【都案内】鬼群、襲撃す
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/05/01 20:16



■オープニング本文

●鬼の群れ、現る
 風が吹けば、ざわりと青い麦が揺れた。
 あと一月もすれば麦畑は一面の金色に変わり、収穫の頃合いになる。
 畑の様子を見に来た男は一回りして異常がない事を確認すると、満足げに頷いた。
 見回りを終え、さて家に帰ろうかと歩き始めれば、お供とばかりについてきた飼い犬が見当たらない。
 はて、蝶々でも追いかけているのかと首を傾げれば、にわかに吠える犬の声が聞こえてきた。
「おい、どうした?」
 畑のあぜ道の向こう側にある森へ向かって、盛んに飼い犬が吠えている。
 何事かと思い、男が傍まで行って、吠える先へじっと目を凝らせば。

 目が、あった。

 森の奥で、沢山の沢山の目玉がぎらぎらと光って、こちらを窺っていた。
「わ、わわ、うわあぁぁぁぁ‥‥っ!」
 驚いて叫んだ男は、慌てて転がる様にその場から逃げ出す。
 主人を守るようにその場で吠えていた犬も、逃げた後を追いかけていった。
 やがて森から、沢山の目玉の正体が現れる。
 青々とした麦を乱暴に踏み折り、踏み潰し。
 ぞろぞろと現れたのは、鬼の群れ。
 それも、十や二十の数ではない。
 五十匹を軽く越え、百匹に届こうかという数が、次々と森の奥からやってくる。
 群れは子供ほどの身長を持つ小鬼が多いが、中には大柄な鬼もちらほらと混ざっていた。
 その中でもひときわ目立つのが、三本の角を持つ巨躯の鬼。
 手にした薙刀を掲げ、長々と三ツ角が一声吠えれば、周りの鬼達もギャアギャアと大声を上げて吠え猛り。
 恐ろしげな鬼達の声は、穏やかな春の陽気を震わせた。

●宿場町防戦
 紺浪(こうなみ)という、町がある。
 開拓者達の拠点たる神楽の都から、武天国と朱藩国の国境線に沿って北西へ伸びる街道を二日ほど歩いた場所に位置し、小さいながらも宿場町として栄えている町だ。
 ここ最近は神楽で武天の巨勢王が主催する武闘大会が開かれる事もあって、見物へ向かう旅人が増えている。
 街道を行く旅人が増えれば、道中にある宿もまた泊り客で賑わう。
 春を迎えた紺浪もまた、活気に満ちていたのだが。
 不穏な知らせが、飛び込んできた。
「 近くの村に鬼の大群が現れた。
  群れは畑を踏み荒らしながら、宿場町『紺浪』へ向かっている 」
 知らせを聞いた町人達は、紺浪の中心にある本陣宿へと集まった。
 町でも一番大きな宿の主人は、紺浪での物事を束ねる町長も兼ねている。
「ああ、爺さんに聞いた昔話と同じだ‥‥」
 恐ろしい知らせに、集まった町人の一人がうめいた。
 それを聞いた別の男が、鼻にシワを寄せる。
「金色の狼が町を守ったって、アレか」
 それは紺浪で生まれ育った者ならば、一度は耳にする『昔話』だ。

 ‥‥昔々の、その昔。
 今回現れた鬼の群れのように、アヤカシの群れが紺浪を襲った事があった。
 その時、どこからともなく金色狼が現れて、アヤカシ達を蹴散らし追い散らし、町を守り。
 そうしてアヤカシの全てが消えうせると、金色狼もどこかへ走り去ってしまったという。
 おそらくそれは森のヌシたるケモノか何かだったのだろうと、物知りは言うが。

「昔話は昔話、都合よくそんなモノがまた現れてくれるとは限らないのだ。今は人の手で、町を守らなければならない」
 不安げな町人達の話を聞いていた町長が、重い息を吐く。
 そこへ、町外れで見張りをしていた男が転がり込んできた。
「来た、来たぞっ!」
「ああもう、落ち着いて話しな。何が来たのさ、鬼ドモかい!?」
 気風のいい女がまくし立てれば、息を整える男は思いっきり頭を横に振ってから、顔を上げる。
「違う、アヤカシじゃあない。神楽から、開拓者達が来てくれた!」
「間に合ったか!」
 吉報に壮年の町長は膝を打ち、沈んだ様子で集まった者達も互いに顔を見合わせた。

