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■オープニング本文 ●会 「駄目、でしたか‥‥」 広げた小さな紙をじっと見つめていた弓削乙矢(ゆげ・おとや)は、浮かぬ顔で息を吐いた。 それをおみくじの様に折りたたんで火鉢の炭へ加えれば、途端に火を吹き、燃え尽きる。 「やはり、直接聞く方が早いのでしょうけども‥‥」 紙が燃え尽きるさまを乙矢は見届けた末、小さく呟いて目を伏せた。 今より十数年前、弓師であった弓削の家から奪われし、家に代々継がれた宝珠弓、三つ。 朱藩の小さな村にある神社で目にした一張の弓は、そのうちの一つと思われた。 その弓を手にとって確かめた訳ではなく、正否は乙矢にも確証がない。 弓自体に関する記憶も、彼女が十かそこらの歳のものであり、形などを定かに覚えてはいない。 でも、確かめなければならなかった。 何より弦打ちをした時の、あの弦の音。 本来は厄祓いや魔祓いともされる音が、酷く濁って聞こえたのは気のせいではあるまい。 弦の質や張り方といった、手入れが悪いという以前の問題だ。 果たして家宝の弓が、あんな音を鳴らすものなのか‥‥その事も、乙矢の判断を鈍らせていた。 かじかむ指を、何度も彼女は擦り合わせる。 息を吹き、火鉢の炭にかざしても手は温まらず、指先が凍えた。 ‥‥火の気のない冬の質素な小屋で、賊から身を潜めていた時のように。 金を積んで情報屋を頼ってみたものの、神社で見た弓の出所については何も得られず。 「判らねば‥‥直接にでも、確かめなければ。何としても‥‥」 無為に命を奪われた、父と母と兄の為にも。 誰が何と言おうとも、それがただ一人、弓削家で生き延びた自分の‥‥。 ○ 数日後。朱藩の小さな農村にある小さな社からの依頼が、開拓者ギルドに届いた。 内容は姿を消した神職と、消えた祭具の弓を探してほしいという旨。 社には二人の神職がいるが、ちょうど若い神職が社を離れている間に、留守をしていた神職が消えたという。 分かっている事は、大きく分けて次の三つ。 一。三日ほど前から壮年の神職一名が姿を消し、どこにも居ない事。 この壮年の神職は足が悪く、身体を壊している為、長時間を歩き続ける事などは難しい。 二。祭具として社に納められていた弓が、社のどこにも見当たらぬ事。 ただし小さな祭具殿の中には、射られたと思しき矢が数本、壁に刺さり、床に落ちていた。 三。同じ頃、以前に社を訪れた開拓者が「弓矢師」を名乗り、再び村を訪ねていた事。 この開拓者の行方も判らず、何か事情を知っている可能性があるのではないか。 村では神職の姿を見た者がおらず、社の裏にある山のどこかにいると思われる。 しかし山の一部は雪に閉ざされ、人が分け入るのは難しいと、依頼人の神職は記している。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
只木 岑(ia6834)
19歳・男・弓
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
透歌(ib0847)
10歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●痕跡 「寒そう、ですね‥‥」 秋に訪れた山を前に、透歌(ib0847)はほぅと白い息を吐く。 山を覆う木々は冬枯れ、ところどころに白く雪が積もっていた。 「まず山に入る前に、依頼人から話を聞いていきましょう」 胡蝶(ia1199)が指差す山の麓には鳥居が立ち、その先に続く階段を上れば問題の神社がある。 「詳しいんですね、お二人」 感心する斎 朧(ia3446)に、「少しだけね」と胡蝶は淡白に返した。 「前に一度、依頼されて来た事があるだけだから」 「それでも知っている方がいらっしゃるのは、心強いです」 「だからといって、あまりアテにしないでよ?」 念のためにと断る胡蝶の話を聞きながら、複雑な表情の只木 岑(ia6834)が呟きを落とす。 「前に来た時は、乙矢さんと一緒に‥‥ですか」 「そうですね。乙矢さん、だいじょうぶでしょうか? いなくなったおじいちゃんも心配だけど、村に来たらしい乙矢さんも‥‥もしかして、雪のたくさん積もった山で寒い思いしてるかも‥‥」 頷く透歌が、心配そうに再び山を見上げ。 「この前の時、もっとお役に立てていたら‥‥」 「透歌、前の依頼を気にし過ぎないようにね」 素っ気なくだが、不安げな少女へ胡蝶が気遣いの言葉をかけた。 「行方不明の神職が山ん中にはいったちゅうなら、こら危ないわな」 額に手をかざして山を見た天津疾也(ia0019)は、ひょいと踵を返す。 「どちらへ?」 「時間を掛ける訳にもいかへんし、手早ぅ村で話を聞いてくるわ」 声をかけた狐火(ib0233)へ疾也は背中越しに手を振り、足早にぽつぽつと建つ家々へ向かった。 「残念ながら、この村に風信機は‥‥なさそうですね。山を越えた可能性も、捨て切れませんが」 広がる田舎村の風景を、やや狐火が残念そうに眺めるが。山向こうの村にも同様に風信機がなければ連絡が出来ず、致し方ないと諦める。 「山に入る前に、依頼人に話を聞いていきましょう。幾つか、確認しておきたい事があるから」 鳥居の奥へ胡蝶は鋭い眼差しで見上げ、石段を登り始めた。 「こちらからお話できる事は、ギルドへ伝えした事でほぼ全てです」 訪れた者達へ茶を出した若い神職は、真っ直ぐに訪問者達と向き合っていた。 「もしよろしければ、弓を納めていた祭具殿を良ければ見せていただけませんか?」 ひと通りの話を聞いた後、おもむろに朧が切り出す。 「それで、探す手がかりになるのでしたら‥‥」 鍵束を取って案内した神職は、祭具殿の扉を開いた。 「調べたい事があるので、しばらく私達だけにしてもらえるかしら」 「では終わりましたら、声をかけて下さい」 心配そうながらも神職は一礼し、社務所へと戻っていく。 小さな痕跡も見逃すまいと、符「幻影」を手にした胡蝶は『夜光虫』の式へと変え、窓の小さい室内を照らした。 そう広くない内部を見回せば、確かに矢が落ち、あるいは壁に突き立っている。 (‥‥開拓者、弓術師、消えた弓‥‥まさか乙矢‥‥?) 過ぎる不安を、胡蝶は胸の内へ押し込み。 「血が流れた後などは、ないようですね」 「そうね。それに消えたのも弓だけ、よね」 朧の言葉に、何気ない風を装う。 「察するに、行方不明になった神職が乙矢氏の弓と何らかの関係がありそうですが‥‥さて、どうしたものか」 腰を落とした狐火が、落ちた弓へ手を伸ばした。 「待って。岑、弓術師なら‥‥矢の事にも、詳しいわよね?」 胡蝶の制止に狐火は手を止め、真摯な表情で岑が頷く。 「俺も、それを確かめたくて。足の悪い神職なら、弓を射るにも踏ん張りがきかないと思うから‥‥」 蝶が放つ光の下で、落ちた矢と刺さった矢を確かめて。 それから大きく、岑は一つ息を吐いた。 「どうですか?」 尋ねる狐火へ、顔を上げた岑は今度は大きく首肯する。 