【四月】冥途合戦
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 47人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/23 20:41



■オープニング本文

●春の嵐〜天儀、冥途合戦
 花冷えの薄寒い風が、ガタガタと戸を揺らす。
 灯かりをおさえた座敷の真ん中で、ひとつの影が座していた。
 胡坐(あぐら)をかいて座ったゼロの前には、一振りの朱刀。
 外では複数の気配が座敷を取り囲み、息を潜めている。
 互いの出方を窺う、永劫とも思われる、数瞬の後。

 戸を蹴破って外の気配が踏み込んできたのと、ゼロが刀を掴んだのは同時。

「裏切り者、成敗ーっ!」
「ここで、死になさい!」
 気合と共に、白刃が光に浮かび。
「うっせー、俺は機嫌が悪ぃんだーッ!」
 ダンッ! と、力いっぱいゼロは床を踏み。
 赤い一閃と、黒いすかぁとが灯火に翻った。
 ‥‥すかぁと。
 そう、スカートである。
 どぅと床に倒れ伏した者達は、腹や腕を押さえて苦痛にうめく。
 倒れた者達が身にまとうのは着物に袴、白の前掛けといった、いずれも天儀古来の冥途装束だ。
「急所は外した。もう、追ってくんなよ」
 刀を担いで立ち上がろうとするゼロの服を、倒れた女性の一人が弱々しく掴む。
「何故‥‥我ら天儀冥途を裏切り、ジルベリア・メイドへ下った」
「義理があんだよ」
 呟いたゼロが立ち上がれば、掴んでいた指の間を白い布がすり抜け、ぱたりと手が落ちた。
 そのまま振り返らずにゼロはメイド装束を翻すと、天儀冥途達を残し、場を後にする。
「‥‥足が、すーすーする」
 うんざりと独り言ちた後、夜闇に一つ、くしゃみが響いた。

   ○

 いま天儀では、二つの勢力が覇権を巡ってせめぎあっていた。
 一方は、古来より天儀の地で守り継がれてきた『天儀冥途』。
 そして、近年になってジルベリア帝國より伝来した『ジルベリア・メイド』である。
 当初は弱小勢力であったジルベリア・メイドだが、ある日を境に急速に力をつけ、天儀冥途の勢力を飲み込み始めた。
 華やかな天儀冥途と違って、慎ましく淑やかなるジルベリア・メイド‥‥そんな風潮が、民草に受けたのかもしれない。
 また陰では、冥途の数名がメイドへ下った事も原因だと、まことしやかな噂がささやかれていた。

「だってゼロさんも崎倉さんも、強いんだもんーっ」
 神楽の都にある天儀冥途の本拠地では、天儀冥途筆頭 桂木 汀(かつらぎ・みぎわ)が拳を握って訴えた。
「それでも、ここで天儀冥途が絶える訳にはいきません。少なくともサラ殿を取り返せば、お二人もジルベリア・メイドへ従う由縁はないはず」
 天儀冥途守護隊が一人、巫女装束の弓削乙矢(ゆげ・おとや)は、神楽の都に立つひときわ高い楼閣を見やった。
 そこがジルベリア・メイドの本拠地であり、サラもそこに捕らわれているはずだ。
「一気に、攻勢をかけましょう。無為に時間を費やしても、こちらが不利になるばかりです」
 腕組みして思案する乙矢は、勝負を出る事を提案する。
「うん、短期決戦だね! 皆で、ジルベリア・メイドをやっつけよー!」
 えいえいおーと、汀は拳を掲げた。

   ○

「で、だ。何で俺がこんな格好で、てめぇがソレな訳?」
 メイド装束のゼロが力いっぱい睨めば、バトラー姿の崎倉 禅(さきくら・ぜん)は笑いながら、ぽむと相手の肩を叩いた。
「若さとは、かくも偉大だよな。ああ、歪んでるぞ。カチューシャ」
「うるせぇっ。で、チビっこいのを取り返す隙は、あんのかよ?」
「それがなぁ。あの三つ編野郎、どこにサラを隠してるんだか‥‥」
 ふぅと肩を落として嘆息する崎倉だが、近づく足音に気づき、口をつぐむ。
 部屋にいる二人を見つけた足音の主は、細い三つ編を揺らして片手を挙げた。
「やあ、いいところにいた。どうだい、天儀冥途の様子は」
「‥‥手勢、集めてるぜ。おおかた、一気にケリをつけようとでも考えてるんじゃねぇか?」
 楼閣の窓から外を見下ろすゼロが、苦々しげに答える。
「いいだろう、ならば戦争だね。桂木の小娘を討ち取って、天儀冥途に引導を渡してやろう」
 白手袋をつけた指で眼鏡を押し上げた家令ライナルト・フリューゲは、くつくつと笑った。
 ‥‥誰? とか、言ってはいけない。決して。

 楼閣の天辺にある、豪奢な部屋。
 その真ん中に置かれた布張りの椅子で、大きなリボンが左右にゆらゆら揺れていた。
「‥‥おなか、すいた」
「もふぅ」
「‥‥だぁれも、いないね」
「も〜ふぅ」
 ぶらぶらさせる足の下で、もふらさまが答える。
 誰の趣味なのか、ろりぃたっぽいドレスを着せられたサラは、ちんまりと腰掛けた椅子の上でくすんと鼻を鳴らした。
「‥‥ゼン、おねーちゃんたち、どこ‥‥?」

   ○

 かくして、天儀における冥途/メイドの覇権を争うべく、戦いの火蓋がいま切って落とされる。
 果たして真なる冥途/メイドの栄光は、どちらの手に渡るのであろうか――。



※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません。


■参加者一覧
/ 月夜魅(ia0030) / 柚月(ia0063) / 葛葉・アキラ(ia0255) / 橘 琉璃(ia0472) / 柚乃(ia0638) / 葛城雪那(ia0702) / かや(ia0770) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 蘭 志狼(ia0805) / 夕凪(ia0807) / 柳生 右京(ia0970) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 氷(ia1083) / 劉 厳靖(ia2423) / 御堂 出(ia3072) / 赤マント(ia3521) / 真珠朗(ia3553) / 倉城 紬(ia5229) / 御凪 祥(ia5285) / ガルフ・ガルグウォード(ia5417) / 設楽 万理(ia5443) / 景倉 恭冶(ia6030) / ブラッディ・D(ia6200) / 藍 舞(ia6207) / 鶯実(ia6377) / からす(ia6525) / 只木 岑(ia6834) / 浅井 灰音(ia7439) / 燐瀬 葉(ia7653) / 千羽夜(ia7831) / 宗久(ia8011) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / 趙 彩虹(ia8292) / 神咲 六花(ia8361) / 春金(ia8595) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 風月 秋水(ia9016) / チハル・オーゾネ(ia9103) / 鬼狗火(ia9448) / 向井・奏(ia9817) / リーディア(ia9818) / 更紗・シルヴィス(ib0051) / 不破 颯(ib0495) / アリシア・ヴェーラー(ib0809) / 不知火 虎鉄(ib0935) / 水淵(ib1258) / JAWD(ib1267


