花火見物 御座敷遊戯
マスター名：風華弓弦
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| ■オープニング本文 ●遊里の流儀 「礼？」 いつもと変わらず、夜なお華やかな遊里の一角で。 呼び止められたゼロは怪訝な顔で、腰が低く愛想のよい男へ聞き返した。 「えぇ。その節はゼロの旦那や、開拓者の皆様にお世話になりましたしね。何かしらのお礼をしなきゃあこう、不義理じゃあありませんか」 「そりゃあ別に、気にするほどの事でもねぇだろ。逆に、こっちの面倒事へ巻き込んじまったみてぇだしな」 それでも中年男の若い衆は、ぺちりと自分の額を軽く手で叩く。 「いやいや、あっしらも商売ですしね。無論、こういう場所での遊びは好かないというお方もこう、いらっしゃるでしょう。多感な年頃のお方がいらした覚えもあります。ですから、その日だけは店の者揃って仕事抜き、商売っ気抜きでこう、皆様に遊んでいただければと」 「ま、客を取らないってんなら、問題ねぇだろうが……」 「その方が、女達も気楽に相手が出来るってもんです」 「じゃあ、有難くのっかるか。声はこっちで、かけとくぜ」 ひらと手を翻して了解した旨を示せば、見世でやり取りを聞いていた遊女達がくすくすと笑いながら手を振り返した。 「で、それはそれとして。今日は遊んでいきやすか、旦那」 「いや、すまねぇが帰る。ちぃと用があるんでな……誘いの件は、ありがとよ」 若い衆へ礼を言い、再びゼロは賑やかな通りをぶらりと歩き始める。 「……あいつも、連れてくるかなぁ」 歩きながらふと思いつき、ぽつりと小さく呟いた。 ○ 「伊之助、近いうち花火見物に行くぜ」 「花火？」 ゼロの一言に三枝伊之助（さえぐさ・いのすけ）は眉根を寄せ、何ともいえない奇妙な表情を返した。 ゼロを父の仇として、仇討ちを果たすべく神楽の都へ来た少年だが、結果として仇討ちは白紙となり。 今は一時的にだが、ゼロが住む長屋へ身を寄せている。 「近いうち、花街の近くで花火の催しがある。これが遊女屋の二階にある座敷の窓から、よく見えてな。普段なら、花火見物を兼ねた客を取ってるんだが……今年は先に起きた毒盛り騒動で大事にならなかった礼にと、特別に開放してくれるそうだ」 説明しながら、暑そうにゼロは開いた胸元をぱたぱたと団扇で扇いだ。 風はほとんどなく、神楽はまだまだ蒸し暑い。 ただ伊之助の不機嫌顔は、暑さとはまた別の理由からだろうが。 「それに、俺も来いって？」 「神楽見物の一つや二つ、してもバチは当たらねぇぜ。頃合いをみて、数多ヶ原まで送ってやるからよ」 「あんたに頼らなくても、一人で帰るくらい問題ない」 「俺が送りてぇんだよ。気になる事もあるからな……ところで、ちゃんと家族へ文を出したか？」 むっすりとした表情のまま、問われた伊之助は頷く。 無事の連絡、そして月が変わったら帰るという手紙に、幾ばくの金をつけ、郷里の家族へ飛脚を頼んだ。 「金とか、余計な世話だったのに」 「貰えるモンは、貰っときやがれ」 ぼやく伊之助に、金を出した方が口を尖らせる。 「ともあれ、花火見物はてめぇも連れてくからな。逃げ隠れ、すんじゃあねぇぞ」 「ほんっと、二之……ゼロは変だよな。親父も言ってたけど」 「うっせ。てめぇの親父がどう言ったかは知らねぇが、コレが俺だ。ほっとけ」 俯く頭をゼロが容赦なくガシガシ撫でれば、伊之助はすこぶる迷惑そうな顔をした。 |
