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■オープニング本文 ●今は、しばし ぱちりと、竈(かまど)で薪がはぜる。 葛籠(つづら)へ収めた着物の下から、土や血で薄汚れた一通の文を取り出した。 去年の暮れに、崎倉 禅(さきくら・ぜん)の元へ届けられた手紙。 何者かの策により、自分が同じ開拓者達と刃を交える羽目になった。 その時に止めようとした開拓者の一人が崎倉から受け取り、自分を説得するために渡してきたものだ。 広げてみるが、筆の運びに覚えはない。 言葉選びの癖も、やはり記憶にない。 それは、何度確認しても変わらない‥‥文面全体より受ける印象には、覚えがある事も。 「‥‥兄上、なのか?」 乾いた呟きを落とし、思案の末に手の内でくしゃりと紙を潰す。 立ち上がると土間へ降り、竈の火へ丸めた手紙を放り込んだ。 瞬く間に火の舌は乾いた紙を舐め、墨よりも黒く焼き焦がし、灰と化す。 燃え尽きるまで火を見つめていたゼロは、嘆息すると立ち上がり。 外では蝉が、やかましく鳴き騒いでいた。 「どうした。寝苦しくて、眠れないのか?」 どこかぼーっとして浮かぬ顔のゼロへ、崎倉が苦笑した。 「いや‥‥ナンかこう、すっきりしねぇだけだ。いろいろと」 「ああ。聞くところによれば、何か大変だったそうだな」 それ以上、崎倉は深く追求せず、他愛もない世間話のように流す。 その後ろからは相変わらずサラが黙ってゼロを見上げ、藍一色の仔もふらさまはもふもふと暑そうな外見ながら涼しい顔をしていた。 「‥‥ここんとこ、暑ぃよなぁ」 先日、海へ行ったばかりだが、戻れば神楽はやはり暑い。 「じゃあ、ジルベリアにでも行ってくればどうだ? あそこの夏はこっちほど暑くないし、涼んで頭をすっきりさせてこい」 笑いながら、崎倉は眺めていた依頼書の一つをゼロへ指差した。 依頼書の文面を確認すれば、それはジルベリアの都ジェレゾに近い町からの『招待』だ。 依頼の主旨をまとめれば、『保養地である町を宣伝するために、開拓者達の来訪を望む』という。 ジルベリアの夏は、短い。 春先にあった反乱のイメージを払拭し、開拓者も休養に訪れる場所として、少しでも天儀からの客を呼ぼうとする‥‥町にとっては『苦肉の策』だろう。 「‥‥のん気な依頼だな」 「だが、渡りに船だ。今は少し、神楽を離れた方がいいかもしれないからな」 「どういう意味だ、そりゃあ」 声を落とした崎倉に、ゼロは眉をひそめる。 「少し前に、神楽を走り回って大騒ぎしただろう。その顛末をかぎ回ってるのが、いるって噂だ」 蒸し暑さは変わらないのに、すぅっと汗が引いた。 真剣な表情で考え込むゼロの様子に、崎倉は苦笑しながら軽く肩を叩く。 「あくまで噂だし、耳にしたのも少し前だ。数日、神楽を離れていれば落ち着くと思うが」 「そっか。んじゃあ面倒事に捕まらねぇうち、ちっと涼んでくるぜ。ありがとよ」 ひらと手を振って礼を告げたゼロは、受付へと向かった。 身の回りに起きた不明瞭な事や疑問、気にかかる事柄に懸念。そして、帝国であった反乱の結末。 ばらばらとして散り繋がらぬ思考の断片や、胸の内で渦を巻き続けている面倒事の予感を、今は神楽へ置いていくべきだろうか‥‥と。 額に手をかざしたゼロが見上げた夏空には、真っ白な入道雲がわき立ち始めていた。 |
■参加者一覧
江崎・美鈴(ia0838)
17歳・女・泰
有栖川 那由多(ia0923)
23歳・男・陰
慧(ia6088)
20歳・男・シ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
リーディア(ia9818)
21歳・女・巫
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
透歌(ib0847)
10歳・女・巫
