人食む黒き馬
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/29 20:17



■オープニング本文

●黒き禍風
 高い馬のいななきが、静かな夕暮れを引き裂いた。
 一日の畑仕事を終えて帰路を辿る百姓の一人が、後ろから迫る蹄の音に何事かと後ろを見やれば。
 目の前に、高々と振り上げられた蹄があった。
 ギャッとあげかけた悲鳴は、その前に押し潰され。
 異常に気付いて振り返った百姓達が、その光景に凍りつく。
 踏み殺した男をばりばりと貪るのは、巨大な黒い馬。
 彼らを見下ろす眼は爛々(らんらん)と赤く輝き、剥いた歯はいずれも刃の様に鋭く尖っていた。
「う、うわぁぁぁっ!?」
「アヤカシだ、逃げろー!」
 腰を抜かして動けなくなる者に、慌てふためいて走り出す者。
 騒ぎの間も黒馬は最初の『獲物』を引き千切り、噛み砕き、瞬く間に平らげる。
 それから雲の子を散らすように逃げた『獲物』を追って、再び駆け出した。

「なんという‥‥」
 遠眼鏡で黒い馬のアヤカシを目にした中年の男は、陶然として呟いた。
「なんという、美しい馬だろう」
 思いがけぬ言葉に、周りで控えていた家来衆は皆、目を剥く。
「御当主、何をおっしゃっているのです。あれはアヤカシですぞ!」
「このままでは、近隣の村に被害が出ます。早く討伐を‥‥」
「ならぬならぬ! あのように美しい馬は、ついぞ見た事がない。あれを退治してしまうなど‥‥うぬら、惜しいとは思わぬのか!」
 嬉々とする当主の言葉に、誰もが我が耳を疑う。
 背を流れ落ちる嫌な汗を覚えながら、家来達は目だけを動かし、ひっそりと互いの顔を窺った。

●闇夜の黒馬
「‥‥とまぁ、事の次第はこうでやさぁ」
 小柄な中年男が、それで話を締めくくる。
 神楽の都‥‥その賑やかな繁華街の裏道で、腕組みをして話を聞く相手を『仲介屋』はチラと見やった。
「厄介だが、難しい仕事じゃあないな。だがギルドを通してねぇって事は、厄介な注文付きか」
「さすがは、ゼロの旦那。話が早い」
 手を揉んで『仲介屋』が褒めそやすと、面倒顔でゼロは頭を掻く。
「持ち上げても、無理難題は聞かねぇぜ」
「いやはや。まぁ、依頼としてはこうでさぁ」
 脈がありそうなサムライに、仲介屋は具体的な依頼を説明した。

 ――領内に人を食う黒馬のアヤカシが出たものの、無類の馬好きである当主のお陰で表立って討伐が出来ない。
 その為、困窮した家臣達は当主に内密でアヤカシの討伐を行うべく、表立った開拓者ギルドを使わずに仲介屋の手を借りる方法を選択した。
 注意すべきは、次の二点。
 一つ目は、当主に知られぬうちに討伐を行う事。故に少数にて迅速に、夜のうちに終わらせるよう。
 二つ目は、出来るだけ領民への被害を出さぬ事。多少、畑や林などが荒れる事は致し方ないが、領民に死傷者を出さぬよう、被害の範囲が広くならぬよう――。

「つまりは、隠密裏に手を打ちたいって訳か」
「ま、当主自体の噂は悪くねぇみたいで。黒馬のアヤカシさえいなくなりゃあ、丸く収まると踏んだんでしょうねぇ。『捕まえろ』って言い出さなかっただけ、マシって事ですか」
「後をどう丸め込むかまでは、俺たちの仕事じゃあねぇからな。ただ‥‥ちぃと、相手がでけぇか」
 ふむと、ゼロが考え込む。
 並みの馬の倍近い大きさなら、いくら開拓者でも走って追いつける相手ではない。
「しかも夜に、黒い馬を追っかけるなんざ‥‥面倒な話だな」
「人手もかけられねぇですし、龍なりなんなりの手は必要でしょうが‥‥ここはひとつ、よろしくお願いしまさぁ」
 頭の中で算段を付けるゼロの様子に、仲介屋はしたり顔で頭を下げた。