| ■参加者一覧 / 六条 雪巳（ia0179） / 蘭 志狼（ia0805） / 佐上 久野都（ia0826） / 鳳・陽媛（ia0920） / 有栖川 那由多（ia0923） / 天河 ふしぎ（ia1037） / 礼野 真夢紀（ia1144） / 鬼灯 仄（ia1257） / 喪越（ia1670） / 劉 厳靖（ia2423） / 菊池 志郎（ia5584） / 慧（ia6088） / 和奏（ia8807） / 以心 伝助（ia9077） / セシル・ディフィール（ia9368） / 劫光（ia9510） / リーディア（ia9818） / アグネス・ユーリ（ib0058） / キオルティス（ib0457） / 透歌（ib0847） / 琉宇（ib1119） / ケロリーナ（ib2037） / 禾室（ib3232） / 鷺那（ib3479） / アルマ・ムリフェイン（ib3629） |
| ■リプレイ本文 ●花火見物へ 「花火見れるの？ 行きたいです！」 「けろりーなは、オトナの遊びに興味津々なのっ☆」 期待に満ちた瞳で礼野 真夢紀が尋ね、ケロリーナは好奇心を示す。 「ゼロおじさま、大人のちゅ〜ってどんな感じ？」 「大人になったら、分かる‥‥多分な」 無邪気な問いに、脱力するゼロ。 「でも、ケロリーナが遊里の遊びを覚えても‥‥」 何かイケナイ気がする有栖川 那由多だが、再び行く遊女屋に胸中は複雑で。 つられる様に、透歌も表情を曇らせた。 「ゼロさん、大丈夫ですか？ 少し前に、斬られたとか狙われてるってお話を聞いたので‥‥」 「那由多達のお陰で、平気だぜ。透歌にまで心配かけた‥‥前の約束じゃあねぇが、旨いモン喰おうな」 ぽんと頭を撫でて謝るゼロに、気がかりを払うように透歌は頭を左右に振り。 「はい！」 次の返事は、元気よく。 「そういえば、遊びにスイカ割りってあるの？」 帽子についた白い羽を琉宇が揺らし、ゼロは苦笑を返す。 「残念だが、スイカ割りはなぁ。部屋でやるモンでもねぇし」 「あ、ないんだ。せっかく花火がよく見えるなら、見ながらスイカ食べたいなーって」 「それなら、途中で買ってくか。行くぜ、伊之助」 距離を置く三枝伊之助へ声をかけ、普段は遊里と縁のない者達とゼロは『店』へ向かった。 ひときわ浮かれた遊里の風景に、馴染まぬ姿が一つ。 「‥‥と、セシル？ セシルも、花火を見に来たのかぃ？」 見覚えのある姿にキオルティスが声をかければ、セシル・ディフィールの表情がぱっと明るくなった。 「キオルティスさん！ こんな所で、奇遇ですね」 飄々として派手な吟遊詩人の風体は遊里にあっても目立ち、くすとセシルは笑む。 「これも、何かの縁。よろしければ、ご一緒しませんか？」 「折角だ、一緒にどうだぃ？」 揃って口を開けば、同じ誘いの言葉。 顔を見合わせ、互いに吹き出す。 「遊郭で花火見物たァ、粋なモンだと思ってねェ。俺もちょうど、一枚噛ませて貰おうと思ってな」 派手な事は大好きだと、小隊仲間は笑い。 「ええ、ぜひ御一緒させていただきます」 これも交友を深めるいい機会と、セシルもまた首肯した。 むっすりとして、蘭 志狼は歩を進めていた。 「旦那さん方、遊んでいかないかい？」 「残念だが、今日は先約アリだ。また今度な」 見世から誘う声を、適当に鬼灯 仄があしらう。 「今日は只酒、只遊びだからな」 「時に、只より高いものはないが」 からからと劉 厳靖は笑い飛ばし、相変わらず志狼は表情を変えない。 「にしても、仏頂面に磨きがかかってんぞ」 厳靖がからかえば、眉一つ動かさず志狼は口を開いた。 「劉や鬼灯が行くと言うから、来ただけだ」 商売抜きの招きなら、花火見物も悪くはなかろうと。 