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■オープニング本文 ●開拓者長屋 祝言模様 「えぇーっ、ゼロさん結婚するの!?」 すっとんきょうな大声が、開拓者長屋に響いた。 目を丸くして叫んだ顔見知りの少女‥‥桂木 汀(かつらぎ・みぎわ)を、じろとゼロが恨めしそうに見やる。 「なんだよ、その珍しいモンでも見たような反応は」 「だって‥‥ゼロさんだよ? ゼロさんがゼロさんなのに、ゼロさんナンだもん!」 「意味が通じてねぇから、とりあえず落ち着け。なんなら井戸で汲んだばかりの水でも、頭から被ってみるか?」 「それはさすがに、遠慮しとくっ」 ふるふると絵描きの少女は首に横を振り、改めてサムライを見上げた。 「それで、引越すの?」 「ん。部屋は変わるかもしれねぇが、この長屋自体は出ねぇよ」 「そなんだ。じゃあ、長屋もまだまだ賑やかだね!」 えへりと嬉しそうに、汀が笑う。 「それで、お式はどこでするの?」 「木戸番小屋だ。整えられてるが、空き家で人も住んでねぇからな」 「それで、それで?」 わくわくと汀が目を目を輝かせるが、ぽしとゼロは髪を掻いた。 「それだけだぜ。形式とか、特に俺は考えてねぇよ」 「えーっ?」 「婚礼自体が、晴れの舞台だってのはわかる。だから相手や友人、参列する連中にとって、思い出深いモノになりゃあ‥‥それで、いいだろ?」 どこか淡白な反応のゼロに、腕組みをして少女は何度も頷く。 「そっか。ゼロさんに任せたら、大抵『面倒だ』って終わらせちゃうから‥‥お祝いの席だし、参列してくれるといいね!」 「自分の事でもねぇのに、はしゃぐな‥‥いや、てめぇは自分事でも他人事でも変わりないか」 「それって、どゆ意味ーッ!?」 ぽくぽくと抗議する汀に、叩かれながらゼロは笑った。 ○ よくある祝言では、花嫁が行列を作って家を出て、婿の家に入る。 婿の家では、床の間のある座敷に両家の家族が集う。そこで婿と嫁が三三九度の盃事を行って夫婦(めおと)の誓いを立て、家族との親子固めの盃を交わす。 その後は婿と嫁が色直しをし、招客や参列者との宴を開くのだ。 迎える婿側のゼロは天儀生まれの天儀育ちだが、花嫁となる相手はジルベリア生まれのジルベリア育ち。 二人とも祝言に立ち会う身内や親戚縁者はなく、故に厳密な風習にこだわる必要も特にない。またゼロの実兄妹である天見基時と天見津々の前で、同行した開拓者達を見届け人として、身内だけの簡素な仮祝言を済ませている。 ――氏族始まって以来の恥、本来は『忌む存在』であろう自分に、一時とはいえ天見家の当主たる兄が簡単に血の絆を認めた事は‥‥ゼロにとって予想外で、ひどく驚いたが。 ○ 「とりあえず‥‥ギルドには、参列の誘いだけでも出しておくか」 ギルドへ足を運んだゼロは手続きをし、それを受付係が受領する。 「はい、確かに告知をお預かりしました」 「ん。よろしく頼んだぜ」 いつもより笑顔な相手にゼロは素っ気なく答え、ギルドを出ようとすると受付係が手をぱたぱた振った。 「あの、ゼロさん宛に荷物を預かってるんですが」 「俺宛?」 「はい。でも送ってきた相手が、分からないんです」 案内され、添え文も何もない荷物の中身をゼロは確認し、複雑な表情をする。 「確かに、そうみたいだな。じゃあ持ってくぜ‥‥大八車、あったら借りていいか?」 そして幾つかの木箱を積み上げた大八車を引き、ゼロはギルドを後にした。 |
■参加者一覧 / 無月 幻十郎(ia0102) / 風雅 哲心(ia0135) / 六条 雪巳(ia0179) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 富士峰 那須鷹(ia0795) / 酒々井 統真(ia0893) / 有栖川 那由多(ia0923) / 秋霜夜(ia0979) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 鬼灯 仄(ia1257) / 嵩山 薫(ia1747) / 周太郎(ia2935) / 斉藤晃(ia3071) / フェルル=グライフ(ia4572) / 安達 圭介(ia5082) / 平野 譲治(ia5226) / 御凪 祥(ia5285) / 鞍馬 雪斗(ia5470) / 景倉 恭冶(ia6030) / アルネイス(ia6104) / からす(ia6525) / 鬼灯 恵那(ia6686) / 浅井 灰音(ia7439) / 千羽夜(ia7831) / 茉莉華(ia7988) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / 趙 彩虹(ia8292) / 朱麓(ia8390) / 春金(ia8595) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 以心 伝助(ia9077) / 霧咲 水奏(ia9145) / 劫光(ia9510) / 守紗 刄久郎(ia9521) / リーディア(ia9818) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / フラウ・ノート(ib0009) / アグネス・ユーリ(ib0058) / エルディン・バウアー(ib0066) / ルシール・フルフラット(ib0072) / レイシア・ティラミス(ib0127) / 