■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
シュヴァリエ(ia9958
30歳・男・騎
ケロリーナ(ib2037
15歳・女・巫


■リプレイ本文

●義憤
「被害が出ている事を知りながら、一切の手出しを禁じる‥‥か。ふざけているとしか、言い様が無いな」
 重く、そして苦々しくシュヴァリエ(ia9958)は言葉を落とした。
「偶に居るわよね〜、そういう人」
「いずれ『人より馬の命を重んじた馬当主』とか、言われてしまうのではないでしょうか」
 呆れた風な葛切 カズラ(ia0725)に首肯した鈴木 透子(ia5664)もまた、率直なところを隠さない。
「そうそう。そんな人にこそ、実際に触れ合って欲しい所よね‥‥無理でしょうけど」
 無論、それが依頼の目的ではなく、逆に隠密裏にアヤカシを倒さねばならない事は誰もが承知していた。叶わぬ事だと十二分に知り、出来ぬからこそ、あえてカズラも皮肉を口にし。
「それ故に、俺達に話が回ってきたのだろうがね」
 いささかうんざりとして、シュヴァリエが呟く。
「俺も馬は好きやから、当主さんの気持ちも分からんではないけど‥‥」
 ふと愛馬を思い出して嘆息するジルベール(ia9952)に、煙管片手の鬼灯 仄(ia1257)がぷかりと煙を吐いた。
「まぁ、美しいものを愛でてえってのは解るがね。俺も馬は好きだしよ。が、それを御して涙を飲めねえ辺りが、な」
「そやな‥‥放っとく訳には、いかんやろ。領民の命と馬の化物、どっちが大事やねんちゅー話や」
「全く。人参を食い荒らすくれえなら可愛げがあるものを、人となりゃ話は別だ」
 面倒そうに頭を掻いた仄は、ニッと笑って同行するゼロを見やる。
「そっちは幸せボケで、人参代わりに齧られるなよ」
 ソレっぽい色だしなぁと冷やかす相手に、ゼロは口を尖らせる。
「俺を齧ろうもんなら、齧り返してやるぜ」
「ああ、やりかねねぇな」
 何やら思い出した仄がカラカラと大笑し、ジルベールは複雑な表情でゼロを見やった。
「そやけど、新婚早々リスキーな仕事に手ぇ出すんやな?」
「しんこ‥‥っ!」
 思わぬ言葉にゼロは狼狽してから、動揺を抑える様にけふんと咳払いをし。
「べ、別に‥‥嫁をもらったからって、何が変わる訳でもねぇよ。納得できる仕事で、必要とされりゃあ行くだけで‥‥後は実入りが良けりゃあ、なぁ」
 どこか憮然とした返事にも、ジルベールはにやりと笑う。
「お互い、奥さんに言えんようなことはせんとこな」
「ゼロおじさま〜〜♪」
 そこへ束ねた髪を揺らし、ててて〜と走ってきたケロリーナ(ib2037)がゼロへぽふんと抱き付いた。
「ん、どうした?」
「えへへ。ゼロおじさまがお仕事に行くと聞いて、付いて来たんですの〜」
 屈託のない笑顔で、ケロリーナはゼロを見上げ。
 それから顔ぶれに気付くとスカートをつまみ、膝を曲げて挨拶をした。
「今日はジルベールお‥‥にいさまも、一緒ですの〜」
 ジルベールからの無言の訴えに、「おじさま」と言いかけた言葉を修正するケロリーナ。
「‥‥おじさま、嫌なのか」
 物言いたげなゼロに27歳の青年は何も言わず、ただ視線を泳がせた。
「鬼灯さん、今日はよろしくお願いします」
 にやにや笑いの仄へ、透子もまた挨拶をする。
「知り合い、なのか」
 珍しそうにゼロが聞けば、こくりと透子は頷き。
「好みなんです」
「げふっ、げふんっ!」
 その返答は予想していなかったのか、盛大に仄が煙にむせた。
「へぇ‥‥?」
「お師匠様の、ですけどね」
 先を促すようなゼロへ、おもむろに透子が付け加える。
「それを先に言ってくれ、先に」
 訴える仄に透子は不思議そうな顔をし、その反応をゼロが面白そうに眺めた。
「ともあれ、だ」
 翼をたたんで待つ駿龍 ドミニオンを、シュヴァリエが振り返る。
「幸い、と言うべきか。わざわざ氏族の当主に顔を合わせる事もない。これ以上の被害が出ないうちに、人喰いの黒馬を仕留めなければな」
「はい。今回の件では、あまり直に会いたくない人ですしね」
「サッサと、始末しちゃいましょ」
 それは、透子もカズラも同じ心持ちっだった。
「そしたら、昼間のうちに仕掛けの準備を始めとこか」
「目立たない様にな」
 ジルベールや仄もまた、アヤカシ退治の策を今一度確認する。
「えへへへ〜♪ きょうはゼロおじさまのお仕事を、社会体験するですの☆」
 どこかケロリーナはわくわくとして、もふら もふらてすの頭をもふもふと撫で。
「ところでゼロおじさま、こども何人くらいほしいですの?」
「こっ‥‥子供とか、まだ早ぇってぜっ」
 突如、思い付いたらしいケロリーナのストレートな質問に、不意を討たれたゼロは力一杯うろたえた。

