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■オープニング本文 ●晴れたる夜空に、願掛けて 「今年の七夕は、みんな長屋にいるみたいだね」 ふにりと嬉しそうな表情を、桂木 汀(かつらぎ・みぎわ)が浮かべた。 「そうなのですか?」 多くの住人が、何かと忙しく出回っている中。 たまたま『仕事』もなく、長屋の留守番役のような状態になっていた弓削乙矢(ゆげ・おとや)は、小首を傾げて尋ね返す。 去年の今頃といえば、彼女はまだ理穴の小村にある作業小屋で、弓矢師を職人をしていた時だ。当然、神楽の事など何も知らず、七夕も特に何をするでもなく過ごしてきた。 「うん。だからコレ、近くのおばちゃんにもらってきちゃった」 井戸端まで駆け戻った汀がわさりと取り出したのは、沢山の笹竹。 青々としたそれらをひとまとめにして、細い縄でくくってある。 長屋の一部屋にあたり一つずつ、玄関先や裏の坪庭に飾っても問題ないような量だ。 「短冊も、ちゃんと用意してきたんだよ!」 自慢げに、結ぶコヨリや短冊まで用意してきた汀の手際に、乙矢は感心しながら笹竹を手に取った。 職人にしては馴染みのある笹の弾力と匂いに、ふっと弓術師は目を細める。 「良い笹竹です‥‥随分と、張り切ってますね」 「だって皆いろいろ忙しそうだし、ナンだか大きな騒ぎもあるって聞いてるもん。詳しい事は、よく知らないけど‥‥お願い事書いて、笹を飾って、皆が怪我とかしなければいいなって」 開拓者長屋へよく遊びに来る汀は、どこにでもいる志体のない普通の少女だ。 近所で絵描きをしていたという老人から絵の描き方を教わり、それが高じて絵描きになって、今では神楽に近い農家を絵描きの工房にと借りている。 アヤカシの絵も描いたりするというが、実は本人はアヤカシの実物を見た事がなく、開拓者のように神楽を離れてドコカへ行く事なんて、ほとんどない。 「飾り細工も作って、笹竹の飾り付けもしなきゃね」 楽しげにはしゃぐ汀の様子を、しばらく乙矢は眺め。 それから、天を仰いだ。 「当日は、雨が降らねばよいのですが‥‥確か、雨が降っては願いが通じないのでしたっけ?」 「ううん。そんな事はないみたいだけど、晴れた方がいいみたいだね。あっ、てるてる坊主も作らなきゃ!」 「必要でしたら、部屋を使って下さい。硯や筆の方も、用意しておきますよ」 賑やかな者達の帰りを待ちわびる少女に、乙矢も何だか微笑ましくなり、手助けを申し出た。 「うんっ。ありがとう、乙矢さん! じゃあ、ちょっとだけ笹と短冊、預かってくれる?忘れないよう、ギルドにお願い出してくる!」 屈託のない笑顔で礼を告げた汀は、思い付いた途端と同時に駆け出す。 曲がり角で一度、大きく手を振ってから走っていく少女を、乙矢はくすりと笑って見送った。 |
■参加者一覧
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
春金(ia8595)
18歳・女・陰
リーディア(ia9818)
21歳・女・巫
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