十野間 月与(ib0343) / 明王院 未楡(ib0349) / ティア・ユスティース(ib0353) / ミーファ(ib0355) / 透歌(ib0847) / 琉宇(ib1119) / 无(ib1198) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 志姫(ib1520) / 朱華(ib1944) / ケロリーナ(ib2037) / 白藤(ib2527) / シルト・マーズ(ib3087) / 八条 司(ib3124) / 月影 照(ib3253) / 寿々丸(ib3788) / 常磐(ib3792) / 藤吉 湊(ib4741) / 黒縄 界音(ib5359) / 新(アラタ(ib5361) |
■リプレイ本文 ●祝い準備 「ふわぁ」 秋晴れの木戸番小屋で、欠伸が一つ落ちた。 「眠そうね」 声をかける月与に、朱麓が肩を回す。 「夜明けまで、かかったから‥‥そっちは?」 「お疲れさまだね。こっちも間に合ったよ」 一緒に来た未楡を月与が見やり、母子は笑みを交わした。 「なら、花嫁衣裳は一安心か。花婿は‥‥」 噂をすれば、ツーテールの縦ロールを揺らしたケロリーナがぴょこりと顔を出す。 「皆様おはようございます、ですの〜」 荷物を抱えた少女は、軽く膝を折った。 「おはよう。そっちも大仕事だったろ?」 「えへへ。けろりーな、夜なべでがんばりましたの☆」 気遣う朱麓に、ケロリーナはニッコリ答える。 「もう、人が来とったか」 「皆さん、お早いですね」 先客にジルベールが驚き、霜夜が頭を下げる。 「式場の準備ですか?」 「そうや。二人の一生の思い出の舞台、ベスト尽くさせてもらおう思てな」 大八車から荷物を降ろすジルベールへ、朱麓が手を貸した。 「コレは?」 「祭壇や。大工作業はお手のもんやからな」 「器用なもんだ」 彼の説明に朱麓が感心し、月与やケロリーナは霜夜と一緒に緋毛氈(ひもうせん)を運ぶ。 「これを、バージンロードの赤絨毯に見立てるんです」 「バージンロード! けろりーなも、早く歩いてみたいのです〜」 「おや。皆さん、もう御揃いでしたか」 顔を出したエルディンに、ジルベールが手招きをした。 「神父さん、飾り付けとか見てもらえるやろか」 「勿論ですよ、ジルベール殿。助かります!」 説法台や祭壇の位置を調整し、ジルベールとエルディンは意見を交わす。 「司会、緊張しますね。シルトさん達も手伝ってくれますけど」 下見をする圭介に、那須鷹はからりと笑い。 「圭介なら、大丈夫じゃ」 悠然と那須鷹から太鼓判を押された圭介は、笑顔を返した。 酒倉で腕組みし、晃は考え込んでいた。 視線の先には菰樽(こもだる)が並び、現れた店の主へ晃は大きな樽を指差す。 「応。親父、祝言がある。開拓者が仰山くるんで、樽で祝言酒をもらおうか」 そして三種ばかり選んだ銘柄を、待っていた幻十郎と二人で大八車へ固定した。 「祝いの席には、欠かせんからな」 「全くだ。斉藤殿の御眼鏡にかなう酒があって、よかった」 「まぁ、祝い酒は大抵が旨いもんや」 「はっはっは、それは確かに」 大笑しながら、晃の引く大八車を幻十郎が押す。 「何やら、大荷物ですね」 その途上、大事そうに葛籠を抱えたモハメドが声をかけた。 「宴席で開ける祝いの酒だ」 「お酒ですか。それでは、お手伝い出来ませんね」 残念そうな相手に、からからと幻十郎が笑う。 「気遣い有り難く。俺と斎藤殿で運べるし、問題ない」 「葛籠、重いモンなら大八に乗っけてもええで?」 「いえ、大丈夫です」 気遣う晃にモハメドは頭を下げ、番小屋へ同道した。 「あのゼロが結婚なぁ‥‥展開の速さは、ある意味らしいというべきか」 がしがしと統真は生クリームを泡立てながら、思い出してくつりと笑う。 「この佳き日、お二人の門出に花を添えられればいいですね」 卓の反対側で作業をする統真に、振袖をたすきをかけ、エプロンをつけたフェルルも顔をほころばせた。 新郎新婦と面識はほとんどないフェルルだが、統真の誘い‥‥というか頼みもあって、ウェディングケーキ作りに来ている。 「助かったわ、来てくれて」 手馴れた二人に、フラウはほっとしていた。 「出来るだけ人数分を揃えて、温かい物は温かく出したいわよね」 料理に出す際にかかる手間を減らそうと、今からフラウは工夫を凝らす。 真夢紀はコトコトと煮物を煮込み、ボルシチの鍋を見つつ、常磐が他の料理の下ごしらえもしていた。 「えぇと。お魚料理は、確か‥‥」 「それなら、哲心が用意すると言っていた」 小首を傾げる真夢紀へ、常磐が答える。 「では、赤飯の用意をしましょうか」 「ふふっ、楽しみだなぁ。ゼロさん、どんな顔するんだろ♪」 くすくす笑う恵那は、大根を短冊に切っていく。 謀策とはいえ、一度は真剣に命のやり取りをした相手。結婚話を耳にした時の衝撃は、「驚いた」の一言で片付かなかったが。 「どんな顔‥‥か。興味はあるね」 別の机で雪斗は道具や食器を揃える。ただ式や宴席へ顔を出すのは、気が進まず。 「後でお祝いを言える余裕があれば、いいんだけどな」 カードの様に器を丁寧に並べながら、雪斗が呟いた。 「神教会の音楽、なかなか難しいものですね」 セイレーンハープを膝に置き、ほぅと雪巳は嘆息した。 