七つ笹流す清流に願い紙
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/07/17 22:09



■オープニング本文

●水底に潜む朽縄
 その日は、雨の合間の蒸し暑い晴れた日だった。

 日の光を反射して煌めく水面に、飛沫が跳ねる。
 波紋が広がる静かな淵へ、糸が投げられた。
「強い雨足ではなかったから水はあまり濁ってないんだが、今いち食いつきは悪いなぁ」
 川岸に座った釣り人の一人が、竿を振りながらぼやく。
「ははっ。魚はいるんだから、後は腕の問題さ」
「参ったね。釣りに焦りは禁物かぁ」
 少し離れたで笑い釣り仲間に、糸を垂らした男は嘆息した。
 そのまま、釣り人二人のどちらにも魚がかかる気配はなく。
 再び仕掛けを引き上げようと、釣り人が竿を上げる。
 ところが緩んでいた糸は、突然にピンと張り詰めて。
 竿を倒そうが、糸を引こうが、全く針が上がってくる気配がない。
「こりゃあ‥‥根がかりしちまったな」
「外れそうかい?」
 苦心しながら糸と格闘する男を、釣り仲間が気遣った。
 その時、竿の先に微かなアタリが伝わって。
「おっと。こっちも、何かかかったらしい」
「やれやれ、運のいい」
 竿を上げ、糸を引き寄せる仲間に、根がかりした男が苦笑する。
 代わりの仕掛けはなく、糸が切れれば折角の針もそれまで。
 それ故、慎重に糸を緩めたり弾いたりして、何とか根がかりした仕掛けを外す事に集中していた。
「くそ‥‥こりゃあ、水に入って外した方が、早いんじゃないか?」
 ぼそぼそと口の中で愚痴ってはみるが、淵はそれなりに深い。
 バシャン!
 男が悪戦苦闘していると、何度も水が跳ねる音がして。
 ひときわ大きな波紋が、水面を揺らした。
 隣の釣り人が大物でも釣り上げたかと思い、自慢する声を待ちながら男はなおも自分の竿を右へ左へ振ってみる。
 だが、釣り仲間の声は聞こえてこなかった。
 ただとうとうと、流れる川の音ばかりが耳に届き。
 そのうち、ゆっくりと男の前に、長い枝が流れてくる。
 目を凝らしてよく見れば、枝と思ったのは釣り仲間の使っていた竿だった。
 続いて、草鞋が片方ずつ。
 流れていく物を見送り、男が恐る恐る顔を上げて釣り仲間の方を窺えば、そこには人の姿形や影もなく。
 その時、ぐいと握っていた竿が強く引かれた。
「うわ‥‥わわぁっ!?」
 竿を放り出した男が後退りすると、音も立てず水の塊が鎌首をもたげる。
 ぬぅと伸びたソレに腰を抜かした男は、慌ててその場から逃げ出し。
「アヤカシだっ! アヤカシが出たぁーっ!」
 大声で叫びながら、里へ続く道を転がるように下っていった。

   ○

「アヤカシが出たとな」
「はい。今日の朝から釣りに行っていた者が、逃げ帰ってきました。何でも、一緒に釣りをしていた友人が、食われたと」
 村人の一人から知らせを聞いた村長は、「ふぅむ」と重い表情で唸った。
「ああ、恐ろしい。どうか、村には何事もありませんように」
「‥‥もふ?」
 知らせに来た村人は手を合わせ、頭を下げてもふらさまを拝む。が、拝まれたもふらさまは、のんびりもふもふと庭のお気に入りの場所で寛いでいた。
 もふらさまがそうしてのん気に構えておられる限り、村に大きな災いが降りかかる事はないだろう‥‥と、村長は『先祖代々の教訓』として伝え聞いている。
 だが近くにアヤカシが出たという知らせは、やはり一大事だ。
「アヤカシが出たという淵は、村を流れる川の上流。しかも、明日の夜には『七つ笹の笹流し』がある。早く退治をせねば、川を伝って里へ下りてくる事も考えられるのう」
「開拓者へ、助力を頼みますか?」
 心配そうに尋ねる村人に、壮齢の村長は頷いた。
「そうだのう。村の者にはくれぐれも淵へ近付かぬよう、そして川に注意するように申し渡しておくれ。もし川に何かが妙なモノでも流れてきたなら、すぐに知らせるよう」
「判りました」
 身体を折って深々と村長、そしてもふらさまへ一礼した村人は、慌しく庭を飛び出していく。
「これ以上、犠牲なぞ出ずにアヤカシが退治できればいいがのう。もふらさま、どうぞ村をお守り下さい」
「もふっ」
 庭へ降りて手を合わせ、もふもふと頭を撫でる村長へ、もふらさまは答えるようにのん気に一声鳴いてみせた。

