【墜星】切開くは迎え道
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/28 22:33



■オープニング本文

●嵐よりの帰還
 絶え間ない風雨が、激しく叩き付ける。
 雷光が閃き、鈍い振動が大型飛空船を振るわせた。
「三号旋回翼に落雷! 回転力が低下します!」
「意地でももたせろ、何としてもだ!」
 伝声管より伝えられる切迫した報告へ、船長が叱咤する。
 その時、永劫に続くかと思われた、鉛色の雲壁が。

 ‥‥切れた。

 不意の静寂が、艦橋を支配する。
 一面に広がるは、青い空。
 そして地の端より流れ落ちる青い海をたたえた、天儀の風景。
 美しい‥‥と、誰もが思った。
 夢にまで見た故郷を前にして息を飲み、拭う事も忘れて涙を流す。
 帰ってきた。彼らは、帰ってきたのだ。
 嵐の壁を抜け出し、帰郷を果たした無上の感慨にふける事が出来たのは、ほんの僅かな時間。
「物見より報告、前方上空よりアヤカシの群れが‥‥ッ!」
 絶望に彩られた一報が、緩んだ空気を一瞬で砕いた。
 天儀へ帰り着いた飛空船の進路を塞ぐように、巨大なアヤカシが文字通り、影を落とした。
「かわして、振り切れるか?」
「宝珠制御装置に異常発生。無理です、出力が上がりません!」
「二号、六号旋回翼の回転数、低下!」
 悲鳴のような報告が、次々と上がる。
「動ける開拓者は?」
 重い声で尋ねる船長へ、険しい副長が首を横に振った。
「皆、深手を負っています。満足に戦える者は‥‥」
 答える彼も、片方の腕はない。
 それでも、帰り着かなければならない。
 旅の途上で力尽き、墜ちていった仲間のためにも。

●墜つる星
 それはさながら、幽霊船のようだった。
 嵐の壁を調査すべく、安州より発った『嵐の壁調査船団』三番艦『暁星』。
 第三次開拓計画が発令されたと聞き、「我こそは」と勇んだ朱藩氏族の一部が私設船団を組んで探索に出発したのは十月の事。
 その船団に属するらしき一隻が、嵐の壁より帰ってきた。
 朱藩の南、香厳島から届いた知らせでは、「傷ついてボロボロになった大型飛空船が、アヤカシに囲まれながら飛んでいる」という。
「このままでは海か、あるいは朱藩国内へ墜落すると思われます」
 居室より外の見える場所へ飛び出した朱藩国王の後を、説明しながら家臣が追った。
 襲っているのは中級アヤカシ『雲水母』以下、それに追従する下級アヤカシ多数。
 更に「付近の海にもアヤカシが集まりつつある」という情報も、届いていた。
 まるで獲物が力尽きるのを待つかの如く、方々よりアヤカシどもが群がってきている。
「‥‥何をしている」
「は?」
「ギルドへ急ぎ伝えろ! 朱藩、安州よりも可能な限りの小型飛空船を出す。『暁星』を落とすな!」
「すぐに!」
 興志王の怒声に、ひときわ頭を深く下げた家臣が踵を返し、すっ飛んでいく。
 手をかけた欄干が、ミシリと音を立てた。
 大型飛空船の位置はまだ南に遠く、安州の居城から確認出来ないのがもどかしい。
 何としても、無事に帰り着かせなければならない。
 長く過酷な旅路を、彼らは帰って来たのだから。

●切り開くは、迎え道
 同日、神楽の都。
 大型飛空船『暁星』の帰還とそれを襲うアヤカシの群れの話は、その日のうちに神楽の開拓者ギルドへ伝えられた。
 飛空船に近づくにも、雲水母を倒すにも、その前の『障害』を減らさなければ話にならない。
 その為、まずは中級アヤカシ『雲水母』の周辺を飛び回っているアヤカシ達の数を減らす依頼が、真っ先に出された。