「譜も違いますから‥‥耳で、覚える事になりますが」 楽譜を作ったミーファが、気遣う様に金髪を揺らす。 「大丈夫です。ジルベリアの『音』は少し違いますけれど、どちらも祈る心は同じですから」 「そうですね」 柔らかく笑む雪巳に頷き、ミーファはハープを構え直した。 「では、今度は最初から」 「分かりました」 ティアがリュートの弦を押さえ、声楽パートを務めるルシールと琉宇が息を整え。 再び、清廉とした旋律が秋空へ溶けていく。 「仄にー、早く早くー!」 手を振るたび、頭の上にぴょんと跳ねた髪がぴょこぴょこ左右に揺れる。 「前に見て歩かねぇと転ぶぜ、リエット嬢ちゃん」 三十路半ばな風体の仄は呼ばれ方に苦笑しつつ、リエットを追って歩く。 彼のねぐら、開拓者長屋ではゼロが穂邑と住んでいた部屋で花婿側が、『新居』の部屋では花嫁側が準備を進めていた。 「喜んでもらえると良いですな、兄様!」 楽しげに狐尻尾を揺らす寿々丸に、白い箱を抱えた朱華が頷く。 「きっと、喜んでもらえるさ」 「衣装にも、似合うと良いのですが!」 「ああ、似合うとも。だから少し、落ち着け」 しょうがないといった風に、朱華ははしゃぐ義弟を見守った。 寿々丸ほど表には出さぬが、思いは朱華も同じだ。 「明王院さん、ブーケはこれでいいかな?」 部屋の外から朱華が声をかけ、顔を出した月与へ緊張して寿々丸は蓋を取る。 兄弟二人が苦心した出来栄えの程は、彼女の笑顔を見れば一目瞭然。 「よかったわね。二人とも、御疲れ様!」 様子を窺っていた白藤が、拠点仲間の肩をぽんと叩いた。 「ありがとうございまする、白藤様!」 「ちょ‥‥どこから現れた」 礼を言う寿々丸に、朱華が喉の奥から反射的に問う。 「ゼロさん側の、立会人をさせてもらうのよ」 「なるほど‥‥でも、部屋違うだろ」 「その前に目の保養をね。ゼロさん、まだ見てないから自慢しなきゃ!」 楽しげな白藤に、やや複雑な顔の朱華と寿々丸。そんな二人の様子に気付き、彼女は声を張る。 「花嫁さーん、朱華と寿々丸が晴れ姿を見たいって。いいかな?」 「白藤っ?」 「勿論なのですよー!」 兄弟が慌てる暇もなく、きゃわきゃわと快諾の声が返ってきた。 「じゃあ、朱華殿と寿々丸殿は一足先に見たんですか。いいなぁ」 「ですよね‥‥」 羨ましそうなシルトに、残念顔で志姫も同意する。 「でも楽しみは、最後まで取っておいた方が大きいのですよ! ディア、綺麗でしょうねぇ」 主張した彩虹は、想像を巡らせ。 「う、綺麗だったじぇ!」 跳ねる髪を揺らし、無邪気にリエットが『報告』した。 「うぅ、やっぱり羨ましいです〜!」 自慢げな跳ね髪をたしたしと、彩虹が訴える。 「もう少しで、見られますから」 宥める圭介はシルトと司会を務め、志姫と彩虹、リエットの三人は受付係。参列者の応対をしながら数の確認をし、予定の最終調整していた。 「良い式だったと、皆さんに思って頂ければいいですねぇ」 新郎新婦と面識はないが、続々と集う開拓者達に无は呟く。 「もし手が足りなかったら、遠慮なく呼んで下さい」 「ああ。必要なら、いつでも駆けつけるぜ!」 キラッと歯が輝きそうな笑顔で、焔騎も友人達へ助力を申し出た。 「間に合ったか」 番小屋の様子に、哲心は棒手振り達を振り返った。 桶から覗くのは、新鮮な魚の頭や尻尾。 「その家へ運んでくれ」 男達は頭を下げ、次々と料理の準備が進む家へ入る。 鮮度や数を考えると、時間はかかってしまったが。 「さて、やるか。一世一代の大仕事、ってな」 キリリと哲心は襷(たすき)をかけ、台所へ向かった。 「準備、いいです?」 白藤の声に、ゼロと雑談をしていた朱華が腰を上げる。 「じゃあ、俺は先に行ってるから」 「改めて見て、吹くなよ?」 「気をつける」 釘を差すゼロに朱華はニヤリとし、入れ替わりで白藤が顔を出した。 「手順は大丈夫です?」 「忘れる前に、終わる事を願うぜ」 二人が部屋を出ると、呪弓「流逆」を手にしたからすが会釈する。 「おめでとうね。ゼロ殿も、リーディア殿も」 式も宴席も出ず、狼藉物が乱入せぬよう警備を務めるという弓術師の少女へ、ゼロも一礼した。 「気を遣わせて、すまねぇな」 「仕事仲間だからね。これくらいの事は当然さ」 「あいつはまだ、部屋だろうが‥‥伝えておくか?」 「どちらでも」 緩やかに黒髪を揺らし、からすは踵を返す。 頼もしく背を見送ったゼロは、白藤と番小屋へ向かった。 「ジルベリアの作法ってのも、難しいな」 紙に書いた段取りを、何度も劫光が確認する。 珍しそうに、礼服の劫光を眺めるアグネスだったが。 「そろそろ、時間ね」 慌ただしくも、準備は終わった。 後は『本番』‥‥と思えば、どこか寂しい感もある。 それは友人達も同じか、物思う様に目を閉じ。 「先に行くわ。劫光、後はお願いね」 明るくアグネスは手を振って、部屋を出た。 「後で、なのですよー」 手を振り返す花嫁を、託された劫光はじっと見つめ。 「似合ってるぜ」 手を差し出して、付け足す。 「後は‥‥ゼロに言ってもらうんだな」 「はい、ありがとうなのですよ」 照れながら、そっとリーディアは劫光の手を取った。 ●華燭の式 番小屋の一階は、神教会風の式場として見事に整えられていた。 座敷には白い幕が張られ、一番奥にはスイトピーが彫刻された祭壇。花言葉『門出』の意味を込め、ジルベールが彫った花だ。 