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■オープニング本文 ●さがしもの、ひとつ 「私が探している弓と、似た弓が‥‥ある?」 やや茫然とした表情で、弓削乙矢(ゆげ・おとや)は中年の情報屋に聞き返した。 「その話は、本当なのですか?」 「さぁて、あくまで噂話だ。その社(やしろ)、毎年夏の終わりに開く祭で、祭事にその弓を使うらしいとさ」 「祭事で、ですか‥‥」 「内容までは詳しくは知らないが、今年の祭も近々やるらしい。ともあれ、ネタは伝えた。どうするかは、そちらさん次第ってな」 一つ二つと金を数えた情報屋は、金子を懐へ突っ込んだ。 「あと、これは話のついでにおまけだが。その神社がある山の反対にある里で、少し前にアヤカシっぽい化け猪が出たとよ。何とか、村の連中が追っ払ったって話だけどな」 「祭りの賑やかさに誘われて、人を襲いに来る‥‥と?」 「さぁて。俺はアヤカシの知り合いもおらんし、分からんな。そいじゃ」 話すだけ話すと、袖に手を入れた情報屋は軽い足取りでその場を去る。 しばしその場に、茫然と乙矢は立ち尽くし。 「弓の確認もですが‥‥アヤカシをどうにかしないと、ですよね‥‥しっかりしなければ」 何度も左右に頭を振り、人の流れに押されるように歩き出した。 ○ それより、数日後。 開拓者ギルドには、乙矢の名義でこんな依頼が張り出された。 ――朱藩にある村の近く、山あいにアヤカシ化け猪が潜んでいるらしい。 村ではちょうど厄払いの祭事を行う祭があり、村人が危険に晒される恐れがあるため、アヤカシの警戒に協力して欲しい。 また、依頼とは別に、助言を求めたい事あり。 社に納められている祭事用の弓が、十余年前に当家から盗まれた品か否かを確認したい。ただし祭具として納められている物ならば、一般的な方法は困難であり。 その方法について、何らかの助言をいただければ有難く――。 |
■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
レネネト(ib0260)
14歳・女・吟
透歌(ib0847)
10歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●向かう先、思う先 「十余年前に消えた家宝の弓‥‥で、その祭具が、盗まれた弓の疑いがあるのね」 朱藩にある、小さな農村への道中。 乗り合いの馬車に揺られながら、腕組みをした胡蝶(ia1199)は溜め息をつき、神妙な表情で弓削乙矢は頷いた。 自分より年上ながら『世間知らず』な弓術師が、何故か仲介屋やら情報屋といった裏道の者達と繋ぎを持とうとし、時に胡散臭い出所の仕事を受けていた事が彼女なりに気にはなっていたのだが。 「しんぱ‥‥けふんっ。どうも不審に思ってたけど、それが理由だったのね」 ぽろと落としかけた言葉を咳払いで散らし、ようやく合点がいった風に友人を見やる。 「すみません。なにやら、気にかけていただいていたようで」 申し訳なさげに謝る乙矢だが、逆に胡蝶は鋭い視線を返した。 「べ、別に、気にかけていた訳じゃないわよ? 顔見知りがヘマでもしたら、後に響くでしょっ」 「そうですね、気をつけます」 つぃと顎を上げる胡蝶に対し、深々と頭を下げる乙矢。 二人のやり取りを、面白そうに嵩山 薫(ia1747)が眺めていた。 彼女も乙矢とは見知りだが、顔馴染みというほど親しくはない。 ただ何となく‥‥過去の経験上から、乙矢の礼儀正しさに無理しているような印象を持ち。そして彼女が探す弓の存在を知り、手出しが出来ず困っていると知れば、協力してやりたいという情がわいた。 加えて、伝統を重んじる祭事に出所不明の弓を用いるかもしれないという辺り、話に胡散臭さを感じずにはいられない。 「実に胡散臭い話よね。だからこそ、惹かれるのだけれど」 親切心と同じか、もしかするとそれ以上の好奇心を薫は隠さず、傍らの酒友へ呟いた。 「因果の尻尾か。家と家族の因果も、深いの」 ぼそりと応じながら、斉藤晃(ia3071)は顎の髭へ手をやる。 乙矢自身とは親しくもなく、抱えた事情の仔細も斉藤には分からない。