|
■オープニング本文 ●手折りし花の行き所 「花摘みの里、か。行った事はないが、聞いた事はあるな‥‥食用花の栽培を主とする里だろう?」 胡坐を組んだまま聞く崎倉 禅(さきくら・ぜん)に、茶と茶菓子を出した弓削乙矢(ゆげ・おとや)が頷いた。 「はい、私の知己がおりまして。先日、所用で会いに行ったのです」 理穴の首都、奏生。その一角にある、いわゆる『弓削屋敷』を崎倉は訪ねていた。 弓矢師の家系である弓削家の本家だが、今は誰も住まず。月に一度、掃除をする者が風を通すだけの空き家同然だ。 何らかの用向きで乙矢が奏生に戻ってきた時だけ、宿代わりに使っている。 「花、か‥‥そういえば、命日も近いな‥‥」 ふっと落とした言葉に、乙矢は首を傾げた。 「命日、ですか」 「ん、師の奥方がな。花が好きだった人とも聞くし、そのうち供え物の一つでも持って、挨拶に行かねばならんが‥‥」 視線を傍らにやれば、足を崩したサラは藍色の仔もふらさまを抱いたまま、こくりこくりと舟を漕いでいる。 その姿に、崎倉はちょっと苦笑した。 「旅の疲れが出たか」 崎倉はよく、神楽を離れてぶらりと旅に出る。その旅には、必ずサラや仔もふらさまも同道していた。 これといった目的や当てが特にない風来旅で、風の向くまま気の向くまま、天儀のあちこちを歩く。 歩く道すがら、奏生に顔見知りの乙矢が滞在していると知り、顔出し程度に立ち寄った次第であった。 「それで、その花摘みの里とやらは遠いのか?」 「いえ、大した距離ではありません。開拓者の方には恩もありますので、里の人々も歓迎してくれるかと」 去年の暮れに乙矢自身も開拓者となったが、まだ少し隔てた物言いをする。 それに小さく崎倉は笑い、「そうか」と返し。 「今の時期、花野は美しかろうなぁ」 呟いて、茶をすすった。 『それならば、こちらから「招待」をさせていただきますよ』 明るい声で、桐葉(きりは)が風信機越しに答える。 家の留守を崎倉に預けた乙矢は、奏生にもある開拓者ギルドで花摘みの里の友人へ連絡を取っていた。 『先のお礼もありますし、それにそういった形で足を運んでいただける方が‥‥』 「そうですね」 応じる乙矢は、相手に見えないながらも首肯する。 内密にあった大毒蛾退治を大勢には知られていないが、開拓者が赴いたという話は残るものだ。 となれば、再び開拓者が遊びに足を運べば、先日の件に「特別な用向きがあったのでは」という色は薄れる。 友人の桐葉が言いたいのは、おそらくそういう事だろう。 「ならば広い場所ですし、朋友を連れて行く事も‥‥良いですか?」 『もちろんです。一泊の宿が必要なら、ご用意もさせていただきますよ』 「ありがとうございます」 快い即答に乙矢はほっとして、礼を告げた。 「いいのか、そこまで気を遣ってもらって」 済ませる事を済ませ、急ぎ屋敷へ戻った乙矢に待っていた崎倉が苦笑する。 「あそこには、友人がおりますので。その友人から、是非にと。ギルドへは、誘いの依頼も出してまいりましたから」 「手回しのいい事だな」 「それならば、気が利くとおっしゃって下さい」 「おぅ、言うようになったモンだ」 冗談めかす乙矢へ、からからと崎倉は笑い。 その声で目が覚めたのか、眠そうなサラがむくりと身を起こし、くしくしと目をこすった。 |
■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
アリスト・ローディル(ib0918)
24歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●花里からの招待 森や野に囲まれた里は新緑が目に眩しく、瑞々しい空気に包まれていた。 「良い風だな、お前も気に入ったか? 陽淵」 涼やかな風に琥龍 蒼羅(ib0214)が目を細め、傍らを歩く『相棒』へ尋ねれば、首を伸ばしていた駿龍 陽淵は嬉しそうに喉を鳴らす。 「花摘みの里か〜。俺は初めてだなぁ、どんな所なんだろ?」 興味深げにルオウ(ia2445)は周囲の木々を見やり、初夏の空気を吸い込んだ。 「特に珍しいものなぞ何もない、ただ緑の多い里だな。だが、だからこそ良いのだろう」 赴く者達の中で、唯一以前の騒動で足を運んだ鬼島貫徹(ia0694)が、私見を述べる。 その足元には、小さな編笠を頭に乗せた忍犬 奥羽が付かず離れずといった態で付き従っていた。 「ふぅん。それで、自然の花や緑がそのまま名産になってるんだっけ?」 唯一、少し前に里へ赴いた事のある鬼島の説明に、ルオウは興味深々といった風に聞き返す。 「そこら辺に生えてるような当たり前のモノが特別ってのも、面白いよな!」 「里の人が手をかけて育てているとはいえ、やっぱり本来の森や野の恵み自体が、まず豊かなんでしょうね」 「俺は、よく分からねぇけどな‥‥」 何の変哲もない木々を仰ぐ乃木亜(ia1245)に、酒々井 統真(ia0893)はぽしぽしと頭を掻く。 「花も食べられるモノだってのは、何となく予想はつくが。葉っぱだって、紅葉の天ぷらとかあるもんな」 統真の言葉に人妖 ルイは呆れたような表情で、密かに嘆息した。 そこら辺の機微については疎いというか、関心が薄いのは、やはり「らしい」というか。もっとも彼がそんなだから、何かと物珍しがられる経験の多かったルイとしては、助かっている部分もあるのだが‥‥そんな殊勝な事は口に出さない。決して、絶対に。 「でもアヤカシが出るのなんざ、不可抗力だと思うんだが。それですまねぇ事もある、か‥‥おっと。こっから先、この手の話は口に鍵、だな。」 滑った口を手で隠す統真に、腕組みをして歩く鬼島が険しい表情で頷いた。 決して統真をとがめている訳ではなく、鬼島の表情が厳(いかめ)しいのは常からの事である。 「ふむ‥‥興味深い」 道すがら交わされる会話に耳を傾けていたアリスト・ローディル(ib0918)は、真っ直ぐにピンと立てた人差し指を、眉間の辺りへ当てた。 「今回の依頼、要は里での休暇だが、過去に少々厄介な事情もあったようだな」 「風評が何かしらの誤認、損失を招く事例は少なくないからな。本来ならそれで良しとする事柄に、こうして念を入れて当たろうとする行動は好ましいものだ」 感心し、またその判断を良しと評価するかの様に、仰々しく鬼島は顎へ手をやる。 だからこそと、里の様子を見るために彼はわざわざ足を運んでいた。 「どうやらその辺りは、ジルベリアも天儀も変わらないようだ」 妙な方向からアリストは感心し、その後から甲龍 アメシストがゆるゆるとついてくる。 何かと知りたがりな主人の『性癖』にも慣れっこらしく、移動の間も何事かに気をとられては変わる歩調に合わせ、大人しく後ろを歩いていた。 「とりあえず。余計な噂なんざ吹き飛んじまう程度に、ゆっくりさせてもらうか」 「吹き飛ぶ程度にゆっくりとは、また奇妙な表現だな」 感心しているのか、皮肉っているのか、指摘するアリストに統真は唸る。 「別にいいだろ。要は、気持ちの問題なんだからよ」 「それもそうだ」 統真としては深く考えたつもりもない答えだったが、それでも納得したように、長い金髪を魔術師が揺らした。 「細かい事は、さて置いて。折角の招待だし、俺は陽淵共々のんびりと世話になるよ。飛ぶ事が好きな陽淵には、良い機会だからな」 蒼羅が見上げれば、賛同する様に天を仰ぐ駿龍は琥珀色の瞳をくるりと動かす。 「ああ。里や周りの景色を、空の上から眺めるのも悪くない」 龍が言わんとするところを把握したかのように、蒼羅はひとつ頷いた。 「そういえば、お菓子を作る事は出来るのでしょうか?」 遠慮がちに乃木亜が聞けば、苦笑して崎倉 禅は首を捻る。 