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■オープニング本文 ●花摘みの里に過ぎる影 緑豊かな理穴では、緑の恵みを元にした菓子作りもまた盛んだ。 例えば果実は酒のみならず、砂糖漬けにして保存の効く備蓄とする。 落雁のような干菓子もあれば、ヨウカンなどの生菓子もあり、それこそ種類は多岐に渡った。 その中でも少し変り種の菓子として、『花の砂糖漬け』がある。 桜などの塩漬けは天儀でもよく見られるが、理穴の一部ではこれを砂糖に漬け、彩りの良い菓子とした。 店によっては、秘伝の技法で花の形をそのまま保ったまま菓子とするところもあり。 中でも菓子房『花紅庵』のそれは特に形と色を美しく保ち、貴人への贈り物として珍重され、理穴の王である儀弐王への献上品にもなっているという。 大アヤカシ炎羅が倒されて増進は止まったとはいえ、未だ魔の森に蝕まれている理穴ではあるが、『花紅庵』の扱う花々の『仕入れ先』は幸いにも森の瘴気から遠く。 春夏秋と季節ごとに咲き変わる花を、忙しく花摘みの娘達が摘み集めていた。 「ここの花は食用以外に、香料や染料になるのよ」 穏やかな花摘みの里へ久し振りに訪れた弓削乙矢(ゆげ・おとや)に、弓矢師としての『得意先』でもあり、友人でもある桐葉(きりは)が説明をした。 「花の形のいいものは、『花紅庵』さんの砂糖漬けに回るけどね」 「あそこの花菓子は、奏生でも有名ですから‥‥」 「乙矢さんも、知ってたんだ。あのお店」 世情に疎い乙矢でも知っている様子を見て、嬉しそうに桐葉は笑顔を返す。 だがそんな笑顔も、すぐに曇ってしまった。 「‥‥何か、問題でも起きているのですか?」 真剣な表情で乙矢が促せば、こくりと同じ年ほどの女性は頷く。 「先日、アヤカシが出たの。大きな毒蛾で‥‥それに、花摘み娘達が襲われて‥‥」 逃げ遅れて命を落とした者もいれば、毒で体調が悪くなった者もいるという。 「毒を受けたコ達は症状も軽くて、すぐに回復するそうよ。でもこのままじゃあ、安心して花を摘む事が出来なくて」 「ギルドへ、相談は?」 「ここの里からの依頼になると、『花紅庵』さんにも迷惑がかかるから。それで、乙矢さんに相談しようと思って」 依頼自体は、難しい内容ではない。 早々にアヤカシ大毒蛾を退治してしまえば、毒蛾の粉による被害は軽く済むだろう。 だが儀弐王の口にも上る品の原料に、何かあったとなれば‥‥『花紅庵』は元より、花摘みの里も大きな痛手を負う。 その為、里の名を伏してアヤカシ退治を行うために、開拓者の乙矢へ『依頼の代理人』となってはくれないか‥‥というのが、桐葉の頼みであった。 「逃げてきたコの話だと、大毒蛾は二匹いるそうよ。どうも、花野の木に居座っているみたい。花野ではアヤカシが出るあたりを避けて、花摘み娘達が何人か仕事をしているわ‥‥花が咲く時期は、短いから」 「分かりました。では、私の名で人を募ってみましょう‥‥こちらの里の、お力になれるといいのですが」 神妙な表情で乙矢は束ねた髪を揺らし、友人の頼みを快諾した。 |
■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
氷(ia1083)
29歳・男・陰
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
只木 岑(ia6834)
19歳・男・弓
赤鈴 大左衛門(ia9854)
18歳・男・志
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
透歌(ib0847)
10歳・女・巫
