地の底の星
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/17 18:50



■オープニング本文

●助手君、失踪
「グライダーにしても小型飛行船にしても、結局は風が問題なんだよな‥‥」
 緑広がるもふら牧場の片隅で、もふもふ群れるもふらさま達をライナルト・フリューゲはぽへりと眺めていた。
 残念だが、コレばかりは技師がどう頑張っても、どうにもならない部分だった。
 朱藩の北部にある山岳部の小村で、彼は試作滑空機に取り組んでいる。
 この地域一体は山肌に張り付くように村が点在し、互いに連絡を取るには歩いて谷を下り、森を抜け、山を登るより、グライダーを使う方が早かった。
 だがお天道様と風向きと、泣く子とナントヤラにはナントカというヤツで。
 変わりやすい独特の山風もあって、グライダー墜落事故の危険も伴っている。
 そこでライナルトはグライダーの改良に乗り出し、開拓者達の協力による数度の実験を行った末、一つの解決方法を導き出した。
 それが体躯や気象条件よって、機体と駆動部の組み合わせ自体を使い分けるという方法だ。
 ただこれにも、問題点があった。
 肝心の組み合わせを判断し、実際にそれを行う技師が不可欠だという事。
 その為の『後継者』も、一応は育てていたつもりであるのだが。
 そんな事を考えながら、ふと手にした書簡へ目をやった。
 差出人は、安州にある朱藩国開拓者ギルド長、仙石守弘(せんごく・もりひろ)。
 内容は、一種の『召集』だ。おそらく飛空船に関する事柄か、それに付随する事だろう。
 アレに関する宝珠の技術を扱える者は、そもそも限定的だ。
 より専門的な部分となれば、数は更に絞られる。
 そしてこの朱藩では現在、興志王自らが率先して飛空船技術に力を注いでいた。
 協力を必要とされて赴く事となれば、いま世話になっているこの村ともお別れで。
 届いた信書を読んで考え込むライナルトの様子に、助手の俊太があまりに内容を聞きたがるものだから、包み隠さず話したならば。
「先生の、馬鹿ーッ!」
 何故か怒鳴られて、作業小屋から俊太は出て行ってしまった。
 出て行って‥‥そのまま、戻らない。
 小屋の外に広がる試作滑空機の実験場代わりなもふら牧場に、少年の姿はなく。
 村にある少年の家にも帰っておらず、家族も友達も行き先を知らず。
 ‥‥一言でいうなら、「家出」状態であった。
「さすがに我が助手君と、コッチがやらかした時とは、状況も違うだろうしなぁ」
 以前、誰にも知らせる暇がなく村から消えた『前科』持ちは、う〜んと唸る。
 唸っていると、通りがかった村の青年が心配そうにぽつりと呟いた。
「もしかして俊太の奴、『運試し』に行ったのかなぁ」
「運試し?」
 聞き返すライナルトに、青年は「ああ」と頷く。
「村にあった子供のげん担ぎ、願掛けみたいなもんでね。小さい迷路の洞窟があって、その一番奥に『ご神体』があって。一人で行って、『ご神体』を触って帰ってこれたら、願いが叶う‥‥みたいな?」
「ほぅ‥‥て、迷路の洞窟?」
 何やらこう、微妙に嫌な予感がした。
「うん。中で道が分岐していて、実際にどれだけ深いかは大人にも分からないんだ。そこで迷子になる子がいたり、洞窟自体が崩落する危険もあって‥‥俊太が小さい頃には残ってたけど、今の子供達には近付かないよう、言いつけられてるよ」
「その、洞窟の通り道は、今でも覚えているモノかな?」
「いいや。さすがに子供の時の事だ、もう忘れちまったよ‥‥ま、禁止されているのは俊太も知っているだろうから、そんな無謀はしないと思うがなぁ。もし夜が明けても俊太が戻らなきゃあ、山狩りかね」
 そんな事を呟きながら、青年は村へと歩いて行く。

「空から探せる場所なら、すぐだろうけどなぁ‥‥」
 結局、日が暮れる頃になっても、俊太が帰ってくる気配はなく。
 村長に開拓者を呼ぶよう頼んだライナルトは、部屋に戻ると寝床をあさり、通常のソレより銃身が長い火縄銃を引っ張り出した。

