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■オープニング本文 ●二つの凶報 「アヤカシだ、アヤカシが出たぞーっ!」 小さな村に、恐ろしい知らせが届く。 もつれる足で転がるように走ってきた男に、畑仕事に精を出す村の者達が手を止めた。 「どこに出た?」 「誰が喰われた?」 「どんなアヤカシだ?」 集まった者達から口々に問われ、ぜいぜいと男は上がった息をとりあえず整える。 それ見かねて、一人が竹の水筒を差し出してやった。 水を飲み、深呼吸をした男は、囲む者達へ顔を上げる。 「まだ、誰も喰われとらん。行商人が峠を越える途中に一匹の化け蜘蛛に出くわし、逃げてきたって話だ」 「なんてこった」 「どうする?」 顔を見合わせた村人達は、すぐ一つの結論に辿り着いた。 「開拓者を雇うしか、あるまい」 「それしかなかろうな」 人々にとって、アヤカシは恐ろしい存在だ。 それ故、村人達は選択に迷いもためらいもなく。 「神楽の都に頼みを出さねば」 「だが、風信術のカラクリがある一番近い町は、峠を越えた先だぞ」 顔を見合わせた者達の間に、ざわざわと不安の空気が騒いだ。 「そんなら、あたしが行きます」 相談の輪の外側から、すらりと細い手が上がる。 「千佳?」 「お前‥‥」 「逃げ足には、自信がありますから!」 まだ二十歳にもならぬ若い娘は、戸惑う村人達へ歯を見せて笑った。 「はい、お願いします。アヤカシの数は、多分その一つだけだと思います」 何度も頭を下げ、千佳は村の者から頼まれた一部始終を話すべき相手に伝えた。 それが終わると、両手を合わせて風信術の機械を拝む。 「アヤカシが出たとは、難儀な話じゃのう。早く、開拓者のモンらが来るとええな」 「はい。あ、風信術、ありがとうございました」 宿屋の老主人に声をかけられ、千佳は丁寧に頭を下げた。 「たまたま、うちに置いてあるだけだから気にしなさんな。話が終わったなら、団子でもどうだい?」 「いいんですか?」 「ああ。何より、お客さんだしの」 目を輝かせた年頃の娘に、からからと気のいい老主人は笑う。 ギルドから知らせがくるか、開拓者がくるまで、彼女はこの宿に滞在する予定になっていた。 「乗り合いの馬車が出るぞー!」 店の前で呼びかける声に、慌てて旅の者や行商人が集まってくる。 アヤカシが出たらしいと判っても、町の動きを回す歯車は簡単に止まらない。 まだ実害がないなら尚更、見間違いだったと考える者もいるだろう。 「ああ、待ってっ。ソレ、乗ります。乗るってばーっ!」 最後に声を張り上げながら駆け寄った薬売りの女行商人が飛び乗るのを合図に、乗合馬車は動き出した。 ○ 娘が馬車を見回せば、乗り合わせた人々は様々だった。 背に行李を背負った行商人に、一緒に旅する途中らしい若者が四人ほど。年配の男もいれば、幼い子供を連れた母親もいる。 開いた座席に腰を下ろし、行商の娘はほっと息を吐く。 外の風景はゆるゆる流れ、徐々に町の喧騒が遠ざかった。 旅の疲れと、馬車に乗れた安堵もあったのだろう。 膝上に乗せた行李を両手で抱えた娘は、やがて馬車の振動に合わせて舟を漕ぎ始めた。 そのまま、どれくらい眠っていたか判らない。 だが急に止まった馬車の揺れと馬のいななきが、娘の意識を引き戻した。 「山賊だーっ!」 外から叫ぶ声が聞こえ、馬車の中にいた者達が青ざめる。 立ち上がる前に馬車が大きく横に揺れ、恐怖の悲鳴と子供の泣き声が朦朧とした頭にわんわん木霊した。 馬車の窓や乗り口から何人かが逃げたが、恐怖に身がすくんで逃げ出せない者もいて。 