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■オープニング本文 ●思わぬ再会、ふたつ 神楽の都には多くの人々が集い、行き来する。 見知った顔に、見知らぬ顔。 そんな人々の間をぶらりとそぞろ歩くゼロは、流れの中に珍しい顔を見つけた。 「お? 静瑠じゃあねぇか!」 名を呼ばれた側は声の主を視線で辿り、その姿を認めると軽く会釈を返す。 「ゼロか、奇遇だな」 「そりゃあ、こっちの台詞だぜ。どうした、『金剛』を追ん出されでもしたか?」 からからと笑ってゼロが冗談めかせば、相手は真剣な表情のまま即答せず。 「‥‥待て、ホントに本気か? 生真面目が取り得の、てめぇが!?」 「いや、あながち外れてもいないからな」 愕然とするゼロへ、様相を崩さず答える青年は五行のサムライ、名を神立 静瑠(かみたち・しずる)といった。 「ふぅん? てめぇがコッチに出てくるのは珍しいと思ったが、加奈芽とそんな事があったのか‥‥」 ぶらりぶらりと神楽の通りを歩きながら、静瑠の話にゼロは相槌を打っていた。 五行には陰陽師団『金剛』なる組織があり、陰陽師でないながらも静瑠はその協力者だった。 だがゼロは『金剛』の詳細までは知らぬし、関わりもなければ、五行の陰陽師達がやる事へ首を突っ込むつもりなぞ毛頭なく。 滅多に会わぬ友人の静瑠が元気そうで、かつ神楽に来ている事が、嬉しい。 ただ純粋に、それだけだった。 「ともあれ、しばらくは神楽へ滞在するつもりでいる」 「じゃあ、宿暮らしか? それとも長屋を借りるってんなら、俺がいるトコなんかは開拓者が多くて気楽だぜ。てめぇには、ちぃと騒々しいかもしれねぇがな」 そんな話をしながら、賑わう通りを人に混ざって歩いていけば。 行き違う人々の流れに、足を止める影が一つ。 「あまみの、もとちか、さま‥‥?」 鈴の様な愛らしい声が、その言葉を紡ぐ。 最初は見間違いかと思ったが、風体は変わっても、声や仕草、笑う横顔は遠い記憶のままで変わりなく。 そうして思わず‥‥懐かしい名が、口をついて出た。 「天見基近様ッ!」 それを耳にした瞬間、ゼロは頭の中が真っ白になった。 何故、その名を口にする者が、いま、この神楽に‥‥いるのか。 ‥‥神楽へ着いた時に捨てたはずの、名を。 「‥‥ゼロ?」 足を止めた友人に静瑠が振り返れば、棒立ちのゼロの顔からは完全に表情が消えていた。 「どうした、ゼロ」 ただならぬ様子に声をかければ、ようやくゼロは瞬きを一つし。 ――逃げた。 何も言わずに身を翻し、その場から一目散に逃げ出す。 「ゼロ、待てッ!」 静瑠が呼び止めるも、あっという間に目立つ風体は人の流れに紛れ込み。 いつにない取り乱しっぷりに周りの露天や道行く者達も驚き、手を止め足を止めてゼロの後姿を見送った。 慌てて一人の娘が静瑠の傍らまで駆け寄るが、そこで立ち尽くす。 「基近、さま‥‥どうして‥‥」 名を呼んだ少女は、その風体から武天の氏族出身の娘と思われた。 逃げた背中に呆然とし、それから状況を把握したのかしょんぼりと肩を落とす。 「あんた‥‥ゼロの、知り合いか?」 見かねた静瑠が声をかければ、顔を見上げた娘は今にも泣き出しそうだった。 ○ 「すまねぇ、誰か俺をかくまってくれッ!」 突如、帰ってくるなり訴えたゼロに、開拓者長屋に住む者や遊びに来た者達は何事かと、目を丸くした。 血相を変えて駆ける姿を見かけ、何事かとついてきた者達も、ゼロの後から追って横丁に現れる。 「今日いっぱいか、そこら辺で構わねぇんだ。何も聞かずに、頼む!」 全力で走ってきたのか、息を切らしながらゼロは驚く者達へそう頼み込み。 「ああ、やべぇ。あんまりにビックリしたんで、静瑠‥‥置いてきちまった‥‥ッ」 今更ながら『失態』に気がついて、がっくりと頭を垂れた。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
