暗雲、立つ
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/14 00:03



■オープニング本文

●探る影
 いよいよ夏真っ盛りな神楽の都では、蒸して暑い日々に、蝉の鳴き声が雨の代わりに降り注ぐ。
「‥‥暑ぃ」
 いつもは神楽をそぞろ歩くゼロも日陰を伝うように歩き、茶屋の店先に並んだ長椅子にへたりと座り込んだ。
「あら、ゼロさん。大丈夫かい?」
「おぅ、まだ生きてるぜ。茶と団子と、もらえるか?」
「はいはい」
 明るく答えた茶屋の娘は、注文を伝えに店の奥へ戻る。
 その間にも、シャンシャンと蝉は鳴き騒ぎ。
「下手に涼しいところへ行った分、余計に暑く感じる気がするぜ‥‥」
 着物の襟元をゼロは摘まんで、少しでも涼しくなるようぱたぱた扇いだ。
「だらしないねぇ。こちとら日長一日、火のそばだってのに」
 茶と団子を持ってきた恰幅のいい女将が、暑気を吹き飛ばす勢いでカラカラと笑う。
「ナンで暑くねぇか、聞きてぇよ」
「アンタも、おサムライだろ。心頭滅却すればナントヤラって、言うじゃないか」
「ありゃあ、時と場合だぜ」
 全く説得力のない反論をして、ゼロは団子をかじった。
「そういやアンタ、何かまた女の子を泣かせたって?」
「またって、ナンだよ。別に泣かせるような事は、してねぇぞ」
「そのワリに、噂になってるよ。夫婦(めおと)になるって、アンタに騙されたとか何とか」
「げぶっ、ごへっ!」
 茶をすすりかけて思いっきりむせたゼロに、やれやれと女将は嘆息した。
「アンタ、まさか‥‥」
「言っておくが、騙してねぇぜ。こないだやらかした騒ぎは、ちっとした行き違いで揉めたが‥‥それも、収まるところへ収まったしな」
「ならいいんだけどねぇ。けどその話を、やたら聞いて回ってる子がいるみたいだし」
「そりゃあ‥‥どんなヤツだ?」
 熱い茶を吹きながら片眉を上げて見やれば、女将は腕を組んで記憶を辿る。
「ん〜。アタシは会った事がないんだけど、何でも16かそこらの男の子だって話だねぇ。何だか一生懸命、熱心に話を聞いているって噂だから‥‥アンタが引っ掛けた娘に、懸想(けそう)してたんじゃあないのかい?」
「悪ぃが、全く心当たりがねぇぜ」
 ぼやく頬を、ぬるい風が掠め。
 女将とゼロが空を見上げれば、真っ白で大きな入道雲が見えた。
「これはひと雨、来るね。助かるよ」
「降られる前に、ギルドまで足を伸ばすかねぇ」
 残りの団子を咥えて串から引っこ抜き、茶をあおって勘定を置くとゼロは茶屋を後にした。

●神楽開拓者ギルド
 それは、タライの水をひっくり返したような夕立だった。
 ごぅごぅと音を立てて雨が降り、雷の音も聞こえる。
 お勤めが終わるまでにやむといいねぇと、そんな話を受付係達がする中、重く開拓者ギルドの扉が開いた。
「依頼を一つ、頼みたい」
 雨の中をそのまま歩いて来たのか、深編笠を被った男は頭からずぶ濡れで。
 だが笠を取らずにぐると中を見回し、軋む様な声を発する。
「それなら、こちらに必要な‥‥」
「口頭で伝えても、良いか」
 受付係の説明を、男が遮った。
 見れば着物の袖もずぶ濡れで、そのままでは墨が流れてしまう。
「分かりました。では、御用件を窺っても‥‥?」
 恐る恐る尋ねる相手に、深編笠が揺れて。
「仇討ちの助力を、頼む」
 男はそう、聞き取り辛い声で言った。

