土蔵に潜みし鎧の鬼
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/17 21:32



■オープニング本文

●凍えし夜の記憶
 いつになく強く手を引く兄に連れられて、暗い庭を横切った。
 そっと引き戸を小さく開け、隙間に身体を滑らせて。
 ぱたぱたと板間を横切り、立てて並べた沢山の竹材の後ろへ回り込む。
「はや、おにいちゃん?」
「いいかい乙矢、これは隠れんぼだよ。怖い大人の『鬼』が、きっと乙矢を探しに来る。ここに隠れて、見つからないようにするんだ」
「おにいちゃんは?」
「隠れんぼで一つのところに二人で隠れたら、すぐに見つかるだろう? 大丈夫、僕も別の場所に隠れるから。僕か父さんか母さんがくるまで、じっと隠れてるんだ」
 着物で包んだ陶器の湯たんぽを渡して言い含める兄に、小さく頷く。
 それを見届けた兄は四つんばいで後退って、壁と立てかけた竹材の間に出来た隠れ場所から抜け出した。
 沢山並んだ竹材の間の僅かな隙間から、月明かりを頼りに小屋を出ていく兄の後姿が見えて。
 そして彼女は一人、残された。
 膝をぎゅっと身体に引き付けて、湯たんぽを抱える。
 冷たい板間の床や壁から、外の冷気が伝わってきて。
 凍える指へほぅと息を吹いて、少しでも暖めた。
 そのうち、小屋の外が騒がしくなり。
 ガラリと乱暴な音を立てて、引き戸がひと息に開けられる。
 家族は、そんな戸の開け方をしない。
 やってきた『鬼』に、彼女はぎゅっと足を抱え、きつく目を閉じ、息を止めた。
 ‥‥見つかりませんように。『鬼』に、見つかりませんように!
「けっ、ここはガラクタばっかりだわい」
「宝珠がどっかにある筈だ。あっちを見てくっか」
 ぼそぼそと言葉が交わされ、乱暴に扉が閉まる。
 ゆっくりと静かに息を吐くが、それでもまだ目を開く事が出来なかった。
 ‥‥さむいこわいさむいこわいさむいこわい‥‥。
 息を吹いても、カタカタと手足が震える。
 震えは恐怖からきているのか、寒いせいかも判らない。
 ‥‥おとうさん、おかあさん、はやおにいちゃん‥‥。
 心細かったが、兄に言われたとおりに待つ。
 暖かかった湯たんぽも次第に温もりを失い、震えながら小さな身体をできるだけ小さくして。
 ここは寒いけど、とても怖いけど、兄が言ったとおり怖い『鬼』が来たから、兄もきっと戻ってくるはず。
 それまでどうか、『鬼』に、見つかりませんように‥‥。

   ○

 その後、眠ってしまったのか、気を失ったのか。
 彼女の記憶は、そこで途切れている。
 朝になって近隣の住民が異常に気付き、賊による襲撃が明らかになった。
 家族四人と使用人数人のうち、生き残っていたのは作業小屋に隠れていた娘一人。
 酷い熱を出していて、ようやく目を覚ました時には、数日の時が過ぎていた。
 じっと、自分の手を見つめる。
 今こうしていられるのは、失った家族のお陰。
 故に、生きて残った者の務めを果たさなければならない。
 弓矢師の技を継ぎ、あの夜、賊に奪われた三本の弓を取り戻す。
 その為の手がかりを得ようと、人と情報の集まる神楽へ出てみたのだが、肝心の情報を得るツテや手段が彼女には全くなかった。
「後ろ盾も箔もない私が、夜の街に出ても‥‥いいカモ、か」
 呟いて、ひとつ溜め息をつく。
 自分が手の届く範囲で、その辺りに顔が利く者。
 ぱっと思いついた相手へ助力を乞うため、おもむろに弓削乙矢は立ち上がった。