有栖川 那由多(ia0923)
23歳・男・陰
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
安達 圭介(ia5082)
27歳・男・巫
ルシール・フルフラット(ib0072)
20歳・女・騎
透歌(ib0847)
10歳・女・巫
フォルテュネ(ib3227)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●長屋困惑 「そう‥‥あれは俺が買い物に行った、帰りでした。慌てた様子のゼロさんをお見かけして、何となく後を付けてみたんです。それがまさか、こんな事になるなんて‥‥!」 「まだ、何にもなってねぇだろうがっ」 ナニカの解説風に語る安達 圭介(ia5082)を、恨めしそうにゼロが見やった。 「いえ。これから、何かなりそうな予感が」 「否定しない。まぁ、匿うのは構わんが‥‥誰にでも、触れて欲しくない事の一つや二つはあるもんだしな」 何事かと顔を出した長屋住民のキース・グレイン(ia1248)は、苦笑しながらゼロを追って現れる者達へ目を向けた。 「ここが、噂の開拓者長屋なんですね〜。あの息を切らして走ってきた方が、有名なゼロさんですか〜」 どこか観光気分なフォルテュネ(ib3227)は、神楽に来て間もない。 楽しげに「匿う協力、しますよ〜♪」と、理由も聞かずにゼロへ助力を申し出ている。 「だがゼロが逃げ回るなんて、一体どういう相手に追われてるんだ? まさか、あいつでも手に負えねぇような強敵って訳でも、ねーだろうけども‥‥」 「ええ。ゼロさんともあろう御方が、随分な慌て様よね。何があったのか、さて‥‥」 怪訝そうな酒々井 統真(ia0893)に、泰拳士仲間である嵩山 薫(ia1747)も興味深そうな顔をする。 「面白そうだし、いっちょ手を貸してやっか」 「はい。緊急を要する事態である事は、察せられますし‥‥何より、ゼロさんの仰る事です。協力しますよ」 理由云々を統真はひとまず脇へ置き、こくりとルシール・フルフラット(ib0072)が頷いた。 「早速ですが、変装してもらうのはどうでしょう。ゼロさんは遠目でも分かりやすい方ですし、時間もないようですから」 焦るゼロの様子から圭介が対策を切り出せば、腕組みをしたキースも賛同する。 「準備をしながら、話は聞くか‥‥別に、命を狙われている訳ではないんだろう? その手の話で、お前が取り乱すとも思えないしな」 「ああ。刀でどうこうなる話なら、どんなに楽か」 「‥‥やはりな」 ゼロの答えは予感していたが、それはそれで相手を納得させないと後々面倒だと、内心でキースは嘆息した。 「変装ならジルベリアの服はどうでしょう‥‥私の物でよければ、ですが。いえ、これを買いに来たついでに、立ち寄っただけなんですけどね」 説明するルシールは、抱えた紙袋の中身を覗かせる。 それは明らかに女物のワンピースで、思わず薫はルシールをじっと見つめる。 「まさか、ルシールさん‥‥」 「ち、違いますっ。私がこちらを着ますから、ゼロさんには着られそうな服をですねっ!」 真っ赤になって、説明するルシール。 「細かい事は、追々だ。俺のは誰が着る?」 とりあえずと、自分の着物をゼロがぐいと肌蹴(はだけ)れば。 「よっ、ゼーロ! 遊びにいこうぜ‥‥って、何やってんだよ!?」 通りがかった有栖川 那由多(ia0923)が、出くわした光景に身を引く。 「ちょ、待て。てめぇまで、ナンか誤解してねぇかーッ」 そんな騒々しい情景を、尋ねにきた透歌(ib0847)は仲間の後ろで眺めていた。 先の一件でゼロの後を追って水来村へ同行はしたが、逆に足手まといになった気がして、何となく顔を会わせ辛い。 