「ったく、降られちまった」
 扉の前で頭を振り、軽く雨を払ってからゼロは扉を開けようとして‥‥触れる前に、それが開いた。
 ぬっと中から出てくる相手に、位置をずらして道を譲る。
 出てきた深編笠の男は礼も言わず、視線もくれず、ゼロには全く気を払わぬ様子で通りを歩いていった。
 少し首を傾げ、それを見送ったゼロだが、ただそれだけで。
「よぅ、酷く降られたぜ」
「あ、ゼロさん。いらっしゃいー。拭く物、いります?」
 軽く片手をあげて声をかければ、受付係の一人が答える。
「ああ、もらえると有難てぇ。ついでに何か目ぼしい依頼、ねぇか?」
「それは、自分で確認して下さいよぅ」
 口を尖らせながらも、ぱたぱたと受付係は手拭いを取ってゼロへ渡した。
「ああ、でもまだ張り出してない依頼も、ありますけどね。『仇討ちの助力を頼む』って内容で、相手は腕が立つから助太刀してほしいとか何とか。ほら、ゼロさんなら強いですし」
 がしがしと手拭いで頭を拭ったゼロだが、話に手を止める。
「仇討ち、か‥‥因縁話は何かと厄介で面倒くせぇし、今は遠慮したい気分だぜ」
 げんなりと嘆息し、手拭いの端で顔を拭った。
「それよりも、最近ナンか街中で、俺の事を聞いて回ってる小僧がいるらしいが‥‥聞いた事あるか?」
「調べの依頼なら、受けますよー」
「待て、依頼を出しにきたんじゃあ‥‥」
 にっこりと笑顔な受付係へ、反論しようとした直後。
 一瞬、カッと外が光る。
 間を置かず、どぅんと腹に響く振動が伝わり、開拓者ギルドの建物の窓が一斉にびりりと震えた。
「おーぉ、近いな。落ちたか?」
「帰るなら、少し雷が遠くなってからの方がいいですね」
「だなぁ」
「それで、依頼は出します?」
「ああ‥‥って、待て、こらっ」
 何気なく答えてからゼロは慌てたが、既に受付係は依頼書を書く準備をしている。
「‥‥ま、俺がうろつくよりいいか」
 叩きつける雨を窓越しにゼロが眺めれば、神楽を覆う雲にまた、雷が奔った。


■参加者一覧
有栖川 那由多(ia0923
23歳・男・陰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
八嶋 双伍(ia2195
23歳・男・陰
劉 厳靖(ia2423
33歳・男・志
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
劫光(ia9510
22歳・男・陰
アグネス・ユーリ(ib0058
23歳・女・吟
月見里 神楽(ib3178
12歳・女・泰


■リプレイ本文

●顔合わせ
「やっぱ天儀暑い‥‥降っても蒸し暑い‥‥けどっ」
 相変わらずの茹だるような暑さに、ぱたぱたと手で顔を扇いでいたアグネス・ユーリ(ib0058)だが。
 人の気配にぺしっと両手で頬を叩き、気合いを入れた。
「人前ではダレない、頑張れあたし!」
「おや、暑いのに元気ですね」
 顔を出した八嶋 双伍(ia2195)は暑さを感じさせず、にこりと笑む。
「そちらこそ、涼しそうね」
「あの‥‥依頼の待合せって、ここです?」
「ゼロの依頼ならね」
 ひょこと覗き込む月見里 神楽(ib3178)に、アグネスは奥の扉を見やった。
「仇討ちの方は、依頼人と顔合わせ中よ」
「そういえば、受けるんですか?」
 尋ねる双伍へ、吟遊詩人は束ねた黒髪を横に振る。
「事情は解んないけど、あんま好きじゃないし。ただ‥‥気にはなるのよね。知り合いが何人か、受けるみたいだから」
「僕もです。見守る事だけでも、出来ればいいんですが」
「にゃ。仇討ちって、どんな事するの?」
 二人の会話へ、小首を傾げた神楽が根本的な質問を投げた。
「ギルドのお姉さん、困った顔して『子供は知らなくて良いよ』って教えてくれないのです」
「確かに、知らなくていい事かもしれません」
「うにぃ、そうなのですか」
 頷く双伍に、残念そうな少女は猫の尻尾をぱたりと揺らす。
「ともあれ、話が終わるのを待つしかないわね‥‥う、やっぱり、こっそり様子見に行けばよかったかな‥‥」
 じれったそうにアグネスは扉を見やり、そこへギルドの係員が冷茶を持ってきた。