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●天儀を離れ 「ゼロさん、早く!」 待ちきれないとばかりに、透歌(ib0847)がゼロの袖を引く。 「慌てなくても、ジルベリアは逃げねぇよ」 苦笑するゼロだが、明るい調子は時おり沈み。 「そりゃあ、ゼロが行くなら俺もいく‥‥ん? どした、大丈夫、か」 気付いた有栖川 那由多(ia0923)が聞けば、相手は首を横に振った。 「ちっと、暑くてな」 「折角だから、のんびりしてこよーぜ」 夜でも汗ばむ蒸し暑さに、げんなりと那由多。 「ジルベリアは、そんなに涼しいんでしょうか?」 「さぁ。俺も夏に行った事はねぇからな」 透歌の疑問に答えつつ、ゼロが待合せ場所の開拓者ギルドの扉を開けば。 「かっはー!」 扉の傍にいた小柄な泰拳士が、全身を総毛立てる勢いで威嚇した。 そのまま凝視し合う事、しばし。 「‥‥ナンだ、コレ。新手の挨拶か?」 戸惑ってゼロが周りを見れば、目を離した隙に束ねた茶の髪を翻し、ぴゃっと少女は物陰へ逃げ出す。 「えーっと‥‥美鈴さん、ゼロさんは怖くないですよー?」 物陰から様子を窺う江崎・美鈴(ia0838)に、ちょいちょいとリーディア(ia9818)が手招きをした。 「でも、見た目が鬼怖い」 ぐるぐる唸って美鈴は警戒し、後ろで那由多が吹き出す。 「てめぇ、笑ってんじゃあねぇぜ」 「ゼロおじさま〜♪」 ツーテールを揺らしながらててっとケロリーナ(ib2037)が駆け寄り、抱えたカエルのぬいぐるみごとゼロへ抱きついた。 「海以来ですの〜」 「おぅ。てめぇは今日も、元気そうだなぁ」 「ゼロさんは小さい子にも人気っすね。美鈴さんはまだ、威嚇してやすけど」 透歌とケロリーナにくっつかれ、暑そうなゼロを以心 伝助(ia9077)は面白そうに眺め、アグネス・ユーリ(ib0058)もくすと笑う。 「子供みたいだから、じゃない?」 「それ、褒められた気がしないんだが」 恨めしそうなゼロへ、きょとんとアグネス小首を傾げた。 「あら。だって、褒めてないもの」 「だろうと思ったぜ」 賑やかな様子を見ながら、慧(ia6088)はふと呟く。 「ジルベリアでの祭‥‥か」 騒ぐのは、正直に言えば得意ではないが。 「避暑を兼ねて、行けるのならな」 ‥‥それに。南志島でのゼロの様子が気にならなかったと言えば、嘘になる。 「えんき、避暑地はどこだー!」 その間にも、物陰から美鈴が天ヶ瀬 焔騎(ia8250)へ訴えていた。 「道場が暑い。もうぐったり」 「暑いのは苦手な焔の志士、天ヶ瀬だ。‥‥涼しいのは、もうそれだけで気分が楽だからなぁ」 キリッと名乗った直後、だるそうに焔騎は肩を落とす。 「開拓者となってから、殆どジルべリアの地を踏んでおりませんでしたが‥‥この時期に、一度、戻る事になって良かった、です」 シャンテ・ラインハルト(ib0069)の呟きに、アグネスも懐かしげに窓の外へ目を向けた。 「私も久し振りだわ、ジルベリア‥‥」 「話に聞けば、何かと複雑な事情の方もいるようですが」 「そうね。それぞれ気掛かりはあるでしょうけど、今は忘れましょ♪」 視線を戻すと、同郷の吟遊詩人へアグネスは明るく告げる。 「じゃあ、とりあえず」 しゃがんだゼロは、物陰の美鈴へチッチッと舌を鳴らしながら指で招き。 「あたしは猫じゃないー!」 ふしゃーっと威嚇して、力いっぱい美鈴は反論した。 ○ 招待された町は、落ち着いた佇まいをしていた。 「やっぱり、こっちは涼しいの〜」 「うん。天儀より、ずっと涼しい」 嬉しげなケロリーナに、美鈴が緩い風を受ける。 「懐かしい空気だな。久し振りに、顔馴染み達にでも会ってみるかね」 ふとそんな事を考える焔騎は、かつてジルベリアで暮らしていた身だ。 「そういや俺、最近遊んでばっかだな」 「一応これは依頼っすけど。でもあっしもこの三日間、仕事はお休みです。そう決めやした」 楽しげな那由多に伝助がきっぱり『宣言』し、一方で町を見回すゼロの表情は冴えない。 「ゼロさん、何か悩み事でも‥‥」 声をかけてから、はたと気付くリーディア。 そういえば、自分も悩みの種の一つかも‥‥と思い至れば、急に気恥ずかしくなり。 「えぇと‥‥悩む時は、あまり一人で抱え込まないで下さいね?」 そっと気遣えば、苦笑と共にぽむと大きな手が頭に軽く置かれた。 「くっ。折角楽しめる機会なのです。