雪見年越 温泉宿
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 50人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/22 20:50



■オープニング本文

●大晦日の過ごし方
 年の瀬も近付けば、賑やかな神楽の空気に慌ただしさも入り混じる。
 新しい年を迎える準備は、どの家も着々と。
 都自体が丸ごと大掃除を始めていそうな風景を港から眺めていたゼロは、ふと一年前の事を思い返した。
「そういえば、去年の年末は‥‥面倒事に関わっていたのか」
 顔を知らぬ仲介屋から、『襲撃の身代わりと襲撃者退治』の仕事を請けて赴いてみれば、襲ってきたのは同じ開拓者。
 相手も潜んでいたのがゼロとは知らず、刃を交える事となり。
 命を落とす者がいなかったのは幸いだったが、仕組まれた対決を知って割って入った者達がいなければ‥‥果たして、結末はどうなっていたやら。
 お陰で正月を迎える準備もせずに年を越し、年が明けてから顔見知り達が大掃除をして、正月を迎えさせてくれたというか‥‥そんな感じの、年の始まりだった。
「今年の暮れは、穏やかに迎えたいモンだなぁ」
 着物の袖に手を入れ、ふっとゼロは冬空に呟く。
 そうしてぼんやりしていると、ごすっと後ろから炎龍 日方が頭を小突いた。
「‥‥なにしやがる、てめぇ」
 ぼやいて振り返る主に素知らぬ顔で、ちょっかいを出した炎龍は餌桶に頭を突っ込む。

 炎龍の名前『日方』は、ゼロの友人である神立静瑠の命名だ。面倒がったゼロに代わって、不憫だからと静瑠が付けた。
 何故だかゼロは、この炎龍とあまり仲が良くない。本人にも理由はよく分からないが、それを聞いた崎倉 禅は「似た者同士だからだろう」と笑い飛ばした。
 時に龍の手を借りねばならぬ事態に備えて、ある程度の信頼関係は築いておいた方がいい事はゼロにも分かっているのだが。

「そういえば、理穴の緑茂には朋友と入れる温泉宿があるそうですよ」
 炎龍を睨むゼロに気付いたのか、柵の間を回っていた朋友の世話役が声をかけた。
「龍もか? 風呂桶、潰れちまいそうだが」
「いえ、朋友風呂は露天の岩風呂みたいです。一年いろいろありましたし、温泉で龍の疲れもねぎらってあげるのはどうです?」
「‥‥疲れたって風に見えねぇぜ、こいつ」
 もりもりと餌を食い、盛大に水を飲み、炎龍はすこぶる元気そうだが。
「緑茂で、温泉か‥‥聞いてみるのは、いいかもなぁ」
 この一年で、彼の身辺も慌ただしく色々と変化した‥‥今は少しばかり、息をつく時かもしれない。
 わいわいと賑やかに、もしくはゆったり湯につかって年を越すのも悪くないかと、ぼんやりゼロは思案した。


■参加者一覧
/ 鈴代 雅輝(ia0300) / 羅喉丸(ia0347) / ヘラルディア(ia0397) / 奈々月纏(ia0456) / 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / 奈々月琉央(ia1012) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 乃木亜(ia1245) / 大蔵南洋(ia1246) / キース・グレイン(ia1248) / 鬼灯 仄(ia1257) / 周太郎(ia2935) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / 鈴木 透子(ia5664) / 千見寺 葎(ia5851) / 雲母(ia6295) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 以心 伝助(ia9077) / 霧咲 水奏(ia9145) / 鞘(ia9215) / 劫光(ia9510) / レグ・フォルワード(ia9526) / リーディア(ia9818) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / アグネス・ユーリ(ib0058) / エルディン・バウアー(ib0066) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / リン・ヴィタメール(ib0231) / 御陰 桜(ib0271) / 明王院 千覚(ib0351) / ニクス・ソル(ib0444) / グリムバルド(ib0608) / 透歌(ib0847) / 琉宇(ib1119) / ユリゼ(ib1147) / 无(ib1198) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / ケロリーナ(ib2037) / プレシア・ベルティーニ(ib3541) / リリア・ローラント(ib3628) / 桂杏(ib4111) / 八十島・千景(ib5000) / ソウェル ノイラート(ib5397) / 緋那岐(ib5664) / 壱岐 宗光(ib5846


■リプレイ本文

●緑茂の宿
「寒かったなぁ」
「早く温泉で、あったまりたいね」
 双子の緋那岐と柚乃は、一緒に雪避けの蓑傘を取った。忍犬 疾風も雪を纏った身体をふるふる振り、足拭き場所で土を落とす。
「おいらの雪、落ちないもふ〜」
「ちょっと待ってね、八曜丸」
 訴えるもふら 八曜丸に柚乃は手で雪を払うが、丸っこい姿に緋那岐が表情を強張らせた。
「がぁ〜っ、やっぱ無理! お、俺は、先に疾風と部屋に行くからな〜っ」
 逃げるように奥へ向った彼の後ろを、忍犬がとことこ追う。

「あの‥‥龍の宿は?」
 遠慮がちに尋ねるユリゼに、仲居が「あちらです」と別棟を示した。
「綺麗な藁を敷いていますし、湯たんぽも用意しますよ」
「よかった‥‥後で一緒にお風呂に入ろうね、フロージュ」
 安堵してそっと首を撫でるユリゼへ、駿龍 フロージュは嬉しそうに顔をすり寄せる。
 雪靴を脱ぐキースは服をくいと引かれ、見れば甲龍 グレイブが湯気の立つ一角へそわそわと目を向けた。
「そんなに、温泉が楽しみか?」
 言い当てられた甲龍は、嬉しげに喉を鳴らす。
「本当は、焔も連れて来たかったでやすね」
 少し残念そうな伝助の旅の供は、忍犬 柴丸。だが妬いたのか雪と温泉に興奮したのか、わふと吠えて廊下を猛ダッシュした。
「いきなりどこ行くんすか、柴丸!」
 丸まった尻尾は既に遠く、嘆息して伝助が後を追う。
「教育、間違ったっすかねぇ‥‥どこに行ったんすか、柴丸ー?」
「おや。先程の元気なもふもふさんは、もしかして伝助さんの忍犬でしたか」
 慌てるでもなく廊下を歩けば、途中でエルディンが声をかけた。
「多分。どっちへ行きやした?」
「それなら、あちらへ駆けて行かれましたよ」
「ありがとうございやす」
 会釈をして脇を抜ける相手を、にこやかにエルディンは見送り。
「そうそう。もふもふした集い『もふら部屋』をしますので、よければ顔を出して下さい」
「捕まえられたら!」
 振り返った伝助が、手を挙げて応じる。
「もふら部屋、ですか」
 惹かれる言葉に、千覚がもふら パウロへそっと聞いた。
「そうもふ。大部屋を借りて、皆でもふもふする集いもふ〜」
「楽しそうですね。ぽちと仲良くなるのにも、良い機会になりそうです」
 しゃがんだ千覚が撫でれば、忍犬 ぽちは尻尾を振る。
「お風呂で一年の疲れを流して、ふかふかにしてあげますね」
「パウロもしっかりと洗って、とびきり真っ白のもふもふにしますよ」
 もふもふなひと時を思うだけで、ほんわり気分になる二人だった。

