眠りの霧
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/11 02:52



■オープニング本文

●おやすみなさい、よいゆめを
 それは、梅雨の合間の中休み。
 空には灰色の雲が広がっているが、雨がすぐに降るような気配もなく。
 風もない畑はうっすらと白い霧がかかっているものの、畑作業日和と言えた。
 連日の雨で畝(うね)が壊れてないか調べ、身を屈めて雑草を抜きながら、虫はついていないか、病気にかかっていないかを確かめる。
 一つの畑でひと通りの仕事を終えると、次の畑へ移動する前に男は近所の知り合いを見やった。
「おーい、そっちはどうだい?」
 畝の間に腰を下ろしている知り合いは、呼びかけに何も答えず。
 聞こえていないのかと首を傾げれば、その身体がぐらりと揺れる。
「お、おい? どうした!」
 そのまま畑の中へ倒れこむ姿に、慌てて男は葉を踏まぬよう気をつけながら駆け寄った。
 暑気あたりのようなもので倒れたかと思ったが、日差しは雲に遮られている。
 空気は蒸しているが、それで倒れるほどでもない。
 何より助け起こした知り合いは、苦しげな表情を浮かべている訳でもなく。
 逆に、眠っていた‥‥そう、すやすやと穏やかに。
「おい、起きろ。真昼間に立ったまま寝ちまうほど、寝不足なのか?」
 二度三度と頬を叩き、肩を掴んで揺らしてみるが起きる気配はなく。
「とりあえず木陰で休ませるか、村まで運んで帰るか‥‥しない、と‥‥」
 肩に手を回すようにして知り合いを支え、畑から出ようとして。
 くらりと、視界が揺れた。
 急にまぶたが重くなり、開けていられなくなる。
 眠い、どうしようもなく眠くて、しょうがない。
 けれど知り合いを放ってもおけないと、足を動かしてみるが。
 何歩目かを進めたところで、前傾した身体がそのまま更に前へと傾いていって。
 知り合いを背負ったまま、がくりと男は畑へ倒れた。
 そうして、意識は眠りの淵へ。
 風もない畑には、うっすらと白い霧が漂い、流れていた。

 突然の睡魔は、畑と隣接する村をも覆っていた。
 庭の洗い場で洗濯をしようとタライを前にした女や、縁側に腰掛けていた年寄りや、眠りに落ちた村人達がばたばたと倒れる。
 村人達だけでなく鶏や牛といった家畜、もふらさまに犬猫に至るまで、道端で眠りこけていた。
 風がないにもかかわらず、霧が流れ、動く。
 霧の中心、とでも言うべきか。
 一番濃い辺りには、あちらに一つ、こちらに一つといった感で、ゆらゆら漂う丸い『影』がぽつりぽつりと浮かんでいた。

「こりゃあ‥‥まずいな」
 頑丈な家の梁(はり)の上で、崎倉 禅(さきくら・ぜん)は眉をひそめる。
 立ち寄った小さな村で、起きた『異変』。
 それに中年のサムラが気付いた時には、既に遅かった。
 何が起きているのか、おおよその見当はつく。だが単身で向かったところで、自分もアヤカシの霧に飲まれてしまっては意味がない。
 今は村の外へ異変を伝え、助けを求めなければならないと、そう崎倉は判断した。
 急ぐ道行きとなれば、サラを連れては行けない。
 残す事に不安はあったが村に風信機はなく、囲む峠を一つ二つ越えて、近くの村を訪ねるしかなかった。
 高い天井の梁に板を張って設けられた『屋根裏』で、藍色の仔もふらさまを抱えたサラは不安げな顔をしている。
「ゼン‥‥」
「ああ。心細いだろうが、そこから動くなよ。おそらく、アレを吸わなければ‥‥もしくは触らなければ、問題ないはずだ」
 見下ろした部屋の襖(ふすま)や障子は、とっさに全て閉めてきた。
 だが僅かな隙間から少しずつ霧が入り込み、床の上に薄く広がっている。
「案ずるな。必ず戻ってくるから、待っていてくれ」
 じっと身をすくめたサラの頭を撫で、岩清水の竹水筒と干飯を渡した崎倉は、梁をつたって煙抜きの窓から外へ出た。
 そこから出来る限り屋根の上を歩き、村の外れへ移動する。
「こういう時は、シノビなら苦労はせんのだろうが」
 苦笑混じりに誰も聞かぬ言葉をこぼすと、気休めに口や鼻を布で隠し。
 地面に飛び降りると峠を目指し、一気に崎倉は駆け出した。