 奥の一室では、仇討ちの依頼に興味を持った者達が集っていた。
「依頼を受けるか否か答える前に、確認したい。先に話を聞く事は出来るか? 仔細を聞いてから、判断したいんだが」
 依頼を出した相手を前に劫光(ia9510)が尋ねれば、背中の曲がった男は被った深編笠を縦に揺らす。
「依頼状にある他に、疑問があれば聞く」
 顔を知られたくないのか、男は深編笠を取らず。
 聞き取り辛い軋むような声で、言葉少なに答える。
「なら、早速。依頼人さんのお名前と、依頼人さん自身は直接戦うのか。あと、仇の特徴でやすね」
 まず以心 伝助(ia9077)が、幾つかの問いを投げた。
「こっちは、只の見届け人だ。戦うは、討ち手のみ。仇はこちらで、探している」
 短く要点を返す男の言葉を聞きながら、有栖川 那由多(ia0923)は腕にはめた腕輪をじっと見つめる。
 明瞭でない依頼と嫌な予感に、表情は曇るばかりだが。
「受ける受けないどちらにせよ‥‥那由多、お前さんの力、頼りにしてるぜ?」
「‥‥ん。ありがと‥‥な」
 かける声に、顔をあげて隣の劉 厳靖(ia2423)へ小さく頷いた。
「その、大事な事だから‥‥先に討ち手の本人と、話はできませんか?」
 真剣な表情で、じっと那由多は依頼人へ目を向ける。
「俺一人受けなくても結果は同じ‥‥だけど、聞きたい事があるんだ。仇がアヤカシなら、喜んで協力する。けど、相手が人なら‥‥」
「仇は、人だ」
 一縷の望みを断つ様に、男は言葉を遮った。
 眉を寄せて那由多は顔をしかめ、ぎゅっと拳を握る。
「とりあえず、俺は受けよう。面白そうな匂いもするな」
 煙管を片手に聞く鬼灯 仄(ia1257)が、紫煙をぷかりと吐いた。
「ただし、あくまでも助力だ。互角になるよう、相手の力を削ぐ程度だな」
「んまぁ、ちーとキナ臭い話だが、とりあえず俺も『助力』はしようかね」
 厳靖もまた、依頼を受ける旨を伝える。
「ただし、義の無い仇討ちは勘弁だがな。できれば、討ち手に話を聞きてぇが」
 深編笠の下の沈黙から察するに、応じる気はないらしい。
「あっしも、受けるつもりっす」
 嫌な予感はするが、背に腹は変えられぬと伝助も『覚悟』を伝えた。
「俺は復讐とか、そういうドロドロしたのは柄じゃなくてね‥‥」
 話し次第と考えていた劫光は逆に辞退し、迷った末に那由多も首を横に振る。
「俺も‥‥ちょっと、気が乗らない」
「ならば、三人。時と場所は、後だ」
 そして話は終ったとばかりに、深編笠の男は踵を返した。