 ‥‥実際のところアヤカシ退治に頼るのは開拓者であって、もふらさまは何をするでもないのだが‥‥。


■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179
20歳・男・巫
香椎 梓(ia0253
19歳・男・志
玖堂 真影(ia0490
22歳・女・陰
那木 照日(ia0623
16歳・男・サ
虚祁 祀(ia0870
17歳・女・志
雲母坂 芽依華(ia0879
19歳・女・志
天雲 結月(ia1000
14歳・女・サ
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ


■リプレイ本文

●一路、淵へ
 青々とした笹を手にした子供達が、賑やかに道を駆けていく。
「あ、笹‥‥」
 何気なく見送った那木 照日(ia0623)が、ふと思い出した様に呟いた。
「笹流し用、かな。子供達も、楽しみにしているみたいだね」
 傍らを歩く虚祁 祀(ia0870)も、照日と一緒に子供達を見送る。
 今日は、村の行事『七つ笹の笹流し』の日だという。
 聞けば、短冊に願いを書いて人の形に折り、七枚の笹の葉で作った笹舟へ乗せ、川に流すというもの。沈まなかった笹舟は天の川へと至り、願いが叶うらしい。
「なかなか風流な習慣だねぇ、と」
 顎の無精髭に手をやりながら感心し、鬼灯 仄(ia1257)は肩に担いだ三枚鍬(くわ)や熊手を担ぎ直した。
「こっちは、ちと風流とは言い難いが」
「まぁ、女の子達に持たせるのもね」
 くすりと笑う香椎 梓(ia0253)はタモ網、そして照日が釣り竿をそれぞれ数本ずつ運んでいる。
 アヤカシに出くわした釣り人と、食われた釣り人の家で話を聞いた開拓者達は、一通り必要と思われる道具を揃え、淵への道を歩いていた。
 男性陣ながら六条 雪巳(ia0179)が荷物を持っていないのは、女性と見まがう容姿‥‥のせいではなく、いろいろ危なっかしい為だ。
 代わりに釣り餌を預かったのだが、時おりおっかなびっくり小さな壷の中を確認する。
「この餌で、アヤカシも釣れるのでしょうか」
 興味深げな雪巳が手にした陶器の小壷には、オガクズと丸々太ったミミズ数匹が生きたまま入っていた。オガクズに埋もれて蠢く様は不気味なのだろうが、同時に物珍しいらしい。
「魚釣りにミミズは、割と基本的な餌なんやて」
 雲母坂 芽依華(ia0879)が説明する相手――天雲 結月(ia1000)は、淵に潜むアヤカシを『釣る』役目にチャレンジする。
「練り餌もあるけど、どっちが釣れるかな」
「う〜ん、どっちがええやろね?」
 首を傾げる結月に聞き返されて、芽依華の表情にも疑問符が飛んでいた。
 聞いた話では、二人の釣り人は別の餌を使っていたらしい。
「針に餌は、付けられる?」
 思い出したように玖堂 真影(ia0490)が尋ねれば、少女達は互いに顔を見合わせた。
 幼少の頃より、男児達と剣の修行に明け暮れたという結月。
 一方、『箱入り』というより『箱に入れられた』感で育った芽依華。
 何気に両者、釣りの経験はほぼ皆無だったりする。
「餌にする時、ミミズはどの様に針へ付けるのです?」
 雪巳の素朴な疑問に、表現を迷って真影はやや考え込む。
「生きたままザクッと、ですね。活きのいい方が、魚の食いつきもいいでしょうし‥‥アヤカシの食いつきは判りませんが」
 顔を見合わせた結月と芽依華は、まず照日を見やり、次に梓へと視線を移した。
「‥‥餌、付けてほしいんですね」
 こくこくと、同時に首を縦に振る少女二人。
「嫌です。って言ったら、どうします?」
 にっこり笑顔で梓が無情な返答をすれば、二人は揃って困り顔になり。
 それから我関せずと先を歩く仄を、追いかけていった。
「餌くらい、付けてやればいいのに」
「そうは言われても」
 突っ込む真影にも、すこぶる涼しい顔の梓。
「ああやって頼まれると、何だか急にいぢめたくなってしまうのです」
「香椎さんも、お人が悪い」
 おどけた風に、真影が口元を袖で隠してくふりと笑う。
「そういえば、地引網がないのは残念ですね」
 梓は聞こえなかったといわんばかりに、明後日の方を見ながら話題を変えた。
「仕方ないよ。地引網はそれなりに大掛かりな網だし、ここは漁村じゃないから」
 照日の荷物を半分持った祀が、周囲の畑を見回して首を横に振る。
「確か‥‥釣りは、趣味だっけ?」
 淵から逃げ帰った男に聞いた話を、改めて照日は思い返していた。
 恐怖の反動なのか男はやたらと喋り、遂には「釣り友達の仇を討ってくれ」と床に頭をこすり付けて、開拓者達へ懇願し‥‥。
「ともあれ、相手は水の中。こちらが引きずり込まれぬよう相手を引っ張り出して、必ず退治しよう」
 暗い表情の照日を案じてか、それとなく祀は声を張った。
 やがて村外れまで来ると、川を見張っている数人の村人達が、神妙な表情で次々に一行へお辞儀をする。
 何とも言えない心持ちで会釈を返し、八人は上流へ続く道を歩き始めた。