「アヤカシの群れに襲われている、大型飛空船か‥‥大事になるかもしれんな」
 眉をひそめた崎倉 禅が依頼書に呟き、その横顔を不安げにサラと藍色の仔もふらさまとが見上げる。
 一人と一匹の視線に気付いた崎倉はひょいと身をかがめ、金色の髪を撫でてやった。
「少なくとも、ここに落ちてくる心配はないからな」
「こりゃあ、ちょっとした面倒になりそうだぜ」
 噂を聞きつけてきたのか、遅れてゼロも開拓者ギルドへ現れる。
「朱藩氏族の私設船団、か。十月つったら、確か緑茂で合戦があった頃だよな?」
 ちらと視線を投げて聞くゼロに、ひょいとサラを抱き上げた崎倉が頷いた。
「となると‥‥興志王の目ぇ盗んで、若い連中が血気はやったか、古狸どもが勇みやがったか? いずれにしても、中は上手くいってねぇらしいからなぁ」
「さて、実際のところは何ともな。さすがに興志王も、そこまで内情を晒す気はないだろう。それよりも今は、だ」
 改めて、二人のサムライは依頼書へ目をやる。
 緊迫した空気の中で、唯一もふらさまがあふぅとのん気な欠伸をした。
「何にしても‥‥まずは露払い、だな」
「行くのかよ」
「気になるんでな。サラを連れては行けないから、また汀に頼む事になるだろうが」
「この後あいつと会うが、俺が連れて行くか?」
 だがゼロから顔をそらす様に、サラは崎倉の肩へ顔を埋め。
 ぎゅっと着物を掴んでしがみつく小さな背を、ぽんぽんと崎倉があやす様に叩く。
「嫌だとさ。すまんな」
「しょうがねぇヤツだぜ。ま、面白そうな話だし、おっつけ後を追うかもしれねぇ。もっとも龍の背中にのっかるよりゃあ、自分の足で踏ん張れる場所のがいいんだが」
「ま、お前はそっちの方が性分だろうさ」
 難しい顔をするゼロへ崎倉はからからと笑い、受付に声をかけると開拓者ギルドを後にした。

   ○

 大型飛空船『暁星』の進路を塞ぐ雲水母の周囲では、小さなクラゲに似たアヤカシや、醜怪な怪魚を思わせるアヤカシなど、雑多様々なアヤカシ達が空を泳ぐように飛び回る。
 対する開拓者達が集うは、朱藩の都『安州』。
『暁星』を落とさぬ為の迎えの第一歩として、開拓者達は南の空へと飛ぶ――。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
井伊 貴政(ia0213
22歳・男・サ
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
焔 龍牙(ia0904
25歳・男・サ
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
春金(ia8595
18歳・女・陰


■リプレイ本文

●最初に臨む者達
 複数の小型飛空船は、急ぎ南へ飛んでいた。
 比較するものがない海の上では、速さを目で実感する事は難しい。
 だが前方にソレが見えると、乗り込んだ者達の間に、否が応でも緊張が高まった。
 冬空の淡い青と、海の濃い青の狭間に、目指す物体が浮かんでいる。
「これは‥‥聞きしに勝るというべきか、よくぞ戻ってきたというべきか‥‥」
 柳眉を寄せた焔 龍牙(ia0904)が、驚愕と感嘆の入り混じった呟きを落とした。
 嵐の壁より戻った大型飛空船『暁星』と、垂れ下がった触手を伸ばしてそれを襲う巨大なアヤカシ雲水母。
 そして周囲には、大小様々なアヤカシ達が、雑多に飛び回っている。
「おーおー、ずいぶんとでかい騒ぎになってるみてぇだな。あれだけアヤカシ引き連れて、よほど面白い話でも持ち帰ったのかね」
 この状況でも煙管を手放さない鬼灯 仄(ia1257)が、口の端を引き上げて茶化した。
 自分達の後には、雲水母の退治にあたる者達や船に直接乗り込む者達、それらを援護する者達、そして洋上で救助に当たる者達が控えている。
 もししくじれば、後の者達に支障が出るだろう。
 何度もアヤカシの軍を見てきた井伊 貴政(ia0213)は、この場に臨んで武者震いを覚えていた。
「この一件、僕達が初っ端ですから、つまづく訳にはいきませんねぇ」
 あえて飄々と振舞う貴政に、悠然と腕組みをした鬼島貫徹(ia0694)がクククと喉の奥で笑う。
「ふん。 見物人が多ければ多い程、腕の振るい甲斐があるというものよ」
『暁星』程の飛空船になれば、乗り込める乗員は50人程度。そのうち果たして何人が無事かは分からないが、各地を回る可能性のある飛空船乗りへ己が名を知らしめて損はない。
「したたかと言うか、頼もしい限りだな」
 一瞬、僅かに表情を和らげた龍牙だが、これより赴く戦場(いくさば)をきっと見据えた。

