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■オープニング本文 ●或る老人の隠居 その名もなき沢は、男にとって特別な意味を持っていた。 長年連れ添った妻が気に入っていた場所であり、その妻を看取った場所でもある。 それ以降、毎年妻の命日が近付くと、男は沢へ足を運んだ。 海原を渡ろうと、昼なお暗い森に踏み込もうとも、時期が来れば必ず沢を訪れる。 沢から一番近い村には、村人の懇意で妻の墓が立てられていたが、それでも男は墓参を済ませるとその足で沢へ向かった。 だが如何に武芸者といえど、寄る年波には勝てず。 束ねた髪も真っ白になり、若い時と比べ足腰も衰えた――といっても、ひよっこの若侍に負けぬ技量と気概はまだ残されているが――男は、そろそろ潮時と考えていた。 あの沢に近い村で腰を落ち着け、妻の墓を守りながら、ゆるゆると天命が尽きるのを待つのも悪くない、と。 そしてまた、今年も再び沢へ行く日が近付いてきたのだが‥‥。 「鬼火のアヤカシが出る?」 村へ着いた小斉(こさい)が尋ねれば、浮かぬ顔をした佐和野の村人は恐縮して頷く。 「はい。この一月ほど前、沢へ行った者が二、三人ばかり戻らず。探しに行った者もほとんど帰らず、なんとか生きて逃げ延びた者が知らせたのでございます」 「それで、人を募って退治せんかったのか」 「沢へ近づかぬ様、村の者にはきつく言い渡しました。今のところ、村への被害は出ておりませんし、人を頼む金銭も‥‥」 「やれやれ」 嘆かわしいと小斉老人は溜め息をつくものの、苦しい小村の台所事情もまた判っていた。 「仕様がない。儂が神楽の都へ知らせをやって、退治できる者を呼んでやる」 「もしや、小斉の旦那が退治されるんで?」 「馬鹿を言え。盗賊や山賊相手なら別じゃが、『志体』のない儂ではアヤカシの餌になるのがオチよ。もっとも、骨ばった老いぼれでは喉に引っかかって、かなわんだろうがな」 神妙な顔で聞く村人の問いを、小斉老人は呵呵(かか)と笑い飛ばした。 ●開拓者、来たる 『開拓者』と呼ばれる存在には、『志体』と呼ばれる資質のある者のみがなれる。 下級のアヤカシならば、『志体』を持たぬ者でも数十人が束になり、倒せる事があるかもしれない。だが結果的に周囲へもたらす被害が、アヤカシによる被害より甚大になるのが大概だ。 一方、開拓者は少人数かつ被害も最小限に留めて、それを成す。 故に『志体』を持たぬ者は、アヤカシの退治に開拓者を頼った。 また開拓者はそうしたアヤカシ退治を経て修練を積み、戦う術を鍛え、力を蓄える。 地中深くの遺跡か、あるいは広い大空の彼方‥‥それらを切り開くする機会に備えて。 ○ 神楽の都にある開拓者ギルドには、昼夜を問わず開拓者の協力を求める案件が届き、それを閲覧する開拓者で賑わっていた。 何気なくそれらを眺めていた一人の大柄な男が、その中に見覚えのある名を見つけ、にっと口角を上げて注視する。 「‥‥ゼン?」 小さな声に気づいて目をやれば、傍らの少女が疑問の表情を浮かべていた。 「ああ、すまん。昔、世話になった人の名前を見つけたんでな」 「‥‥もふ?」 今度は少女が抱えた藍色の仔もふら様が、大きな目をぱちぱちさせる。 「隠居する話は風の噂に聞いていたが‥‥急げば今日の『精霊門』開門に間に合うだろうし、『仕事』がてら挨拶に行くとするか。