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■オープニング本文 ●襲撃の前触れ ジルベリアの南部、大ケルニクス山脈はまだ深い雪に閉ざされ、春も遠い。 その雪の上に、真新しい足跡が幾つか刻まれていた。 「この足跡‥‥サバーガカラヴァか」 見回りに出た自警団の一人が、表情を曇らせる。 それは一つ目の犬の頭を持った鬼のアヤカシで、大柄な体躯とそれに見合った刃物や棍棒で武装していた。 一体でも小さな村には脅威なのだが、時にこの厄介な犬頭鬼は集団で行動する。 そんなアヤカシの痕跡が、村からそう遠くない場所で見つかった。 しかも一匹二匹ではなく、三匹か四匹はいるだろう。 「これは、数日のうちに村を襲う危険があるな」 別の自警団員が呟けば、他の者達の表情にも暗い影が落ちた。 避難するなら今のうちだが、この地の寒さはまだ厳しい。また犬頭鬼どもは鼻がよく、出来るだけ匂いを誤魔化しながら逃げても、隠れた先を見つけ出される可能性があった。 いずれにしても、ここにいる者達の力ではどうにもならず。 「急いで村へ戻り、皆で相談をしなくてはならないな。金はかかるが、間に合ううちに人を頼まねば‥‥」 村人達は沈痛な面持ちで、互いに顔を見合わせ。 自分達が踏んだ雪の足跡を辿り、匂い消しとして列の最後を香草をくくった犬に歩かせて、急ぎ村へ戻った。 ●貸しと借り 「犬頭の一つ目鬼か」 ジルベリア帝国の首都ジェレゾ。 そこの開拓者ギルドにて、依頼書を見るゼロがやや考え込んだ。 小さな村の近くに現れたアヤカシのサバーガカラヴァ、天儀流に言えば犬頭鬼を倒して欲しいという内容だ。 依頼にある予想の討伐数は、四匹前後。だがそれ以上の数が潜んでいる可能性も、否定できないとされている。 「依頼を受けるのか?」 聞き覚えのある声に振り返れば、同じ長屋の住民で顔見知りのサムライ崎倉 禅がいた。中年男の後ろには、相変わらず人見知りの激しい少女サラと、藍色の仔もふらさまが引っ付いている。 「なんつーかこう、借りが出来たような状態で天儀に戻るのも、俺の腹の虫が治まらねぇからな」 「あれはまぁ、無茶な事を考えたモンだと思ったが」 「うるせー、他人事だと思いやがって」 からからと笑う崎倉へ、憮然と答えたゼロが口を尖らせた。 「ああ、他人事だ。無事なのは、なによりだが」 「むしろ無事じゃあねぇのは、てめぇだろうが。ひでぇ怪我、喰らってやがった癖に」 「時には、そういう事もある」 白々しく答えた崎倉は、後ろでぎゅっと着物を掴んだサラの頭を撫でてやる。 「俺は一足先に天儀へ戻るが、お前もあまり無茶はするな‥‥と、言うだけ無駄か」 笑いながらひらと手を振ると、崎倉はギルドを出て行った。 「そういや、向こうは桜も咲く頃か。ここは‥‥寒ぃなぁ」 窓の外に広がる重く鉛色の空を眺めながら、渋い表情でゼロは独り言つ。 それから受付へ向かうと、犬頭鬼退治の依頼を受ける旨を告げた。 ――自分の報酬分は依頼の村へやってほしいと、一言を付け加えて。 |
■参加者一覧
柚月(ia0063)
15歳・男・巫
慧(ia6088)
20歳・男・シ
ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)
15歳・女・騎
ベルンスト(ib0001)
36歳・男・魔
ルシール・フルフラット(ib0072)
20歳・女・騎
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎
透歌(ib0847)
10歳・女・巫
イリアス・シルフィード(ib0945)
24歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●冬山道中 「さ、寒‥‥っ!」 白い世界を吹き抜ける風に、ぎゅっと透歌(ib0847)が外套の襟元を合わせた。 小柄な少女であろうと、冷たい冬の風は容赦なく吹き付けてくる。 だが不意に、ふっと風の勢いが和らいだ。 見れば、少し先を歩いていたロック・J・グリフィス(ib0293)が歩幅を落とし、冷たい風が彼女に当たらぬ位置で歩いている。 「あの‥‥ありがとう、ございます」 「ああ、礼には及ばない」 この程度は当然と、柔らかく笑んだ騎士は進む先へ視線を戻した。 「でもアヤカシに苦しむ人がいるのは、どこも一緒なんですね」 「犬頭鬼‥‥ねぇ。犬は犬らしく、雪に遊んでいれば良いものを」 どこか哀しげな透歌に、明るくイリアス・シルフィード(ib0945)が冗談めかす。 「うむぅ。この季節には、厄介な相手じゃのぅ。サバーガ‥‥さばー‥‥」 口の中で繰り返したナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)は、ぎゅっと眉根を寄せ。 「サバわんこ?」 「ナイ姉さま‥‥」 繰り返した末の結果に、ルシール・フルフラット(ib0072)はくすと笑った。 「仕方ないであろう。言いにくい名を付けられるような、奴らが悪いのじゃ」 ぷんと、ナイピリカは頬を膨らませる。 「やれやれ。戦争が終わったところで、アヤカシには関係がない。とでもいうところか?」 僅かにベルンスト(ib0001)が顔をしかめるのは、吹く風のせいか別の理由か。 「ああ。とりあえず争いは片付いたが、まだ人々の元から脅威は去らん‥‥やりきれんものだな」 外套の上から高貴なる薔薇を収めた懐へロックが手を当て、ちらとその仕草を見たベルンストは赤い瞳で進む道を見据えた。 「狩り尽くしても狩り尽くしても、キリがない。まぁ、退屈しないで済むと思う事にするか」 魔術師が両の手首にはめた手鎖「契」の、腕輪を繋ぐ鎖がじゃらりと小さく鳴る。 その音に、何故か柚月(ia0063)は少し表情を曇らせて。 「どうか、したか?」 短く淡々とした口調だが、浮かぬ表情の柚月を慧(ia6088)が気遣った。 「え? な、なんでもない! さっさと天儀に帰って、お花見しなきゃって思ってただけだよ。桜が、終わっちゃう前にさ。ね、ゼロ!」 柚月が後ろを見れば、続くサムライは空を仰ぐ。 「神楽も今頃は、桜で賑ってんだろうな」 「だよ! 帰って桜が散ってたら、僕すっごく寂しい」 しょげる柚月の頭を、わしゃわしゃとゼロが撫で。 「そん時ぁ、遅咲きの山桜かナンかでも見に行くか」 「うん。ゼロも慧も、皆でね!」 「桜を、皆で‥‥」 誘われた慧はじっと二人を凝視した後、白く連なる山々を見渡した。 ●攻守二手 「村人の避難を、ですか」 不安げな小村の住民達は、その提案に視線を交わす。 「大丈夫、私達が護ります。帝国、反乱と関係なしに‥‥騎士が護るべきは、『人』ですから」 鎧に施された十字の装飾へ拳を当て、静かに、だが毅然とした決意でルシールが告げた。 戸惑って顔を見合わせる村人達へ、請け負う様にイリアスは人当たりのよい笑顔を返し、ロックは自分達が犬頭鬼の退治へ向かう事を説明する。 「安心してくれ、俺達の手で必ず退治してくるさ」 不安ながらも提案を受け入れる村人の様子を、少し離れた位置から慧が眺めていた。 「やっぱああいう場じゃあ、あいつら栄えるなぁ。お陰で何とかなりそうだが、気をつけろよ」 言葉をかけるゼロに、振り返った慧は一度だけ首肯する。 「村人には指一本、触れさせん」 「応。