皆で楽しみましょうっ」 「そうね」 明るくリーディアが切り出せば、先を歩くアグネスも髪を揺らして振り返る。 「ようこそ、北の大地へ」 そして歓迎するように、恭しく礼をしてみせた。 ●小さな計略 「ゼロ様に知られないよう、連れ回していただければ‥‥」 「そこは、大船に乗ったつもりで任せて」 慎重な表情でシャンテが頼めば、アグネスは胸を張る。 宿の一室では女性陣六人が集まって、予定を相談をしていた。 招待された夏祭りは明日の夜に行われるが、それとは別に『今日出来るお祝い』を行う計画だ。 「ふわわ、さぷらいずぱーてぃなのね〜♪」 「喜んでくれるといいですね」 ケロリーナと透歌は、今から期待に胸を躍らせ。 「その合間に、ゼロがどんなのか聞いていいか?」 「もちろんです」 尋ねる美鈴へ、笑顔でこくりとリーディアが頷く。 「そろそろ、あっちに顔を出すわね。後は楽しみにしているわ」 「行ってらっしゃいです」 手を振る透歌達に送り出され、一足先にアグネスは部屋を後にした。 「ゼロ、やりたい事決まってなかったら、ちょっと出よーぜ」 「ああ。祭の下見に、街を散策するのもいいかもしれないな」 誘う那由多に合わせて慧が提案し、窓から外を眺めていたゼロが振り返った。 「ん、構わねぇが‥‥特に俺も、当てがあって来た訳じゃあねぇからな」 「初心者向け、ジルベリア・ガイドはいかが?」 そこへ、ひょことアグネスが顔を出す。 「気になる場所があれば、案内するわよ? 町だけでなく、郊外には森や川もあるものね」 「釣りも、出来るのか?」 「釣果は保障しないけど。森の風景も天儀とは違うから、散策もいいわね」 慧の疑問にアグネスはさらさらと答え、話を聞く伝助も頷いた。 「のんびり釣り糸を垂らすのは、楽しいっす。でも出かけるなら‥‥ちと私事入るんすけど、同居人への土産買うのに付き合って頂ければと」 「同居人?」 珍しく身辺の事を明かす相手にゼロが聞き返し、苦笑した伝助は赤い髪をぽしと掻く。 「十歳の女の子が好む物と言われても、さっぱりでして。ゼロさん小さい子にも人気あるみたいですし、何か助言頂ければ有難いっす」 「透歌ちゃんとかケロリーナさんとか、好かれてるよな」 「何故かよく分かんねぇけどな。出かけるなら、誘うか?」 那由多の指摘したゼロは、ふと呟き。 「焔騎なら、用があるって出かけたわ。リーディア達も、何か話し込んでたから‥‥」 「じゃあ、俺達だけか」 誤魔化すアグネスに納得し、ゼロは誘う者達と町へ出た。 「凄い人、だな‥‥まだ祭前だと言うのに」 賑わう町のメインストリートに、慧が感心する。 徐々に人が集まっているのか、着いた時より賑やかさが増していた。 「なぁなぁ、長屋の皆に土産買ってかない? 崎倉さんや穂邑ちゃんも楽しみにしてるぞ、きっと!」 店先の飾り窓を覗きながら、那由多が提案する。 「穂邑はともかく、崎倉はねぇよ」 そんなやり取りをしながら歩けば、ふとゼロが小物の店で足を止め。 「こんなのは、好きそうじゃね?」 伝助へ尋ねる様子に那由多は慧へ目配せをして後を頼み、そっと仲間達から離れた。 それに気付かぬゼロは、幾つか髪留めを選んではアグネスへかざしてみる。 「合わせるの、あたしでいいの?」 「伝に合わせたって、ピンとこねぇだろ」 その説明に、思わず隣で慧がくつと笑った。 「いま、想像しやしたね」 「‥‥すまない」 恨めしそうな伝助へ、小さく笑いながら慧は謝る。 「やっぱり、これがいいか」 幾つかの候補から悩んだ末、懐から財布を出すゼロに伝助が慌てた。 「勘定は、あっしが」 「伝には借りもあるし、これっくらい払うぜ。もし相手が気に入らなかったら、申し訳ねぇしな」 「ふぅん?」 面白そうに見やるアグネスに、もう一度ゼロは髪留めをかざす。 「てめぇにも似合いそうだな、これ」 「あら、いいの?」 「ん。どうせなら揃いがいいか、話の種に」 店員がゼロの用を聞く間に慧が店内を窺えば、こっそり那由多が戻ってきた。 「後は森や湖に‥‥見たいものや行きたい処、ある?」 町を軽く案内したアグネスは、次の予定を尋ねた。 「もしかしてアグネスさん、張り切ってる?」 那由多が問い返せば、「もちろん!」