だがいつまでも、避けている訳にもいかず。 「あの、ルシールさん‥‥?」 見覚えのある顔へ、透歌は思い切って声をかけた。 ●逃走作戦 「さすがに、重いわね」 「刀をつけず、篭手とすね当てを外せば軽くなるな。身軽な方がいいだろう?」 薫の『身支度』を、キースが手伝う。 男女差はあるが背恰好や髪の色を考慮し、一番近い薫がゼロの身代わりとなった。 「それにしても、うちの道場の子の下宿先を探して‥‥着いた先が、ゼロさんのお宅とはね」 「災難、だったな」 話を聞くキースが、小さく笑いながら肩当ての位置を整え。 「というか、汚い部屋ねぇ‥‥きちんと掃除しているのかしら? 一人暮らしの男性って皆、どうしてこうだらしないのかしら。後で根こそぎ、掃除してやりましょう」 何やら、別の決意を薫は新たにした。 「薫は身長や髪色なんかが、ちぃと違うが。遠目には誤魔化せるかねぇ」 「そうだね。で、そこまでしてゼロが身を隠したい相手って‥‥?」 好奇心から那由多が問えば、自分を納得させるように呟くゼロは奇妙な表情を返す。 「大した相手じゃあねぇよ」 「へー? ふーん?」 「気になんのかよ」 「気にならない訳ないじゃん」 棒読みっぽく那由多が切り返せば、肩を落としたゼロは嘆息した。 「一応、逃げ切れたら、理由ぐらい聞かせろよ?」 外を窺う統真が金の視線を投げれば、こくりと彼も頷き。 「逃げるの手伝う、礼にね。俺は‥‥嫌って言っても勝手にやる、だろ?」 「勝手にやりやがれ」 渋い顔のゼロに、くつくつと那由多は笑う。 「俺の外套も、貸す? 丈はぜんっぜん足りてないと思うけど‥‥なんかあった時、顔隠したりできるし。俺が色々、都合悪い時に隠れる手だよ」 「それなら、ルシールさんが帽子を‥‥」 「着替え、終わりました?」 圭介がスピリットローブを渡していると、ちょうどルシールが櫛と帽子を手に顔を出した。 「ゼロさん、何から逃げてるんですか?」 髪を梳くルシールの後ろから透歌が問えば、相手は苦笑を浮かべる。 「それを、どう説明したモンか」 何やら、複雑な事情があるらしい。 「荒事にしては匿えだなんて、消極的すぎるからまず除外。金関係なら何時もの事だから、これもナシ。で、その他に肝の据わった男でも簡単に動揺する事‥‥ね」 準備を終えて顔を出した薫は、経験故か何やら思い当たったらしく、扇の陰でくすと笑った。 「‥‥ま、今回はご縁という事でお手伝いするわ。若いうちは、そういう事に抵抗ある人も多いし。ねぇ、統真さん?」 「なんだよ」 意味ありげな視線に、戸惑った表情を統真が返す。 「後で合流して、事の顛末くらいは聞きたいけど、ね?」 唸るゼロを那由多は見やり、紐で束ねた髪をブルーフェザーハットで隠して、ルシールは仕上げを終えた。 やがて騒がしくなる外の気配に、圭介が声をかけた。 「来たみたいですよ」 打ち合わせた者達は顔を見合わせ、首肯を交わし。 「そっちの事情は知らねぇが、俺はゼロにつかせてもらうぜ!」 高々と声を張った統真が、薫と二人、風の如く裏から飛び出す。 「こっちから、表の通りへ回るといい」 「分かりました」 道を示すキースにルシールは礼を告げ、那由多やフォルテュネ、そしてゼロと共に、長屋を抜け出した。 ●神楽逃亡劇 スカルフェイスをつけた二人が、嬉々として後ろから追って来る。 なんの仮装だと、突っ込みたくなるのは我慢して。 ゼロに化けた薫は持ち前の身軽さを生かし、追跡を妨害する統真と逃げていた。 先方も何組かに分かれたのか、追ってくるのは見覚えのある二人だけ。 「そこの、観念しろ。迎えに来てやったぞ」 「取りあえず、大人しくお縄を頂戴するんさねッ!」 「お前ら‥‥ッ」 死神の鎌を手に、どことなく嬉々として追っかけてくる二人組へ統真が振り返る。 