滅多に近付かぬ遊里へ来た志狼だが、愛想も一切なく、なびかぬ様は遊女達の「遊び心」に火を点けるらしい。 方々からの秋波に、仄はにやにや顔で。 「後で、話のネタにするのか」 「面白くはねぇが、見モノだからな」 背後の会話も知らず、足を早めた志狼は目的の店に入った。 ●化粧と仮装 「可愛らしい人と男前さん揃いで、嬉しいねぇ」 「今日はお遊びなしなのが、勿体ないわ」 芸者や遊女達が袖で口元を隠し、笑い合う。 「可愛らしいのと男前さん‥‥僕は、どっちに入ってるんだろ」 素朴な疑問の、天河 ふしぎ。願わくば、男前の方がいいなぁとか思ったりもするが、遊女達は意味深に笑った。 「おねーさんもその服もさ、綺麗だよねっ」 アルマ・ムリフェインが雪の様に白い狐尻尾を揺らし、興味津々で遊女達の着物を眺める。 「天儀の着物‥‥特にこういうとこの、綺麗よねぇ♪」 「綺麗ですよね。私も、似合いますかね？」 楽しげに柄を選ぶアグネス・ユーリと並んで、リーディアもわくわくと遊女達の着物を手に取った。 年端のいかない少女には振袖を用意し、喜ぶ様子も楽しげに遊女達は着付けを手伝う。 「小さくてもやっぱ、綺麗なモンが好きなんだなぁ」 「‥‥ね、似合う？」 長屋から『引率』してきたゼロを見つけたアグネスは、くるりとその場で回ってみせた。 目を引く派手やかな着物は引き裾で、襟はぐっと大きく後ろに下げ、うなじをあらわにしている。 本帯は前で大きく結んで、だらりと両端を下げ。 長い髪に櫛（くし）を差して結い整え、銀の短冊がついた簪（かんざし）で飾っていた。 「ああ。天儀の着物も、似合うモンだなぁ」 「ありがと。ん、‥‥で」 感心する相手を、彼女はまじまじと見上げる。 「背‥‥でかすぎ。でも、着物なら‥‥まぁ、イケる。髪は‥‥うん、長くて丁度良いわ」 なにやら見定める様子に、ゼロは身の危険を感じたか。 「じゃあ、俺は座敷に」 「はい、逃げない」 踵を返した男の服を、アグネスはがっしと掴んだ。 「ナニ期待されてるか、解るよね？ 逃げ場は無いわよ、ゼロ」 にっこりと笑んで、着替えが終わった『恋人嬢』を指差す。 「あ、ゼロさん〜。ゼロさんも、遊女姿に？」 「そ、着替えるって」 ノリ気のリーディアへ、当人より先にアグネスが返事をした。 「わ〜い、ぜひペアルックで！」 「俺は何も言ってねぇし、その『ぺあるっく』って不穏な響きはナンだっ」 いよいよ不穏な気配に、身を引くゼロだったが。 「ゼロおじさまも、お着替えするですの？」 「‥‥あれー、ゼロは着ないの？」 期待するケロリーナに続き、にへっとアルマもまた笑顔で『逃げ道』を塞いだ。 「この着物、綺麗だし可愛いよ！ それに、宴は楽しいのが吉！」 「そもそも俺に、可愛いだの綺麗だのってのは論外‥‥って、てめぇらもかっ」 更に遊女達が、慣れた手つきでゼロを引っ張り込む。 「容赦ないな‥‥ま、自業自得か」 巻き込まれぬよう、距離を取りながら劫光はそれを見送り。 「それにしても、伊之助を連れて来るとはね。まったく‥‥」 取り残された少年を見て、口には出さぬが「参った」と密かに苦笑した。 「伊之助‥‥お前、こういう店は初めてか？」 「えっ！」 脇から那由多が突っ付き、呆然としていた伊之助は今更ながら赤面する。 「皆さん、こんばんはっす」 顔見知り達へ声をかける以心 伝助の後ろには、何もかもが物珍しげな仔狸‥‥もとい狸獣人の少女、禾室の姿。 「伊之助さん、飲めるっすよね。良ければ、お付き合い頂けやすか？」 「ああ、うん‥‥強くないけど」 杯を傾げる仕草を伝助がすれば、口ごもりながら伊之助も頷いた。 