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■オープニング本文 ●北の地からの招待 「ゼロさん、文を預かってますよ」 何気なく、いつもの様に神楽の開拓者ギルドへ足を運んだゼロへ、不意に受付が声をかけた。 「‥‥文? 俺にか?」 「はい。えーっと、ジルベリア開拓者ギルドのギルドマスター、ヤシンさんからです」 文の送り主を受付が確認すれば、きょとんとした表情をゼロは返す。 「ギルドマスターからだぁ?」 「そう、書いてありますけど」 差し出された文を手に取ると、紙を広げたゼロはおもむろにその場で目を通し始めた。 そうして目を通した後、すこぶる難しい表情で顔をあげる。 「‥‥何か、厄介な依頼でも」 それがあまりに真剣な様子だったので、受付はこっそりと尋ねてみた。 「ああ‥‥そうだな」 「ど、どんな‥‥?」 息を飲んで問いを重ねれば、眉根を寄せたゼロはしばらく書面を睨んだ末、ようやく言葉を口にする。 「ジルベリア流の、『お茶会』とかいうヤツは‥‥どんなだ?」 ぼとり。 「あぁぁぁーっ、書きかけの書類がぁーっ!」 予想しなかった返答に呆然とした受付は、見事に紙の真ん中へ落ちた墨の一滴で我に返った。 ○ 天儀と比べれば、ジルベリアの春はずっと遅い。 だがジルベリアの首都ジェレゾも、ようやく雪解けを迎えて春がやってきていた。 ジェレゾにあるヤシンの家では、庭に一本の桜があり。 そろそろそれが見頃となるので、もし機会があれば、友人などを誘って見に来るといい‥‥訪れた際には、ささやかではあるがお茶会でもして持て成そう。 受け取った文には、そんな誘いがつづられていた。 「ジルベリア、か」 あの国に対しては、格別にいい思い出も悪い記憶もない。 ただ開拓者ギルドで何度か顔を合わせたギルドマスターに、ゼロは理由のない奇妙な懐かしさを感じていた。 そして向こうも、情報を得る為に自らが虜囚となり、策を仕損じて情報が間に合わなければ、自らタダ働きを買って出た風変わりな天儀人を覚えていたらしい。 「俺一人で行くのもナンだし、ギルドで誘えば誰かくるか‥‥」 ふと何気なく、桜を見るかと交わした言葉を思い出す。 結局は機会のないまま天儀の桜は散ってしまったが、ジルベリアの桜がこれから咲くのなら。 異国の桜を見に行くのもいいかもしれないと、誘いの文を考えたところで、はたと気付く。 「‥‥やっぱ、何か礼をしねぇと‥‥だよな。というか、ジルベリアの流儀や作法なんぞ‥‥知らねぇぞ、俺は」 そうしていつになく真剣な表情で、珍しくもゼロは悩み始めた。 |
■参加者一覧
柚月(ia0063)
15歳・男・巫
福幸 喜寿(ia0924)
20歳・女・ジ
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
シエラ・ダグラス(ia4429)
20歳・女・砂
慧(ia6088)
20歳・男・シ
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
レイシア・ティラミス(ib0127)
23歳・女・騎
透歌(ib0847)
10歳・女・巫
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●騒々しくも、賑やかに 「ゼロー!」 開拓者長屋で、いつになく弾む声が響いた。 「じゃあ、ちぃと出てくるからな。うっかり、変なのに掴まるんごあっ!?」 「桜見! うわーい!」 『留守番』に言い含めていた背へ、勢いよく柚月(ia0063)は飛びついた。 「早くイコ、ゼロッ」 「分かったから、ぶら下がってんじゃあねぇっ」 力いっぱい背中へぶらんと下がった柚月にゼロがもがき、それを目にした劉 厳靖(ia2423)はカラカラと大笑いする。 「んま、念願かなって良かったなぁ、ユズ」 「約束、してたカラ‥‥もー、楽しみで楽しみで! 透歌も慧もくるし、キッカもくるしーっ!」 嬉しげに、ぱたぱたと柚月は足を振り。 