「どうだろう。そこまでは、乙矢に聞かなかったな‥‥新鮮な生花を使う菓子屋なら、その場に工房くらいは構えていると思うが」 「差し支えがなければ、お菓子の作り方なんかを教えてもらえればいいんですけど。簡単なもので、いいんです。そういった目的があれば、開拓者が集まる理由にもなって‥‥先の事件も、目立たなくなると思いますし」 「ああ。確か桐葉とかいう乙矢の友人がいる筈だから、交渉してみるとしよう。先方からの招待だ、いくらか便宜を図ってくれるだろうさ」 崎倉の答えに、ピィとミヅチ 藍玉が乃木亜の傍らで鳴いた。 菓子作りが楽しみなのか、出来上がる菓子の方が楽しみなのかは分からないが、興味を引かれたようだ。 「菓子作り、ですか」 いつの間に気まぐれな散策から戻ったか、足元からの声をルオウは辿る。 「面白そうだよな」 だが真っ白な猫又 雪は、つぃと顔を上げ。 「‥‥食べられる物になれば、いいですわね」 「ナンだよ。やってみなけりゃあ、分からないだろ」 くしと前足で顔を拭う相手へ、ルオウは口を尖らせた。 「菓子作りも、興味深いな‥‥実に」 その一方で、また目を輝かせる者が一人。 「いい機会だ。天儀の一般的生活というものを見せて貰うついでに、天儀の菓子を作る場もぜひ見ておきたい」 アリスト自身、それなりに天儀での暮らしに慣れたといっても、開拓者の生活は普通の生活とは異なる筈だと言い。一般的な天儀の人々の暮らしぶりを知るついでに、あまり足を踏み入れる機会のない菓子屋の工房で菓子作りなどが出来るとなれば、それこそ彼の知的探究心が放って置く筈もない。 「こりゃあ、交渉役は大役だな」 笑いながら歩く崎倉の後ろでは、サラと仔もふらさまがぴったりもふもふとついて歩いていた。 ●咲き終わりの青い花野で 「遠路はるばる、ようこそお越し下さいました」 到着した一行を出迎えた桐葉は、丁寧に深々と頭を下げる。 「鬼島様は先日お世話になったばかりですのに、お気遣い有難うございます」 「ああ、乗りかかった船というやつだ」 面識のある鬼島が礼には及ばぬとばかりに、口の端をにやりと上げてみせる。 「その後は、どうだ?」 「お陰様で里人も花摘みの娘達も皆つつがなく、日々を過ごしております」 「そうか」 近況を聞いた鬼島が満足げに頷き、他の者達も簡単ながら招待の礼を順に告げた。 「俺は、サムライのルオウ! こっちはネコの雪、よろしくな!」 「ネコ‥‥ッ?」 あまりにも色々と略しまくったルオウの紹介に、ピキリと猫又がヒゲを震わせ、尻尾を立てた。が、相手に彼女並みの繊細さを求めても詮無い事は、経験的に知っていて。嘆息すると、二又の尾を揺らす。 「‥‥私は見ての通りの猫又。名はズィルバーヴィント、ジルベリア生まれです。どうぞよろしく‥‥」 「お邪魔させていただきますね」 続いて、丁寧に乃木亜もぺこりと頭を下げ。 「では、宿へご案内します。里では自由に、ゆっくりとお寛ぎ下さいね」 「あ、あの‥‥すみません、あの‥‥っ」 「ああ、そうだな。一つ頼みがあるんだが、構わんか?」 場を外そうとする桐葉へ慌てた乃木亜が口ごもり、緊張気味の少女に代わって崎倉が呼び止めた。 渡ってきた風が、一面の忘れな草を揺らす。 既に花が咲く時期は終わりが近く、遅れた花がちらほらと咲いていた。 「この残った花を、自由に摘んでいいんですよね」 「ん。そう言ってたな」 気が引けるのか、念を入れて確認する乃木亜に統真が答える。 「コレが、花菓子とかってヤツになるのか?」 珍しそうなルオウは、摘んだ花を手の中で引っくり返し。 「‥‥このまま、食べられるのかな」 好奇心の強い瞳で、じっと青い花を見つめた。 鬼島もまた咲き遅れの花を摘み取るのを兼ねて、花野をゆったりと散策する。 