その様子に伝助は人懐っこい笑みから一転して、神妙な顔をする。 「先日の非礼は、申し訳ありやせんでした。ゼロさんと伊之助さん、どちらにも傷ついて欲しくなかったもんで‥‥」 「いいや！ 俺が、悪かったんだ！」 本音を明かして頭を下げる伝助に、慌てて伊之助も謝罪した。 「アヤカシだなんて気付かなくて、まんまと口車に乗せられて‥‥」 うな垂れ、肩を落とす少年に、劫光が苦笑する。 「そういえば、伊之助はこれからどうすんだ？」 「国へは二之‥‥じゃなくて、ゼロが、送るって言ってた。帰った後は、戻れるなら出仕する。親父がいない今、俺が家族の長だから」 「そうか」 リーディアの事が気になるからと、ダシにして同行した劫光だが。 「まぁ、これも縁だ。送る時には、ついていくさ」 「そうっすね。それまで、神楽を楽しんでいってほしいっす」 続いて伝助も頷き、少年の肩へがっしと那由多が腕を回す。 「伝助の言う通り、楽しんでくれな。まず今日は、遊んで飲むから！」 明るく宣言する那由多につられ、伊之助も戸惑い気味な笑顔を返した。 「どれがいいかなー」 様々ながらの浴衣を前に、鳳・陽媛は勧める遊女達へ感想を聞きながら、あれこれ柄を合わせてみる。 夏らしく、でも涼しげなものをと悩んだ結果。 「陽媛も着られたかい？」 「はい。これ、どうかな？」 かける声に明るく返事をしてから、遠慮がちに陽媛が顔を出した。 白地に、薄青で淡く朝顔の花がさらりと線で描かれ、その幾つかは朱に塗られている。 その花の朱に、帯の色を合わせ。 「良く似合うね 綺麗だ」 ほめられた陽媛は、嬉しそうに佐上 久野都の傍らへ寄った。 久野都の浴衣は綿麻のしじら織で、黒字に細い白の縦縞模様。着流さずにすっと着て、帯は貝の口結びにしている。 「さ、滅多に無い機会だ。心行くまで、遊んでみようか」 久野都の誘いにこくりと頷き、楚々として陽媛は共に座敷へ向かった。 ●宴席艶やかに 招きに応じた客らが居並ぶ賑やかな座敷に、ちんとんしゃんと三味が鳴る。 唄に合わせて芸者達は扇を手に舞い踊り、眺めながら杯を干せば、傍らの遊女が酌をした。 「‥‥ほぇ、これまゆですの？」 鏡を覗き込んだ真夢紀は、いつもと違う自分をしげしげと眺めた。 ほんのり薄化粧に、淡く紅もさし。 「とても、可愛いですよ」 驚く少女の様子を見て、六条 雪巳が褒める。 まだ幼い少女は、太夫などに仕える禿（かむろ）の衣装をまとっていた。 「赤い、金魚のようですね」 「ありがとうございます」 照れた風に、ぺこりと真夢紀が頭を下げる。 「お座敷で花火見物とは、優雅ですねぇ」 浴衣姿の雪巳は窓辺にもたれ、宵待つ空を見上げる。 花火が始まるまでは、もう少し。 本物の遊女に遊女姿の者達も混ざり、広い座敷は華やかな事になっていた。 その中で、菊池 志郎は座敷をきょろきょろ見回す。 「落ち着かないのですか？」 なにげなく雪巳が問えば、志郎は笑顔で「いえ」と首を振った。 「こういう場所には、あまり縁がないので‥‥建物の構造が気になって。出来れば、慣れておきたいです」 答えながらも、つい空の器を下げかけたり、新しい銚子が運ばれれば手を伸ばしたりと、別の意味でも落ち着かぬ様子で。 「色男は、どんと構えていて下さいな」 などと、遊女達が軽くからかう。 「ほら、あちらのお兄さんみたいに」 一人の遊女が振り返った先では、白い薄絹に薄水色の文様が入った浴衣を着た和奏がちょんと座っていた。志郎と正反対で、焼かれる世話を甘受している。砕いて言えば、ちやほやしてもらい慣れているといったところか。 