■リプレイ本文

●花嵐直前
「戦争が、始まるのですか‥‥」
 ぎゅっと両手を組んだリーディア(ia9818)は、哀しげにふるりと首を横に振る。
「私達、清く正しいメイドであるからには、戦闘で相手を討ち取るのではなく、好敵手として共に切磋琢磨すべきなのです」
 ほわほわと和やかな空気を発しながら、リーディアは家令ライナルト・フリューゲへ気丈に異議を申し立て。
 その後ろでは、艶やかな黒髪を揺らして更紗・シルヴィス(ib0051)がこくと頷いていた。
「そもそも、この戦いに一体どの様な意味があるのでしょうか」
「全てはこの天儀に、そしてあまねく世にジルベリア・メイドの存在を広く知らしめるため。見てみたまえ、我らジルベリア・メイドの認知度は着実に天儀へも浸透し、天儀冥途から下る者も現れた。これは、チャンスなのだよ‥‥一気に形成を逆転し、勢力を拡大する」
「ですが、やはり戦いは相手をただ潰すだけで、名を高めるものではありません。ここは戦闘以外にも種目を設けた種目別合戦を行い、正々堂々、我々の力を一般の皆様にお見せすべきです! きっと天儀冥途にも、同じ様にメイドとしての技での勝負を望まれている方がいるはず‥‥」
 じっと見返すリーディアに、ライナルトは薄く笑んで眼鏡を押し上げる。
「それほどまでに言うのならば、見せてもらおうか。呼びかけに、どれだけの冥途達が応じるか‥‥」
 そうして背を向けた家令へ軽く一礼すると、リーディアは踵を返し、部屋を出て行く。
 続く更紗が静かに扉を閉める音を聞き、ライナルトは窓越しに神楽の都を見下ろした。
「だが、天儀冥途も手勢を集めている。戦いの火蓋は、既に切って落とされたも同然なのだよ」
 くつりと笑うライナルトを、小首を傾げて見上げる影が一つ。
 フリル多めなメイド服を着て、狐のしっぽを揺らし。
「ところで、ぐるぐるナルトさんはなにしてるの‥‥?」
「だーかーらー、我が名はナルトではなーい!」
 ご主人様(もふらのぬいぐるみ)を両手で抱いて不思議顔な柚乃(ia0638)へ、えぐえぐと影の薄い青年が素で主張した。

「ともあれ、だ。冥途連中が攻めてくる事には、変わりねぇんだろ?」
「あぁ〜ふ」
 ぽしぽしと髪を掻くゼロへ、返事の代わりに氷(ia1083)が大欠伸を一つ。
「面倒だよな〜。楼閣でおっ始めたら、掃除させられるのは俺なのに。それになぁ‥‥オレがこの格好して、誰得なんだよ? ゼル君ならともかく」
 スカートをつまんでヒラヒラと振りながら文句を垂れる氷の肩に、ぽむとゼロが手を置いた。
「慣れると、楽しいぜ。多分」
 言葉とは裏腹に目は全く笑ってないし、語調も楽しげでもないが。
「はい、そこのお二人。口を動かす分、手を動かして下さいー」
 手馴れた風に窓を拭くチハル・オーゾネ(ia9103)が、ぼやいて動かぬメイド姿の男達に注意する。
「あー、はいはい」
 不承不承に氷は答え、懐よりワイルドカードを取り出した。
 ひらと落とせば、磨かれた床へ触れる前に呪符はちんまりとした人型を成す。
「じゃあ、きびきび働け〜。俺の代わりに」
「待て。ナンか激しく見覚えがあるようなないような、その式はナンだー!?」
「ああ、コレは‥‥メイド・O君型人魂。ちなみにオー君であって、ゼロ君ではない。誰かに似てるのも、偶然だから。気のせい気のせい」
 抗議するゼロに、欠伸混じりでのらりくらりと氷が答え。
 その間にも、どこかで見たような風貌かつメイド姿のちっちゃな式は、えっさほいさと小さなモップで床を拭いていた。

 一方、冥途達の詰所では。
「それで、そのサラちゃんって子を探したら、ゼロさんみたいにメイドに寝返った人らが、天儀冥途へ帰ってきてくれはるん‥‥やろうか?」
 窓から望む楼閣に思案顔の燐瀬 葉(ia7653)へ、趙 彩虹(ia8292)はぐぐっと拳を握る。
「それで、この戦いが終わるかどうかは分からないけど、少なくともサラちゃんを浚うのは許せないよね!」
「まめとらさん、それ‥‥シャレ?」
 ぱぐっ!
 うかつに突っ込んだ天ヶ瀬 焔騎(ia8250)の頭頂部へ、鋭い突っ込みが飛んだ。
「あ、すみません。埃がついていたので、つい‥‥」
「叩けば、埃の一つ二つ三つ四つは軽く立つ志士、天ヶ瀬だ‥‥って、ソレは‥‥ッ!」
 頭頂部から赤い噴水をだくだくと流しつつ、それでも『いつもの』を最後までこなした焔騎が沈んだ底から主張する。
「えーっと、とりあえず焔騎さんは置いといて‥‥よろしくね、よーちゃん!」
「うん。頑張ろ、つぁっちゃん」
 改めて気合を入れる彩虹に、二人のやり取りを見守っていた葉は笑顔で答えた。