「これ以上、下手に小型飛空船を近付けるのも危険だな」
 並んで飛ぶ小型飛空船からの手旗信号を見た崎倉 禅が、組んだ腕を解いた。
 その役目から、長期戦は必至で。先陣を切る者達の補助をする小型飛空船が落ちては、意味がない。
「春金、そっちは任せるわよ」
 視線を向けて胡蝶(ia1199)が声をかければ、年の近い陰陽師仲間は笑顔を返した。
「うむ、任されたのじゃよ。全てが無理でも、いま助けられる命は救いたいものじゃな。その為の盾ならば、幾らでもなるのじゃよ!」
 春金(ia8595)の意気込みに、少しだけ胡蝶は表情に緊張感を漂わせる。
「それでも‥‥気をつけなさい」
「うん? 今、なんと言ったのじゃ?」
 ぽそりとかけた言葉は、春金の耳に届いたのか届いていないのか。
 聞き返す相手に、むっと胡蝶が口をへの字に曲げた。
「な、なんでもないわ」
「よく聞こえんかったし、気になるのじゃよ。胡蝶さん、もう一度」
「耳掃除でも、してなさいっ」
 つぃと、勢いよく二つに束ねた金髪が跳ね、友人の背中へ嬉しそうに春金は笑む。

「すごい数だな。ま、相手にとって不足はねぇ。行くぞ、極光牙!」
 アヤカシの群れを見つめていた風雅 哲心(ia0135)が振り返れば、甲龍 極光牙が応じて純白の翼を広げた。
「後に続く方々のためにも、露払いのお役目、しっかりと務めなければ‥‥」
 風に髪を乱されながら、菊池 志郎(ia5584)は体躯に幾つもの爪痕を刻んだ駿龍 隠逸へ一礼する。
「先生、大きなご負担をおかけしますが‥‥この長丁場、よろしくお願いしますね」
 鋭い眼光の龍は、静かに喉の奥で唸り声をあげた。

●空覆う影と
 接近するに従って、その光景の壮絶さははっきりと見て取れた。
 回転が落ちている旋回翼に、遠目にも分かる著しいダメージを受けた船体。
 既に満身創痍の『暁星』へ、空だというのに海を泳ぐように身をくねらせて飛ぶアヤカシ達が、更なる追い討ちをかけている。
「あのでかいのを落とせば終わるんだろうが、そうも言ってられんか。見たところ周囲の一体一体は、単体ならば倒せる程度‥‥といったところだな」
 甲龍の背で僅かに眉根を寄せた哲心だが、ここに集った者達ならそれだけの力量があるとも読んでいた。
「問題は空という場所と、数か」
 臨む心に不安はない。否、全くない訳ではないが、それよりも気が高ぶりが先に立つ。
「まずなにより先に、『暁星』より敵群を引き離す。始めるぞ!」
 共に飛ぶ者達へ告げ、炎龍 赤石を駆る鬼島が先陣を切った。
 耳元で唸る風を全身に受けて、深く息を吸い。
「有象無象のアヤカシども! 海の藻屑どころか、消し飛ばしてくれるわッ!!」
 風音に負けぬ大音声で、雄々(おお)と吼える。
 猛る『咆哮』に、群れたアヤカシの一部が動き。
 一番外側を飛んでいた群れが、翼を撃って転じた炎龍の後を追う様に方向を転じた。
 鬼島と炎龍を追って迫るアヤカシに、迎える者達は一斉に得物を手に取る。
「ビクビクしておる暇んぞ、ないのじゃよ。シャキッとするのじゃ、出目金」
「ポチ。貴方の強さは機敏さよ、力を抜きなさい」
 落ち着かない挙動から、初陣に臨む相棒の緊張を感じ取り。春金は甲龍 出目金、胡蝶が駿龍 ポチへと、それぞれに言葉をかけてやった。
 二人が口にする名を耳にして、知らずと貴政の表情に笑みが浮かぶ。
「‥‥何よ?」
「いえ、お陰で肩の力が抜けました。行きましょう、帝釈」
 異論があれば受けて立つといった視線の胡蝶へ貴政は礼を告げ、主に応じて炎龍 帝釈が力強く羽ばたいた。
 鬼島のフォローへ向かう後姿を、複雑な顔の胡蝶が見やる。
 そして約六刻(三時間)に及ぶ露払いが、幕を開けた。