祭壇へ到る道筋には緋毛氈のバージンロード、その両脇の長椅子で参列者は時を待つ。 「はふぅ〜‥‥結婚式、いいですねぇ。私の時は‥‥」 式前の緊張に、アルネイスは夫と挙げた式をうっとりと思い出していた。 「今日は、どんな式になるんでしょう〜」 我が事の様に、胸が高鳴る。 ミーファ達の演奏が始まると神父エルディンが入場し、立会人の白藤と共にゼロが続いた。 入場を見守る透歌は、胸に当てた手をぎゅっと握る。 ジルベリア貴族風にまとめた白いシルクの燕尾服は、ケロリーナが用意した物。アクセントに朱色のチーフが胸ポケットを飾っていた。 「ありがとよ」 「いえ、役得ですから」 飄々とした白藤に、ゼロも忍び笑い。 祭壇まで進むと、彼女は席の最前列へ移動する。 次に立会人の劫光とリーディアが現れれば、参列席から感嘆の息が零れた。 幸せを願って縫ったドレスは純白のシルク。清楚でシンプルなデザインに、裾や胸元のレースは撫子と勿忘草の花が、慎ましく咲く。 髪を飾るティアラは睡蓮が掘り込まれ、真珠色に光る螺鈿(らでん)細工と月長石がアクセント。 撫子は『いつも愛して』、勿忘草は『真実の愛』、睡蓮は『清純な心』、『美しい契り』の螺鈿、月長石には『満ち足りてゆく愛、穏やかな充足』‥‥花嫁の為に月与が選び、意味に願いを込めていた。 手にするブーケは、朱華と寿々丸が作った物だ。 新郎新婦に合わせ、赤と白の花を使いたいと花屋を回り。選んだのは、秋咲きの小振りな百合と薔薇。 「わぁ‥‥リーディアさん、綺麗ね」 「そうやね」 嬉しそうな千羽夜に、隣の恭冶も同意する。 祭壇まで導いた劫光は、花嫁へ向き直り。 「幸せになんな」 そしてゼロを見据え、小突く様に胸へ軽く拳を当てた。 「頼む」 「‥‥わかった」 短い返事に劫光は頷き、参列席につく。 進行の介添え役である霜夜は感慨深げに一幕を見守り、揃った二人を前に引き締まった表情のエルディンが聖書へ手を置いた。 「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません‥‥」 その一説を、よく通る声でエルディンは朗読し。 「汝リーディア、ゼロを夫とし、病める時も健やかなる時も、もふらをもふる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで真心を尽くすことを誓いますか」 「生涯、愛し続ける事を誓います」 はにかみながら、澄んだ声でリーディアが答えた。 微妙にアレンジを加えた誓いの言葉に、重々しい表情で刄久郎が「うんうん」と頷く。 同様に、誓いを問われたゼロは「誓う、ぜ」とぶっきらぼうに応じ。 (相変わらずでやすね、ゼロさんは) 思わず伝助は、ふくりと笑いを堪えた。 「死が二人を分かつまで、か」 呟く周太郎は傍らの水奏と繋いだ手に、僅かな力を込める。 分かつ死の、その先も共に‥‥そう願った相手は誓う二人を見つめたまま。 ただ応じる様に、彼の手を握り返した。 交換する揃いの銀指輪はリエットがデザインし、仄の手で細工された逸品だ。 掘り込まれた模様は『剣に三つの桃の実』。 剣はゼロ。そして桃はリーディアの誕生花であり、邪気を祓うとされる事から。シンプルな美しさを引き立たせるべく、仄が腕によりをかけたという。 霜夜が台座を捧げ持ち、並んだ指輪の片方を無造作にゼロが取った。 「あ‥‥サイズが違います。リーディアさんにはめるので、小さい方を」 「こっちか?」 焦りながら仕切り直す様子もいいネタと、筆を走らせるのは照。 「‥‥照?」 その様子に、始めてふしぎは彼女の参列に気付く。 珍しい着物姿。でもいつもの様にメモを取る照の横顔を、どぎまぎとふしぎは窺った。 つつがなく指輪の交換が終わると花婿は花嫁のベールを上げ、ぎこちなく誓いのキスを交わす。 間近で見守る霜夜も感極まり、ハンカチで目元を拭う事すら忘れ。 「聖なる誓いをもって、お二人は夫婦となりました。神の御名において祝福します」 最後にエルディンが、厳かに宣誓した。 再び楽が奏でられ、『聖歌隊』は祝福の歌を唄う。 伸びやかな高音のミーファやティアに、琉宇は中音域、ルシールが低音域を受け持ち、歌に広がりを持たせていた。 (ゼロさんのお名前も‥‥何も無い、のではなく、始点という意味での『ゼロ』となります様に。お二人がこの先、幸せな時を紡がれますよう) 祈る形に指を組み、ルシールは歌を紡ぎ。 ティアも思いを込めて一音を奏で、声を響かせる。 (この場に居合わせた、全ての方の‥‥そして、生きとし生ける全てのモノ達の安寧と、幸福への祈りを) 願うはただ、それだけ。 家族の命を奪われ、隠れて紡ぐ事しか出来なくなってしまった聖歌を、祈りを‥‥音と歌に込めて、多くの人々の前で再び奏でる事が出来る。 その感慨に、リードをとるミーファは胸が熱くなるのを感じていた。 (こんな嬉しい機会が与えられた事を、神に感謝します) 雪巳と琉宇もまた、晴れやかながら粛々と。 手を取り、誓いの場を後にする二人を楽の音で送り出す。 「 人よ、内なる声に耳を傾けよ 大いなる愛、祈りも祝福も 全ては個々の心の神殿より満ちて溢れ、 祈りは大気に、想いは風に満ちて、全てを包む 」 「二人とも、おめでとうなりよつ!」 「おめでとうなのじゃ、末永くお幸せにじゃな♪」 両手いっぱいの花を譲治や春金が放り、青空に花びらが舞った。 