■参加者一覧
桔梗(ia0439
18歳・男・巫
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
露羽(ia5413
23歳・男・シ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
天霧 那流(ib0755
20歳・女・志


■リプレイ本文

●火急の救難
 耳元で、風が唸る。
「時間、無いな‥‥急がないと」
 空にある陽の位置を見ながら、桔梗(ia0439)は呟いた。
 急な助力を求めてきた相手の名前には、遠く覚えがある。
 更に記憶を辿れば、自分より年下の少女を連れていた事も。
 ‥‥あの時に連れていた子を村へ置いて来たなら、心配だろうに。それでも、待っててくれている禅にも、応えたい‥‥。
 そう、桔梗は駿龍 風音の背で思う。
「崎倉さんのお子さんが、一人で村に残っているのですか‥‥心配ですね。眠らされた人達も、早く助けないといけないし」
 気が気でない様子で駿龍 隠逸を駆る菊池 志郎(ia5584)に、思わず胡蝶(ia1199)はむせた。
 サラが崎倉の子供ではない事を説明した方がいいのかと、ふと悩み‥‥次の瞬間、悩んでいる事柄と悩んでいる自分に馬鹿馬鹿しくなる。
 そんな動揺が出たのか、知らず手綱を締めてしまった主に、駿龍 ポチは喉の奥で唸った。
「っ‥‥と、ポチ、何でもないわ。前を向いて飛びなさい」
 背中を窺いかけた龍に、軽く鱗を叩いて先を急ぐ事に集中させる。
 自分に似た容貌の少女の安否は、彼女としても気になるが。でも今は、アヤカシ退治に集中する事の方が先だと、冷静さを装った。
 間もなく、崎倉 禅との合流地点に着く。
「村を助けるには、時間が勝負‥‥あなたの力を借りる時のようです。宜しく頼むよ、月慧」
 負担をかけぬよう、身を低くした露羽(ia5413)が声をかけてやれば、答えるように駿龍 月慧がひときわ大きく力強く羽ばたいた。
「でも、霧のアヤカシ‥‥ですか」
 ぎゅっと、炎龍 柘榴の手綱を乃木亜(ia1245)が強く握る。
 掴み所のなさそうな相手に、もう七月に入ったにもかかわらず、肌に寒気が立った。
 何度もアヤカシ退治の場数を踏んでも、ちゃんと退治できるだろうかという不安は、いつも心のどこかでぶら下がっている。
 しくじれば、誰かが命を落とすかもしれないという可能性は常に隣にあって、なお恐ろしい。
「そういえば、初めての実戦依頼になるのよね‥‥炎生、手を貸してね」
 同じ炎龍 炎生を駆る天霧 那流(ib0755)もまた、始めて龍と共に向かうアヤカシ退治に、緊張をまとっていた。
「眠りの霧、吸わなければ、多少何とかなりそうだけど‥‥気休めでも、口元の覆いはしておいた方がよさそうね。きみにも必要かしら、炎生?」
 覆えるものならという様に、大きな口を開いて炎龍は首を振り。
「‥‥そうね。下手につけると、邪魔になりそう」
 小さく笑んで、那流は地上を見下ろす。
 眼下に広がる青々とした田の上を空行く影が滑り、次いで幾つかの峠や谷を飛び越えた。
 戦う余力は残しながら、出来る限り急いで龍達は飛ぶ。
 やがて行く手には雲海のようなモノが覆った白い窪地と、待ち合わせ場所である峠が見えてきた。
 飛来した影が見逃さないよう、峠に立つ人影は手拭いを握って大きく振って回す。
 額に手をかざず崎倉の上で、龍達は降りる場所を選定するようにぐるりと輪を描き。
 翼を打ちながら、次々に地上へ降り立った。