「そりゃあいいが、俺は、苦しぃ‥‥」 首に柚月をぶら下げたまま、ゼロがうめいた。 「なんだ。今日は、えらく機嫌がいいんだな?」 いつもの文句がなく、珍しいと厳靖がからかえば。 「え? おっちゃんは留守番だよね。だって、イラナイもん!」 甘く見たというべきか、考えが甘かったというべきか。 単に嬉しさの方が先行していたらしく、『いい笑顔』で柚月は辛らつな答えを返す。 「ゆずにゃんは、大はしゃぎさねー」 ころころと笑いながらの言葉に、柚月の表情がまたぱっと輝いた。 「わーい、キッカだーっ!」 ゼロを解放すると、両手を広げて福幸 喜寿(ia0924)へ駆けて行く。 「元気というか‥‥あの分だと、道中ずっと元気だな」 「ま、若いってこったな!」 イラナイ発言も慣れたものか、感心するゼロに厳靖はカラカラと笑った。 「だけどゼロさんがお茶会って、なんか似合わないなー」 喜寿と一緒に長屋まできた鬼灯 恵那(ia6686)は後ろで手を組み、どこか値踏みをするように相手を見上げる。 「言うな。つーか、てめぇも似た様なモンだろう‥‥今回は、誰を斬るでもねぇし」 「そうでもないよ? 後できっと、驚くから」 意味ありげな笑みを恵那が返せば、ゼロは意外そうな顔をした。 「そうなのか? じゃあ、楽しみにしておくぜ。ともあれ、相手が相手だ。手ぶらで行く訳にも、いかねぇよなぁ」 うな垂れて髪を掻く様子に、くすりと小さく笑う気配が一つ。 「律儀なのだな、ゼロ殿」 「もう来たのか、慧。早ぇなぁ」 顔を上げたゼロへ慧(ia6088)は小さく会釈を返し、更に透歌(ib0847)がひょこと顔を覗かせた。 「ゼロさん、柚月さーん!」 「わーい、慧と透歌だーっ!」 手を振る幼い巫女の少女に、喜寿とはしゃいでいた柚月が大喜びで駆けて行く。 「それにしても‥‥長屋が集合場所という訳でも、ないでしょうに」 「皆さん、待ちきれなかったのですよ。珍しいお誘いですし」 また別方向からの会話に目をやれば、呆れ顔の胡蝶(ia1199)が腕を組み、隣でシエラ・ダグラス(ia4429)は笑顔を浮かべた。 どこかで顔を合わせ、長屋への道案内も兼ねたのだろう。顔馴染みの他に、レイシア・ティラミス(ib0127)とケロリーナ(ib2037)の姿もあった。 「こういう形で顔を合わせるのは、初めてね。よろしく、ゼロ」 「あたしケロリーナ〜♪ ゼロおじさま、みなさま、今回はよろしくですの〜♪」 気さくに手を差し出すレイシアに続き、大きなカエルのぬいぐるみを抱いたケロリーナがスカートを摘まんで膝を曲げ、丁寧にジルベリア風の挨拶をする。 「おじさま‥‥って、俺か?」 レイシアの握手に応じながら、ゼロはケロリーナの敬称に微妙で複雑な表情を返した。 ●悩み尽きず 「お土産なら、天儀で普通にある物がいいんじゃないでしょうか? 例えば、美味しいお菓子とか」 「うん、お菓子いいよね。天儀のお菓子買ってこーよ! きんつばとか、美味しいし!」 透歌の提案に柚月が思いっきり同意し、ふむとゼロは考え込む。 ギルドへ向かう道筋で、何人かは彼の『手土産選び』に付き合っていた。 「珍しいよなぁ、そういうので悩むのも。招待の礼なんざ、気にする事ねぇんじゃね?」 「うっせ。気になっちまったんだから、仕方ねぇだろ」 にやにや笑いの厳靖に、憮然とゼロが口を尖らせる。 「自分でも、ガラじゃあねぇと思ってんだ」 「ほぉ?」 顎に手をやると、なおさら面白そうに厳靖は相手を観察し。 「‥‥天儀酒。こっちじゃ当たり前でも、向こうじゃ異国の酒よ」 ぶっきらぼうに、胡蝶が助言を投げた。 「ギルドマスターの奥方は料理上手らしいから、『天儀では料理の味付けにも使う』なんて話を付ければ、話の種になるのでない?」 「その手もあるか。さすが、胡蝶だな」 「褒めても、何も出ないわよ」 礼に渋い顔をする胡蝶を、また厳靖はしげしげと見やる。 「もう一人、珍しいのがいたか」 「‥‥何よ」 聞こえた声に、胡蝶は鋭い視線を投げた。 「そうだな‥‥ジノヴィ殿には、幼い御子達が居ると聞く」 子供らへの手土産もどうだろうと、慧もまた悩む相手へ案を出した。 