「動いてる方が慣れてるので、俺はどうも‥‥」 「自分はのんびり落ち着いて見ているだけで、楽しいですから」 美味しそうに和奏が料理を口へ運び、その一方で志郎は再び室内へ視線を投げる。 「やっぱり、秘密の出入り口とかあるのかな‥‥今度ゆっくり、忍び込んでみたいです」 「秘密の‥‥ですか。止めませんが、お気をつけて」 果敢な志郎の好奇心に困惑混じりの笑みで答えながら、雪巳は茶の入った杯を傾けた。 「鷺那いいます‥‥よろしゅう」 銚子を手に、ほんわかと鷺那が笑む。 「あれ‥‥前に来た時、こんな美人さんいたっすか？」 首を傾げる伝助に、禾室がぴくりと耳を動かした。 「前に、来た時‥‥？」 「そういえば、伝助と最初に会ったのはここだったか。その時、店にいる顔はひと通り見たんだよな？」 「そうっすね‥‥」 ゼロの言葉に、意味深に笑む鷺那に伝助が考え込む。その一方で、保護者の袖を禾室がぐぃと引き。 「お主‥‥仕事と言いつつ、こんな所へ出入りしとったのか」 「‥‥なにか盛大に、誤解してやせんか？」 じとりと見上げる少女の疑念に、がくりと伝助は肩を落とした。 「あんまり、怒ってやるな。少なくとも俺が会った時は、遊んでなかったからな」 「ゼロはん、それは‥‥」 裏を返せば、他は知らんといった感のフォローに、聞いていた鷺那は口元を袖で隠して肩を震わせる。 だが、禾室はひとまず納得したらしい。 「そうじゃ。ゼロどのには、お礼を言いにきたのじゃ」 「ん、俺に礼？」 「ありがとうの、可愛くてすっごくお気に入りなのじゃ！」 嬉しげに髪を飾る向日葵を指差す禾室に、礼を言われたゼロも思い出したか。 「つけてくれてるのか、ありがとな。着物も可愛いから、それと揃いかと思ったぜ」 「ホントか？ 似合っておるか？」 照れながらも、狸尻尾をふりふりと振る禾室。 そこへ、鈴をちりんちりんと鳴らしながら、禿姿の透歌が駆け寄り。 「ゼロさんゼロさん、似合います‥‥きゃぁっ？」 赤い着物の裾につまづく小柄な少女を、慌てて鷺那が助けた。 「せっかく似合うてはるのに、転んだりしたらもったいない」 「えへへ、ありがとうございます」 褒められた透歌は鷺那へ礼を言うと、嬉しそうにゼロの隣へちょこんと座り。 「ゼロおじさま〜♪」 てててて〜、と走ってきたケロリーナもまた、かえるのぬいぐるみと一緒に抱きついた。 「禿連れた、太夫さんやねぇ」 和やかな光景に鷺那がくすくす笑えば、恨めしそうにゼロが唸る。 「着たくて着てんじゃあねぇぜ、まったく」 「あら、えらいお口の悪い太夫はんや」 からかいながら、またころころと笑う鷺那。 遊女の着物を着た上、髪まで結い上げられたゼロは、禿二人に懐かれながら遠い目をした。 ‥‥とはいえ、実は鷺那も男だったりするのだが。 元役者の演技好き、今日は『淑やかな女性』を演じているらしい。 更には『残念な遊女』が近くにいる事もあって、まだまだバレる気配はなさそうだった。 「ゼロ殿、ご健在で‥‥健、在‥‥？」 友人の声に気付いた慧が、言葉をかけようとして、続きを失う。 それからフッと視線を外し、おもむろに背を向けて。 「待て、笑うんならいっそ面と向かって笑いやがれっ。それにてめぇだって、似たような格好だろうが！」 「か、格好は気にするな‥‥ッ！」 背中を震わせていた慧が、振り返って訴えた。 せっかくだからと遊女達に着せられた浴衣は、美しい蝶と牡丹の柄をあしらった‥‥有り体に言えば、女物で。 「不本意な気は、したんだ」 「でもま、似合ってんじゃね？」 先程のゼロと同様に慧も遠い目をしてから、こほんと咳払いを一つ。 