だが話に応じる様子と案じる胡蝶の話しぶりから、荒事裏事に慣れていない部類だと簡単に推察できた。 なら、万が一にも「手を汚す」必要があれば‥‥とも、思う。 この世の裏も表も知った者が、後に続く『若い連中』の為にしてやれる事ではないだろうかと。 「それにしても。賊が値打ち物を盗んだ‥‥となれば、真っ先に浮かぶは換金狙いですが。社の神事に使う祭具を、金で買うような事があるとも思えませんし‥‥」 薙刀「巴御前」を抱くように肩へ傾げた志藤 久遠(ia0597)が、頭の中でめぐらせていた思案をぽつと口にした。 「ふむ。案外、根深い問題、でしょうか?」 「もし本当に盗まれた弓だったら、乙矢さんはどうしたいのかな?」 久遠の呟きに、透歌(ib0847)が心配そうな顔をする。 「神事に使われる弓が、乙矢さんの家から盗まれたものなら‥‥後は乙矢さん自身の問題、と思います。わたくし達が出来るのは、確かめる事の手伝いまで」 レネネト(ib0260)が、膝の上に置いたメローハープへ視線を落とした。 「世界のあちこちでは、絶え間なくアヤカシが現れ。弓削家に起きた残酷な事件を思うと、人もまた‥‥」 物憂げに、吟遊詩人は金の瞳を伏せる。 「今は少しずつ、歩んでいくしかないのかも知れません」 それが乙矢に対する言葉なのか、自分へ言い聞かせる言葉なのかは、レネネトのみが知るだろう。 「ともあれ。こちらが成すべきは、まず化け猪退治。そしてその功績により弓へ近付き、確認する事‥‥です」 「それにお祭りを守るため、ですね。がんばりますっ」 やるべき事を再確認する久遠へ、透歌は小さく気合を入れた。 「そうね。祭となれば、お酒くらい出るかしら」 「ああ。傷を治すには、酒が一番や」 祭と聞いた酒呑み二人が、仕事後の一杯へ思いを馳せる。 「いいこと、乙矢」 気を散らすように適当な雑談をふっていた胡蝶が、不意に注意深く友人を見やる。 「何事も一人で焦らないよう、いいわね」 「分かりました」 やがて乗り合い馬車は、街道の停車場へ止まった。 ●社を預かる者 山の裾野に広がる田に囲まれて農家が寄り添い、麓には小さな社があった。 話によれば、祭自体は宵の頃から。 参道や鳥居の周りには何本ものぼりが立ち、露天商達が次々と『店作り』を始めていた。 「祭の前での多忙故、十分なお構いもできませんが」 突然に立ち寄った開拓者達へ茶を配ると、壮年の神職の方が席を立って下がる。 「山向こうに、アヤカシが出たんですか‥‥」 残った20代半ばの青年神職は一行を快く迎えたが、話が進むに従い、にこやかな表情は曇っていった。 「手負いのアヤカシは、倒せても瘴気が山に残る可能性があると聞くわ」 説明役となった胡蝶は、外套留めに付けた五行の陰陽四寮所属を示す『龍花』が神職の男に見えるよう、意識しながら話を進める。 もっとも、ここは朱藩。それに陰陽師でもない神職の彼らに対して、効果の程は期待できないだろうと彼女も承知していたが。 「完全に瘴気を払う為にも、社に伝わる『鳴弦の神事』の協力を得たいの。そうよね、透歌」 話を振った胡蝶に緊張気味の透歌が大きく頷き、静かな座敷にちりんと飾りの鈴が鳴った。 「はい。幸い、村の人達が協力して退けたそうですが、山に逃げて‥‥手負いのアヤカシの瘴気を払う為に、神事をお願いしたいのです」 幼いながらも巫女の訴えに、青年は腕組みをして唸った。 「出来れば退治の際に、残る瘴気を祓いたいところだけど。力を借りられるかしら?」 「それは、退治する場まで同行しろと‥‥いう?」 鮮やかな赤い髪を左右に振って、薫は不安げな神職へ苦笑を返す。 「神職の方へ危険をお願いするのも、さすがに‥‥ね。なんといっても、祭の前でしょ」 「しかし、神事にて瘴気を払いたいと‥‥そういうお話だと、思ったのですが」 「神事に使う弓だけ貸してもらうんは、無理か?」 『思い切った提案』を斉藤が持ちかけてみるが、眉をひそめた青年はじっと動かず思案した。 「身なりより、あなた方が開拓者であろう事は分かります。ですが、互いに顔を合わせたばかりで素性も知らぬ‥‥こういう表現は失礼ですが、言わば『余所者』。そういった方々に、社の宝であり、村の宝ともなる祭具を簡単にお貸しする訳にも参りません。