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■オープニング本文 ●地下牢の虜囚 じゃらりと、冷たい金属の音がした。 左手首が、やたらと痛い。 手首には厚い鉄の枷がガッチリと嵌(は)められ、そこから伸びた鎖は壁の錆びた止め具に固定されていた。 吊り上げられている訳ではなく、肩が抜ける程でもない。 ただ壁を背に座り込む事は出来るが、身体を横たえる事が出来なかった。 胡坐を崩して片方を立て膝にすれば、足元でもじゃらじゃら鎖が鳴る。 右の足首にも左手首と同様に枷が嵌められ、そこから伸びる鎖の先は石床に転がる鉄球が繋がっていた。 切り出した石を組んで作った、狭く四角い空間。 石壁ではない唯一の面は、鉄格子が内と外とを隔てている。 地下牢というものは、天儀もジルベリアもそう変わらないらしい。 出来る限り楽な姿勢でゼロは腰を落ち着けると、静かに目を閉じ、耳をすませた。 姿こそ見えないが、地下牢にはどうやら自分と同様に囚われている、帝国軍兵士らしき者の気配が一つ。 歩き回る、足音の数や特徴。 岩壁に反響しながら聞こえてくる、反乱軍兵士達の他愛もない会話。 今はそれを、じっと聞く。 ――反乱軍が攻勢をかけるべき目標としているのは、本城リーガ城か。それとも、支城クラフカウ城の方か。 それを知る事が今の目的であり、ゼロが受けた依頼の内容だった。 ○ 「反乱軍が攻撃の標的として狙っているのが、グレイス辺境伯のいる本城リーガ城なのか、それともリーガ城より手薄で落城しやすい支城クラフカウ城なのか。それを急ぎで探ってほしいそうです。情報を確保する為の、手段は問いません」 発端は、五日ほど前。 開拓者ギルドでゼロに持ちかけられたのは、彼にとって少々『面倒な部類』の仕事だった。 「頼む相手、間違えてねぇか? 俺はシノビじゃあねぇし、諜報とか間諜の真似事なんぞ向いてねぇぜ」 「でもですね。反乱軍の狙いが分かれば、開拓者の被害や余計な犠牲も抑えられます。ですから」 そこを何とかと手を合わせる相手に、面倒顔でゼロは唸り、やがて口を開く。 「手段は問わねぇって、言ったよな」 「はい」 「本当に、どんな手段を選んでも構わねぇのか?」 「‥‥はい」 「なら、もっと手っ取り早い方法を取ってもいいよな。気付かれないよう忍び込めとか、敵兵を捕まえて情報を聞きだせとかじゃあなく、例えば直に情報を聞きに行くとか」 「‥‥‥‥はい?」 話が見えないのか、目をぱちくりさせて唖然とする受付係へ、ゼロはニッと笑った。 馴染んだいつもの格好でなく、質素な単衣に皮鎧を着込み、蓑傘をまとう。 宝珠刀の代わりには、よくある刀を適当に選んだ。 後は反乱軍の拠点支城の一つ、オルシュテイン城の近くで反乱軍の隊を見つけると、打ち合わせた他の開拓者達の助けも借りて、逃げ遅れたフリをして捕まる。 「天儀の開拓者か」 「雇われ者だ、恨みはない。この通り大人しく降参するから、やたらと命まで取るとか、帝国連中みたいなおっかねぇ事は言わないでくれよ」 すぐさま武器を捨ててゼロが投降すれば、些少(さしょう)の『ジルベリア流尋問』を受けた末、捕虜としてオルシュテイン城の地下牢へ放り込まれた。 ○ 食事や何やといった面倒で雑多な虜囚の世話は、寝返った帝国兵や傭兵の好みではないらしく、民兵に回されていた。 そして、訓練を受けていない民兵の口は、総じて軽い。 