託したぜ」 真摯な表情の慧へゼロはニッと笑い、犬頭鬼退治へ向かう者達の元へ走った。 「そちらも。皆を信じ、ゼロ殿を信じ、俺は‥‥」 ‥‥己に出来る事を。 出立する者達の背へ呟いたシノビも務めを果たすべく、踵を返すと単身で駆け出す。 避難場所となる洞窟に、アヤカシの気配がないかを確かめる為に。 ○ 「打って出る方々はどうか、ご武運を。ナイ姉さまも、お気をつけて」 幼馴染の言葉に送られたナイピリカは、仲間達と再び雪の中を進んでいた。 「鼻が効く上に、正確な数は不明。少々、やっかいではあるが」 白い息と共に、ロックがアヤカシの印象を口にする。 「いくら敏感で狡賢いとは言え、獣の頭じゃ。その匂いが無力な村人であるか、我ら開拓者であるか? という区別までは、嗅ぎ分けられまい。であれば、より強く近い匂いの方に引き付けられるのは必定!」 腰に手を当て、ナイピリカはロックへ胸を張る。 「相手の嗅覚を逆手に取って、誘導するのじゃ!」 「この広い雪原、探して回るだけでは面倒だからな。向こうから出向いてくれるのが、一番だ」 周囲を見るベルンストはあえて干し肉をむき出しのまま網に入れ、ぶら下げていた。 辺りへ匂いが広がり、それをアヤカシ達が嗅ぎ付ける事を狙っての策だ。 「そうだな。例え向こうがこちらを見つけられなくても、犬を借りる事が出来たから、奴らの臭いも追いやすい」 匂いを追う犬と、飼い主である村人の背をロックが見守る。 「問題は、奴らが俺達の臭いを感じ取った時、襲う行動に出るか迂回されるか‥‥そこも、注意はしておかねばな」 「こちらは奇襲される側で、鉄の匂いもあります‥‥ゼロさん、その、肩車をお願いしてもいいです?」 どこか心配そうな透歌は、小首を傾げてゼロを見上げた。 「疲れたか?」 「あ、そういう訳じゃ‥‥きゃぅ!?」 まだ説明途中な少女を、軽々とゼロは抱え上げ。 慌てて、肩車された透歌は頭へしがみついた。 「こ、この方が、遠くまで見渡せて警戒できるんです!」 「そうか、頼りにしてるぜ。降りたくなったら、いつでも言えよ?」 相手に見えないながらも、こくんと透歌が頷く。 「ゼロさんて、いろいろすごい噂とか聞いてたんですが‥‥大きいけど、わりとふつうの人?」 「どっちかって言うと面白い人、カナ?」 ほのかに悩む透歌へ、くすくす笑った柚月だが。 「さっさと、まとめて出てきてくれるとイイんだケドね‥‥」 離れた仲間と村人が心配なのか、不安げに村の方向へ視線を投げた。 ○ 「村の中で避難所になりそうな広場や建物ってのは、あるかい?」 イリアスに問われた村人は、不安を隠さず首を横に振った。 「万が一の避難場所は、先に説明した洞窟くらいです。単に人を集めるなら、集会所などありますが‥‥もし犬頭鬼が襲ってくれば、ひとたまりもないでしょう。広場は尚更、まず外の寒さに年寄りや子供が耐えられません」 「ああ、それもそっか」 何故、わざわざ村から離れた洞窟が避難場所なのか‥‥それを聞いて、イリアスも合点がいく。 「やはり、洞窟へ避難した方が良策のようですね」 「うん。後は‥‥」 表情を曇らせるルシールに彼も考え込み、そこへ慧が姿を現した。 「待たせた。避難先の洞窟に、アヤカシの気配はない。そちらは?」 「全員が安全に身を隠せる場所は、ないようです」 準備を進める人々を振り返って、残念そうなルシールが答える。 「すぐに出発した方がいいねぇ。日が暮れると、危険も増すから」 危惧するイリアスへ、二人も唱える異はなく。 「なぁに、せいぜい一晩ほどの辛抱だよ」 「道中は私達が守りますので、安心して下さい」 「きっとすぐ、仲間が吉報を持って帰ってくる‥‥それまで、我慢してくれ」 励ます言葉をかけながら、三人は村人達と共に村を後にした。 ●犬頭鬼、現る 雪の積もった森の端、崖に開いた黒い穴に、警戒した犬が身を伏せて唸る。 「あれが、ねぐらか」 飼い主が首輪を抑える様子に注意深くベルンストが観察すれば、穴付近の雪は踏み固められていた。 「『瘴索結界』をかけてから、入った方が良いよね」 「うむ、頼んだぞ」 確認する柚月に、ナイピリカがつぃと顎を上げる。 「ここまで犬ドモに出くわさなかったが、依然として地の利は敵にある」 「巣穴なら、尚更だな。中の広さも気になるが」 槍「白薔薇」を携えたロックが、薔薇の棘のような装飾のついた柄を握り直した。 「連中の体躯もでぇけし、大丈夫だろ。俺はここに残るから、中の掃除は任せた」 ひらと片手を上げるゼロへ、舞傘「梅」を抱えた柚月が目を丸くする。 「ゼロ、残るの?」 「案内役を連れてく訳にも、ましてや残す訳にもいかねぇだろ‥‥というか、柚月」 急にゼロは柚月の前髪をかき上げ、額にごつんと自分の額を押し当てた。 「にゃ!?」 「ん〜‥‥熱は、ねぇな」 驚く相手に構わず、何事かを納得する。 「な、何っ?」 「ナンか変だぜ、大丈夫か?」 尋ねられた柚月は、すぐさま首を縦に振った。 「にゃ。なんでもナイんだよー。がんばろーねっ」 ‥‥本当は、こわかったケド。 いつも通りの明るい元気な声ながら、胸の奥に言葉を沈める。 オルシュテイン城からの帰路、なかなか意識が戻らない相手を見守っていると、心が冷えた。 ‥‥見たいのは床に臥した彼じゃなくて、笑ってる彼だカラ。 「ゼロに限らず皆、癒しちゃうんだよ!」 あんな姿、もう見なくて済みますよーに‥‥と。 そんな柚月の小さな祈りを、激しい犬の吠え声が遮った。 「なに?」 「あれ! あそこです!」 透歌が指差す先で、威嚇するようにアヤカシが高々と大降りの剣を掲げて吠える。 「ふふん。どうやら、わざわざ穴倉に入ってやるまでもなかったようじゃ」 ガードを構えながら、ナイピリカがシザーフィンを抜いた。 「一匹、か。予想では、四匹前後となっていたが」 ざっと周囲を見回すベルンストは、見えぬ影に眉をひそめる。 その間に、たたんだ舞傘を杖の様に立て、柚月が意識を集中し始めた。 「透歌、よろしくな」 「はいっ」 白薔薇を構えるロックへ答え、いつでも舞えるようにと透歌は合口「呪痕」を手に取る。 「‥‥いま近くにいるのは、あのアヤカシ一匹だけだよ」 ぽぅと僅かに発した光が消えると、柚月が告げた。 「もし別の気配が現れたら、教えてくれ」 犬頭鬼から目を離さずにベルンストが頼めば、「うん」と短く巫女は即答し。 「やっつけるのは、任せたカラ!」 そして透歌と視線を交わし、アヤカシへ身構える者達の背を見守る。 「んじゃあ、面倒だから『寄せ』るぜ」 冷たい空気を大きく吸ったゼロが、『咆哮』した。 荒々しく雪を踏み散らし、一つきりの目玉をギラつかせた犬頭鬼が突進する。 「‥‥来た。後ろに、三つ!」 柚月の声に、じゃらっと小さく細い鎖が鳴り。 「まとめて凍れ」 振り返りざま、『ブリザーストーム』を放った。 手鎖より吹き付ける風と雪が、三匹の犬頭鬼の顔を見る間に白く覆う。 「春がくる前に、存分にな」 それでもなお向かってくる犬頭鬼達へ、彼の脇を抜けてゼロが走った。 身のこなしから腕が立つ事は察しているが、相手は中級アヤカシ三体。 足止めとして、無策で突っ込む馬鹿でもなかろうと、ベルンストは最初のアヤカシへ注意を戻す。 「正面は、囮かっ」 「サバわんこ如きが、小賢しい!」 行く手を塞ぐロックに、ナイピリカはシザーフィンを構え。 「ワシのないすばでー、喰らってみるかの? ふっふーん」 ぺたん‥‥もとい、凹凸控え目な『ないすばでー』を、犬頭鬼へ見せ付ける。 