   ○

「ここが、鬼の群れに襲われそうだっていう町か」
 宿場町を見回したゼロが、ひょいと馬の背から降りる。
「鬼の群れ‥‥100匹近い数がいると、聞きましたが」
 馬屋の世話役へ馬を預けながら、弓削乙矢(ゆげ・おとや)は不安げに呟いた。
 開拓者ギルドで依頼を受け、集った者の数は、鬼の数と比べれば圧倒的に少ない。
「ただ数を揃えりゃあいいってモンでも、ねぇからな」
「かといって、一人で勝てるものでもない。いくらお前が強くてもな」
 ぽしぽしと髪を掻くゼロに、崎倉 禅(さきくら・ぜん)が釘を刺し。
 自分よりずっと年上のサムライの友人へ、ニッと歯をみせてゼロは笑った。
「んーなこたぁ、てめぇに言われなくても分かってるぜ」
 そうして、ゼロは彼と同じように依頼を見て集った者達へ目を向ける。
 いずれも鬼と戦うべき心構えで足を運んだ、頼もしい面々だ。
「開拓者の皆さま、来て下さって、ありがとうございます。なにとぞ、町を‥‥町の者達を、アヤカシよりお守り下さい」
 開拓者達を出迎えに現れた町長や町の者達は、願いを託して深々と頭を下げた。


■参加者一覧
/ 柚月(ia0063) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 井伊 貴政(ia0213) / 篠田 紅雪(ia0704) / 有栖川 那由多(ia0923) / 柳生 右京(ia0970) / 及川至楽(ia0998) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 桐(ia1102) / 輝夜(ia1150) / 胡蝶(ia1199) / 嵩山 薫(ia1747) / 劉 厳靖(ia2423) / 斉藤晃(ia3071) / 真珠朗(ia3553) / 神鷹 弦一郎(ia5349) / 慧(ia6088) / からす(ia6525) / 趙 彩虹(ia8292) / 九十九 刹那(ia9156) / セシル・ディフィール(ia9368) / 透歌(ib0847) / 紫焔 鹿之助(ib0888) / 不知火 虎鉄(ib0935) / 光琳寺 虎武太(ib1130


■リプレイ本文

●紺浪、慌ただしく
 小さな宿場町は、物々しい空気に包まれていた。
 集った開拓者達が一堂に会せば、紺浪の町で一番大きな本陣宿すら手狭に感じられる。
「それで、三つの班を組むんやな?」
 どっかりと胡坐をかいた斉藤晃(ia3071)が、赤ヒゲを撫でながらゼロへ目をやった。
「ああ。ここで待ち構えてぶつかれば、町にも被害が及ぶ。だから残って町を守る班と鬼の首領を討つ班、そして両者の間で動く遊撃の班、この三手に分かれるつもりだぜ。後の仔細な策は、それぞれの班で立てた方が早いだろう。それで、構わねぇか?」
「ええ、了解したわ」
 指を折って数えたサムライに嵩山 薫(ia1747)が長く赤い髪を揺らし、集った者達も首を縦に振って答える。
 開拓者は己が主義主張や利益など、個々の考えによって行動する集団だ。
 故に大まかな役割を決めたなら、後は役割ごとに動いた方が利点が多い。
「じゃあ、よろしく頼むぜ」
 告げてゼロが車座から抜け、紫焔 鹿之助(ib0888)は何度も肩をぐるぐる回す。
「鬼百匹の群れか‥‥くぁ〜っ、ナンかゾクゾクしてきやがったぜい!」
「ふふっ。カッコイイとこ、見せてよね?」
 小首を傾げた柚月(ia0063)が、悪戯っぽい笑みで聞けば。
「当ったり前ぇだ。目ン玉かっぽじって、よーく見てやがれ!」
 袖をまくった鹿之助は、威勢のいい啖呵を切ってみせた。
「逆によそ見してヘマするなよ、ユズ」
「おっちゃんこそ。馬から落っこちても、知らないし!」
 聞き慣れた冷やかしに、柚月は口を尖らせて顔を上げる。
「はっはっは。んま、無理はすんじゃねぇぞ?」
 笑いながら、ぽむっと劉 厳靖(ia2423)が二人の少年の頭を軽く叩いた。
「わわっ!」
「にゃっ。縮んだら、おっちゃんのせいだカラ!」
 うがうがと抗議する柚月へ、背中越しの笑い声で厳靖が答える。
「‥‥相変わらず、みたいね」
 脇を通り過ぎる飄々とした男へ、柱にもたれた胡蝶(ia1199)が視線を合わさず、ぽつと呟いた。
「いつものこった」
 気にせず厳靖が笑い飛ばせば、胡蝶は小さく息を吐く。
「いいの? こっちで」
「ん、ま、やっぱ気になる事もあるからな」
「お人よしね」
「お互い様だ」
 喉の奥で厳靖がくつりと笑い、どこか不機嫌そうな表情で胡蝶は弓削乙矢を見やった。
「弓削、この前は悪かったなぁ‥‥今回は、ちと側で動かさせて貰うわ」
「劉殿!? いえ、気にされずとも‥‥先の依頼は無事に片付いた事ですし、あれは私が至らなかっただけですのでっ」
 声をかけられた乙矢は慌てて首を横に振るが、「気にするな」と厳靖は一笑に付す。
「前面にでるのも、かったるい。それに今回は、柚月のお守りをせずにすみそうだからな!」
 二人の会話に胡蝶は口を挟む事もなく、話も耳に届かぬ顔をする。
 だがそれが、各々の気持ちのつけ方だった。