五日ばかりこうしていれば、必要と思われる話はだいたい耳に入ってきた。 例えば、領土を統治する為政者グレイス・ミハウ・グレフスカスなる人物に対する評判自体は、決して悪くない。 だが『断絶した血筋の、忘れ形見の帰還』と『打倒皇帝、打倒帝国』の謳い文句は、民の耳によほど心地がよかったとみえる。 その忘れ形見、総大将コンラート・ヴァイツァウを、城の民兵は「古き良き『騎士道』の体現者」「人の良いヴァイツァウの坊ちゃん」などと、堅苦しくも温かみのある感で呼んでいた。 キシドーとかいうモノが何かはよく判らないが、そのせいか失策があっても彼らのウケ自体はいい。 ただ両者の評判に、ゼロは何故か奇妙な『引っかかり』を覚えていた。ソレが何かは自分でも分からず、すこぶるうっとうしい。誰かに聞けば、その『引っかかり』が何か分かるかもしれないが‥‥。 ともあれ、聞けるであろう事はあらかた耳にし、ここでこうしているのにも飽いた。 錆びた止め具が外れないか、隙をみて朝な夕なに『試み』を繰り返していれば、幾らかのガタが出始めている。 後は、話を合わせて託した者達が動くのを、信じるのみ。 「それにしても‥‥だ。飯が不味い上に、やたらと寒ぃな。ここは」 白い息と共に低くぼやき、ゼロは時を待つ。 ――今は、大人しく。 ●迎えの約束 地下牢暮らしに、ゼロが『飽きた』頃。 ジルベリアの開拓者ギルドでは、約束の五日を待って、『準備』を始める者達がいた。 雪に閉ざされ、未だ春の気配が遠いジルベリア南部で発生した、帝国に対する反乱騒ぎ。 その一角である反乱軍の支城オルシュテイン城で、情報を集める為に虜囚となっている筈のゼロを、救出に向かう。 救出する為の具体的な手段に関しては、助けに来る者達へゼロが一任していた。 また開拓者ギルドの側からは、救出にあたって『ある程度の騒ぎになっても構わない』と一文が添えられていた。 救出すべき相手が相手なだけに、おそらく開拓者ギルドも隠密に事を運んで‥‥という訳にはいかないと、判断したのだろう。あるいはタイミング的に、反乱軍へのかく乱を狙っているのかもしれないが。 「じゃあ、あとの事ぁ任せた。面倒かけちまうが、アテにしてるぜ」 別れの間際、協力する者達へゼロはそう言って、笑った。 ――その約束を、守るため。 準備を整えた開拓者達は、足早にジルベリアの開拓者ギルドを後にした。 |
■参加者一覧
柚月(ia0063)
15歳・男・巫
神凪 蒼司(ia0122)
19歳・男・志
香椎 梓(ia0253)
19歳・男・志
橘 琉璃(ia0472)
25歳・男・巫
天目 飛鳥(ia1211)
24歳・男・サ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志
神咲 六花(ia8361)
17歳・男・陰
賀 雨鈴(ia9967)
18歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●約束を果たしに 「相手の反乱軍はともかくとして、ゼロが捕まる、というのも、何やら珍しい気もするが‥‥何か考えあっての事、なのだろうか」 決めた手筈に合わせ、ひと通りの準備を整えた神凪 蒼司(ia0122)は、ふと怪訝そうに呟いた。 本気ではない依頼ではあったが、以前に一度手を合わせた『感触』を思い返せば、やすやすと誰かに捕まるような相手に思えない。 