●かけるは運か、それとも願いか
「えっと‥‥この道を、こっち。だっけ?」
 提灯を片手に、俊太は幼い頃の記憶を辿っていた。
 小さい頃、年長の子供達に連れられて、この『運試しの洞窟』に入った事はある。
 あるのだが、何分にも小さかった為、記憶はかなり薄れていた。
「そんなに歩いた記憶、ないんだけどなぁ」
 年長の子供達の後を付いていって、提灯の明かりを頼りに幾らか歩いていって、やがて洞窟の先が明るくなった先、すこし広くなった行き止まりに、『ご神体』があった気がする。
 思い出しながら歩いていた俊太は、ふと足を止めて振り返った。
 提灯の明かりの外側、暗い闇で、何やら動いた気がする。
 じっと足を止めて窺ってみるが、何もなく。
 再び前を向いて歩き出すが、何かが後ろからついてくるような感覚はつきまとい、離れない。
「気のせい、気のせい‥‥」
 提灯で洞窟の先を照らしながら自分に言い聞かせ、迷いつつも俊太は洞窟の奥へと進んでいった。


■参加者一覧
柚月(ia0063
15歳・男・巫
有栖川 那由多(ia0923
23歳・男・陰
玲瓏(ia2735
18歳・女・陰
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
すぐり(ia5374
17歳・女・シ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
オドゥノール(ib0479
15歳・女・騎
透歌(ib0847
10歳・女・巫


■リプレイ本文

●かつての秘密
 その洞窟は、岩場で黒い口を開けていた。
「これが、『運試しの洞窟』か」
 村の青年に案内されたオドゥノール(ib0479)は、大き目の岩の陰で目立たない穴を覗き込む。
「何が出るか分からん所に踏み込むってのは、嫌いじゃないが。ただ、人に迷惑をかけない程度にやってもらいたいもんだな」
 見据えるように青い瞳をやや細め、どこか憮然と御凪 祥(ia5285)が呟いた。
「もっとも、そういう行動を取ったと言う事に理由は有るだろうが」
 ま、そういうのも含めて解決しろって事‥‥か。
 そんな風に解釈をして、祥は重い息をひとつ吐く。
 別に面倒な依頼と呆れた訳ではないのだが、申し訳なさげに依頼主ライナルト・フリューゲが肩を落とす。
「迷惑をかけて、本当にすまないよ」
「あんたが謝ったところで、どうにもならないだろう」
「そうなんだけどね」
 見やる祥へ、嘆息してライナルトは髪を掻いた。
「心当たりが、あるんですか?」
 単刀直入に菊池 志郎(ia5584)が尋ねれば、依頼人は唸り。
「あの手紙、かなぁ」
 ぽつと、安州から来た手紙の事を明かす。
「中身を話したら、怒鳴って小屋を飛び出してね」
「‥‥何で俊太さんが怒ってしまったのか、おわかりになりませんか?」
 じっと耳を傾けていた志郎は、困ったような笑顔をライナルトに返した。
「う〜、ん?」
「フリューゲさんが村を去るかもという急な話に驚き、加えてそれを話す態度に俊太さんは悲しくなってしまったのでは」
 それが志郎にはどこか淡白な反応に思えて、疑問を口にする。
「そうかな?」
「迅速に見つける努力はしますが、その後はきちんと話し合って下さいね」
「早く救出しないと、体力も心配だな‥‥」
「居なくなってから、だいぶ経つのね」
 懸念をオドゥノールが口にし、玲瓏(ia2735)は来た道へ振り返った。
「お腹も空かせてるでしょうし、心配ね‥‥」
 俊太が消えてから、既に一日が経過している。
「迷子になって、お腹空かせてたら‥‥やっぱり基本は、おにぎりかな」
 不安げな透歌(ib0847)が手にした包みは、飯屋でもらったおにぎりだ。
「いいですね。消化もよく、手軽に食べられる物なので」
「はい。無事に帰ってきたら、皆で美味しいものを食べたいですよね」
 答える玲瓏に、ほっとして透歌は笑顔を返した。
「まずは、無事に帰らないとな」
「帰しますよ」
 相変わらず淡々とした祥へオドゥノールが即答し、ふむと青年志士は少女騎士を見下ろす。
「な、何ですか」
「いや‥‥そちらの班は、任せた」
 短い返事では語弊があると思ったか、仕舞いかけた言葉を祥は付け加え、それに真剣な表情でオドゥノールが応じた。
「皆ーッ!」
 明るい声に見れば、大きく手を振る柚月(ia0063)とすぐり(ia5374)、有栖川 那由多(ia0923)の三人がやってくる。
「お待たせしました」
 火縄銃を手にしたライナルトへ、那由多が声をかけた。
「僕はすぐりと一緒で、嬉しいよ。よろしくね!」
 柚月が振り返れば、後ろのすぐりは頭を下げる。
「依頼で一緒させていただくんは初めてで、少し、ドキドキしていますけど‥‥少しでもお役に立てるよう。柚月様の手ぇ、煩わせてしまわんように頑張ります」
 楽しげな明るい笑顔に、再度すぐりは笑みを返して一礼した。