●探し人探し
「で、お前さん今度は何をやらかしたんでぇ? また女を泣かしたって訳じゃ、ねぇよなぁ?」
 にやにやしながら厳靖が聞けば、渋い顔でゼロは髪を掻いた。
「泣かしてねぇぜ、最近は」
「ふむ‥‥まぁ、何かと人気なゼロさんですから。興味を持たれる方も、いらっしゃるじゃないでしょうか」
「それで女を泣かせた様な話を探られるのは、空恐ろしくねぇか?」
 力なくうな垂れる『依頼人』に、双伍もくつりと笑う。
「果たして、何を知りたいのでしょうね」
「まさか‥‥どっかに女つくって、隠し子だとかいうんじゃねえだろうなぁ?」
「待て。俺が幾つの時の子だ、それ」
 疑わしげな劫光に、ゼロが頭を抱えた。
「気にするな、確認しただけだ」
 心当たりがあれば、それこそ本人が何とかしているかと、劫光も苦笑する。
「ゼロは調査の間、お留守番だからなっ。土産に団子買ってくるから、待ってろよ」
 笑いながらゼロの頭をてしてしする那由多の肩を、更に厳靖がぽんと叩いた。
「はっちーが動くなら、一緒に行くか。基本、お前さんに任せた」
「げんせーさん、働けよぅ‥‥あと、はっちーって言うな」
「じゃあ、俺は厳靖にくっついて行くかね。酒の匂いがするからな」
 けらけらと笑って、仄が便乗する。
「何か凄く‥‥ダメっぽい集団ね、あそこは」
「でやすね」
 距離を取るアグネスに、納得しながら伝助も頷き。
「しかし強い剣豪というと、まずゼロさんが浮かぶ訳ですが‥‥違うと思いたいっす」
 話をする姿に、ぼそりと懸念を呟いた。
「まぁ、よろしく頼む」
 顔見知りへひらと手を振った劫光は、じーっと自分を見上げる視線に気付く。
「何だ?」
「うにぃ‥‥お兄さん達おっきいですね、お空の雲みたい♪」
 垂れ猫耳の少女は、青い瞳を丸くして。
「ぶら下がってみても、良いですか?」
 割と真剣な神楽の質問で、微妙に劫光は気が遠くなった。
「木の上の小鳥さんの歌を間近で聞けるから、羨ましいです。シノビのお兄さんも、耳が良いから同じだね。吟遊詩人のお姉さんも、一緒に歌いながら踊れて楽しそう♪」
「ふふっ、面白くて可愛い子ね!」
 楽しげに、アグネスがぎゅっと神楽を抱きしめる。
「いいから、行くぞ。待ち合わせは居酒屋だな」
 軽い目眩を覚える劫光を先頭に、ギルドを出た一行は街へ散った。

 まず真っ先にアグネスは、『同業者』である大道芸人達へ声をかけた。
「ああ。覚えてるよ、その子」
「市場でも見たよな」
 神楽の都は広いが、見たという話は全域に渡る。
「相当、手広く回ってるわね。にしても、ゼロの事か‥‥や、よく考えるとあたしもあんまゼロの事、知らないんだけどね」
 ふっと呟くアグネスに気さくな同業者達は笑い、見たらすぐ知らせると請け負った。

「えーと、お茶屋さんでお団子食べたし、呉服屋さんで天儀の洋服も眺めたし、後は市場でお土産買って‥‥神楽の都って面白いね、お兄さん♪」
 ご機嫌な神楽に、傍らを歩く劫光が肩を落とす。
 すっかり『御のぼりさん』で神楽見物をする子猫の、何故かお守り状態で。
「でも一番重要なのは井戸端会議かな、噂話の情報網は侮れませんっ」
「ま、一理あるがな」
 目を離すと迷子になりそうな少女に、ついていく。
 小柄な相手だが、好奇心の強い尻尾を追えば、見失う事はなさそうだった。
 人の多い場所で、時おり少年が何を質問していたのか確認しながら歩いていると。
「やぁ、劫光さんに神楽さん。そちらはどうです?」
 通りがかったのか、双伍が声をかけた。
「これから、井戸端会議らしい」
「です!」
「‥‥はい?」
 謎な二人の回答に、笑顔で双伍は小首を傾げ。
「こちらも成果はあまり。今日はまだ、現れていないようです」
「地道に探すか」
「この暑さです、二人とも適度に休んで下さいね」
 注意を促す双伍は、暑い日差しを仰ぐ。