●霧を払う手
「すまんな、助かった」
 何より晴れてよかったと、それすらも急を聞いて集った者達のお陰だと言うように、崎倉がほっと息を吐く。
「安心するのは早いわよ。これからでしょ」
「まぁ、そうだがな」
 駿龍の背から降りた胡蝶が指摘すれば、苦い表情でサムライは頭をがしがし掻いた。
「状況は、伝えた時からあまり変わっていない。ただ霧が‥‥より濃くなって、深くなったという辺りか」
 峠から見下ろす村は、少し薄い雲海から家々の屋根が突き出したように見える。
 高さだけを見れば、おそらく平均的な大人の身長を越えようかというあたりだろう。
「あの霧が、アヤカシですか?」
 ぞくりと背筋に悪寒を感じた乃木亜が、崎倉に振り返った。
「『吸夢霧』ってヤツだ。退治する前にあの霧が完全に消えれば、霧にやられて眠っている連中の命はない」
「消える時間の目安は?」
 問いかける那流に、男は首を左右に振る。
「分からん。ただあの範囲と濃さから、一匹や二匹ではないだろうな」
「ともかく、急ぐしかなさそう‥‥手短に、策を説明しますね」
 不安そうに村を見下ろしていた乃木亜は、手近な石を拾うと地面に簡単な地図を描き始めた。
「組み分けは桔梗さんと胡蝶さん、志郎さんと那流さん、露羽さんと私‥‥の、二人三組で動きますね。北と南、そして中央に分かれてはどうでしょう‥‥?」
「ひとまず、その線かな。後はアヤカシがどこにいるか、調べてから調整する形で」
 紫の瞳を細めた桔梗は、確認するように乃木亜を見、それから胡蝶へ目を向ける。
 同じ班になる胡蝶は巫女の少年へ頷き返し、崎倉へ顔を上げた。
「龍を連れていない貴方じゃ、挑んでも眠りこけるのがオチね。退治は私達でやるから、せめてサラの迎えに行きなさい」
 不機嫌そうな表情で、足手まといだと言わんばかりに突っぱねる。
「それは、確かにそうだが‥‥いつになく、きついな」
 苦笑を返して崎倉が指摘すれば、ぷいっと胡蝶は背を向け。
「行くわよ、桔梗。一人で行くなんて、言わないわよね」
「危険だから、それは言わない」
 広い歩幅で自分の駿龍へ歩み寄る胡蝶の後に、桔梗も続いた。
「霧を吸わないよう、手拭いで鼻と口を覆う、のと‥‥なるべく風上からアヤカシに近付くよう、心掛けて。緊急の治療が必要な時は、呼子笛を」
 念のためにと、桔梗は仲間へ注意と打ち合わせた事を確認する。
 そして回復役を務める組でもある二人は共に駿龍へ乗ると、一足先に村へ飛んだ。
「霧を払うのを協力しますので、今の間にサラさんの元へ向かって下さい」
 見送る崎倉の背中へ志郎が提案し、那流もまたこくりと頷く。
「ええ。崎倉さんはサラちゃんの所へ行ってあげた方がいいと、あたしも思うわ」
「私は‥‥崎倉さんがサラさんを迎えに行くのであれば、全てのアヤカシを倒してからが良いかと思いますが」
 静かに、己の成すべき事を思案するように佇む駿龍へ目をやりながら、露羽はより安全な方法を挙げた。
「でも、独りじゃない心細さが改善されるだけでも、違うと思うから‥‥まだ小さいなら、尚の事よ。崎倉さんも、心配なんでしょ? 安心して、そこまでの道は切り開くわ」
 毅然と正面から見上げる那流が崎倉を促し、おもむろに乃木亜も口を開く。
「あの‥‥サラさんくらいなら、龍に二人乗り出来ないでしょうか?  もしくは、私が残って石榴にサラさんを霧の外まで飛び、下ろしたら私の所に戻って来る様に頼むのは?」
 尋ねる少女に、崎倉は彼女と炎龍を見比べた。
 荒い気質で知られている炎龍だが、柘榴は大人しく乃木亜の後ろに控えている。
「二人で龍に乗る事は出来なくないが、龍は十分に動けないだろう。龍だけを往復させる事も‥‥互いに離れる事になるから、上手く飛んでくれるかどうか難しいな」
「そう、ですか」
 肩を落とす乃木亜に、「すまんな」と崎倉は謝った。
「気遣いは有難いが、サラ一人の為に手間を取らせる訳にもいかん。まだ村人達が生きているなら、尚更だ」
 それは仲間とアヤカシを倒す策を考えていた時にでた言葉と、同じで。
 残念そうに、志郎は目を伏せる。
「屋根を伝う手伝いくらいは、したいのですが‥‥村人の危険を除く方が大事だというのは、正しいですよね」
「でも村へ行く手間は同じ、近くまで送る事は出来るわ。その後は一人で脱出した時のように、陸路で戻れそう?」
 那流が問いを重ねれば、崎倉は霧の村をじっと眺めた。
「状況次第、だな。サラは小さい上に志体もないから、俺ほど持ちこたえるかは分からん。家の中まで霧が溢れていなければ、動かない方が得策かもな」
「時間がないのも確かですから、行くならば急ぎましょう。ただ崎倉さんが途中で倒れてしまう危険も、忘れないで下さい」
「ああ。感謝する」
 気遣う露羽へ、礼と共に崎倉は頭を下げる。
 そうして四人もそれぞれの龍にまたがると、崎倉と村へ向かった。