 三手に分かれての準備が進む中、町に残る昔話を耳にした輝夜(ia1150)は大鎧「金箔」をまとい、場に臨んでいた。
 金箔の鎧は異彩を放っているが、アヤカシへの恐れと昔話の事を思えば、陽光返す金の色で人々の不安を少しでも軽く出来るだろう。
「伝説にある、金色の狼‥‥ならば我もそれにあやかり、金色の輝きとなりて敵を討たん」
 長槍「羅漢」を手にとり、静かに輝夜は言葉を紡いだ。
 さながら、何かの誓いを立てるように。

「そっち、いいですか? いきますよ、せーの!」
「よいしょ!」
 掛け声を揃えた井伊 貴政(ia0213)と不知火 虎鉄(ib0935)が、力を合わせて木の柵を持ち上げる。
 横歩きで柵をもふらさまを繋いだ台車へ乗せると、二人は背筋を伸ばして手を叩いた。
「力仕事をお願いして、すみません。お陰で助かります」
「いや。お互い様でござる、貴政殿」
 町の者が綱を取り、ゆったりゴトゴト荷車を引っ張るもふらさまを見送ってから、彼らは次の柵へと向かう。
 荷車が向かった先では、九十九 刹那(ia9156)と崎倉 禅が柵を補強していた。
 見繕った適度な大きさの竹や板を刹那が渡し、要領よく崎倉はそれを釘で固定する。
「これで、少しは鬼の勢いを止める手立てになるでしょうか」
「そうだな。ドレくらい有効かは分からんが、何もしないよりはいい」
 槌の音の合間に、そんな会話をしていると。
「皆さーん! 炊き出しのおにぎりをたくさん作っておいたので、お腹が減ったら言って下さいねー!」
 口に両手を当てた透歌(ib0847)が、小さい身体から大声で呼びかけた。
「おーう、助かる。すまんなぁ!」
 片手を挙げて応じる崎倉に続き、深々と刹那が頭を下げる。
 柵を積んだもふらさまの荷車の後を歩いてきた貴政と虎鉄は、紺浪の町を発つ騎馬に気付いた
「あれは‥‥遊撃の人達、でしょうか?」
「それか、偵察の面々が鬼を探りに行くのかもしれないでござるな」
 貴政は額へ手をかざし、遠ざかる一団をじっと見つめた虎鉄が答える。
 街道の脇に避けた透歌も、手を振って仲間を見送っていた。

「さて、鬼はどこまで来ているのやら」
 町の端にある宿の二階から、古酒の徳利を片手に水鏡 絵梨乃(ia0191)が去っていく騎馬の影を眺めていた。
 アヤカシを恐れる紺浪や付近の村の者達は、当然の如く誰も鬼の群れに近寄らない。
 その為、鬼群の位置や布陣の詳細などが分からず、斥候として数名が先に町を発った。
「出来るだけ、町から離れていればいいのですが」
 返事がしてからふすまが開き、もこもこと白地に黒の線が入った着ぐるみ姿の趙 彩虹(ia8292)が顔を出す。
「‥‥暑くないか、それ?」
「まだ大丈夫ですよ。今年の春は、花冷えも多いですし」
「ああ、確かに。早く、厚い衣が手放せるといいのにな」
『まるごととらさん』を着て手足を伸ばす彩虹を見ながら、残念そうに絵梨乃が芋羊羹を口へ運んだ。