「ともあれ‥‥ゼロ殿、元気になられたようで良かった。結局、俺は何も出来ず仕舞いだったのが悔やまれるが、ゼロ殿が元気であられるのが一番だ」 「そんな事ねぇぜ。慧のお陰で一つ答えが出せたんだ、感謝してる」 礼を告げ、着物姿で友人達と楽しげな恋人を見やるゼロに、視線を辿った慧も表情を緩める。 「ありがとよ、慧」 「ゼロ殿の力になれたなら、それで」 礼を交わした二人だが相手の風体を目にすると、改めて互いに苦笑った。 「陽媛も、来ていたのね」 「今日は兄さんと、一緒に来ました」 アグネスへ嬉しそうに陽媛は答え、軽く久野都が頭を下げる。 「いつも、義妹がお世話になっているね」 「こちらこそ、陽媛さんにはお世話になっているのですよ」 「ええ、ホントにね」 返礼するリーディアとアグネスに、慌てて陽媛が首を横に振った。 「それは、こっちですよ！」 「あら、そんな事ないわよ？」 「なのですよ」 謙虚な押し問答を、微笑ましく久野都は見守っていたが。 「おや、随分な美女が居る」 無駄に大柄な『遊女』に、目を留める。 「お二人とも‥‥すっかり、楽しんでますね」 兄の指摘に目を丸くした陽媛だったが、やり遂げた感のある友人達に察し、一緒にくすくすと笑った。 ●御座敷遊戯 「さぁ、ゼロさん勝負です！」 念願のお座敷遊びに、リーディアが嬉々として勝負を挑む。 遊びは『虎拳』、先陣を切った名乗りにやんやと声が上がった。 「 千里いくよな 藪の中 皆さん 覗いてごろうじませ‥‥ 」 立てた屏風を挟み、お囃子の間に「虎・女物・鉄砲」のどれかを身につけて。 「 とら とーら とーらとら 」 唄が終わって前に出れば、リーディアは玩具の鉄砲を構え、ゼロは女物の単衣を被って杖つく仕草。 「はい、リーディアさんの負け〜」 「くっ、仕方ないのです」 罰盃を受け取ったリーディアを「それそれそれ」と遊女達があおり、一気にくいっと飲み干す。 「い〜や〜、姉さんお強い。いい女！」 「わ〜い。よし、もうひと勝負！ 酔っ払うまでやりますよ〜♪」 「ほどほどにな‥‥」 再び挑戦する姿に、呆れつつ劫光が釘を刺した。 「にしても、今日は目の毒な男の遊女が多いな。座敷から放り出していいか？」 ニヤニヤ笑いで仄が茶々を入れ、ふしぎは着物以上に顔を赤くする。 「べっ、別に好きで着た訳じゃないんだからなっ。気がついたら、こうなってただけなんだぞ！ それにお座敷で、志士に勝てると思うな！」 得物を持たぬ手ながら、素早く座敷払を『披露』するふしぎだが。 「いや。そりゃあ、座敷違いだろ」 すかさず元志士から、突っ込みが入る。 「お兄さん、私と『お廻りさん』しませんか？」 「おに‥‥うん、いいよ。喜んで！」 声をかける透歌に、何故かふしぎは純粋に言葉を噛みしめ、また仄が放笑した。 「 おまわり よいやさ よいやさのよいやさ おまわり よいやさ‥‥ 」 虎拳と比べ、お廻りさんはテンポが早い。 お囃子の「おまわり」で負けた側はその場で一回転し、勝った人は太鼓をぽぽんと叩き、次の「よいやさ」でじゃんけんをする。 じゃんけんで二度負けるか、太鼓や回るのを忘れると、負けとなるのだが。 「あーれー」 これが作法とばかりに、くるくる回りながら悲鳴（？）をあげるふしぎ。 「お兄さん」が嬉しかったのか、相手が少女と手加減したか。見事に目を回して負け、罰盃をもらう。 「勝ってもちょっと、目が回りました」 「オトナの遊びは、お酒も目も回るんですの〜」 足元が危ない透歌へ、感心しながらケロリーナが手を貸した。 「よし。勝負じゃ、アルマどの！」 