と彼女は即答する。 「冬は厳しいけど、短い夏は優しくて輝かしい‥‥ジルベリアは、そんな儀よ。好きになってくれると、あたしも嬉しいわ」 「じゃあ自然を堪能するって事で、釣りでもどうっすか」 「町は賑やかだったから、静かなのもいい」 伝助の提案に慧が賛同し、ゼロは腕組みをする。 「晩飯の足しか。喰える魚が釣れるかは、知らねぇが」 「夜は、ちゃんと出ると思うわよ‥‥御馳走が」 意味深に答えて、くすくすとアグネスは笑った。 ○ 一方、五人が町を回っている頃。 「台所の借用と部屋の飾り付け。宿の方に、ばっちり交渉してきました!」 『いい笑顔』で報告するリーディアに、囲む少女達がぱちぱちと拍手した。 「じゃあ、本番ですね」 「まずは料理から、でしょうか」 小首を傾げる透歌に、シャンテも段取りを考える。 「お酒は、焔騎様が買いに行って下さっています。食事はゼロ様もいらっしゃるので、お肉などがっつりと。お菓子は‥‥ケーキが定番、でしょうか?」 「ジルベリアでは『ばーすでーけーき』っていうのが、付きものなんですよね?」 目を輝かせた透歌が興味津々で聞けば、僅かに微笑んでシャンテは頷き返した。 「作りますか?」 「はい、お手伝いしますっ!」 「けろりーなは、にわとりさんのまるごとろーすと‥‥アイスをつくって、特大ふるーつぱふぇのとっぴんぐにするの〜♪」 「その、ばーすなんとかは、団子もいいのか?」 美鈴が素朴な疑問のリーディアへ投げれば、楽しげな笑顔でベールを揺らす。 「ケロリーナさんのアイスも美鈴さんのお団子も、一緒に作っちゃいましょう。いろいろ沢山の方が、楽しいですから。最後は皆で、ケーキを飾りましょうねっ」 賑やかに密やかに、台所を借りた少女達は準備を始めた。 「えぇと、これをここで振ればいいんですね?」 「はい、お願いします」 シャンテに教わりながら透歌は一緒に小麦粉を振るい、卵を割ったり卵白だけを泡立てたりと、ケーキ作りに奮戦する。 「お料理たのし〜♪ みんなの笑顔みたいな〜♪」 「はい、見れるといいですね」 ケロリーナと料理を仕込むリーディアには、美鈴があれこれと質問を投げていた。 「それで、ゼロはどういう人なんだ?」 「ゼロさんの事、ですか? そうですねぇ‥‥皆に愛されてる、律儀で面白い方なのです」 「アホなのか」 「アホかどうかは‥‥でも厄払いで泥遊びした時なんて、物凄い的になってたのですよ〜」 思い出して笑うリーディアに、「つまりアホだな」と何故か納得顔で美鈴は鍋炊きの餅米を捏ねる。 「後は‥‥無茶しいですねっ。お強いからといって、あまり皆を心配させないでほしいですよねぇ」 「‥‥やっぱり、アホなんだな」 鬼怖い相手を、とりあえず美鈴は『アホ』にしたいらしい。 「でもね。けろりーなは、ゼロおじさまが好きっ☆」 「そ、そうなのか?」 無邪気なケロリーナの『主張』に、何故か微妙に身構える美鈴。 「ケロリーナさんもなのですね」 「『も』‥‥?」 「‥‥あら?」 じーっと見る無邪気な瞳に、笑っていたリーディアがはたと気付き。 「ゼロっち、まだ戻ってないよな!」 扉を開けると同時に、戻ってきた焔騎が尋ねた。 「まだですね。どうでした?」 「よっし、間に合った。旨いのを仕入れてきたから、後はゼロっちが気に入ればいいんだけどな‥‥口当たりがいいのとか、酒じゃないのとかもあるからな」 提げた鞄から取り出した箱や瓶を然るべき場所へ仕舞い、それから焔騎は腕まくりをする。 「そっちも手伝うか。これでも、料理くらい出来るからな」 「助かりますー」 厨房の慌ただしさは、夕刻まで続いていた。 ●縁を祝い 「ゼロさん、食事っすよ。サロンで食べるそうでやす」 「すぐ行くぜ」 呼ぶ伝助に応じ、サロンへ向かったゼロだが。 足を踏み入れると、賑やかに飾りつけた部屋に呆然とした。 「あ、ゼロさん。こっちです!」 駆け寄った透歌が手を引き、席へ案内し。 アグネスは釣りの間に摘んだ夏花を、テーブルの花瓶へ飾る。 そのテーブルには、天儀やジルベリアを問わず様々な料理と菓子と、それからバースデーケーキが並んでいた。 「綺麗な花ですね」 「皆で森に行った時に、摘んだ花なの。