やがて周りが少し静かになると、無精ヒゲを生やした人相の悪い男達が、血走った目でぎょろりと馬車を覗き込んだ。 ○ 「じーさん、誰かいるかね!?」 夜、一人の男が転がる様に宿屋へ駆け込んできた。 「どうか、されました?」 「おぉ、あんたでいいや。急ぎで風信術のカラクリ、貸してくれ!」 男は宿屋の主の返事も待たず、驚く使用人へ機械を動かすようせっつく。 「どうしたね。えらく慌てて」 騒ぎに驚いて奥から老主人が出てくると、男は機械を相手に話をしていた。後ろで見守っていた使用人が、慌てて主へ一礼する。 「なんでも、峠に山賊が出たって話だそうで」 「山賊。アヤカシでは、ないのかね?」 老主人は使用人へ問うが、首を横に振って答えたのは風信術の機械と向き合っていた男だった。 「乗合馬車に乗っていた者が、命からがら逃げてきたんだ。そいつの話だと男や老人はその場で殺され、女と子供はどうなったか判らないそうだ」 「それは、一大事じゃ。しかし‥‥困った事になったもんだな」 老主人は風信術の機械を見やり、重々しく大きな息を一つ吐く。 ○ 「これ、どうなんでしょね?」 怪訝な顔で、ギルドの受付係は同僚と二つの『依頼』を見比べる。 同じ時期に同じ場所で、『アヤカシ退治』と『山賊退治』という二つの違った依頼が届いた。 これは、山賊がアヤカシの噂を流したのか。 それとも偶然が重なって、アヤカシも山賊も本当にいるのか。 「とにかく、浚われた人もいますから緊急の山賊退治で受け付けましょう。アヤカシの事は、未確認情報として補記を」 「そう、ですね」 同僚の案に納得したのか、やっと受付係は頷いた。 届いた知らせでは、乗合馬車が襲われた街道からそう遠くない場所に、天然の洞窟があるという。中ではいくつかの分かれ道はあるが、辿れば一つに繋がっており、洞窟全体の奥行き自体はさして深くない。 もし根城にしているなら、そこだろうという話だ。 必要な情報を頭の中でまとめると、受付係は筆を取った。 ○ 転がされた岩の床は、冷たくジメジメしていた。 ワラでも敷いていればまだ我慢できるが、そんな気遣いを獣の様な輩が思い付く事はないだろう。 全財産を賭けてもいい‥‥のだが、財布はとうに山賊に奪われていた。 思い出し、しみじみと薬売りの娘は嘆息する。 「どうなるんでしょう、これから」 溜め息を別の意味に取ったのか、子供を連れていた母親が小さな声をかけてきた。 「ここへ来る途中、虫除け薬の袋の口を緩めておいたの。赤色で目立つし、獣が踏んで消す可能性も低い。きっと気付いた人がそれを辿り、助けに来てくれるわ」 本音を言えば、それで実際に助けが来る保障は低い。 あくまでも気休めだが、それでも女性達の間に少しだけ安堵の空気が流れた。 だが薬売りの娘は一人、身を強張らせる。 天井に影が見えたのだ。 八本足の蜘蛛。それも、人と同じくらい大きい。 喉から出かかった恐怖を辛うじて娘は飲み込み、その間に影は洞窟の陰へ進んで消えた。 (「何で‥‥あんなのが、ここに!?」) 幸い、他の女性達は影に気付いていない。気付けば、パニックになるだろう。 冷たい汗を感じながら、娘は心の底で祈るしかなかった。 アレがもしアヤカシなら、どうか自分達でなく山賊を襲ってくれますように‥‥と。 |
■参加者一覧
東海林 縁(ia0533)
16歳・女・サ
那木 照日(ia0623)
16歳・男・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
国広 光拿(ia0738)
18歳・男・志
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
那上 源八郎(ia2087)