『咆哮』で引き付けられたアヤカシが、群れを成して突っ込んでくる。
 空翔ける二体の炎龍は、翼を打って待つ甲龍の一団へ接近し。
 その真ん中を、突き抜けた。
「よぅし、とっとと開きにしちまうぞ!」
 甲龍 シロの背より仄が声を張り、崎倉は『咆哮』で群れの注意を引き継ぐ。
 真っ直ぐ飛び来る群れの正面から、四体の甲龍が激突した。
 サンマに似た姿をし、頭部に鋭い角を持つアヤカシ飛突魚(ヒトツギョ)
 そして細長いトカゲに翼が生えたアヤカシ皮翼竜(ヒヨクリュウ)が、鋭い牙や爪を振るう。
 だが武装して身を固め、頑強さを誇る甲龍達の前では、いずれも深手を負わせるに至らず。
 更に『硬質化』を用いれば、下級アヤカシ程度の前では鉄壁の守りとなる。
「痛いじゃろうな。ちと酷じゃが、頼りにしておるのじゃよ」
 最初の一波をやり過ごし、心優しき相棒の鱗を軽く叩いて春金が励ませば。
 力強く甲龍は一声咆え、彼女の気遣いに答えた。
 頑強さを活かして露払いでの盾になると同時に、攻撃を加える。
 ――それが、甲龍達で編成された、弐班の役目。

 壁の弐班へ向かうアヤカシの群れの側面から、素早さに長ける駿龍が襲いかかった。
「蒼隼、お前の力を見せる時がきたぞ! 例え、小アヤカシの掃討であれ‥‥全力で排除する!」
 背で龍牙が槍「疾風」を構えれば、応じるように駿龍 蒼隼が咆える。
 方向を変えた飛突魚の体当たりを、三体の駿龍は翼を打って身を翻した。
「蒼隼! お前の力を見せる時がきたぞ!」
「先生、お願いします!」
 疾風を手にした龍牙、そして志郎は薙刀「牙狼」を握り、群れを切り崩す。
『咆哮』の影響が切れるまでは術を温存した方が得策かと、呪殺符を手に胡蝶は状況を窺っていた。
 持ち前の身の軽さや速度を活かし、飛突魚を翻弄しながら撃破する。
 ――それが、駿龍三体で臨む参班の役目。

 一方で、誘い手となった炎龍の乗り手二人は、甲龍達の後ろで転進した。
 そこから参班とは別の方向より、アヤカシの群れへ急襲を仕掛ける。
 飛突魚を討つ参班に対し、炎龍達が主眼に据えるのは皮翼竜の群れ。
 鬼さえも寸断すると言われ、「鬼殺し」と異名を持つ大斧を鬼島は両手で構え。
 帝釈の背で刀「泉水」を抜いた貴政が、ガードで庇いながら突っ込んだ。
 気性の荒い炎龍は、猛々しくアヤカシへ喰らいつく。
 それに負けじと、二人のサムライも届くアヤカシへ、容赦なく刃を振るった。
 攻撃を受ければ危ういが、そこは甲龍の盾を信じて委ね、皮翼竜への攻撃に専心する。
 ――それが、互いに連携を取る炎龍達、壱班の役目。