月影 照(ib3253)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●長屋風景 「大量に、笹舟でも流す気?」 笹竹の束に胡蝶(ia1199)が呆れ、浅井 灰音(ia7439)は笹の葉を手に取った。 「七夕、か‥‥実家に居た頃は毎年当たり前のようにやってたけど、開拓者になってからこれだけの人達とやるのは初めてだなぁ」 「懐かしいのじゃよ。わしは、飾る一辺倒じゃが」 何故か刀の柄へ手を置いた春金(ia8595)に灰音が苦笑し、耳慣れぬ言葉を胡蝶が聞き返す。 「たな‥‥ば、た‥‥?」 「胡蝶さんも、七夕を知らないのかな?」 「機会がなかっただけよ」 片目を瞑った灰音の指摘に、つぃと胡蝶は顎を上げる。 「それなら胡蝶も一緒に、七夕飾りを作ろうか」 「そうね。でも先に、サラの様子を見てくるわ」 灰音の誘いに首肯した胡蝶は、気がかりを口にした。 「それなら、サラちゃんも誘ってくれると有難いのじゃよ」 「いいわよ」 春金の頼みに胡蝶が応じていると、弓削乙矢の部屋から桂木 汀が手を振る。 「わ、いらっしゃーい!」 「相変わらずね。これ、冷水につけておきなさい」 はしゃぐ汀へ、提げた丸い風呂敷包みを胡蝶は手渡した。 「私、バッチリ知ってるんですよ! 七夕の夜、笹に願い事を書いた靴下吊しておくと、王子様が向かえに来てくれちゃうんです!」 緑の瞳を輝かせて、ルンルン・パムポップン(ib0234)が力説した。 「それは本当なの? たのしみなの〜☆」 カエルのぬいぐるみを抱えたケロリーナ(ib2037)も、やはり目をキラキラさせる。 「はい。とってもロマンチックなお祝いだって、聞きました。私も、素敵な王子様に会えちゃうかもです」 「違うから。それ、すっごく違いますから」 誤情報満載なルンルンに、見かねた月影 照(ib3253)が突っ込んだ。 「そうなの〜? ケロリーナ、天儀の七夕ははじめてなのっ☆ よろしくですの〜♪」 ぴょこんと束ねた髪が跳ね、ケロリーナはお辞儀をする。 「七夕は、今年初めて体験するのですっ。楽しみです〜♪」 「私も初めてよ。色々と教えて欲しいな」 はしゃぐリーディア(ia9818)に、アグネス・ユーリ(ib0058)も続き。 「わしらでよければ、説明するのじゃよ」 応じる春金に、快く灰音が首肯した。 「そういえば、ゼロ殿や禅殿は? 先の依頼に関しての、取材に参った‥‥んですが、留守ですか?」 関心を示すように照の耳がぴょこと動けば、胡蝶は獣耳を驚いて見つめる。 「と、獣人が珍しいですか?」 「そ、そんな事ないわよ。耳とか尻尾が、どうなってるかなんて」 慌てて誤魔化す相手に、また照はぴこと耳を動かした。 「拙者などで良けりゃご自由に眺めて下さい。あ、神威人って呼び方はご容赦を。仰々しいのは嫌いで」 「分かったわ、ありがとう。二人は少し前に、帰ってきたみたいね‥‥禅は旅装束を解いていたから」 答える胡蝶に、アグネスはリーディアと視線を交わす。 「そういえば‥‥この長屋、あの人も住んでるのよね?」 「では、私達が声をかけてきます」 「はーい、お願いしますー」 仲良く連れ立つ二人を見送る汀を、面白そうに照は見やり。 「折角ですし、絵師の汀殿の作品でも見せてもらえますか。運が良ければ、記事にも載るかもしれませんよー?」 「記事‥‥て、もしかして瓦版屋さん? でもあたしの大した絵じゃないし、持って来てないしー!?」 興味深げな照へ振り返った汀は、慌てふためいた。 ●七夕準備 目的の戸を前に二人は顔を見合わせ、無言で頷いた。 「ってことで!」 バンッと勢いよく、戸が引かれ。 「「リーディア&アグネスの、お宅訪問〜♪」」 「てめぇら、何しにきた!?」 現れた二人に、不意を打たれたゼロがうろたえる。 「居たわね、ゼロ。ちょうどいいわ」 「ゼロさん、七夕しましょ〜♪」 部屋へ上がったアグネスは着流し姿なゼロの腕を掴み、リーディアも目を輝かせた。 「待て、話が見えねぇ」 「流石にね。