62歳・男・サ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●開拓者、疾走る 「お嬢さん、開拓者の人達が到着されたよ」 宿屋の主人に呼ばれた千佳が急いで玄関へ向かうと、板の間では年齢も風体も違う八人が使用人から茶や水を受け取り、腰を下ろして休息を取っていた。 「あの、お待たせしまし‥‥た?」 千佳が声をかければ、待ちかねた様に開拓者達が立ち上がる。 「千佳嬢ちゃんかの?」 「はいっ。えっと、縄?」 一番年長の開拓者に問われた千佳が、一行が手にしたモノに首を傾げていた。が、答えの前に、横からぐいと力強く腕を引かれる。 「ならば直ちに、峠へ案内せい」 「はいっ‥‥へ?」 「アヤカシが出た峠よ。移動しながら、話を聞くわ」 状況が掴めず千佳が目を白黒させれば、金髪を二つに束ねた少女が声をかけ。 「え、えぇーっ!?」 「どうぞ、皆様お気をつけて」 連行される千佳と開拓者達の背中に、宿の主人は深々と頭を下げた。 「私達は急ぎの山賊退治に来たのよ。依頼には、『アヤカシが出るかもしれない』って情報もあってね。まぁ、私は暇だったってのもあるけど?」 峠へ急ぐ道すがら、まだ状況が飲み込めていない相手へ、胡蝶(ia1199)は手短に事情を説明した。 更に未確認情報であるアヤカシへの関心と、サムライが中心となった陣容を見て、術士もいた方が策が広がるだろう‥‥という心持ちもあったのだが、それは伏せておく胡蝶。 「聞きました、山賊に乗合馬車が襲われたって‥‥アヤカシの方は、私がギルドへお願いした話です」 「そのアヤカシだけど‥‥見かけたのは、峠のどの辺り?」 「峠を越えた、少し先です。見たのは、あたしじゃあないですけど」 やっと話が繋がったとみて胡蝶が問えば、千佳は即答した。 「火のないところに煙は立たぬ。賊と怪異、両者の関係は不明ではあるが‥‥」 唸る様に低く呟く鬼島貫徹(ia0694)は、反射的に身を竦めた千佳をじろりと見下ろす。 「さっきは驚かせたが、何分にも急いでいたからな。もしアヤカシがいなければ、後で『取り越し苦労だった』と苦笑すれば良いだけの話、だったのだが」 「ううっと、ややこしいなぁ。えっと‥‥えとえと‥‥やっぱり山賊もアヤカシも、両方いるって事?」 「そういう事になる」 再確認する東海林 縁(ia0533)を、短く国広 光拿(ia0738)が肯定した。 「って、そんじゃあ大変じゃないっ! 急いで助けにいかなきゃ」 「だから、こうして急いでいるんだろ」 「あ、そっか!」 今更ながら慌てる縁と光拿の会話に、思わずくすと小さく笑ってから、柚乃(ia0638)は懸念を口にする。 「うん。捕らわれた人々の安否も、気がかりかり‥‥だものね」 「ところで、アヤカシの特徴‥‥教えて、もらえますか?」 峠へ案内する千佳へ、おずおずと那木 照日(ia0623)が声をかけた。 「聞いた話ですが、化け蜘蛛だそうです。確か、出たのは一匹だって言ってました」 「化け‥‥蜘、蛛‥‥」 心なしか照日の顔色から、すぅと血の気がひく。 「また、蜘蛛‥‥なんですね‥‥」 照日が先日こなしたばかりの仕事も、化け蜘蛛が仕出かした騒ぎだった。 (「三度目は、ないと、いいなぁ‥‥」) 遠い目でぼんやり思う照日の願いは、果たして届くや否や。 やがて上る坂道を急ぐ者達の前に、乗合馬車が見えてきた。 目を凝らせば馬車は横倒しになり、外れた車輪が地面に倒れている。 「あれが、襲われた馬車だな」 馬車に気付いたルオウ(ia2445)は首を廻らせ、ざっと周囲を確認した。 道の両側には木々が立ち並び、下草が茂り、見通しは決して良くない。 