「あ〜、確か女子だって話だったな」 「では、人形やぬいぐるみがいいか‥‥ゼロ殿、これはどうだ?」 鮮やかなちりめんで作られた人形達を前に、肩を並べてアレコレ悩む同年代の男二人。 微笑ましいというか、怪しいというか、そんな後姿を面白そうにレイシアが眺める。 「やけど、じるべりあのお茶会って、どんなもんなんやろか?」 柚月とお菓子を選びながら、ふと不安げに喜寿が考え込んだ。 「お茶会の作法とか‥‥」 「それなら、そう堅苦しいものを心配する必要はないですよ」 僅かに苦笑しながらシエラが説明すれば、喜寿は小首を傾げる。 「そんなもんさね?」 「はい。天儀のような伝統や様式に則った茶道ではなく、皆で楽しむ為の会合の類だと思われますので‥‥天儀の花見並の大騒ぎは、さすがにアレですが」 やや視線を泳がせながら、大事なポイントをシエラは付け加えた。 「じゃあ、笛を吹いたり踊ったりは、ダメ?」 とてもとても心配そうな表情で、喜寿の隣から柚月が更なる質問を投げる。 「いえっ。余興として、演奏や踊りを披露するのは大丈夫かと。暴れたり騒いだりは、問題でしょうけども」 招待主の身分を考えれば、ソレくらいの許容はあるだろう‥‥と、シエラは予想というか、むしろ希望を口にした。 何せゼロを招待した相手は、ジルベリアの開拓者ギルドマスターだ。 下手な貴族や領主相手ではウカツな事も出来ないが、一筋縄ではいかない開拓者を扱う組織のトップである以上、天儀の開拓者がどんなものかも知っているだろう。 「よかったね、キッカ。ダイジョブだって! 後は、お茶会に着ていく服も見ておこうかなっ」 「着ていく服‥‥恵那ちゃんと一緒に選んだけど、ゼロさん用の服とかも買った方がいいんやろかー?」 慣れぬ場に悩みの尽きない喜寿へ、にわかに柚月が目を輝かせた。 「見たいかも! 折角だし、ゼロもじるべりあの服着てみなよっ」 「待て。あの窮屈そうなのを、俺に着ろって?」 悩みより楽しさが先に立つのか、はしゃぐ柚月に戸惑い気味なゼロが腕を引かれ、その様子に思わずシエラは小さく笑うが。 「気楽よ、ね」 どこか達観した胡蝶は、浮かぬ表情ではしゃぐ者達を見守っている。 「私も懐かしいというより、どこかゾッとする気分です」 友人らに聞こえぬ声で呟き、シエラもまた目を伏せた。 「もし開拓者の身分がなければ、首を撥ねられても文句の言えない立場ですし、ね」 郷愁の念はあれど、故あって天儀へ渡った身は素直に帰郷を喜べず。 「大手を振って、という訳にはいかないかもしれないけど。でも折角の誘い、楽しんだもの勝ちよ。それに、大手を振って歩ける身なんだから」 小隊仲間のレイシアに気遣われ、頷くシエラの表情にやや明るさが戻る。 「そうですね。でも、最低限のジルベリアの公的なマナーに添える程度の服装や身だしなみは‥‥整えておかないと」 そう思えば先の三人がどんな服を選ぶのか、急に心配になってきて。 「様子、見てきます」 「任せたわ、いってらっしゃい」 後を追うシエラに、笑ってレイシアは手を振った。 ●桜の庭へ ジェレゾの空気は、未だどこか冬の気配を残していた。 通りには木材と漆喰あるいは煉瓦を積んで作られた、階数の高い頑丈そうな家々が立ち並ぶ。 「ふーん、これがジルベリアの建物ねぇ」 通りを歩く厳靖が、物珍しそうに家々を眺めた。 「天儀の家は、よく燃えそうよね」 レイシアの感想に、別の意味で緊張気味だったシエラが僅かに笑む。 「神楽に立つ家々の多くは雪が多ければ潰れそうですし、強い風が吹けば飛びそうで。雨風の強い地域、雪の多い土地では、それなりに工夫がされていますが」 「こうやって見てると、お国の違いが出るね」 「うん、面白いさね」 恵那と並んで歩く喜寿もまた、しみじみと『異国』の光景を眺め。 そんな彼女らと透歌や慧の間を柚月が行ったり来たりして、はしゃいでいる。 「ユズ。あんま、はしゃぐんじゃねーぞ?」 くるくると落ち着かない様子に、ぽふっと厳靖が頭へ手を置き、にやりと笑えば。 「無理。だって、おっちゃんみたいに枯れてないカラ!」 