「戦闘以外での種目別勝負、ですか‥‥謀策でなければ、よいのですが」
 心配げに弓削乙矢はジルベリア・メイド側からもたらされた書簡に目を通し、それから筆頭の桂木 汀を見やる。
「料理対決‥‥に、奉仕対決?」
 乙矢の脇から書面を見ていた只木 岑(ia6834)も、ハテといった表情で考え込だ。
「あとは、着こなし身だしなみの類ですね」
「そう言われても、ボクは出来る事、あまりないですけどね‥‥」
 ぼやきながらも、岑の手は手際よく人数分の茶を入れる。
「天儀冥途が途絶えるとは、思えないし。両方いてくれるといいなぁ‥‥っと。冥途装束にもメイド風も取り入れて、新境地を開拓するのもいいかもしれません」
「画期的ではありますが‥‥それで、ジルベリア・メイド側の攻勢が収まるかどうか。それにメイドの側へ走った者達を、必ずしも良く思わぬ者達もおりますから」
「というか、アレは‥‥そゆ意味じゃなく、分かる気もするけどねー」
 表情を曇らせる乙矢に、あははーと汀が微妙な苦笑をし。
「ともあれ、ボクが見た‥‥けふんっ。じゃなくて、ここはやっぱり誰かが率先しなければならないと思うんですっ」
 力説しながら、岑はヘッドドレスやハイヒール、そしてブレスレット・ベルなどのジルベリア風アクセサリーをぞろりと並べた。
「‥‥只木殿」
「はい」
「‥‥これを私に着用せよ、と仰るか」
「はい♪」
「‥‥どうしても?」
「駄目ですか?」
 物悲しそうにじーっと見つめる岑に困惑顔の乙矢がつつけば、細いヒールの靴はぐらぐら揺れる。
「ともあれ、向こうからの勝負を逃げる訳にも行かないよねっ。ここは受けて立つのが、天儀冥途の心意気ってやつ?」
 びしっと筆頭は、明後日の方向を指差した。

「という訳で、私も勝負に行くのぉ〜」
 嬉しそうなリエット・ネーヴ(ia8814)の話を、箪笥から着物を取り出しながら倉城 紬(ia5229)は楽しげに聞いていた。
「それで、巫女服を着るんですね」
「う! あのね、私ねぇー。巫女さん初めてなのぉ〜♪ 楽しみっ!!」
「私の子供の頃に着ていた物で良ければ。丈が合うと、いいんですけど‥‥」
 はしゃぐリエットに、慣れた手つきで紬は着付けを手伝い。
「よかった、ちょうどくらいですね」
「紬ねー、ありがとーだじぇ」
「はい、どういたしまして」
 最後に髪を梳きながら答える友人に、礼を告げたリエットは右手を上げたまま「う〜ん」と悩む。
「どうかしました?」
「紬ねーは、勝負に出ない?」
「私は、その‥‥とある方との約束がありますので」
 鏡越しに見える紬は、何故か少し寂しげに目を伏せて。
 それからコトリと、櫛を置いた。
「はい、出来ましたよ」
「う♪ じゃあ紬ねー、行ってくるねぇ〜!」
 披露する様にくるりと回ってから、元気にリエットが部屋を出ていく。
 微笑んで見送った紬は、自分も着替えるべく帯を解き。
 着物と袴を身に着け、白の前掛けを結んで、すぃと襟に指をそわせて整えるが。
「‥‥あら? 少し、苦しいでしょうか」
 まとった女中風装束の胸元を押さえながら、ちょっと困った顔をした。
 着物をつまんで整えてみるが、やっぱりなんだか窮屈な気がする。特に、胸回りが。
「動きは、阻害されませんから‥‥なんとかなるでしょう」
 身体を捻って確認した紬は、取り急ぎこれで良しとする。
 そうして、いそいそと部屋を後にした。
 向かうは一路、神楽の外れへと‥‥。

 再び、楼閣。
 時おり吹き付ける風が、カタカタと窓を揺らす。
 不安げに窓の外を見やるサラだが、腹の虫がくぅと鳴り。
「‥‥」
 困った顔で腹を見るその前に、何故か上からスルスルと竹籠が降りてきた。
 ちょうど少女の前まで降りてくると、ぴたりとソレは動きを止めて。
「もふもふっ」
 何かに気付いた藍色の仔もふらさまが、届かない竹籠の下をぐるぐる回る。
 紐で吊るされた竹籠を両手で抱えて覗けば、中には竹の皮の包みが入っていた。
「‥‥」
 じーっと包みを凝視したサラは、紐を辿る様に上を見る。
 くぃくぃと合図するように竹籠が引かれても、ぎゅっと掴んだまま放さない。
 訴えるような視線に、天井裏の気配はひとつ嘆息した。
 そして、音もなく影が降り立つ。
「執事の基本は主人より、誰よりも目立たないシノビのような存在感‥‥が、モットーなのに」
 天井裏に潜んでいたにもかかわらず、汚れどころか埃ひとつないバトラー姿の藍 舞(ia6207)は、はふと肩を落とした。
「‥‥マイ、も」
 竹籠を抱えたまま見上げる相手に、仕方なく竹皮の包みを手に取る。
「誰かが、ここへ来るまでよ」
 それでもサラは、喜怒哀楽の薄い表情に嬉しそうげ気配を滲ませた。
 解いた包みの中には、小さなおにぎりが三つ。
 二人と一匹は、ひと気のない楼閣の天辺にある部屋で、仲良く一つづつおにぎりを分ける。