「では、大事をとって彼女には宿へ戻ってもらうか。後で、必ず報告に行くから‥‥」 案内を終えた千佳を帰そうとする光拿を、「待たれい」と那上 源八郎(ia2087)が制した。 「近辺に山賊が潜んでおる峠、人気のない道を女子一人返すのは逆に危険じゃろう。千佳嬢ちゃんには、俺達の目の届くところで待機してもらうのは、どうかの?」 「成る程。その危険もあるか」 源八郎の言葉に、光拿も腕を組んで納得する。 「万一の場合には、ふぉろー、とやらをしてやらねばならんがの」 「そうだな。俺はルオウ、よろしく!」 改めて自己紹介をしたルオウは片手を差し出せば、千佳は着物で手の平を拭ってから遠慮がちに握り返した。 「はい。よろしく、お願いしますっ」 ●痕跡 「これは‥‥」 襲撃の痕跡に、思わず柚乃は衣の袖で口元を隠した。 襲撃現場はそのままで、壊れた馬車の傍らには人や馬の死体が無残に転がっている。 「大丈夫? 気分が悪ければ、水でも飲む?」 元々白い肌が蒼白になっている柚乃の様子に気付き、縁が声をかける。だが、微かに柚乃は首を横に振った。 「いえ‥‥平気。ありがとう‥‥」 少し馬車から距離を取り、ゆっくりと呼吸をして柚乃は気持ちを落ち着ける。 「常いかなる時も、冷静さを失ってはいけないと‥‥そう、ばば様に言われたの‥‥」 自分自身に言い聞かせる様に、小柄な巫女はぎゅっと目を閉じて呟いた。 その間にも他の開拓者達は手がかりを掴もうと、被害を仔細に調べている。 「問題は山賊が何処へ逃げたかだが、人を攫った以上、街道を使うことはないだろう」 推察を口にしながら貫徹は馬車の周囲を回り、地面を注意深く観察した。 「でも馬車から、どっちに行ったかなんて‥‥うーん、林道とかだと獣道に入って行ったのかなぁ」 同じようにきょろきょろと縁が地面や草むらを探し、視線を上げないまま貫徹が頷く。 「うむ。足跡を消す技術でも持たぬ限り、素人十名近くが獣道を歩けば、痕跡が残る筈」 無論、それを探し出して後を辿るには、それなりの技術が必要だ。 だが草が踏み荒らされていたり、枝が折れていれば、素人でも判るだろう。 自分達が痕跡を消してしまわぬ様に注意しながら、そういった手がかりを探していた。 「あの、これ‥‥」 何かを見つけたのか、照日が仲間を呼んだ。 近くにいた胡蝶が彼の示す先を観察すれば、草や地面に赤い粉の様なものが散っている。 手拭いを取り出した胡蝶は草の粉を布へ落とした。粉を吸い込まぬようにして匂いを確かめ、少しだけ指に付けて舐め、すぐに唾を吐く。 「確か馬車の乗客に、薬売りの行商人がいたわよね」 「そういえば、あたし見た覚えがある、かも」 何を閃いたのか微笑する胡蝶の言葉に、邪魔にならぬ距離を置く千佳が答えた。 「それが、どうか‥‥?」 「この粉、何かの薬みたいよ」 尋ねる柚乃へ胡蝶が手拭いの赤い粉を広げて見せると、他の者達も集まってくる。 「どこで見つけたんじゃ?」 「ここに‥‥よく見ると、ずっと、林の奥にも‥‥落ちている、みたいです‥‥」 指し示す照日に、源八郎は木陰に目を凝らした。 「ふぅむ。人が通った跡が、あるのう」 「でも引きずった後はない、という事は‥‥」 言葉少なに光拿が思案を廻らせ、答えを求めるようにルオウは源八郎へ目をやる。 「つまりじゃな。捕らえた者を歩かせたか、担いで移動した可能性が高い‥‥という事じゃよ。歩いて移動したなら、目印を残す機転があったかもしれんのう」 「そうだな。じゃあ、急いで追っかけようぜ! 人質の安全もあるし、アヤカシの話も気になるし、時間は惜しいからな」 納得したルオウが、今にも駆け出さんという勢いで仲間を急かし。 「そうだね。