 群れ飛び、迫るアヤカシに、三種の龍は同じ龍同士で班を組んであたった。

●暗雲払いて
 一つ二つと、斬って払い。
 三つ四つを、断ち落とし。
 五つ六つは、跳ね飛ばし。
 七つ八つが、散りと消ゆ。
 九つ十となる頃には、数える事にも飽きがきた。
 それでも『暁星』と雲水母を囲んで飛ぶアヤカシの群れは、目に見えて数を減らしたように思えず。
 少しずつ切り崩すようにおびき出す龍を追って、次から次に襲いかかってきた。
 帝釈の背より、貴政がちらと『暁星』の艦橋へ目をやれば。
 救援の存在を察知しているのか、慌ただしく動く人影が幾つも見える。
「生きてる‥‥生きている人が、見えます。中にいる人達は、まだ無事のようです!」
 喜びを抑えきれずに声をあげた主へ、力強く炎龍が咆えた。
「当然だ。生きていてもらわねば、意味がない!」
 衣を風にはためかせ、赤石の手綱を取った鬼島が不敵に高々と笑い。
 力強く飛ぶ赤石の勢いにのせ、巨大な刃で皮翼竜の首を斬り飛ばす
「これで止めよ、成敗ッ!」
 鬼殺しを大きく振り回て構えて、見得を切った。

 貴政からの知らせを聞けば、各々の武器を振るう仲間達の手にも、自然と力が篭もる。
「『暁星』の方達は、嵐の壁を抜ける事が出来たのでしょうか。そして、その向こうに何かを見てきたのでしょうか」
「気になるか?」
 何気ない言葉を龍牙が聞きとめれば、大型飛空船を見ていた志郎は彼へ首肯する。
「何らかの情報が得られたのか否か、気になります。彼らの勇気と努力を無にしないためにも、無事に乗組員の皆さんが帰れるようにしないと‥‥ですね」
「ああ、まずはそこからだ!」
 自信に満ちた笑みをニッと龍牙が返し、蒼隼の手綱を引いた。
「いよいよ、一体づつ誘導している暇はないな。蒼隼、速さでアヤカシを翻弄してやれ!」
 頼もしく咆える駿龍が、大きく羽ばたき。
「『蒼き稲妻』の実力を発揮する時だ。攻撃範囲に誘導するぞ!」
「こちらも、合わせます。先生」
 志郎の言葉に隠逸もまた応じ、翼を打って若い龍と乗り手を補助するように飛ぶ。
 速度を上げた駿龍に、耳元で風が唸り。
 真っ直ぐに突き進む飛突魚の群れを、青い鎧の龍と青灰色の鱗の龍が、かわして誘導し。
 同じ参班二人の動きに、胡蝶は呪殺符を手に取った。
「使える回数は、三度‥‥心してかかるわよ、ポチ」
 自分も落ち着かせるよう、声のトーンを抑えながら胡蝶は機会を狙う。
 ぐるぐると螺旋を描くように、二体の駿龍は対を成して飛び。
「胡蝶さん!」
「ポチ、頭そのまま! ‥‥出なさい!」
 龍牙の合図に、胡蝶は鋭く指示を出し、符を放った。
 出来るだけ群れに接近したポチの頭上へ、ふわりと狛犬の形をした式が現出し。
 ごぅと、真っ直ぐな火炎をひと息で吐く。
 途端、一つ塊となった飛突魚の群れが、火柱となり。
『火獣獣』の炎に焼かれ、次々と形を失い、散っていった。
「次にかかるわよ!」
 群れの末路を完全に見届けるまでもなく、胡蝶は仲間へ呼びかけ。
 頭上を舞う駿龍二体は疲れも窺わせず、優雅に身を翻す。