この前のはあたしも凹んだし、まだ終わってない、気がして‥‥もやっとするの」 ふっと瞳を伏せたアグネスだが、吹っ切るように顔を上げ。 「だからこそっ、楽しむ時は楽しむのよ〜。思いっきり!」 一転した笑顔で、腕を引く。 「分かったから、引っ張るなっ」 「じゃあ七夕しますね? しますよね? よしやった〜♪ それじゃあ、皆さんと合流‥‥って、あれ?」 確認したリーディアが喜ぶ間に、何故かアグネスは急に一人で戸口へ向かい。 「アグネスさ〜んっ?」 「皆に面子が増えるって、知らせてくるわ。二人は後から、ゆっくりおいで♪」 こっそりと友人へ片目を瞑り、戸を閉めた。 「‥‥えーと」 「そうだ。前の伝言、確かにもらったぜ。てめぇにも心配かけて、すまねぇな」 茫然と硬直していたリーディアは、ゼロの言葉で我に返る。 「は。そいえば、まだ言ってなかったのです」 「ん?」 怪訝そうな相手に、リーディアは居住まいを正し。 「ゼロさん‥‥お帰りなさいませ。お元気そうで何よりです」 「ああ、ただいまだぜ」 苦笑しながらゼロが答えれば、安堵したのか彼女は微笑んだ。 そこへ、カラリと再び戸が開き。 「ゼロおじさま、つかれてる〜? アヲ汁で元気いっぱいだよ〜☆」 屈託のない笑顔と共に、ぴょこりとケロリーナが顔を出す。 「つ、疲れてねぇぜ、別にっ」 「おじさま〜? なんでカクカクするの〜?」 引きつった顔で否定するゼロへ少女が小首を傾げ、リーディアはくすくすと忍び笑った。 「さぁ、七夕飾りを作るのじゃ!」 「だから、七夕に刀はいらないってば‥‥」 嬉しそうに刀「翠礁」を握る春金へ、嘆息する灰音が鋏を置いた。 「普通の鋏じゃが、紙を切るのじゃろ?」 「普通の鋏で切るんだよ」 物足りなそうな友人に、飾りの切り方を説明する灰音。 「網飾りや提灯、吹流しなんかは、刃物に気をつけて」 「たかだか紙細工、教わるまでもないでしょうに‥‥」 憮然と紙を手にした胡蝶だが、今は灰音や汀が作った『見本』を前に真剣そのものだ。 「‥‥何か違う気がするけど、どこか間違えたかしら」 明らかに違う『物体』を見本と何度も見比べるが、誰かの手を借りない辺り、ある種の意地があるのかもしれない。 「飾り細工、作るの初めてなのですよ。えっと‥‥‥」 胡蝶だけでなくルンルンやケロリーナ、リーディア達も一緒になり、飾り作りに取り組んでいる。 そしてジルベリア出身の者達に囲まれた灰音は、切り方を教えながら『七夕伝説』についても説明していた。 「と、いう訳で、織姫と彦星は年に一度、七夕という日のみ会う事を許されたんだ」 「つまり晴れないと、織姫さんと彦星さんが天の川の激流に飲まれて、今年一年破局するカップルや夫婦が激増しちゃうんですねっ。そんな悲劇を阻止する為にも、しっかりたっぷりてるてる坊主を作って、笹につるす‥‥と!」 「そこまで、言ってないから」 気合を入れるルンルンに、灰音は苦笑する。 「年に一度の逢瀬、かぁ‥‥じゃ、きちっと逢えるように、てるてる坊主作ろっか♪」 見物していたアグネスが、リーディアへ振り返った。 「そういえば汀さん、絵を描くのがお上手なのですよね? てるてる坊主さんのお顔も、色んなお顔が描けるのでしょうか? もふらさまのお顔とか」 だが弾む会話の一方で、どこかケロリーナは元気がない。 「七夕、晴れた方がいいのかな〜? かえるさん、今日はお休みさせておこ〜かな〜」 寂しげにカエルのぬいぐるみを抱く少女に、春金は鋏を止めた。 「なら、部屋で留守番を頼むのはどうじゃ?」 「そうですね。戸を開けておけば、寂しくないでしょうし」 春金の提案に、乙矢も賛同する。 