●鬼の群れ
 風が吹けば、まだ青い麦穂がざわりと一斉に揺れる。
 波打つ緑の中を駆け抜けた馬達は、手綱を引かれて足を止めた。
 ここ数日は雨もなく、緑の地平に白い砂埃が立ち上っている。
「‥‥あれか」
 高く束ねた赤髪を揺らし、馬上で篠田 紅雪(ia0704)は金の瞳を鋭く細めた。
「俺達は、ここで待つか?」
 共に駆けて来た者達へゼロは振り返って聞き、緊張した空気をまとう慧(ia6088)が頷く。
「この先は、俺一人で行こう。それにしても‥‥また会うとはな、ゼロ殿」
 淡々としながらも、改めて慧は再会の言葉を口にした。
「そうだなぁ。頼りにしてるぜ、慧」
「お互い、全力を尽くすとしよう」
 ニッと笑う顔見知りに応じ、身軽に馬から降りたシノビは風の如く駆け去る。
 その背が見えなくなると、なだめるように有栖川 那由多(ia0923)は馬の首を叩いた。
「あの砂埃、どうやら百って数も本気っぽいなぁ」
「少なくとも、腰を抜かして読み間違えた数ではあるまい」
 先に地を踏んだ紅雪は、油断なく周囲に気を払う。
「でも、ついて来てよかったのか? 伝令紛いの事とか、させちまうかもしれねぇが」
 尋ねるゼロへ、ただ紅雪は目を伏せた。
「構わぬよ。じっと待つより、身体を動かしていたかった‥‥それだけの事」
「そうか」
 それ以上を彼女は語らず、ゼロも聞かず。
 事情の判らぬ那由多もまた、詮索するのは無粋かと。
 晴れた空に流れる雲を見上げながら、赴いた者全員に配られた赤褐色の小さな呼子笛を手の内で転がした。

 鬼の集団は整然とした列を作らず、足並みも揃わず、群れて進む。
 時には畑を踏み荒らし、不幸にも逃げ損ねた鳥や獣を喰らっていた。
(あれは亡鎧か‥‥首領らしき鬼は、どこだ?)
 耳に意識を集中し、慧は超越聴覚で鬼達の動きを探ろうとするが。
 無数の歩みと、唸り声やわめき声。ガチャガチャ鳴る鎧。得物をぶつけ、引きずる音。そんな様々な音が、渾然一体となっていた。
 ‥‥数が、多すぎる。
 身を伏せたまま周囲を見回せば、少し離れた位置に立つ木々が目に入った。
 鬼が現れなければ、日よけとして畑作業の手を休める場だったろう。
 感づかれぬようそっと移動し、樹上より慧は鬼群を窺う。
 長身の鬼と亡鎧を目で辿りながら、目指す鬼を探せば。
 ‥‥いた。
 何処から奪ったのか、屋根のない手輿(たごし)を数匹の鬼に担がせ、その上で三本角の大柄な鬼が胡坐をかいている。
 距離は遠いながらも三ツ角の姿を確認すると、速やかに慧はその場を離れ。
 仲間の元へ、急ぎ戻った。

 慧が待つ者の元へ戻れば、ちょうど遅れて紺浪を出た者達も着いていた。
「三ツ角は、群れのやや後方‥‥それでも、正面から突破ですかね? それとも後ろから回り込むとか、横から突っ込むとか」
 もたらされた情報に真珠朗(ia3553)が思案し、その言葉を聞いた光琳寺 虎武太(ib1130)は目を輝かせる。
「やっぱり遊撃班に撹乱してもらって、俺達はまとまって三ツ角に突撃か?」
「今から変更も、難儀や。最初の通り、正面からがええやろうな」
 意気込む虎武太へ晃が答え、真珠朗は桐(ia1102)や遊撃に出る者達を見やった。
「そちらへの影響や町にどれだけの鬼が流れるか、少し気になりますけど」
「うささんは気にせず、首領戦がんばってくるうさ! これでへまこいたら、お仕置きだから」
 つぃと桐は立てた指を真珠朗へ向け、にっこりと笑んで言い含める。
「百ならば、まだ立ち回りでどうにかなる数。邪魔をする鬼や町へ向かう鬼の相手は、こちらや防戦する者達の役どころ。そちらは首尾よく三ツ角を討ち取る事に、専心されよ」
 馬のくつわを取るからす(ia6525)もまた、達観した口振りながら幼い表情に笑みを浮かべた。
「そこまでは、あたしも心配していませんよ。桐の鬼ぃさんとか斎藤の旦那はまぁ、殺しても死なないタイプですから、良いとして」
 桐の『お仕置き』が気になるのか、視線を泳がせながら真珠朗はそれとなく返し。
「ぎょうさん鬼を倒したら、後で酒をおごったる。ただ酒のために、がんばったれや」
 喉をそらして呵々と笑う晃が、真珠朗の背中をどやして『激励』する。
「輝夜と薫も、仕事帰りに一杯どや?」
 更に輝夜や薫へも声をかける巨漢のサムライに、思いっきり背伸びをした桐は彼の耳を掴んで引っ張った。
「はいはい、そういうのは終わってからにして下さい」
「‥‥仲のいい事だな」
 淡々とした桐と、引っ張られる側に身体を傾げて痛そうにする晃のやり取りに、ごく僅かだが神鷹 弦一郎(ia5349)が表情を和らげ。
「さすが、遊撃班。何か遊ぶって字が入ってると、否応なく惹かれるよね!」
 先の虎武太に負けず劣らずの勢いで、及川至楽(ia0998)はくわっと面白そうな話に食い付く。
「そういうもの、なのかなぁ?」
 不思議顔で天河 ふしぎ(ia1037)は小首を傾げ、我関せずと柳生 右京(ia0970)は砂埃の立つ方向へ目をやった。
「雑魚の割に数ばかり多い。だが、退屈凌ぎぐらいにはなるか」
 独り言ち、ふと視線を感じて目をやれば、ゼロが奇妙な顔をしている。
「‥‥どうした」
「いや。てめぇと顔を合わせて喧嘩しねぇのも、ナンか変な感じだと思っただけだ」
 バツが悪そうに髪を掻く相手に、初めて肩を並べて戦う右京も薄く笑い。
「その気になれば、いつでも受けて立つが」
「どっちの台詞だよ。ま、鬼の相手も面倒そうだからな」
 今回は預けたと、腕組みしたゼロは頬を膨らませた。