●小さな夢の跡
「皆、熱心だね。少し、練習の時間をもらえるかな?」
 洞窟へ向かう前。宝珠を使わない滑空翼を使い、緑の斜面で練習する子供達と那由多は話をしていた。
 相手は10歳以下の子供がほとんどで、俊太と同じ位の少年少女は農場や村の仕事をしているという。
 まだ夢が折れる事を知らず、無邪気に空へ挑戦する子供達を激励し、那由多は村へ向かった。

「ね。洞窟内の正しい道、知らない?」
 村では柚月がすぐりと共に、村人達へ道を聞いていた。
 だが幼い日の記憶は遠く、暗い中を一人で歩く道順もあまり覚えてないという。
「ドコを右に曲がれば、とかじゃあなく。通り道は皆が触るから、岩の手触りが違うとか、地面の砂が少ない感じだったな。枝道に入り込まなければ、迷いはしなかったと思うけど」
 若いグライダー乗りの一人は、そんな風に答えた。

「昔、『運試しの洞窟』で迷子になった子‥‥どうして迷子になったか、知ってます?」
 那由多の問いに、飯屋の手伝いをする若い娘が小首を傾げる。
「確か、何か落としたって言ってなかったかな?」
 娘に話を振られた中年の女は、大きく息を吐いて首を横に振った。
「どうだろ。もう、だいぶ前の事だしねぇ。ただ、探すのは大変だったそうだよ」
「その時の子は‥‥今は?」
「確か鉱山で、仕事をしてるよ。ここよりもっと、山の奥に入った場所でね。でも、本人だってもう覚えているかどうか」
 苦笑する様子に那由多は礼を言い、店を出れば柚月やすぐりと落ち合う。
 時間はあまりなく、互いの話を確認した三人は急ぎ足で洞窟へ向かった。

「‥‥だいたい、話は変わらないか」
 三人が得た話を聞いた祥は、案内の青年をちらと見やる。
 洞窟前でも、待つ者達が青年へ質問を投げていた。
 ただ七年か八年前の事にもなると、人の記憶はあやふやだ。それが子供の頃なら、尚更で。
「『ご神体』が何かは、覚えてます?」
 確認する那由多に、青年は頭を掻きながら唸った。
「何かは分からないけど、光ってたよ。熱くない、ぼんやりとした灯り、かな?」
「熱くない、灯り‥‥」
 興味深そうに、玲瓏がその表現を繰り返す。
「ともあれ。話している間にも、俊太君の身に危険が迫ってるかもしれない」
 オドゥノールが促せば、他の者達も頷いた。
「はよ見つけられるように、捜索は二手に分かれます。イ班は柚月様と、那由多、祥。それからセンセと、うち。ロ班は玲瓏、志郎、オドゥノール、透歌。これで合うてます?」
 ライナルトへの説明を兼ねて、すぐりが仲間へ確認すれば異論はない。
「合図なんかの取り決め事は、恪守(かくしゅ)やね」
 そうして松明を手に取り、まずはイ班から岩場の口へ足を踏み入れる。
「先生も皆さんも、気をつけて‥‥!」
 洞窟に入る者達の背を、案内役は心配そうにじっと見守っていた。

●闇に潜みしは
 長らく人が入っていない洞窟は、奥へ進むほどにカビたような独特の湿った匂いが漂っていた。
 あまり風は通らないのか、松明の炎は静かに揺れる。
 俊太の名を呼びながらいくらか進んだところで、早くも洞窟は分岐していた。
「そっちは頼んだ」
「はい。何かあったら、お願いします」
 託す祥に、オドゥノールが答える。二手に分かれた班はシノビと陰陽師、それから巫女が一人づつ、奇しくも同じ構成だった。
 無論、経験による力量の差はそれぞれにあるが、やるべき事は変わらず。それを達成するための手段もまた、各々が最善を考えて用意してきている。
「えっと、そちらも気をつけて。こんな事を言うくらいしか、出来ないけど」
 声をかけるライナルトに、ロ班の少年少女はこくりと頷いた。
「狙撃の腕は、当てにさせてもらうがな」
 だが相手は志体持ちではない‥‥いざとなれば身を盾にして『依頼人』を守るつもりの祥だが、そこまでは明かさず告げる。
「一発撃てば、『後』はないけどね」
「切り札の判断は、任せます。さ、急ぎましょう」
 苦笑混じりで申し訳なさげな砲術士を、明るく那由多が促した。