千佳は、気をつけて付いてきてよ」 「判りました」 声をかける縁へ緊張気味の千佳が首を縦に振り、撒かれた赤い薬を頼りに林の中を進み始めた。 濃淡がある赤い粉の道標を探し、急ぎ足で木々の間を抜けると、やがて木立の先に岩肌が見えた。 辿っていた赤い道標の終点には皮袋が落ちていて、胡蝶がそれを拾い上げる。 用心深く岩場に近付くと岩の間に黒く洞窟が口を開けているのを見つけ、開拓者達は身振りで合図を交わした。 ●急襲 入口の岩陰で外を見張る男は、何度目かの欠伸をした。 昨日、乗合馬車の襲撃に成功した勢いで仲間と遅くまで飲んだ為、頭がまだ朦朧としている。 襲撃の際、足の早い男が一人だけ難を逃れたが、他の男は始末して女子供はここへ連れてきた。浚った者達以外は、彼らのねぐらを知る者はおらず。見張り役の男も気を緩めている。 その呑気な口へ、ぬっと長槍の穂先が突きつけられた。 鈍い鉄の輝きに息を飲み、逃げようとしても、いつに間にか絡みついた糸が身体の動きを鈍らせる。 動転している間に、鳩尾へ拳が叩き込まれた。 「げ、ぇ‥‥っ」 潰れたガマの様な声を上げ、身体を二つに折って男はのたうつ。 そこへ、更に手刀が振り下ろされた。 「手際が良いのう」 「酒の抜けぬ腑抜けに、遅れを取るものか」 引き絞っていた弓を緩めた源八郎に、貫徹が槍を引く。 その間に縁が縄を取り出し、逃げられぬ様に手足を縛った。 「本当ならばばーんっと名乗って、コテンパンにしたいんだけどなぁ」 「今は、我慢して下さい‥‥人質の、身の安全が‥‥かかって、いますし」 口惜しげな緑を照日がなだめ、光拿が猿ぐつわをかませる。 「あと、四人か」 「何故‥‥外で、見張らなかったのかな‥‥」 皆の後ろからぽつりと柚乃が疑問を口にすれば、呪縛符を手にした胡蝶が転がった男を見下ろした。 「外にいたら、逆に隠れているのがバレると思ったんじゃない?」 「ああ、なるほど‥‥そうかもしれません、ね」 合点がいったように、柚乃は何度も頷く。 「で、こいつはここに転がしておくのか?」 洞窟の脇へ男を押しやる源八郎へ、ルオウが確認した。 「そうじゃな。見張りの交代が来るか、仲間に気付かれれば面倒だからのう」 「では、賊が油断している間に行くぞ」 縛られた男を残し、貫徹と光拿が先に立って進む。 幾つかの分かれ道を用心深く進んだ者達が最初に見つけたのは、残る四人の山賊だった。 洞窟の中でも広めの部屋で、山賊達が寛いでいる。 個別に誘い出し、片付ける時間も惜しく。 「では‥‥私達は、人質を‥‥助けに、行きます」 「頼む」 声を潜めた照日と行動する者達へ、短く光拿は託す言葉をかけた。 踵を返す照日に続いて柚乃と胡蝶、そしてルオウが別の通路へ姿を消す。 逸る気持ちを抑え、救出の四人が動くだけの時間を待ってから、四人は部屋へ飛び出した。 ●混戦の末 「己の道をも踏み外した輩に天罰覿面(てんばつてきめん)、『紅蓮の乙女』東海林縁がタダイマを以って、見・参っ!」 突然の口上と共に颯爽と現れた縁に、当然の如く山賊達は慌てふためいた。 「なんだ、貴様らっ」 「どこから迷い込みやがった!」 「人を襲って糧を得るだなんて、そんなの絶対、絶対絶対許せないっ!」 山賊の言葉には返答せず、縁はショートソードを鞘へ収めたまま、距離を詰める。 対する山賊も黙ってやられる気はないらしく、立ち上がって刀や短刀を抜く。 が、その動きを牽制する様に矢が飛び、山賊達の腕をかすめ、あるいは石床を撃った。 「賊めらが。そんなに人の物が欲しければ、俺が矢を馳走してやろう!」 キリと弓を引き絞った源八郎が、腹の底から声を上げて凄む。 「くそっ。老いぼれは引っ込んでろ!」 