●水蛇釣り
「ほら、仕掛け終わったぞ」
「ありがと!」
「おおきに、鬼灯さま」
 嬉しそうな結月と芽依華から礼を言われた仄は、手拭いで川の水で洗った手を拭きながら苦笑する。
「ま、狙うんならこの辺りかね。やたらと竿を動かして、餌を切れるなよ」
「判ったよ!」
「釣れたお後は、あんじょうよろしゅう」
 念の為に声をかければ、笑顔の少女達は頼もしい返事をする。
「ま、釣りは力自慢の嬢ちゃん達に頼むとして‥‥後は、肝心のアヤカシか」
 淵を見やれば、水際から少し離れて立つ梓が束ねた髪を左右に振り、仄のいる木陰へ戻ってきた。
「気配は陸にも幾つかありますが、こちらは動物の類でしょう。淵の気配は、残念ながらはっきりしません」
 周囲の気配を探る心眼は、気配が判ってもそれが何者かまでは判らない。
「大きな音をたてるか、大声で話したり水面を揺らしてみたりして、人がいることをアヤカシに示してみます?」
「それだと、魚、逃げないかな」
 梓の提案に、照日がぽつと呟き。
「今回は魚釣りじゃなく、アヤカシ退治だから」
「あわわ、そっか」
 祀に指摘された照日は、着物の袖で口元を隠す。
「でも、襲われた人は釣りをしていたんですよね。襲われた人と同じ事をした方が、アヤカシも安心して出てくる‥‥という事は、ありませんか?」
 思案していた雪巳は、意見を求めるように真影へ小首を傾げた。
「逆に、警戒される可能性もありますね。それに、騒ぐと釣りする意味がないような」
「岸に上がるなら、いいけど‥‥川下へ逃げられたら、困る」
 心配そうに、照日が下流の方向へ目を向ける。
「皆、笹流しを楽しみにしているし‥‥私もちょっと、楽しみだし」
 良策を考えあぐねる者達を他所に、結月は釣り竿を振っていた。
 ちゃぽんと水音を立てて針が沈み、静かな水面に波紋が立つ。
「何にしても、出てくる気になるかは先方の気分次第だ。釣りで上手くいかんなら、その時は音を立てればいい」
 木陰の仄は、のん気にかますから煙管を取り出した。

 それから、待つ事幾らか。
 餌が外れると結月が竿を持ってくるので、仕方なく仄は餌を針へ付け直し。
 礼を言う結月は、嬉しそうに淵へ戻った。
 釣り糸が縄では普通の魚も釣れる見込みはないが、意外と本人は楽しんでいるらしい。
 やがて太陽が隠れ始めた頃、アタリとは違う感触が釣り竿に伝わった。
 ‥‥といっても、結月にはアタリとそうでない感覚の見分けがつかず。
「何か、かかったかも!」
 慌てて仕掛けを引き上げようとするが、途中でピンと縄が張って動かなくなった。
「あれ、れ!?」
 右左へ結月は釣り竿を引くが、やはり仕掛けは水面へ上がってこない。
「釣れたんやろか」
「判らないけど、動かないんだ」
 結月の様子に芽依華は紐を取り出し、袖が邪魔にならぬよう素早くたすきがけにした。
「ほな、一緒に引っ張ってみまひょ」
「もしかして、アヤカシ、ですか?」
 慌てて照日は川下の側でタモ網を構え、梓も熊手の柄を掴んで駆け寄る。
(「陰陽師は私一人か‥‥気合入れなくっちゃ!」)
 身構える真影もまた、川下へ回った。
「でもアヤカシにしては、暴れる様子もないよ?」
 照日の傍らでは、訝しむ祀が戸惑いながらも弓に矢を番える。
「全然動かないし、強力で思いっきり引っ張ってみるね!」
 結月がブーツを履いた足で地面を踏み直し、足場を確かめた。
 ハラハラしながらも、雪巳は弓を構える仄と草陰に身を隠して事態を見守り。
 ソレが水面に現れる瞬間を、待つ。
 だが強力を発現した結月が引くと、しなっていた釣り竿はバッキリと折れた。