「さすが、胡蝶さん。壮観なのじゃよ」
 甲龍の背から友人の術を目にした春金は、純粋に感嘆していた。
 同じ陰陽師の道を行く者として、やはり同業者が使う技にも興味がわく。
「わしらも、負けてはおられぬのじゃ」
「ああ、頼りにしている。丈夫な甲龍と言えど、傷の一つもつかぬ身体ではないからな」
 無理はするなと崎倉が気遣えば、ころころと春金は笑った。
「そこは無理も出来るよう、手抜かりないのじゃよ。術が尽きては心許なかろうから、『梵露丸』も用意してあるしの」
 自信満々で彼女が胸を一つ拳で打てば、崎倉もまたからからと笑う。
「そりゃあ、準備のいい。頼もしい限りだ」
「この露払い、長丁場と聞いておったからの。崎倉さんには状況を見て、苦戦してそうな班を援護して貰うのも、良いかもじゃな。幸い、龍から落ちそうな者の保護は、今のところないようじゃが」
「そういえば‥‥龍に乗っていても、やっぱ逆さになったら落ちるかね?」
 何やら不穏な疑問を投げる仄へ、にんまりと春金は笑みを返した。
「ふむ。言われてみれば、わしも気になるのじゃ。ここはぜひ、鬼灯さんが試して‥‥」
「こらこら、けしかけるな。救ける者を一人増やして、どうする」
 冗談めいた会話に崎倉はまた笑い、哲心はちらと遠い海面を見下ろす。
「下が海でも、この高さ。開拓者と言えど、落ちたらひとたまりもないだろうな‥‥それに、あの状況だ」
 海上の天候は穏やかで、決して波も高くはない。
 だが海面の下は、空と同じく決して穏やかではないようだ。
 水面近くでぐるぐると回る、黒い影。そして波の狭間に、魚ではない何かが時おり姿を覗かせる。
「ありゃあ、落ちてくるのを待ってやがるな」
 哲心と同じように見下ろした仄が、苦い笑いを浮かべた。
「だが、落とさせはしない‥‥まだ余力はあるか、極光牙?」
 アヤカシの群れを見据えて哲心が問えば、疾風の手綱を介して主の決意が伝わったのか、白い甲龍が高々と咆える。
「胆力は十分だな。だが、くれぐれも無理はするなよ。気力が散漫になってきたと感じれば、遠慮なく僅かでも休息を取ってくれ。休める間に休む事も、長丁場を凌ぐ手だからな」
「ああ。確かに露払いだけとはいえ、こいつはちとな‥‥けど、ま、なんとかなるだろ」 まだ気力も十分な頼もしい者達へ、それでもあえて注意を促す崎倉へ暢気に仄が返した。
 そうしてまた、壱班が引きつけた新たな群れが、弐班へ向かって飛来する。
「援護するのじゃよ!」
 術が届く距離に至れば、霊魂型の式を呼び出した春金が『霊魂砲』を放った。
「極光牙、頼むぞ!」
 放たれ、猛スピードで標的へ飛ぶ式に合わせて、哲心は極光牙と突っ込む。
「体当たりしてくるってんなら、こっちも勝負だ。シロ!」
 仄が手綱を打てば、シロは突っ込んでくる皮翼竜を正面から迎え討った。
 噛み付こうと長い首を振るう皮翼竜へ、逆に翼を打って体当たりを仕返す。
 そのまま後ろ足でアヤカシを掴み、引き裂き。
 己が身を盾としながら、甲龍達は負けじと牙や爪を振るった。