●仲介屋
「表に出ない情報が欲しいなら、それなりに裏で顔が売れてねぇとな。あと、変にキョロキョロするなよ?」
「はい」
 華やかな夜の神楽を飄々と歩くゼロの傍らで、乙矢は小さく頷いた。
 しばらく広い通りを連れ立って進んでから、ふぃと若いサムライは角を折れる。
 少し遅れる形で乙矢も後に続き、もう一つ角を曲がった。
 そこで足を止め、しばらく待っていると。
 裏路地の向こうから、着物の袖に手を入れて背中を丸めた小柄な男が、ひょいひょいと軽い足取りで歩いてくる。
「こりゃあ珍しい。ゼロの兄さんから、直々に御用たぁね」
「知り合いを紹介しようと思ってな。コッチの事には慣れてねぇが、腕はそれなりに確かだ。何かいい仕事があれば、一つ回してやってくれねぇか?」
 紹介するゼロに、『仲介屋』は値踏みをするかの如く頭の天辺から足の先まで乙矢を観察し、それから頭を掻いた。
「一件、アヤカシ退治なんぞありますが、どうでやしょう?」
「中身を聞けば、容易に引けねぇぞ」
 確認するように視線を投げるゼロへ、緊張した表情の乙矢は小さく首肯し。
「では、聞こう」
 促す相手に小柄な男が両手をもみ、下卑た笑みを浮かべた。

 依頼自体は、決して難しいものではない。
 とある商家の蔵に現れるアヤカシを、退治する‥‥それだけだ。
 現れるアヤカシも、だいたいの目途がついている。
 おそらく『鎧鬼』という、大鎧に瘴気が入り込んで鬼の姿となったアヤカシだ。
 問題は、現れた場所。
 商家の主である老人は蒐集家であり、土蔵には集めた鎧が数々収められていた。
 集めた品々を決して人には見せる事はなく、時おり老主人が一人眺めて悦に入る。
 老主人の他に土蔵へ入る事が出来るのは、掃除役の使用人が数名。
 ある日、使用人の一人が土蔵に入り、消えた。
 それから数日をおかず、また一人が土蔵に入って、消える。
 どちらも身を隠す理由はなく、また使用人の間で「鎧が動いているのを見た」という話もあり。
 使用人達の間では、消えた二人がアヤカシに喰われたという結論に至った。
 だが老主人は、頑としてそれを認めない。
 何より自分の蒐集品が損なわれ、失われる事を嫌い。
 同時に、アヤカシが自分の土蔵にいるらしいと人に知られる事をも、嫌った。
 一方で、偏屈であり偏執なる老主人の家族は、この一大事を野放しに出来ぬと出来ず。
 悩んだ末に仲介屋を介して人に頼み、こっそりとアヤカシを葬る事に決めた。
 老主人に気付かれぬよう、静かに。
 かつ夜明けまでに、速やかに。
 そして土蔵は元より、決して他の鎧へ傷一つつけぬよう‥‥。

「面倒くせぇが、マシな依頼だな」
「へぇ、体裁さえ整ってりゃあいいってんですから」
「そういうもの、なのですか」
 二人の会話に乙矢は眉をひそめるが、鎧の蒐集家だという話が引っかかった。
「俺が世話するのは、ここまでだ。今回は同行しねぇぜ?」
 念を押すゼロに、彼女は緊張した表情で再び首を縦に振る。
「後は、こちらへお願いしまさぁ。人に知られぬよう、コトは夜中に。誰もいねぇ場所で見た後、燃して下せぇ」
 折りたたんだ小さな紙を男が出し、緊張気味に受け取った乙矢は帯へ挟んだ。
「後は一人で戻れよ? 寄り道せず、真っ直ぐな」
「そうします。では、失礼」
 軽く頭を下げた乙矢は角を曲がって来た道を戻り、しばらく気配を窺うゼロを見て、小柄な男がニヤニヤ笑う。
「へっへ。全くゼロの兄さんも、女にゃあつくづく甘いねぇ」
「うっせぇ」
 どこか面白そうな仲介屋が冷やかせば、不機嫌そうにゼロは唇を尖らせた。


■参加者一覧
柚月(ia0063
15歳・男・巫
葛城雪那(ia0702
19歳・男・志
雲母坂 優羽華(ia0792
19歳・女・巫
氷(ia1083
29歳・男・陰
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
只木 岑(ia6834
19歳・男・弓
イワン・リトヴァク(ia9514
28歳・男・志