フラワーシャワーの祝福にリーディアはゼロへ、そして参列者に笑顔を返す。 式が無事終わった事と、幸せを胸の内でかみしめて。 「それでは、投げますよー!」 三段ほどの踏み台を上がり、集う者達へ呼びかけた。 「なんや、何が始まるんやろ?」 「ブーケトスよ」 妙に緊張した空気に戸惑う湊へ、顔ぶれを面白そうに眺めたレイシアが答える。 「ぶぅけとす?」 「花嫁の投げたブーケを取った人が、次に結婚出来るのよ」 「結婚か〜‥‥うちもその内、するんかな?」 式を思い出し、想像してみるが。 「あかん、自分の晴れ姿が想像できひん」 想像できない事自体に、微妙なショックを受ける湊。 「ボクには想像できるぞ。とっても可愛い花嫁姿が」 「まぁ、絵梨乃さんはね」 凹む彼女へ絵梨乃が意味深なフォローをし、灰音は思案気味に片目を閉じて苦笑した。 一方、台上の花嫁は背を向け。 「ほら、司さん。頑張らないと!」 「え、えぇ〜‥‥でも、お師匠‥‥」 人の迫力に負け、狼耳をへにょらせて柱の陰へ隠れた司を、師である薫が激励する。 「まめとらさんは、いいのか?」 尋ねる焔騎に、「いえ」と彩虹は苦笑い。 「私は結婚とか、まだ興味ないで‥‥」 「えいっ!」 それは一種の条件反射か。高く投げられたブーケが視界に入った瞬間。 「ーー瞬脚ッ!」 駆け抜けた、白い影ひとつ。 「おめでとうだ!」 「次は彩虹さんか、頑張って!」 捕獲した『獲物』を手に、ハッと我に返る彩虹。 「えっ? あのあの、これは‥‥!」 祝う友人に顔を赤らめ、とっさにブーケで顔を隠す。 「ぜろりん、ぜろりん」 そんな『騒動』の最中、くいと茉莉華がゼロの袖を引いた。 「ん、何だ?」 小首を傾げ、薄紅のふんわりとした着物を着た少女は、ほわりとゼロへ問う。 「ご飯、まだです‥‥?」 ●花宴 「純白もお薦めだけど、派手な方が良いかと思ってね。さすがに金や濃い色は避けたけど」 朱麓が仕立てた白無垢は、打掛に『幸せな未来への飛翔』をと翼を広げて飛ぶ鶴、綿帽子には『永久の幸福』を祈って福寿草が刺繍されている。 ゼロの直垂はケロリーナの見立てで、黒地に白でもふら型の柄、胸紐や袖括りは朱だ。 新郎新婦が色を直すと、祝席も二階へ移った。 「よ、御両人。皆、待っとるで」 『永久』『寿』『結縁』と銘入り菰樽を前に、晃が木槌を手渡す。 「これが開からな、始まらんやろ」 「鏡開き、初めてなのです」 「張り切って、強く叩くなよ?」 長い柄を二人が一緒に握って、木槌を振り下ろし。 ガコンッ! 小気味のいい音に、ワッと座がわいた。 「本日はお忙しい中、ゼロ、リーディア両名の為にお集まり頂き‥‥硬いですかね?」 杯が行き渡る間、ニヤニヤ笑いな反応に圭介が苦笑する。 「ゼロっち達と俺達の仲だ、砕けていいだろ?」 焔騎の助け舟に、「では」と司会は咳払い。 「お二人の末永い幸せを祈って、乾杯!」 圭介の音頭に、高々と杯が掲げられた。 「これが俺の料理だ。口に合うかはわからんが、召し上がってくれ」 酒の肴にと、哲心が料理を運び込む。 特に舟盛りは鯛や鮪、花盛りにしたシイラ、ヒラメ、甘エビと、祝いの席を盛り立てる様に工夫を凝らしていた。 「おめでとう、二人とも。末永く幸せにな」 「感謝するぜ。心尽くし、遠慮なく頂く」 自ら舟を置く哲心へ、ゼロが礼を言う。 「どんどん食べてよ」 「はい。鬼灯様、美味しいです!」 焼物を並べる恵那に、頬を押さえて彩虹。 他にも常磐が作ったボルシチなど、ジルベリア料理も次々と膳に上った。 人魂の式で多忙を察した无も手伝って料理を運び、台所では汀が後片付けを買って出ていた。 「改めて‥‥ひ、いやリーディア、それにゼロ。おめでとう」 言い直して、劫光が二人を祝う。 「おめでとう、本当に。あたしもホント嬉しい♪」 はぎゅっとリーディアを抱きしめたアグネスは、頬へキスをし、扇子「秋茜」を手渡した。 「秋茜、がっちり掴んどくのよ?」 「‥‥はい」 贈り物を握る姿に、彼女は目を細める。 (いつでも秋茜を傍に、ね) 次いで、花婿の肩へポンと手を置き。 「あんたもおめでと。二度と、自分を粗末にしないことッ」 首へ手を回し、グキッと引き寄せた。 「痛ぇっ?」 「意地でも幸せになんなさい、な」 有無を言わさず、彼の頬へもキスをする。 「‥‥ありがとよ」 「世帯を持つならお金は大事‥‥でも、祝いはリーディアに預けておくわね♪」 そして、アグネスは二人へウインクした。 「わしからも祝いの品じゃ」 那須鷹が渡したのは、もふらさまクッションと、まるもふなパジャマのセット。 「これで、夫婦生活も安泰じゃろう」 「夫婦‥‥安泰なのですかっ?」 興味深げにリーディアが尋ね、那須鷹は笑う。 一方ゼロは、初対面のモハメドに祝福されていた。 「おめでとうございます。これはお祝いです、どうぞ」 彼からの祝いは香と珈琲。 「すまねぇな」 「いえ。珈琲は、飲むと目が冴えますので」 「まぁ、二人は多少冴えても、ね?」 レイシアが冷やかし、四角い包みを解いた。 「私からも、はい」 手渡せばゼロは固まり、横から覗くリーディアがぽっと顔を赤らめる。 それは、少しお高い感じの春画で。 てしてしてしてしっ。 「ちょ、ナンで俺を叩くっ」 無言で抗議する新婦に、束ねた赤毛を揺らしてレイシアが笑う。 「ま、お約束よね」 そして彼女の気配がスッと変わったーー騎士としての、真面目な顔に。 