師匠に会うのは始めてだろう、サラ?」 毎夜0時頃、神楽の都の『精霊門』が開く。 それをくぐれば一瞬で、武天にある豪族『巨勢』の都、此隅(こすみ)の『精霊門』へ辿り着く算段だ。 後はそこから歩くか、乗り合いの馬車で目的地へ移動する事になる。 依頼を受ける書類へ崎倉 禅(さきくら・ぜん)と己の名を書き込むと、サラと呼んだ少女をひょいと抱き上げ、男は開拓者ギルドを後にした。 ○ 「という訳で、たまたまギルドを訪れてみれば、たまたま面白い名前を見たので、たまたま『仕事』を受けてみた訳だ」 前触れもなくやってきたかつての弟子に、小斉老人は大きく嘆息した。 「なら、ついでに師匠の顔を立てて、一つ頼まれてくれんか」 小斉老人の言葉に、囲炉裏を囲む崎倉は酒の椀を口へ運びながら、視線で先を問う。 「儂は、隠居の為にここへ身を置いた。もし開拓者と共に沢へ行けば、足手まといとなろう。かといって、事の次第は見届けたく思う。そこでじゃ」 言葉を切ると小斉老人も酒の椀を取り上げ、崎倉が竹筒の酒をそこへ注いだ。 「面倒じゃろうが『仕事』ついで、儂の代わりに一部始終の見届け人となってもらえるかの? 腕を疑う訳ではないが、確かな証人がおれば村の者も安心しよう」 「師匠の頼みとあっちゃ、仕方ないな。その代わり‥‥」 師を真似るように言葉を置いた弟子に、老人は片眉を上げる。 つまらぬ事を言えば許さんぞと、冗談めかすように。 「事が終われば、見ものだという沢の蛍、俺も拝見させてもらっていいかねぇ? 開拓者も、見てみてぇというモンがいるやもしれん」 「別にあの沢は、儂のものではない。無事に『仕事』が済んだなら、蛍火を肴に一献傾けるのも良かろうて」 小斉老人の答えを聞いた崎倉は満足げににっと笑い、椀の酒を干した。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
香椎 梓(ia0253)
19歳・男・志
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
明智珠輝(ia0649)
24歳・男・志
天逢院 白兎(ia0692)
15歳・女・巫
十河 茜火(ia0749)
18歳・女・陰
虚祁 祀(ia0870)
17歳・女・志
ミル ユーリア(ia1088)
17歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●下準備 小斉老人の庵に集まった開拓者は、いずれも桶や毛布を携えていた。 「大層な荷物じゃのう。縁側に置いても、構わんぞ」 かける声に虚祁 祀(ia0870)は顔を上げ、縁側に面した座敷の老人へ一礼する。 「鬼火が相手と聞きましたので、念の為に。本当は、途中で買うつもりでしたが‥‥絵梨乃と白兎が、村の人に話をしてくれて」 淡々とした祀の説明に水鏡 絵梨乃(ia0191)はにっこりと笑み、天逢院 白兎(ia0692)が会釈した。 「こちらで調達できるか聞けば、村の人達が助力を申し出てくれたんです」 「は、はいっ。事情を話したら桶と毛布に加えて、鎌も貸していただけました」 大事そうに両手を添えて鎌を持つ白兎に、小斉老人は何度も頷く。 「そうか。じゃが今は、仕舞っておきなさい。村の者は農具を丹念に手入れする故、指に傷を付けては勿体無い」 「あの、す、すみませんっ」 よく研がれた刃の鋭さに気付き、あわあわと慌てた白兎は鎌を縁側へ立てかける。 