「はっは! 残念だが、まだ俺も枯れてはいねぇ。たぶんな!」 笑顔のままで抉りにかかる柚月を、更に厳靖は笑い飛ばした。 いーっと歯を剥く柚月が厳靖を蹴っ飛ばさなかったのは、まだヤシンの館を訪問する前だという意識があったのか。 ちなみに柚月と喜寿、恵那は、ジルベリア風の衣装に身を包んでいる。 「御三方共、よく似合っているな‥‥」 こそりと楽しみにしていた華やかな姿に、目を細めて慧が呟いた。 そんな彼も、いつもより少し艶やかな着物をまとっている。 「柚月は、スカートでも違和感なさそうね」 同じく、じーっと見ていた胡蝶が一言。 「胡蝶‥‥」 「た、他意はないわよ? 似合いそうだって思っただけでっ」 何やらモノ言いたげなゼロへ、とっさに慌てた胡蝶だが。 「いや。確かに俺も、そんな気がした」 何気に同意したゼロは、いつもの格好だ。 柚月や喜寿の強い要望で試着はしたが、「動き辛くて邪魔くせぇ」と早々に着替え直していた。 賑やかに歩けば、道の先にヤシンの館が見えてくる。 「念押しになりますが‥‥お茶会は、おそらくある程度の無礼講が許されるかと思われます。あ、でも、音を立ててお茶を啜るのは、厳禁ですよ?」 振り返り、人差し指を振って言い含めるシエラに、天儀の少年少女は緊張気味に頷いた。 「遠いところを、ようこそ。今日は楽しんでいってね」 館を訪ねた一行を迎えたのは、明るい笑顔が印象的な若い女性だった。 見た感じの歳は、レイシアより少し上あたりか。 「ギルドマスターの娘さんは、幼い方だと聞いていましたの〜」 カエルのぬいぐるみをぎゅっと抱いたケロリーナが、戸惑い気味に小声で呟いた。 「いや、奥方だと思うぜ」 「え?」 やはり声を落としたゼロに、透歌が目を丸くする。 それから、きょとりと小首を傾げる女性へ再び目を向けた。 「‥‥奥さん!?」 「嫁さんが若くて別嬪だって噂は、小耳に挟んでたが‥‥」 動揺する透歌に、厳靖もまた袖から腕を出す事も忘れている。 そんな客の反応も慣れっこなのか、ヤシン夫人は笑みを崩さず。 特に腰の物をとがめる事もなく、一行をテラスへ案内した。 「あ、桜だ‥‥ゼロ、ホントの桜だよ!」 「おい、柚月っ?」 庭へ足を踏み入れた柚月は問答無用でゼロの袖を引っ張り、嬉しそうに駆け出す。 手入れの行き届いた、庭の一角。 彼らよりずっと先に天儀からきた一本の桜は、枝の隅々まで花をつけ、静かに佇んでいた。 時おり吹く緩い風に、ひらと花びらが舞い落ちる。 その一つが髪に引っ掛かっても、じっと柚月は桜を見上げた。 「桜、キレイ」 「ああ、綺麗だ」 「見事なものだな」 駆け寄る事はしなかったが、やはり慧も見慣れた花へ真っ直ぐに足を運び。 先の二人と並んで、異国で咲いた天儀の春に顔を綻ばせる。 庭では桜だけでなく、リンゴなどの果樹も花をつけていた。 そうして、春の花々に目を奪われる事しばし。 「よく来たな」 素っ気ない歓迎の言葉に振り返れば、ジノヴィ・ヤシンがテラスへ姿をみせていた。 「この度は、お招き頂いてありがとうございますっ!」 慌ててぺこりと喜寿がお辞儀をし、一拍遅れて柚月も急いで続く。 「えっと、招待してくださって、ありがとうございます」 「このたびは、お招きいただきありがとうございました」 無邪気な笑みで透歌は勢いよく頭を下げ、静々と恵那が一礼した。 「ヤシンさん、お招きいただきましてありがとうございます」 「恵那‥‥てめぇ、ホントに恵那か?」 「ゼロさん。つまらないコト言うと、本気で斬るよ」 やや驚いた風のゼロに、にっこりと恵那が警告する。 「今回はお招きいただき、感謝って所ね。まあ本来、招待を受けたのはゼロだけっぽいけど」 くすとレイシアが悪戯っぽく笑えば、微妙にヤシンは思案顔を返した。 「そういう訳でもなかったのだが‥‥」 察するに、「一人へ文を出せば、誘い合って来るだろう」的な認識だったらしい。 ともあれ招待への礼と挨拶が一通り終われば、ヤシンのローブの影からひょこりと小さな顔が覗いた。 「おとうさん、かいたくしゃのひと?」 