「ふぅ。寒いね、マリー」
 朋友風呂に続く小道を甲龍 マリーと歩くリリアは、かじかむ手へほぅと息を吹きかけ。先を歩く二人組に、ふっと目がとまる。
「‥‥えーいっ!」
「わわっ!」
「うわ!?」
 息を潜め、勢いをつけて後ろからどーんと背を叩けば、当然驚く二人組。
「ちょ‥‥誰かと思えば!」
「リリアさんでしたか。驚きました‥‥」
 揃って振り返った雅輝と葎は口を尖らせ、あるいはほっとした顔をし。友人達へ笑んだリリアが、嬉しそうに二人の肩へぎゅっと腕を回した。
「お背中、流しますよっ」
「あ、えっ?」
「ああ、それなら葎にも言われたぜ。俺の背中、一つしかねぇけどな!」
 横でカラカラと笑う雅輝に、戸惑っていた葎は視線を泳がせる。
「その、鈴代さんへ恩を返さねば‥‥それでせめて、背中を流そうかと」
「‥‥それで?」
 かくりと首を傾げて続きを促すリリアに、雅輝は胸を張った。
「素直に洗われやるついでに、お前の背中も流してやるぞって言おうとしたんだけどな!」
 その前にリリアが『突撃』したらしく、言われた葎が急にうろたえる。
「は、‥‥僕はっ、いえ、貴方にそのような事させられません‥‥っ」
「遠慮するなって。調理で肩凝るからな、しっかり浸かっとくか!」
 駿龍と共に足を早める雅輝の後を、ついていく二人。
「せっかくだから白嬰と一緒に鈴代さんの龍も、洗ってあげようかな‥‥」
「えっと‥‥えっと、応援してますねっ」
 駿龍 白嬰を見やる葎を同性と気付かぬリリアは、今からマリーの陰に隠れていた。

●朋友風呂
「わぁ〜、広〜い!」
 湯気が漂う風景に桜は目を輝かせ、豊かな胸を文字通り弾ませて湯船へ近付いた。
「桃も綺麗にシてあげるわね♪」
 ウインクする桜へ忍犬 桃が尻尾を振る。広い朋友風呂は浅めの岩場や深い場所もあり、開拓者達が朋友と湯を楽しんでいた。
「さっぱりシた〜♪ 桃もおいで♪」
「わん!」
 先に身体を流した桜は、よく泡立てた泡で忍犬をわしゃわしゃ洗ってやる。
「ふふ。鈴麗、気持ちいい?」
 近くでは水着代わりにシャツを着た真夢紀が駿龍 鈴麗を前に、念入りに腕を動かしていた。
 ふと桜は、大きな駿龍と小柄な真夢紀を見比べて。
「大きい子って、大変そうね〜」
「でも、いつも頑張ってくれてますから。ここへも鈴麗が温泉に入りたいって‥‥ね、鈴麗」
 声をかける真夢紀に、駿龍はこくと首を縦に振る。
「ふふっ。仲がいいのね、桃とあたしみたい。桃はココんとこが、好きなのよねぇ♪」
「くぅ〜ん♪」
 無防備なお腹を桜がもふもふ泡立ててやれば、気持ちよさげに忍犬はごろんと寝転んだ。
「可愛いですね」
「でしょ♪ この首筋の桃の花っぽい模様が、きゅ〜となの♪」
「ああ、それで桃さん!」
 微笑ましげな真夢紀は、桜の説明にぽむと手を打ち。
「え、鈴麗? 鈴鹿ももちろん、可愛いよ」
 不安げだった駿龍は、その一言に尾をぱたんぱたんと上下させる。
「甘えん坊さんね♪」
「はい」
 くすくす笑う桜に真夢紀は頷き、念入りに洗った朋友へ湯をかけた。

「露天風呂‥‥は楽しみだったけど、ぼっ、僕は混浴だなんて、知らなかったんだからなっ!」
 湯に入る前から耳まで真っ赤になって主張するふしぎを、ぐいぐいと人妖 天河ひみつが引っ張る。
「今さら、何を照れておる。さぁ、ふしぎ兄、一緒に入るのじゃ」
「い、一緒って‥‥!」
「雪白と統真も、力を貸して欲しいのじゃ!」
 うろたえるふしぎの肩に、ぽむと統真が手を置いた。
「そういえば、ふしぎも人妖連れだったんだな‥‥諦めろ。俺は諦めた」
 促す友人の目は、どこかとても遠く。
 そんな統真を、湯着を着た人妖 雪白がつぃと一瞥する。
「諦めて‥‥まさか、ボクの裸を期待するような破廉恥な主じゃないよね?」
「す、するか!」
 即座に否定する統真がここへ来た名目は、最近連れ回してた人妖への『労い』だった‥‥一応は。
 友人二人が人妖二体に翻弄される一方で、駿龍 疾風を連れて来た千景もまた力いっぱい戸惑っていた。
「ここって‥‥露天風呂じゃないです!? それに、こ、混浴じゃないですか!」
「‥‥混浴でも、水着や湯着を着てるけどな」
「で、ですがそれでは、着てないも同然では‥‥ないですか‥‥!」
 説明する統真にも思わず千景は手で顔を覆い、見えぬよう駿龍の影へ隠れる。どうやら常から露出の少ない服を身に着けている彼女にとって、水着程度では裸も同然の感覚らしい。
「えっと‥‥千景、怪我は大丈夫?」
 場を取り繕うようにふしぎが尋ねれば、顔半分を出した千景はこくりと頷く。
「でも疾風を洗ってあげるのは、流石に難しそうですね‥‥この身体では‥‥」
「そういえば、千景は湯治を兼ねてだったな‥‥その身体で龍洗ったりするのも大変だろうし、手伝おうか」
 ぽしと統真も頭を掻き、それからはたと自分を見る小さな瞳に気がついた。
「いや、雪白をほったらかしにもしないが」
「ありがとうございます。よかったですね、疾風‥‥此処までの移動も、お疲れ様。せめて暖かいお湯に浸かって、ゆっくりして下さい」
 ようやく笑んだ千景に駿龍も首をもたげて、目を細める。