こうやって飾ると綺麗でしょ」 シャンテに笑って、アグネスは席へ戻る。 「で、何の‥‥何ナンだ、これは」 まだ状況を掴めていないゼロへ、にっこりとケロリーナが笑顔を浮かべた。 「ゼロおじさま、那由多おにいさま、慧おにいさま、伝助おにいさま、アグネスおねえさま。 おたんじょうび、おめでとうですの〜♪」 「なっ、え?」 「ゼロさん、アグネスさん、伝助さん、那由多さん、お誕生日おめでとうございま〜す♪ 四人とも幸多き一年となるよう、お祈りしますね」 続いてリーディアも祝いの言葉と共に、手を合わせて短く祈る。 「うん。おまえら、誕生日おめでとうだ」 「おめでとうございます」 美鈴や透歌も祝う言葉を口々に告げ、言葉の代わりにシャンテは軽やかな『口笛』を吹いた。 「皆が生まれた事を、幸いに思う‥‥」 「こ、こういうの、慣れないっていうか‥‥ありがと、な」 静かに四人をみる慧へ、全力で照れた那由多は祝われる仲間へ向き直る。 「アグネスさんも伝助さんも、依頼で世話になってるし。これからも仲良くしたいから、さ。誕生日、おめでとうだ」 「ゼロ、那由多、伝助、おめでとう! そんで、皆ありがとう♪」 「えぇと、その、ありがとうでやす‥‥そういや、こうして誕生日を祝うのも、祝われるのも初めてかもしれやせん」 嬉しそうなアグネスに、慣れぬ状況の伝助も椅子へ座り直す。 一切を伏せられていた『主賓』は、やっと事態を把握したのか口元を手で覆い。 「‥‥参った。どういう顔をしていいか、正直分からねぇ」 「7月の22日がアグネスさん。25日がゼロさんで26日は伝助さん、更に27日には那由多さんもお誕生日なのですよ。それで、皆さんまとめてお祝いしちゃおうなのです」 絶賛困惑混乱中のゼロへリーディアが指を折って説明し、焔騎が席を立った。 「誕生日の皆へ、皆から贈り物だ。代表して、ゼロっちが開けてくれよ」 テーブルへ焔騎がリボンをかけた箱を置き、促されるままゼロは箱を開けた。 「これは‥‥酒、か?」 「ジルベリアの地酒。味は、俺が保障する」 「その酒は勿論、皆で飲むんだよな?」 「てめ‥‥そんな、一人で飲むかよっ」 茶化す那由多に、取り出したボトルをゼロは焔騎へ渡す。 慣れた手つきで焔騎は栓を開け、いそいそとリーディアがグラスを用意して。 飲める者達には酒、幼い少女達にはジュースが行き渡ると、焔騎はグラスを掲げた。 「今年は、去年より、良き日が一日でも多い事を祈って、乾杯。だ」 「「「かんぱーい!」」」 応じる声は、一斉に。 誕生日を祝うパーティは、賑やかに始まった。 「美味しいわね、これ。こっちも」 一口ごとにアグネスは料理を褒め、感心した風にテーブルの真ん中のケーキを那由多が眺める。 「これも、作ったんだ」 「シャンテさんと透歌さんが頑張って、デコレーションは皆でしたんですよ。皆の想いが籠もったケーキにしたかったので」 えへと、リーディアが嬉しそうに明かす。 白いケーキの上には、ベリーやイチゴなどのフルーツ類があしらわれていた。 「みんな一緒の誕生日祝い‥‥なんかいいよな、こういうの」 「そういやゼロさん、今年でお幾つになられたんすか?」 ほっこりと那由多は表情を和らげ、伝助の問いにゼロが考え込む。 「22、になるか。そういうてめぇは、幾つだよ」 「内緒っすよ‥‥20代後半、でやしょうか」 ぼそと耳打ちした相手に、ゼロは目を丸くした。 「にっ‥‥てめぇ、俺より‥‥」 相手の反応に、にしゃりといつになく悪戯っぽく伝助が笑う。 「それから‥‥ゼロさんも色々大変かと思いやすが、一人だけで抱え込まないで下さいやしね」 「ああ、ありがとよ」 言い聞かせる口調で伝助にボトルを取り、神妙にゼロは酌を受けた。 「お酒、最高ー。美味しいわね、焔騎」 「だろ? 皆に喜んでもらえて、よかった」 褒めるアグネスへ焔騎が満足げな顔をし、慧もこくりと頷く。 「ふふっ。美味しいお酒のお礼に、お酌するわよ」 アグネスもヴォトカのボトルを取ると、二人へ勧めた。 「美味しいですか?」 ケーキを頬張るゼロへ、パフェを食べる透歌が心配そうに聞く。 「応、旨いぜ」 その言葉に、ほっと透歌は胸を撫で下ろした。 