 そんな和やかな風景をよそに、地上では冥途さん対メイドさんによる全面対決の火蓋が切って落とされていた。

●可憐乱舞
「ふざけた格好を‥‥慎みを知らんのか、貴様は!」
「んーなモン、俺が知るかーっ!」
 長槍「羅漢」を引っ提げて追う蘭 志狼(ia0805)へ、駆けるゼロが怒鳴る。
 ‥‥もちろん、スカートを翻しながら。
 戦う冥途やメイド達の間を抜け、楼閣の前庭まで来ると、ぞろりとゼロは朱刀を抜いた。
 それより数瞬、遅れて着いた志狼が対峙する。
「単に、三つ編み眼鏡に着ろって言われただけだっ。それにコッチについたのもやむなくで、冥途連中とは喧嘩したくねぇんだが」
「如何なる事情があろうと、裏切りは許せん‥‥」
「あ、やっぱり」
 一蹴する志狼に、弁明を試みてみたゼロがぽしぽし髪を掻く。
 詰襟シャツの上まできっちりとボタンをかけ、羅漢を構えた書生姿の志狼には、一分の隙もない‥‥勿論、着崩れ的な意味も含めて。
「天儀冥途文化を守るべく‥‥蘭 志狼、推して参る!」
「仕方ねぇ、どっからでもきやがれ!」
 両の足を大きく前後に開いてゼロは地を踏みしめ、担ぐ様に朱刀を構えた。
 ‥‥ナニかが見えそうで微妙に見えないのは、誰の気のせいか。
「だから、慎みを知れと!」
「言うんじゃあねぇ! 言われなきゃあ、俺も忘れてるのにッ!」
 そんな言葉での応酬を繰り返しながらも、志狼が槍構で相対する。
「着物の裾など気にせず、かかって来い‥‥!」
「それは、コッチの台詞だぜ」
 そこで、会話は途切れた。
 互いに仕掛ける瞬間を窺い、じりと足を摺って間合いを計る。

「冥途服も可愛いですけど‥‥メイドさんも、可愛いですね」
「ソレはいいが、なんで俺までメイド服‥‥っ」
 スカートを摘んでちょっと嬉しそうな かや(ia0770)に、先を行く夕凪(ia0807)は行き場のない憤りを握った拳へ集中する。
 ‥‥いや、連れが可愛いのは認める。むしろ、目の保養と言っていい。
 だが男である自分がメイド服を着るのは、やはり抵抗MAXで。
 スカートを抑えながら葛藤するが、一生懸命に後を追っていたぽやぽやとした雰囲気がない事に気付き、夕凪は急ぐ足を止めた。
 振り返れば、立ち止まったかやは窓から外を眺めている。
「クソッ、かやの野郎! ナンで立ち止まってんだ、あのバカは!?」
 モロモロをひとまとめに愚痴って引き返せば、眼下の対峙する光景を見つめるかやが、ぱたぱたと手を振った。
「夕君、夕君。ほら、下にゼロさんがいます〜」
 嬉しそうに報告する少女に、がくりと力が抜ける。
 うっかりすると、魂まで抜けそうだ。
「分かったから、行くぞ」
 コメカミあたりにぴきりと怒りを漂わせつつも、夕凪は指差す細い手を掴む。
「そいつの為に、急いでガキ探して、助けんだろ!」
 ――女の子が捕まっているのなら、助けなくちゃ、ね。それに、ゼロさんのお役に立ちたいんです。
 ぎゅっと真摯な表情で訴えたかやに、正直いえば夕凪の心境は複雑だった。
 かといって放っておくと、一人でふらふらと明後日の方向へ行ってしまいそうで。
「あくまで、俺はかやのお守りだ。他意はないからな!」
 むっすりとした表情のまま、夕凪は再びかやと二人、楼閣の廊下を走り出す。
「‥‥夕君」
「あぁ?」
「ありがとう」
「つーか‥‥夕君、呼ぶな‥‥ッ!」
 そっぽを向いて手を引く青年に、ほんわりと少女は微笑む。
 そして照れる背中へ、とてもとても小さな声で呟いた。
「‥‥夕君のメイド姿、可愛い〜‥‥」

 そんな楼閣の別所では、可愛さに打ちひしがれる者がもう一人。
「な、何故にわしが‥‥」
 ぐっと涙をこらえた半泣きで、複数のフリルに彩られたミニ丈のスカートを春金(ia8595)は両手で押さえる。
「ハヤ、この様な格好は‥‥ッ!」
 頬を染め、ふるふるとカチューシャの猫耳を揺らしながら春金は千羽夜(ia7831)を威嚇するが、親友は全く臆する事もなく。
「ハル、可愛いっ!」
 両手を打って、きゃっきゃと喜んでいた。
 そんな千羽夜は伊達眼鏡をかけて、大人しめのメイクで装っている。
 長い髪は高い位置で一つに束ねて、うなじを強調し。
 ざっくりと脇にスリットが入ったロング丈のワンピースをベースとしたメイド服に、ハイヒールを履いていた。
 テーマは『慎ましくもセクシーなメイドさん』‥‥だとか、何とか。
「ハルのお披露目も終わったし、次は恭冶さんよ♪」
 うきうきと弾む声で、千羽夜は景倉 恭冶(ia6030)の名を呼んだ。
「‥‥どーしても、コレじゃなきゃあ駄目か?」
「ダ・メ☆」
 明らかに渋る声に、明るく即答。
「それとも、私がそっちに行く?」
「い、いや、それは‥‥ちょっと待っ‥‥てって、ぎゃあぁぁーーーっ!?」
 扉を開けて千羽夜が乗り込んでいけば、うろたえる声が悲鳴に変わる。
「‥‥容赦ないのう、ハヤも」
 自分の事はともかくとして、くつくつと春金が忍び笑った。
 やがて再び扉が動き、ナニカをやり遂げた表情の千羽夜が戻ってくる。
 その後ろから、真っ白になって燃え尽きた感満載の恭冶が、しぶしぶ顔を覗かせた。
「おぉぉぉ〜っ!?」
 その姿に一瞬自分の姿も忘れ、春金は目を丸くする。
 ロング丈のスカートながらセクシャルな千羽夜と違い、それはフリルをたっぷり使ったゴスロリ風のメイド服。
 それにヘッドドレスをつけ、白エプロンを着用した姿は、どこからどう見ても完璧なメイドさんだ。
「恭冶さん、ちゃんと似合うのじゃな」
「さりげに酷っ。というか、バトラー服がないってどういう事だ!」
 訴えた恭冶だが、姿見に映る自分の姿が目に入るとその場に凹み、床に「のの字」を書き始める。
「安心して。我見立てながら、恭冶さんも可愛いわよ♪」
「くっ‥‥ゼロはどこに行ったーッ!」
 叫ぶと恭冶は「河内善貞」と「ソメイヨシノ」の二刀を引っ掴み、スカートをひらひらさせながら部屋を飛び出して行った。
「‥‥何故、ゼロさんなのじゃ?」
「濃いのと一緒だと、自分が目立たない気がする心理、かしら?」
 素朴な疑問の春金に、人差し指を口元に当てて千羽夜も考え込み。
「ともあれ、ハルも頑張ってね」
 にっこり笑って片目を瞑ると、楽しげに恭冶の後を追う。
「が、頑張れと言われても‥‥なのじゃよ」
 だがじっとしている訳にもいかないので、ひとまず春金も部屋を出た。
「春金、無事か!」
 呼ぶ声に振り返れば、刀を片手にバトラー姿の崎倉 禅が走ってくる。
「おぉ、崎倉さん! サラちゃんは見つかったかの?」
「数人が手伝ってくれているが、まだだ。それに、ちぃと面倒な事になっているらしい。俺もまだよく状況を把握してないが、冥途でもメイドでもないのが戦いに加わって‥‥て、おい!?」
 説明する崎倉の襟を急に春金が掴み、ぐぃと自分へ引き寄せた。
「崎倉さん、わしと衣装交換しないかの?」
 しばしの沈黙。
「無理」
「えぇぇぇ〜っ!?」
「丈と寸法を考えてみろ、どう見ても俺がソレを着るのは無理だろうに。というか、その丈は‥‥恐ろしい事にしかならん」
「うぅぅぅ〜っ」
「それに春金が着ていた方が可愛いし、似合ってるぞ」
 笑って軽く春金の頭を撫でてから、崎倉は猫耳カチューシャの位置を整え直す。
 その間も、悔しげに唸る春金だったが。
「崎倉さん、後ろじゃ!」
 警告と同時に、パンッと背後のガラスが弾けた。
 飛び散る破片を背で庇って、崎倉が鯉口を切り。
「何奴!」
 その脇から春金は漆黒の扇子を開き、金魚の式を放つ。
 だが式が届くより一瞬早く、赤い影がひらと飛び上がった。
「怪我はないか?」
「わしは平気じゃから、崎倉さんは急いでサラちゃんを。家令の注意は任せるのじゃよ、皆と盛大に暴れておくからの」
「頼む」
 破片を払ったジャケットを、崎倉は春金の肩へぽんと掛け。
「コレで多少、気休めになるか? 気をつけてな」
 そうして二人は、右と左に分かれて駆け出す。
「でも、やっぱり恥ずかしいのじゃよ、これ」
 スカート丈を気にしながら、春金は友人達がいる前庭へ向かった。
 そんな足音が、遠ざかった頃。
「あらあら‥‥これはお掃除、大変ですねぇ」
 床一面に飛び散ったガラスの破片を前に、驚き顔のチハヤが目を瞬かせる。
 それからすちゃっと箒を取り出し、てきぱきと掃除を始めた。
 周りの騒乱など、全く気にせずに。