申し訳ないのですが」 「例え『開拓者』でも、全くの他人。だから、祭具は貸せない‥‥そういう事ね」 単刀直入に薫がまとめれば、困った表情で神職は首肯する。 「ましてや、祭の前。アヤカシへの不安はありますが、お貸しして祭に間に合わなかったり、不運にも壊れてしまったなら。社を預かり、村の安寧を願う祭事を担った者として、面目が立ちません」 「それならアヤカシをやっつけちゃった後、祭司の人に神事をやってもらうのはダメですか? 巫女として、お祭りに誘われてくるかもしれないアヤカシと邪気を払いたいんです」 懸命に透歌が提案すると、再び思案する青年も「それならば」とようやく応じた。 「ただ場所と時間によって‥‥特に祭事と重なれば、明日と言う形になりますが。それでも、大丈夫でしょうか」 可もなく不可もなくといった感の返事だが、全く取り付く島がないよりはマシだと。 開拓者達は視線で相談した末、青年の提案に答える。 「ところで、弓が数年前に新しくなったそうやけど。神具は、年ごとに置き換えてるんか?」 不意に斉藤が尋ねれば、神職は首を傾げた。 「いえ? ただ祭具も年月を経れば古くなり、傷み、壊れる場合もあります。その為に、祭具を変える事もありますが」 「‥‥そうやな」 ぬるい湯飲みを手に取ると、斉藤はぐいとひと息に茶を干す。 良くも悪くも生真面目そうな相手に、下手な要求や勘ぐりはヤブヘビだろうと。 弓の事も必要以上に問わず、アヤカシへ注意するよう念を押して、一行は席を立った。 「どうでしたか?」 小さな拝殿の前でレネネトと待っていた久遠が、現れた仲間へ声をかける。 「アヤカシを倒したら、神職が神事を行う事になったわ」 「弓を貸してくれるのは、やっぱり難しいのかな」 手短に答えた胡蝶へ、残念そうに透歌が呟いた。 「渋るんも仕方ないやろ。後ろ暗いところは、なさそうやったが」 抱いた印象を斉藤が口にすれば、はっと透歌は長躯のサムライを見上げ。 「お話してくれたの、怖いおじいちゃんじゃあなかったですね」 「ああ、そやな」 顎に手をやりながら、斉藤も思い返す。 「青年の方が神職は長いのかしらね? 乙矢さんの素性も、聞かれなかったわ」 薫の視線に、乙矢は頭を振った――その意味は、口に出さなかったが。 「そっちは、どうだったの?」 件の弓がどこから来たか、斉藤や薫も事前に調べたものの分からなかった。村長の元には社に関する記録がなく、社で記録の閲覧を望めば神職の青年が不審がるだろう。 となれば、後は村人からの情報なのだが。 「弓が変わった経緯などは、特に。前の弓が、古くなったせいだろうという話でした」 束ねた青髪を揺らした久遠は、「ただ」と言葉を継いだ。 「気になる話が一つ。その社を守るお二人、随分と歳が離れておりますが‥‥親子ではないそうです」 その言葉に誰もが一つの可能性に気付き、視線で久遠に先を促す。 「五〜六年前に村へ現れ、社の神職になったとか。ただ、弓との関わりは分かりません。犯人が神職とは、思いたくありませんが‥‥」 自分が聞いた話を確かめるように久遠が見やれば、レネネトも目を伏せて応じた。 『口笛』で村の人々を落ち着かせ、話を聞きやすいよう吟遊詩人が助力した上での結果に、誰もがしばし黙り込む。 「とりあえず、アヤカシ退治ですね。社を壊しちゃうような大騒ぎを起こさずにすみそうで、よかったです」 沈黙を破り、ほっとする透歌に胡蝶は境内の建物を見やった。 「いざとなれば宝物殿へ人魂でも忍び込ませて、弓の特徴を書き写すつもりだったけど。どうやら、その必要もないわね」 自分が出来るのはその程度の事で、絵心にはすこぶる自信もなかったが。 彼女にとっての『最終手段』は回避できて、別の意味で密かに安堵する胡蝶。 「根回しは、これでいいとして。後は肝心のアヤカシ退治‥‥晃さん、無理はしない事よ」 「わしを踏み潰すほど、でかい化け猪やったらな」 友人の気遣いに、深手の癒えぬ身ながら、朱槍を担いだ斉藤が巨躯を揺らして呵呵(かか)と放笑し。 「さて。これの使い心地は、どんな感じかしら‥‥?」 頼もしい様子に薫は小さく笑い、兜の代わりではないが、拳へ巻いた神布「武林」をきゅっと締めた。 ●化け猪退治 ガゥンッ!! 重く鈍い衝撃音に、森が震える。 真っ直ぐ突っ込んできた質量が、突如出現した白い壁へ激突していた。 平均的な大人の身長以上もある体躯には、折れた矢や木の棒が突き立ち。 だが毛並みを濡らす血はなく、化け猪は餓えた目を爛々(らんらん)と燃やしている。 その目に、光を反射する刀身が映り。 「はあぁ‥‥ッ!」 気合いと共に、青い影が木漏れ日に躍った。 風を斬り、薙ぎ払う一刀に続き。 即座に繰り出される突きが、二つ。 身を削ぐ刃に、荒々しく喚きながら化け猪は目の前の壁から標的を変えるが。 突き入れた切っ先が、大きく銀の弧を描いた。 ぞむっ! と、確かな手ごたえがあり。 突進しかけた化け猪は、前足を折って地を転がった。 「『水仙』から始まり、『五月雨』『円月』と続く一連の四連撃‥‥札は足りませんが、『雨四光』‥‥とでも、名付けさせて頂きましょう」 青い瞳を細め、久遠はアヤカシを見据える。 レネネトの奏でる『怪の遠吠え』に、引き寄せられたか。 突進してきた化け猪に、いち早く『瘴索結界』を張っていた透歌が気付き。 その勢いを胡蝶が打った式、『結界呪符「白」』が殺した。 先手を打ち、足を止めたからこそ成し得た『雨四光』に、仲間へ久遠は密かに目礼する。 だが、それでも‥‥暴走するアヤカシを、完全に滅するには到らず。 痛みのせいか、餓えのせいか、なおも後ろ足で土を蹴る。 牙で地を抉り、口から泡を吹き、メローハープを奏で続けるレネネトへ向かって。 だが再び、白い壁が行く手を遮った。 「晃の怪我の分、攻撃にも参加した方が良いか‥‥」 怪我をした身に、負担をかける訳にはいかないと。 「新しい術を試すわ。‥‥出なさい、紫鬼(シキ)!」 翻した胡蝶の手より黒い馬が描かれた札が放たれ、それは紫の体躯を持つ鬼と化す。 『招鬼符』により召喚された紫鬼は、アヤカシへ殴りかかる。 「今よ、乙矢!」 胡蝶の合図に、化け猪の正面に位置取った乙矢が引き絞った弓より矢を放つ。 だが眉間を狙った一矢は、それて目玉へ突き立った。 矢を振り払う様に、荒れ狂うアヤカシは激しく頭を振り。 止めの機会を窺っていた影が、跳ぶ。 「は‥‥ッ!」 『極神点穴』を穿つ薫に続き、重い身体をおしながら斉藤の朱槍が唸り。 「喧嘩と拳華は天儀の花。『散桜』!」 『鬼切』と『紅砲』が悪足掻くアヤカシを断ち斬り、粉砕した。 「出来れば、乙矢に花を持たせたかったのだけど‥‥ね」 散り消えるアヤカシに、胡蝶が呟く。 そうなれば『鳴弦の神事』を討ち手の乙矢にさせる名目が出来、彼女が弓を手に取る機会が作れたかもしれないと。 自分が討った演技なんて、融通の利かない弓術師には無理だろうから。 「胡蝶、殿?」 「なんでもないわ。日が暮れる前に、弓の確認をするわよ」 小首を傾げる乙矢に、髪を背中へ払った胡蝶はつぃとそっぽを向いた。 ○ 「 怪は世の穢れ 穢れが生み出した子 虚ろなる穢れが傍にあれば 再び怪となれり 地に神弓あり 穢れを払い 晴れを齎すのは今 」 淡々と、レネネトが『偶像の歌』を唄う。 村人達が見守る中、やがて弓袋を携えた神職の青年は約束通りに開拓者達の前へ現れた。 「では、案内をお願いします」 開拓者達に背を向けた祭司は弓袋から弓を取り出し、神事を行う。 その後ろ姿を、誰もがじっと見守っていた。 長い弓の、墨の如く黒く塗られた両端は見えるが、全体をゆっくり見る事は叶わず。 弦を引き打って鳴らす神事が終われば、すぐに祭司は弓を袋へ戻した。 「どう、でした?」 恐る恐る透歌が聞けば、硬い表情の弓術師はふっと表情を緩める。 「随分と、濁った‥‥弦音、ですね」 それが探す弓か否かは答えず、乙矢は目を伏せ。 「ありがとう、ございました」 短く、そして小さく礼を告げた。 被害もなくアヤカシは退治され、滞りなく行われる祭に喜んだ村人達は開拓者を祭の宴へ誘った。 「美味しいお酒が飲めそうね、晃さん」 「そうやな。にしても、過去が現在に追いついてくるか」 酒友の二人が誘いに応じ、残る者達も賑やかな空気に断れず、宴の席へ招かれる。 ただ、ひっそりと辞したのか。 いつの間にか、賑やかな席から弓術師は姿を消していた。 |