朱藩南志島 夏模様
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 80人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/29 01:44



■開拓者活動絵巻
1

津奈サチ






1

■オープニング本文

●涼を求めて
「暑いぅぃ〜っ」
 シャンシャンと蝉時雨が降る、夏真っ盛り。
 相変わらず、開拓者長屋へ遊びに来た桂木 汀(かつらぎ・みぎわ)は、すっかり暑さに伸びていた。
 ぬるい風に、風鈴もちりりと元気がなさそうな音を立てる。
「暑い暑いって文句言ったって、涼しくならねぇだろうが」
 うりとゼロは板間で転がった汀の頭を突っつくが、団扇片手の少女はげんなりと緩んだままで。
「‥‥海、とか」
 ぴく。
「‥‥川、とか」
 ぴくぴく。
「‥‥湖、とか」
「行きたい、全部行きたいーっ!」
「うっせーよ。騒ぐな、暑いだろーが」
 手足をバタバタさせ、駄々っ子のように騒ぐ汀へ、指折り数えていたゼロが言い返す。
「だって、ゼロさんのせいだもんーっ」
「暑いってわめくから、涼しげな場所を並べただけだろ」
 うぐと唸った汀は、ごろりと寝返ってうつ伏せになり。
「ゼロさん達は、いいよね。依頼で、涼しいところに行ったりとかっ」
「じゃあ、涼しいところへ連れてって下さいって依頼でも出して来い。皆きっと喜んで、連れて行ってくれるぞ‥‥お化け屋敷とか」
「違う、それ違うーっ」
 たしたしと団扇で床を叩き、主張する汀は、アヤカシの絵も描いたりするのだが。
 ‥‥アヤカシと人が仕組んだお化けモノは、別物らしい。
「遊びに行きたけりゃあ、朱藩に『南志島』ってな島があるぜ。夏になると、海泳ぎに来る連中で賑わうって話だ。確か最近、神楽からも大型飛空船で直接飛べるらしいが‥‥」
「それって、誰でも乗れる?」
「船賃は、必要だろうがな。後はまぁ、寝床くらいは安く貸してくれるらしいから、向こうで魚でも釣るとかすれば飯代くらいは節約できるだろうぜ」
「‥‥ゼロさん」
「んあ?」
「連れてってーっ!」
「掴むな、うるせぇーっ!」
「やだーっ。連れてってくれるまで、放さないー!」
「だから、ナンで俺なんだ! 他の連中に当たれ、他の連中にっ!」
 騒々しい二人のやり取りに、開けっ放しの戸から何事かとチラ見する住人や通りすがり達は、「いつもの事か」と苦笑する。
 この手の騒ぎで、何だかんだ文句を言いながら先に折れるのは、大抵はゼロの側で。
 ‥‥今回もまた、ごり押す汀の方が勝ちを収めそうだった。


■参加者一覧
/ 天津疾也(ia0019) / 沙羅(ia0033) / 柄土 仁一郎(ia0058) / 風雅 哲心(ia0135) / 井伊 貴政(ia0213) / 静雪 蒼(ia0219) / 葛葉・アキラ(ia0255) / 奈々月纏(ia0456) / 柄土 神威(ia0633) / 白拍子青楼(ia0730) / かや(ia0770) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 海神 江流(ia0800) / 夕凪(ia0807) / 有栖川 那由多(ia0923) / 奈々月琉央(ia1012) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 静雪・奏(ia1042) / 玲璃(ia1114) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / キース・グレイン(ia1248) / 鬼灯 仄(ia1257) / 劉 厳靖(ia2423) / 幻斗(ia3320) / シエラ・ダグラス(ia4429) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 倉城 紬(ia5229) / ペケ(ia5365) / 鴇ノ宮 楓(ia5576) / 菊池 志郎(ia5584) / 景倉 恭冶(ia6030) / 慧(ia6088) / アルネイス(ia6104) / からす(ia6525) / 千羽夜(ia7831) / エメラルド・シルフィユ(ia8476) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 劫光(ia9510) / リーディア(ia9818) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / アレン・シュタイナー(ib0038) / アグネス・ユーリ(ib0058) / ルシール・フルフラット(ib0072) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 十野間 月与(ib0343) / シルフィリア・オーク(ib0350) / フィーネ・オレアリス(ib0409) / 美郷 祐(ib0707) / 透歌(ib0847) / ネネ(ib0892) / アリスト・ローディル(ib0918) / ルーディ・ガーランド(ib0966) / フィン・ファルスト(ib0979) / 尾花 朔(ib1268) / レイス(ib1763) / ケロリーナ(ib2037) / アルベール(ib2061) / 藤嶋 高良(ib2429) / コチョン(ib2592) / 蓮 神音(ib2662) / リア・コーンウォール(ib2667) / 蜜原 虎姫(ib2758) / レビィ・JS(ib2821) / 華表(ib3045) / 月見里 神楽(ib3178) / 海神池瑠(ib3309) / ライディン・L・C(ib3557) / 御景 銀(ib3616) / ケニティ(ib3617) / リリア・ローラント(ib3628) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 高嶺 アライブ (ib3630) / 蒼音 爽(ib3649) / えるも(ib3657) / 御影 銀藍(ib3683) / シャドウ(ib3684