●絢爛舞闘
 激突する刃が、火花を散らす。
 次の瞬間、結ぶ二つの影は斬り分かれ。
 再び地を蹴り、突き進んだ。
 地面すれすれを駆けた槍の穂先が、標的を前に跳ね上がる。
 ――地奔。
 その鋭い一閃に、黒い生地がふわりと舞い。
 赤い切っ先が、着物を裂く。
「くっ‥‥やはり、まだ歯が立たんか‥‥」
 鈍い苦痛に顔を歪ませ、志狼はがくりと膝をついた。
 それでも黒い生地を掴んだままなのは、勝負への執念か、それとも別な意志なのか。
「安心しやがれ。てめぇも腕が立つ‥‥て、離せってぇー!」
 穂先で破れた部分からドロワーズが覗くのも気にせず、困り顔でスカートを引っ張るゼロに、くつりと笑う気配が一つ。
「その格好で、笑ってんじゃあねぇ!」
 気付いたゼロが振り仰げば、塀の上では袴をつけた女中風冥途姿の御凪 祥(ia5285)が、双戟槍を片手に悠然と笑む。
「ああ、いい様だな。お互いに」
「つか、鏡開きの時も思ったが‥‥」
「ん?」
「てめぇ、似合い過ぎじゃね?」
「‥‥ここで会ったが百年目、だ」
 引っかかるいろいろをサクッとガン無視して、祥は話を先へ進めるが。
「流石の色っぽさね、祥さん! でも‥‥私だって、負けないわよっ!」
「ほぅ?」
 カツリと足をクロスする様に一歩踏み出した千羽夜が、流し目で応戦する祥へ果敢にも挑んだ。
 ちらりと赤い口唇を舐め、木刀を一振りして風を切り。
「さぁて、お尻叩きしてほしい悪い子は、どの子かしら。お望みなら、優しく踏んであげるわよ」
 妖しく笑むと、招くように千羽夜は指先で誘う。
「性格、変わってるよ千羽夜」
「というか、祥さんも似合い過ぎじゃよ。わしはちと、立ち直れそうにないから‥‥頑張るのじゃ、ハヤ」
 傍らで戦慄を覚える恭冶と木彫り金魚を転がしながら凹む春金に、くすりと千羽夜は微笑むが。
「任せて。今日の私なら‥‥きゃっ!?」
 ハイヒールの踵が小石を踏んで、不意にバランスを崩し。
 転びかけた拍子に、とりあえず手短にあるモノを支えに掴んだ。
 直後、びびーーーっと、布の裂ける音。
「ち、千羽夜ぁぁーーっ!?」
 あられもない恭冶の叫びが続いて、ぺたんと転んだ千羽夜は掴んだモノと彼の姿を見比べる。
「こ、こ、こんなの‥‥一体、誰得なんだーっ!?」
「‥‥えへ。ごめんなさい、恭冶さん」
 破れてミニ丈になったスカートを真っ赤になっておさえる恭冶へ、てへりと笑って謝る千羽夜。
 だが、現実は非情であった。
「まさか避けたりはしないよなぁ、景倉!」
 塀を蹴り、一気に間合いを詰めた祥は。
 手近な春金を掴み、ブン投げる。
「何故、わしがぁーっ!?」
「ぎゃあぁーーーっ!!」
 避ける訳にもいかず、女性拒絶反応を起こした恭冶の悲鳴が響いた。