「ありがとうなの〜。あ、乙矢おねえさまは、笛の吹き方は知ってるの〜?」 「すみません。私は、不器用なので」 謝る乙矢に、「残念なの〜」とケロリーナは肩を落とした。 「にしても‥‥何故じゃ? 上手くいかんのじゃ!」 「そこは、こっち側から切って‥‥それと網飾り、みょ〜んと伸ばすのは楽しいけど」 絶賛苦戦中の春金に、灰音はアドバイスをし。 「できた〜♪ はい、みょんみょん伸びますね〜♪」 ぷち。 「はぅ〜っ!?」 一方で遊んでいたリーディアが、千切れた飾りに愕然とする。 「伸ばし過ぎて、切らない様にって‥‥少し遅かったか」 苦笑して、灰音は新しい紙を渡した。 「けど実際、これの願いって叶うもんなんですかね」 楽しげな様子を見ながら、ふと照が疑問を投げる。 「まじないの類は、人知れず密かにやらんと効力がないと相場が決まってますし。人を呪うのだって丑、三つ時にこっそりやるもんでしょ?」 「でもお正月の絵馬は、普通に書いて飾らない?」 今度は汀が、不思議そうな表情を返した。 「喩えが変ですか。おまじないは、『お呪い』と書くんですがね。そういう訳で拙者は、既に誰にも知れぬ場所にこっそり書いて飾っときましたよ」 「えー、もったいない」 照の言葉に、何故か汀は残念そうに肩を落とす。 「七夕はお祝い事みたいなものだし、皆で楽しんでお願いすれば叶えてくれる気がするかな。そうだ、照さんのお願いもちゃんと見て下さいねって、書いとく?」 さも妙案といった風な汀に、陰殻のシノビはやれやれと尻尾を揺らした。 「このお星様は、笹の天辺でいいですか? あれ、これは何の飾りです?」 複雑怪奇な禍々しいアヤカシのような飾りをつつくルンルンに、胡蝶がそっぽを向く。 「気にしなくていいわよっ」 「じゃあ、こっちは?」 今度は奇妙なギザギザ飾りを手に、疑問を重ねるルンルン。 「深く聞くでない。じゃが金魚の飾りは、完璧じゃぞ♪」 視線をそらしながら、春金は金魚を模した飾りを取り出した。 「‥‥金魚だけ?」 「愛、かのう?」 そうして賑やかに飾り付けを終えると、手隙の男二人を灰音が呼ぶ。 「笹を立てるの、手伝ってもらえるかな?」 「あと、夕涼みに浴衣を持参したのじゃよ」 笑顔で春金が取り出した浴衣は、女物だけでなく男物もあって。 「着るかの? というか、着て欲しいのじゃ!」 キラキラと期待に満ちた表情で、春金は崎倉やゼロを見た。 ●願い揺れて 「ルンルン忍法、雨よけの術なんだからっ」 てるてる坊主だらけの笹を手に、浴衣姿のルンルンが胸を張る。 その頭上には、星空が広がっていた。 「忍法、なんですか」 頭痛を覚えた照だが、あえて深くは言及せず。 『白馬に乗った王子様が 私を向かえに来てくれますように』 願いを書いたルンルンの短冊が、宵の風に揺れていた。 「ケロリーナは、とおっても高いところに短冊をつけたいな〜」 頑張って背伸びをし、ぴょんぴょん跳んでみたケロリーナだが、手は届かず。 「んとね、ゼロおじさま〜♪ かたぐるま〜!」 頼む相手へゼロは苦笑し、「仕方ねぇな」と少女を軽々抱き上げた。 上の方をカエル型に切った特製の短冊を笹に結ぶと、ケロリーナは満足そうで。 そこには『お嫁さんになる☆』と、短い一文が書かれている。 「えへへへ〜。おじさまのは〜?」 「書いてねぇよ」 「え〜っ」 無邪気なやり取りを聞きながら、リーディアも筆を取った。 だが、大好きな人‥‥と書いたところで、手が止まり。 「飾ったらケロリーナさんの素麺と、胡蝶さんのスイカがあるからねー!」 汀の声に、はっと慌てて続きを書く。 「出来た?」 