そんな少女の様子に、呵呵と小斉老人は笑い声をあげた。 「慌てなさんな。村の衆も頼りにしておるんじゃよ」 「うん、助かった。かえって、世話になったかもしれないけれど‥‥」 抱えた毛布を置くと、桔梗(ia0439)は提げた桶を見つめ、村人との会話を思い出して微かに紫の瞳を細めた。 「待つ間、茶でも飲むか?」 湯飲みと急須を載せた盆を、崎倉 禅が運んでくる。その後ろから小さな女の子がついて歩き、更に少女の後を藍色の仔もふら様がもふもふ追いかけた。 (「あ‥‥」) 丸っぽい藍色のもふもふ物体に、思わず桔梗の目は釘付けになる。 ただし自分より年下っぽい少女を怖がらせぬよう、さりげなくそっと。 「ミルちゃんと梓ちゃんなら、村人から話を聞きに‥‥ああ、ちょうど来たねー」 縁側へ座った十河 茜火(ia0749)が崎倉へ答える間に、二人の開拓者が庭へ入ってきた。 「鬼火の事、聞いてきたよ〜」 駆け寄ったミル ユーリア(ia1088)が、仲間に倣ってぽんと縁側に腰を下ろす。続く香椎 梓(ia0253)は、依頼者の老人へ深々と礼をした。 「小斉さん、無粋な鬼火はしっかり退治して参りますので‥‥ご安心下さい」 「若い衆の腕前、拝見させてもらうよ。もっとも、儂の代わりにこいつが見届け人で同行するが」 「宜しくな。師匠、面倒をかけますがサラを頼みます」 茶を配った崎倉はすぐ後ろに座る少女へちらと目をやり、小斉老人は「うむ」と承諾する。 「サラちゃんっていうのかな? 綺麗な瞳だね。崎倉さんをしばらくお借りするよ。すぐ、戻ってくるからね」 身を屈めた梓が笑顔で言葉をかければ、不安げな青い瞳が上目遣いで彼を見上げ、茶を出す崎倉の背中へじりじり隠れた。 「ふふ。香椎さん、逃げられてますね」 「‥‥残念です」 見守っていた明智珠輝(ia0649)に、言葉と逆に梓は明るい笑みを返す。 「それにしても、奥様との思い出を大切にし、沢へ‥‥愛の深いお方なのですね」 ほぅと吐息をついた珠輝は脳裏に何事かを思い描き、うっとりと目を細めた。 「小斉さま、村の皆様に沢を返せるよう尽力いたします。ふふ」 「良い報せを、待っておるよ」 「はい。何事もなく退治が終われば、その後で小斉さんも一緒に蛍を鑑賞しませんか? サラちゃんも」 「いいねー、それ!」 梓の誘いに、すかさず茜火が同意する。 「ついでにお酒なんかも、お願い出来るかなー。連絡は、禅ちゃんに頼むから」 「俺なのか」 苦笑する崎倉に、にんまりと茜火は茜火が笑う。 「年長者には、諸々やってもらうって事でー。ついでに、行きの水運びとかも」 「崎倉さんは‥‥見届け人で、積極的に戦いへ加わらないと窺いました。そこで水桶を持っていただけると、有難いのですが」 「そうそう。ゼンは見届けるだけならだけでいいんだけど、せめて荷物くらい持ちなさい」 『いい笑顔』の梓に続いてミルが調子を合わせ、連携して『逃げ場』を封じた。 会話の間で白兎がおろおろ皆を見回し、絵梨乃は忍び笑い。 表情の違いはあれど珠輝と祀は成り行きを静観し、桔梗は知らずともふら様を目で追う。 「判ったよ。水運びの一つや二つ」 「よろしくね、禅ちゃーん。じゃあ、さっそく出発ー!」 勝利を収めた茜火が勢いを付けて縁側から立ち上がると、他の仲間達も腰を上げた。 ●人喰う妖し火 風が吹けば、葉を茂らせた木々がざわつく。 