いざとなれば『瞬脚』に『八極天陣』で足止めし、薫を逃がす心積もりだったが。 幸い、身軽さでは泰拳士二人の方に分があった。 人込みを利用し、ばれぬ程度の速さで人の間をひょいひょいと抜けていく。 後から追っ手が続けば、その異様さからか驚いた人々が道を譲った。 「どうかしらね。気付いたと思う?」 「さぁな。気付いても、居場所を聞こうと追っかけてきている可能性もある」 だが追っ手を自分達へ引きつけておけるなら、囮としては上々だろう。 故に今は、ただ走る。 「あのお姫さんにお茶でも出して、ゆっくりとお話ししてみたかったです‥‥昔の、ゼロさんのようすとか」 許婚だナンだと、散々に触れ回った追っ手な人達の言葉を思い出し、透歌が呟いた。 「でも、行っちゃって残念ですね」 「まぁ、確かに気にはなるが」 少女に同意はするが、キースは黒い瞳を細める。 どうやら事の原因らしい見慣れぬ姫を始めとした一団は、ゼロの部屋へ二人ほどを残し、捜索へ散ったらしい。 心なしか、妙にヤル気満々な追っ手達の表情が気になったものの、それはそれ。 「直接ゼロから引き受けた以上、俺も筋は通す所存。相手方にも言い分はあるんだろうが、それはゼロも同じだしな」 ただ長屋御近所にばら撒かれた『ゼロの悪評』までは範疇外と判断して、穏やかにキースは茶をすすった。 「それにしても」 尾行がない事を確認しながら、圭介は溜め息を一つ。 「本当に、ゼロさんが春画とか隠していたら‥‥どうしましょう」 むしろモノがあるのかないのか、ちょっと興味があったりなかったり。 ――ははん、さては見られたくないものでもあるのね? 春画とかそういう奴が。 長屋を訪れた相手のそんな台詞に、我が事の如く挙動不審全開のまま、わたわたと長屋を離れた圭介だったりする。 だが最低限、長屋に居残った者達と追跡に向かった者達は、ちゃんと確認してきたつもりで。 とにかくと、急ぎ足で圭介は落ち合う場所へと向かっていた。 だが進むにつれて、何故か行く手が妙に騒々しくなる。 「また、巻き込まれる‥‥とかじゃないですよね? ねっ!?」 半分祈りながら、圭介が先を急げば。 「ゼロ!」 案の定、騒ぎは向こうからやってきた。 外見的にジルベリアの兄妹を装えば、人の目も欺けるだろう‥‥と、ルシールはゼロと共に通りを歩いていた。 後ろからは都の光景に賑やかなフォルテュネと、周囲へそれとなく注意を払う那由多が続く。 「‥‥でも‥‥どこまで逃げれば終わるんでしょう、ゼロさん?」 翡翠の瞳を伏せたルシールが、ぽつんと言葉を落とした。 「ま、逃げても仕方がねぇって言いたいのは、分かるが‥‥」 慣れぬ服に窮屈そうなゼロも、気にはしているらしい。 災難を逃れたいという感情もあるかもしれないが、それはむしろ彼らしくないとルシールは思う。 ‥‥必要なのは多分、心の準備をする時間。 そしてどこか神妙な表情で隣を歩く相手を、こそりと見上げた。 「ゼロ!」 「み、見つかりました!?」 聞き覚えのある呼び声にルシールが焦り、その場で那由多は足を止めた。 「行って。ここは、俺が!」 「ふふっ。格好いいです、那由多さん〜♪」 すっかり観光半分で逃走劇に混じっているフォルテュネが、その背を応援する。 「い、いいから、早く!」 急かしながら、とりあえず那由多は『人魂』で、急ぎ子兎の式を作り出し。 「あぁっ、こんな所に病気のウサギが!?」 見え見えな状態だが、とりあえず叫んでみた。 「そんな見え透いた手に引っ掛かる人が‥‥ッ?」 「何と‥‥ッ」 突っ込む追っ手の後ろから、慌てたサムライの青年が駆け寄って来て。 「えっと‥‥とりあえず、こいつを助けてやってくれ、る、か?」 「もちろんだとも、医者はどこだッ?」 ‥‥心底心配そうな静瑠の眼差しに、何故か逆に激しく申し訳ない気持ちになったりする那由多だった。 