「やっぱり‥‥刺さった矢と、落ちている矢は羽根が違います」 「羽根?」 「矢羽、です。矢って、後ろの羽根の柄が微妙に違うんです」 小首を傾げた透歌へ彼はそれぞれの矢を手にとり、比べてみせた。 「おそらく、刺さっている方が乙矢さん。落ちているのが神職の矢かと」 「でも、もし神職の男性が相手だったとしても一般人に、まして足を悪くした壮年の相手に弓を引くとは考えにくいわ。乙矢はいったい何故、何を射たのかしら。開拓者の弓術師が複数回、しかも‥‥外した矢まで」 「少なくとも血はありませんでしたから、神職を射る気はなかったと思います」 眉をひそめる胡蝶へ、緩やかに朧が首を左右に振る。 「それに神職へ危害を加えようというのであれば、逃げられる前に追いつけたでしょう。そうなるとアヤカシが居たのか、あるいは‥‥」 「威嚇して、神職が逃げたとか? 村人に助けを求めず、山へ入り‥‥それを追って、乙矢さんも?」 矢を見つめて岑が思案し、狐火もまた合点がいった表情で扉の外へ目をやった。 「やはり神職の側にも、何かの事情がありそうですか」 「それに弓が何処から来たのかも、確かめないと」 束ねた髪を翻して宝物殿を出ようとした胡蝶だが、そこへちょうど疾也が現れる。 「夏に猟をしてる村人から、雪を凌げそうな場所とか出来るだけ聞いてきたで。賊の手がかりは見つかったんかいな?」 「賊、ではなさそうですよ」 「は? 神職が、賊に襲われたんと違うんか?」 ゆるりと返しながら狐火は外へ出た胡蝶を追い、疑問顔で疾也がシノビの背を見送った。 「それでも、幾つか気になる事はあるのですけど‥‥」 表情を曇らせる朧に気付き、透歌は足を止める。 「朧さん?」 「いえ。今は一刻も早く、お二人を探しましょう」 ●捜索 幸い天候は崩れず、弱い冬の光を受けながら一行は山へ入った。 以前に訪れた者達のおぼろげな記憶と疾也が村人から聞いた話を元に、注意深く獣道を進む。 「どなたか、いらっしゃいませんかー!」 時おり朧が木々の間へ呼びかけ、僅かでも応答がないか『超越聴覚』で狐火は耳をすませた。 「‥‥高い場所から見た方が、何か見つかるかもしれないわね」 胡蝶は『人魂』の雀を放ち、式の目を通して空から痕跡を探す。 「狩人の人なんかは、木に目印を残しますよね。そういうの、残ってないでしょうか‥‥」 「どうかな。急いで追いかけていたなら、そんな暇がないかもしれないし」 手がかりがないかと探す透歌に岑も道を探し、自分が落ちぬよう注意深く疾也が滑りやすそうな場所を確かめていた。 「今のところ、近くにアヤカシの気配はないですね‥‥」 「よかったです。でも山の獣と出くわす可能性はありますから、気をつけて下さい」 呼びかけながら朧は『瘴索結界』で分かる限りを伝え、注意を促した岑が空を仰いだ。 「出来れば、日が暮れる前に見つけられるといいんですけど」 用心深く山の中を歩くうち、不意に狐火が足を止める。 じっと確かめるように集中する様子を、他の者達も見守り。 「すみません。ここから、あちらの方向を‥‥調べてもらえませんか?」 「あっちね」 狐火が示す方向へ、胡蝶が式を飛ばした。 意識を凝らし、式の目を借りていた陰陽師は、やがて青い瞳を開く。 「ええ、洞穴のようなものがあるわ」 胡蝶が伝える風景に、疾也がぽんと手を打った。 「それ、たぶん猟に出た人が雨露を凌ぐ場所やな。この辺にもあるって話は、聞いてる」 「それじゃあ‥‥すぐに行ってみましょう」 「はい。ただし、用心は忘れずに‥‥」 急かす透歌へ答えながら、自分も落ち着こうと岑は冷たい空気を深呼吸する。 