鬼火から逃げた村人に話を聞いた梓とミルは、一行を先導する形で里山の道を進んだ。 徐々に両脇に広がる緑は濃くなり、道も緩い上り坂へ変わった。 登った坂が平坦に近付いたところで、二人は歩くスピードを落とす。 耳を澄ませば葉擦れの音に混じり、流れる川の水音が聞こえた。 「話だと、この辺りだっけ?」 「そうですね」 用心深くミルが周囲を窺い、梓は後ろを振り返る。 「移動した可能性も、あるんだよね?」 そっと絵梨乃がミルへ問いかければ、彼女は警戒しながら「うん」と即答した。 「でも山へ人が入らなくなって、もう一ヶ月近いみたい」 「それなら、アヤカシはすぐにでも襲ってくるね」 (「い、いよいよ初仕事‥‥お父様、お母様、先生‥‥白兎は、立派に使命を果たして参ります」) 周囲の会話に、決意と共に白兎がきゅっと口唇を結び、借りた草刈の鎌をしっかり握った。 だが木や岩の陰から、今にも鬼火が飛び出す気がして。 自分の身長より長いロングボウを背負った彼女は、次第に隣を歩く桔梗へ近寄っていく。 一方の桔梗は白兎の不安を気に留めず、茂みや物陰へ目をやりながら歩を進めた。 彼が探すのは襲われた人々の『痕跡』、つまり犠牲者の遺品や骸(むくろ)の一部だ。 もし発見できれば、その周辺に鬼火が出現する可能性は高い。 探す理由はもう一つあるが、少年は手がかりを得る為、臆する事なく黙々と霊木の杖で草を分けた。 沢が近付いたのか、水音は近い。 ふと絵梨乃が天を仰げば、太陽はかなり西へ移動していた。 「出来るなら、日暮れ前に退治したいね」 その時、ふと祀が足を止める。 「どうかした?」 「これ‥‥短刀、かな」 背中越しにミルが聞けば、腰を落とした祀は地面を示した。 草の間に、錆びた細い金属が落ちている。 「襲われた人の物、でしょうか」 「否定できないな」 桔梗の疑問に祀は錆びた刃を拾い上げ、絵梨乃が表情を曇らせた。 「他にも遺留品、あるかな」 「どうだろうねー」 ぽしぽしと茜火は赤い髪を掻き、おもむろに符を手にする。 「一度、心眼で周囲の気配を探ってみましょうか」 同意を得るように梓が珠輝と祀を順に見やれば、二人の志士は首肯した。 吹く風が木々を騒がせ、意識を集中する梓の束ねた黒髪を揺らし。 すぐ近い位置に、彼は気配を感じ取る。 「沢の方角の‥‥上に!」 緊張が、仲間の間に走り。 梢の更に上から、赤く燃える複数の塊が一行へ降ってきた。 「で、出たぁぁぁぁーー!! いいいいいましたよ!? どうしましょうどうしますかどうしたらー!?」 あわあわと長い髪を左右に揺らし、白兎は取り乱していた。 「落ち着いて、白兎」 大きな声ではないが、桔梗に鋭く名を呼ばれた彼女は、はたと我に返る。 「は、はいっ。あ、そ、そうだ、攻撃しないと!」 急いで、背負ったロングボウを手に取った。 「崎倉さんっ!」 「応よ、受け取れっ」 呼びかける絵梨乃に、崎倉が持参の水で濡らした毛布を投げる。 水を含んだ布は重いが、油断すれば自分が燃やされてしまう。 「水を纏った布は、炎を防ぐ盾になる。必守、防炎布盾拳ッ!」 体当たりする様に迫る鬼火へ、絵梨乃は毛布を翻し、迫る鬼火を払った。 「鬼火は全部じゃありません。囲まれないよう、注意して下さい!」 仲間へ声をかけながら梓は鯉口を緩め、腰の業物を鞘走らせる。 鈍い銀色の刀身が、陽光とアヤカシの炎を反射した。 見えるアヤカシは、三体。 