 やがて、頼まれて紺浪へ鬼の情報を伝えに行った紅雪が戻ると、待ち構える者達は各々の役割に分かれる。
 そうして二十七人の開拓者達は、百を数える鬼の群れと対峙した。

●火蓋、切る
 緊迫した空気に、鬨(とき)の声があがった。
 前方に立ち塞がる者達を見つけた小鬼が、ギャアギャアと一斉に騒ぐ。
 手に手に刃物や棍棒を掲げ、十人に足らぬ数を飲み込もうと一気に押し寄せた‥‥その時。
 鬼群の両側から、『咆哮』が轟いた。
 巨漢の晃と、小柄な輝夜。
 見た目には対照的な二人だが、雄々しい声に違いはなく。
 向かう鬼達の注意が、分かれる。
「やれやれ‥‥また随分と、大勢で来たものだな」
 戦の気に興奮して首を振る馬の背で、弦一郎は五人張を掲げた。
「これほど多くを相手するのは、久方ぶり‥‥さて、さて。俺の弓が少しでも助けになると良いのだが」
「行くよ、流星号‥‥臆さずとも、大丈夫。君ならできる」
 ひとまず付けた馬の名を呼んだからすも同様に、弓「朏」を手にして小鬼どもを見据え。
「参る」
 それを合図とし、馬上から『乱射』で放たれた矢の雨が、鬼の群れへ降り注いだ。

 遊撃班の策で、一丸となって進んでいた鬼の群れは、右と左に注意がそれ。
 結果として、群れの中央が薄くなる。
 ぞろりと抜かれた宝珠刀、その朱色の切っ先が天を示した。
「さぁて、こっちも始めるか!」
「うんっ」
「暴れるぜーッ!」
 ふしぎや虎武太達、踏んだ場数を問わず、血気盛んな者達は肩を並べて声を張る。
 刀を構えたゼロが大きく地を踏み、下段から赤い一閃を振り上げれば。
 剣圧に地面が弾け、迫る子鬼が吹っ飛ぶ。
 そして地を裂く衝撃を追うように、首領の鬼を狙う者達が正面から突貫した。