「どうやら、何事もなさそうだな‥‥」 草が枯れたり、色が悪かったりといった変化もない光景を確かめて、小さく鬼島は安堵の色を表情に浮かべていた。 つかず離れずの距離を保つ忍犬は、気に入っている旅姿を解かず、傘の下から主人を見上げる。 「うむ‥‥奥羽、もう大丈夫だ。お前も少し、羽を伸ばしてこい」 応じるように一声鋭く吠えて、忍犬は草を揺らしてパッと駆け出した。 遮るもののない広大な原を謳歌するように走り回る、その姿を鬼島は楽しげに見やる。 「せっかく、広々とした場所に来たのだからな。息抜きにいいだろう」 そうして再び、一つ二つと目に付いた花を摘んだ。 その上をサッと、大きな影が過ぎる。 手を止めて顔を上げれば、翼を広げた藍色の駿龍が悠々と空を飛んでいくのが見えた。 悠然と翼を打つ駿龍の背で、蒼羅は髪を風に遊ばせていた。 「陽淵、あちらの川の方へも行ってみようか」 声をかける主に、駿龍は首をぐるりと回して目指す先を見つけ出す。 後ろ足を突き出すと翼を広げたまま滑空し、やがて緩やかに地面へ降り立った。 「うん‥‥曲を奏でながら静かな時間を楽しむには、良さそうな場所だ」 いたわる様に龍の首を撫でてやりながら、蒼羅は木陰の川辺を見回す。 龍の背から下ろしたラフォーレリュートを手に、適当な木の根元へ腰を落ち着けた。 「吟遊詩人なら詩の一つでも思いつく物だろうが、な。好きにしていいが遠くへは行かないように、陽淵」 言い含められた駿龍は、まず川へ頭を突っ込むようにして喉を潤す。 やがて澄んだ弦の音が聞こえ始めると、翼をたたんで静かに身を伏せ、主人の演奏に目を閉じた。 「食べてみたければ、食べていいぞ。但し、花の味については報告するように」 教え子を相手にするかの如く、アリストは鼻先で花をつつく甲龍へ言いつける。 その名の由来となったであろう、動く石英結晶を思わせる、半透明な突起のある鱗で身を覆った濃紫色の龍は、嬉しそうにはむりと花ごと草を食んだ。 その様子を、小さな少女と小さなもふらさまがじっと見上げ。 「‥‥花を食べる龍が、珍しいのか?」 投げるように言葉をかければ、驚いたのか、ぱたぱたもふもふと駆け戻っていく。 「どうした、サラ」 後ろへ逃げ込んできた一人と一匹に、袖に手を入れてのんびり歩いてきた崎倉が苦笑し。 「そういえば、連れだったな」 一見すると親子の様だが、全く血の繋がりなどなさそうな取り合わせに、アリストはしげしげと中年男を見やった。 「崎倉氏は、花野に来るのが目的だったか? もし差し支えがなければ、事情を訊いてみたいのだが‥‥ただの、個人的な好奇心からだがな」 「随分と、あけすけで正直な御仁だな」 ぶしつけな質問にも、からからと崎倉は笑う。 「まぁ、たいそうな事でもない。俺の師にあたる人の、嫁さんの命日が近くてな。師匠共々、俺にとっては恩人だから‥‥花が好きだった人のために、何かと思った次第だ」 「恩人‥‥か」 ふっとアリストが緑の目を細め、遠く北の空を見やった。 「‥‥俺にも、居ない訳ではない」 沈黙をぬうように風はただ柔らかく吹き、いつの間にやらサラと仔もふらさまが、花探しをしては濃紫色の甲龍へ教えてやっている。 のどかな光景を見やる、そんな背中で。 「ああっ、藍玉!?」 驚きとも呆れたものともつかぬ乃木亜の声に、皆が振り返った。 振り返った先では、ミヅチが長い身体を器用に捻らせて、背中に結んでいた籠へ頭を突っ込んでいる。 何故に乃木亜が急いで止めたか分からないらしく、藍玉は「ピィ?」と小首を傾げた。 一方で籠を覗いた少女は、減っている中身にがっくりと肩を落とす。 「あぁ‥‥もう、こんなに食べちゃって‥‥」 「足らぬようなら、残った花を探すのを手伝うか?」 「すみません、ごめんなさいっ。藍玉のせいで‥‥」 「気にするな。よほど、旨かったんだろう」 笑いながら崎倉は袖に突っ込んだ腕を抜き、一緒になってぶらぶらと花を探し始めた。 ●花の菓子 「花弁は、砂糖漬けや塩漬けにするのでしょうか? 花の色が落ちない様にする、独自の工夫があったり? それとも、花から取った染料などで色を付けるのかもしれませんね」 「花紅庵の砂糖漬けに匹敵するものが出来るかどうかは分からないが、花を使った茶請けを一品、皆で作ってみたいところだな」 技法に興味が尽きない様子の乃木亜に対し、鬼島は「やるからには」という感じの意気込みだ。 「花はまず、水で洗って下さいね」 菓子房『花紅庵(かこうあん)』の職人が、開拓者達に菓子作りの手順を説明した。 それを聞きながら、集めた忘れな草のうち花が開いたものや形の良いものを選別する。 「見よう見まねだけど、俺も挑戦してみるぜぃ!」 怪訝そうに見守る猫又の視線をよそに、ルオウも花を選び。 「‥‥これって、今このままでも食べられるんだよな?」 興味から、軽く湯に通して鮮やかな色になった花を、ぽいと口へ放り込んでみた。 「‥‥美味しい?」 「よく分かんねぇ」 興味深げに雪が聞けば、眉根を寄せた複雑な表情でルオウは答える。 「花菓子を楽しむ‥‥なんて風流なのは、俺にはあんまりにあわねぇ気もするが」 呟いて、統真はちらと作業台の上に腰掛ける人妖を見やった。 「でもまぁ、ちょっとした名目代わりに菓子作りってんだから、一口乗らせてもらわぁな‥‥せっかく、ルイも連れてきたし」 言葉の後ろは朋友へ聞こえぬように、ぽそりと付け加える。 「いずれにせよ、滅多にある機会でもないだろうからな。手先は器用なつもりだが‥‥どんなモノになるか」 好奇心を隠さず乗り気なアリストと対照的に、自身は特に菓子好きという訳でもない蒼羅が柔らかい菓子の生地をむにと突付いた。 「まぁ、知り合いへの土産にはなるだろう」 真剣な表情で花を取り、あるいは生地や中の餡を手に苦戦する主を見て、朋友達も興味を持ったのか。 窓越しでじっと作業の観察にふけったり、足元に腰を落ち着けると尻尾を揺らして横顔を見守ったり。 また興味深げに手元を覗き込んでみたりと、いろいろな形で関心を示す。 「形を崩さない工夫もあるのかもしれませんけれど、里の外には出せない秘伝なのかも‥‥あ、もう、藍玉っ!」 よほど気になるのか、うっかりすれば材料に顔を突っ込みそうなミヅチを注意しながら、乃木亜は小さな細工に挑戦していた。 が、妙にしょんもりとうな垂れるあたり、実は手伝っている気になっていたのかもしれない。 「砂糖漬けなど単純なものと侮っていたが、見栄えも考え出すとなかなか奥が深いな」 ひとしきり苦戦した鬼島は、手を止めてその『出来栄え』をしげしげと眺める。 「やはり自分の手で作ってみて、始めて分かる事というのは意外と多いものだ」 「‥‥今すぐ口に放り込んで、なかった事にしたい気もするけど」 苦心の跡を前にルオウが唸り、猫又は素知らぬ顔でぱたりと尻尾を揺らした。 「それにしても、天儀の建物の造りはジルベリアと随分違う。寒くないのか?」 工房を後にしたアリストは手帳を片手に珍しげに里の風景を眺め、彼の後ろを甲龍がついて歩き。 更にその後ろから、小さな影がひょこひょこと隠れながら続く。 足を止めたアリストが不意に勢いよく振り返れば、目が合った物珍しげな子供らが、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。 「ジルベリアほど、気温は下がらないからな。風が中へ入らぬようにし、着る物を増やし、火を焚いて暖を取る。そんな程度か」 説明をする鬼島の先を歩く統真が、両手を振り上げて伸びをする。 「晩飯まで時間がありそうだし、そこら辺でのんびりしてくるかなぁ」 「それならとーま、訓練つけて。訓練」 着物を引いて訴える人妖に、肩を落として統真は嘆息した。 「‥‥俺は、ゆっくりしようかと思ってたんだけどな?」 