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■オープニング本文 ●開拓者の真剣勝負? 「開拓者がやり合っているところを、近くで見たいだぁ?」 一月を過ぎ、二月を迎えた賑やかな神楽の都。 毎度の如く、ぶらりと神楽を歩いていたゼロが怪訝な表情で聞けば、勝手に後をついてきていた桂木 汀が勢いよく頷いた。 「うん。式は前にちょっと見せてもらったけど、戦ってるのは見た事ないし!」 「見た事があってたまるかよ。アヤカシ相手にしても、今からマジでやり合おうって時に志体持ちじゃねぇのがいたら、そりゃあ危ねぇからな」 憮然と答えるゼロだが、それでも絵描きの好奇心は尽きぬらしい。 「じゃあ、あたしが依頼出そうかな〜。ゼロさんが、手合わせしてくれるって」 「勝手に、人の名前を出すんじゃねぇ」 「ん〜。それなら、ゼロさんを捕まえて、やっつけて下さい?」 小首を傾げて案を変えてみる汀に、足を止めたゼロがかくりと脱力する。 「それだけは、やめとけ。もっと面倒くせぇ事になる‥‥主に俺が」 「そうなんだ。実は何か、後ろ暗いところがあるとか!」 「ねぇよ」 びしっと差す人差し指を、ぐいとゼロは明後日の方向へ向けた。 「そもそも、ナンでそんなモンが見てぇんだ」 「だって‥‥もしアヤカシとか出ても、逃げろって言われるでしょ? 開拓者の人が真剣に戦ってるトコ、見る機会がないもん」 「相っ変わらず、てめぇも変わってるな。アヤカシなんぞ、一生関わらない方が幸せなんだぜ?」 「それは、そう思うけど‥‥やっぱりこう、興味があるというか。絵だと当然動かないし、お芝居なんかも『動き方』って決まってるんだもん」 ぷぅっと汀が頬を膨らませれば、面倒そうにゼロはがしがしと頭を掻く。 「言っとくが‥‥お前は志体を持ってねぇし、近くにいたらたぶん怪我するぜ? それが、手合わせ程度の見物でもな。木刀や竹刀なら多少はマシだろうが、熱くなったらどうなるか知らん」 特に俺。と付け加えるゼロの頭へ、てしと汀が手刀を落とした。 ●手合わせ依頼 『開拓者さん同士が手合わせするところが見たいので、お暇な方は協力して下さい』 そんなのん気な依頼が、開拓者ギルドに張り出された。 依頼人は、桂木 汀。 本職は絵描きだが、芝居の台本や絵草子(漫画のようなもの)も書いたりする、神楽に住む普通の少女だ。 希望としては『刀に限らず、いろんな武器を扱う様子が見たい』のと、『出来れば近くで戦う様子を見たい』という二点。 クラスの指定は特になく、実力も不問。 どういう組み合わせで、どう手合わせをするかも、開拓者に任せる事となっている。 手合わせの場所は、神楽の近くにある野っ原。 何の変哲もないただの原で、開拓者が多少本気で暴れても問題がない場所だった。 依頼書を目にした開拓者なら、誰もが大抵こう思っただろう。 素人の前で少しばかり軽く身体を動かして、金がもらえる‥‥ある意味で「まるで歯ごたえのない」、楽な仕事。 ただ依頼書の最後に、控え目な一文が添えてあった。 『手合わせの相手として、こちらからはサムライのゼロさんに協力をお願いしています』 控え目ながら、無駄にでっかい『釣り針』であった。 |
■参加者一覧
神凪 蒼司(ia0122)
19歳・男・志