■リプレイ本文

●南志島
「夏です、海です、楽園ですっ♪」
 きゃーっと神楽は猫尻尾を揺らし、白い砂浜へ足跡を刻んだ。
 友達の足跡を辿り、神音も球を抱えて追いかける。
「ね、ね。センセーが買ってくれた水着、どうかな?」
 照れながら神音が聞けば、橙色の鮮やかなワンピース水着に神楽は満面の笑み。
「とっても可愛いよ!」
「ありがとう、神楽ちゃん!」
「あ、汀お姉さん、こっちこっち! 一緒に遊ぼ!」
「あたしも混ざっていいの?」
 手招きする神楽に、桂木 汀が嬉しそうに混ざった。
 早速、水辺で球を投げて遊ぶ少女達の姿を、波間からルシールは懐かしげに見守る。
「汀さん達に連れてきていただけて、よかったですね。神楽の蒸し暑さだけは‥‥」
「‥‥水着、透けてますよ、姉さん?」
 弟アルベールの指摘に、反射的に両腕で身体を抱くルシール。
「な、えっ!?」
 確かに白のビキニは少し恥ずかしかったが、海に入れば人目も気にならないと思ったのに。
 そんな姉の狼狽に、悪戯っぽくアルベールが笑った。
「ふふ、冗談です。姉さんは、白が似合いますね」
 誰にも見せたくないなぁと思うのは、弟の独占欲か、それ以上か。
「って、あ、アル‥‥ッ!」
「帰ったら、家に手紙を書きます?」
 遊ぶ少女達の姿に、自然と弟や妹を重ねた事を見透かされた様で、赤くなりながらルシールは平静を装う。
「そうですね、土産話は沢山用意しないと。確か、波乗りも出来ましたっけ」
 一変した不敵な横顔に、アルベールは姉の厄介な性格へ火を点けた事を悟った。

「海は久々やわぁ〜。奏兄ぃとご一緒も久しぶりやし、嬉しいわぁ」
 奏の腕に掴まった妹の蒼は、空を映した様な瞳を輝かせて波打ち際を歩く。
「着物、なんだね」
 青地の絽(ろ)の着物は、足元に近いほど白から濃い青色に変化する芙蓉の模様が描かれていた。
「水着とか、泳がへんし」
「そっか、似合ってるよ」
 褒める言葉に、蒼は頬を朱に染める。
「奏兄ぃ〜、大好きやぇ〜っ」
 思わず、不意打ち的に力いっぱいぎゅっと抱きつき。
「蒼っ!?」
 慌ててバランスを取ろうとする奏だが、空と海がひっくり返り、水飛沫があがった。
「ご、ごめんやぁ〜。せやし、一緒おれるんが嬉しゅうてっ‥‥その、み、水も滴るえぇ男衆はんやぇ」
 焦った蒼が、赤くなりつつ奏の上であわあわ取り繕う。
 照れた表情と、妹の後ろの日差しが眩しくて。
 目を細めた奏は、頭を撫でてから身を起こした。
 そのまま、しばし波の音を聞く。
「綺麗な波やなぁ〜‥‥氷霊結で氷作っておいた方が、えぇやろか?」
「そうだね」
 そんな話をしていると、波打ち際を歩いてきた和奏が二人の傍らで立ち止まった。
「変わった遊び‥‥ですね」
「ああ、ちょっとね。きみは?」
 尋ねる奏に和奏は懐から懐紙を取り出し、包んだ白や薄紅色の小さな貝を見せる。
「貝殻! 綺麗やわぁ‥‥」
「綺麗なので、拾っていました」
 蒼の言葉に和奏は嬉しげに微笑み、宝物の如く大事そうに懐紙を仕舞い。
「自分は、もうちょっと歩きますね」
 一礼すると和奏は二人をぐるっと避け、再び水際を歩き始めた。

「海やーっ! 思いっきり堪能するで☆」
 波と戯れていたアキラだが、ふと突き出た岩場へ目をやる。
 そこには、うずくまる塊が一つ。
 波を分けて近付けば、暑い中でローブを着て、杖を肩に寄りかからせ、しゃがんで何やら筆記をしているアリストが顔を上げた。
「止まれ」
「なんやっ!?」
「‥‥逃げる」
 必要最低限を伝え、また視線を戻す。
 それから、ふと思い出した様に付け加えた。
「‥‥そういえば、そんな柄の蝶が南方に生息するらしいぞ」
 そーっと回っていたアキラの表情が、引きつる。
 フリルが一杯付いた小花柄の、華やかな‥‥分かりやすく言えばショッキングピンクの「びきに」は、この日の為、悩みに悩んだ末に選んだ「おにゅう」だ。
 素直に喜ぶべきかもだが、この男の場合、単に事実を指摘しただけな可能性もある。
「何してンの? アリストちゃん」
 複雑な心境を隠し、丸めた背中越しにアキラは海を覗き込んだ。
 だが水の中を観察する魔術師は、答える気配もなく。
 よく見えないかと脇に移動してみれば‥‥足が、滑った。
「あ、わわ‥‥っ!」
 ふわっと身体が傾いで、海へ落ちる。
「あちゃー、やってもた‥‥!」
 水をかいたアキラが水面へ顔を出せば、差し出す手袋をはめた手。
「引き上げてやる。手を出せ‥‥おい、水をかけるな!」
 下から彼女が水を飛ばすと、慌ててアリストは手帳を懐へ避難させた。
 それからアキラを引き上げ、ふっと目をそらし。
「あと、似合ってるんじゃないか? それ」
 一言、ついでの様に加えた。
「‥‥えぃっ」
 手を伸ばし、水をかけるアキラ。
「くっ、だから水をかけるなと‥‥!」
 ならば反撃とばかりに、アリストも水へ手を伸ばす。
 暑苦しい岩場の『攻防戦』は、しばらく続いた。

●浜咲く傘花
 浜辺には大きな傘が花の如く開き、日陰を作っていた。
「ふぅ‥‥やっぱり、夏の暑さは苦手だなぁ」
 その陰の一つで高良は冷たい竹筒を手に、果汁を飲んでほっと息をつく。
「皆、満喫してるみたいですね」
 混雑する浜茶屋や海や浜辺で遊ぶ人々を眺めれば、別の陰から沙羅が穏やかに笑んだ。
「賑やかね‥‥本当に、楽しそう」
 のんびりしている彼女も水着姿だが、長く艶やかな髪は濡れておらず。
「泳がないんですか?」
「あまり、泳ぐのは得意ではないのよ」
 ふと問えば、答える沙羅は素足の砂を手で払う。
「それよりもスイカ割りがあれば、ぜひ参加したいわね。それから、花火と」
「いいですね、花火」
 高良は頷き、遊ぶ人々へ視線を戻した。