「俊太さーん!」
「俊太さん、どこですかー!」
 透歌と代わる代わる、志郎が名を呼ぶ。
「ここは、右‥‥と」
 彼が掲げる松明を頼りに玲瓏は木炭で壁に印をつけ、手帳へ道筋を書いた。
「奥に進むほど、心細くなってしまうわよね。明かりも細くなるし、闇に呑まれそうな気持ちにも」
「うん。早く、見つけてあげたいですね」
 先頭を歩く志郎は俊太の名を呼び、『超越聴覚』を頼りに気配を探る。だが今のところ聞こえてくるのは、自分達や離れた仲間の声の残響くらいだ。
 いなくなった時間を思えば、15歳の少年は疲れているはずで。
 どこかで眠り込んでいたり、もしくはどこかから落ちて怪我をしたり、気を失っていないようにと心の内で祈る。
「本当に別れ道が多くて、迷路みたいですね」
 同じように目印を残す透歌も、枝道を不安げに見やった。
「疲れたら、明かり役を代わるが」
「いえ、まだ平気ですので。もう少ししたら、お願いします」
 気遣うオドゥノールに、笑顔で志郎は答える。
 松明を持つ腕の疲労を考慮して、二人は交代で明かり役を担っていた。
 また先の分からぬ分かれ道に出くわすと玲瓏は陰陽符を手にし、『人魂』の式を飛ばす。
 蝙蝠の姿をしたソレは、彼女の目となって闇を飛び、光の届く限りまで飛んだ。
 そして通路の先の様子を仲間に伝え、どちらの道を選ぶかを皆で決める。
「道幅は、左の方が少し広いみたいね。人の通った気配は、ないようだけど」
「では、ここは左へ。松明も持とう」
 バルカンソードの柄に手をかけたオドゥノールは三人が頷くのを確かめ、印を付けるのを待ってから、松明を受け取った。

「俊太ー! いたら返事してー!」
 口に手を当て、柚月が呼びかける。
 だが、わぁんと反響を残しながら、声は闇の向こうに吸い込まれた。
「長いこと使われてなかった洞窟だし、獣や人間が住み着いててもおかしくナイよね。でもアヤカシが潜んでたら、もっとヤだ」
「しかし運試しの洞窟‥‥ね。試されてるのは運、なのかな。何にせよ早く見つけてあげたいね、ゆづ」
 式を飛ばし、自分の目でも周囲を見回す那由多を仰ぎ、不安げな柚月はこくこくと何度も首を縦に振る。
「なんもいナイと、イイんだケド‥‥」
 五人が進む道は特に枝道もなく、分かれてもすぐに行き止まりだった。
 そうなれば順調な分、俊太が通った場所なのか不安になってくる。
 だが奥へ進むに従って、起伏のある洞窟に枝道が増えてきて。
「俊太さんの目線やったら‥‥いうて、背はうちの方が小さいんかな」
 ちょこ、と背伸びしたすぐりは、辺りを見回した。
「でも、こういうところで道に迷ってたら、怖くない?」
 彼女より少しだけ背の高い柚月が心配そうに尋ねれば、ぽむとシノビは手を打つ。
「柚月様の、言う通りです。せやったら逆に背中を丸めて、少しうちより低い感じやろうか」
 再び確認するすぐりをわくわくしながら柚月が見守り、二人の様子に思わず那由多は小さな笑みを浮かべた。
 一方のすぐりは、ふと警戒の視線を走らせる志士を見上げる。
「祥は、大きいなぁ」
「‥‥そうか?」
 どう答えたものかと少し考えた末、とりあえず苦笑を返した祥だが。
「‥‥来るぞ」
 表情を一転させると刀「嵐」を抜き払い、柚月もまた『瘴索結界』の内で不意に濃くなった瘴気の塊を見つけていた。
「アヤカシ、だ‥‥さっきまで、感じなかったけど」
 視線の先では渦を巻く瘴気‥‥闇が、一つの形を成そうとしていた。