異論があるのかないのか、ナイピリカの『挑発』へ苛立たしげにアヤカシが吠えた。 どっちの意味でもアレな気はするが、あえてロックは口に出さず。 その間に突き進む犬頭鬼の、大剣を振り上げた腕を、ベルンストが『フローズ』で凍りつかせる。 背後で舞う巫女達の応援が、二人の騎士の背中を押した。 振り下ろされる大剣にガードで身を庇い、積極的にナイピリカは前へ出て。 その隙を狙い、ロックが金リボンをなびかせる。 「一つ目を目無しにしてやろう‥‥ロック・J・グリフィス、参る!」 名乗りをあげて白薔薇を振りかざし、狙うは一つきりの目玉。 狙い違わず、穂先は深々と標的を抉り。 苦悶の叫びに、ナイピリカは容赦なく追撃の青い刃を振るった。 だが目を潰され、怪力を持ってデタラメ振るわれる大剣と剣風は、浅く深く皮膚を裂き。 傷の程度をみて、透歌と柚月は癒しの風を祈り。 一方でベルンストが的確に、アヤカシの動きを封じる。 着実な攻撃は、体躯を誇る犬頭鬼の体力を確実に削いでいき。 「止めだ‥‥!」 遂に、ロックの一撃がアヤカシを散りと化した。 「まだじゃ、戦いはこれからぞ!」 すかさずナイピリカが振り返れば、サムライは二匹の犬頭鬼を相手にしている。 「一匹、任せたぜ!」 「頼みとあらば、仕方あるまい。引き受けてやるぞ!」 呼びかけにナイピリカが剣をかざせば、ゼロは大声で笑った。 ●春遠からじ 犬頭鬼の群れを退治した仲間が避難場所へ到着した時には、既に辺りは闇に包まれていた。 囮の組の甲斐もあって、襲撃もなく無事にしのげたらしい。 「さぁ、怖いのはもう終わりだ。皆、村へ帰れるよ!」 仲間から知らせを受けたイアリスが明るく呼びかければ、村人達の間から不安の空気が消えた。 「たが、夜道は危険が多い。送るのは、夜が明けてからになるが」 念のためにとベルンストが付け加えれば、山間に住む者達も危険を承知してか、無理を言う者もなく。 開拓者は村人と、そこで一晩を明かす事にした。 「この国に来て一番の収穫は、クリームシチューと出会えたことです。すばらしいですね、クリームシチュー。美味しいし、体は温まるし、栄養はあるし、美味しいし」 「本当に、好きなんだね。クリームシチュー」 微笑ましげにロックが笑えば、透歌は目を輝かせた。 「はい! あんな美味しい料理を考えつくだけでジルベリアの人達は、すばらしいと思います。あのとろりとして優しい味と‥‥」 熱心にロックへシチュー愛を語る透歌だったが、ふと思い出したようにゼロを見上げる。 「そういえばゼロさんはこの国に来て、何か好きなものを見つけられましたか?」 「好きなモノ? そういや、あんま考えなかったなぁ‥‥」 いきなりな質問に、ゼロは苦笑を返し。 「では、村に着いたらお願いして、皆でクリームシチューを頂きませんか。こういう形の報酬なら如何です、ゼロさん?」 何気なく話を聞いていたルシールが、依頼の報酬を断った相手へ提案した。 「あー、俺ぁ別に‥‥」 言いかけるゼロだが、先に腹の虫が「ぐぅ」と鳴り。 「実に、正直じゃな」 目を細め、茶化すナイピリカの傍らで、ルシールはくすくす笑う。 「ま、アレだ。ありがとな、ルシール。柚月も」 急に礼を言うゼロへ柚月は目を瞬かせてから、ふるりと首を横に振った。 黙って仲間の会話を聞いていた慧は、ふと懐から横笛を取り出すと、静かに吹き始める。 優しい音色と旋律に、やがて別の笛が重なった。 音を辿れば、哀桜笛を奏でる柚月の姿があり。 (我慢の冬は‥‥もう終わり、だな) 笛を合わせながら、そっと慧は目を伏せる。 雪は深く、外から時おり冷気が吹き込んでくるが。 それにも負けぬ暖かな音色は、緩やかに人々の間へ染み込んでいった。 |