●示すは迎えの道しるべ
 獅子奮迅の働きで、露払いに臨んだ者達はアヤカシの群れを削り続ける。
 だが四刻を越える頃には、さしもに龍や開拓者のいずれにも、疲れが見え始めていた。
 時おり一人二人が交代で抜けて小型飛空船まで退き、ごく僅かな小休止を挟む事はあっても。
 ほぼ全員が己の持てる技を駆使し、気力を振り絞って戦い続けている。
「ふーはははッ! 数ばかり揃えたところで、この俺の敵ではないわ!」
 なお高らかに笑い、『成敗!』で気力の回復を図り。
 懐から小さな懐紙を取り出した春金は、丸薬『梵露丸』の数粒を、惜しまず一気に飲み干した。
「龍牙。己か龍か、癒す対象の指示は任せるわ」
「ならば、蒼隼へ頼めるか」
 三度の火炎獣を使い切った胡蝶は、傷の目立つ龍牙へ確認してから、白い蝶の形を取った治癒符の式を放つ。
「かたじけない、胡蝶さん」
 傷の癒えた蒼隼の様子を見て、龍牙は礼を告げ。
「『焔龍』の炎力を見くびるな!」
 迫る皮翼竜に、持ち替えた珠刀「阿見」へ『炎魂縛武』の炎をまとわせ、蒼隼と二体一身となって鋭く斬り込んだ。
 また、空中ながら突如出現した水柱が、飛突魚を飲み込む。
「先生に、怪我はさせません!」
 志郎の水遁で速度の落ちたアヤカシを、容赦なく隠逸は鋭い爪で引き裂いた。
 あと僅か、あと僅かと、貯めておいた力と気力を振り絞り。
 ここが肝心と見極めた哲心は、鞘に収めた阿見へ手をかけ。
「星竜の刃風、その身で味わえ!」
 間髪おかずに鋭く抜き放ち、桔梗突のカマイタチを放つ。
 深手を受け、塵と化しながらも突っ込んでくる皮翼竜に、出目金が翼を打って身をかわし。
 そこへ横から不意の体当たりを受けて、甲龍が体を崩す。
「な‥‥ッ!」
 あっと思う間もなく、視界がぐるっとひっくり返り。
「春金さんっ」
「春金ぇッ!」
 次の瞬間、春金の身体は出目金の背中から放り出されていた。

 蒼い空から青い海へと、紅い衣が翻りながら落ちていく。
 咄嗟に崎倉が、龍首を海へ向け。
 鞍から身を乗り出し、精一杯に手を伸ばす。
 だがそれでも、落ちる春金にはまだ届かず。
 もどかしい甲龍の脇を、青い旋風が奔(はし)った。
 辛うじて少女の下に回った駿龍は、注意深く細い身体を背中で受け止める。
「よくやったわ、ポチ!」
「胡蝶さん‥‥!」
 褒める声に驚いた春金が目を瞬かせれば、胡蝶はいつもと違う笑顔を一瞬だけ覗かせて。
「気をつけなさいって、言ったでしょ!」
 すぐにいつもの調子で、呆れた顔をした。
 無事な様子を確かめて、誰もがほっと安堵の息を吐く。
 だが二人を乗せて飛び回るのは、駿龍にとっても荷が重い。
 心配そうな出目金と崎倉の甲龍に守られながら、このまま小型飛空船に戻ろうと、ポチが大きく翼を打った、その時。
「あれを!」
 帝釈の背中から大声で貴政が仲間へ呼びかけ、空の一角を指し示した。
 安州の方向より、数隻の小型飛空船が近づいてくる。
 自分達を運んできた船かと思いきや、それよりもずっと数が多い。
 それが近づいてくると、並んで飛ぶ龍の姿もはっきりと見る事が出来て。
「あれは、『雲水母』の討伐班か‥‥!」
 だが、いまだ戦闘の最中。
 気を緩めず極光牙の手綱を繰りながらも、哲心は貴政が示す方向を確認する。
「やぁっと、お出ましか」
 皮翼竜を蹴り飛ばすシロの背で、仄がやれやれと声を上げた。
 気付いた一団のうち数名が露払いの大役を感謝し、ねぎらう事を示すかの如く、携えた武器や拳を掲げ。
 託す者達も、手にした得物と精一杯の声を張り上げて、返礼する。
「後の事は、後続の開拓者に任せるしかないわね‥‥」
 出来る限りの力を尽くし、疲れ切った自分と仲間の様子に、胡蝶は歯痒さを隠さずに滲ませた。
「一足先に、高みの見物ができると考えれば良い」
 相応に疲れていながらも、その色を一切窺わせず、大笑しながら鬼島が赤石の手綱を引く。

 かくて、大型飛空船『暁星』と雲水母へと至るための露払いは、無事に成し遂げられた。
 後の願いと役目を、仲間達へと託して――。