「丁度良く、陽淵を連れてこられたのは幸いだったな」
 肩まで湯につかった蒼羅はほぅと息をつき、湯船から見える雪景色に呟いた。
「色々と、良くやってくれたからな。今日はゆっくり休むと良い」
 彼の傍らで翼を休める駿龍 陽淵へ言葉をかければ、目は閉じたままで尻尾が動く。
「これからも‥‥宜しく頼むぞ、陽淵」
 そして蒼羅は身を任せていた湯の心地よさを振り払うように、立ち上がった。
「さて、折角の機会だ。年を越す前に、念入りに綺麗にしてやろう」
 既に汚れは落としているが、思い立って駿龍の頭を軽く叩いてやる。

 駿龍 風天と寛ぐ无も、緩やかな時間を過ごしていた。
「ギルドにも、寮にも行くようになったから、今年は少し忙しかったねぇ」
 駿龍を改めて見上げ、不意に「幼い頃から考えてみれば、自分も風天も大きくなったものだ」などと時の流れを噛み締める。
 それから何気なく洗い場の様子へ目をやれば、開拓者は皆、自らの手で朋友を洗ってやっていた。
「よ〜っし、綺麗にしてあげるね。ろんろん」
 小柄な琉宇は精一杯手を伸ばし、時に背へ上って駿龍 ろんろんを磨いている。
「いつも綺麗にしてあげているけれども、今日はもっと特別だからね。鬼咲島の合戦とかも含めて一年、頑張ってくれたし」
 精の出る様子に微笑ましく見守っていれば、无の視線に気付いたのか。
「うん? あの冬瓜が気になるのかな」
「冬瓜?」
 ふと気付けば、龍の足元に転がる冬瓜‥‥何故と无が問うまでもなく。
「後でゼロさん達と冬瓜割りをしようかなって。それでお鍋か何かを作れるといいね。あったまるし、おいしいし、ろんろんも一緒に食べるかな?」
「龍も食べられる‥‥と思いますけど、その前に」
「あっ。まだ食べちゃ駄目だよ、ろんろん!」
 視線を追った琉宇は背後で冬瓜を見つめる駿龍に慌て、无は自分の駿龍を撫でる。
「手伝いなどは必要もない様子。身体でもほぐしましょうか、風天」
 湯に浸していた翼を駿龍はざばりと持ち上げ、途端に湯気で曇る眼鏡に无が苦笑した。

●降る雪に
 女湯と男湯は内風呂だが、湯船から風景が楽しめるよう小窓が設けられていた。雪景色に露天温泉は見えないが、繰り出した者達の様子を思えば賑わいは容易に想像できる。
「ここは静かで、丁度良い」
 ゆっかりと腕を伸ばし、足を伸ばして寛ぐのは雲母。
 湯船の一番奥、即ち最も窓に近い側で銚子を入れた湯桶を浮かべ、一人悠々と雪見酒に興じていた。
「‥‥また、雪か」
 視界を過ぎった白いソレに気付き、僅かに雲母が眉をひそめる。
 宿の者の気遣いもあって、アーマー 覇装は雪がかからぬ屋内に駐機した。それでも寒さは、彼女に馴染まず相容れぬ。
「寒い中を寺まで行くのは、面倒だなぁ」
 ぼやいて、湯に身体を揺蕩わせる。臓腑に沁みる酒の熱さと、肌を滑る湯の温もりに、降り始めた雪と突き刺す様な冷気の中を動き回る事が酷く億劫に思えた。

「ヘラさん、いる?」
 浴場の戸が開き、ひょこりと顔を覗かせた鞘にヘラルディアが手を振る。
「鞘様、こちらです。装様はよろしいんですか?」
「うん。今年は世話になったから、先に朋友風呂で丁寧に磨いてあげてきたよ。でも水着を着てたら、自分の身体も洗えないしね」
 甲龍 装を労わろうと鞘はワンピースタイプの水着を着て、奮戦してきたらしい。それを聞いて、ヘラルディアも笑顔を返した。
「きっと喜んでいますよ、装様。ポザネオは‥‥自由にしてもらってます。猫、ですしね」
「そうだね。そういえば、朋友風呂で見かけたような」
「ふふ‥‥楽しんでいました? 今年は本当に色々忙しい日々を過ごして参りましたが、それはわたくし自身のみで成し遂げられたものではなく‥‥ポザネオが居てこその事ですから」
 ヘラルディアの猫又 灰色猫のポザネオを話題にしながら湯浴みする二人に、乃木亜もミズチ 藍玉を思い出す。
「藍玉、拗ねてるかな」
 こうして一人で女湯に来たが、同行したミズチは寂しそうで。
「ですが‥‥混浴とか、混浴同然とか、無理です‥‥」
 思うだけで、頬に手を当てた乃木亜は湯船の隅でぶくぶくと沈んだ。

 一方の男湯でも、静かな風呂を楽しむ者達がいた。
(開拓者となって以来、約半年。こうして振り返ってみれば、色々と忙しい日々でしたね‥‥)
 広い風呂だがモハメドは隅へ座り、粛々と駆け回った半年を思い返す。連れて来た駿龍 ムアウィヌンは専用の宿で休んでいるか、もしかすると朋友風呂で湯に浸かっているかもしれない。しかし混浴である以上、そこへ足を踏み入れる事など彼は出来ない相談だ。
(後ほどムアウィヌンの宿へ行き、身体を拭いてあげますか)
 目を閉じて湯の感触を楽しみながら、そんな事をモハメドは考えた。

「静か、だよなぁ」
 存分に湯を使いながら、緋那岐はぽつと言葉を落とす。
「ま、貸切っぽくていいか。でも来年こそは、コレを克服‥‥と思ってんだけどな」
 湯船の縁に腕を組み、頭を乗っけてへふりと嘆息する緋那岐。
 幼少の頃、大量のもふらにもみくちゃにされて以来‥‥どんな小さなもふらでも、彼にとっては『天敵』と言える存在になった。妹のもふらすら目にしただけで身体が固まる、言わば『もふら恐怖症』なのだ。
 風呂へ来る途中にも、何やら『もふら部屋』とか心凍る言葉を耳にしたが、絶対に近付かないと固く心に誓って男湯にいる。
「後で、疾風と善哉を食べに行くかな」
 宿から離れれば安全かもしれないと、緋那岐は思案した。