 ピーーー‥‥ィッ! と、澄んだ音が天高く響き渡る。
 斬り込むと同時に、那由多は呼子笛を高々と吹いていた。
 笛の音は『最前線』の後方、紺浪に近い位置で待機する防戦の班の耳へも至る。
「始まった、みたいだね」
 すっかり酔いの回った赤い顔をほころばせ、古酒の徳利片手に絵梨乃がひとつ、ひゃっくりをした。
 風に乱れる黒髪を押さえながら、刹那は戦いの方向を見やる。
「ここで食い止めなければ、町の人に被害が‥‥それだけは、何としても阻止しないと‥‥」
 呟いた志士は鞘に収めた刀をしっかと胸に抱き、それから帯へ差す。
「紺浪を荒らされる訳にも、いきませんからね。最終防衛線として守りきりましょうか‥‥崎倉様、ささやかながら助力致します!」
 笑顔で小柄な泰拳士が振り返れば、崎倉はにんまりとし。
「ああ。頼りにするよ、彩虹」
「はい、遠慮なく頼りにして下さい!」
 長い髪を揺らし、彩虹も笑顔を返す。
「禅さんとか、怖いって感じじゃないけど‥‥強いのかな?」
 二人のやり取りに透歌が小首を傾げ、崎倉は肩を竦めた。
「強さで言えば、ゼロや奴とやり合える連中のが強いぞ。俺は自分と、もう一人くらいが野垂れぬ様にするだけで精一杯だな」
「う〜ん?」
 その言葉の意味を、幼い少女は一生懸命に考えるが。
「来たでござるよ!」
 目と耳で警戒していた虎鉄の知らせに、思考は遮られる。
 そして突き進む鬼が現れれば、紺浪の守りの最後の一線となる者達に緊張が走った。

●攻防、激突す
「どっせぇぇーーーいっ!」
 野太い気合と共に、一歩を踏み込んだ晃が身の丈ほどの大斧「塵風」を振り回した。
 巻き起こるのは、正に塵風。
 その土埃混じりの風に巻かれた小鬼が、文字通り粉砕される。
「おらおら、鬼ぃちゃんのお通りやで!」
 突っ込んできた鬼のうち幾らかは、切り裂く風を迂回するように飛び跳ね。
 そこへ、赤い影が躍った。
「ハァ‥‥ッ!」
 気合と共に掌打を繰り出し、後ろの敵には裏拳を叩き込み、身を翻して蹴りを放ち。
 瞬く間に三撃を繰り出した薫は、細く息を吐く。
「相変わらず、やるのぅ」
「泰拳士の職業柄、こういった役回りが最も丁度良いのよ」
 大斧をブン回しながら声をかける晃へ、背中で薫は応じ。
 間髪おかず、次の標的へと迫る。
「はいはい押さないでー、あぶないよー」
 一方では、笑いながら至楽がへろへろと白鞘を振るっていた。
 抜き払う隙へ大柄な鬼が得物を振り回せば、素早く軸をずらして体を横へさばき。
 ひしめく鬼の数を、一つ二つと確実に減らしていく。
 それでも数の力に、危ういところはあるが。
 ぞむっ! と。
 時おり斧刃が音を立て、背後から襲いかかる影を斬り飛ばした。
「おっと、ありがと斉藤さん。後ろに目がなくて、申し訳ない〜!」
「おぅ。てめぇらは前だけ見て、たたかっとれや」
 変わらず呵々と笑いながら、晃は軽々と塵風を振り回す。
 ‥‥それが、『おっさんの仕事』だと言わんばかりに。
 その間にも、馬上から桐は程よい頃合いを見。
 しゃらしゃらと手鎖「契」の鎖を鳴らし、晃へ神楽舞「武」を舞った。

 振るう刀から飛ぶ衝撃刃が、小鬼を巻き込んで吹き飛ばす。
 咆哮の効果か、目立つ金の鎧に引き付けられたか。
 前方にいた亡鎧の一体が、輝夜へと突き進んでいた。
「うっとうしい‥‥っ」
 仲間の顔ぶれと数ならば苦戦する相手ではないが、正直なところ衝撃刃は面倒だ。
 だが一気に間合いを詰めようとすれば、まとわりつく小鬼が邪魔だった。
 いっそ回転切りでまとめてと、長槍「羅漢」を構え直せば。
 亡鎧と輝夜の間へ、次々と矢が放たれた。
 刀を掲げた亡鎧が、邪魔をする弓術師達へ吠え。
「ハッ!」
 放つ衝撃刃より先に、弦一郎は馬の腹を蹴って距離を取り、とっさに厳靖が乙矢の馬の尻を叩く。
「劉殿!」
 紅色の大鎧へ叩きつけられる衝撃刃に、手綱を繰って乙矢が馬首をめぐらせた。
「何ともねぇ! お前さんは、周りを気にせず射に集中してな」
 馬の足元へ群がる小鬼を斬り払い、蹴散らしながら、厳靖が声を張り。
 同時に、羽根を刃とする蝶の式を胡蝶が打ち放つ。
 狙い違わず、『斬撃符』が邪魔な小鬼を切り裂き。
 羅漢を構える輝夜が、一気に突き込んだ。
「ここで、ひと息に‥‥叩くッ!」
「加勢する!」
 巧みに弦一郎は先即封の早業で亡鎧の動きを封じ、乙矢も矢を番えるが。
「負傷の後なのだから、程ほどで良いわよ」
 無理をせぬようにと、胡蝶が釘を刺す。
「かといって‥‥子供の様に遠巻きで眺めていれば、笑われてしまいますから」
 苦笑して返事をする乙矢に、「それもそうだけど」と陰陽師は口を尖らせ。
「でも役目を果たせなかった分は‥‥ここで、清算するわ」
 本人の気負いとならぬよう、ごく小さく胡蝶は呟いた。
 やり取りの間にも、一合二合と打ち合う刃が火花を散らし。
 そこへ疾駆する泰拳士が、亡鎧の背後から『極神点穴』を突く。
 一見、軽く鬼へ触れただけに見える技だが。
「グァウバァァッ!」
 奇怪な悲鳴をあげて動きを止めた亡鎧は、止めの羅漢に貫かれ、弾けて塵と化す。
「アヤカシ相手であろうと、『点穴』は突けるものよ‥‥間に合ったわね胡蝶さん、輝夜さん」
「ああ、感謝する」
「遅いわよ。でも、助かったわ」
 髪をかき上げた薫に輝夜は頷き、減らず口を叩いてから胡蝶は礼を付け足した。

