と一緒に、カズラは銚子を入れた桶を湯に浮かべる。昼に摘んだ梅の花を千里は湯船に浮かべ、花瓶を借りて枝ごと生けていた。淡い香りと湯の温もりを愉しみながら、また彼女は酒杯を傾ける。 「ちゃんと洗うのよ、ハッちゃん。でないと‥‥」 「洗ってるから、ちゃんと!」 慌てて水を弾く人妖にカズラは笑い、のんびりと湯に身を漂わせた。 「ちゃんと香るかな‥‥?」 ほかほかした身体をしっかりと半纏で包んで、柚李葉は縁側から龍達の寝床へ足を運んでいた。 「ね、ちゃんと香っている?」 身を伏せた顔にぎゅっと抱きつけば、目を細めて駿龍は喉を鳴らす。 「今日は、本当楽しい一日‥‥ね 花謳?」 しばらく寄り添っていたに柚李葉だが、身体が冷えぬうち駿龍へおやすみなさいを告げた。 襖で仕切る寝室は男部屋と女部屋、夫婦部屋の三つ。 女部屋へ柚李葉が戻ると、既に部屋には布団が並んでいた。 「おかえりなのじゃよ」 「ただいまです」 声をかける春金に答え、ぽんと布団へ寝転ぶ柚李葉。 「何か昔の‥‥一座時代を思い出すな」 子供用の布団の上では、何やらごそごそしていた千里の人妖がぱっと顔を輝かせ。 「出来た! サラに作ったの!」 糸で花を繋いだ梅の花冠を、サラに掲げてみせる。 「おそろいだね!」 二つ分は時間がかかったけれど、小さな笑顔にサラはそっと花冠を手に取った。 「サラちゃん、髪を梳いてあげるね。和登さんも」 小さな少女達へ声をかけて、櫛を取り出す柚李葉。 髪を梳いてもらったサラに、春金は花冠を載せる。 「良かったの、サラちゃん。そうじゃ、この機会にこっそり崎倉さんの好みのタイプを‥‥」 その時、からりと襖が開き。 「‥‥タイプ?」 「ぅあ‥‥ち、違‥‥深い意味は‥‥!」 一人風呂から戻ったルーに、あわあわと春金が慌てた。 小首を傾げたルーは、自分の布団に座り。 (‥‥いつかは、もう少し慣れるようになるかな) 梅の香りを楽しみながらミヅチを洗ったルーは、まだ香りの残る髪の水気を拭う。 「まだ流石にそこまで誰かと一緒は、ちょっと‥‥ね」 そして、小さく欠伸をした。 「藍玉も一緒に入る?」 「ピィ!」 ルーと入れ替わりに一人で風呂に入った乃木亜もまた、ミヅチと共に湯に浸かっていた。 密かに楽しみにしていた梅の香りは淡く漂い、飾った枝の花も湯気の温かさでほころぶ。 「また、花の咲く頃に来てみたいですね」 「ピィ♪」 「このまま眠ないよう注意しないと」 考えながら乃木亜はほぅと息を吐き、目を閉じた。 「湯に浮かぶ梅の花弁と、梅の香り‥‥梅の花風呂、素敵でしたね♪」 賑わう声を聞きながらゼロを膝枕するリーディアは、一日を振り返る。 「‥‥ゼロさん?」 返事がない相手を覗き込めば、夫はもふらと一緒に穏やかな寝息をたて始めていた。 「女性部屋は賑やかだな‥‥和登も、気に入ったらしい」 のんびり出来る反面、少し寂しい心持ちで千里は酒へそっと梅の花弁を浮かべる。 「花野の雪が消える頃に、もう一度来たいものだ‥‥どうだ、一献」 「わ‥‥いただきます」 感服しながら、千里の酒杯を那由多は受け取り。 「折角だし、崎倉センセには俺が酌をしますよ。俺、多少は酒に強くなったんです」 ちょっと得意げな那由多に、慣れぬ呼び名で苦笑する崎倉が酌を受けた。 「すまんな。肴になる話もないのに」 「それならゼロと崎倉センセの馴れ初めとか、聞きたい!」 好奇心を隠さず、那由多は身を乗り出し。 床についたサラの傍らで春金は顔を上げ、リーディアも思わず耳を澄ませる。 「ゼロと、か。確か、酷い雨の日だ。長屋の軒先に、薄汚くてデカいのが座り込んでいてな」 記憶を辿る崎倉に那由多はじっと耳を傾け、興味深そうに千里も酒を進めた。 「見つけたのはサラだった。触ろうとしたが、朦朧としたゼロは抱えた宝珠刀を盗られると勘違いしたんだろうな。一瞬、えらい剣幕で睨んで‥‥以来、どうもサラはゼロを怖がる」 「それは‥‥しょうがないのじゃ。のう、サラちゃん?」 想像して苦笑した春金は、寝返りを打つサラの布団を掛け直してやる。 「で、雨宿りか行き倒れか問えば、開拓者になる術を聞く。教えれば、すぐギルドに行こうとして‥‥バッタリとその場でノビた。腹を減らし過ぎてな」 「ぶっ」 その光景が容易に想像できて、那由多は酒を吹き出しかけた。 「なんか、らしいなぁ」 「自分の名を頼りに穂邑が転がり込んだ時も、あいつは他人事と思えなかったんだろうな。だが共に過ごす日々も終わり、か」 四年近く傍らにいた男は、目を細めて呟く。 同じ長屋だがゼロはリーディアと新しい部屋での生活を始め、穂邑も親しい未亡人の元へ引越し。 神楽に来た時からゼロがいた部屋は、空き部屋となった。 「あいつも年頃だ。いずれは誰かを好いて、嫁に行く。『兄』の俺じゃあ教えられねぇ事も、彼女なら‥‥ちゃんと花嫁修業の修行ぐらい、してくれるだろうよ」 ぽつとこぼれた声に、リーディアは髪を撫でる手を止める。 「ゼロさん、起きたのですか」 「ああ、すまねぇ」 詫びながら眠そうに欠伸をする夫へ、小さく彼女は笑む。 「疲れたんでしょうか。そのまま寝ちゃっても、いいですからね」 「ん‥‥」 短く答えながらゼロは目を閉じ、再びそっとリーディアは髪を撫でた。 「ゼロさんと共に過ごす日々は、いつもあっという間に流れますね‥‥もう少し、ゆっくりでもいいのにって思っちゃいます」 時と共に、全ては流転する。 大きな流れも小さく身近な事柄も、移り変わっていく‥‥だから。 「崎倉さん、いいかの」 酒器を片付けに降りた崎倉へ、部屋を抜け出した春金が声をかけた。 「渡したい物?」 「少し遅れたが‥‥バレンタインとか言うイベントの贈り物なのじゃ。べ、別に好いておるとか、深い意味は‥‥ただ‥‥ちぃっとばかし礼を、じゃな‥‥」 不自然にならぬよう説明すればするほど、上手く言えず。 「と、とにかく‥‥受け取るのじゃ!」 春金は崎倉に包みをぐぃと押し付けると、階段へ戻り。 「それと、今後も息災でおるのじゃぞ! でないと、恨むのじゃ!!」 言い置いて、ぱたぱたと駆け上っていく。 「礼、か」 後ろ姿を見送る崎倉は残されたハート型のチョコレートを手に、髪を掻いて苦笑した。 |