見慣れぬ来訪者達に、好奇心の強そうな瞳が輝く。 「ああ。娘のカーチャと、マーシャ。そして、妻のヴェラだ」 目を細めながら四歳ほどの娘カーチャの頭を撫で、ヤシンは家族を紹介した。 「今日は、のんびり楽しんでね」 微笑むヴェラに抱かれた赤ん坊もまた、丸い目でじっと訪問者達を見ている。 「可愛い‥‥お子さん、何ヶ月ですか?」 「十ヶ月なの。ほら、マーシャ。お姉さん達に、こんにちは〜」 おずおずと尋ねるシエラへ母親が手を振る仕草を見せれば、幼いマーシャも真似て手を振り。 「かわゆ‥‥っ!」 思わず柚月の表情が、ふにゃりと緩んだ。 「そうだ。招待の礼に‥‥天儀の酒と、菓子だが」 思い出し、皆と選んだ手土産をゼロがヤシンへ渡す。 「わざわざ、すまないな」 「いや、こっちが勝手にしてる事だしよ?」 「ゼロおじさま、言葉遣いがなってませんの〜」 ぶっきらぼうに答えるゼロの腕を、こっそりぺしぺしとケロリーナが軽く叩いた。 「そう言われても、もう普通に喋っちまったし」 「本当に、仕方ありませんですの〜」 苦笑するゼロへケロリーナは呆れ、抱いたカエルのぬいぐるみと一緒に肩を落とす。 「お嬢さん達には、コレさね」 カーチャの前へ喜寿はしゃがみ、振れば鈴の鳴るもふら毛のもふら人形を手渡せば。 「ふかふか〜っ」 小さな人形を抱いて、少女は喜んだ。 聞くところによれば、天儀から運ばれたものはいるが、ジルベリア自体に『野生のもふらさま』はいないという。 「あのね。カーチャ、りゅうもすきなの」 「ならば、龍の方が良かったか」 「でも、このこもすきー」 やや申し訳なさげに慧が苦笑すれば、ふわふわした感触が気に入ったのか。 嬉しそうにカーチャは人形を抱き、マーシャも振るたび鳴る鈴音へ夢中になっている。 「じゃあ俺からは、お手玉だ。遊び方、知ってるか?」 ニッと笑った厳靖は、袂から綺麗な和布で作られたお手玉を複数個取り出し、二つを渡す。 「おて、だま?」 「これを、こうして‥‥」 器用に厳靖が投げて回せば、頭ごと視線を上下して、カーシャはお手玉の動きを追う。 そんな様子を、楽しそうに夫人が見守り。 「早速、お茶にするわね」 「手伝うわ。天儀の人間に手伝わせると、ひっくり返しかねな‥‥ません、から」 夫に腕の中の娘を預けて席を立つヴェラへ、つい出てしまういつもの口調に苦心しながら、胡蝶は手伝いを申し出た。 ●穏やかなお茶会 「良い香りね」 慣れた風にティーカップを手にしたレイシアが、芳醇な香りにほぅと一息つく。 「これは、何ていう茶葉を使ってるのかしら」 花咲く庭は、紅茶と菓子の香りが広がっていた。 「ええと、音立てちゃダメなんだよ、ね? ガンバル」 真剣顔で柚月はカップにふーふー息を吹いた末、どうやって口をつけるか悩んでいた。 カップの底を手の平にのせた透歌もまた、そこから回し方を考え込む。 下手にジルベリアの流儀を意識して苦戦する様子を、黙ってレイシアはニヤニヤ見物し。 「遠慮せず、普段の様に寛いでね」 ぎこちない所作の者達を夫人が気遣い、場は和やかな空気になった。 茶請けにはクッキーや焼き菓子、そして焼いたピロシキも並ぶ。 「これは、御焼きのような物だろうか?」 肉や野菜の入ったそれを想像して慧が一口かじれば、予想に反する味が口に広がった。 「甘い‥‥?」 「これ、美味しいヨ!」 ピロシキの中にはジャムや果物が詰められており、甘いもの好きの柚月もはしゃぐ。 「おかあさんのピロシキはとってもおいしくて、おとうさんもだいすきなの」 「はい、美味しいです」 「ゼロおじさまも、どうぞですの〜」 珍しい物好きのカーチャは変わった風体が気に入ったのか、齢の近い透歌やケロリーナと一緒にゼロを囲んでいた。 それを見守る父親の目が、何故か複雑に見えるのは気のせいか。 だが、じきにヤシンが席を立った。 「残念だが、私は仕事へ行かねばならない。後は妻に任せてあるので、気兼ねなく楽しんで欲しい」 「あー‥‥忙しいのに邪魔をした、すまねぇ」 バツが悪そうにゼロが髪を掻けば、ギルドマスターは首を振る。 「いや。