●行動開始
「じゃあ、始めるわよ。桔梗、結界の準備は良い?」
 声をかける胡蝶へ、黙って桔梗は首肯した。
 村のアチコチに散っていると思われるアヤカシの位置を掴もうと、二人は駿龍で村を一回りする。
「風音、頼んだよ」
「行くわよ、ポチ」
 上空を大きく旋回した龍達は、少し高度を下げながら窪地の縁にあたる位置へ緩やかに移動した。
 それから霧にかからぬ位置まで地上へ近付き、ひときわ翼を力強く打てば、眼下の霧が流れて揺れる。
 そのまま駿龍達は『全力移動』で村と周囲に広がる畑の上を満遍なく、ひと息に飛んだ。
 進む先に障害物があれば、避けるか飛び越えるかは風音の判断に任せ、桔梗自身は瘴気の位置を探る事に集中する。
 その桔梗をフォローするように胡蝶は少し後方につけながら、やはり『全力移動』で駿龍を追わせていた。
 立ち込める霧の中から、飛来するモノはないか。
 呪殺符を手に、いつでも式を放てる心積もりで警戒する。
「相手も浮かんでるなら、空中戦になる可能性はあるわね」
 ぐるりと見回す視界の遠いところに、仲間達の龍が姿をみせた。
 何度も同じ場所で旋回する仕草から、おそらく地上にいる者が動きやすいよう、少しでも霧を薄くしようと試みているらしい。
「‥‥こっちも、気を取られてはいられないわね」
 気になるがそちらは仲間へ託し、彼女は小柄な背中へ注意を戻した。
 やるべき事をやらなければ、助けられるものも助けられなくなると‥‥。