倭文(ib1748)
18歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●事の次第 「この度は、ありがとうございます」 居並ぶ八人へ、まず最初に弓削乙矢が丁寧に頭を下げた。 「単に蛾の姿をしたアヤカシが出たと聞いて、興味を持っただけだから」 堅苦しい前置きは不要とばかりに、胡蝶(ia1199)は嘆息する。 「ええ。乙矢さんからの依頼なら、精一杯お手伝いします」 意気込みと共に只木 岑(ia6834)が頷き、友人らに乙矢は表情を和らげた。 「実を明かせば、この依頼は頼まれ物なのです」 手短に、乙矢は事情を話した。 『花摘みの里』が、菓子房『花紅庵』に納める花を育てている事。作られる花菓子は、儀弐王に献上される品でもある事。 それ故、毒蛾のアヤカシに里が襲われたと知られれば、実害はなくとも無用の噂を立ちかねない事。 そうなれば花摘みの里も花紅庵も、痛手を負う事――。 「ほう、それほどまでに美味いのであれば、一度食してみる必要があるな」 興味をそそられたのか、話を聞く鬼島貫徹(ia0694)はにやりと口の端を引き上げた。 「真意を伏しての、お願いです。気に喰わぬという事であれば‥‥致し方なく。依頼料は、滞りなくお渡しを‥‥」 「んぐー‥‥」 神妙な表情での乙矢の説明を、不意にいびきが遮る。 「あの‥‥」 何事かと倭文(ib1748)が見れば、丸めたロングコートを枕にした氷(ia1083)が寝こけていた。 「マジ寝ってェやつ、だスか?」 寝顔を覗きこみ、赤鈴 大左衛門(ia9854)が様子を窺う。 何やらむずむず身体を動かした氷は、急にふぁっと口を開け。 「ぅえぶしゅい!」 「ぬぅわっ!」 大きなくしゃみに、思わず大左衛門が後ろへ下がった。 「‥‥んぇ?」 くしゃみのせいか、大左衛門の声に目を覚ましたのか。 鼻を擦りつつ、氷は眠たげに自分を見る者達を見回す。 「居眠りは、風邪を引きますよ〜」 くすくすと透歌(ib0847)が笑い、「フン」と鬼島は腕組みをした。 「相も変わらず、のん気なものよ。ともあれ、先の説明を聞いて依頼を降りる者なぞ、起きている者にはおらんだろう」 問いかけすら終わっていないが、自信ありげに鬼島が返した。 「婆っちゃの作る菜の花のお浸しァ好物だスし、祝い事にゃ欠かせねェ桜湯ァ八重桜だスが、他にもそンなに食える花があるだスか。洒落とるだスなァ。そったらトコに、アヤカシとなりゃ放っとけねェだス。けっぱって倒すだスよ!」 袖でぐいと顔をひと拭いしてから、大左衛門も大きく頷く。 「はい! 花摘みを邪魔する悪いアヤカシ大毒蛾を、ルンルン忍法を駆使してやっつけて。思う存分、花の砂糖漬けを食べちゃうんですね!」 ぐぐっと拳を握ったルンルン・パムポップン(ib0234)が、話をまとめた。 ‥‥少々、個人的な欲求が付け加えられている気はするが。 「そう言っていただけると‥‥皆様、ありがとうございます」 「あのっ、乙矢さん。顔を上げて下さいよっ」 床へつく程に頭を下げた乙矢へ、かえって岑が狼狽する。 そんな岑に胡蝶は再び嘆息し、透歌は小首を傾げ、氷は大きな欠伸をした。 「ところで、おつや君。お菓子は‥‥?」 ●花摘みの里 「まだ、毒に苦しんでいる人はいますか? 『解毒』で治しますので、遠慮なく教えて下さいね」 里に着いて早々に、透歌は迎えの桐葉へ尋ねた。 「花に蝶や蛾が集まるのは自然だけど、人命を奪うなんてもっての他だわ‥‥」 案内される幼い巫女の背を見送った倭文は、襲われた娘の話に憤慨する。 「毒蛾か‥‥式の形成には、役立ちそうね」 その反面、胡蝶は蝶を式の形とする事もあり、アヤカシそのものへの興味も隠さなかった。 