 目的の相手に辿り着いたのは、伝助だった。
 打ち水をする店員との話が終わるのを待ち、それらしき少年へ声をかける。
「いいネタがあるなら、買いやすよ」
「ネタ?」
 きょとんとする相手に、伝助は困った風に笑った。
「情報屋、知りやせん? 情報を売り買いする‥‥」
 情報屋を回った形跡がないのは、自分が開拓者だからかと推察したが、存在自体を知らないらしい。
「情報売ってるなら、教えてくれよ。女の人をたぶらかして騒ぎになったヤツの、名が知りたいんだ」
「あっしが言うのも、何っすけど‥‥『噂』は結構ねじ曲がるもんっすよ。真実を知りたいのなら、当人に聞くのが一番でやす」
 言い含める伝助を、純朴そうな少年はじっと見つめた。

「探し人、捕まえたわ」
 居酒屋へ駆け込んだアグネスが、待つ仲間を呼ぶ。
「でもゼロと会った途端、睨み合っちゃって」
「どこで?」
「すぐそこ。こっちよ」
 真っ先に席を立った那由多を先頭に、仄や厳靖らも案内するアグネスに続いた。

 大通り脇の路地では、憮然とした少年がゼロを睨んでいた。
「‥‥ゼロの事を調べてるってのは、キミで間違いない? 俺の大事な友人に、何か用でも?」
 駆けつけた那由多が声をかけ、双伍もまた疑問を付け加える。
「何か、ご本人に聞き辛い事でもあるのですか?」
「そいつの名を、聞いてる」
 思わぬ返事に那由多と双伍は顔を見合わせ、戸惑い顔のゼロへ目をやった。
「ゼロさん、ですか?」
「だから、そっちじゃない」
 むすっとする少年に、嘆息する劫光。
「名を聞くなら、先に自分の名を明かしたらどうだ?」
「‥‥三枝、伊之助」
 口をへの字に曲げた少年‥‥三枝伊之助は、意外にも大人しく応じる。
 それから、キッとゼロを睨み上げ。
「‥‥あまみ、もとちか?」
『その名』を出せば、うんざりとゼロは髪をかき上げた。
「またソレか。昔そう呼ばれた時もある、これで満足か? ナンで、そんな事」
「‥‥天見の、二之若?」
 続けて口にした言葉に、ぎょっとして手が止まる。
「待て。その呼び名、ドコで」
 どんっ、と。
 答える代わりに伊之助はゼロへ体当たりをし、無防備な長躯が揺らぎ。
「お前が‥‥お前があの夜、逃げて親父を‥‥!」
「てめぇ、まさか」
 顔をしかめ、掴もうとする手から逃れるように。
「うわぁぁぁーーッ!」
 叫んで、伊之助は腕を横薙ぎに払った。