「すまんな。手間をかけさせた」
「礼ならば、後で。この場所だって、必ずしも安全ではないでしょうし、早くお子さんの元へ行ってあげて下さい」
 駿龍の背から促す志郎へ、屋根の上で崎倉は苦笑を返した。
「ありがとう。そっちも気をつけてな、頼んだ」
 村の一軒に残してきたサラは、ジルベリア人な外見から崎倉と血の繋がりがないと考える者は多い‥‥のだが、どうやら志郎は真っ直ぐに崎倉の子だと思っているらしい。
 また時間も惜しい状況で、改めて崎倉も訂正せず‥‥というか、その手の疑問を投げられても、否定と肯定どちらもしないのが崎倉の常だった。
 羽ばたいて、龍達は家の傍らから離れる。
 見上げた男が屋根伝いに移動するのを確認し、四人はいったんその場を離れた。

「アヤカシだけど、少なくとも霧の中から攻撃してくる気配はないわね」
 戻ってきた胡蝶の報告に、小さく桔梗も『瘴索結界』で得た結果を付け加えた。
「数は六つ。村に畑にそれぞれ三つといった風に、分かれていた」
「では村の方から一組一つずつ、ですね」
「ええ、急がなきゃね。よろしく、菊池さん」
 仲間の顔を見回す志郎へ、那流が頷き。
 露羽と乃木亜もまた視線を交わしてから、それぞれ龍の背中へ再び腰を下ろす。
 そうして飛び立った六体の龍は、桔梗が示すおおよその瘴気の塊の方向へ、二体一組となって再び散った。

●霧中模索
 旋回し、あるいは上下に移動しながら、何度も繰り返し龍は翼を打つ。
 地上に足を付いて踏ん張れば、飛び回る分の体力は消耗はしないだろう。
 だが地上は一面に白い霧が広がり、それが龍や乗り手達に影響を与えない保障はなかった。
 霧の払い役が、時に霧に触れるギリギリまで急降下し、大きく翼を羽ばたかせて、風を巻き起こす。
 一緒に傍らを飛びながらアヤカシを討つ役は機会を窺うが、通過する際に起きる風は一気に霧を払う程に強くもなく、霧の流れ自体は重く緩やかだ。
 明らかに、手間と時間がかかっていた。
「どうしましょう?」
 振り返って尋ねる乃木亜の声には、明らかに焦りと不安の色が混ざっている。
「霧へ降りるのが危険である以上、今は繰り返すしか手がありません‥‥かといって、でたらめにかき混ぜるだけでは、時間がかかり過ぎます。気は急きますが、霧の薄いところから取りかかりましょう。月慧、協力してくれるかい?」
 崎倉を先に行かせた際に払ったあたりは、まだ霧の濃度も戻っておらず。
 そこから根気よく、二人は霧を追い始めた。
 他の仲間達も何度かバラバラに霧を払おうとした結果、同じ結論へ達したらしい。
 まずは霧の薄い部分から、桔梗の示したアヤカシのいるらしき場所へ向かって往復し、風を起こして霧を動かす。
 だがアヤカシのいる周辺はひときわ霧が濃く、また皮肉にも村の家々が霧の流れを邪魔していた。
「まず一匹でも討てば、おそらくアヤカシがいた周辺の霧は晴れてくる‥‥そうですよね?」
「アヤカシがこの霧を作り出しているならば、乃木亜さんの考え方は合っていると思います」
 振り返る乃木亜を確信を帯びた赤い瞳で見返した露羽は、こくりと首を縦に振る。
「心眼も明らかに人がいない場所に気配があれば、アヤカシである確率が高いと考えて大丈夫でしょう」
「は、はいっ」
 もし間違えたら‥‥という不安を拭い、励ます露羽へ、緊張気味に乃木亜は大きく頷き。
 集中して、霧の中から生きるモノの気配を探る。
 人や家畜、あるいは犬や猫。
 一瞬の間に感じた無数に散る気配から、不自然な位置に存在するモノを選び取り。
「柘榴、あそこへ‥‥ッ」
 開けた一角を目指し、志士は龍の手綱を引いた。
 真っ直ぐに飛ぶ炎龍は、霧の濃い付近で翼を打ち、尾を降った反動で大きく身を翻し。
 その一瞬に巻き起こした風が、霧の奥に漂う丸いナニカを窺わせた。
「あれか‥‥月慧!」
 機会を見逃さず、露羽は駿龍へ声をかけ。
 すかさず翼を広げた龍が、『ソニックブーム』を放った。
 標的へと、衝撃波は一直線に霧を裂き。
『打剣』で狙いを定めた刹手裏剣が、その後から飛ぶ。
 突き立つ手裏剣に続いて、援護にと白弓から『炎魂縛武』の炎をまとった矢が刺さり。
 果敢に霧が薄れた隙へ突き進んだ炎龍が、球体のアヤカシへ爪を深々と突き立てた。