「ところで。わざわざ悪ぃ噂が立たねェようしとるだスから、外じゃこン話ァ出来ねェだスが。里の衆にゃ、話聞けるだスか?」 ぽしぽしと頭を掻きながら、大左衛門が長身を折って小声で乙矢へ聞けば、『依頼人』は緩やかに首を横に振る。 「いえ、里の中でなら大丈夫です。出入りする者も含め、承知しておりますので」 取引があるなら、里と一蓮托生‥‥という事だろう。 「理穴王に献上される程の物であれば、味も確かなのだろう‥‥茶菓子ひとつ取っても紛い物が増えてきた昨今、素材に拘る名物は貴重。口にする物が生える場で、風情解さぬアヤカシが鱗粉を撒いていては、体裁も悪い」 呟く鬼島は顎へ手をやり、何事かを納得したように唸った。 「速やかに撃破し、花摘みの里に平穏を取り戻す必要があるな」 「こうして被害が出ているし、花の時期は短いので、早く退治したいですね。儀弐王へも献上される理穴の銘品なら、守らなきゃ」 携えた弓、五人張を握る岑が決意を新たにする一方で。 「ああ、でも。お花をそのままお菓子にするなんて素敵です、私、見るのも食べるのもとっても楽しみ」 うっとりと指を組んだルンルンは、緑の瞳をいつもよりキラキラさせている。 「うーん。それにしても、いい陽気だ‥‥」 甘味の誘惑される傍ら、氷は睡魔に魅了されていた。 爽やかな風が吹けば、今にもその辺で眠りこけそうだ。 「透歌殿が戻ってこられたら、すぐに出立しましょうか‥‥氷殿が、本格的に眠られる前に」 「そうする事を、勧めるわ」 心配そうな乙矢に、胡蝶は腕を組んで首肯する。 「花摘み娘達の護衛は頼んだわよ、乙矢」 「はい。アヤカシの方は、よろしくお願いします」 託す言葉に、神妙な表情で答えた弓術師だが。 「そちらへは毒蛾が行かないようにしますけど、何かあったら呼子笛で知らせて下さい。すぐに、援護に向かいます」 確認する岑へ、何故か彼女は少しだけ微笑んだ。 「えっと‥‥何か、変なコトでも?」 その笑みの理由が分からず、心配して岑が聞けば、乙矢は慌てて首を横に振る。 「いいえ。近頃はすっかりと、頼もしくなられて‥‥その、以前はどうという意味ではなく。男の方は成長が早いので、戸惑ってしまいます」 上手い表現が見つからないのか笑みに困惑の色が混ざり、誤魔化すように乙矢は小さく咳払いを一つ。 「お待たせしましたー」 そこへ透歌が急ぎ足で戻ってくれば、里人と話していた者達も集まってきた。 「アヤカシの居る木と今花ァ摘ンどる辺りを、詳しく聞いただス。万が一にも近づけねェよう、戦う場所を考えにゃならねェだスからな」 「私も、ひと通りの話を聞いてきたよ! 綺麗なお花や、花摘み娘さん達を護る為にも、絶対負けられないんだからっ!」 花野への道を歩きながら、大左衛門やルンルンは聞いた話をまとめて説明した。 「綺麗なお花を摘むのを邪魔するなんて、絶対に許せないもの‥‥もうこれ以上犠牲者を出さない為にも、花忍の意地として、そんなアヤカシはやっつけちゃうんだからっ!」 胸を張ったルンルンは、ずびしっとサクラ形手裏剣を空へ突きつける。 「お花の砂糖漬けの為に‥‥!」 どことなく、いつもより気合が入っている気がするのは、彼女の愛すべき花と甘味が合わさった結果だろう。たぶん、きっと。 「ぜひ、ゆっくり食べてみたいですよね」 指を組んだ透歌が、ほわりと目を細める。 「私は、干菓子より生菓子の方が好きかなぁ。種類は色々ありますけど、餡子が美味しいと幸せですよねー。あ、もちろんお煎餅とかも好きですよ♪ 最近はジルベリアのお菓子の素敵さも知っちゃいましたけど。でもでも、こちらのお菓子の素敵さも変わりませんね」 ひとしきり甘味愛を語ってから、不意に透歌は表情を曇らせて。 