せっかく、来てもらったのだからな」 「と、一つだけ。これ、何だか教えて貰えるか? 合戦の後に、もらったんだが」 カーチャとお手玉で遊んでいた厳靖が手を止め、取り出した騎士鉄勲章を、ヤシンはじっと見。 「それは、武功を立てた者への勲章だな。貴族に名を連ねはしないが、ジルベリアの相応の場では騎士卿の爵位に相当する扱いを約束する物だ」 「ふーん、そんな大層なもんなのか。ま、いざという時、便利そうだなぁ」 短い説明に、ピィンと厳靖は無造作に鉄の勲章を指で高く弾き、落ちてきたそれを掴むと懐へ戻した。 「にしても、嫁さんの手料理はうめぇなぁ。いやぁ、噂になるだけはある。店、出せるんじゃねぇか?」 「以前は、店を手伝っていたからな」 褒めれば意味ありげな言葉を残してヤシンは席を離れ、くすくすとヴェラが笑う。 「そ、そうでしたの。ジノヴィおじさまと奥さまの馴れ初め、ぜひ聞きたいですの〜」 興味深げなケロリーナが、おもむろに問えば。 「期待される程の話でもないけど‥‥私の実家が食堂で、あの人は常連さんだったの」 たったそれだけの事よと、娘を抱いた夫人は慈しむ笑顔でこっそり真相を明かした。 日が傾けば、胡蝶が黒い扇子を広げ、手を添えてぱたりと仰ぐ。 すると、そこから淡く光る蝶がひらひら羽ばたき、少女達が歓声を上げた。 「おかあさん、ちょうちょ、ひかってるよー」 頭の上を舞う蝶を捕まえようと、カーチャは両手を伸ばす。 が、脆い『夜光虫』の式は加減のない子供の手が触れると、ふわりと消えてしまった。 「不思議な術ね」 「天儀に伝わる陰陽の技よ。こっちの魔術とは、少し違うわね」 残念そうな少女の様子に、再び胡蝶は扇子「深淵」を開く。 そんな賑やかな中、恵那は手にしたカップが冷めるのも気にせず、無心に桜を仰いでいた。 感慨深げにシエラも桜に感銘する一方、咲く花に皮肉も覚える。 「天儀の自由も、この国で花開く事はあるのでしょうか。この桜のように‥‥」 ふと呟く友人に、レイシアは「どうかしらね」と呟いた。 「それでは招待のお礼に、福招きの福幸喜寿が一差し舞うさね。うちの舞はお祭りとかの舞やから、神楽舞とはちょっと違うんさね〜」 いつもの着物に着替えた喜寿が、扇子「明」を手に名乗りを上げる。 「じゃあ、笛は任せて! 慧も一緒に吹こうよ、ね!」 「いいのか‥‥?」 柚月に誘われて戸惑う慧に、二度ほど聞く機会があったゼロも頷き。 「慧の笛、俺は好きだぜ?」 「だよね!」 「そうか‥‥では」 意を決したように慧は横笛を取り出し、嬉しげに柚月も哀桜笛へ口を寄せた。 桜や、果樹の花々の下。 吹き手二人の笛に合わせ、ちりちりんと鈴を鳴らす喜寿が軽やかに舞い踊る。 誰もが時を忘れて、華やかな縁起舞を眺め。 そうして穏やかに緩やかに、午後のひと時は過ぎて行った。 「もう、かえっちゃうの?」 「はい。でも友好の証に、これをさしあげますの〜♪」 楽しい時が過ぎ、館を去る者達へカーチャが寂しそうな顔をすれば、小さなカエルのぬいぐるみをケロリーナが幼い姉妹へ手渡した。 「そういえば、皆さん明日の予定は?」 「せっかくですので、ジェレゾを回ってみようと思います」 尋ねる夫人へ答えた透歌は、恐る恐る付け加える。 「あの、カーチャさん達も一緒には、無理‥‥ですよね?」 「それなら‥‥」 名残惜しそうな娘を見て、ヴェラはにっこりと笑んだ。 ●春の夜気 「今日は‥‥疲れた」 額に汗をにじませながら、珍しくゼロがぼやいた。 「楽しくなかった?」 「いや、楽しかったぜ」 即答するゼロに、尋ねた柚月も笑顔を返す。 「この春は、ちゃんと落ち着いてお花見できなくって。だから一本だけだとしても、見れて、とっても嬉しかった。約束、したしね!」 共に桜を見る‥‥その約束の結果は、少し変わった形となった。 だが形より、約束そのものを覚えてくれていた事が、慧にとっても素直に嬉しい。 「ゼロ殿は、約束を違えぬ方なのだな‥‥」 いつもより穏やかな表情で彼は目を伏せ、一日中笑顔全開だった柚月もこくと頷いた。 「また皆でどこか行けると、いい‥‥ね」 「柚月殿っ?」 