「大丈夫か? しっかり掴まっておけよ?」
「う、うん‥‥」
 露天風呂では、確かめる琉央に纏がおっかなびっくりと頷いた。
 眼鏡を外した纏の視界は全てが酷くぼんやりと頼りない。頼りになるのは両手で胸に抱きしめる様に掴んだ、琉央の力強い腕。
「湯、かけるか」
「お願いしてもええ?」
 答え代わりにぽんと頭を撫でられた纏はそっと腰を下ろし、自由な側の手で琉央がゆっくりと湯をかける。淡い青のビキニにタオルを巻いているが、温かい湯の感触に纏はほぅと目を閉じた。
「おおきに、琉央」
「いいさ。湯船に入る時は抱き上げるか?」
「そ、それは、うち‥‥!」
 気恥ずかしさに慌てて立てば、ふっと足が滑り。
「ひゃっ!?」
「うわっ!?」
 転びかけて思わず纏は広い背中へしがみつき、琉央も背中の感触に焦る。
「る、琉央? 痛かったやろ?! 堪忍な?」
「だっ、大丈夫だ、俺は。ゆっくりと、な」
 お互いに赤面し、どきまぎしながら湯に浸かった。
「ええ湯加減や。気持ちええわ〜♪ 琉央も心地ええ?」
「ああ。よかったら、一緒に飲むか?」
 縁に置いていた銚子の入った桶を、琉央が湯に浮かべる。
「心の準備をしても‥‥難しいもんだな」
「どないかしたん?」
 きょとんと尋ねる纏に「何でもない」と琉央は杯を渡し、二人きりの雪見酒に興じた。

●湯波の狭間
「パウロが、まるで羊の様です。これはこれで可愛らしい♪」
 もふもふともふらを洗っていたエルディンが、くすりと笑う。もふもふの毛と石鹸で泡立った身体は、一回りほど大きく見えた。
「もふ〜、僕も神父様を洗うでふ〜」
 そんなもふもふもこもこのまま、もふらはエルディンへじゃれつき。洗っているのか洗われているのか、ひとしきり戯れた後に泡を流す。
「ではパウロ、もふら部屋へ参りましょうか」
 しっかりと毛を乾かした後に大部屋へ向かえば、先客達が待っていた。
「エルディンさん、お誘いありがとうございます」
「もふら部屋‥‥とても魅力的な響きだったので、八曜丸とお邪魔してみました」
 忍犬を撫でる千覚ともふら連れの柚乃が、並んで会釈をする。
「しんねん、はつひので♪ けろりーなわくわくですの☆ もふらてすもわくわくですの〜♪」
「もふ〜」
 楽しげなケロリーナに、もふら もふらてすももふもふ尻尾をぱたぱた振った。
「ではもふら部屋へゴーです、もふリルさんっ」
「リーディアちゃん、ゴーもふ〜!」
 ターンッと障子を開けて『参戦』したのは、リーディアともふら もふリルさん。
「わ、もふもふ‥‥一杯‥‥」
「お友達一杯もふ〜♪」
 途端にほわ〜んとリーディアの表情が綻び、もふもふの輪へ加わる。
「見事に、もふもふだな」
「ゼロおじさま〜♪」
 てててて〜と走っていったケロリーナが、リーディアに続いて顔を出したゼロへ抱きついた。
「ゼロおじさまも、もふらさま〜♪ じゃないですの‥‥」
「じゃねぇよ」
 残念そうなケロリーナの頭を撫で、浴衣姿のゼロが苦笑する。
「では、よろしければ私をもふりませんか!」
 どこか清しい声に、一同が振り返れば。
 ニコニコと慈愛の笑みをたたえ、子羊達よ飛び込んでおいでとばかりに両手を広げた、まるごともふら姿のエルディンがそこにいた。
「刀、取ってきていいか」
「刃傷沙汰は御法度ですよ、ゼロさんっ」
 目が笑っていないゼロを、あわあわとリーディアが止める。
「あ、ゼロさんだ〜! しっぽ、もふもふする〜?」
「いきなり、何を言うのっ!?」
 狐尻尾をふさふさ振るプレシアに、人妖 フレイヤが慌てふためいた。
「エルディンさん‥‥プレシアさんは、もふもふに入るの?」
「ふむ。難しいですが御本人がもふもふしても大丈夫なら、いい気もします」
「ボクももふもふ〜☆」
 素朴な柚乃の疑問にエルディンが答えれば、嬉しそうにプレシアはぴょこんともふもふの輪に加わって。近くに座っていた忍犬を、おもむろにもふもふする‥‥が。
「この子、ドコの子でしょう?」
 自分の忍犬を撫でながら、不思議そうな千覚。
 そこへ再び、勢いよく障子が開け放たれた。
「ゼロさん、うちの柴丸を見‥‥って、柴丸!」
 尋ねた伝助が声を上げれば、途端にプレシアの隣にいた忍犬が急に立ち上がる。
「まだ、逃げ足りないでやすか!」
 手を伸ばす伝助に忍犬はプレシアを盾に回り込み、廊下へ逃亡した。
「こらっ、お騒がせしやした!」
「あいつもナンか、大変だなぁ」
 追跡を再開する伝助をゼロが見送り、細い指がその袖をくぃと引く。
「ゼロさん、お鍋。お鍋が食べたいです。あったかくてグツグツ煮て味が出たのを、みんなでいっしょに食べたいです」
 わくわくとした目で、彼を見上げる透歌が訴えた。
「美味しいとかあつあつとかもあるんですが、みんなで同じのをいっしょに食べるっていうのが家族って感じで、楽しいかなと。春風とは、いっしょに食べられないですし‥‥」
 透歌の駿龍 春風はさすがに座敷へ上がれるサイズではなく、一緒に食事を取る事も出来ず。
「じゃあ、お風呂でご飯〜? やった〜!」
「違うから!」
 相変わらずズレた方向に喜ぶプレシアへ、人妖がまた突っ込みを入れた。
「あー‥‥ここで飯、食ってもいいか? その、透歌の奴、皆でわいわいと飯を食うのが好きなモンでな」
 申し訳なさげにゼロが尋ね、エルディンは少女達と顔を見合わせてから笑顔で頷く。
「勿論です。私達も一緒に戴きましょう」
「リーディアも構わね?」
「はい、賑やかな食事は楽しいですしね」
「ありがとよ。じゃあ、一緒に頼みに行くか」
 妻の答えにゼロはほっとして、透歌の頭へぽんと手を置いた。
「もふリルさんも、遊んでらっしゃいです。私は‥‥他の子達をもふってましょう」
 送り出したリーディアは、遠慮なく千覚の忍犬をもふってみる。
「ぽちさん、素敵なもふもふなのですよ」
「はい。ぽっかぽっかに温まってから、ブラッシングでふわもこに‥‥みなさんも、もふもふです。ぽちも負けずに、皆さんにもふもふして貰いましょうね」
 言葉をかける千覚へ、リーディアにもふられながら忍犬は嬉しげに尻尾を振った。
「輝く白いもふ毛となったパウロの、この触り心地も最高です。リーディア殿のもふリルも、素晴らしいもふっぷりですね」
 念入りに洗ったもふら達の毛もふかふかのほかほかで、うっとりしたエルディンが心置きなくもふもふを堪能していた。
「もふらさまいっぱい♪ もふらさまを雲の絨毯のようにして、たっくさん楽しみたいですの」
「み〜んなで、もふもふ〜」
 うっとりするケロリーナに、もふらに混じったプレシアがきゃっきゃとはしゃぐ。
「もふりおさめ。年が明けたら、もふりはじめに‥‥良ければ、一曲」
 このひと時の記念にとお気に入りの横笛を取り出す柚乃は、もふらが苦手な兄の存在もすっかり抜けている様子で。
 調べを聞きながら、千覚がもふもふの毛並みを丁寧にブラッシングした。