 鋭く長く、霧の向こうから笛の音が聞こえる。
 それはあらかじめ打ち合わせた幾つかの合図のうち、アヤカシを倒した際の合図だ。
 次いで視界を遮る霧の一部分の濃度が、溶けるように薄くなっていく。
 龍の羽ばたき以外にも風が起こり始めているのか、澱んでいた重い霧も動き出し。
「胡蝶、あそこ‥‥」
 その瘴気の位置を掴んでいた桔梗が、白い霧の中に浮かぶ球体の影を清杖「白兎」で示した。
 先端の宝珠が向けられた先へ、胡蝶は目を凝らす。
「ええ、仕掛けるわ桔梗。霧払いをお願い」
 呪殺符をかざし、先に龍を飛ばす桔梗の動きを追った。
(‥‥大技は、使えて3発‥‥使いどころは‥‥)
 素早く視線を走らせて周囲の状況を確かめると、思案を巡らせ、腹を据える。
「ポチ、同時にやるわよ!」
 胡蝶へ応じるように、駿龍は大きく翼を一打ちし。
「‥‥出なさい!」
 陰陽師は『蛇神』の式を、打つ。
 符は紫色の大蛇と化し、鎌首をもたげると大口を開いて突撃し。
 追って駿龍が、突風と共に衝撃波を放つ。
 周辺の霧が千切れるように、一瞬散らされて。
「風音、寄って」
 桔梗を乗せた駿龍が、切れた霧の隙間へ躊躇いなく飛ぶ。
 黒いくすぶった様な霧をあげ、ぼろりぼろりと身を崩すアヤカシへ、巫女は意識を凝らし。
『捻じられ』た吸夢霧は、ひと息に弾けて消えた。

 二つ目の、笛の合図。
 そしてまた、村を覆う白い霧が一段と薄らぐ。
 那流が心眼で見立てた限りでは、二人が狙うアヤカシは一軒の家の庭先辺りを漂っていた。
 まだ霧が完全に四散していない為に仔細は分からないが、近くには人が倒れていると思しき気配もあるという。
「霧が完全に晴れていなくても、少しでもアヤカシの姿が見えたら仕掛けるわよ。いいかしら、炎生?」
 かける言葉に、炎龍は喉の奥で唸る様な鳴き声で応じた。
「ありがとう、いい子ね」
 方向を転じて再び高度を下げる僅かな隙に、手を伸ばして那流は鱗を撫でる。
 霧に突っ込む事は危険だが、何よりもやはり時間は惜しかった。
「いざとなれば先生、ソニックブームをお願いするかもしれませんが‥‥くれぐれも家や村人に被害が及ばないよう、気をつけて下さいね」
 あくまでも被害が出ないよう、志郎は老練の龍へ気遣いを頼む。
「心眼では、人とアヤカシの見分けは付かないわ。あまり、当てにはしないでね」
「はい、分かりました」
 念のためにと断る那流へ、明るく志郎は頷き返し。
 駿龍と炎龍は、思い切って霧へと近付きながら飛んだ。
 辛抱強く霧を払い続けた先に、ようやく漂う丸い影を捉える。
「仕掛けます、先生っ」
「炎生、お願い!」
 剛鉤爪を装着した鋭い爪を、駿龍は霧ごと切り裂く様に振るい。
 すれ違いざま、志郎もまた『散華』の技で刹手裏剣を三度連投した。
 ぞろりと球体の表面に亀裂が現れ、一斉に裂けて目玉や口が現れる。
 飛ばす呪いの言葉を振り払い、一気に駿龍が距離を開いた直後。
 続く那流が、引き絞った蜂針の弓より矢を放った。
 不規則に開く目玉へ、矢が突き立てば。
 間髪おかずに、炎龍はクロウでそれをえぐる。
 距離を取ったところで、再び志郎が手裏剣を投じ。
 受けた傷より黒い霧のようなものを吹き上げた吸夢霧は、やがて小さくしぼみ、丸い姿も黒化してぼろりと崩れ、消え去った。