笑顔のまま身体がくらりと傾き、焦って慧が支える。 「‥‥あれ?」 「どうやら、のぼせたようだな」 「一日、ずっとはしゃいでいたからだぜ。部屋まで、背負ってやるか」 そしてサウナを出た三人は、汗を流い落とすと厳靖が待つ部屋へ戻った。 ジェレゾの宿は完全にジルベリア様式で、寝床も馴染み深いベッドだ。 「今日は、とても緊張しました」 ベッドに腰掛けたシエラは、枕を抱えてふっと呟く。 「久し振りのジェレゾだもの。相変わらずここは賑やかで、ついこないだまで南部で戦争してた国とは思えないわね」 「そういえば‥‥何も知りません、私」 落ち着いた感のあるレイシアとは反対に、困惑気味なシエラが金髪を揺らした。 「騎士としての役目以外で、首都を訪れた事などなかったもので。ジェレゾの事は、ほとんど」 「あら、そうなの?」 意外と言う風に友人を見やったレイシアは、片目を瞑ってみせる。 「それなら、ダグラス。明日は一緒に街を歩く?」 「いいんですか?」 願ってもない事だが、まだ緊張気味にシエラが確認した。 「もちろんよ。二人でジルベリアの思い出話をしながら歩くのも、悪くないわ」 「私は、あまり‥‥」 申し訳なさそうに言葉を濁すシエラの様子に、レイシアはぽんと肩へ手を置く。 「いいわよ、私が一方的に喋っちゃうから。ついでに買い物、付き合ってくれる?」 誘いにシエラは顔を上げ、「はい」と真っ直ぐな表情で答えた。 そこへ。 「ふぅ、書けましたの〜!」 書机に向かい、一人で熱心にペンを動かしていたケロリーナが大きく息を吐く。 「手紙か何か、ですか?」 ふとシエラが尋ねると、束ねた縦ロールのツインテールをケロリーナは左右に揺らした。 「今日のたのしかったことや面白かったかたのことを、日記につけていたの〜♪」 「それなら、書く事が沢山ありそうよね」 「でしたの〜」 レイシアの言葉にケロリーナは頷き、インクが乾くと日記を荷物へ戻す。 「明日もきっと、書くことがいっぱいですの〜♪」 「楽しみですね」 ベッドへ入った少女にシエラはそっと上掛けをかけ、レイシアと顔を見合わせて笑んだ。 「言っておくけど、騒いで夜中に放り出されるのは勘弁よ」 天儀の少女らが気になったのか、彼女らと同室を選んだ胡蝶はつぃと顎を上げた。 「特にベッドの上で跳ねたりとか、しないようにね」 「あ‥‥二人がお風呂の間に、もう恵那ちゃんとやってしまったんさね」 しまったという顔の喜寿に悪戯っぽく恵那が笑い、嘆息して胡蝶は額へ手をあてる。 「仕方ないわね」 「ごめんね。なんか旅行みたいで、楽しくて」 謝る恵那に「いいわよ」と胡蝶は答えてから、何かに気付いたように彼女へ目をやり。 「みたいって、旅行じゃないの」 「あ、言われてみれば」 一拍遅れた胡蝶の突っ込みに、やはり遅れて恵那も納得する。 そんな二人に、喜寿がくすくすと笑い。 「うにゃ‥‥眠い、ですぅ」 早寝早起きが習慣の透歌は、ベットで眠そうに目をこすった。 「じゃあ、寝なさい。明日があるんだから」 「そうします。明日、楽しみ〜」 胡蝶の助言に、ほにゃりと透歌は微笑む。 「夜に出歩くのは、控えた方がいいんやろか‥‥夜桜とか、きっと綺麗やと思うんやけど」 ふと窓の外を見やった喜寿に、胡蝶は複雑な表情を浮かべた。 「下手をすると、不審者に間違われるわよ。仮にもギルドマスターの家なら、尚更ね」 「う〜ん。ヤシンさんに迷惑をかけるのは申し訳ないし‥‥」 確かに『反乱』が収まって間もないこの時期、夜桜が見たいからと重要人物の館周辺をウロつけば、下手な誤解をされても仕方ない気もする。 「残念だね」 恵那が慰めれば、窓辺の喜寿は落ち込んだ風もなく笑顔を返した。 「でも久し振りに恵那ちゃんと一緒にゆっくりできたけん、楽しかったさねっ!。恵那ちゃんの可愛いワンピース姿も、見れたしねっ」 ベッドへもぐった恵那が思い出し、くすと照れたように笑う。 「喜寿さんも、似合ってたよ」 「ありがと、恵那ちゃん。でも‥‥ついこの前まで、戦争があったとは思えないほど、平和なんさね〜‥‥」 明かりの灯る窓が減った街並みを、喜寿は眺め。 