「あっちは楽しそうだな。旅の宿に顔見知りも揃えば、当然か」
 もふら部屋の賑わいに、くつとレグが笑う。
「ギルドでレグに会えて‥‥来てくれて良かったよ。一人で来るより、誰かと一緒の方が楽しいし」
 猪口を片手に、ほっとソウェルは暖かい息を吐いた。
「今年の疲れを癒しての年越しも、悪くなかったしな」
 湯気越しに、レグの仕草をソウェルは何気なく見つめる。
「外さないの、眼鏡」
 部屋の中、夜だというのに彼はサングラスをかけたままだ。
「馴染んでるからな」
「そういうもの?」
 その表情を見れば、もう少しレグを知る事が出来そうな気がする。
(あの人に似てる‥‥気が、するんだけどな)
 ソウェルが小さい頃に憧れ、亡くなって10年以上の時を経ても、どうしても忘れられない幼馴染に。
「‥‥また、毎度の妙な事を言うんじゃあないだろうな」
「どういう意味よ」
 おどけた風なレグにソウェルは声のトーンを落としたが、箸を止めて考え込む。
「でも思う存分温泉に浸かって、日頃の疲れは取りたいな‥‥この後、一緒に入る?」
「ばっ‥‥!」
 冗談混じりに問えば、一瞬レグが言葉に詰まって狼狽した。
「馬鹿じゃねぇのか。確かにやる事っつったら、ゆっくり温泉に入って酒でも飲むかってくらいだけどな」
「あ、やっぱり」
 予想していたのか笑ってソウェルが引き下がり、密かにレグは胸を撫で下ろす。
(まったく。昔は兄貴の後を着いて回ってたガキが‥‥こうも無駄に、色っぽくなりやがって)
 宿に着き、別々に一風呂浴びた二人は、浴衣姿で鍋をつついていた。
 湯上りの浴衣が着崩れれば、ソウェルはそっと襟を摘まんで直す。そんな仕草は、彼の記憶にない艶っぽさがあって。
(そりゃあ、いい歳だもんな)
 故あって、ソウェルは幼馴染の自分が死んだと思っている。だから今の自分は『死んだ幼馴染とよく似た別人』で、レグ自身も『正体』を明かす気はなく。
「じゃあ除夜の鐘を聞きながら、お酒でも?」
「う〜ん。鐘に興味があるなら、行ってみるか」
 逆に誘えば「それもいいかな」とソウェルは銚子を取り、レグの猪口へ酌をした。

「ほら、今やったらだぁれもいーひん。杏はんとうちの二人きり、遠慮のう話してくれてええんよ」
 露天風呂へ桂杏を誘ったリンがはんなりとした微笑みで促せば、桂杏は小さくソレを口にした。
「兄様、は‥‥開拓者になる事など許さん‥‥て」
 打ち明けられたリンは、「あらあら」と少し苦笑う。
 その言葉が、兄妹喧嘩の発端。
「兄様は、頭が固いのです」
 憮然として口を尖らせる桂杏へ、小首を傾げたリンは続きを待った。
「お前は婿をとって、大蔵の家を守ればそれでよいのだ‥‥とか。それじゃあ、まるで私、私‥‥」
 拳を握り、ぎゅっと口唇を噛む。
 無骨で不器用な兄が言わんとする事は、何となく分かっていた。平々凡々、安穏で幸せな日々を‥‥そう、願っているのだろうが。
 そんな桂杏の姿に、ふっとリンは黒い瞳を細める。
(しっくりせん大蔵はんと杏はんの仲、取り持ってあげんとなぁ)
 そして美味しく仲良く三人で善哉が頂ければ、何よりの年越しだ。
「杏はん。お湯から上がったら、うちとお参りに行かへん?」
 柔らかなリンの誘いに、桂杏は考えた末に首肯する。

 その頃、雪に囲まれた炎鎮寺への石段では。
「はぁっくしょん!」
 盛大なクシャミが一つ、落ちた。

●炎鎮めの寺
「やはり、冷えるか」
 不意のクシャミに、南洋は鼻の下をぐいと擦る。
 土壁に囲まれた炎鎮寺の門は、石段の先にあった。
「それはそうと南洋、あの娘の事はどうするの? そないなまんまで、年を越すつもり?」
 足元から、三毛猫の猫又 浦里がしゃがれ声で聞く。
「四の五の言わんと頭を下げて、俺が悪かった言うたらええやない」
「‥‥そうも簡単には、いかぬのだ」
 白い息を吐いて南洋が石段を上り、呆れた風な猫又は音もなく後を追った。

「見よ地衝」
 門前でからすが振り返り、彼女へ鉄傘を差し掛ける土偶ゴーレム 地衝に広がる光景を示す。見下ろした夜の一角で身を寄せ合うような灯火は、年を越す緑茂の里の明かりだ。
「たった一年だ」
 しばし里を眺め、淡々としてからすが呟いた。
「たったの一年で、ここまで復興した。大アヤカシ『炎羅』が攻めてきたとは思えぬ光景だ」
「ヒトの生命力、侮れないものでござるな」
「アヤカシの誤算は、そこだと思う」
 小さく首肯してから踵を返す主人に倣い、土偶ゴーレムも軽く頭を垂れてから寺の門をくぐる。手水舎で身を清め、本堂の前で賽銭を投げ入れて手を合わせれば、ふと土偶ゴーレムが問うた。
「願い事は?」
「開拓者である限り来年も波乱であろうから、それを乗り越えられるように」
「では、拙者もその様に」
 一人と一体は瞑目し、祈願の後に一礼する。
「こんばんは、からす。来ていたんだな」
 参拝を終えて本堂を離れた彼女へ、声をかける者がいた。
「蒼羅殿か」
 さして驚いた様子もなく、会釈を返すからすと土偶ゴーレムに蒼羅が頷く。
「暇があったから来てみたら、姿を見たのでな。挨拶ぐらいはしておくべきだろうと思った」
「殊勝な事だ」
「そうか?」
 僅かに苦笑を返した蒼羅だが、軽く一礼し。
「混雑する前に俺も参拝を済ませてこよう。では」
 蒼羅の背を見送り、改めてからすも本堂へ目礼した。
「共に戦い、そして散った戦友達に感謝を。冥福をお祈りする」