「美味しく出来て、よかったです。何度もお世話になってるゼロさん、那由多さん、伝助さん、アグネスさん。みんなで楽しく祝えたらいいなと思って。今までの感謝も込めて‥‥」 「ありがとな。うん、旨い。でもって、嬉しい」 安堵する透歌の髪を撫でて、ゼロは礼を繰り返し。 「いいな〜。おさけってどんなかんじ〜?」 「そりゃあ、大人の秘密だぜ」 興味を示すケロリーナを誤魔化したゼロは、思い出して『土産』を取り出す。 「町で買ったモンだが、受け取ってもらえるか?」 女性達へ渡したのは、向日葵を模った髪留めだった。勿論、発端となった伝助も先に渡されている。 「どうせなら、ちゃんと選べばよかったぜ」 しくじったと悔やむゼロに、注がれる視線。 「‥‥てめぇらも、欲しいのかよ」 「だって、女の子だけー」 「いや、あっしはいいっすけどね。別に」 「‥‥ああ、別にな」 「俺は、ゼロっちとの友情を信じてるけどな!」 四人四様の反応に、唸ったゼロは何やら探しに行った。 「大したモンねぇぞ。話のネタに、持ってきた物くらいで」 戻ってくると、扇子や団扇をそれぞれに寄越す。 「有難く。天儀へ戻ったら、すぐ使う事になりそうっす」 涼しげな渓流の絵が描かれた扇子を、笑って伝助はぱちんと閉じた。 「けろりーなも、みなさまにお配りするですの〜☆」 嬉しそうなケロリーナが、カエルの指人形を配っていく。 「二度目の人は、あおかえるさんなの〜♪」 「ありがとう。では俺からも拙いながら、祝いを」 立ち上がった慧が横笛を取り出せば、自然と賑わいが潮を引き。 場を華やかせる旋律に、焔騎も哀桜笛で調べを合わせる。 ひとしきりの即興演奏が終われば、誰ともなく皆が拍手をした。 「しかし‥‥あの花は、それで摘んだのか」 「祝われる『だけ』なのは、性に合わないの」 摘んだ花の意味に今更気付いたゼロへ、くすっとアグネスは笑う。 「よしっ。じゃあ俺からゼロっちへは、以前渡しそびれたコレを」 妙に嬉しそうな焔騎が、どびらっと手品の如く取り出したのはメイド服一式。 「んーなもん、どっから出したっ。仕舞え!」 慌てふためくゼロを、団子片手にじーっと美鈴が見やった。 「メイドだったのか」 「そうとも。ゼロっちと言えば‥‥メイド伝!」 「だから、作るな語るな吹き込むなっ!」 「ゼロさんの‥‥私も、聞きたいのです」 「興味あるわね」 「なの〜」 「はい、是非に」 芋づる的な反応に、酔いが回った那由多と伝助は肩を並べて笑い転げ。 面白そうに聞く慧やシャンテも、静かにグラスを傾ける。 そんな賑やかな宴も、夜が深まれば透歌やケロリーナらが眠そうに目を擦った。 伝助はすっかり飲み過ぎで潰れ、ひょろりと那由多が立ち上がる。 「ゼロ! ついでにこれも、やる!」 呂律の回らない那由多が、ぐいととらのぬいぐるみをゼロへ押し付けた。 「‥‥俺に、これをどーしろと」 「へへーん。俺は伝助とさきにねるー」 得意げに那由多は手を振り、前後不覚な伝助に肩を貸して部屋へ戻っていく。 手首に付けた見慣れぬ腕輪が目に入って、ゼロはふと首を傾げ。 同時に触れた手触りに、違和感を覚えた。 確かめればとらの前足にはカーネリアンをあしらった腕輪が一つ、ぎゅっとはまっている。 「‥‥全く」 苦笑してゼロは腕輪を――友人が付けていたそれと同じ物を手に取ると、ぽんぽんとぬいぐるみの頭を撫でた。 ●短い夏 「二日酔いは‥‥『死毒』じゃあ、治らないっすか」 朝から響く素敵な頭痛に、伝助がうめく。 酩酊避けなら『酒笊々』もあるが、二日酔いになると『解毒』も『神風恩寵』も効かず。 だがある意味で快い二日酔いに、ベットの上で頭を抱えながらも伝助はくつくつと自分に笑った。 「この木陰は、涼しいな」 涼しさを探し、そして満喫するかの如く、美鈴は一人で過ごしていた。 昨日の酒が過ぎて、すっかり寝坊している者も何人かいるが、それはそれ。 「ここの夏は短いのか‥‥」 乾いた涼しい風を追う様に、美鈴は町を散策する。 「‥‥あれ?」 その途上、町外れへ向かうゼロと慧の姿に目を留めるが。 さして美鈴は興味も抱かず、散歩を再開した。 どうしても慧は浜茶屋で再会した時の、あの覇気のない声が気になっていた。 ――ゼロ殿には、豪快に笑っていて欲しい。 そう思うのは、押し付けかもしれないが。 「ゼロ殿。久しくしている間に、何が有ったのか‥‥教えてくれぬだろうか」 断られる事も承知しながら慧が問えば、相手は驚いたものの。 「ちっと、気分転換にぶらぶらするか」 そして二人は、昨日釣りをした場所まで繰り出した。 「ちっと厄介な事が重なって、な。名ごと、因縁も捨てたつもりだったが‥‥向こうは忘れてなかったらしい。それを思い知らされたってトコか」 水面へゼロは石を投げ、湖面に波紋が立った。 「過去、か」 開拓者達の間では珍しい話ではなく、自分も置いてきたソレに慧は目を伏せる。 だがゼロに興味がわくのは‥‥決して、過去への好奇心からではないだろう。 「ゼロ殿は、どうするのだ?」 「少なくとも逃げはねぇ、逃げ場もねぇからな。もし俺だけでなく、てめぇらにも害をなすモンなら‥‥ブッた斬るだけだ」 ふんとゼロは鼻息も荒く、二つ目の石を投げ。 背を見守る慧は、帯に差した横笛へ手にやる。 「俺では、役不足だろうが‥‥」 僅かでも心が軽くなるよう願う穏やかな音色に、ゼロは三つ目の石を投げる手を止め。 心安らぐ音色へ、しばし耳を傾ける。 「‥‥ありがとよ、随分と気が楽になった。お陰で、一つ答えが出せそうだ」 音が消えれば、いつもの様にニッと笑い。 軽く手をあげて駆け出すゼロを、慧は笑んで見送った。 「思い直す‥‥のは、なかったか」 「えへへ。しませんよー」 『返事』に来たゼロへリーディアは得意げに笑い、膝に乗せたもふらさまのぬいぐるみをぎゅっと抱く。 「でも、無理はしないで下さいね」 「ああ」 気遣う相手にゼロは苦笑してから、静かに話し始めた。 「俺は那由多や透歌みたいな長屋の連中や、依頼で世話になった慧に伝助、焔騎。もちろんアグネスもケロリーナも皆、好きだ。そして、お前の事も気に入ってる。 だから柄にもなく、いろいろ考えた。お前が色んな連中に好かれてるのは知っているし、それを俺が掻っ攫っていいのか、逆に距離を取るべきか、随分と迷いもした‥‥が、迷うのも面倒になった。 他の連中がお前をどう扱っていても、俺がそれに合わせる由縁はねぇ。 お前は只の女で、俺は只の男で、只の男女の間に情があって何を遠慮する、そう思った」 どこか不貞腐れた風にゼロは俯き、がしがしと髪を掻いて嘆息する。 「ただ‥‥俺は必要なら、人も斬る。放蕩はするし、厄介な関わり事も多い。 お前を蝶よ花よと扱うどころか、放って独りで何処かへ突っ走って行くかもしれねぇ。きっと心配も沢山させるし、怒ったり泣かせたりもする」 それから意を決した様に顔を上げ、じっとリーディアを見つめた。 「俺が行く道の先に何があるか、俺自身にも分からねぇが‥‥それでも良いなら、ついて来い。それに惚れた相手の事を、俺も知りたい」 ひと息に告げたゼロは袂を探り、小さな白い袋を無造作に放る。 あわあわと手を伸ばしたリーディアが受け取れば、それはお守り袋で。 「ゼロさん、これ‥‥は?」 「やる。気休めにはなるだろ」 お守りを見つめるリーディアは急に頬を染め、わたふたとうろたえてから、ぽふっとぬいぐるみへ顔を突っ込んだ。 「‥‥何だよ」 「いえ、その、恥ずかしくて」 苦笑する相手を、ぬいぐるみに隠れつつ見上げる。 「照れてんじゃあねぇよ。確かに返事はしたからなっ」 自身の照れを隠す様に言い置き、部屋を出たゼロは扉にもたれ、大きく息を吐いた。 「本当に‥‥不器用で、格好付けなんだから」 「てめぇ、いつからッ!?」 「いつからでしょうか」 廊下の壁にもたれたアグネスは、狼狽する相手へ悪戯っぽく黒い瞳を細める。 「いつからでも‥‥いいけどよ。ちっと、風に当たってくるぜ。それから」 バツが悪そうに、「ありがとな」とゼロは小さく礼を付け加えて。 「さて、と」 後ろ姿が消えると彼女はひと呼吸の間を置き、友人のいる部屋の扉を開けた。 ○ 夕暮れになると、一行はほぼ揃って宿を出た。 ジルベリアの因縁に追いかけられ、逃走劇を展開中な約一名は所在不明だが、それはそれとして。 町の外、ちょっとした広場に組み上げられた薪の近くまで行くと、手伝っていた伝助が手を振る。 