その間にも、追って来た相手は慌てて間に飛び出した圭介を踏み越え、勢いよくゼロへ飛びついて。 「おっ、俺を踏み台にぃッ?」 「おわ‥‥ッ!?」 後ろから少年がぴょんと飛びついた勢いでゼロは仰け反り、帽子が落ちる。 しっかとぶら下がられたゼロは持ちこたえるが、その下に収めていた長い髪がばさりと垂れて、あらわになり。 「ゼロッ! 捕まえたーッ!」 嬉しそうな声が、逃走劇の終わりを告げた。 ●別れ、ひとつ 静瑠を始めとし、追いかけてきた者達にゼロが『お説教』される間に、長屋で時間を稼いでいた者達も仲間と合流した。 「鬼ごっこ、楽しかったですね〜♪ 後は〜、彼女さんとちゃんと話し合ってくださいね〜」 笑顔でフォルテュネが促す先には、神妙な表情の琴姫。 「俺達はいいが、説明はしろよ。せめて、彼女だけには」 「ああ、分かってる」 短く告げる統真に、重く息を吐いたゼロの背をキースが見送る。 「‥‥まぁ、後腐れなく終わってくれれば、それが一番だな」 「許婚さん‥‥そういう家に生まれてれば普通の事なんだけど、なんだろ‥‥?」 胸で引っかかる感覚に透歌が哀しげな顔をし、微笑む薫は幼い少女の髪を優しく撫でた。 誰もが見守る中、目を閉じて一呼吸置いたゼロは琴姫へ事情を――自身が身分と名を捨て、それを知った氏族が縁を切った事。それ故、結果として縁談が破棄された事を説明し、深く頭を垂れる。 「すまなかった、琴姫。破談の件も、今日逃げた事も‥‥天見の非礼も。一言の詫びで全てに帳尻がつくとは思わんが、今の俺には謝るしか出来ねぇ」 「いえ、いいのです‥‥やはり、深い事情があったのですね」 答える端から再び涙が落ち、それを少女は指で拭った。 「それで、今の数多ヶ原は‥‥何か伝え聞いているか?」 涙が落ち着くのを待って尋ねれば、彼女は少し言葉に迷う。 「私が知る限り‥‥当主の基時様は表へあまり出られず、奥方様を迎えられた話も聞きません。噂では、領内の事は弟君の元重様が取り仕切っておられるとか。また佐保姫様は嫁がれましたが、津々姫様は縁談を断っているそうです」 「まさか、ずっと天見の事を‥‥本当に、すまない事をした」 気付いたゼロに琴姫は頭を振り、それから騒ぎに巻き込んだ者達へ一礼した。 「琴も良縁あって、近々嫁ぐ事となっております。今日はその所用で神楽へ参ったのですが、偶然に見知った方の御姿をお見かけして、つい‥‥かような騒ぎとなり、皆様方にご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」 改めて琴姫は、集った者達へ深々と頭を下げる。 「神立様も皆様も、本当にありがとうございました。それから、基近様」 「ん?」 名を呼ぶ相手に、ゼロは短く返事をし。 「あの時の琴は幸せでしたし、今も幸せです。ですから、どうか‥‥基近様もお幸せに」 「‥‥宿まで、送るか?」 「いいえ、ここでお別れとさせていただきとうございます」 「そっか。達者でな」 たおやかに笑んだ琴姫は見送る者達へ丁寧に会釈をし、その場を去った。 ――後ろを、振り返る事もなく。 「さぁて、飯でも食うか。騒がせた詫びだ、おごるぜ」 背中を見送ったゼロは大きく伸びをすると、静瑠へ振り返った。 「ただし、高いのは勘弁な。まーた、刀を質に出す羽目になる」 「それは、するなよゼロ。絶対っ」 不機嫌そうに釘を差す那由多へ、ひらとゼロが手を振る。 「しねぇよ。だから、手加減してくれな」 「あの、ゼロさんの長屋は空き部屋、まだあるんですか?」 服の袖を握って尋ねる透歌に、少しゼロは思案して。 「あると思うが、それがどうか‥‥て、那由多。ナンでてめぇまで、目を輝かせてんだよ」 「そりゃあ、ゼロが心配だし?」 「心配って顔じゃあねぇ!」 変わらぬ騒々しいやり取りに、追っていた者達も逃げていた者達も互いに顔を見合わせ、笑った。 |