「俺もいい加減、無茶やるが‥‥アレも大概だなぁ」
 褒めてるのか謎だが、阿鼻叫喚にゼロが感心していると。
「相変わらず、その服装か‥‥そちらには男物の服装もあると聞いたが?」
 聞き覚えのある声が、呆れた。
 視線をやれば、黒一色な書生姿の柳生 右京(ia0970)が腰に帯びた斬馬刀の柄へ手をかける。
「天の采配に感謝しよう。この時、どれほど待った事か」
「あーっ! 悪ぃが、ついでにもうちっと待ってもらっていいか?」
 すぐさま抜刀して仕掛けそうな相手を、慌ててゼロが止める。
 言われて右京はおもむろに視線をおろし、ゼロのスカートを掴んだまま絶賛意識喪失中の志狼にやっと気付いた。
 破いてしまえばいい気もするが、そこはやはり冥途道。
「‥‥待ってやるから、早く外せ」
「応、すまねぇぜ」
 渋々と刀から手を放す右京へ礼を言い、ゼロは掴まれたままのスカートと苦戦する。

 また別の場所では、別の戦いが繰り広げられていた。
 裏から楼閣へ侵入を試みる彩虹と葉、そして焔騎の前に、立ち塞がる青い影が一つ。
「見つけたよ、彩‥‥私はこの日を待っていた。貴女と、全力で戦えるこの日を!」
 青い髪と袖口にあしらった赤いリボンを風が揺らし、青のワンピースを基調としたメイド姿の浅井 灰音(ia7439)は得物を天儀冥途二人+その他一人へ向ける。
「よーちゃん、先に行ってて」
「そやけど、つぁっちゃん‥‥」
 灰音を見据えたまま促す彩虹に、葉は心配そうな顔をする。
「大丈夫。私なら、負けない」
 告げて、淡い青系統で統一した和ゴス風冥途姿の彩虹はすっと片足を引き、得物を構えた。
「とらさん着てないけど手加減しないよ、ハイネ」
「望むところだ、彩」
「待て! 二人とも、元は冥途仲間じゃないのか‥‥何故戦う!」
 お約束的に焔騎が問えば、向き合う二人は彼を見やり。
「え。だって、ね」
「こんな機会、まずないし」
「うん‥‥そんな気は、したけどな!」
 予想通りな答えに、焔騎は遠くへ視線を泳がせた。
「じゃあ行こうか、燐瀬さん」
「え? 天ヶ瀬さんは‥‥それで、ええの?」
 友人と自分を見比べる葉に、笑って焔騎は髪を掻く。
「まめとらさんから依頼を受けた『解消屋』としては、『サラちゃん』を安全圏まで連れ出すのが仕事だし」
「そやのうて‥‥二人の戦いって、面白そうやない?」
 カァーンッ!
 わくわく顔な葉の後ろで、灰音の箒と彩虹のフライパンが激突した。

「ふむ‥‥」
 楼閣の上階から地上の一部始終を見て、からす(ia6525)は赤い目を細める。
「混沌としてきたな」
「どちらが勝とうとも、私には関係が無い話です」
 やや離れて立つ更紗が、淡々と呟いた。
「メイドだとか、冥途だとか、その様な区別など意味はありません」
「だが一方でも潰れるのは、惜しくないか?」
「主様の為に、誠心誠意御仕えする。ただ、それだけです」
 静かに目を伏せた更紗はスカートをつまみ、からすへ一礼した。
「そろそろ、時間です‥‥他にも仕事がありますので」
 静々と去る更紗の背を、黙って少女は見送る。
「さて、と‥‥思わぬ者達も動いているようだが」
 冥途とメイド、いずれにも属さず戦いを傍観するからすもまた、その場を後にした。

 そして、やはりどちらにも属さぬ一団が動く。
「団員全員、メイド服に着替える! 冥途とメイドに、世界を征服すべきこのアタシこそが一番だって、教えてあげるわ」
 都の外れで合戦を静観していた鴇ノ宮 風葉(ia0799)が、肩車したアリシア・ヴェーラー(ib0809)の上から指示を飛ばす。
「アタシこそが、世界の『ご主人様』だッ!」
『メイド長』の腕章をつけた腕を天へ突き上げ、風葉は高々と宣言した。