   ○

 補強した木の柵へ、大柄な鬼が棍棒を叩きつける。
 鬼群の突進を殺す為、わざと互い違いに障害を置いた策は、功を奏していた。
 更に貴政が、『咆哮』で注意を引き付け。
「頑張ってください、貴政さんっ」
 ちりんちりりんとブレスレット・ベルを鳴らし、傍らで透歌が神楽舞・攻を舞う。
「ありがとう、助かります」
 大斧「白虎」を手に、貴政は柵越しに攻撃を防ぎ。
「こちらは、私が‥‥!」
 それを見た刹那が篭手払や巻き打ちを駆使し、手足を狙って鬼の動きを鈍らせる。
「止めは、お任せします!」
 呼びかける刹那に、腰を落とした彩虹は踏み込んで突きを放ち。
 間髪いれずに、次の拳を叩き込んだ。
「九十九様も気にせず、討てそうならやっちゃって下さいね!」
 百虎箭疾歩で止めをさした彩虹は、呼びかけながら、すぐさま別の鬼へ鋭く空気撃を打ち。
 ひとつ頷いた刹那も、転倒した小鬼へ幻の炎を宿した刃を振り下ろす。

 積極的に連携する彩虹と刹那とは逆に、虎鉄は絵梨乃とある程度の距離を置き、珠刀「阿見」を振るっていた。
 一瞬、奇妙な表情を浮かべる虎鉄に、絵梨乃はハテと首を傾げる。
「あれ、どうかした?」
「いえ‥‥少しだけ、気になっただけでござる」
 阿見を振るう果敢なシノビは、目をそらすと裏腹にどこか言葉を濁した。
「そちらの‥‥着物の裾さばきが、豪快過ぎて」
 いくら鈍い虎鉄でも、見えてはならぬ何かが見えそうで流石に気になる。
「ああ、気にしない気にしない」
 困惑気味な虎鉄に、酔いが回って千鳥足の絵梨乃はからからと笑った。
 笑いながら跳躍すると、『瞬脚』で鬼との間合いを詰め。
 高々と足を掲げて『絶破昇竜脚』を放てば、青い閃光が龍の如く過ぎり、轟音と同時に鬼を蹴り落とす。
「この場は、しのげそう‥‥か」
 次々に塵と化すアヤカシに、崎倉が戦う者達の背中へ呟いた。
 小鬼や鬼と、数はいるものの、いずれも手強い相手ではない。
 残る他班の者達を案ずるように、後方で状況を見ていた崎倉は、立ち上る砂埃の方角へ目を細めた。