「本命は、その下よ」 春画を繰ると、ジルベリアの絵画が数点。風景など、いずれも見事な絵だ。 「高かったのよ。折角だから長屋に飾ってもらえると嬉しいわね」 「でもボクは、春画も捨てがたいな」 ニッコリ笑んだ絵梨乃が、ゼロへ箱を渡した。 「もふんどし七枚セット。沢山あって、困る物でもないからな」 それから意味深にリーディアを見やる。 「新婚の夫婦といえば、なんと言ってもお揃いの服だよな」 実は褌の下には本当のお祝いの品、ペアのパジャマが仕込み済。だが、それは開けてのお楽しみだ。 「ペアルック、素敵なのですよ」 何かを察したか、きゃっきゃとリーディアがはしゃいだ。 「僕からはこれだよ。南瓜割り用に」 流宇が置く籠には、南瓜がごろごろ。 「ジルベリアでは、南瓜割りをするのか?」 「ないよ。お祭りだと掘って飾るけど」 訝しむゼロへ、少年は得意げに説明した。 「るーくんは南瓜なりかっ! おいらも、負けられないぜよっ!」 何をどう張り合うかは謎だが、気合十分な譲治。 「んっ! いつかはお世話になったのだっ! おめでとうなりよっ!」 遅れてゼロ達へ挨拶をし、大きめの枕と民宿から持ってきたという酒を置く。 「それが、譲治くんからの?」 「新婚さんには、これがいいらしいのだっ?」 「よくわからねぇが、ありがとな」 少年達の贈り物に、何故かゼロは脱力気味した。 「二人とも、おめっとさん‥‥先を越されたかね」 「ふふ、おめでとう御座いまする。お二人が比翼連理が如く、離れえぬ縁となる事を」 周太郎と水奏が、揃って言葉をかける。 「幸せでやってくれよ。後、お祝いに来ただけってのもあれだが‥‥何か一個、選んどくれ」 「茶碗と湯呑み、箸からお好きな物があれば」 希望を尋ねる水奏に、リーディアがゼロを見やった。 「選んでいいぜ」 「じゃあ、お箸で」 「では。大した物ではありませぬが。宜しければ、お使い下さい」 「あと、これもな」 加えて、紅白もふら饅頭を周太郎が添えた。 祝いの後、周太郎と水奏は二人で寛ぎ、料理に舌鼓を打つ。 「天儀式の祝言にジルベリア式‥‥初めてでしたが、華やかで良いものでしたなぁ」 「なぁ、水奏。俺達もあんな結婚式‥‥するか?」 式への参列も、彼女にジルベリア式の婚儀を見せたかった為。 周太郎の問いに、水奏は考え込み。 「一度は霧咲の家で、もう一度は人を集めて行うのも良いやも知れませぬな?」 恋人の反応を伺いながら、くすりと笑む。 「両方、か」 それも悪くないと、周太郎は杯を傾けた。 「さて、ケーキ入刀です!」 圭介が襖を開ければ、驚きの声があがる。 現れたのは、沢山の果物を使った三段のウェディングケーキ。 最上段では『Happy Wedding ゼロ*リーディア』のメッセージが入ったハート型チョコを背に、もふら姿な新郎新婦の砂糖菓子が仲良く寄り添う。 「ケーキ‥‥美味しそう、です」 見事な出来栄えに、うっとりと茉莉華。花嫁の衣装や笑顔を見ていると、いつか自分も‥‥と夢を馳せる乙女だが。 「ぜろりん、独り占め?」 「一人で食い切れねぇだろ、あれ」 ゼロの返事に、茉莉華はほっこりする。美味しい物も気になるお年頃だった。 「二人でナイフを持って、ケーキを切るのです」 「上から下までバッサリ?」 「切り分けは、後でコッチがやる。端を少し切ればいいからな」 リーディアの説明に、統真がフォローする。 「鏡開きと違うから、ガツンといくなよ?」 ニヤリと笑う統真に、ゼロの目が泳ぎ。 祝福の拍手の中、一本のナイフを握った二人は無事にケーキ入刀を終わらせた。 ケーキは参列者に振舞われ、砂糖菓子人形とメッセージ付ケーキをフェルルと統真は新郎新婦へ届ける。 「お二人とも、末永くお幸せにっ♪」 「素敵なのです」 「すげぇ祝いをありがとな」 「覚悟の程なんか、今さら俺が口出すこっちゃないだろうし‥‥幸せにな」 祝いを告げて座敷を出れば、二人はやっと安堵する。 「喜んでもらえて、よかったですね」 ふとフェルルは手を伸ばし、統真の頬についたクリームを取って舐め。 「美味しいです」 「そ、そっか」 ぽしぽしと統真が頬を掻き、彼女はにっこり微笑んだ。 ●宴模様 「甘さに耐え切れない方は、どうぞ。苦いですよ〜♪」 せっせこと、アルネイスが珈琲を振舞う。 宴席では『まるもふ集団』‥‥恭冶と千羽夜、刄久郎の三人が、まるごともふら姿で奔放に寛いでいた。 ‥‥例えば新郎新婦が外した隙に、席を陣取ったり。 「千羽夜さん、可愛いのですっ」 迷いなくリーディアが千羽夜をもふり、ゼロは微妙な表情で。 「てめぇら、そのまま祝われちまえ」 断ると、ブンブン首を横に振る恭治。 「義弟よ、おめでとう!」 「のがぁっ!?」 がっしと刄久郎がゼロの肩を掴み、恭治と下敷きにして祝う。 「ちゃんと幸せにしろよ?」 潰れたゼロへ、刄久郎はニヨニヨ笑い。 「二人のこれからが幸せいっぱいになるよう、お祝いさせてね♪」 意気揚々と、千羽夜が進み出た。 「もふら様に縁深い二人の為に、まるもふ踊りをお贈りするわ」 陽気に飛んだり跳ねたり、お尻を振ったり。 ぴょこぴょこもふもふ元気いっぱい、かつ可愛らしく、千羽夜は踊る。 最後にごろんとでんぐり返し、首を傾げてポーズを決めた。 「結婚、おめでとうもふ♪」 「きゃーっ、千羽夜さーん!」 再びリーディアが、お礼のもふりに向かう。 余興を眺める哲心と朱麓は、宴席の隅で差しつ差されつ。 