身軽な狐火を先頭に、川のせせらぎを聞きながら岩場を迂回し。 岩場で羽根を休めた一羽の雀が見えた辺りで、朧が足を止めた。 「あの穴の奥から、瘴気を‥‥感じます」 「式のせいではないのね?」 確認する胡蝶にも、笑顔のままで朧は頷く。 用心深く足場を確かめながら黒く口を開いた穴へと近付き、ある程度の距離まで進むと岑は華妖弓へ矢を番える。 先に立った疾也が殲刀「秋水清光」を抜き、狐火も針短剣「ミセリコルディア」の位置を確かめた。 「中の気配は、ひとつだけやな」 『心眼』で気配を探った疾也の耳にも、奥から時おりくぐもった低い呻き声が聞こえてくる。 そっと様子を窺いながら、歩を進めれば。 焚かれた火の先に、手足を縛られ、猿ぐつわをかまされた壮年の神職がムシロの上で転がっていた。 「アヤカシと‥‥違うよな?」 「だいじょうぶですか!?」 怪訝そうな顔をする疾也の脇を抜け、透歌が神職へ駆け寄る。 寒くないようにと運んできた毛布をかけてから、猿ぐつわを外す。 「温かい甘酒も、持ってきましたから‥‥」 「ああ‥‥助かった‥‥」 助けに来た者と気付いたのか、神職は大きく安堵の息を吐いた。 「気になる事もあるし、外は俺が見張っとく。安心して、戻る用意を頼むで」 告げて戻る疾也を見送り、改めて胡蝶は見覚えのある神職に向き直った。 「それで、何があったの?」 「まぁ、少し落ち着くのを待ちましょう」 勢い込で問い詰める胡蝶を狐火がなだめ、手当てする透歌の様子を見守る。 だが未だ柔和な空気に緊張をまとった朧は、ぐるりと洞穴を見回し。 「あれが、瘴気の‥‥」 視線の先には、隅の岩場へ目立たぬよう置かれた黒い弓があった。 「岑さん、これを見てもらえますか? ただし近付きすぎたり、触らぬよう」 朧に手招きされた岑は、彼女の隣からじっと弓を観察する。 「形は理穴の弓、です。もしかすると、乙矢さんの‥‥」 「しかし、これは‥‥」 言いかけた朧の言葉を、外からの声が遮った。 「やっぱり戻ってきよったな。賊が、観念せぇ!」 「違う、私は‥‥!」 向けられた切っ先と間合いを詰める疾也に動揺したのか、相手は足元も確かめずに後ろへ下がろうとし。 雪を踏んだ足が、ずるりと滑った。 ●離れ 「‥‥話しても、よいのですか?」 確認する若い神職に、男はうな垂れる様に首を縦に振る。 体力の消耗を考えて先に疾也らは壮年の神職を担ぎ、小さな神社の社務所へ戻った。落ち着かせようと床へ寝かせたものの、何を思ったか先に「話をしなければならない」と、壮年の男は一行を引き止めていた。 温かい茶を並べた神職の前で、男を背負ってきた疾也と手当てのためについてきた朧、それから山歩きに慣れた岑が、後ろ髪を引かれながら座して話を待つ。 「あの弓は、この方が神社へ現れた時に‥‥持って来た物です。持つ者がことごとく心を乱すと聞き、それ故に‥‥社へ安置し、鎮めようとしておりました」 「そもそも、金目当てに‥‥人を殺めて盗んだ弓、だからな。怨や念が憑いていても、おかしくはない」 擦り切れたような声で床の男が自嘲気味に明かし、岑はぐっと膝の上で拳を握った。 その気配に気付いたか、若い神職は頭を振る。 「ですが、この方はそれを悔やみ、ここへ助けを求めに来られたのです。以来、既に五年以上‥‥ここで神職として働き、弓の穢れが祓われる様にと祈ってこられました」 「ですがあの弓は‥‥『憑喪』、ですね」 静かに笑みをたたえたまま朧が問えば、沈痛な表情で若い神職は目を伏せた。 