「えっ、僕？」 突然な禾室の指名に、驚くアルマ。 「面白そうなので、わしも参加したいのじゃ！」 言いながら、禾室の視線は何故か白い狐尻尾へ。 「ああ‥‥そういう事っすか」 特に『狐モノ』へ対抗心を燃やす狸な少女の性格を思い出し、伝助は一人納得した。 「僕もやりたかったし、いいよ」 それに気付いたか否か、狐獣人のアルマは笑顔で受けて立つ。 かくしてお囃子に合わせ、ふりふりと回る尻尾が二つ。 互いに「負けるのは嫌い」と繰り返される微笑ましい対決を、見る者達は手を打って応援した。 「似合ってるゼ？ そこらの遊女とは、一味違うねェ」 「そう‥‥でしょうか‥‥」 賑やかな中でキオルティスが褒めれば、慣れぬ袖の扱いに気をつけながら、やや緊張気味にセシルは杯を取る。 折角の機会と、二人は遊女姿で着飾っていた。 「でもこういう衣装は、キオルティスさんの方が似合っていますね」 「ま、こう見えて、そん所そこらの遊女にゃ負けねェ自信があるさね。だがやっぱ、本物の女には男に無ェ雰囲気ってモンがあるやね」 「ありがとうございます」 礼を告げる友人へ、屈託なく笑んで。 「セシル。俺と遊んでみねェか？」 キオルティスが示したのは、お座敷遊びで一番人気の『投扇興』。 台の『枕』へ的の『蝶』を置き、離れた場所から扇を投じて当てるものだ。 「ぜひ。お手柔らかに」 友人と腕を競う者達の姿に、セシルは笑んで頷いた。 「よう。どうやら、とりあえずうまい事収まったみたいだなぁ。よかったよかった」 厳靖はゼロへ声をかけながら、ぽん、と那由多の頭に手を置く。 「お疲れさんだったな」 いつもの冗談めかした調子ではなく、真面目な言葉にこくりと那由多は頷き。 「‥‥げんせーさんこそ、どこ行ってたんだよ」 それでも口だけは、反論をした。 「俺はただゼロと伊之助が無事で、こうしてこんな日を過ごせて‥‥それだけで、良かったけど」 賑々しい友人達の様子を見ていると、それだけでも自分が居た意味がちょっとはあったのかな‥‥僅かでもそう思えるだけで、幾らか心が軽くなる。 那由多の呟きに、厳靖は苦笑し。 手を乗っけた頭を、わしゃわしゃと撫で回した。 「さすがは忠犬！」 「ちょ、犬扱いするなーっ！」 がぅがぅと吠える那由多に、厳靖は大笑し。 「どうだ蘭、投扇興でもするか！」 誘えば、渋面で酒を飲む友人は眉をひそめる。 「俺は無粋者だ。全く解らんぞ」 「よし、じゃあ俺の勝ちは決まったようなモンだな」 既に酒で伊之助を潰した仄が、意気揚々と腰を上げた。 「む‥‥勝負ならば、避ける訳にもいくまい」 すっくと立った志狼だが、どう考えても仄や厳靖の得意分野な気がする。 だが二言も癪と男三人で投扇興へ臨み、面白そうに慧や那由多が勝負を見守った。 ‥‥その結果、推して知るべし。 男同士の『勝負』となれば、熱くなるのか。 投扇興では、シノビ同士の戦いも繰り広げられていた。 志郎と伝助が投げるソレは、扇である事を忘れさせる程に鋭く飛ぶ。 「『打剣』を使えば、蝶も後ろの壁も壊れそうですね」 「あっしの技は、まだそこまで鋭く磨いでやせんから」 躊躇う志郎と反対に、伝助は遠慮なく技を使って扇を放つ。 それでも経験的に、腕自体は志郎の方が少し上。 かくしてシノビ二人は何時になく、その腕を競い合った。 一方、浴衣姿の兄妹は勝負も関係なく、扇を投じる。 「わっ。当たりましたよ、兄さん！」 「ああ、おめでとう」 コトンと傾いた蝶に、手を打って喜ぶ陽媛の頭を久野都がぽんと撫でた。 「でもなかなか、兄さん程には綺麗に飛ばせませんね」 「そうかな。