「あたしもいつかは、ああいうのを着て‥‥」 新郎新婦へ目を細め、ふと出た台詞に朱麓は焦った。 「って、ななな何言ってんだいあたしは!? せっ、籍入れなんてまだまだだっつーの‥‥」 濁す頬が赤いのは、果たして酒のせいだけか。 そんな恋人を、哲心は暖かく見守る。 「いずれは俺達も、だな。いつになるかだが‥‥」 彼の呟きに、朱麓は笑って首肯した。 「いずれ、ね」 「やっぱり、祝い酒は最高やな!」 「美味い酒と料理、タダなら格別ってな」 豪快に晃が枡で酒をあおり、仄も酒杯を重ねる。 「とっておきだ。お二人にも呑んでもらいたい」 幻十郎は『桜酒』を開け、二人への祝いとした。 「ありがとよ」 「美味しいのです」 思わぬ春の香りに、新郎新婦は顔を綻ばせる。 「にしても、めでてぇ〜! こんな日は、皆で呑むのがたまらなく好きだ〜!」 ご近所にも振る舞い酒をした幻十郎は、晴れ晴れと杯を干した。 「ええ話やなぁ」 二人の生い立ちから結婚までを描いたケロリーナの紙芝居に、ジルベールは涙ぐむ。 「こんなええ式挙げたら、奥さん喜ぶやろなぁ」 「けろりーなも、けっこんしたいですの〜」 「ええ人、見つけや」 少女らしい願望を、ジルベールが応援した。 「けど、お目出度いことなのに、なんでかちょっと胸のとこがちくっとするんです。なんでだろ?」 一緒に紙芝居を見た透歌は、心なしかしょんぼりと。 「ん〜。大人になったら、分かるかもな」 ジルベールが宥め、興味津々でケロリーナが聞く。 「オトナ、ですの〜?」 「多分な。でもお祝いは言える時に言うた方がええ」 促されて透夜は頷き、思い切って席を立ち。 「ゼロさん、ご結婚おめでとうございますっ」 明るく、彼女は祝いの言葉を伝えた。 「幸せそうでいいですよねっ」 耳をぱたぱたさせながら、新郎新婦を眺める司。 「そうね‥‥結婚は、いいものよ」 答える薫も、ふと自身が結婚した時の事を思い出し。興味があるのか、司が薫の顔を覗き込んだ。 「結婚ってどんな感じでしょうか。こー‥‥気になるんですよね、好きな人と一緒になるって」 「そうね。互いに相手へと望むのは、恋。与えるのは、愛‥‥かしらね」 「‥‥難しいなぁ」 「そして支え合うのが、夫婦というものよ」 「んー‥‥そうですか‥‥ありがとうございます」 礼を言う司に、果たして伝わったかどうか。 それをとやかく言うものでもないかと、薫は弟子の酌で祝いの酒を傾ける。 「どうしてこうなった‥‥」 狭く鉄っぽい筒の中で、刄久郎が呟いた。 「射角よーし、火種よーし」 楽しげに焔騎が確認し、窓や道の端で誰もが固唾を飲む。 向かい合った二門の大砲の間には、クス玉が一つ。 「お二人の門出を祝して。上手く当たればご喝采!」 場を盛り上げる圭介へ、こんなまるもふで大丈夫かという疑問を問う暇もなく。 ボゥンッ! 轟音一発‥‥いや、二発。 放たれた白い二発の『砲弾』は。 ごがめきょっ。 「げふっ!?」「ぐはっ!?」 嫌っぽい音と共に、見事クス玉へ『命中』した。 ずる‥‥べしょり。 「恭ちゃん、守紗様‥‥生きてる?」 地上へ落ちた物体を、つんつんと彩虹が枝で突いてみる。 『返事がない、ただの着ぐるみの様だ』 刄久郎が札を手に力尽き、ぱかりとクス玉が開いた。 『二人共おめでとう!』 ひらりと風にそよいだ垂れ幕に、拍手喝采。 「ではお祝いに、寿ぎの舞を」 千早と精霊の羽衣を纏った雪巳が、扇子「清凛」を手に進み出て。 粛々とした舞いの間に、まるもふ二体はずるずる回収された。 「久しぶりじゃのぉ、元気だったかの?」 宴席の隅で飲む崎倉へ、春金が声をかけた。 「ああ、お陰様で。春金も元気か」 「勿論なのじゃよ。じゃが‥‥無理は禁物じゃぞ。サラちゃんは、以前あげた笛は吹いてみたかの?」 崎倉に隠れ、頷く少女の帯には一本の笛。 「良い音だったじゃろ? 今度一緒に吹いてみようの♪」 誘えば、僅かにサラははにかむ。 「なんにしても、祝いの席というのは良いのぉ。わしもいつかは‥‥」 何気ない風に、崎倉をちらと春金は窺い。 「春金なら、金魚柄の色打掛か?」 「そ、そうじゃの」 笑う相手に誤魔化し、外へ目をやった春金は道端の人影に気付いた。 「祥さん、寄っていかんのか?」 踵を返す背を呼べば、ゼロが顔を上げる。 「ちっとだけ、すまねぇ」 「ゼロさん?」 軽くリーディアの肩へ触れてから、春金へ駆け寄り。 「祥は」 「行ってしまったのじゃ」 それを聞き、ゼロは窓枠に足をかけた。 「からす!」 「彼なら、向こうだ」 離れた自身番の火の見台で備えるからすが、夜の一角を示す。 「遠くはない」 「ありがとよ!」 言って、ゼロはポンと跳び。 「いってらっしゃいませ〜」 消えた背をリーディアが見送り、扇子「渓流」を伝助が苦笑した。 「相変わらずでやすか」 「ですね。でもいちいち驚いていたら、身がもたないのです」 「さて、ゼロさんが居ぬ間に‥‥おめでとう、リーディアさん。これは私から、ささやかなプレゼントだよ」 箱を渡した灰音は、視線で開封を促す。 リーディアが蓋を開ければ、中は白と青緑色に彩られた一着のマーメイドドレス。女性らしい柄の朱色のハンカチを添え、心配りが窺える。 「天儀でパーティはなかなかないだろうけど、もしそういう機会があれば、ぜひ使って欲しいかな」 「はい、大事にするのですっ」 嬉しそうな表情に、灰音もまた笑んだ。 「てめぇ、待ちやがれ!」 