●縄と蛇
「えぇっ!?」
 竿が折れた拍子に、結月が体勢を崩し。
「あきまへん、縄がっ」
 緩んで水の中へ飲み込まれる縄を、慌てて芽依華が掴む。
 その時、水の中から何かが跳ねた。
「危ねぇ!」
 距離を置いていた仄が警告し、雪巳は息を飲む。
 直後、小柄な身体が跳ね飛ばされ。
 ざぶんっ! と音を立てて、水飛沫があがった。
「あらっ、白‥‥とか、言ってる場合じゃなくて。芽依華さん、下がって!」
 頭から綺麗に水へ突っ込んで消えた結月に、縄を持ったまま茫然とする芽依華の手を真影が引く。
「アヤカシのいる川でひと泳ぎってのは、勘弁してもらいたかったが‥‥預かっててくれっ」
 肩に羽織った鮮やかな着物と煙管を雪巳へ投げ寄越した仄は、弓を引きながら淵へ駆け寄った。
 だが、飛び込むのを阻むように水面が持ち上がり。
 淵の深い濃い緑と似た色の蛇体が、再び水を跳ねた。
 それを目掛けて仄は矢を放ち、狙っていた祀も後に続く。
「何とかして、岸に上げて下さい!」
 巨体へ梓が熊手を振り下ろし、タモ網では無理だと判断した照日は、鋤に持ち替えて水をかいた。
 手を貸そうした芽依華だが、不意に引っ張られる感触に驚き、まだ掴んでいた縄を見つめる。
 力を込めていないのに縄はピンと張って、彼女の手の中を滑り。
 その先を目で辿った芽依華は、急いで縄を握った。
「誰か、手伝うてっ!」
 助けを求める芽依華の声に、あわあわと照日が駆け寄る。
「縄、切れてないん、ですか?」
「よう判らひんけど、なんや手ぇ放したらあかん気がして」
「判らないって‥‥あわわ!?」
 縄を持った照日は、引っ張る力に慌てて持ち直した。
「照日!?」
「えと‥‥引っ張って、みるっ」
 声をかけた祀へ答えるように、照日は腕へ意識を集中する。
 細く見えた腕の筋肉は隆起し、力を増した腕で照日は一気に縄を手繰り寄せ始めた。
 その間にも仲間達は水蛇が水中へ潜らぬよう、淵から出ぬよう懸命に注意を引いている。
 やがて、水の中からロープを握る手が現れた。
「鬼灯さんっ!」
 雪巳の呼びかけに、仄はロープを握った手を掴む。
 照日が引くロープの力も借りて、水に浸かった小柄な身体を持ち上げた。
「結月ちゃん!」
「ぷはぁ、空気がおいし‥‥げほっげほっ」
 安堵の色が混じった真影の声に、多少むせながら結月が大きく息をする。
 そんな彼女の後ろで、再び水面が盛り上がり。
 獲物を逃がすまいとするかのように、水蛇が音もなく現われ、口を開けて迫る。
「あたしの友達を食べるつもりなら、その前にこれを食らうといいわっ!」
 素早く真影が、一枚の符を抜き放った。
 斬撃符は一瞬で、白イタチの形をした式と成り、
 使役者の怒りに代わって、刃状の四肢をアヤカシへと振るう。
 同時に結月も残る力を振り絞り、抜き放った刀を深々と蛇の口へ突き立てた。
「これで、一矢、報いたからなーっ」
「結月さんっ。いま、手当てします」
 手にした石鏡の杖を雪巳が振るえば、爽やかな風がふわりと起きる。
 優しく結月を包んだ風は、重い四肢へと染み渡り、痛みを和らげて傷を癒した。
 その間に祀が矢を放ち、真影は式を放って水蛇の体力を削ぐ。
 縄を蛇の首に巻いて、一気に地上へ引きずり出した。
「平和な村を不安に陥れた罪。大地に還って償うがいいっ」
 業物を抜く梓の声は聞こえる中が、急に意識が遠のいていく。
(「僕だって‥‥騎士っぽい、台詞‥‥くらい‥‥」)
 戦いとは別な次元で歯噛みをし、結月の意識はそこで途絶えた。