「ゆっくりと眠り、緑茂の里と森を見守っていてくれ」
 手を合わせた羅喉丸が祈れば、同行する人妖 蓮華もまた目を閉じる。
 緑茂の戦いと、それに到るまでのアヤカシの侵攻で亡くなった者達を悼む慰霊碑へ羅喉丸は酒を供えていた。
「戦いより、一年か」
「ああ、これもいい機会。あの合戦に参加した身としては、こうして霊を慰めたかったからな」
「じゃが一年程度では、森は戻らんものじゃ」
 厳しい人妖の言葉に羅喉丸は顔を上げ、夜に沈む理穴の山々を見る。焼けた森が戻るには、膨大な年月が必要だろう。
「生きている事を感謝せねばな」
 ‥‥人も、森も。
 白い息を吐き、再び羅喉丸は慰霊碑へ頭を下げた。

「これって、人の煩悩でも払ってくれるのかな」
 むぅと真剣な表情で、フラウは鐘楼を見上げていた。
「逆に煩悩が増えたりして」
「それ、すっごく困るんだけど!」
 唸るフラウに、外套の襟から顔を出した猫又 リッシーハットがククッと笑う。
 一年間、無事に過ごせた感謝と鎮魂の気持ちを込めて参拝に来たフラウの次の目的は、煩悩を払うという除夜の鐘をつく事。この場にいない『相方』の煩悩を、出来れば徹底的に清め祓いたいところだった。
「除夜の鐘って、寺の関係者さんでなくてもいいのかな?」
「大丈夫みたいですよ」
 彼女の素朴な疑問への思わぬ返事にそちらを見れば、ひょこと葎が会釈をした。
「なぁ。善哉って、鐘をつかないと食べられないのか?」
「雅輝さん、善哉がお目当てなんですね!」
「そっ、そういう訳じゃあないぞ、リリア! 寺へ失礼が無いように、ちゃんと頭も下げてだな!」
 言い合う雅輝とリリアをキースが見守り、友人達の様子に葎も笑む。
「仲がいいのね」
「ところでフラウ、そのメイド服は‥‥」
 ほのぼのと眺めていたフラウだが、猫又の指摘にぼんっと赤面した。
「な、何もいま聞かなくても、いいじゃない!」
「可愛いですよ〜」
 物怖じしないリリアの笑顔に、うぐとフラウが言葉に詰まる。
「か、可愛いとか‥‥言わないのっ。仕方ないでしょう? とある場所から直接、来たんだから‥‥」
「なるほど。俺は、そういう趣味なのかと」
「ち、違うわよ!」
 からから笑う雅輝へ全力否定し、キースと葎は顔を見合わせて。
「まぁ、鐘をつくのも手順があるからな。良ければ一緒に、どうだろう?」
「そ、そうね。教えてもらおうかしら」
 キースの誘いを、有り難くフラウは受けた。

「ぢぇーーーいっ」
 気合い一発、頭から突っ込みそうな勢いで、力いっぱいリリアが鐘をつく。
 がごぅぅん‥‥と重々しい音が辺りへ響き、寺を囲む森へ吸い込まれていった。
 反動で振れる撞き木を止めようと踏ん張ったリリアは、鐘楼から降りながらぱたぱたと手を振る。
「あ、あいたた‥‥これで私の煩悩、消えたのかな?」
「消えてるといいですね」
 こくりと葎が頷き返せば、途端に彼女は満面の笑みを浮かべ。
「さ。善哉、貰いに行きましょうっ♪」
「もう煩悩が戻ってるぞ」
「こ、これは違います!」
 雅輝にからかわれ、わたわたと主張するリリア。
「葎はつかないのか、鐘」
「鐘の音を聞くだけでも、御利益はありますから」
 気遣うキースへ、珍しげに周囲を見回す葎が頷く。
「じゃあ、あたしが並んできてあげるわね!」
「あっ、私もお手伝いしますよー!」
 メイド服のスカートを翻すフラウに続き、リリアも善哉をもらう列へ駆け出した。

「ほんにええお湯どしたなぁ。杏はんと温泉に浸かれるやなんて思わへんどしたわ」
「でも、ひどい奴だよな。そいつ、桂杏の事が嫌いなんだな」
 ほわと微笑むリンに風呂での事を聞いた人妖 百三郎が憮然とし、どう話したものかと桂杏が苦笑する。
 その矢先だった‥‥バッタリと、喧嘩中の兄妹が顔を合わせたのは。
 どう切り出すか、何を話せば良いのか、互いの出方を窺うような微妙な空気の中で。
「あ、そこ滑りやすうなってるから気つけな‥‥あぁっ!?」
 凍った石畳にリンが注意をした矢先、つるりと自分が足を滑らせ、雪に尻餅をついた。
「大丈夫です?」
「‥‥」
 桂杏が心配する一方で南洋は背を向けるが、彼の肩は微かに震えていて。
「何笑ろうてはるの、大蔵はんいけずやわ‥‥えいっ」
 近くの雪をリンは団子に握り、笑う背へ投げる。
「こら、何をするっ」
 肩越しに南洋が咎める間もリンはふざけて雪玉を投げ、思わず桂杏もくすくす笑った。ようやく雪解けそうな空気に、リンは二人を善哉の列へ誘う。
「杏はんも、思う事遠慮せんといわはったらええんとちゃうかな。なんやきづつないと思うんやけど、うち‥‥あ、大蔵はん、ほら」
 湯気の立つ椀を二つ、南洋に差し出した。
「杏はんに、渡してくれはらへん?」
 にこにこと笑顔で頼まれた南洋は、仕方がないと妹へ椀を向け。
「桂杏、熱いから気をつけろ」
「ありがとう、兄様‥‥リンも」
 礼を言う妹が、兄の手から椀を受け取る。
「二人とも、なに願わはったん?」
「私は、別に‥‥」
「うむ。大した事ではない」
「なんや、揃ぅて内緒なん?」
 そうして仲良く善哉を吹く三人に、背へ人妖を乗せた猫又がやれやれと尾を揺らした。