 陰に入れば、まだ風は涼しく。
「あっちぃ〜。日差し避けられる場所、場所ぉ‥‥日陰ぇ〜」
 オレンジのワンピースな水着姿のフラウは、倒れる様に日陰へ逃げ込んだ。
 肩から大きなタオルを羽織り、腰には青い薄布の巻きスカートを着けているが、強い日差しで肌が痛い。
 木の長椅子へ寝転び、遠く波の音を聞きながらまどろむ、至福のひと時‥‥だったが。
「こらぁ!! 寝てるの誰だぁ♪」
 どーんっと、飛びついた気配が一つ。
「それは‥‥あたしだ〜っ!」
 屈託ない笑顔をうにうにつつけば、リエットはきゃっきゃと笑い、無邪気な声を辿ってリアが現れた。
「こらこら、そういう事は駄目だよ。リエット」
「う! フラウが寝てたから〜♪」
 リエットに抱きつかれたフラウの姿に、『保護者』は苦笑する。
「すまなかったな、フラウ殿。貴女と遊ぶと楽しいらしくて‥‥」
「いいのよ‥‥寝ていただけだから」
 半分眠そうにフラウが肩のタオルを整えれば、すっとカキ氷が差し出された。
「お詫びに、受け取ってもらえるかな?」
 赤い髪に合わせた赤いセパレート水着とショートパンツ姿のリアは笑んで促し、冷たい甘さに誘われたフラウが手を伸ばす。
「うん‥‥じゃあ」
「ほら、リエットはこっち」
 残った方を姪っ子へ渡したリアは、並んでカキ氷を食べる二人を見守り、揃って頭痛を起こす様子に笑った。
「フラウ、おやすみ〜! リアぁ〜♪ 一緒に遊ぼ、遊ぼ‥‥何して遊ぼうか?」
 食べ終えれば、賑やかに手を振ったリエットはリアと遊びに行き。
 見送ったフラウは再び寝そべり、くーすかと寝息を立て始めた。

 そんな海水浴客を狙いの店が並ぶ浜では、一部の開拓者が独自に店を開こうとしていた。
 一人は、浜茶屋を開く貴政。
 もう一人は、同郷の友人四人でカキ氷屋を計画する風葉だ。
「こう暑くっちゃ、ダレるもんなぁ‥」
 身軽な甚平姿で、準備をする江流は天を仰ぐ。
「ま、たまには商売とかいーんじゃない?」
 事の始めは、風葉が発したそんな一言だ。
 理由を聞けば、とても単純明快――だって、泳ぐのメンドくさいし。
 最年長のお目付け役は、やれやれと苦笑する。
「は‥‥恥ずかしいよぅ、お兄」
 訴える妹の池瑠はメイド服を着て、頭に猫耳をつけていた。
 聞けば、「風ちゃんに無理やり着させられた」という。
『お役目』は客寄せと接客だとかで、人見知りが激しい池瑠に出来るかは、兄としても疑問なのだが。
 一方、並べた蜜の前では楓が悩んでいる。
「む、赤いのが苺‥‥緑色が抹茶、で‥‥白いのは、何でござったか」
「はいはい、働きなさい? 売上金は、山分けしたげるからっ」
 袖をぐいとまくった風葉は、ドラゴンロッドを手にし。
 何故か勢いよく、杖の先から吹雪が噴き出した。
「‥‥それで凍るのか?」
「ちっ。流石に無理か」
「あの、『氷霊結』は?」
「池瑠、そこで語尾に猫言葉をつける!」
「に‥‥にゃー!」
「で、主どの?」
「まぁ、簡単に言えば‥‥忘れた」
 沈黙、沈黙、また沈黙。
「今すぐ『氷霊結』が使える巫女を、捕獲するっ!」
「無茶を言うなッ!」
「で、ござるー!」
「に、にゃー!」
 青空に青少年の主張、三つ。

「‥‥何か、呼ばれたような」
 氷塊を前に、玲璃が呟く。
「どうかしたのかい?」
 黒髪を揺らし、巫女の少年へシルフィリアが尋ねた。
「いえ、空耳の様です」
「そう。氷、ありがとね」
「元より、カキ氷は振舞うつもりでしたから」
 軽く玲璃は頭を下げ、シルフィリアは仄へウィンクする。
「鬼灯さん、運ぶのは任せた」
「まったく、人使いの荒い美人だ」
 貴政の浜茶屋はカキ氷の他に軽い食事を出し、売り上げは夜の花火へ全て提供する予定だ。
 彼の志に賛同したシルフィリアは進んで手伝いに加わり、複雑な表情の仄が店員と製氷係をやっている。
「日当が払えない分、飲食は自由という感じでどうでしょう?」
 そんな貴政の提案で、成り行き的に手を打った。
「そこの人、一寸腹ごしらえしていったらどうだい? 夏の一日はまだまだ長いよ」
 空席が目立てばシルフィリアは投げキッスやウインクを交え、呼び込みも手伝う。
 周りが雑事を手伝う分、熱い厨房では貴政が料理の腕を存分に振るっていた。
「シルフィリアさんが手伝いに来てくれて、嬉しいですよ」
 緑地に交差する紐がアクセントとなった挑発的なビキニで給仕をこなすシルフィリアに、貴政は仄へ素直なところを明かす。
「美人さんだから繁盛間違いなしだし、僕も目の保養をさせて貰ってます」
「そりゃあ、役得だ」
 にっと笑った男同士、同意して。
「井伊さん、焼きソバとジュース二つ、よろしく!」
「分かりました!」
 客を連れて戻るシルフィリアへ、すぐさま貴政が応じた。