●仕掛けの準備
「網、ですか」
「出来れば、漁で使う投網があればいいのですが」
「なけりゃあ、鳥刺しが使うような網でも構わんけどな」
 気になるのか、透子と仄の後ろに控える駿龍 蝉丸と甲龍 シロをチラチラと窺いながら、村長は考え込む。
「蚊帳のようなものや、猪や鹿が畑を荒らさぬように仕掛ける網なら‥‥ありますが」
「売っているようなところは、ありませんか?」
 更に問いを重ねる透子に、村長は「いやはや」と困った顔をした。
「この界隈は畑作が主ですから、漁を生業とする者がおりませんで。その手の物売りも、行商には立ち寄りはしませんなぁ」
「大きな湖や、海が近くにある訳でもなさそうですしね」
 言葉を濁す様子に、透子は残念そうに呟く。
 アヤカシの被害が出た近隣の村で、二人は網を手に入れるべく村長を当たっていた。
「となると‥‥他の村も、あたってみるか?」
 どうしたものかと仄が尋ね、思案顔で透子は頭を振いた。
「あまり時間もありませんし、足を伸ばしても手に入るとは限りません。ある物で何とかする方法を考えた方が、いいかもしれません」
「そうだな」
 面倒そうに、がしがしと仄は髪を掻く。そこへ別行動を取っていたジルベールが、駿龍 ネイトと共に戻ってきた。
「こっちの用事は終わったけど、そっちは上手いこと‥‥いってないみたいやな」
 声をかけた弓術師は、村長の前で相談する二人に大まかな事情を察したらしい。
「常に全てが万端整うとは、限りません。特に今回は、相応の『力添え』が受けられませんから‥‥」
 村長に聞こえぬよう、声を落として透子がジルベールに答える。
「じゃあ、その網でいいから借りてもいいか? 返せる当ては、あんまりないがな」
 その間に仄が頼めば、不安げな顔の村長は快く応じた。
「倹約より、被害を防ぐ方が大事だと思いますので」
 必要な物を龍の背に積むと透子は網の代金を払おうとするが、村長や網を持ってきた村人達は首を横に振る。
「網の金より、人の命。儂らで力になれるなら、喜んで協力させてもらうよ」
 気遣いに礼を告げた三人は背中に荷を積んだ龍を連れ、徒歩で村を離れた‥‥件の馬好きな氏族の当主が、人食馬を見ようと『散策』している可能性を考慮して。