●過去は影の如く
 錆びた鉄のような匂いに、茫然と見守る者達は我に返った。
 返り血を浴び、青ざめて後退る少年の手から、赤い合口が滑り落ちる。
「ゼロさんッ?」
「おい、待て!」
 斬り裂かれた傷に神楽が慌て、身を翻した伊之助を厳靖が追った。
 が、脇の路地から深編笠の男がぬっと現れ、志士の行く手を遮る。
「仇は、見つかった。『仕事』を、違えるな」
「お前‥‥」
 軋む声に、厳靖へ続いた仄がふぅんと笑った。
「伊之助が討ち手で、ゼロが仇か。裏があるとは思ったが、面白いじゃあねぇか」
 だが依頼人は黙して背を向け、伊之助が逃げた方向へ歩き出す。
「大丈夫、ゼロ?」
 アグネスの声に振り返れば、裂かれた腹をゼロが押さえていた。
「痛ぇが、今すぐヤバい傷でもねぇ」
「確かに‥‥毒は、仕込んでないっすね」
 拾った合口を手に、伝助が顔を上げる。
「仕方ねぇ、傷を塞いでやるか。だが治療代は高いぜ」
 にやにやと笑いながら、仄は袖をまくるが。
「いらね」
 思わぬ即答に、拍子抜けた顔をした。
「どした、金がねぇか?」
「てめぇら、伊之助の助太刀をするんだろ」
 ゼロの指摘に、厳靖や伝助と視線を交わした仄は頷き返す。
「ああ」
「じゃあ俺に手を貸すのは、筋違いだ。それに、ギルドへ行きゃあ何とかなる」
「そのままで行く気か、待てよ」
 踵を返すゼロの行く手を劫光が塞ぎ、肩を掴んで押し留め。
 同じく神楽も、両手を広げて立ちはだかった。
「仇討ちとか、よく分からないですけど‥‥でも、怪我は痛そうですっ」
「だから、ギルドで治して‥‥」
「こんな時まで、下手な格好つけてんじゃないわよ」
 強情な相手を、呆れてアグネスが睨み。
「では、僕なら問題ないですよね」
 見かねた双伍が、僅かに苦笑が混った笑顔で申し出る。
「仇討ちの助太刀を手伝うつもりなど、僕はありませんから」
 その言にはゼロも反論出来ず、仕方なさげに腕をどければ途端に血が溢れた。
 無我夢中で突き立てられた刀傷は、深く。
 血を止め、傷を塞ぐ為に、二度三度と双伍は治癒符の式を召喚した。
「すまねぇ、ありがとよ」
「いえ。代わりに、伊之助さんとの事を教えてくれませんか。僕は平和な話の方が好きなのですが、気になる方もいるようです」
 双伍の提案に、様々な表情で見守る者達へゼロは視線を巡らせて。
「言っとくが、面白くもねぇ古い話だぜ」
 溜め息混じりで、渋々承諾した。

「名は天見基近。武天国の数多ヶ原(あまたがはら)を治める氏族、天見一族のろくでもねぇ次男坊‥‥それが、開拓者になる前の俺だ。ま、今の天見家当主は兄だが」
 居酒屋の二階へ場所を移し、酒や茶を交わしながら料理をつついて、腹が落ち着いた頃。
 周りの視線に促され、『古い話』をゼロが切り出す。
「三年、いや四年前になるか‥‥数多ヶ原を出る時、俺は追っ手を斬った。その中に、伊之助の父親がいたんだろう」
「でも開拓者になれば過去の事は不問に付す、ですよね」
 付け加える双伍へ、酒杯も手を付けずゼロは首肯し。
「納得できねぇ奴は、できねぇんだろうよ」
 塞がった傷を、無意識にさすった。
「ともあれ。仇討ちは向こうが止めねぇ限り、俺も引かねぇからな」
「ゼロッ!」
 釈然とせず、身を乗り出す那由多。
「やると言うからには、やるんだろうなぁ。お前さんは」
「げんせーさんも、止めろよっ」
 矛先を向けられた厳靖は、けらけらと笑って那由多の肩を叩く。
「はっちーも熱くなるな。まだ果たし合いの時と場所は、決まってないからな」
「だから、はっちーって言うな」
 膨れた那由多と厳靖の会話を聞きながら、ふっとゼロは神楽をみやった。
「にゃはっ、お魚〜っ」
 焼き魚に目を輝かせていた少女は、自分を見る相手へきょとんと首を傾げる。
「にゃ?」
「いや、好きなだけ喰えよ。こっちもあるからな」
「はいっ」
 嬉しそうな神楽は、再び魚へ箸をつけた。
「今で16なら、当時は12かそこら‥‥親父が死んだ時の俺よりも、小せぇか。納得できなくて、当然だよなぁ」
 料理も手をつけず、深く目を閉じてゼロは小さく独り言つ。

「何か、気になる事でもありやしたか?」
 どこかむっすりと杯を傾ける劫光に気付き、酌のついでに伝助が膝を進めた。
「あの深編笠が、な。それに伊之助をつけた式が、幾らも追わず潰された」
「相手は?」
 声を落とす伝助に、陰陽師が首を横に振る。
「鴉のような影は、一瞬見えたが」
「確かに、気になるっすね」
 だが今は、不振な影もなく。
「面倒な事に、なりそうかねぇ‥‥」
 蒸し暑さが残る夜空を見上げ、劫光はぼやいた。