●賑やかな波間
「さて、出来たっと」
 浜茶屋の一角で、仕上がった物を月与がばさと振り、見つめる透歌やリーディアがぱちぱち拍手をする。
「はい、リーディアさんにプレゼント。透歌さんとケニティさんは、こっちでいい?」
「え、でも泳げるけど‥‥一応」
「ええ、どうぞ」
 遠慮がちにケニティが聞けば、微笑んで月与はソレを手渡した。
 彼女が作ったのは『浮き袋』だ。竹筒や瓢箪、革の水袋など密閉性の高いものに空気を入れ、この袋に詰める。
 こうすれば泳げない者でも海で遊べると、月与なりの配慮だった。
 透歌やケニティは瓢箪を繋げた輪っか型、リーディアにはもふらさまの顔を模した座布団型と手が込んでいる。
「ありがとうございますっ」
 礼を告げて、リーディアは嬉しそうに浮き袋を抱え。
「‥‥持ってやる」
 足元が見えず転ぶ前に、劫光が手を差し出した。
「あの、でも‥‥」
「姫さんに、荷物持ちさせる訳にもいかねだろ」
 そう理由をつけて、ひょいと浮き袋を持ってやる。
「あら、劫光も行くの?」
 背中からのユリアの声に、振り返らず劫光は空いた方の手をひらと振った。
「なんか泳げねー言ってっし、ついでに泳ぎも教えてくる」
「そう。頑張って」
 意味ありげに笑むユリアだったが、それ以上は何も言わず。
「あたしも、泳いでこよッ! いいよね、燃えるよね夏の海!」
 勢いよく髪を揺らしてアグネスも立ち上がると、友人達を追って砂浜を駆け出した。

「劫光先生、よろしくお願」
 だばーんっ!
 浮き袋に掴まって意気込むリーディアに、波が被った。
「わぷっ‥‥くっ、めげませんよっ。先生!早く泳ぎ方を教えて下さい!」
 ぷるぷると彼女は頭を振り、遠慮がちに透歌も劫光を見上げる。
「私も教えてもらって、いいんですか?」
「一人増えても、大差ない」
 一方のケニティは水に慣れているのか浮き袋を頼りに泳ぎ、アグネスも水と戯れながら、友人達を見守っていた。
 イルカ型の大きな革製の抱き浮き袋を抱えた月与もまた、練習風景を楽しげに眺める。
「どうせなら、リーディアさんをもふりたかったなぁ〜」
 浮き袋を渡した時の笑顔を思い出し、波間に浮かぶ月与は少し残念そうにイルカをもふった。

「楽しそう、ですね‥‥」
「お前ほどじゃあ、ねぇよ」
 波間の歓声にかやが表情を綻ばせると、夕凪がぼそりと答えた。
「‥‥夕君?」
「ナンでもねぇ。クソ暑い中で浮かれたのは遠慮したいが、海はまだ良いし、浮かれる気分も解らなくはねぇ」
 とっさにひと息に口悪くまくしたてて、誤魔化すが。
 当の本人は分かっていないのか、きょとんと緑の瞳を丸くしている。
 だが急にその表情が、ふわっと和らいで。
「よかった」
「何が」
「思い切って夕君と一緒に行きたいって、言って」
「ナンで、そうなるッ!」
 思わず突っ込む夕凪だが、かやはほわりと微笑む。
「嫌かもって心配だったけど‥‥夕君も、楽しそう‥‥」
「俺は、あくまでっ。あくまでそれだけであって、決してぽえぽえしたのに誘われたからとか、そんな理由じゃねぇ! まかり間違って浮かれたせいで血迷ったヤツとかいたら蹴飛ばすが、それは血迷ったヤツが可哀想だからだ! あぁ、それだけだ!」
 ぜーはーと、ひと息にまくし立てる自己主張、第二弾。
「‥‥ッ、なんか妙に疲れるぜ‥‥」
 ぐいと額の汗を拭えば、パシャパシャとかかる水飛沫。
「‥‥何してんだ」
「水遊び、楽しいですよ‥‥それから水着、着るのは初めてなんですけど、動きやすいですね」
「いいから、はしゃぐな。こっち向いて身を屈めるなーッ!」
 えいえいと水かけに夢中なぽんわり娘に、夕凪は心底脱力した。

 ぶらりと哲心が砂浜を歩いていると、てぇんとの陰の友人に気付いた。
 肩にタオルをかけ、立てた膝の上へ顎を乗せて、丸く座っている。
「シエラも来ていたのか。去年の今時期も結構人がいたが、今年は凄いな。まぁ、賑やかなのはいい事だ」
 声をかければ、シエラは膝を抱えたままで。
「一人か?」
「一人で、のんびり楽しんでいます。特に待ち合せがある訳でも、ご一緒する殿方がいる訳でもなし‥‥別に、僻んでませんよ?」
 彼の問いに、ぽそりと答えた。
 ‥‥何だか、拗ねた風に見えるのは哲心の気のせいか否か。
「というか正直、独りでいる方が何だか安心します。誰かと一緒で、はぐれて寂しい思いをする事もありませんし」
「そうか」
 小さく苦笑し、着流した着物の袖に手を入れた哲心は海を見やる。
「今日は俺も、一人だ」
 思えば哲心も長く独りだった。束縛を嫌っての事だったから、彼女の心境も何となく分かる。
 束の間の沈黙に、タンクトップと短パン姿のからすが通りがかった。
 麦藁帽子の少女は足を止め、引いてきた『砂そり』の竹篭から水筒を二つ手に取る。
「一つ如何?」
「これは?」
「冷茶だ。あとは岩清水に果汁もある」
 不思議そうな哲心にからすは竹筒を手渡し、ふとシエラの腕に目を止めた。
「赤くなってるな」
「少しは泳ぎたいですけど、肌が弱くて。強い日差しですぐに荒れちゃいますし、暑いのは、どうにも苦手です‥‥からすさんは何を?」
「業務だよ」
「業務?」
 哲心が聞き返し、再びからすは黒髪を揺らす。
「東に倒れる者あれば介抱し、西に迷子あれば連れ歩き。
 南に危険行為あれば呼子笛を鳴らし、北に喧嘩や不埒な騒動あれば仲裁し。
 人が多ければ飲み物を売り、人が少なくなればゴミを拾う。
 皆が楽しんでいる中、こういう事をしている者が誰かは必要なのだよ。勿論、私はこれを楽しんでやっているが」
 そして、にっこりと少女は笑った。
「では私は行くが、何かあれば遠慮なく呼んでほしい」
「ありがとう、からす」
「ありがとうございます」
 手を振って礼に答えるからすを見送り、冷えた茶を口へ運ぶ。
「しかし‥‥」
 今更だがソレに哲心は気付き、視線を泳がせた。
 シエラが着ているのは、比較的露出の少ないワンピース水着だが、色は白で胸に何故か「しえら」と大きく書かれた布が縫われている。
 どういう由縁で、誰の趣味か‥‥あえて彼は問わなかった。