「あ、はい」 尋ねるアグネスに答え、二人は揃って短冊を結んだ。 『大好きな人達と、ずっと笑顔で過ごせますように』 『明日も明後日も、明るい陽、優しい月、しるべの星の光が注ぎますように』 「アグネスさん、これは?」 「自分の事は自分で何とかするから、あたしには手の届かない事をお願いしたの」 同じ夜空の、同じ星の集まりを見上げ‥‥それを別の名で呼ぶ人達へ、アグネスは思いを馳せる。 「ジルベリアのどこかに居る、一座の皆‥‥あたしの家族にね」 「きっと届きますよ、お願い事」 頷くリーディアに、笑って彼女は「ありがとう」と礼を告げ。 「さて、飲むわよ。付き合う?」 古酒を取り出し、明るく誘った。 「特に願いたい事なんてないけど、こんな風に時間を過ごせる平穏が続くなら、それに越した事はないでしょ」 胡蝶は『安穏無事』と書いた短冊を、笹へつるす。 アヤカシや人との争いが絶えないとしても、今のような平穏な時間を過ごせる日々が続く事を願って‥‥なのだが。 「禅の根無し草や仄の素行を矯正したりとか、願えるなら吊るすのだけど」 ぼやく彼女から少し高い位置、『酒池肉林』や『一攫千金』と俗な願いを書いた短冊をつけた鬼灯 仄はけろりとした表情で笑った。 「折角の、七夕だからな」 悪びれもせず出かける足は、どこの織姫の元へ向かうやら。 「私も、願い事を書かないとね」 達筆な字で、灰音は迷いなく願いを筆を動かす。 『全力で戦いを楽しむ事が出来る相手に 出会えますように』 「浅井さんは、豪快じゃな」 「ん? 何かおかしい点でもあるかな?」 表現に迷った春金に、灰音は自分の短冊を見直した。 「いや、浅井さんらしいのじゃよ」 そして春金も、『アヤカシの居ない世が来ますように』と書いた短冊を笹へ結ぶ。 「わしのは、切なる願いじゃな」 「一つなの? 確か春金、二枚書いてなかったかしら」 「こ、胡蝶さん!? これは、秘密でお持ち帰りなのじゃ!」 目聡い相手に、袂を押さえた春金がうろたえた。 「そう、ならいいけど。秘密の願い事ね‥‥私にも、見つかるかしら」 ふと友人に羨ましさを覚えながら、胡蝶は思う。 希望と期待をこめて書けるような、そんな願い事といつか出会えればと。 「で、サラは?」 「何も書かずだ。言ってはみたんだがな」 尋ねる胡蝶へ崎倉が苦笑し、春金は横笛を取り出した。 「サラちゃん、これをあげるのじゃ。練習すれば、吹けるようになるかもしれないのじゃよ?」 横笛を手渡されたサラは、戸惑いの表情を返す。 「‥‥ハル?」 「音は言葉以上に人を惹きつけ、解する道具にもなるものじゃ。土産の品と思って、受け取ってほしいのぉ」 しゃがんだ春金を見つめた後、サラは握った笛へ視線を落とした。 「ゼロさんはお願い事、書きました?」 「そっちは、書いたのか?」 逆に問うゼロへ、照れながらリーディアは頷く。 「私は、ゼロさんと‥‥大好きな人達と、ずっと笑顔で過ごせますように、と。怒ったり悲しんだりする時もあるかもしれないけど‥‥最後には、笑顔で皆と一緒にいられたらって思ったのです。大好きな人の笑顔は、一番の宝物ですから♪」 「そっか」 相手はただ、小さく笑い。 「ゼロさんは、書かないのです?」 「面倒くせぇ。それに数が少なけりゃあ、他のが叶うかもだしな」 一本繋がりの素麺に苦戦していたリーディアは、スイカを頬張るゼロを見上げた。 言葉を口にしようとするが、弦の音とかすかな歌声がふと耳に届く。 「アグネスさん‥‥?」 緩やかなリュートの調べに、笹へ託せぬ願いを乗せて、空へ唄うは鎮魂の歌。 賑やかな仲間の傍らで、二人はじっと旋律に耳を傾けていた。 |