「あつっ」
 伸びる餅を頬張った透歌ははふはふと息を吐き、椀を両手で覆った真夢紀が熱い善哉をすする。
「善哉、楽しみでしたの」
「美味しいですよね」
 鐘をつきに来た真夢紀と透歌の会話に、ふと乃木亜は貰った善哉を慰霊碑へ椀を供えた。
「戦いで命を落とした方にも家族がいて、帰らなかった事を悲しんでいるでしょう‥‥同じ思いをする人が出ぬよう、非力ですが力を尽くしていきたいと思います。ですから、安心して眠って下さい」
 決意を口にして、そっと手を合わせ。
「戦いでは、あまりお役には立てませんでしたけれど‥‥参加した甲斐は、あったのかな」
「ピィ」
 甘えて鳴くミヅチを乃木亜は撫で、自分の善哉を貰いに行った。

●湯煙懇話
「たまには、ゆっくりすんのも良いよな」
 朋友風呂で座す駿龍 ウルティウスに、肩まで浸かるグリムバルドも息を吐いた。
「御一緒しても、いいですか?」
「え、わわっ!?」
 ふと断る声にグリムバルドはわたわた焦り、そんな彼へ駿龍がのしと顎を乗せた。
「ウル!? ルゥもいつの間に‥‥」
 二重に慌てる恋人に、駿龍 フィアールカを連れた水着姿のアルーシュがくすと微笑む。
「ウルティウスさん、お背中流しましょうか?」
 アルーシュが問えば、老いた駿龍は身を起こして応じた。二頭の駿龍を洗う恋人に、彼も一拍遅れて手伝う。
「個体差と重ねた年数‥‥同じ駿龍でも、こんなに手触りが違うんですね」
「そうだな」
 労わる様に二頭を洗い上げれば、アルーシュは桶に入れた瓶と器を並べた。
「リンゴの果汁です。これなら、皆で飲めるでしょう? さ、一杯どうぞ」
 龍達にも杯代わりの皿へジュースを注いだ彼女の手から、グリムバルドは瓶を取る。
「ルゥのは、俺が」
「ありがとうございます」
 酌を受ければ、遠くから鐘の音が聞こえてきた。
「開拓者になって、好きな人が出来るとは思ってもみなくて。来年も沢山の行事や場所‥‥隣に、一緒に居て良いですか?」
 顔を上げ、改めて尋ねるアルーシュの瞳をグリムバルドはじっと見つめ返す。
「勿論だ。いま楽器を練習してるんだが‥‥よければ今度、歌ってくれないか」
「はい、喜んで‥‥来年も、宜しくお願いしますね」
「俺の方こそ」
 屈託ない笑みを返すグリムバルドと、アルーシュはグラスを合わせた。

「除夜の鐘、か」
「今年も、終わりますな」
 しみじみと呟く周太郎へ、傍らの水奏も感慨深げに天を仰ぐ。二人は互いに朋友を交えて一年の疲れを落とし、年越しを迎えていた。
「崑崙。一年の疲れ、取って頂けたでしょうか」
「たまにゃ温泉ぐらいいいだろ、ニムファ」
 呼ぶ声に顔を上げた朋友達は、気遣って離れた甲龍 崑崙の背でミヅチ ニムファが雪と遊んでいる感だ。だが動いた拍子に雪だるまは崩れ、「んゅー」とミヅチが不満げな声をあげる。再びそっと甲龍が頭を下げ、仲のいい様子に周太郎は苦笑した。
「で、年が明けたらどうすんだ」
「せっかく理穴に来たのです。拙者の故郷にも足を伸ばしませぬか、周殿」
 誘えば返ってくる複雑な表情に、水奏は小さく首肯する。
「丁度、親戚の方々も顔を出されていると思いまするし、是非とも一緒にご挨拶を」
「あ〜‥‥集まった親戚に挨拶って、せんとダメか‥‥入り婿ですって言うのかねぇ」
 慣れぬ親戚付合いを思う周太郎の顔を、ひょいと水奏が覗き込んだ。
「ふふ‥‥どなたもお優しい方に御座いまする故、ご安心下さい」
 瞳を合わせる恋人へ、ふっと彼も肩の力を抜く。
「じゃあ、今はせいぜいダラけようか」
「そう致しましょう」
 大切な者と迎える新しい年、そっと肩へかかる愛しい重さに周太郎は目を閉じ。
「うゅ、うゅ」
 雪だるまが出来て満足げなミヅチの声に、二人は揃って笑った。

「約束はジルベリアで雪見温泉だったけど、天儀の雪も悪くないわね」
「ああ。そして一緒に、雪見酒でもどうかと思ってね」
 湯に浮かべた酒と杯をニクスが勧め、ユリアは満足げな笑みを返す。互いにジルベリア出身の二人、雪など見慣れた存在だが、異郷での光景はまた違った趣があった。
「こういう湯に浸かってというのはまた、新鮮なものだな」
 ユリアへ杯を渡した後、自分の分を取ろうとするニクスを細い手が制し。
「雪を眺め、月を杯に映したら、雪月花ね。花はいわずもよ」
 片目を瞑る彼女に頷き、ニクスは一つきりの杯へ酒を注ぐ。
 露天温泉も、今は二人きり。ニクスの駿龍 シックザールとユリアの炎龍 エアリアルは、朋友風呂で寛いでいる。懇意である龍同士、主人の事を話しているかもしれない‥‥例えば「主はユリア殿と付き合い始めてから、随分明るくなった」などといった風に。
 杯を重ねたユリアは火照りを冷ますように、岩の縁へ腰掛けた。落ちてくる雪へ手を伸ばすが、雪はすぐに溶けてしまう。伸ばした腕に手を添えて、ニクスはそっと後ろから恋人を抱きしめた。
「君は目を離していると、いつの間にかいなくなっていそうだからな」
 囁くニクスへ寄りかかったユリアは、身を捻って彼を見上げる。
「一年の終わりが来て、新しい年が始まるわね」
「そうだな。来年も、このまま君と過ごせるように‥‥」
「ええ。重ねる時が何処まで続くか、分からないけど‥‥HAPPY NEW YEAR、ニクス」
 そして恋人達は、キスを交わした。