山賊の一人が酒の徳利を投げるが、途中で長槍に払い落とされ、派手な音を立てて割れる。 「相対してなお、力量の違いも測れぬか。下郎がっ!」 声を張り上げ、貫徹が愚行を一喝した。 山賊達の表情が強張るが、引き下がる賢明さは持ち合わせておらず。 「向こうの半分は、女と爺ぃだ。ブッ殺せ!」 「おう!」 リーダーらしき男が、燃え残っている焚き木の一本を手にとって四人へ投げつける。 それを合図に、山賊達は一斉に斬りかかってきた。 舌打ちをした貫徹は、長槍を返し。 突っ込んでくる一人を、石突きで受け流し、打ち伏せる。 縁もまた、束ねた赤毛を翻して刃を交わし。 相手の勢いを利用して、鳩尾へ鞘を突き入れた。 「あ奴、逃げおるぞ!」 声を上げる源八郎が、首領格の男の逃げ道を封じる様に矢を放つ。 だがそれは、見境なく突っ込んできた男に命中する。 「人質を、盾にするつもりか」 だが、光拿が後を追うのと同時に、逃げた男の身体が宙に浮く。 「ひ‥‥ひあああっ!」 目に飛び込んだ化け蜘蛛の姿に、二本の足で掴み上げられた山賊が情けない悲鳴をあげた。 残る六本の足を動かして、山賊を掴んだ蜘蛛は天井を這い。 「逃がすかっ」 急ぎ、光拿はアヤカシを追いかける。 その時、空気を震わせ、雄たけびが響いた。 腹の底からの大音声に、山賊だけでなくアヤカシまで驚いたのか。 『咆哮』の主――貫徹へ振り返り、迫る。 「アヤカシが!?」 やはり洞窟内へ反響した声に気付いたルオウが、別の通路から駆けつけて息を飲み。 「蜘蛛‥‥なら、こちらもお披露目しましょうか」 胡蝶が放った斬撃符は、羽に刃を持つ大きな蝶に姿を変えて、蜘蛛へと突進する。 刃に足を切り裂かれた化け蜘蛛は、キシキシと関節を鳴らし。 掴んでいた山賊を、放り出した。 「危ない!」 叩きつけられた男へ急ぎ縁が駆け寄り、アヤカシの間に割って入る。 「動かないで!」 なおも這って逃げようとする相手に、縁は声を荒げた。 「あたしだって山賊なんて守るの、気がのらないんだから。逃げようとしたら、容赦しないよっ」 縁が叱る間に、照日も駆け寄り。 「こっち、です‥‥く、蜘蛛だからって‥‥ま、負けませんよ‥‥!」 光拿がざっと状況を見れば、腰を抜かした山賊は戦意を喪失し、実質的にはアヤカシが敵となっていた。 「人質達は?」 尋ねる光拿に、ルオウは背で庇っていた人質達を振り返る。 そこには、柚乃が数人の女性と子供を落ち着かせようとしていた。 「皆、無事だぜ」 「よかった」 安堵の息を吐くと、改めて戦う仲間達へ振り返る。 源八郎と貫徹は、縄で山賊を縛り。 胡蝶の式で床に落とされたアヤカシは、照日と縁が対峙していた。 白鞘を抜くと、光拿は仲間の加勢に走る。 「やれやれ、外道の巣穴に今度は畜生か。纏めて退治してくれよう」 源八郎は手早く山賊を縛り上げると、貫徹と並んで戦列に加わる。 開拓者達は前後左右を塞ぎ、アヤカシの退路を完全に断った。 「もう、大丈夫だ」 通路の先が静かになり、万が一の敵に備えていたルオウが緊張を解いて告げると、柚乃は人質達と一緒にほっとした表情を浮かべる。 「‥‥よかったですね」 「お陰様で、命拾いしました。有難うございます」 「気にするなって。ほら、帰るぜ!」 何度も繰り返して頭を下げる者達に、気恥ずかしさを覚えたルオウは背を向けて手招きした。 アヤカシの死体は、既に消滅して見当たらず。 後にはアヤカシと開拓者の戦いを目の当たりにして、抵抗する気力もなくして呆けた山賊達が残っていた。 「裁きの場にて、自らが奪った物の重さを知るがよい」 厳しい言葉と共に、源八郎は縄を引いて山賊達を立たせる。 ようやく暗い洞窟から外へ出ると、降り注ぐ陽の光が眩しかった。 |