でも、上達はしているよ」 妹の扇が外れれば、兄が助言をし、二人仲良く遊びに興じる。 「罰盃は、私がお酌しますね」 それだけは譲りたくないと、陽媛はにっこり久野都へ笑んだ。 「ほう、何やら典雅な遊びをしていらっしゃいますね。投扇興‥ですか」 感心する雪巳に、ケロリーナが頭の両側に束ねた金髪を揺らす。 「楽しそうだけど、けろりーなはよくわからないの〜」 「では、私がお相手を。よろしいですか？」 「だけど、けろりーなは「げこ」なの〜」 「それは‥‥カエルだけに、ですか？」 抱えたぬいぐるみを見て聞けば、少女は嬉しそうに笑った。 「安心して下さい。下戸は私も、です」 そうして、賑やかに投扇興を楽しんでいると。 ヒュルゥッと空へ上る細い音がして、次の瞬間、空へドンッと花が咲く。 「わぁ‥‥」 スイカ片手に、琉宇は夜空を見上げ。 「綺麗やわぁ‥‥ほんに、大輪の花やねぇ」 鷺那も目を細め、誰もが遊びの手を止めて、夏を惜しむ花火にしばし見入った。 ●宴、終わりて 「夏も終い、かな。色々あった、わねェ」 ほふ‥‥と、アグネスは息を吐いた。 座敷では遊び疲れ、酔い潰れた男達が寝息を立て、女子供は別部屋の寝所で休んでいる。 故に残るのは未だ酒を愛でる者、歓談に興じる者――。 「皆、潰れちまったな‥‥今日は楽しかったか？」 高いびきの友人達に、単衣を頭から引っ掛けたゼロがぽつと尋ねる。 「はい、楽しかったのです」 「そうか。なら、よかったぜ」 傍らのリーディアが答えれば、ゼロは酒杯を膳へ置いた。 「そうだ。故郷の事、教えて下さってありがとうございますね」 「ん。面白くもねぇ話だがな」 苦笑う相手に頭を振ってから、ふにゃりとリーディアは微笑んで。 「ちょっと、嬉しかった‥‥」 こてんと、肩へ寄りかかる。 「酔ったか。もう、寝に行くか？」 「にゅぅ‥‥」 眠そうで名残惜しげな返事にゼロは苦笑すると、頬を指でなぞり、手を添えて。 「ゼロさ‥‥ん？」 きょとんとした相手へ軽く触れる様に口付けてから、再び口唇を重ねた。 短くも、息すら継げないような時間から解放されたリーディアは、頬どころか耳まで朱に染め。 「‥‥足りねぇ、全然」 手を離しながら、単衣の陰で低くゼロが唸る。 「ホントは今すぐ攫って、全部を独り占めしてぇ‥‥が、流石にな」 「‥‥は‥‥はわわっ」 真っ赤なままリーディアはしがみつく様に着物を掴み、ぽんとゼロが髪を撫でた。 「こんな風体じゃあ、雰囲気もねぇか」 「‥‥」 まだ赤い顔でゼロを見上げていたリーディアだが、おもむろに櫛を取り。 「待て‥‥何故そこで、髪を結い直そうとするッ？」 「何やってんだ、あの二人は」 訴える声に劫光は振り返り、嘆息する。 「ま、これ以上は野暮だしな‥‥」 呟き、背を向けるとまた、酒杯を傾け。 そんな劫光の傍らに、銚子を片手でアグネスが座った。 「独り酒仲間、発見。酌くらいは、してあげるわよ」 「有難い。なんとなく一人で呑む感じでもねーし、誰か誘って一緒に呑む事にするかと思案していたところだ」 「いいタイミングだったわね。お疲れさん、劫光」 ねぎらいと共に、空いた杯へアグネスは酒を注ぎ足した。 「どうも。そっちもいるか？」 「あら、気が利くわね」 賑やかに散る花火も、既に終わり。 月を眺め、ゆるゆる二人は杯を重ねる。 不意にもそりと志狼は身を起こし、雑魚寝する友人らを見、静かな夜に唸った。 本来の目的は、花火見物だったのだが。 「見逃したか‥‥だが、来年まで生き延びる理由にはなる、か」 ぼやいて、再びごろりと寝転ぶ。 気付けば、涼やかな虫の声が夜を彩っていた。 |