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●冬晴れの或る日 野っ原には、『釣り針』にかかった者達が集まっていた。 「思わぬ依頼だ‥‥桂木には、礼を言わねばならんか」 「うん。こんなに早く再戦の機会に恵まれるなんてね。よろしくね、ゼロさん」 先日、ゼロと『一戦』を交えた二人――柳生 右京(ia0970)と鬼灯 恵那(ia6686)は、帯びた緊張感と滲む喜色を隠そうともせず。 「開拓者と手合わせする機会は滅多にないから、楽しみだよ。ボクの酔拳、果たしてどこまでゼロさんに通用するか‥‥」 腕を回し、両手をひらひら振る水鏡 絵梨乃(ia0191)が、挑む笑みを向けた。 「よっ! 汀姉ちゃんひさしぶりー。楽しい依頼、ありがとな!」 軽く『依頼者』へ声をかけたルオウ(ia2445)も、楽しげで。 「へへっ、ゼロの兄ちゃんと刀をあわせんのは始めてだけど‥‥どんだけ強いのか、楽しみだぜ!」 「しかしモテモテだね、ゼロくんは。あまり羨ましくは、ないけどもね」 肩を竦めるアルティア・L・ナイン(ia1273)へ、彼と組む神凪 蒼司(ia0122)が軽く会釈をする。 「今日は、よろしく頼む」 「こっちこそ、ありがとう」 短く言葉を交わす者達を見ながら鬼灯 仄(ia1257)は、ぷかりと煙管をふかした。 「こんな仕事に一口乗るとは、懐でも寒いのか、ゼロ?」 「その辺は、似た者だろうが」 返す言葉に、「違いねぇ」と仄は大笑し。 「で、どーすんだ。全員が俺とやりたいなら構わねぇが、『見たかったモン』とだいぶ変わるぞ」 揃った顔ぶれに、ゼロは桂木 汀を振り返る。 「でもせっかく、集まってもらったし、何やるか楽しみにしてる!」 依頼を出した絵描きの少女は、やや残念顔ながらも笑顔で頷き。 「で‥‥そっちは本気で、汀の子守り役か」 見やるゼロに、被った帽子の下から真珠朗(ia3553)はへらりと笑った。 「んー、ゼロのにーさんは好みに合いすぎて『本気』になっちゃいそうですしねぇ。あたしが本気になったら、ちゅーくらいじゃすまねぇかもしれませんぜ?」 「言ってくれるじゃあねぇか」 「そりゃあもう、ゼロのにーさんはモテモテで。あー、心配しなくても、骨は拾いますぜ?」 苦笑うゼロへ、飄々と真珠朗は帽子のつばを引き下ろす。 「しかし、志体持ちの戦闘を見てみたい、ね。芸術家らしいというか何と言うか‥‥見て、楽しいものではないと思うんだけど」 ま、楽しそうだし僕は構わないけど‥‥と、アルティアは小さく呟いた。 「さて、とっとと始めるぜ。まずは、どいつからだ?」 木刀や業物を手にゼロが尋ねれば、挑もうとする者達は思案し、他の者達の出方を窺う。 「それも、決めてねぇのか?」 「じゃあ、ボクが一番手いっちゃうよー!」 じれったくなったのか、古酒の徳利を片手にぴょんぴょんと絵梨乃が軽く胸を揺らした。 ●手合わせ三本 古酒をあおった絵梨乃は頬に朱を帯び、ふらふらと千鳥足で危なっかしい。 「大丈夫なのかなぁ?」 「見ていれば、分かりますよ」 心配顔の汀へくつりと笑って真珠朗が答え、その意味はすぐに志体のない素人にも判った。 危うい足取りの中から、時おり鋭い蹴りが繰り出される。 踵落しを木刀でゼロが打ち払えば、体勢を崩した絵梨乃の身体が沈み。 「あぁっ、危ない!」 転倒して無防備となった絵梨乃に思わず汀は声を上げるが、それは彼女の策だった。 一歩、ゼロが間合いを詰めれば、弾かれたばねの様に肢体が躍る。 『滝登』での蹴り上げに、とっさにゼロは上体をそらし。 それでも、鈍い手ごたえがあった。 蹴りは、庇った左手を打ち。 だが返した左手が、細く締まった足を掴む。 「ふぇっ!?」 そして再び、絵梨乃の視界が回った。 「女の子投げるとか、ゼロさん酷ーい」 「うんうん、酷いよなっ」 抗議する汀の胸で、こくこくと絵梨乃が首を縦に振る。 