「畑と作物に被害が出ないように、『フロストマイン』を仕掛けるとしたら‥‥道?」
「でも道に穴を作るのは、不味いわよねぇ。かといって‥‥」
『罠』を仕掛ける場所を決めるケロリーナに、カズラも一面に冬野菜が植わった畑を見回した。アヤカシが踏み荒らしたとはいえ、作物はそのままだ。
 そのカズラを、肩に乗っかった人妖 初雪がつんつんと突っつく。
「カズラ。何だかいっぱい、人が来たよ」
「人がいっぱい?」
 示す方を見やれば、農具を手にした人々がぞろぞろと歩いてきた。
「‥‥何なの、この人達は」
「どこへ行ったかと思ったら、何の騒ぎだ?」
 集団の中ほど、子供らにたかられているゼロへシュヴァリエが問う。
「急ぎで収穫を頼んだ。足元が気になって、やり辛くなると困るからな」
「でも本当に、根こそぎ買っていただけるんですかい? まだ育ってないのも、ありやすが」
 あっけらかんとシュヴァリエへ応じたゼロが、確認する村人へ「いいぜ」とひらひら手を振った。
「そいつは、龍に分けてやるさ」
「もしかしてゼロおじさま、水菜を全部買って‥‥そんなに沢山、食べ切れますの?」
 手帳を手に目を丸くしたケロリーナの頭に、ぽんとゼロは手を乗せて笑う。
「さすがに全部は無理だから、ある程度な。当分は水菜鍋か、それでも多けりゃあ長屋連中に分けるぜ。ついでに一仕事終わったら、てめぇらも喰うか?」
「えっと、もしかしなくても‥‥馬鹿?」
「もう少し、率直でない表現の方が後腐れないわよ」
 思わず本音をポロリとした初雪にカズラが助言するものの、感想自体は否定せず。
「周りを見張っとくが、収穫は手早く頼むぜ。人が出回ってりゃあ、アヤカシも嗅ぎ付けて来るかもしれねぇからな」
 村人総出で収穫にあたったせいか、三枚ほどの畑はすぐに綺麗サッパリと土を晒した。
「では俺達も始めるか、ドミニオン」
 傍らの駿龍をシュヴァリエが見やり、畑に浅く穴を掘る作業を始める。一方で炎龍 日方を連れたゼロは収穫を終えた村人達に同行し、そのまま当主側の動きと周辺の村落への警戒に回った。

●曇月夜
 満月にほど近い月が、厚い雲の隙間から時おり姿を現す。
「手間を取ればフロストマインも仕掛け直さなければならないし、それだけ作戦失敗の確率が上がるか‥‥重大な役だな」
 徒歩では移動距離も限られる事もあって、自分の身長より遥かに長い斧槍「ヴィルヘルム」を担いだシュヴァリエは、罠から遠くない道を歩いていた。
 囮役を買って出たシュヴァリエだが、アヤカシを引きつける為の積極的な策はない。せいぜい、こうして人気のない場所に出て‥‥他に獲物を見つけられなかった人食馬が、自分に引っかかってくれるのを期待する程度。
 また自分が徒歩である事と相手の速度を考えれば、あまり罠から離れる訳にもいかず。故に、シュヴァリエは畑の間をぶらりと進んだ。

「博識な透子嬢ちゃんによると、馬としちゃ上が見え辛いらしいな」
 甲龍の背から、仄は暗い地上を見下ろす。
 彼から見える限りでは、今のところ地上を疾走する影はない。
「上から接近する分には、気付かれにくいって事やな」
 心得たと頷いたジルベールが透子を見やれば、目印代わりの『夜光虫』がほのかに照らす彼女は、駿龍の上でじっと飛ばした『人魂』へ意識を凝らしていた。

「やっぱり、夜は寒いですの」
 暖を取るように、ケロリーナはぎゅっともふらさまを抱き締めた。
「もふらてす、ふっかふかですの〜♪ でも、温かくなると眠く‥‥これが夜のお仕事ですのね。けろりーな、頑張るですの!」
 眠るまいとケロリーナが目をこすっては頭を振り、あんか代わりなもふらさまがもふもふと励ます。
「夜更かしは肌に悪いから、早く出てきてくれるといいんだけど‥‥」
 その時、掘った土に伏したカズラの耳に馬のいななきが届いた。
 いつでも使える様に、胸元に忍ばせた呪殺符「深愛」をカズラは抜き取り。
「ハッちゃん、索敵お願い。方位はしっかり、距離は大体で」
「うん、任せてよ! えっと‥‥」
 張り切って初雪は布の下からもそもそ顔を出し、『暗視』で辺りを窺うが。
「‥‥見えない」
 まだ伏せた状態から分かる位置まで、接近してないらしい。
「見えたらでいいから。その代わり、遅かったらお仕置きよ」
「お仕置きって、あんなコトやそんなコトっ!?」
 びくびくと小さな身体を震わせ、それからはっと我に返った初雪は急いで闇をじっと観察する。
 やがて伏せた身体に、地を蹴る振動が伝わってきた。