「薪を組むの、手伝ってたのか。二日酔いは?」 「歌や踊りは不得手っすから。二日酔いはこの通り、大丈夫でやす。今晩は迎い酒っすよ」 心配する那由多に、笑って伝助はぐるぐると腕を回した。 どうやら、今日もとことん飲む気らしい。 「こちらの夜は、ムシムシしな〜い! ヴォトカ飲みつつ、お祭りを楽しみますよっ」 「あ、美味しそうな屋台です‥‥」 気合を入れるリーディアに、いい香りの元を透歌が辿れば、幾つか並んだ大きな鉄板では肉や魚、野菜などが、豪快に焼かれている。 「あっちには、ピロシキもあったな」 「わぁ〜」 教える慧に透歌は表情を輝かせ、何かを訴えるようにゼロの袖を引いた。 「止めねぇが、迷子になるなよ?」 「はい。全店制覇してきますっ」 「‥‥どこに入るんだろう」 嬉しそうな透歌に、素朴な疑問を那由多が呟く。 やがて太陽が地平の先へ沈むと、薪に火が点けられた。 歓声が上がる中、小さな炎は大きな焚き火に身を変える。 「ふっふー。あたしは、こゆことに招かれたり押しかけたりが、元は本業なのよ」 燃え盛る炎に、アグネスが気合を入れた。 「しっかり盛り上げて、がっつり宣伝する為にも、まず楽しむわよ!」 「飛び入りで、どれだけお手伝いできるか、分かりませんが‥‥」 短く、それだけに愛しい季節を皆様が享受できるように、と。 水を得た魚の如く踊り出るアグネスにシャンテが続き、二人は慧を手招きをする。 「‥‥俺も、か?」 「折角の祭りだしな」 笑って促すゼロに、やや迷いながらも慧は後へ続き。 そうして笛の音が、夕闇を照らす炎の如く、鳴った。 二人の笛に合わせてアグネスはブレスレット・ベルを鳴らし、足を踏んで地を鳴らし。 スカートの裾を翻し、束ねた髪を揺らして、弾む様に踊る。 ある時には天を振り仰ぎ、瞬き始めた星へ手を伸ばし。 ひらと舞えば地に伏して、祈るように頭を垂れて。 褐色の肌の舞い手は、炎を前にただ踊る。 自分が生きている証と、生きて共に歌い踊る喜びを。 全身を躍動させ、髪一筋、指先一つ、吐息一つまで‥‥自分の全部を使って、見る者へ伝える。 シャンテもまた、龍笛の音へ自身の思いを込めていた。 戦乱の後、初めての夏。ならば特に、祭りを祝える思いも強かろうと。 ジルベリアの人々の為に祈る旋律と舞に、横笛で慧はそっと色を添える。 捧げる様な舞いが終われば、わっと人々がわいた。 「きれいなの〜」 「天儀の静かな舞とは、違った感じですね」 じっと見つめるケロリーナに、透歌もまた目を離さず。 「踊る時は、観客老若男女皆に恋してるの。どうしたら一番綺麗かしらって、あたしに惚れて頂戴って、ね」 幼い二人へ、ふふっと笑ってアグネスはウインクを一つ。 そして別の場所から賑やかな弦楽器の音楽が始まれば、音色に誘われるように人々が火を囲んで踊り始める。 「ゼロおじさま、踊ろ〜♪ 踊りのステップは教えられるよ〜♪」 「待て、俺もか?」 「ゼロさんも踊ってみましょー」 楽しげにケロリーナがゼロの手を引き、背中を押しながらリーディアは振り返る。 「てか、皆で踊りません?」 美鈴や伝助へ声をかけ、那由多をアグネスが引っ張る。 「着物だと、ジルベリアの踊りは難しいぜ」 苦戦する様子に、見守るリーディアはくすくすと笑い。 「ね、ゼロおじさま。許嫁ってどんな感じ〜?」 「ちょをぅっ?!」 突然の問いに危ない足元が更に草履を引っ掛けそうになって、ゼロがバランスを崩す。 「ま、待て。何を聞く‥‥」 「恋ってどんな感じ? ちゅ〜は〜?」 たたみかける様に、次々と質問を重ねるケロリーナ。 「どんなって、言われてもだな‥‥」 「いいな〜。けろりーなもしたいな〜」 「ゼロさん、私も踊りますーっ」 答えに窮するゼロへケロリーナがねだり、透歌も腕を引いて踊りの輪に混ざった。 どうやら少女達が眠くなるまで、解放されそうになく。 「朝まで、踊って歌って飲んで‥‥笑って。忘れられない一夜にしたいわ♪」 「でも帰れば、神楽は暑いんでしょうね‥‥」 「はい、そっちは忘れる!」 ぼやく伝助に、アグネスがぴしゃりと言い放って笑う。 夜空を焦がす炎は、いつまでも赤々と燃え続けていた。 |