●小隊親睦
「海だぁーっ!」
 思い切り腕を伸ばしたルーディが潮風を受ければ、両脇を仲間達が駆け抜ける。
 寄せる波に逆らい、腰の深さまで一気に進んだ。
「わぁ‥‥天儀の海、あったかい、広い、おっきい!」
 アクセントに白いフリルがついた、ピンクのワンピース水着姿のフィンは、波を両手ですくう。
「冷たいジルベリアの海と、全然違う。ほら!」
「わっ、フィン!?」
 水飛沫にレイスは手で顔を庇い、二人の様子に遅れて追いついた者達も笑った。
「皆と、一緒‥‥嬉しい、な」
 ほくりと虎姫が青い瞳を細めれば、何度も首をこくこく振って、リリアも笑みを返す。
「海に入るのは、遠慮!」
 彼女より少し後ろの波打ち際では、アルマが新雪の様な白い尻尾を揺らしていた。
「暑くなりましたしね‥‥海、涼しい‥‥」
 銀髪をかき上げ、寄せては引く波を銀藍が楽しんでいる。
「海‥‥天儀に来る時に見たけど、やはり大きい‥‥」
 ひとしきりフィンと水を掛け合ったレイスは、どこか感慨深げに水平線を見やった。
「水着も新調したし、ね。楽しみ楽しみー」
 ネネは日除けのパラソルを手に、はしゃぐ仲間達へ微笑み。
「のんびりと遊べそうですね、ルーディ様」
 見上げる祐に名を呼ばれ、ルーディも頷く。
「よーし、遊ぶぞー!」
 意気込むライディンに、アルマは振り返った。
「ラピイちゃん、これ‥‥使うんじゃないの?」
 全力で振りかぶると、ライディンへ丸い球を投げる。
「お、借りる!」
 答えながら、ぽぅんと放物線を描く球へライディンが手を伸ばし。
「貰った!」
 束ねた黒髪を揺らしたレビィが、脇から球をキャッチした。
「レビィっ?」
 ライディンへが声を上げれば、球を奪ったレビィは肩越しに笑う。
 一方でコチョンは、借りてきた竿をぶんぶん振った。
「食材、現地調達なのよ!」
 どうやら後でやる浜焼きに備え、魚を釣りに行くらしい。
「こっちも、何か探してみますねー」
 ネネが手を振って応じ、その間にも水を跳ねて仲間達が砂浜へ戻ってくる。
「チームでも組む?」
「このままアバウトに、円陣で集まって落とさないよう遊べばいいんじゃないか?」
 尋ねるレビィにルーディが提案すれば、他の友人達も異論なく。
「いくよ、祐」
「はい、いきま〜す」
 レビィの合図に祐は両手を挙げて身構え、だが投げられた球は手の間を抜けて額でバウンドした。
「はぅ!」
「大丈夫、祐‥‥?」
 ちょっと心配そうな銀藍へ、彼女は笑顔で答える。
「ごめんなさいっ。次は、大丈夫です!」
「えい‥‥っ」
 怪我のない事を確認した虎姫が、柔らかく球を宙に上げ。
「レイス、上げて!」
 呼びかけるフィンに、素早くレイスは落下地点に入った。
「はいフィンちゃん、よろしく〜」
 とんっと、レイスが再び空へ突いた球に合わせ、大きく腕を振る。
「スマーッシュ!」
「うわっ、本気か!」
 力いっぱい打った球を、少し腰を落としたルーディが何とか宙へ戻す。
 だが、上がった球の勢いは弱く。
「くらえっ!」
 今度こそ球をキャッチしたライディンは、間髪おかずにルーディへ全力で投げ返した。
 球を拾った低い姿勢のまま、とっさにルーディは両手で受け。
「やんのかコラぁ!」
「泣いたり笑ったり、敬語を使ったり出来なくしてやる! 来ぉい!!」
 如何なる因縁か、単に暑い日差しで熱くなり過ぎたのか。
 力いっぱい投げては受け、男二人は球のぶつけ合いを始める。
「ルディさん、ライディンさん、夢中‥‥」
「りりあちゃ、一緒に、あそぼ‥‥?」
 スコップ持ってほわりと笑む虎姫に、やはりリリアもスコップ片手に同じくほわりと頷き。
「さ。皆で一緒に、遊びましょう?」
「ルーディちゃんとラピイちゃん、お揃いにするんだね?」
 とても嬉しそうにアルマが狐耳をぴっぴと動かし、いそいそとネネもシャベルを持ってくる。
「子供に砂は、危険なのですよー」
 待ち構える運命(?)を、彼らはまだ知る由もなかった‥‥。

 適度に身体を動かせば、すぐに腹も減ってくる。
 軽く遊んだ一行は、浜焼きの準備を始めた。
 コチョンと同じく海で食材を確保しに行く者達に、火を用意する者達。
 足りない食材は浜茶屋で買い、戻ってきた。
 何やらファイヤーボールや火遁が飛び交った様だが、危険につき模倣厳禁。

「釣れないの‥‥」
 草履や海草を引きずり、釣果なくしょぼんと戻ってきたコチョンへ、焼き網を囲む誰もが手招きをする。
「持ってきたスイカは、氷霊結で冷やしておきますね」
「これ、焼けてるぞ。こっちは‥もうちょっとだな」
 お楽しみに準備をするネネに、ルーディは網の上を仕切っていた。
「ライちゃ‥‥これ、もう食べて、いい?」
 だが虎姫は、何故かライディンへ窺いを立て。
「‥‥食材の準備、手伝った方がいい?」
「下拵えなら、するからっ」
 危険なフィンの好意を、レイスは全力で阻止する。
「あ。火加減が足らないなら任せて下さいな」
「私、も‥‥」
「リリアちゃんも銀藍ちゃんも、火は落ち着いて出そうね。ね」
 少し肉を食べた後は焼き係に回ったアルマは、食材が炭になる前に天然火種な二人へ訴えた。
「しっかり食べなよ」
「うん。コチョン、幸せ〜」
「って、それ、私が目をつけてたヤツっ」
 率先して肉や魚を取るコチョンにレビィは慌てふためき、嬉しげに祐が指折り数える。
「食べ終わったらスイカ割りをやって、また遊んで、宿では皆一緒に寝るんですよね。楽しみです」
 小隊一行の予定は、まだまだ盛り沢山だった。