まだ残りは三体いるはずだが、心眼の一瞬で感じた気配はまだ遠い。 「機会をみて、こちらも心眼を使うね」 「お願いします」 背中越しからの祀の声に、振り返らず梓は答えた。 「想い出の地に現れた鬼火‥‥綺麗に片づけて、皆さんと蛍鑑賞といきましょう」 「一仕事した後の酒は、旨いからねー!」 からからと茜火が笑い、仲間が対峙する『獲物』を狙う。 「アハッ、出た出たー!」 風が止んでも揺らめき、宙を漂う炎へ、彼女は斬撃符を構え。 「ツムちゃーん、行っけぇっ!」 符はカマイタチのような式となり、鬼火へ飛んだ。 一つ二つと、次々に茜火は斬撃符を放ち。 「貴方の相手は、此方ですよ‥‥!!」 刀と手斧を握る珠輝が、フェイントでアヤカシを誘う。 つられる様に別の鬼火が近寄れば、彼は腰に下げた水の袋を投げつけた。 弾けた水に鬼火が怯む様子はないが、注意を引くには十分だ。 「そちらはまだ、お呼びじゃないですよっ!」 その間に、ミルが小柄な身体を躍らせ。 「はぁっ!」 体当たりする鬼火へ、気合と共に拳を繰り出す。 不安だった手ごたえは、僅かながらあったが。 「熱‥‥っ!」 まるで炎そのものを殴ったかの如く、手が熱い。 とっさに桔梗が近くの桶を取り、ミルの手へ水を浴びせた。 「火傷、してませんか?」 「それは大丈夫。ありがと!」 気遣う桔梗へ、ミルはひらと濡れた手を振って礼を言う。 「殴れない訳じゃないけど、蹴りか白鞘の方が安全かな」 傷の手当てが出来る巫女が二人いるとはいえ、余計な負担はかけたくない。 「要は炎が伝わるより早く、か。やってやる!」 挑戦的に紫の瞳を輝かせ、泰拳士の少女は再び身構えた。 「くふ、ふはは!」 愉しげに笑いながら珠輝が両手の得物を振えば、鬼火は黒い塊と化し。 「お前たちの居場所はここにはない。大地に還るがいい!」 追い討ちに梓が斬り払えば、一部を地面へ滴り落としながら、溶けるように消えて散る。 「残りの鬼火、たぶん近くまできてるわ‥‥後ろね」 仲間が鬼火の数を減す間に、祀は新しいアヤカシの存在を探していた。 ただし志士が使う『心眼』は、アヤカシに絞って気配を探る事は出来ない。 察知した気配のうち、どれがアヤカシか選び取るのは、志士の判断に寄るのだ。 それ故、祀は自分達との距離が近く、空を漂う気配に留意していた。 その間に、仲間達は三体目の鬼火を消滅させる。 彼らの作戦は、一点集中での早期撃破だ。 力を束ねて一体を確実に叩き、速やかに数を減らす。 自分達の方が僅かに数は多いとはいえ、確実性を取った策だ。 「来たわ」 黒い髪が揺れて、祀は空を仰ぐ。 「残りの鬼火よ」 「いけますか?」 業物を構えた梓が問えば、頼もしい仲間達は皆、頷いた。 祀と白兎はそれぞれ牽制の矢を番えて、弓を引き絞る。 戦いの僅かな合間に神風恩寵を行使しようと桔梗は呼吸を整え、ミルは白鞘を手にした。 盾を兼ね、足技重視で攻撃する絵梨乃が、再び毛布を濡らして身構える。 うずうずと身体を動かしながら、珠輝と茜火が獲物を待ちわびた。 「リンちゃーん、お仲間がいるよー‥‥アハハハ! 壊せっ!」 練力の消費が高い『取っておきの符』を、茜火が放つ。 それが止めとなり、最後の鬼火が消滅した。 「これで、終わりだね」 肩の力を抜き、ミルが大きく息を吐く。 「そうだな。いやはや、お見事。しかと見届けたよ」 手を打って賞賛する崎倉に、八人はそれぞれの表情で顔を見合わせた。 