「囮、上手い事いったんかな。来るみたいやで」
 いななきを耳にしたジルベールが、透子の駿龍へ自分の駿龍を近付けた。
「お願いします」
「任せとき」
 透子が投げて寄越した網の片方を、手を伸ばしてジルベールが掴み。
「ただ弓を射るのとは違うから、『鷲の目』は利かへんけどな」
「それでも、頼りにしています。いい、蝉丸。羽音は静かに」
 即席で繋いだ網を広げた二体の駿龍は、距離を保ちながら並んで飛ぶ。
 準備を整えた様子に、甲龍を駆る仄が闇へ目を凝らした。
「最初の攻撃は、『心眼』で位置を掴んだ方が良さげか」
 網をかける事に集中すれば、透子が夜光虫の式を人食馬へ『引っ掛ける』のは難しいだろう。それに夜光虫自体、呼び出した陰陽師と式の間が射程より離れると消えてしまう。
「まずは足を止めないとだな‥‥行くか、シロ」
 仄も網を手にして、アヤカシの接近に備えた。

 囮として無防備に歩くシュヴァリエの足を、吹き付ける幾らかの風が足を止める。
 その彼の前に舞い降りたのは、主を捜し当てた駿龍だった。
「ドミニオン! 龍を連れていない者が危なければ、助けてやってくれと‥‥」
 一瞬、指示を守らなかった龍を叱ろうとして、シュヴァリエは思い止まる。
 簡単な命令ならともかく、仔細でかつ具体的な命令を理解させ、実行させるのは十分に慣れた龍相手でも困難な事。ましてや近くに主が居ないとなると、尚更だ。
 遠くから一度だけ馬のいななきは聞こえたが、それがどこからどう向かってくるか分からない。
 果たして自分を目指しているのか、別の場所で別の獲物を見つけたのか‥‥よもやと、シュヴァリエは駿龍に急ぎ跨る。