   ○

 放たれた衝撃刃が掠め、皮膚を浅く裂いた。
「まずは彼奴ら、か」
 それで紅雪は足を止めることなく、じわりと前へと摺り足で進む。
 対するかの如く、亡鎧が次の構えを取る。
「鬼さん、こちら‥‥ってね。さ、俺の呪縛にハマってみようか?」
 手を打つ代わりに、那由多は呪縛符を打って動きを鈍らせ。
「容易に、ここは通さん‥‥っ」
 すかさず『打剣』を用い、慧が風魔手裏剣を放った。
 刀で叩き落すより先に、十字型の手裏剣は鬼の片目へ深々と突き立ち。
 苦痛の叫びを上げる鬼へ、紅雪が刀「翠礁」を下段より振り上げる。
 地を這う衝撃が、鬼の身を断ち。
「貴様如き‥‥貴様ら如きに‥‥ッ!」
 いつになく敵意を剥き出しにして、剣筋も荒々しく紅雪は緑色の刀を残る目玉へ突き立てた。
 めちゃくちゃに振り回される刀を避けるように身を翻し、抜き放った脇差を掲げ、深々と鬼の喉元へ刺す。
 ざぁっと音を立てて、亡鎧が塵と化せば。
 鬼がいた痕跡の向こうで、真珠朗が風魔手裏剣をくるりと返した。
「これで、亡鎧はあとひとつ‥‥ですか?」
「さて、な‥‥」
 構わぬという風に脇差を鞘へ納めた紅雪が、収まらぬ腹を刃にのせているかの如く、次の鬼へと叩きつける。
「何か‥‥怒ってる?」
「さぁ‥‥そこまでは、あたしにも」
 きょとんとした那由多へ、答えかねるという風に真珠朗は帽子の縁をぐぃと下げ。
「にしても、どうなりますか‥‥危なっかしい人も、多いですしねぇ」
 呟きながら、鬼の群れの懐深くへ斬り込んだ者達の背を守るべく、次の鬼へと刃を向けた。

「斬馬刀より短くなったけど、馬上から振るには十分な長さなんだぞっ!」
 抜き払った刀「水岸」を手にしたふしぎが、馬で一気に鬼の群れを蹴散らした。
「炎精招来‥‥太・陽・剣、日輪!」
『炎魂縛武』の炎をまとった鋭い刀身が、月の如き銀弧を描く。
 そこへぶんっと風を切って、簡素な手輿が投げつけられた。
「邪魔くせぇっ!」
 気合と共に、ゼロが朱刀を振るい。
 破砕音がすれば、手輿ごと向こう側にいる鬼を両断する。
「やれやれ‥‥」
 飛び散る木片を払うようにして、僅かに苦笑する右京は刀「水岸」を一閃し。
 手輿を担いでいた別の鬼の首を、ひと息で断ち落とした。
 直接、刃を交える機会も数回あったが故に、ゼロの腕の程は知ってる‥‥それを考えると。
「この鬼達も、運が無いな」
 舞い散る塵の中で、皮肉めいた言葉がこぼれる。
「全くだぜ。ホント、手加減ねぇっつーか」
 とっさに柚月の前へ立ち、飛び散る木片をその身で防いだ鹿之助が毒づいた。
「あー‥‥ほれ、あれだ。怪我、ねぇか」
「うん。しかちゃん、やさし!」
「ったくしゃあねぇだろ! 身体が勝手に動いちまいやがるんだから‥‥こいつにぁ、指一本だって触れされてたまるかってんでぇ!」
 八つ当たりをするように、炎をまとった刀「河内善貞」を鹿之助は鬼へ叩きつける。
 そんな騒乱の中で、虎武太はぬっと立ち上がる鬼を見た。
 見上げるほどの巨躯の鬼の頭には‥‥頭の両側と額から、三本の角が生えている。
「こいつが、三ツ角‥‥ッ!」
 間近で見た異貌に、一瞬ごくりと息を飲み、背筋に冷たい汗が下り落ちた。
 だがそれ以上に、胸底からわくのは高揚感。
「ぶっとばしていいか!」
「馬鹿野郎っ。てめぇ、こいつをぶっ飛ばす為に来たんだろうがよ!」
 改めて虎武太が問うでもなく、嬉々として鹿之助が叫ぶ。
「この場ぁ、てめぇに託したぜ。右京!」
 言い置いたゼロが、返事も待たずふしぎと対峙する亡鎧へと向かい。
「‥‥仕方ない、始めるか。遅れるな」
 血気盛んな少年達へ告げると、右京は疾駆した。
 繰り出す薙刀を水岸で払い、穂先を弾き飛ばす。
 その開いた脇へ鹿之助が河内善貞、虎武太が長槍を次々と突きこんだ。
 一撃で倒れなければ、二撃。
 二撃で倒れなければ、三撃と。
 神楽舞の「防」と「武」を駆使して舞う柚月の支援を受けながら、攻める手を休めず。
「これで、終まいだっ!」
 懇親の力と共に虎武太が長槍を突きたてた、その直後。
 ざらりと、鬼の姿は形を失った。
 そして雄々しい喜びの声が麦を揺らし、不利を悟った残る鬼達は蜘蛛の子を散らして逃げていく。
 そうなれば、残る戦いは結末が見えた同然。

 勝利を告げる雄たけびは、紺浪の町まで響いたという。