●未満と以上
 賑やかな浜を離れた場所では、静けさを求める者達が時を過ごしていた。
「んむんむ、やはりフィーネは見て楽しい、触って楽しいと飽きへんなぁ」
 うつ伏せになったフィーネの白い肌に、疾也は日焼けを和らげる香油を塗り込む。
 背中が広く開いた黒いホルターネックのビキニは、香油もムラなく塗りやすく。
「ありがとうございます」
 両腕を枕に伏せたフィーネは、人目が少ない事に安堵していた。
「サンドイッチを作ってきたので、ぜひ食べて下さいね。天津様」
「それは楽しみやなぁ‥‥ほい、コレで終いや」
「ふふ。香油を塗っていただいたお礼に、あ〜んして食べさせてあげますよ」
 身を起こすたフィーネは短い金髪を整え、にこりと笑む。
「その為にも、少しお腹を減らさないと、ですね」
「そやなー‥‥、」
 海へ向かう彼女の姿を疾也は視線で追ってから、慌てて立ち上がった。

「わ、笑ったらいけませんからっ」
 何度も念を押す青楼に、何度もアレンは答えを返す。
「ああ、笑わない」
「じゃあ‥‥えいっ」
 意を決した青楼が単衣を脱げば、下は首の後ろに大きな可愛いリボンをあしらった白いホルターネックの水着で。
 ただ視線を下ろすほどに、隠すべき部分を十分に隠していない‥‥気がした。
「あ、わらったぁ‥‥」
 目ざとく青楼が綻ぶ口元に気付き、手で身体を隠す。
「いや、綺麗だ。似合ってるぞ、青桜。自信を持ってよい」
「本当ですか、お兄様」
 頬を染めた彼女は、ぎゅっとアレンの腕へ抱きついた。
「海は初めてですけれど、お願いします♪」
「それなら泳ぎ方、教えるか?」
「あの、よろしいですの‥‥?」
 恐る恐るな青楼の銀髪を、優しくアレンは撫でる。
「勿論だ。俺はお前の事が好きだから、一緒にいたいね。これからも」
「アレンお兄様‥‥嬉しい、ですの」
 ぱっと華やいだ笑顔に、アレンは兄の様に思われるのも悪くないと心から思った。

「急だったからな」
 砂浜へ座った琉央は、ふっと呟く。
 たまには骨休めでもと誘えば、纏は快諾してくれたが‥‥水着は一人で選んだらしい。
 恋人の水着姿が、少し楽しみでもあった。
「あの‥‥お待たせ、琉央」
 恥ずかしげに、岩陰から纏が顔を出す。
 陣羽織を胸に抱えた彼女は傍に寄り、彼の隣へ座った。
「じゃあ、泳ごうか」
「そや、ね」
 思い切って陣羽織を置いた纏は、緑のビキニ姿。だが胸が目立って恥ずかしいのか、琉央へ身を寄せた。
「あ、あんな。ウチな‥‥似合ってるやろか? 琉央?」
「似合ってるよ、纏」
 自信なさげな小声の質問へ即答すれば、やっと笑顔が戻る。
「泳いで疲れたら屋台でも冷やかして、なんか適当に買っていこうか」
「琉央と一緒やったら、うちは何でも」
 嬉しそうな笑顔を浮かべ、こくと纏は頷いて。
 二人は仲良く、波に身を任せた。

「本気で走るな、追いつけん」
 訴える声に、水を跳ねて駆ける神威は薄い巻きスカートを翻した。
「ふふっ、待って欲しい?」
 白黒ストライプ柄のビキニを着た神威は、桜の簪で長い髪を上げている。
「待たなくても‥‥!」
 ひょいと手を伸ばした仁一郎だが、笑って彼女は身をかわし、海へ足を踏み入れた。
 水の抵抗もあって、自然と駆ける速さは遅くなり。
「捕まえたっ」
「きゃっ! もう‥‥」
 細い腰へ回した腕を神威はぽくと叩くが、構わず仁一郎は彼女を引き寄せる。
「波は慣れたか、神威?」
「ええ。冷たくて気持ちいい‥‥隙アリ、えいっ」
 油断した相手へ水をかけ、反撃する神威。
 緩んだ腕からするりと抜け出し、パシャパシャと水を飛ばした
「そっちがその気ならっ」
 手で顔を隠す仁一郎も負けじと応戦し、すぐ二人は頭からずぶ濡れになった。
 互いの姿に笑い、一休みしようと浜茶屋でカキ氷を買い、並んで食べ始める。
「今年もこうやって、海で遊べたな」
「仁一郎との思い出が、また増えるわね」
 嬉しそうに神威は答えるが、急に眉根を寄せた。
「んん‥‥ちょっと、キーンってきたわ」
「急いで食べるからだ」
 苦戦する神威を冷やかす仁一郎だが、すぐ同じ頭痛に顔をしかめる。
「ある意味、これも夏の風物詩‥‥なんだろうかな?」
 頭痛に苦笑し合った二人は、氷が溶ける前に匙を口へ運んだ。