 そして当の黒馬は夜闇でも平然と畑の中を突き抜け、真っ直ぐカズラとケロリーナが潜む方向へと駆けていた。

●黒馬狩り
 突如、地中から猛烈な吹雪が吹き上げた。
 驚いたのか、巨大な黒い人食馬は前足を高々と振り上げ、再びいななき。
「行きます!」
「今や、ネイト」
 タイミングを合わせた透子とジルベールが、足を止めたアヤカシの頭上より網を投じた。
 ケロリーナが仕掛けたフロストマインで動けない人食馬は、覆い被さる網を食い千切ろうと鋭い歯を剥く。
 更に『心眼』で位置を捉えた仄も、網を重ねて引っ掛け。
「あそこだよ!」
 初雪の示す方向へ、潜んでいたカズラが目玉からわさわさと触手の映えた小さな式を大量に飛ばした。
 その『毒蟲』の式一つ一つには、『隷役』での強化により拘束する少女の式が絡み付いていて。
 ‥‥時刻が夜で良かったと、思った者がいたとかいなかったとかいたとか。
 ともあれ暗視を駆使した初音の誘導に、触手系な式は狙い違わずアヤカシへ群がる。
「今の間に、『目印』を‥‥!」
「ああ、やってみる!」
 短いお下げを揺らしながら、左右に分かれた相手へ透子が声をあげ。
 村で買い取り、駿龍の背に積んでいた米ぬか袋を、ジルベールは手早く解く。
 網をかけて一度は離脱した仄もまた、小さな袋を懐から取り出し。
 その間に魔術による吹雪は消えて、網を身体に絡ませたまま、真っ黒な人食馬は跳ねた。
 攻撃を仕掛けてきた地上の『標的』、カズラへ狙いを絞ったか。
 頭を下げるようにして、式が飛んできた方向へ駆ける。
「ふわわ、明かりですの〜!」
 光源代わりに、白羽扇を手にしたケロリーナがサンダーを放った。
 ほとばしる雷光に、僅かな時間、周囲は明るくなり。
 それを頼りに、違う方向から別の駿龍が突っ込む。
 割り込み、行く手を遮って横切った相手に、苛立たしげな黒い巨馬が何度も土を踏み。
「大丈夫か!?」
 駿龍の背から、戻ってきたシュヴァリエが仲間へ問う。
「どうやらむさ苦しい野郎より、美人のお嬢ちゃん達の方が好みだったようだな」
 冗談めかした仄に、相手へ見えないながらもシュヴァリエは苦笑った。
「やっぱり闇夜にカラスさんじゃなくって、黒いお馬さんでは見つけにくいですの」
 目を凝らすケロリーナだが、そこへぱっと黄色い霞が広がった。
 ジルベールがアヤカシに向けて米ぬかをばら撒き、加えて仄が白粉の袋を投じる。
 降り注ぐ粉に、何度も馬はたてがみを振り。
「秩序にして悪なる独蛇よ、我が意に従いその威を揮え!」
 出来た隙へ、再び『隷役』を重ねた『蛇神』の式をカズラが打った。
 複数の触手が絡み合い、巨大な蛇となった式はアヤカシの腹を狙って突撃して喰らう。
 だが前後に跳ねて暴れる巨馬に、まだ人が近寄れる隙はなく。
 安全な空から龍達が交互に蹴りや炎を放ち、徐々に人食馬の力を削ぎにかかる。
 ジワジワと消耗するアヤカシも、さすがに分が悪いと悟ったか。
 頭を振って、包囲を突破しようと蹄で土を蹴った。
「簡単に、逃がしはしませんっ」
 素早く透子が放った陰陽符「乱れ桜」は、一瞬、舞い散る桜の如く闇に浮かび。
 結界呪符「白」となって、跳躍しようとする黒馬の行く手を遮る。
 突如現れた壁に、沿って迂回しようとするアヤカシの鼻先へ、今度は矢が降り注いだ。
 騎乗して尚、狙い外さぬ『安息流騎射術』‥‥戦弓「夏侯妙才」よりジルベールが矢を放ち。
 踵を返せば仄の甲龍が、硬質化した我が身をもって退路を塞ぐ。
 ――勝敗は、決したも同然だった。
 だがなお足掻く人食いの馬は、絡まる網をまとったまま、泡を吹きながら駆け。
 デタラメに跳ね回る足が、深みにはまった様に、がくりと土を踏み抜く。
 どうっ! と。
 足を取られた巨体は、自らの勢いで無様に畑の上へひっくり返って転がった。
「はぁ‥‥ッ!」
 地を踏みしめたシュヴァリエが、気合いと共に『流し斬り』を仕掛ける。
 振るう斧槍の一撃は、強靭な後ろ足の一本を跳ね飛ばした。
 身体を起こそうと身をよじるアヤカシの無防備な腹へ、何体目かの蛇神の式が貪欲に追い討ちをかける。
 何度も空を蹴ってもがく足も、遂には動かなくなって塵と化し。

 ‥‥やがて、夜は静寂を取り戻した。

●朝靄に
 道端に立てられた線香の先端より、白い煙が立ち上る。
 その前にしゃがんだ透子はじっと目を閉じ、アヤカシの餌食となった者の為に冥福を祈っていた。
 倣うようにジルベールやシュヴァリエもしばし黙祷して、それから大きく息を吐く。
「畑荒らしてしもて、悪かったなぁ。堪忍やで」
 全てが終わった畑に目をやったジルベールは、心の内で畑の主にもこっそりと謝罪の手を合わせた。
 事前に『収穫』は終わらせたものの、アヤカシとの一戦で荒れた畑土を整えるのは、また一苦労だろう。
「肝心の相手にも、気付かれた気配はないようだぜ」
 遅れて合流したゼロが何事もなかった旨を告げ、もふらさまの背中に乗っかったまま、舟を漕ぐケロリーナの頭をぽんと撫でる。
「ほら、帰るぜ。そのままだと、落っこちるぞ」
「けろりーな、おねむですの〜‥‥」
 くしくしと目をこすって返事をしながら、すぐさま寝てしまいそうな様子に仄が苦笑した。
「お子様に徹夜はきつかったみたいだな。余った縄で、もふらさまに縛っとくか?」
「まぁ、背負ってってやるか」
 もふらさまの背中で心地よさげなケロリーナを、ひょいとゼロが背負う。
「早く帰って、早く寝たいわぁ」
 肌蹴気味な胸を張って、大きくカズラも伸びをして。
 朝靄の中、ひと仕事を終えた開拓者達は人知れずその場から引き上げた。