人間の子供よりずっと小さい人型の朋友は、それでも引き下がらない。 「のんびりしたいとは思うけど、ずっとのんびりはできないよ。戦えるって見せても、どこかでとーまは、危ないから下がってろって思ってる。それを変えたいもん」 「いや、実際、危ないし。それに、そういう役はお前の柄じゃないだろに‥‥ま、汗を流すのは嫌いじゃないが」 しばし押し問答をした末、遂に統真は人妖に折れ。 「ちょっと、行ってくる」 そうして仲良く(?)花野の方角へ向かう一人と一体の背を見送った者達は、他愛もない話を再開し、歩き始めた。 ●遠き野に一献 陽が暮れる頃に戻れば、宿代わりの家では里の人達が夕食を用意していた。 日頃から旅人を受け入れている訳でもない為か、食事自体は豪勢なものではない。 だが一行は、里人の心尽くしに舌鼓を打った。 「早めの夏越しの酒‥‥ということで暑気払いの一杯、どうだ」 夕食の一皿一皿までを手帳へ記すアリストへ、鬼島が猪口を置く。 傾ける銚子の中身は、燗をつけた酒だ。 「‥‥この時期に熱燗は、暑くないか?」 「むしろ暑い時期だからこそ、酒は燗だろう」 飲める口と見るや、鬼島は崎倉にも酒を勧める。 「ふむ、興味深い。食事の一皿から、全て興味深いな」 やおら感心しながら、猪口を手に取ったアリストだが、食事が終わればヴォトカを取り出した。 「さて、食後はコレが無いと始まらない」 庭からは甲龍が心配そうにぐるぐると唸るが、魔術師は知った事かとばかりに杯を重ねる。 「にしても‥‥良い酒だ。最近は若向けのあっさりした銘柄が増えてきたが、これはなんとも力強い」 「だが、何事もあっさりしているだけでは駄目だ。人にはまず、自由が保障されるべき、そうだろうッ!?」 「うむ。それに、この器もまた良い。漆器もよいが、やはり酒には陶器の手触りが合う!」 「何か‥‥会話が、成り立ってないな」 絡み上戸に、蘊蓄(うんちく)上戸といったところか。 ちぐはぐな会話を何故か成立させている二人に、どうしたものやらと蒼羅が苦笑し、ちびりと崎倉は猪口を傾けた。 「まぁ、楽しく飲んでいるなら、それもいいだろう」 傍らではまだ食事中のサラがゆっくり箸を動かし、仔もふらさまはもふもふと何でも旨そうに食べている。 そんな賑やかな食事の締めには、それぞれが作った茶菓子が並んだ。 「ふむ。喰ってみるか、奥羽」 そこそこの出来に自慢げな鬼島は、自分の口へ放り込む一方で、供の忍犬にも味見をさせ。 蒼羅は駿龍と、乃木亜はミヅチと仲良く自分の分を分ける。 「ほら、これは雪に」 皿を床に置くルオウに、驚いたのか。 じっと少年を凝視した雪は、おもむろに花の中央に花の砂糖漬けをあしらった菓子を齧った。 「少し形は崩れていますが、味の方は大丈夫ですわね」 「そりゃあ、れっきとした菓子屋の材料だもんな!」 的確な指摘に、ルオウは屈託なく笑う。 「にしても‥‥何の形だ、ソレ?」 「知らん。センスなぞ、知らん」 花の形どころかタコに似た軟体系な菓子を統真が凝視すれば、アリストは無造作に答えた。 「じゃあ、いいけどな‥‥食べるか、ルイ」 小さな皿に、小さな菓子を取り分けた統真が、人妖の前にそれを置いてやる。 ちゃんと小さな花を使った菓子を、まじまじと相手は見つめ。 「花菓子なんて、初めて見た‥‥普段、『おいしい方がいいのはいいけど、食べられればとりあえず満足』派だもんね?」 人妖サイズな菓子を前に朋友がじとりと見上げれば、バツが悪そうに統真は髪を掻いた。 「嫌なら、喰わなくてもいいけどな」 「せっかく作ってくれたんなら‥‥もらってあげる。その代わり」 卓の下でごそごそした人妖だが、おもむろに皿を卓へ戻す。 「貰いっ放しはヤだから、お返し」 返された皿には、それなりに苦心したらしい小さな小さな菓子が、ちんまりと乗っかっていた。 |