「情報を得る為に、捕虜として入り込んだのですよ。何と言うか‥‥噂に違わず、大胆な方ですね」 答える香椎 梓(ia0253)の微妙に濁した言葉に、思わず柚月(ia0063)が口元に手をやってくすくすと笑う。 「なんてゆーか‥‥すっごい、ゼロっぽいやり口だよねぇ」 「ですが、人好きで騙されやすいとの噂も聞きます‥‥彼の得た情報は、信用できるのでしょうか」 手段はともあれ、情報が手に入らなければ意味がない。また情報を得る事が出来ていても、わざと偽の情報を掴まされる可能性もある。 「しっかりとゼロを奪還できる様、務めなくてはな。もし彼が話も出来ない状態に陥れば、確認すら出来なくなる」 鏡の中にいる、華やかな衣装をまとった自分の姿に戸惑いながらも、蒼司は軽く襟の合わせを整えた。 気を引き締めれば、鏡越しに後ろでなにやらゴソゴソとジルベリア風の女物衣装を用意する仲間の姿が目に入る。 「それは‥‥?」 「ああ、ゼロっちにメイド服を届けようかと!」 ニッと笑顔で答える天ヶ瀬 焔騎(ia8250)の手には、ご丁寧にもヘッドドレスまで用意されていた。 「‥‥何故、メイド服?」 「そこに、ゼロっちがいるからだッ!」 疑問を重ねた蒼司へ焔騎が更に会話を混沌とさせ、ふと橘 琉璃(ia0472)は記憶の糸を辿る。 「確かゼロさん、鏡開きの時にメイド服を着ていましたね。焔騎さんも、一緒に」 「あぁー‥‥あれは、余興みたいなものだから」 どこか遠い目をしながらも手は休めず、いそいそと焔騎は業物を忍ばせた横長の葛篭(つづら)へそれらを納めた。 準備を眺める琉璃は、「そうですか」とそれ以上は深く問わず。 「約束ですから、待ちくたびれていると思うので、果たして急がないと駄目ですねぇ」 「うん。あんな強いヒト相手に、心配とか失礼だと思うケドさ‥‥寒いんじゃないカナ、とか。ケガしてないカナ、とかちょこっと思っちゃったり」 右へ左へと首を傾けながら、ふにふにと柚月は不安げな顔をしたものの。 「あ! 今の、ゼロには内緒だケドね!」 「はい、判っています」 はっと気付いた柚月が人差し指を口元へ当て、苦笑しながら梓も一つ頷くと、満面の笑みが返ってきた。 「そちらの準備は、出来た?」 木の扉越しに賀 雨鈴(ia9967)がかける声を聞き、急いで神咲 六花(ia8361)は脱いだ衣をたたんで仕舞う。 「はい。変装する人達は皆、着替え終わった感じ、かな?」 「じゃあ、お邪魔するわね」 断りを入れてから扉を開き、二胡を包んだ長袋を携えた雨鈴が顔を覗かせる。 「あら、可愛くなったわね、神咲さんも柚月さんも。香椎さんは、ちょっと妖しい感じが素敵かしら」 「へ、変装など、情報を集める手法の一つとしては、ほんの基礎‥‥だからね」 惜しみなく褒める雨鈴に、内心の動揺を抑えつつ、こほんと六花は咳払いを一つ。 「怪しまれたら、元も子もないし」 「でも、女装はしないからな!」 何故か焔騎が主張すれば、天目 飛鳥(ia1211)も微妙な表情を浮かべる。 「俺も、女装は遠慮したい。普段通りの地味な格好で、行かせてもらおう」 「無理に着替えさせる気なんて、ないわよ」 妙に警戒する二人へ、困った風に雨鈴は苦笑を返した。 「でも反乱軍に一人で潜入なんて、無茶をするわね‥‥ゼロも。救出を任された以上は、こちらも期待に応えないとだけど」 呆れ半分、感心半分な雨鈴に、悪戯っぽく銀の瞳を輝かせて柚月はくすくす笑う。 