その表情は、どー見ても悔しそうというより嬉しそうだが。 「酷い以前に、やり合うのが見たいってのはてめぇだろうが。それより、もう少し警戒心というか‥‥」 「ほへ?」 左手を振ってげんなりするゼロに、汀は目を瞬かせ。 むにゅ。と顔を寄せた膨らみの『弾力』を、絵梨乃が掴んで確かめる。 「んー。汀も、もー少し成長したらいいのに」 「ひょにゃあ〜っ!?」 「汀のねーさん、気付いてなかったんですねぇ」 今更な悲鳴に、やれやれと真珠朗が苦笑した。 「やっぱ、泰拳士の蹴りは重ぃな」 ぼやいてゼロは左の肘から先を何度かさすり、握って具合を確かめた。 「よっし、俺もゼロの兄ちゃんに挑戦だぜぃ。よろしくなー!」 先のやり合いを見て火がついたのか、嬉々としてルオウが手を挙げ、進み出る。 珠刀「阿見」を携えた少年に、ゼロも木刀から業物へと得物を持ち替えた。 「小細工抜きで、行くぜぃ! 三段突きィ!!」 いきなり真正面から全力の『直閃』で、ルオウが突き込む。 一度目を、刀で打ち払い。 二度目は、鞘で切っ先をそらし 三度目が、浅く衣を裂く。 初手の鋭い三撃を、受け凌ぎ。 返す刃を受けたルオウは、視界の隅で気配を捉え、咄嗟に後ろへ大きく跳んだ。 直後、蹴りが胸元をかすめ。 「あっぶねぇな、ゼロの兄ちゃん!」 「うるせー、勝負は危ねぇモンだろうが」 間合いを取って体勢を整えたルオウへ、平然とゼロが返す。 「そりゃあ、そうだけどさ!」 「というか‥‥それが、ゼロさんの戦い方だもんね‥‥」 じっと手合わせを見つめる『経験者』が、ぽそりと指摘した。 「そうなんだ?」 思わずアルティアが聞き返すと、視線はそのままで恵那は頷き。 「次に何をするか、判らないから‥‥」 楽しいんだよ。と、少女は赤い瞳を細めて笑む。 「だから私と戦う前に、へろへろにならないでよね」 熱っぽい横顔に、苦笑したアルティアが小さく肩を竦めた。 自分との差を知ろうと臨んだルオウだが、ゼロの実力を量りかねていた。 仕掛ける攻撃は太刀に限らず、型はないも同然。 積極的に攻めず、決して手は抜いていないが、全力でもないのが歯痒い。 両手で、阿見の柄を握り直し。 「これで‥‥勝負だッ!!」 気合と共に、渾身の『両断剣』を打ち込めば。 相手は、体を横へずらした。 踏み込む足の位置を変えて、二ツ目を繰り出す。 切っ先が、フッと沈んだ身体より遅れた髪の幾条かを断ち。 次の瞬間、足をすくわれて身体が浮く。 強かに地面へ背中を打ちつけ、一瞬息が詰まり。 ドンッ! と追い打ちが、胸を打った。 阿見を握る腕を足をかけて封じ、膝で胸を押さえられ。 上を取ったゼロが、鈍い光を返す業物を引く。 「あー! 三ツ目、打てなかったーっ!」 「打たせる義理なんざ、ねぇからな」 寝転んだまま悔しがるルオウへ、しれっとゼロが返した。 「あの夜の続きが行なえるのだ。このような機会を、逃す訳にはいかんからな。それに私と戦う前に、満身創痍となっても困る」 次に前に出た右京が薄く笑えば、刀を鞘へ納めずゼロが身構える。 「流石に、斬馬刀じゃあねぇか」 「本来ならあの夜と同じといきたかったが、死闘に興じてしまいそうなのでな。私も得物を変えた‥‥これなら『殺し合い』になる事はないだろう」 答える右京は、鞘から業物を抜き。 「安心しろ。依頼の形式上、命まで奪うつもりは無い。だが手加減など、下らん事をするな」 まず正眼に構え、じりと間合いを詰めた。 銀の弧が幾度も軌跡を描き、切り結ぶ。 誰もが固唾を呑んで、張り詰めた空気を見つめていた。 右京は攻めの手を緩めず、相手が距離を取れば、すかさず一歩を踏み込む。 