●新しい年に
「雪見温泉! 雪見酒‥‥!!」
「おぅ、いけるクチなら一献どうだ」
 ぐっと拳を握るアグネスに、酒を乗せた盆を浮かべた仄が杯を勧める。
「いいの? じゃあ、御相伴に預かるわね」
「ああ。華もなけりゃあな」
「悪かったな、華でなくて」
 先に仄と付き合っていた劫光は苦笑い、傍らでは人妖 双樹が湯を楽しんでいた。
「この子も連れて来てたんだ」
「温泉、温泉ーと、煩いんでな‥‥よぅ、ゼロ。奇遇だな」
 朋友連れの友人夫妻を見つけ、劫光が話題を変えるように手招きする。
「炎龍と上手くやれてないって? 双樹なんか言ってやれ」
「え? えっと、リボンをつけてあげると仲良くなれますよ♪」
「‥そりゃお前の欲しいもんだろが」
 笑顔で助言する人妖に、劫光は額へ手をやり。
「リボンが似合う手合いでも、ねぇからなぁ」
「よろしく日方♪ ヴィントとも仲良くしてやってね」
 ぼやくゼロの一方で駿龍 ヴィントをアグネスが紹介すれば、既に別行動状態な炎龍 日方が挨拶代わりに唸る。
「まぁ、龍は大事にしといたほうがいいぜ。どんなに強くても、空は飛べないんだしな‥‥特に手をこまねいてるだけってのはできないだろ、俺らはさ」
 劫光とゼロが話す間にも、人妖はいそいそと何かを準備し。
「つか、双樹。勝手に人の炎龍へ、リボンをつけようとするの止めろ」
 見咎めた劫光と人妖の様子に笑っていたアグネスは、ふと友人の姿を見つけた。

「いいお湯ですね〜、大祭のときに温泉入ったけどあのときは覗き魔だらけでした」
「ふん。色気のないアーニャを覗こうなんて、物好きがいるんだな」
「ちょっ‥‥ミハイルさん! 失礼な!!」
 ぱしゃぱしゃと湯をかけて抗議するアーニャに、やれやれと猫又 ミハイルは頭を振る。
「ぶっ、雪見酒がまずくなるだろう‥‥おう、アグネスも一緒に飲まないか?」
「うん、一緒に飲む♪ ミハイルは、今日も素敵ねぇ‥‥ね、アーニャ」
 声をかけた猫又を、遠慮なくアグネスはもふもふと撫で。
「こいつは俺からの奢りだ」
「それ、私のお財布から出しているじゃありませんか〜」
 杯を示す猫又にアーニャがとほりと肩を落とし、くすくす笑いながらアグネスも酒杯を手に駿龍を見上げる。
「いつもありがと、ヴィント。ホンット‥‥盛沢山の1年だったわぁ。来年はどんな年になるかしら」
 談笑するアグネスやアーニャら、美人を見てシャッキとする駿龍 蝉丸を横目に、ぼけらっと透子は除夜の鐘を聞いていた。出来ればこの鐘で多少は煩悩が退散してくれるよう、あまり期待せずに願う傍ら。鐘の音に時おり両耳を塞ぐ仄の、奇妙な仕草が目に入る。
「何、してるんですか」
「除夜の鐘の間引きだ。煩悩のまったく無い人生なんて、つまらんだろう?」
「そうですか」
 心持ち胡乱な目だが、納得する透子。
「そういや、透子嬢ちゃんの師匠の話。そのお師さんとやらに、会ってみたいもんだな」
「私も、ですね。放浪生活の途上ではぐれて、ずっとそのままなので」
「そりゃあ‥‥」
 言葉を濁してぽしと髪を掻く仄だが、透子は気にした風もなく。
「ま、どっかで会えるかねぇ」
 仄もぽけらっと、湯に浸かる。風呂嫌いな猫又 ミケは、今頃どっかの可愛い娘の膝の上で、ちゃっかり可愛がってもらってねぇだろうな、などと思いつつ。

「雪見風呂〜♪ 温泉に浸かりながら年を越すのも、いいものですねぇ」
 しかも旦那さんと一緒で、と。ゼロにもたれたリーディアは、『家族』のいる幸せを噛み締めていた。
「開拓者になったと思ったら恋をして、付き合えたと思ったら結婚して‥‥慌ただしい年でした」
「そうだなぁ‥‥」
 しみじみと二人で一年を振り返る、そこへ。
「あたしも入るもふ〜♪」
 どぶーんっ!
 水飛沫を上げて飛び込んだもふらがぷかぷかと湯に浮き、流れてくる。
「もふリルさん‥‥家族皆で、でしたね。ゼロさん、今年もよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、な」
 和やかな友人達の様子に、何故だか妙に満足げな忍犬を抱き抱えた伝助は酒杯を傾けた。
「陰殻は今頃、もっと寒くて厳しいのでしょうね‥‥にしても、その好奇心の強さは誰に似たんすか、全く」
「飲みすぎて、そのまま寝るなよ? ケロリーナもな」
 もふもふしながら酒杯を傾け、順調に酔いが回っている伝助を劫光が気遣う。頑張って起きているケロリーナも、こしこしと目を擦って眠そうだ。
「お風呂あったかいね〜♪ フレイヤも楽しい?」
「え? た、楽しいわよっ!」
 夜更けでも元気なプレシアに、顔を赤くした人妖が答えれば。
「フレイヤっ、来年もよろしくね〜」
「えっ、ええっ、こちらこそよろしくね」
 にぱっと満面笑顔を向けられ、何故か人妖は照れた。

「ずっと、こうしたかったの。気持ち良いフロージュ?」
 駿龍の全身を丹念に洗ったユリゼは、湯をすくって龍の首へかける。
「大事な私の翼‥‥何時もありがとう。本当に、ありがとう」
 礼を告げれば、嬉しげな駿龍はそっと彼女へ顔を寄せた。
 遠くから聞こえる鐘の音の一つ一つに記憶を、そして思い出を確かめ。
「その全ての風景に、あなたが居る‥‥」
 手を伸ばしたユリゼは、龍を抱きしめる。

 大晦日で誕生日、でも蕎麦屋の娘の宿命か。
「なんとなく、こうしてないと落ち着かないくて」
 厨房を借りて蕎麦を沢山作った鞘が、それを皆に振舞っていた。
「美味しいです」
 箸をすすめるヘラルディアに満足げな鞘。年越しの蕎麦も、食べてもらわねば甲斐がない。
「お蕎麦、いただきますね」
 椀を手に千景が鞘へ会釈をし、ふしぎと統真も人妖へ蕎麦を取り分け、揃ってすする。
「今年も終わりか‥‥なんとも退屈だった気がする」
 既に蕎麦の器を空にした雲母は、ぷかりと煙管吹かしていた。
 ゆるゆると煙を吐き、漂うそれを追う様に窓へ目をやり、のんびりと雪降る風景を見上げる。
「良いお年を、かねぇ」
 そしてまた、鐘の音が一つ。

 琉央と纏もまた、部屋で除夜の鐘を聞いていた。
「今年から一緒に暮らし始めたし、良い年だったな」
「そやなぁ」
 湯上りの髪を『女神のくちづけ』で飾った纏は、そっと右手薬指の『銀の指輪』へ左手を重ねる。
「来年もまた、よろしくな」
「うちこそ‥‥そや、琉央。日の出、見に行かへん?」
「ああ、一緒にな」
 纏の誘いに琉央は頷き、細い肩をぎゅっと抱き寄せた。