「それ以前に、囚われのお姫様なんてゼロには似合わナイよ。ささっと回収して、暴れてもらお。ね、『座長』?」 冗談めかして柚月が『立ち回りの役』で呼べば、真剣な表情で「そうだな」と蒼司が頷いた。 ○ ゼロを助け出す為の策は、迎えに行く者達に任されていた。 目指すは反乱軍の拠点の一つである、支城オルシュテイン。 事前に得た情報では、そこに反乱軍兵士50人ほどがいるという。 城へ侵入するために八人が選んだのは、「蒼司を座長とした旅芸人の一座を装い、正面から城へ乗り込む」という方法。 首尾よく城に入る事が出来れば、芸事に秀でた柚月や琉璃、梓、雨鈴ら四人が演目で兵士達の目をひきつける。 その間に焔騎と六花は厨房へ潜り込んで『仕込み』を行ってから、場内のいずこかにいるゼロを捜索。 また二人とは別に、飛鳥は単身で城内を探りながらゼロを探すという。 更には一行の行動に合わせて、別件での依頼の動きもある‥‥という話だ。 こちらは特に申し合わせて何かを行うというでもなく、騒ぎに便乗するという形になるようだが。 ○ 「そろそろ、出立するか」 段取りを頭の中で確認した蒼司がおもむろに立ち上がれば、準備を整えた仲間達も後に続く。 「上手く、事が運べばいいのだが‥‥」 祈るように呟いて、彼は被った笠を目深に引き下ろした。 ●城門問答 雪にそびえる、オルシュテイン城。 その城門を守る兵士達は、雪の中を歩いてくる見慣れぬ風体の一行に気付くと、槍を構える。 「止まれ!」 制止の声と共に行く手を槍が塞ぎ、穂先を向けた兵士達の中で最も年長のジルベリア人が口を開いた。 「見ない顔の者だな。何の用だ」 「見ての通り、旅芸人の一座。城の皆さんの慰問に、参った次第‥‥」 頭を下げた蒼司は、やや言葉に迷いながら仮の身分と目的を説明する。 それを聞いた兵士達は、疑わしげな表情で互いに顔を見合わせた。 「誰か、慰問の話を聞いているか?」 年長の男が問えば、当然の如く兵士達は揃って首を横に振る。 「お前達、誰に頼まれた」 明らかに怪しんでいる様子を見て、おもむろに梓が蒼司の傍らへ進み出た。 「誰にという訳でなく‥‥実は戦乱に巻き込まれ、更にこの雪で大変困っておりまして。せめて一晩、雨露を凌がせてはいただけないでしょうか。その、お礼は致しますので‥‥」 「礼、か。例えば?」 「それは‥‥」 意味深に匂わせた梓だが、ストレートに問い返されて言葉に困り。 「旅する途上、色々と耳に入ってくるものを。例えば、帝国軍の情報など‥‥」 今度は、雨鈴が『助け舟』を出す。 「ふむ?」 「それに兵を労われば、士気も上がるかと‥‥その為の場に、楽や舞で少々の華を添えさせてもらうのはどうかしら?」 やや興味を示す相手へ、彼女は『礼』の上乗せをした。 「息抜きもなくては。戦う前に気がくじけてしまいますでしょう?」 「娯楽も無いようですし、少しでも楽しんで疲れを癒してもらえれば、最高です。いかがでしょうか?」 柚月に続いて、琉璃も更に後押しをする。 年長の男が他の兵士達を見やれば、雪の中で歩哨をしていた者達は期待に満ちた視線を返した。 「そこまで言うなら、考えてやろう。呼んでもいない、何一つ身の証もない見ず知らずの者が、そこまで熱心な『提案』をするのだ。タダという訳でも、ないだろうからな」 告げられた予想外な言葉の意図が一瞬判らず、一行は互いに顔を見合わせる。 「それは、つまり?」 問い返す蒼司に男は思案し、そして軽く手を振れば、槍の穂先が下ろされた。 