「話してたら、甘い物が食べたくなってきちゃいました」 「飴玉なんて、持ってきてないわよ」 頬を染めた透歌が訴えれば胡蝶はあっさり一蹴し、大左衛門は自分の懐へ手を突っ込んだ。 「梅干ならァ、ワシも持っとるンだスが‥‥駄目だスか?」 「うー、アヤカシ退治が終わるまで我慢します‥‥あ、皆さんは、どんなお菓子が好きですか?」 我慢といいながら、なおも透歌は菓子の好みを尋ねてみたり。 「‥‥甘い物が苦手な人がいなくて、良かったですね」 何やら思い出す岑の呟きに、乙矢もくすと笑う。 程なく乙矢は一行と別れ、花摘み娘の護衛へ向かった。 ●花散らす羽 花野に風が渡れば、青い花が波を打つように揺れる。 「一面の忘れな草‥‥きれいなところですね」 「うん!」 青と緑の光景に透歌やルンルンは目を輝かせ、大左衛門もしげしげと見渡した。 「これはァ何とも、絶景だスなァ」 「まず何よりも、毒蛾に飛んで逃げられてしまう事は避けたいが。アヤカシ退治に躍起になるあまり、必要以上に花を踏み荒さぬようにせねばならんな」 緑の中に見える木立を鬼島は確かめ、弦の張りを確かめた岑は仲間へ振り返った。 「鱗粉に毒があるそうですから、吸い込まないよう気をつけて下さい」 「手拭いなんかで鼻と口を覆っておけば、何とかなるかな?」 おもむろに氷が手拭「竹林」を取り出し、ごそごそと口元を隠す様に結ぶ。 「かぶれるかも知れねェだスから、肌が出ねェようにするだス」 「目なんかも、一応は注意しないとね」 着物の襟を合わせる大左衛門を見て、倭文も懸念を口にした。 「まァ、そもそも浴びねェのが一番だスからな」 からからと笑った大左衛門は、蜂針の弓を手に取る。 「天儀一の兵法者ン成るにゃ、弓も使えにゃなンねェだスし。蛾相手に蜂ァ、験(げん)がええだス!」 「負けられませんね。お互い、頑張りましょう」 力強い志士の姿に、弓術師の少年も強弓たる五人張を握った。 「わぁ、いるいる‥‥おっきいと、特に気持ち悪いです」 先を進んで偵察したルンルンは、遠目に見えた二匹の大毒蛾にげんなりとした。 たたまれているが羽根の模様は毒々しく、アレが間近にあると考えるだけで、鳥肌が立ってくる。 シノビの案内で立ち木の傍まで来ると、胡蝶も同様に眉をひそめた。 「全く‥‥魔の森の瘴気が、飛び火でもしたのか‥‥」 「フハハ、毒蛾の一匹や二匹、物の数ではないわッ!」 弩を手にしたサムライは、不気味な様相を笑い飛ばす。 「では、一気に潰しにかかる!」 届く距離まで到った鬼島の『咆哮』が、青い花々を震わせた。 ばさりと、毒々しい羽が開かれる。 止まっている姿ですら不気味なのに、羽を広げて飛べばひときわで。 更にそれが、二匹分。 「は、早く倒しましょうそうしましょう!」 とてもとても嫌そうなルンルンが、仲間を急かした。 「攻撃手段が毒だけとは限らないわ。気をつけなさい、行くわよ」 注意を促し、胡蝶はとんと扇子「深淵」を開く。 ギリと、射手が弓を引き絞る音が響き。 陰陽師達は符を手に、身構える。 誰もが、一瞬に向けて身を強張らせる中で。 リボンを結んだ手鎖「契」の鎖をしゃらと鳴らし、透歌が一人舞うは『神楽舞・攻』。 羽ばたきが吹き付ける風を受けながらも、青と白の外套を翻し、幼い巫女は舞い続ける。 風を起こしながら地を覆う影が、一行の上に迫り。 「今だッ!」 誰が決めた訳でもないが、鬼島の声で一斉に、矢と式と手裏剣が大毒蛾へ放たれた。 本来の蛾にはない口が、金切り声の叫びをあげる。 もうもうと、毒の粉は風に舞い散り。 どすんっ! と。 丸々とした腹が、花を散らしながら花野へ落ちた。 「娘さん方の方へは、行かせませんよ!」 