攻める刃を受け、鍔迫り合うように距離を詰め。 分かれた瞬間に、ゼロが蹴りを放つ。 その体勢から身体を捻って追撃する一刀を、とっさに右京が受け流し、刃が軋んだ。 「相変わらず、型も戦法も無しか‥‥だが、いい動きだ」 「本気のやり合いじゃあなくて、残念そうだな」 「お前もな」 互いに、あと一歩の踏み込みが足りない。 踏み込めば、後はどちらかの魂の尾が切れるまで、収まらぬだろう。 そのギリギリの線上で、数合を打ち交わし、斬り分かれた。 「これで最後、防ぎきれるか‥‥?」 高々と、右京が業物を最上段で掲げる。 見覚えのある型に、ニッとゼロの喜色が濃くなった。 身を低くして、片手で業物を構える。 隙を窺うように、数呼吸、睨み合った後。 鋭い音が、響いた。 剣圧が、ビリビリと皮膚を刺す。 だが真正面から受け切った相手に反撃の気配がないのをみて、右京は刀を引いた。 「そちらからは、返さずか」 「言っとくが、手加減とかじゃあねぇぜ」 「当然だ」 苦笑うゼロに淡々と右京が答え、業物を鞘へ納めて踵を返す。 「‥‥やっぱ、重ぇ」 背を向けたゼロは、小さく呻いた。 ●残す三手 「見てると、早くやりたくてうずうずしてきちゃった」 待ち切れなくなって、四番手に恵那が進み出た。 「とりあえず私とも因縁の戦い、かな? 前と一緒だと、思わない方がいいよ」 「ああ。こっちも宝珠刀じゃあねぇが、気は抜かねぇようにな」 「そうでなくちゃ。ついうっかり斬っちゃったら、ごめんね」 にっこりと笑んで物騒な断りを入れた恵那は、太刀「兼朱」を抜き。 先制攻撃に地断撃を放てば、衝撃で地が弾け。 「おっと、危ない!」 「ひょへ!?」 届かぬ距離だが絵梨乃は汀を抱え、後ろへ跳んだ。 「ふふっ、だいぶ熱くなってるみたいだな。大丈夫か、汀?」 地断撃の威力に目を丸くする汀は、絵梨乃の気遣いに頷いて。 「あ、ありがとです。でも胸に手、乗ってます‥‥っ」 「ととっ、すまない。ボクの手が勝手に動いたんだ、許してくれ」 笑って誤魔化す絵梨乃に、同じく距離を取った真珠朗が苦笑し、ずれた帽子を整える。 視線を戻せば、兼朱を振るう恵那は攻撃の手を緩めず。 受けるゼロも、徐々に後退していた。 「それにしても‥‥楽しそうだな、恵那は」 恵那の笑みに、ふと蒼司が気付き。 「全くだね、悔しいよ。その分、ゼロさんには痛い目を見てもらわないと」 アルティアの答えに意味を察した蒼司は、僅かにくつりと忍び笑った。 最初は寸止めを意識したが、剣戟を重ねれば綺麗に吹き飛んだ。 嬉々として‥‥そして鬼々として、恵那は『両断剣』を繰り出す。 返す刃の威力は、宝珠刀と比べ物にならないが。 蹴りや拳の混ざった反撃一つ一つを、彼女は楽しげに避け、あるいは受け。 機をみて、気迫をのせた『両断剣』を仕掛ける。 業物が打ち払ってから、すくい上げる様にゼロは鞘を振るい。 硬い手ごたえと同時に、ぴたりと冷たい感触が首筋に触れた。 「やっぱり強いねぇ‥‥手合わせでこれだし」 返した刃の峰を前に、それでも恵那は笑み。 兼朱を引いて、一振りすると鞘へ収めた。 「とりあえず、これであの時の事は水に流すつもりだよ。私は、血に流すつもりだったんだけどねぇ‥‥なんか、嵌められたらしいし」 「らしいな」 口惜しげな恵那に、刀を下げたゼロも苦笑する。 「でも今一番倒したい目標ってのは、変わりないけどね‥‥真剣で斬り合いが出来なくなったのは、ちょっと残念な気がしないでもないけど」 それでも恵那の目には、爛々とした光が宿っていた。 「じゃあ、軽くやっちまうか」 興味深げに見物人をしていた仄が、肩に担いだ木刀「安雲」をブンッと素振りする。 