「ついてこい」 背を向けた男は先に立って歩き、迷っている訳にもいかず一行も後へ続く。 移動する『一座』の左右を兵士が固め、後ろからも兵士が一人ついてきた。 城壁の内側にも積もった雪を踏み、興味深げに石造りの建物を眺める者達の先に、質素な小屋が見えてくる。 まさかと疑う者達の前で男は足を止め、小屋の扉を開けた。 「ここで待っていてもらおうか。荷物は、外に置いてな」 「あの、待って下さい。えっと、これを‥‥宴で一芸を演じさせていただく為の、付け届けになりませんか?」 急いで六花が念の為にと持参した天儀酒の徳利を差し出せば、ひょいと男はそれを取り上げ、重さを量るように軽く左右に振ってみる。 「ふん‥‥これでは、城の者達の全員が暖を取るのに足らないな」 男と六花のやり取りに、誰もがようやくソレに気付き、思い当たらなかった自分に眉をひそめた。 戦において、食料の備蓄は兵士達の生命を左右しかねない重要な問題だ。 冬場ならそれは尚更で、ここは天儀よりも寒さの厳しいジルベリア。 そこへ頼んでもいない、見も知らぬ旅芸人達が「自分達が芸を見せたいから、宴を開いて下さい」と我が侭な提案しても、簡単に食料庫を開くはずがない。 素性を疑われる事を予想もしなかった者達には、当然そういう場に直面した際の段取りもなかった。 ――もし、ここが両手で足りる人数ほどの兵士が駐留するだけの、見張りの砦だったなら、結果は違っていたかもしれないが。 ここは、反乱軍の拠点の一つである支城。 改めてそれに気付いても、後の祭りだった。 荷物を、そこに隠した武器を取り上げられては、堅牢な石城から抜け出す事もままならない。 そう判断した者達の行動は、早かった。 だが同時に、警戒していた兵士の一人が呼子笛を吹く。 呼び交わすように別の呼子笛が応え、城内はにわかに騒がしくなった。 ●支城騒乱 「何か、あったのか?」 呼子笛の音を耳にして、牢番達は眉をひそめた。 彼らの不安を、あおる様に。 おぉぉぉ‥‥っ、と低く唸り、咆える様な声が牢から響く。 恐々と顔を見合わせた者達だが、知らぬ振りも出来ず。 鍵束を取って異常を確かめに向かえば、牢の一つで数日前に捕らえた天儀人が床に倒れ伏していた。 城内の騒ぎに、恐れと不安があったのかもしれない。 動転した牢番は慌てて鉄格子の鍵を開け、牢へ足を踏み入れる。 「おい、どうし‥‥」 かけた声は、途中で文字通り、潰れ。 茫然とした兵士達が我に返るより先に、相手は足枷を物ともせずに跳ね、鎖が鳴った。 物陰で息を潜めていれば、ばたばたと複数の足音がすぐ近くを通り過ぎる。 「大騒ぎになってしまいましたね。どうしたものでしょう」 被った薄衣の下で、琉璃が途方に暮れて呟いた。 「もう、こっそりどうこう出来る状態じゃないから‥‥早くゼロさんを見つけて、引き上げるのが一番だよ」 なるべく兵を傷つけない為にはソレが一番早いと、表情を曇らせる六花の腕を焔騎が引いた。 「俺は神咲さんと、ゼロっちを探す。そっちは逃げ道を確保しながら、騒ぎを引き伸ばしてくれ!」 「ちょ、え、天ヶ瀬さん!?」 「ならば俺は、彼らの退路を探ってこよう。他の者より、多少は目立たないだろうからな」 その場を離れる焔騎と六花に続き、申し出て単身で駆けた飛鳥だが、彼は気付いていなかった。ジルベリア人ばかりの城では着物姿の方が逆に珍しく、先の二人と目立ちっぷりはあまり変わらないという事実に。 