●暗躍飛影
「わーい、メイドさーんっ♪ わくわくっ!」
 メイド服を着た月夜魅(ia0030)が、うきうきと軽い足取りでアリシアの傍らを走る。
 いや、正しくは風葉にくっついているのだが、彼女はアリシアの肩の上が現在のポジションなので、必然的にそうなっていた。
「あ、あの‥‥そんなに、走り回っていると‥‥」
「ひゃうっ!」
 転びますよ。と紬が忠告する前に、すっ転ぶ月夜魅。
「あらあら、大丈夫ですか?」
「はひ! 大丈夫、でふ」
 気遣うアリシアに、鼻の辺りを押さえながら月夜魅は立ち上がる。
「やれやれで、ござるな。ところで、主‥‥メイド長殿。俺は何をすれば、良いのでござるか?」
 大きな怪我もない様子に風月 秋水(ia9016)はひとまず安堵し、改めて風葉を見上げた。
「うーん。とりあえず、暴れてみる? 何かもう、暴れてるみたいだけど」
「目立つなら、花火でも作るで、ござるか? ドーンと、一発?」
「それなら神楽で一番高い楼閣の天辺に、団の旗を立てようよ! そうして、風葉を世界の「ご主人様」と認めさせるのさ!」
 びしっと楼閣を指を差す赤マント(ia3521)の提案に、ふむと風葉は腕を組む。
「いいわよ、面白そうならやってくれば」
「うん! じゃあ、一足先に行ってくるねー!」
 嬉しそうに赤いマントをはためかせ、ぶーんと小柄な少女は駆けて行った。
「ったく、冥土やらメイドやら何がなんだか‥‥まぁ、面白そうだからいいけどさ」
 どこか不本意そうなブラッディ・D(ia6200)が、口を尖らせる。
 決して、風葉や仲間に不服がある訳ではない。気に入らないのは、自分の格好だ。
 そもそも、メイド服はあまり着たくなかったのだが、そこは折れて。
 ヒラヒラした物を避け、シンプルな黒い長袖と膝丈スカートに白いエプロンを身に着けたもの、帽子やら尻尾飾りといったいつもの装飾品はそのままだ。
「大いに騒いで遊んで、合戦なんぞ引っ掻き回しちまおうぜ!」
 いっそ、自分の格好を忘れてしまうくらい興じてしまえと開き直って、ブラッディはニッと笑う。
「いいですねっ。そうなれば、風世花メイド隊筆頭、命に代えてもお守り‥‥ってちょっと!? スカートを捲らないでくださいーっ!?」
 ぺろんとスカートを摘んだ宗久(ia8011)に、御堂 出(ia3072)が真っ赤になって抗議した。
「アハハ、ごめんごめん〜。ほら、あんまり似合ってるから、気になったにゃん☆」
「にゃん、じゃないですっ。団長、じゃなくメイド長ならともかく‥‥」
「いいじゃない、似合ってるわよー!」
 誤魔化す宗久に出はごにょり、やり取りを見ていた風葉がしれっと告げて。
「似合ってないですっ! ずっとこの格好とか、断固、拒否‥‥」
 主張を聞く風葉の視線に、出は急激に紅潮し。
「と、とにかくっ。可愛いですよね、メイド長の巫女風メイド服」
 思いっきり誤魔化す少年に、宗久がニヤニヤ笑いを濃くする。
「どーせなら、俺くらい気合を入れればいいにゃんよっ」
 ポーズをつける宗久は猫耳のカチューシャと付け猫尻尾を着用し、メイド服は天儀風とジルベリア風をミックスした大胆に開いた胸元と極限スリットのミニスカ状態。無駄毛もキッチリと処理済で、スリットから覗く美しい(自称)生足には、「団長、らう゛」の文字が書かれていた。
「気合、入れ過ぎです!」
 そんな賑やかな団員達のやり取りの中で、向井・奏(ia9817)は唯一浮かない顔をしている少年を気遣う。
「ふしぎ殿、大丈夫でゴザルか?」
「うん‥‥風葉、場を混乱させようなんて、やめようよ。冥途でもメイドでも、風葉みたいに可愛いならいいじゃない!」
 思いつめた表情の天河 ふしぎ(ia1037)が、風葉を見上げて訴えた。
「やだ」
「えーっ!」
「合戦なんて、基本的に騒いで目立てたモノ勝ちよ」
 明け透けに言う風葉に、ぎゅっとふしぎは拳を握り。
「やっぱり僕、止めに行ってくる! 冥途とメイドの違いで争うなんて、悲しい事だもん!」
「あ、ふしぎさん‥‥!」
 駆け出す背中へ紬が声をかけるも、振り返らずに少年は突っ走っていく。
「無茶をしそうでゴザルなぁ‥‥それも、ふしぎ殿らしいのでゴザルが」
 ちらと風葉へ目を向けてから、おもむろに奏はふしぎの後を追いかけた。

 身を潜めた不知火 虎鉄(ib0935)は混乱の様相を呈する合戦を見守り、動向を書き付ける。
「しっかし、なんで拙者がこんな事せねばならんのだ」
 愚痴ってみるが、メイドを調べるのがお役目だからしょうがない。
 必要な事を書き終えると、おもむろに大きな欠伸を一つ。
「春、だからなぁ‥‥」
 桜が舞い散り、ぽかぽかとした陽気の前では、お役目も争いも馬鹿馬鹿しく。
 適当な木の枝に陣取ると、虎鉄は昼寝を決め込んだ。

●正々堂々
 鈍く、打ち合う音が響く。
 数合の後、両者は間合いを取り。
「はぁーッ!」
 喝を入れた彩虹は大きくフライパンを両手を掲げ、荒鷹陣の構えを取った。
「見え‥‥くっ!?」
 攻撃の気を読もうとしていた灰音は、思わぬ行動に一瞬気勢を削がれるが。
 一呼吸を遅れて、踏み込む。
 ガンッ! と、双方の得物が激突し。
 それを握る手が、痺れる。
「重い‥‥流石は、彩だね‥‥」
「ハイネこそ‥‥流し斬りなど、食らう訳にはいきません」
 褒める灰音に、彩虹も笑顔で答えた。
 勝負は互角。故に、楽しい。
「行くよ、彩さん」
「こちらこそ」
 灰音の掲げた箒が、赤い幻の炎をまとい。
 フライパンを握り直した彩は、腰を落として低い構えを取り。
 そうして二人は、じりじりと互いの隙を探る。

 二人の戦いに限らず、楼閣の周囲では剣戟が繰り返されていた。
 すっかり真剣勝負の右京とゼロに、半分破れかぶれな状態の恭冶が気力で祥を足止めする。
 そしてまた、刃を用いぬ戦いも‥‥。

「項目は三種‥‥『料理』『接客』、そして『着こなし』や。冥途さんもメイドさんもどっちも良いモンやけど‥‥裏切りは許さへん! きっちり片付けさせて貰おか〜!」
 気炎を吐く葛葉・アキラ(ia0255)に、対する鬼狗火(ia9448)がおどおどと頷いた。
「でも、これはうらぎりとかじゃなく‥‥きてみたら、メイド服だったというか‥‥っ。それに、ぼくはおんなのこじゃないのです‥‥っ」
 スカートを押さえ、赤くなりながら主張する鬼狗火に、うんうんと不破 颯(ib0495)が何度も首を縦に振る。
「だけど、慣れれば大丈夫さぁ。ほら俺だって、この通り〜!」
『いい笑顔』で、女中風冥途姿の颯は鬼狗火へ両手を広げてみせた。
 ほんのり薄化粧も完璧で、どこからどう見ても‥‥ちょっと背が高くて、ガタイのいい程度な、可愛い冥途さんである。
「ふふふ‥‥この女中風を更に発展させた、若女将風冥途スタイルに勝てるかしら」
 濃い目の化粧でこの場へ臨んだ設楽 万理(ia5443)が自信たっぷりに微笑めば、聞き慣れぬ言葉にリーディアがきょとと首を傾げた。
「若女将風、ですか?」
「そう。旅館という設置式のフィールドを展開する事によって、お招き式のご奉仕スタイルを使用。その中では、総合演出が無敵を誇るのよ!」
「それは‥‥!?」
 万理の解説に、メイド陣営へ戦慄が走った。
 が、颯は数回瞬きをし。
「でもここ、旅館じゃない‥‥よねぇ?」
「うん、そうね。だから、無敵を誇れなかったりするけど」
 自陣からの指摘に、あっさりとバラす万理。
「ここへきて‥‥出オチなのでしょうか‥‥」
 紫の着物に黒の袴な冥途の橘 琉璃(ia0472)が、お茶を入れる手を止めて考え込む。
 その思考を、不意に大声が遮った。
「何で岑が、そっちにいるんだっ!?」
「何でって言われても、困るんですが」
『敵陣』にいる友の姿に、ガルフ・ガルグウォード(ia5417)が愕然とする。
「くっ。これは俺への挑戦か試練か‥‥だが友である岑と戦うなぞ、出来んっ!」
「ガルフさん、僕もです‥‥どうか立って下さい」
 がくりと膝をついて苦悩する友人の姿に岑も胸が熱くなり、思わず手を差し伸べた。
「岑‥‥!」
 顔をあげたガルフは、がしとその手を握り。
 立ち上がる姿に、何故か周りから拍手が起きたりする。
「でも、凄い格好ですね」
 カチューシャに、ピンクのミニスカメイド服。かつ白いエプロンにはフリルがあしらわれ、ニーソにブーツという既に極限状態ながら、オプションとして巨大なシマリス尻尾(もふもふ感たっぷり)が付属していた。無論、スカート下はドロワーズ着用である。
「ああ。さぁ、ご主人様! レッツご奉仕タイムだぜっ!!」
 胸を張るガルフに、意識が遠くなる者多数。
「じゃあ、試しに‥‥もふっ」
「にゃあ゛ッ!?」
 容赦なくアキラがシマリス尻尾をもふってみれば、奇声をあげてへなとガルフの腰が砕けた。
「う! 私もやるじぇ〜!」
「おもしろそうですっ」
 なんだか楽しげな様子に、リエットと鬼狗火が加わって。
「なぁぁぁーーーっ!?」
 約一名の悲鳴をよそに、微笑ましい光景へリーディアはにっこりと微笑む。
「様式を越えて、もふは世界を救うのですね」
 何かが、いろいろと違う状態になっていた。
 ‥‥そして。