なおも攻撃の手を緩めず、倭文は『斬撃符』を重ねて仕掛け。 毒々しい羽が、ばさりと千切れる。 息を合わせた開拓者達が狙ったのは、空へと逃れる術であり、毒を撒く羽だった。 二匹の毒がのうち一匹が、羽をもがれて地面をのたうつ。 そして、もう一匹は。 「自慢のその鱗粉、返させてもらうわよ‥‥!」 「あっち行かれると、面倒なんだよな‥‥」 気合の入れ方は対照的だが胡蝶は『毒蟲』、氷は『呪縛符』の式を打っていた。 一度は高く跳ぼうと羽ばたいたものの、動きは鈍く、よたりと方向を転じる。 「こちらの動きは、止めておきます!」 「任せただスよ!」 託す大左衛門の声を背で聞きながら、再び岑は五人張を引き絞り。 節足を動かして這う最初の毒蛾を、強射「繊月」で地に縫い止めた。 「桜の花と輝く花でお仕置きなんだから‥‥っ」 踵を軸に、ルンルンは小柄な身体を回転させ。 「ルンルン忍法、シュリケーン!」 『風魔閃光手裏剣』にて巨大化したサクラ形手裏剣を、投じる。 光をまとった巨大手裏剣は、弩と蜂針の弓で穴の開いた羽の片方を砕いた。 「‥‥まんまだって、突っ込んだ方がいい?」 「すれば?」 何故か断りを入れる氷へ冷たく答えながら、胡蝶は『隷役』を用い。 「長々とやってられないわ‥‥来なさい、刃の羽根!」 手より離れた呪殺符が、肥大化した羽根の刃を持つ蝶へと変わる。 毒蛾より遥かに小さな式だが、大きく一つ羽ばたくと一直線に飛び。 まるで引導を渡すかの如く、残る羽をざっくりと根元より裂いた。 地上でばたばたと腹を打ち、足を蠢かして大毒蛾はもがく。 撒き散らす鱗粉を浴びぬよう、鬼島や大左衛門は十分な距離を取り。 「ええい、往生際が悪いわ。せめて最期は華やかに散れい!」 「誰ももう、襲わせねェだスよ!」 全身に矢を浴びたアヤカシは、揺れる緑の中で塵と化した。 ●その『花』の名を 大毒蛾を滅した者達は、花摘みの娘達と合流し、その無事を確かめる。 籠の花を一つ手に取った鬼島は、躊躇なく口へ放り込んだ。 「鬼島さん、そのまま‥‥っ! そんなに、お腹減ってたんですか?」 「ほんの味見だ。意外と喰えるぞ」 目を丸くする倭文に、鬼島はむしゃりと口を動かす。 「桐葉殿から、一つ頼まれたのですが。もしよろしければ、花の菓子に名をいただけないかと」 「ほぅ?」 鋭く鬼島が見やれば、乙矢は先を続けた。 「来ていただいた礼を、里の者からもしたいと仰られて。何か良き名があればと、是非にと」 「ふむ。では一つ‥‥『蜜蜂の椅子』など、どうだ」 挑む瞳で鬼島は髭へ手をやり、ころころと倭文は笑った。 「私はたいした名前も思い付きそうにないので、早々に辞退します。代わりと言っては何ですけど、その風流な花びら漬け、食べてみたいですね」 「はい。皆様も、是非」 「本当? 砂糖漬け、甘くて口の中に上品に広がる味わいがいいわよね」 手を合わせて倭文は喜び、聞いていた者達も嬉しげに視線を交わす。 「そういえば、砂糖漬けのざりざりした感じって、霜っぽいですよね‥‥」 ふと岑が考え込み、氷も一緒になって思案にふける。 「『雪解け花』とか?」 「忘れな草なら、『蒼霜花』とか」 「えっと、えっとぉ、『花玉の宝珠』はどうかな?」 「私が付けるなら、『彩姫』ね。この恵まれた里で育って、ひとつひとつ綺麗に彩られる‥‥姫の名を冠するだけの価値が、あっても良いのでない?」 「ワシは、別嬪さぁを喩えて『解語の花』っつぅたと昔おっ師ょ様に聞いただス」 「せっかくだから、自分の名前を付けたいかな‥‥『蒼糖花』とか、『紅糖花』とか」 あれやこれやと、つける菓子の名で盛り上がりながら。 一行は風揺れる花野を、里へと戻っていった。 |