「いたぞ!」 「こっちだ!」 あちらこちらで声があがり、また呼子笛が鳴った。 「‥‥大丈夫かな」 不安げな柚月が、慌ただしい兵士達の動きをうずうずと気にする。 「陽動も兼ねて、こちらも動きますか」 梓と蒼司は互いに顔を見合わせ、腰の刀に手をかけた。 「そうだな。後は城門近くで彼らを待ち、合流した後に突破しよう」 「本来は、私達の脱出が陽動‥‥だものね」 自分達とは別に動いている依頼や、ゼロや分かれた仲間へ及ぶ危険がそれで減るのなら‥‥と、一も二もなく雨鈴が頷く。 大きく段取りは狂い、被害が拡大し、騒ぎも収拾がつかなくなっているが、やらなければならない事は変わらない。 梓が前を、蒼司が後ろを守る形で、五人は行動を開始した。 その一帯の空気は、酷く澱んで思えた。 錆びた鉄に似たそれとすえた臭いが混ざり、息をするたびに胸の底がむかむかとしてくる。 そんな汚濁の空気の奥から、ばたばたと兵士達が駆ける音が聞こえ。 焔騎と六花が足を止めて身構えれば、血相を変えた兵士達が駆けてきた 歪んだ恐怖の表情に、傭兵や元帝国兵、民兵の違いはなく。 出くわした二人の姿も目に入らないのか、身体をぶつけながら通り過ぎて行った。 チリチリと、本能の警告が首筋辺りの毛を逆立てる。 「来、来るなッ! 来るなあぁぁぁー!」 視線の先には、逃げ遅れたか腰を抜かしたか、へっぴり腰で剣を振って後退する兵士の背。 がごん、と。 重い音がして、鉄球が壁にめり込んだのと。 思わず口を手で押さえた六花が、目をそむけたのが、同時。 首なし兵士の身体が、鮮血を撒き散らして床に崩れた。 じゃらと鎖を鳴らして、それを無造作に乗り越えれば、行く手に立つ者達に気付いたか。 髪も着物も酷く汚れて乱れ、殺気の塊のような悪鬼羅刹が、二人をきろりと鋭く睨んだ。 「ゼロっち、だよな?」 迫る相手に、注意深く焔騎が声をかける。 「天ヶ瀬だ、迎えに来た」 「神咲だよ。大丈夫、ゼロさん?」 続いて六花も己が名を告げ、名を呼べば。 フッと、相手の目から鬼気が消え失せた。 「ああ‥‥無事、か」 「それは、こっちの台詞だよ」 深く息を吐いた末の言葉に六花は苦笑し、持ってきたロングコートを肩へかけようとするが、ゼロはそれを手で制する。 「他の連中は?」 「退路を確保して、待っている」 焔騎が答える間に六花が強引にコートを被せれば、「すまねぇ」とゼロは小さく礼を言い。 「足のそれ、切る?」 「時間が惜しい。動く分には問題ねぇから、後で‥‥どっちだ?」 「こっちだ」 合流すべき仲間が待つ方向を焔騎が示せば、じゃらじゃらと枷の鎖を鳴らして駆け出すが。 幾らも行かぬうちに、どぅと無造作に倒れた。 「わわっ、ゼロさん!?」 急いで六花が起こそうとするが、気力が尽きたか意識がない相手は重く。 「焔騎、六花、無事か!」 「天目さん、いいトコにきたッ!」 二人を見つけて駆け寄る飛鳥へ、焔騎が目を輝かせた。 ○ 城門で待つ者達と合流して城を脱出すれば、後は順調という訳でもなく。 そして何より厄介な事に、肝心のゼロが昏倒したまま、目を覚まさなかった。 雪の中、動かぬ者を連れた一行は、出来る限り痕跡を消しつつ、オルシュテイン城からの捜索隊の目をかわしながら、時間をかけて移動する。 ようやく安全な村まで着いた時には、反乱軍の襲撃先に関しての裏付けや確証が取れぬまま、帝国軍と開拓者ギルドが次の一戦に向けての方針を出した後だった――。 |