「軽く、ね」 鞘の壊れた業物を放って、再びゼロも木刀を手に取った。 互いの出方を探るよう、軽く切っ先を払って叩き。 「せっかく、見物人がいるんだ。派手にいこうか」 構える仄の木刀が、『紅蓮紅葉』の紅い燐光を帯びる。 ひと振りすれば、冬の原に紅葉がヒラと散り。 風流を気取って振り回す間に、左手に隠した豆を顔へと鋭く弾けば。 フッと、ゼロが上体をずらす。 虚を突くつもりの仄は、逆に呆れ顔で足を止めた。 「お前‥‥そういうの、アリか?」 咥えた豆を、ガリッとゼロが噛み砕き。 「勿体ねぇだろ」 「よし。なら、しこたま喰えッ!」 また懐から手を出すと、握った豆を投げつける。 「ちょ、多いぞッ」 抗議の合間に、燐光が舞い。 「節分の時期だろ、鬼は外ってな!」 ゼロの胸元へ、安雲の切っ先を突きつけた。 「よし、俺の勝ちだっ」 「勝手に決めるな!」 「開拓者なら強い奴には人数で圧すし、奇襲や罠も当たり前。だろ?」 ゼロの抗議も聞かず、勝ちを『決めた』仄はカラカラと笑った。 最後の一戦は、蒼司とアルティアが組んで臨む。 飛鳥の剣を収めたまま、珠刀「阿見」のみを蒼司が構え。 それに対し、アルティアは珠刀「阿見」とファルシオンの二振りを抜いていた。 ゼロを挟んだ二人は常に一人が死角を取り、波状の攻撃を仕掛ける。 前後から次々と繰り出される刃と蹴りを、身を翻しながらゼロがかわす。 前へと攻めたかと思えば、後方へ跳躍して間合いを揺さぶり。 そのゼロの動きを、アルティアが先に立って追っていた。 相手の体勢を崩すべく、泰拳士は時おり空気撃を混ぜ。 だが体勢を崩したら崩したで、下手に攻撃を仕掛ければ、足元を刃が払う。 二刀目を抜く機会を蒼司は狙うが、背を向けた相手でも隙を見出す事が難しく。 「我が一撃は風よりも速く、暴風のように荒々しいと知れ!」 そこへ『泰練気法・壱』を用い、アルティアが仕掛けた。 風をまいて一気に距離を詰め、二刀を叩き込む。 それを業物で受ける間に、阿見を構えた蒼司が踏み込み。 斬りつける刃を、嫌な感触が止めた。 篭手をはめた左腕へ、深々と阿見は突き立ち。 それでも、辛うじてアルティアの二刀をゼロは凌ぎ。 貫く阿見を抜いて蒼司が退くより先に、ひと息で業物を大きく振るった。 「連戦な上、二人がかりでこれとは、まだまだ功夫が足りないかぁ‥‥」 刀を納めたアルティアが、回転切りを受けて痺れる手をさする。 「ゼロのにーさん、大丈夫で?」 ひょいと近付いた真珠朗が気遣えば、朱色の篭手から赤い雫を滴らせるゼロが眉根を寄せた。 「汀が気付いてねぇなら、言うなよ。血なんぞ見慣れてねぇから、大騒ぎしやがる」 「あれ、怪我してたんだ。符水とか、一応あるけど」 二人の会話にアルティアが申し出るが、ゼロは首を横に振った。 「血さえ止めりゃあ、後でどうにかなる」 「じゃあ事も済みましたし、手当てをしたらゼロのにーさんに豆でもぶつけますかねぇ。そうそう、鬼役のゼロのにーさんにゃ、ふさわしい衣装を用意しましたぜ」 いそいそと真珠朗が引っ張り出したのは、どこから調達したのかメイド服一式。 「さ、ずずいと!」 「誰が着るかーッ!」 寒々しい野っ原に、空しいゼロの抗議が響いた。 「で、感想は?」 ひとしきりの騒ぎの後、帰路の途上でゼロは汀へ聞く。 「凄かったけど、思ったのと違う感じ。開拓者の人でも、使う武器の得手不得手とかあっても普通か……もしかして、無理をお願いしたのかな」 先を歩く開拓者の背へ、『見せる事』を意識されなかった『依頼人』は残念そうな顔をした。 |