「着慣れていないと、恥ずかしいですね」
 慣れぬスカートに紫乃は少し恥ずかしそうで、彼女に合わせてジルベリアの服を着た朔も頷いた。
「分かります。でも、似合っていますよ」
 そして、他愛もない話をしながら波打ち際を散歩する。
 歩く拍子に手が触れ合えば、気恥ずかしさで黙ってしまう事もあるが。
 やがて紫乃は白いワンピースの裾を揺らし、足をくすぐる波を追って戯れる彼女を朔が見守る。
 だが砂に足を取られたか、華奢な身体が不意に傾いだ。
「あ‥‥っ」
「紫乃さん!」
 咄嗟に手を伸ばし、転ばぬよう朔が支える。
「大丈夫ですか?」
「ありがとうございます」
 それから二人は顔を見合わせ、互いの距離に気付いた。
 抱き締める様な体勢に、急いでぱっと身を離す。
「す、すみません‥‥ですが、気を付けて下さいね? 何かあったら、皆さんに私が怒られてしまいます」
 おどけた風な朔へ、赤面した紫乃はこくこくと何度も頷き、その肩へ淡いペパーミントグリーンのショールが掛けられた。
「日差しが強いので」
 そして、波の音だけが会話の間を埋め。
「いつか」
「今度は」
 同時に切り出した朔は、紫乃の言葉を笑みで促す。
「‥‥幼馴染の皆も、一緒に来られると良いですね」
「ええ」
 また転んでも大丈夫なよう手を繋ぎ、二人は歩き始めた。

 夕陽が海と空を赤く染めれば、暑い一日の終わりも近い。
「もう、今日も終わってしまうんですね」
 名残惜しげに白のビキニ姿のアルネイスは手をかざし、愛しそうに妻を幻斗が見つめる。
「残念ですか?」
「いいえ‥‥と言えば、嘘ですね。でも、幻斗殿と迎える明日が来ます」
 にこりと微笑んで答えれば、愛しい夫も銀色の瞳を細めた。
「アル殿の水着、とても似合っていますよ」
 夕暮れの風が、僅かにビキニのスカートを揺らす。
「ありがとう、ございます」
 ぽっと、アルネイスが頬を染める。
 冬から案は考えていたので自信はあっても、褒められると嬉しい。それが夫からなら、尚更。
 その幻斗は、水着の上に単衣を着ていた。
 体中の傷を見せたくないという、彼なりの配慮。
「夜までに貝殻を探して、ネックレスにしましょう。出来れば、お揃いで‥‥」
 優しい指が言葉を遮って頬を撫で、おとがいを上げ、夕陽の影が落ちる。
 口唇に暖かな感触が触れ、思わずアルネイスは目をつむった。
「そして陽が落ちたら、花火をしましょうか」
 名残惜しく離れた温もりが、囁く。
「はい。きっと綺麗ですよ」
「でも‥‥花火より、アル殿の方が綺麗です」
 再びアルネイスはぎゅっと目を閉じ、広い背中へ腕を回す。
 今日は終わっても、明日が来る。
 そうして愛しい一日一日を共に紡いでいけたら、と。
 互いを抱き締め、そう二人は願った。

「‥‥」
 浜辺で一人、膝を抱えたペケは夕暮れに変化する海を見ていた。
(海は嫌いです。だって、涙と同じ味がするもの)
 茜に染まる光景も、何故かペケには滲んで見えた‥‥そこへ。
「海の馬鹿ヤロー! 夕日の馬鹿ヤロー!」
 沈む気持ちを遮る大声に、顔を上げて主を探せば。
 海に沈む夕日を眺め、力いっぱい叫んだふしぎが身を翻す。
 砂を蹴って駆け去る姿を見送ったペケは、再び水平線を眺めた。

●花火の下で
「その台地の滝は、とても凄くて綺麗だったのです。そこからキースさんの舟で、ずっと川を下って‥‥」
 賑わう浜茶屋で、真夢紀は川下りの様子を楽しげに話す。
「そっちも、面白そうだったわね」
「流れ自体は、急でもなかったがな」
 見やる胡蝶に計画したキースが答え、同乗した志郎も笑顔で頷いた。
「お陰で歩くのと一味違っていて、楽しかったですよ。お願いして舟を止めたり、途中で釣りをしたりと、寄り道が多くてすみませんでした」
「気にするな。俺も、舟は流れに任せるつもりだったしな」
 話を聞く胡蝶は、慧を見やった。
「それで、慧はどこで合流したの?」
「俺は、西側の海岸を歩いていただけだ‥‥波が荒いと聞いたので」
「慧さんの笛、とても感銘しました」
 真夢紀がほっこりと笑めば、「それほどでも」と慧はやや俯く。
「海水浴の方は、どうでした?」
 話を振る志郎に、胡蝶はこほんと軽く咳払いを一つ。
「まあ‥‥悪くは、なかったわ。そもそも‥‥暑過ぎるのよ、この儀は」
「泳げないような素振りだったが‥‥教えればよかったか?」
 ふと蒼羅が聞けば、びくと身を強張らせた胡蝶が振り返った。
「見てたの?」
「まぁ、人間は水に浮く様に出来ている。浅いので、事故などないと思ったからな」
 実際、浅いところで身体を波に委ねたり、友人と水遊びに興じたり、日陰で涼んで過ごしていた胡蝶だったが。
 見られていたと知れば、何故か無性に気恥ずかしくなる。
「泳ぎの練習に、混ざればよかったのに」
「いいじゃない、のんびりしたかったのよ」
 蒼羅の言葉にぷいっと髪を跳ね、胡蝶は明後日の方向へ告げた。
「そうか。ところで皆、花火は浜茶屋でやるのか? それなら、『彩姫』という珍しい茶菓子を持ってきたが」
「な、何で‥‥!」
 身を引いて胡蝶は狼狽するが、不思議そうな周りの視線に気付き。
「何でもないわよ」
『名付け親』は平静を装い、すとんと腰を下ろした。
「皆様、つつがなく大事なく一日を過ごせて良かったです」
 ずっと話を聞いていた華表が、安堵の表情を浮かべる。
「華表さんは、今日は?」
「ここで、飲み物やお菓子をお出ししながら涼んでいました。お怪我をされた方などが、かけ込まれる事もありますし」
 つまり、救護班として待機していたとも言う。
 どうやら誰かが傷つくのは、彼女にとって、とてもとても嫌な事らしく‥‥何もないのが一番何よりでしたと、幼い巫女は嬉しそうな顔をした。