やがて慧が吹いているのか、子守唄の如く静かで控え目な横笛が聞こえてきた。 ●ジェレゾ見物 「じゃあ、私達は買い物に行くわね」 「待合せは、ギルドでいいでしょうか?」 告げるレイシアに続いて確認を取るシエラに、「ああ」とゼロは頷いた。 「では、後ほどまた」 「ね、ダグラス。折角だし、食べ歩きとかしていくのも面白いわよね。ほら、あのお店とか面白そうじゃない?」 早速、レイシアとシエラはアレコレと散策を始める。 「私も、少し調べ物をしてくるわ」 「ん、手伝うか?」 「いいわよ、個人的な事だから。そちらも注意する事ね」 意味深に笑う胡蝶も一人、街へ繰り出した。 柚月と厳靖、喜寿と恵那の四人もまた、揃って買い物へ向かう。 その間もソワソワと透歌は背伸びをして、人の流れに誰かを探し。 「あ、カーチャさん。こっちですー!」 やがて母子の姿を見つけると、大きく手を振った。 「今日はよろしくね」 「はい、今日はゼロおじさまが護衛ですの〜」 「お願いしますね、ゼロさん」 「ああ、心得たぜ」 嬉しげな少女らにゼロは笑い、そんな会話を慧は見守る。 この後はカーチャと遊びに行きたがった透歌とケロリーナの為に、保護者同伴かつ護衛付きで街を回る予定だ。 「まず、お洋服の買い物ですの。ショッピングのあとは、とぉっておきのすぃ〜つを食べにいくですのっ♪」 「美味しい甘味、食べて回ってみたいです」 予定を立てるケロリーナに透歌は目を輝かせ、マーシャを抱いたヴェラが微笑む。 「それなら、お勧めのお店に案内するわね」 そうして少女達と母親が歩く後ろを、慧はゼロとついて行った。 「ゼロさん、どうです?」 「おぅ、可愛いぜ」 試着したジルベリアの服を披露する透歌に、けらけらと笑ってゼロが答える。 何だかんだ言いながら、少女らの相手をする様子を慧は見守っていた。 「ゼロ殿、約束を違えぬ貴殿は‥‥俺の‥‥」 「ん?」 ふと慧は呟いてから、振り返ったゼロへ首を横に振る。 「いや、何でもない‥‥」 確信に変わるにはもう少し、もう少しだけ時間が要るやもしれぬ――と、今は言葉を胸に仕舞った。 アレコレと店に立ち寄りながら、ぶらりと通りを行けば。 「あらゼロ、ちょうど良かったわ。ゼロにプレゼントを買ったんだけど」 明るく声をかけてきたレイシアとは逆に、傍らのシエラはやや疲れた表情だった。 「見栄を張って、ゼロさんに街を案内とか言わなくて良かった‥‥」 「何が?」 「い、いいいいえ、何でもっ!」 ひょこと顔を出して聞く柚月に、急いでシエラは体裁をつくろい。 絶対に、言えなかった。ジェレゾに慣れ切らぬ二人で‥‥。 「うっかり、道に迷ったのね」 更に合流した胡蝶が、いきなりざっくり核心を突く。 「き、聞こえて!」 「思いっきり、呟いてたわよ」 うろたえる相手に胡蝶がにんまり答えれば、シエラは凹む。 「そっちは、いい買い物出来たか?」 「うん。三人、お揃いで‥‥」 尋ねる厳靖へ恵那が品を見せようとすれば、例によって柚月が頬を膨らませた。 「一人ですぐどっか行っちゃうおっちゃんには、教えなくてもいいよ!」 「そういえば、ゆずにゃんのお菓子は誰にお土産さね?」 「ナイショ!」 喜寿に聞かれて、柚月は悪戯っぽく笑う。 「せっかくだから、開けてみてよ。プレゼント」 合流した仲間で賑わう中、レイシアはゼロを促した。 「いいぜ。けど何が‥‥ぬあぁッ!?」 とりあえずと、蓋を開けた途端、勢いよく人形が飛び出し。 ビックリ箱を放り投げそうな勢いで驚いたゼロに、思わずレイシアは笑い出す。 「ナンだこりゃあ、玩具じゃねぇか!」 「ゼロって、こういうのに引っ掛かるのね‥‥っ」 腹を押さえて笑うレイシアに、ゼロはむっすりと口を曲げ。 「‥‥こいつで、穂邑ぁ驚かしてやる」 揺れる人形を、つついた。 「そっ、そうですわ。ゼロおじさまや皆様には、あたしからこれを」 思い出したケロリーナが、一人一人にカエルの指人形を渡していく。 「これで、おともだちですの〜」 自身も指人形を付けて少女は微笑み、お揃いのカエルに仲間達は目を細めた。 |