●願い舟
 結月が目を覚ますと、そこは見覚えのない座敷の真ん中で、布団に寝かされていた。
「あれ‥‥あれ?」
「気がつきはった?」
 首を傾げていると、縁側で村のもふら様をもふもふしていた芽依華が声をかける。
「服、洗うて乾かしるんよ。勝手に脱がして堪忍な」
「いえ。えっと、アヤカシは?」
「お蔭さんで、ちゃあんと退治しましたえ。時間がもったいないさかい、着替えまひょ」
 にっこり笑んだ芽依華は立ち上がり、綺麗に畳んだ浴衣を結月へ持ってきた。

 川縁では、集まった村人が持ってきた提灯が、まるで蛍火の様に揺れている。
「あ、結月ちゃ〜ん!」
 村人に混ざって、真影が大きく手を振った。真影だけでなく、皆は川岸に揃っている。
「はい、短冊と筆です」
 雪巳から白い短冊を手渡され、結月はやっと皆が川に集まる理由を思い出した。
「もしかして皆、待ってたとか? それなら、急いで願い事を書かなきゃ!」
「焦って、書き損じるなよ」
 慌てて筆を手にする結月を、短冊片手に仄がからかう。
 彼の短冊には『一攫千金』や『酒池肉林』といった即物的な願い事が書かれているが、隠そうともしない。
「私は『弟といつまでも一緒にいられますように』、かな。雪巳さんは、何て書いたんです?」
 興味心身で真影が尋ねれば、特に隠す事もなく雪巳は短冊を見せた。
「『もっと外の世界を知りたい』です。開拓者になって友人が出来、神楽の都へ出て世の中を知り‥‥もっともっと、沢山の外の世界を見たいですから」
「皆、いろいろ考えてるんだね」
 感心した風な結月に、芽依華はくすりと微笑む。
「せやね。うちは、姉さんの分も用意しといて‥‥やっぱり『素敵な相手が見つかりますように』でっしゃろなぁ」
 互いに短冊の願いを語る仲間達は、自然と梓を見やり。
「私の願い? ‥‥ふふ、秘密です」
「え〜、ずる〜いっ」
「話しても、減らんと思うけどなぁ」
「天の川へと繋がる川とは、素敵ですよね。村の皆さんは、どんな願いを乗せるのでしょう」
 頬を膨らませて少女達が抗議するが、あくまでも梓はしらばっくれていた。

「祀は書けた?」
「うん。もう、決まってたから」
 尋ねる照日へ、祀はこくりと頷いた。そして『照日の幸せが、ずっと続くように。願わくばその幸せの中に、私がずっといられるように』と書いた短冊を、丁寧に人形に折る。
「じゃあ、私は‥‥屋敷の皆と、特に祀とずっと一緒にいられますようにっ。と」
 悩んだ末に小さく呟きながら、照日は綺麗な文字をさらりと綴った。
「‥‥聞こえるよ?」
「いいんだ。祀なら」
 照れたように、にっこりと照日が笑顔で答える。
「そういえば村長さんが、夜も遅いし今日は村に泊まって下さいって」
「そっか‥‥よかった」
「うん」
 そして二人はどちらともなく、互いにしっかりと手を繋いだ。

「‥‥出来た!」
 書き上げた結月は、満足げに短冊を見つめた。
『立派な騎士になれます様に‥‥更に白騎士と呼ばれたりすると、嬉しいな』
 そう書かれた短冊は、適度に墨が乾いてから人形に折り、笹の舟へ乗せる。
「それじゃあ、舟を流しますよ」
「もふもふっ」
 村長が笹舟を水に浮かべれば、わっと歓声が上がり、応援するようにもふら様が鳴いた。
 大人は提灯をかざして川の流れを見守り、子供は舟を追いかけて川岸を無邪気に駆け出す。
 ふと空を見上げれば、晴れた夜空に瞬く星の川が、静かに人々を見下ろしていた。