「では、小斉さまへ、知らせてもらえます?」 「承知した」 珠輝に頷いた崎倉が村へ向かうと、残った開拓者達は犠牲者の遺留品を探し、沢へ続く道を調べ始めた。 ●蛍火舞う沢で 沢を夜の闇が包む頃、幾つもの光が淡く灯る。 岩壁や草むらに強く弱く明滅して飛び交う光を、一行は見つめていた。 「うわぁ、これが蛍? 話には聞いていたけど、キレイだな‥‥」 「あんまり近付くと、落ちるぞ」 沢を覆う無数の光へ近寄るミルに、崎倉が呼びかける。 「美しい‥‥奥様が気に入られていたというのも、頷けますね‥‥」 適当な場所に座した梓は、しみじみと幻想的な光景を眺めた。 その一方で、茜火は崎倉が持って戻った徳利の栓を開けている。 「さーて、夢で余韻でも愉しむよー。帰る時には肩でも叩いて、ねっ」 「私も一献、頂けますか」 「いいよ。アタシの酒じゃないけどねー」 木の椀を向ける梓へ酌をして、茜火は徳利の残りを直接煽った。 酒が早い者や飲めない者は、村人が作ったお握りを頬張る。 「蛍火の中に誰かの面影を見る‥‥ですか。私も思い返されるような人間になりたものですねぇ。もっとも、まだ死にたくはありませんが」 ふふと笑って、珠輝は蛍を見る者達へ目を向けた。 一仕事終えた安堵もあってか、皆穏やかに時間を過ごす。 「蛍火の中に、亡くなった人の面影、か」 溜め息のように言葉を落とし、祀は老いた依頼人を見やった。 特別話し込むでもなく、穏やかに梓や崎倉と酒を酌み交わしている。 老人もまた、ここで亡くなった奥さんの面影を見ているのだろうかと考えながら、祀は深く息を吐く。 「‥‥私の家族や知り合いは、絶対に、その中に入れない。守れるように、強くなる‥‥」 せせらぎの音を聞きながら、彼女は一人、小さく誓った。 「‥‥やっぱ、いいや。何か、感傷的になりそうだし」 光の群れに包まれていたミルは、あえて言葉を口にして立ち上がる。 驚いたのか蛍火が一斉に舞い上がり、ふわふわと漂った。 (「昔を振り返ってる場合じゃないんだ、今は」) 振り払うように沢へ背を向け、ミルは軽い足取りで岩場を駆けて仲間の元へ戻る。 酒を飲まない事もあり、桔梗は話の輪から外れた場所から、仲間を眺めていた。 しばらく蛍をマジマジと見ていた茜火は、今は木の下で横になり。 崎倉の膝の上でサラはウトウトし、仔もふら様は無邪気に漂う蛍を追いかけている。 その仕草にちょっと微笑んでから、桔梗は蛍の群れを眺めた。 ‥‥もう記憶にない母の面影を、探すように。 さわさわと、夜の涼しい風が桔梗の短い髪を撫でていく。 「皆さん、元気ですね。私はちょっと疲れましゅ‥‥ぅ、噛みました〜」 「お疲れ様。白兎のお陰で、助かったよ」 疲労困憊でへにょんと項垂れた白兎の頭を、絵梨乃が撫でて励ました。 やがて疲れたのか白兎は絵梨乃にもたれ、すぅすぅと寝息を立て始める。 くすりと笑い、ぼんやりと蛍へ目を向けた絵梨乃は、蛍火が照らす淡い陰影の中に人影を見た気がした。 「‥‥心配で見に来たんですか? 心配性な所は相変わらずですね」 それが本人ではないと知りながら、微笑み、小さく面影へ語りかける。 (「大丈夫です。ボクの拳は、今もこれからも人の為にあり続けます」) 決意を胸の内で告げれば、見守る老人の影は何となく一つ頷いた気がして。 「どうか、笑って見守っていて下さい」 目を伏せた絵梨乃が静かに一礼して顔を上げれば、そこにはただ優しい光が飛び交っていた。 |