「これで‥‥残りは、畑の三匹ですね」
 見届けた志郎が、合図の呼子笛を吹いた那流を仰ぐ。
「ええ。行きましょう、時間が惜しいわ」
 安堵するのも束の間の事で、二対の龍はすぐさま村を後にした。
 薄らいでいく霧の中、仲間の龍も次々と集まってくる。
 飛ぶ途中、一軒の家の近くをかすめれば、三度の合図を聞いたのか。
 煙窓から身を乗り出した、崎倉の姿が目に入る。
 その傍らに見覚えのある少女を確認した者達は、一様にほっと胸を撫で下ろし。
 後はキッと前を見据えたまま、残るアヤカシを滅する為に飛んだ。

●晴れし空に、舞うは瑞龍
 雲海の如く村をすっぽりと覆っていた白い霧は、まるで潮が引くように薄れ、消え去っていった。
 それでも龍達は空を何度も往復し、あるいは地上で翼を何度も打ち広げ、風の流れを作り出す。
 地上へ降りた志郎はすぐさま家々の戸を開け放ち、障子や襖まで開いて、家の中に残る霧を追い出した。
 露羽は乃木亜や那流と手分けして、道端や畑に倒れて眠る村人達を手近な家へ運ぶ。
 倒れた拍子に怪我などをしていれば、桔梗と胡蝶が具合を見ながら手当てをした。
「村の人は皆、無事なようですね」
 村人全員、大事がないらしいと、目を覚ました一人から聞いた露羽は、安堵の息を一つ。
 彼の予想通り、眠っている間に命の危険が迫っていた事には、全く気付いていなかったが。
「寝てる間に死ぬというのも、それはそれで怖いものかもしれませんね」
 ゾッとしないと、高く束ねた髪を露羽が揺らし、水桶から顔を上げた駿龍は小首を傾げる。
 その仕草に小さく笑んだ露羽は、龍達へ水を運んでねぎらう崎倉の姿に目を留めた。
 中年男の後ろには、小さな少女が付いて回っている。
「サラさん、きっと不安だったでしょうね‥‥」
 微笑ましげな露羽の呟きを聞きとめた胡蝶は、「いつもの事よ」と束ねた髪を背中へ払った。
「でも‥‥無事、ね」
 だが変わりない様子に、安堵するのは彼女も同じだ。
「お疲れさま、風音‥‥」
 村人の手当てを終え、ひと段落した桔梗は自分の龍に怪我がないかを見てやる。
「すまないな。村の連中の手当てまで、してもらって」
 声をかけた崎倉を見上げると、緩やかに桔梗は首を左右に振り。
 それから視線を下げて、後ろのサラと足元の仔もふらさまを見つめた。
 見られている事に気付いた少女は、相変わらず崎倉の後ろへ身を隠すが。
「‥‥頑張ったな」
「もふっ」
 紫の瞳を細めた桔梗が褒めれば、サラの代わりに仔もふらさまが胸を張る。
 しゃがんだ桔梗が頭を軽く撫でてやれば、嬉しそうに仔もふらさまは藍色の尻尾を振った。