「今日は、ごめんね」
 肩に頭を寄りかからせて、千羽夜は小さく謝る。
「ははっ、気にしない。千羽夜が無事なら、それでいいやね」
 彼女を抱きかかえた恭冶は、明るく答えて笑い飛ばし。
「それに、俺も悪かった」
「恭冶さん‥‥」
 逆に謝る相手を、じっと千羽夜は見上げた。
 白地に青い羽根柄の、控えめなフリルが可愛いビキニ。
 彼と一緒に海で過ごす為の『勝負用』と千羽夜が選んだものの、誘った恭冶はのんびりしてると砂浜で寝転んで。
 疲れているのか、時折うたた寝する彼を砂に埋めて悪戯してみたが、やっぱり一緒に泳ぐ様子はなく。
 せっかくのデートなのに寂しくて、何だかむしゃくしゃして。
 周りの海水浴客が引き上げる頃になっても、まだ沖へ向けて泳いでいたら。
 ‥‥不意に、足が動かなくなった。
 遠浅でも、岸から離れればそれなりに海は深く‥‥彼は、遠く。
 もがく水音に気付き、砂を蹴った恭冶がもう少し遅かったら。
 そう思うと怖くて、身体が震えた。
 足はどうやら、冷えて攣ったらしい。残る鈍いひきつった痛みに、彼は千羽夜を軽々と抱き上げる。
「浜茶屋に戻ったら、まず手当てやね」
「そこまで酷くないから、大丈夫。少ししたら、治ると思うから」
 事情を詮索されるのも、心配をかけるのも嫌だった。
「少し、様子を見ていいかな」
「ん、そうする?」
 ずっと抱いたままの相手を千羽夜が気遣い、人の少なくなった浜辺で恭冶は足を止める。
「どう?」
「ほとんど、治ってきたかも」
 昼間の熱が残る砂浜は暖かく、足の具合をみていると。
 ぱっと、空に大輪の花が咲いた。
「花火‥‥!」
 驚きと嬉しさの混じった横顔を、淡い一瞬の光が照らす。
 一つ二つと、上がる花火を見上げ。
 その合間の夜闇に、躊躇っていた恭冶は思い切ったように身を屈め。
 打上花火の光ではなく、不器用な優しさに千羽夜はそっと目を閉じた。
 嬉しくて、何故か一筋の涙が頬を零れ落ちて。
「水着、似合ってるやね」
「うん」
「それから、無事でよかった」
「うん」
 ぽんぽんと背を叩く恭冶へ、何度も頷く。
「初めてのキス、恭冶さんと出来て良かった‥‥大好きっ!」
 一日抑えていた気持ちを預ける様に、千羽夜は恭冶へぎゅっと抱きついた。

「奮発したね、井伊さん」
「シルフィリアさん達が、手伝ってくれたからですよ」
 浜茶屋の前で、二人は打上花火を見る。
 店は好評で思わぬ売り上げを出し、また花火を持参した者も多く、皆で遊ぶ花火以外に数発の打上花火を頼む事が出来たのだ。
「今日は、ご苦労様でした」
「また機会があれば、よろしく」
「こちらこそ」
 喜ぶ神楽や神音らの声を聞きながら、二人は互いを労った。

「俺、もう疲れたぁー」
 眠るケロリーナをそっと寝かせた那由多は、ごろりと座敷に寝転がった。
「どうした、そんな遊んできたのか」
「昼間は汀ちゃんや女の子達と遊んで、後はふしぎさんやゼロと泳いでた。ケロリーナも途中で合流して、遊び疲れたみたい」
 指折り報告する那由多だが、基礎体力は自慢できない方で。
「そっか、お疲れさん。ま、飲め飲め」
 昼間は座敷でずっと兵法書を読んでいた厳靖が、酒杯を勧める。
「何が悲しくて男の相手だよ、ったく。もー」
「はっはっは、んま、俺は楽しいぞ?」
 文句を言いながらも杯を取る那由多へ、からからと厳靖が笑った。
「で、ゼロは?」
「途中で分かれた。何か話があるって、リーディアが‥‥」
 酒杯を重ねながら噂をすれば、見知った影が二階へ上がっていく。
「あれ、ゼロ? 早かったな、一緒に飲むか?」
 だが聞こえていない様子に那由多は席を外す事を厳靖へ断り、後を追う。
 上の座敷では窓辺に座って手足を投げ出した友人を、慧が見つけていた。
「‥‥ゼロ殿? 久しいな‥‥お元気でいらっしゃったか?」
「ああ、てめぇも元気そうだな」
 記憶と違わない調子で笑ったゼロだが、何故か声に覇気はなく。
 慧と顔を見合わせた那由多は、怪訝そうに尋ねる。
「ゼロ、どうかした‥‥?」
「なぁ、誰もが愛でるような花を無粋に手折るのは‥‥」
 許されねぇよなと落とした言葉を、花火の音がかき消した。

「行ってきなよ、お姫様」
 劫光の言葉に背中を押され、リーディアは夜の砂浜を走っていた。
 足元を照らす為に彼が送った『夜光虫』は、途中で音もなく消え去る。
 ケロリーナを背負って那由多と歩くゼロを見つけ、声をかけた。
 彼女の様子に友人は少女を預かり、その場にはリーディアとゼロが残る。
「で、話って?」
 問う相手に、迷いながらリーディアは言葉を紡ぐ。
「私、ゼロさんの事、もっと知りたくなりました。律儀な所だけじゃなくて、もっと、もっと‥‥」
 組んだ指を何度も組み直し、顔が火照る感覚を覚える。
「‥‥ようは、好き、って‥‥事なんですけど」
 それを口に出してしまえば、すとんと胸のつかえが落ちて。
 驚く相手を、彼女は真っ直ぐに見つめた。
「うん‥‥大好き、です‥‥突然でビックリですよね、あはは」
 言ってから、気恥ずかしさを笑って誤魔化してみる。
「‥‥本気、か?」
 どこか茫然とした質問に頷き返せば、ゼロは何故かうな垂れて。
「少し、考える時間をくれ。勿論その間に思い直しちまってもいいけどな」
 苦笑混じりの声は、どこか寂しそうにも哀しそうにも聞こえた。