「残念ながら、そのようです」 時に、アヤカシは物に憑く。 物に憑いて持つ者をたぶらかし、破滅に追い込むソレを『付喪』や『付喪神』とも呼ぶ。無論、『神』などと呼ぶには遥かに縁遠い存在だが。 「ほなあの弓は、はよ壊さんとあかんな。持った者がまた、操られるで」 「そうですね。神社がありますので、この一帯はまだ清浄な場所ですから‥‥アヤカシの影響も顕著ではないでしょうが」 疾也の見解に朧も思案し、ただ岑は口唇を噛んだ。 聞けば弓を改め、事情を知ろうと迫った乙矢に壮年の神職はうろたえ、思わず弓を手に取って付喪に惑わされたという。 神社の中にあってアヤカシに引きずられたのは、以前の影響が残っていた為か、それとも過去に対する後ろめたさか‥‥そこまでは、岑にも分からないが。 付喪となった弓を彼の手より放させたものの、神職を放置する事も出来ず。 だが足の悪い男を担いで戻る事も出来ず、弓も折れず。 結局、乙矢は立ち往生した末に、あの場所で助けを待っていたらしい。 その時、社務所の外が何やら騒がしくなり。 「すみません。見てきます!」 慌てて立ち上がった岑は、部屋を飛び出した。 日も暮れて暗い境内に、ゆらゆらと光を放つ式の蝶が舞う。 「軽い人で、助かりましたよ」 ふっと冗談めかして、狐火が乙矢を下ろした。 「身軽な狐火さんががいてくれて、助かりました。私達では、あそこまで降りられませんでしたし‥‥」 「いえ。何にせよ、二人の命に別状がなくてよかったです」 何度も頭を下げて礼を言う透歌へ、ウシャンカの下から狐火は笑む。 足を滑らせて岩場から落ちた乙矢を助けるべく、『三角跳』の使える狐火があの場へ残っていた。 そして『付喪』となった黒い弓は、胡蝶がしっかりと両手で抱くように持っている。 「乙矢さんは、無事なんですか? それに胡蝶さん、それ‥‥」 気遣う岑は、胡蝶の持つ弓に言葉を失い。 「乙矢の怪我は少し深いけど、骨に異常はないようよ。弓は‥‥乙矢に黙って、どうこうする訳にもいかないでしょ」 「‥‥はい。すみません、ありがとうございます」 「何で、岑が謝るのよ」 「え? あ、ごめんなさい!」 「だーかーら‥‥いいわ、もう。とにかく、乙矢を休ませるわよ」 つぃと顎を上げた胡蝶は、意識のない弓術師を見やった。 「それから、この弓については分かった?」 「はい。後で、皆さんにも説明します」 「今は、乙矢さんを休ませるのが先ですね」 心配そうな透歌へ胡蝶が頷き、嘆息する。 「本当に‥‥世話が焼けるんだから」 具足を外す胡蝶を手伝いながら、岑もこっくりと首を縦に振る。 「自分が無事で元気じゃなきゃ、何にもなりません。家族でなくても心配する人はいます。手を貸そうとしている人も、近くに沢山いるんじゃないですか? 乙矢さん」 言葉をかけて見守れば、ぴくりと睫毛が動く。 朦朧と目を開き、何度か瞬きを繰り返し。 「は、や‥‥ぅ‥‥?」 「痛むんですか? だいじょうぶです?」 眉をしかめて頭を押さえる仕草に、そっと透歌が様子を窺った。 「大丈夫、です。すみません、私、またご迷惑をおかけして‥‥?」 「その話は、後でね。とにかく、今はゆっくり休みなさい」 弓を気付かれぬ後ろ手に背で隠しながら胡蝶が促せば、こっくりと乙矢は髪を揺らす。 「さて。問題のその弓、どうしますか」 岑と透歌に支えられ、社務所の奥へ案内される乙矢の姿が消えてから狐火が問えば。 「今は神職に預けて‥‥乙矢が落ち着いてから、決めるしかなさそうね」 手にした真っ黒い宝珠弓を、胡蝶はじっと見つめた。 |