 笛の音。そして、鋼の音。
 耳が遠くのそれらを捉えれば、志郎は即座に仲間へ伝える。
 急ぎ駆けつける、その道の先に。
 光を吸い込む黒く丸い球が、ぼぅと浮かんだ。
「アヤカシ?」
 邪魔にならぬよう、玲瓏が松明を置き。
「少なくとも、『仲間』ではないな」
 バルカンソードを構えたオドゥノールが、玲瓏と透歌を背に庇う。
「ここは俺が‥‥!」
 暗視で見透かすことの出来ぬ闇へ、志郎は刹手裏剣を投げ放った。

 溜まった瘴気を蹴散らしながら相手の笛を頼りに進めば、やがて二つの班は洞窟の一角で合流する。
「‥‥これって」
 ふと何かを踏んだ感触に透歌が足元を確かめれば、それは消えた提灯だった。
「おそらく、この近くだな」
 すぐさま祥は『心眼』を使って、周囲の気配を読み。
「よし、任せて下さい」
「私も、探すわ」
 二人の陰陽師が、『人魂』の目を頼りに近くの枝道を探す。
 間もなく、迷い疲れたのか窪んだ枝道で身を丸めて意識のない少年を、一行は発見した。

●願いの光
「俊太君、怪我はしていない?」
 尋ねるオドゥノールは懐から梅干を取り出し、透歌のおにぎりと一緒に俊太へ渡してやる。
「あの‥‥ありがと」
 最初は遠慮がちだった少年だが、空腹には勝てず。
 がつがつとおにぎりを食べる様子を見て、ほっと玲瓏は安堵の息を吐いた。
「‥‥本当に、良かった」
「あのさ、俊太。食べながらでもいいから、聞いてもイイかな?」
 ひょこと座り込んだ柚月が、同じ歳の少年へ首を傾げる。
「どんな願いを叶えたかったの?」
「柚月さん‥‥」
 顔を上げた玲瓏は、問いかける柚月へゆるく頭を振った。
「事情は無事に外に出た後で、じゅうぶん」
「せやけど、危ないてわかってても、お願いしたい事があったんよね。お願い事は、できた?」
 水を渡しながらすぐりが聞けば、急に俊太はうな垂れて。
「『ご神体』、まだ見つけてへんのやったら、一緒に探してもええよ」
「『一人で』という条件は、もう無理ですけれどね。でも俊太さんが探すなら、お付き合いします。ただ‥‥あくまで願掛けは願掛け、ですから」
 すぐりに続いて、志郎が提案しながら念を押す。
「触る事で、思い切りがつけられればいいですね」
「あ、私も、お願い事がしたいです。これからも、みんなと美味しいご飯が食べられますようにって」
 透歌は目を輝かせ、「それなら僕も!」と柚月が手を挙げた。
「ありがと、皆」
 短く礼を告げるライナルトに、口を出さず見守っていた祥が首を横に振る。
「礼は村へ戻ってからだ。そこまでが、依頼だからな」
 その後は当事者達の問題だと、祥もまた、そう思っているのだろう。
「もし、ライナルトに何かを望むのなら‥それは本人に直に言えばイイと思うんだよ。想いは形にしないと、伝わりにくいカラ」
「ちょっと先生と、二人で話してみるのがいいかもしれない」
 柚月に続いてオドゥノールが青い瞳を細め、すぐりも俊太へ少年を戻した。
「自分の力量超えて、センセに心配かけたんは反省せなアカンね」
「分かってるよ‥‥」
 不承不承な俊太に、ひょいと那由多が屈む。
「でもライナルトさん、俊太君の事を本当に心配して、大事に思っているんだと思うよ。ほら、火縄銃なんて持って来て‥‥」
 耳打ちをされた俊太は『先生』を振り返り、しょげた顔をした。
「あんまり、怒らないであげてくださいね。好きな人と、お別れしたくなかったんだと思いますから」
「うん。無事ならそれで、いいんだ」
 こっそり透歌が取り成せば、髪を掻くライナルトの表情は明るい。
「ほな、『ご神体』探しに行きましょか。帰るまで、もう少し頑張りね」
 励ますすぐりに、こくりと俊太は頷いた。

 戻りながら運試しの道を探せば、枝道に入らぬ先にそれはあり。
 欠けた小さな水晶玉のようなものが、岩壁で淡い光を放っている。
 恐る恐るソレを触り、手を合わせて祈る少年の姿を見守った者達は、同じように村の子供達の『慣例』に倣い。
 空に星が瞬き始める頃、外の世界へと帰還した。