●合戦終幕
「肝心のサラは、どこだろう? あの子を助ければ、この騒ぎも‥‥たぶん、沈静化するんだよね」
 見回す神咲 六花(ia8361)に、真珠朗(ia3553)は顔をあげた。
「少なくとも、幾らかの無用な争いはなくなるでしょうね。後、探していない場所と言えば‥‥上ですか」
 そこは広い楼閣の中でも、ほとんどメイド達が立ち寄らない場所だ。
「でも、いいんですか? 皆さん、メイドさんの側、ですよね?」
 心配そうに聞く冥途側の葛城雪那(ia0702)へ、くつりと真珠朗が笑う。
「いいんですよ。そもそも、あたしの契約に人質を逃がすなというのはありませんし。それに人質とってどうこうとかって、なけなしの『ぷらいど』ってヤツが許さないんですよね」
「プライド、ね」
 それとなく、冷めた視線を投げる六花だが。
「人質の安全が確保されたら、また話は変わるかもしれませんが。迷い込んだ、そこの冥途の人の扱いとか」
「変わらないでほしいなぁ‥‥できれば」
 素直な希望を雪那が口にすれば、素知らぬ顔で真珠朗は帽子のつばを引き下ろす。
 やがて向かう階段の先から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ユズ、こんな所に居たか。さぁ、冥途へ来るんだ!」
「げ、おっちゃん。どうやって、こんなトコまで‥‥!」
 立ちはだかる劉 厳靖(ia2423)を前にして、反射的にミニスカートを翻し、柚月(ia0063)がずざざっと身を引く。
「それに何その冥途姿、似合わないよ! 天儀冥途の方がスキだけど、おっちゃんのは却下だカラ!」
「はっはっ、減らず口もソコまでだ。お前さんの秘蔵の甘味、どうなってもいいのか!」
「僕の甘味‥‥ぐぬーっ」
「‥‥どうします、ユズくん?」
 明らかに言い負かされている柚月を見て、バトラー姿の鶯実(ia6377)が尋ねた。
 もっとも手助けをするよりも、面白がっている口ぶりだが。
「助けてって言えば、もしかすると助ける気になるかもしれませんよ。試してみます?」
 やる時はやりますからと笑顔の鶯実と、得意満面な厳靖を柚月は見比べて。
「うぅっ‥‥えい!」
 がすっと実力行使に及んでみるが、蹴ったすねには固い感触がした。
「はっはっは、何度も同じ手は食わん! 今回はちゃあんと、すね当てを入れて防護を‥‥」
 高笑いをしながら説明した、その直後。
  きーん。
 とてもとてもアレな痛みが、高笑いを遮った。
「おま、それは、反則だろ‥‥!」
 急所を蹴られた厳靖が、前のめりにうずくまる。
 ああ、この場にいるのが男ばかりでよかった、と‥‥居合わせた者達は思ったとか思わなかったとか。
「おっちゃん相手に、反則とかないし!」
 ぷぃと柚月が頬を膨らませれば、煙管を咥えた鶯実は面白そうにくつくつ笑い。
 事態を見守っていた真珠朗や六花、雪那は何とも言えない微妙な笑みを浮かべた。

「‥‥随分と、かかったわね」
 その気配に、舞が立ち上がった。
 きょとんと見上げる少女へ人差し指を口に当て、天井裏に姿を消した、その直後。
「サラ、帰ろ!」
 扉が開き、迎えの声が響いた。

「これ以上の騒動は、無意味」
 和やかな場と化した種目勝負の場では、臨んだ天儀冥途筆頭とジルベリア・メイド家令を前にからすが論じていた。
「この場であった出来事のように、冥途とメイド、双方は共存できるもの。例えば‥‥」
 ぴしと、冥途姿のリエットを指差し。
「う?」
「メイド姿のリエット殿を想像せよ。そして‥‥」
 次に、メイドの鬼狗火を指差す。
「ぼ、ぼくですかっ!?」
「うむ。冥途姿の鬼狗火殿を想像するといい。結論は?」
 互いに顔を見合わせる汀とライナルトの前で、からすは胸を張り。
「可愛いは正義‥‥そういう事だ」
 そうして、にっこりと微笑んだ。

 かくして、冥途とメイドは和平を結ぶ。
 その一方。楼閣の屋根の一番高いところでは、いつの間にか掲げられた『風世花団』の団旗が、ぱたぱたと風になびいていた‥‥。