背中からの声に耳を疑い、祥は歩を止めた。 振り返ると、予想した相手がいて。 「ちょっ、蹴るな!」 咄嗟に足が出た祥に、避けるゼロは草履も履かず白足袋のまま。 「‥‥祝言は」 「すぐ戻る。って、蹴るな突くな、話を聞け!」 攻撃的な非難に、慌ててゼロは布包みを突き出す。 「祝い物、兄上からだ」 虚を突かれた祥の動きが、止まった。 「渡したぜ」 真顔だったゼロは、ニッと笑って身を翻す。 嘆息し、押し付けられた包みを解けば、現れたのは金銀蒔絵で日月が描かれた朱盃。 「‥‥どうか、あんたが伴侶と共に歩む道が‥‥幸に溢れる様に」 何故か、自分と似て思える相手だからこそ。 既に遠い背へ小さく笑み‥‥だがどこか揺らいで思える表情で、祥は呟いた。 番小屋前では、一人の志士が待っていた。 「‥‥預かり物だ」 手渡すのは赤と緑の『家庭円満』に『子宝祈願』のお守り、二葉の紅葉を合わせた栞、そして一通の手紙。 「それから、伝言もーー」 「確かに。ありがとよ」 受け取ったゼロは手紙にあった『有栖川 那由多』の名に気付き、「馬っ鹿野郎が」とボヤいて墨をなぞる。 「なぁ。人ってのはなんでこう‥‥どうしようもなく、不器用なんだろうな」 「知らん」 問うゼロに、征四郎は素っ気なく。 「全くもって‥‥どうにも、浮かれた雰囲気は苦手だな‥‥他人事じゃ無い筈なんだが」 番小屋の裏で、ふっと雪斗は嘆息する。出来れば、挨拶だけでもと思ったが。 「よぅ、こんなトコでどうした?」 思わぬ声に思案を遮られ、彼は目を瞬かせた。 「それ、そのまま返すよ。ゼロさん」 座敷の騒ぎを思い出し、理由を察する。 「おめでとうな。占い師としてじゃなく、一人の友人として祝うよ」 「ありがとよ。今日はもう行くのか」 「そうだね。少し早いけど」 「そっか。夜道、気をつけ‥‥ってのも変か」 相変わらずな相手に、雪斗は笑んだ。 「ゼロさん。以前の刀の一件、覚えてやすか〜?」 戻ったゼロの肩に、へろりと伝助が腕を回す。 「酔ってるな?」 「祝い酒でやすよ」 天儀酒『武烈』を杯に注ぎ、お節介と承知の上で伝助はぽそりと告げた。 「あれですけどね。一つ約束して下さい。これからは自分の命、もっと大事にするって」 「分かったぜ」 苦笑混じりの返答に、貸主は破顔一笑。 「では、これで貸し借り無しって事で♪」 満足げに伝助は杯を煽る‥‥ガッチリとゼロを脇に固めたまま。 新婦を囲んで祝うのは、鳳庵の面々。 初秋なら千日草と無花果を送ったのにと志姫は残念がり、ケーキを頬張る朱華へ寿々丸が口を尖らせる。そして酩酊気味のリーディアへ、シルトが水を手渡した。 「あ、ゼロさん、戻ってきましたよ」 「にゅ。ゼロさ〜んっ」 迎えに行く新婦を笑顔で白藤は見送り、心配そうな常磐が袖を引く。 「お前は、辛くないのか? あの人が生きていれば自分もやった事だろ? あの人だって‥‥」 周囲の歓談に消えそうな言葉だが、白藤はふわりと蝶と月の振袖を揺らし。 「そうだねぇ‥‥大切な人達が幸せになる事は私も幸せな気持ちで笑顔になる。彼がいなくなった事は辛いけれどね──常磐は優しいわね? 本当に」 そっと頭を撫でる白藤に、常磐は緑の瞳を伏せた。 「さて、後は全力で仕上げ。翌朝の一面は頂きですよー」 「あの、送るよ」 宴も潮時と筆を収める照へ、ふしぎが声をかけた。 「大丈夫です、走って戻りますので!」 「僕だってシノビ修行中なんだぞ。何かあって原稿なくなったら大変だろ」 何かなんてなさそうだが、それでもふしぎは譲らず。 「ま、付いてくるのは、自由ですから」 言い置いて、彼女は宴席を後にする。 「今日の二人、凄く素敵だったな‥‥いつか、僕だって」 呟いて、ふしぎは揺れる鼠尻尾を追った。 「千羽夜。一生、俺の隣でいてくれんかな。一緒の未来を見ていってほしい」 いつになく真剣な表情で、恭冶が切り出した。 突然の求婚に、千羽夜は目を丸くして。 「恭冶さん、ありがと‥‥」 礼を言う瞳に、涙が溢れる。 「千羽夜?」 「でもあなたが大好きで大切だから、ゆっくり考えさせてくれる? 家族になる事の意味、失う事の怖さ‥‥私の中で整理がついた時に、改めてお返事させてね」 項垂れる恋人の髪を、恭治は撫でた。 「千羽夜が納得できるまで、考えればいいやね。俺は待ってるから」 「ありがと‥‥幸せになるのが怖いだなんて、変な子でゴメンね‥‥」 優しい温もりに、千羽夜はぎゅっと抱き付き。 震える肩を、そっと恭治が抱き返した。 「やっぱり、ね」 一階で自棄酒中の男を見つけ、アグネスが苦笑した。 「お疲れ、おとーさん」 延々と酒杯を傾ける劫光の隣へ座ると、彼の杯へアグネスは徳利の酒を注ぐ。 「でも父‥‥いえ、姫君の騎士様からは、もう卒業なさな。今が良い区切りじゃない、劫光?」 「そうだな」 一気に杯を煽る劫光へ、また彼女は酒を足し。 その徳利を、劫光が取る。 「飲むんだろ」 「そうね‥‥付き合おっかな」 小さく頷き、アグネスも杯を手にした。 「こういうのもやっぱり、いいものですね。那須鷹さんとの事は、満足してるんですが」 「ふふっ。確かに少し、羨ましくはあったな」 一日を振り返る圭介へ、祝言酒の徳利を那須鷹が振る。 既に夫婦の二人だが、式は挙げずに籍を入れたのみ。それ自体に悔いはなく、幸せは今も変わらず。 「あやつらに負けず劣らず、夫婦であろうぞ」 「はい」 寒い帰り道、夫婦は温かな口付けを交わした。 |