■リプレイ本文

●武天の夜の片隅
 天儀の各国や遠くジルベリア、泰国を繋いでいる精霊門は、真夜中の僅かな時間にだけ開く。
『仕事』の待ち合わせの時間は、それから二刻(約1時間)後となっていた。
 下見も兼ねて依頼先の商家の近くまで行けば、同じような影が幾つか佇んでいる。
「あ、いたいた。こんなところで何‥‥って、ぇえ!?」
 見覚えのある顔へ何気なく葛城雪那(ia0702)が声をかければ、返事より先にぐいと力いっぱい腕を引っ張られた。
「ちょ、ちょっと待って。待てってば」
「あんなところでゾロゾロ集まってるのを見られたら、夜回りに押し込みの賊か何かと間違われるじゃない」
 二つに束ねた金髪を揺らし、くるりと振り返った胡蝶(ia1199)が鋭く雪那を見上げる。
「いや、あの。こんなところで知り合いに会えるとは思わなくて‥‥怒らせたなら、謝る」
「別に、怒ってなんかないわよ」
 頬を膨らませて、胡蝶は突っぱね。忍び笑う声を見やれば、陰で鬼灯 仄(ia1257)が煙管をふかしていた。
「ま、一人二人なら、間男かコソ泥にしか見えんさ」
「間男、ですか〜」
 仄の表現を真に受けたのか、にわかに只木 岑(ia6834)が困惑し。
「大丈夫ですよ。鬼灯殿と違って、只木殿は身持ちのしっかりした方だと思いますし‥‥その、私見ですが」
 慌てて付け加える弓削乙矢に、ぷかりと仄は煙を吐く。
「言っとくが。今回は、博打で負けてスカンピンなだけだぞ」
「今回は‥‥?」
「気になっても、あまり深く聞かない方がいいわよ」
 引っかかる言葉を岑が繰り返し、腕組みをした胡蝶はつぃとあごを上げて忠告した。
「どうせ、ろくな事じゃないから」
 素知らぬ顔で仄は煙管を咥え、事情を察している柚月(ia0063)がころころと笑う。
「でもご近所さんの仄や乙矢が一緒で、ちょっとビックリだね」
「そういや‥‥長屋の住人や胡蝶は、奇遇だな」
 柚月や胡蝶、乙矢らの顔を、おもむろに仄が見やり。
「だよね、特に乙矢が一緒なの、ちょっと意外っ」
「そうですか?」
「うん。仲介屋と、イメージが結びつかない印象だったカラさ」
 乙矢と柚月のやり取りを聞いていたイワン・リトヴァク(ia9514)が、今更ながらに「はて」と小首を傾げた。
「そういえばこの仕事、ギルドではなく仲介屋‥‥とやらからの、仕事なのですか?」
「何だ。そこの兄ちゃんも、くっついてきたクチか」
「ええ。何となくこう、緊迫したような感じの人達を見かけたので、何事かと思って」
 そこに金の匂いがしたから‥‥とまでは、さすがにイワンも明かさず、紳士然とした笑みで仄の疑問を誤魔化す。
「人の多い方が何やかんや助かりますし、ええんとちゃいますやろか」
 にこぱと雲母坂 優羽華(ia0792)が柔らかな笑みを向ければ、他の者も特に異論はなく会釈を返し。
「ほしたら皆はん、あんじょうよろしゅうにぃ。それから柚月はんと弓削はんは、しばらくぶりどすなぁ」
「はい。このような場で、再びお目にかかるとは‥‥縁というのも、不思議ですね」
 苦笑する乙矢へ、はふと胡蝶はひとつ嘆息した。
「私の目当ては、報酬ね。陰陽術は学ぶのに、出費がかさむのよ。ともあれ、事情を知らずに勝手に動かれても困るから。説明がてら、話を詰めるわよ」
 今回の仕事は、ギルドを通していない。故に開拓者達への庇護はなく、仕事をしくじれば『迷惑料』は自腹‥‥それを考えるだけで、懐へ寒風が吹き込んだ気がする。
「あ、ちょっと待って下さい‥‥そろそろ、起きた方がいいですよ〜。風邪、引きますよ〜?」
「‥‥んぐー‥‥あ?」
 岑に肩を揺さぶられた氷(ia1083)は、起き抜けのぼーっとした顔で、ぐしぐしと口元を拭った。

●裏依頼
 件の商家より少し離れた場所で、事と次第を知らぬ者へ簡単に事情を説明した。
「気をつけなければならない事は多いですが、ギルドの依頼と同じように、きちんと仕事をすれば同じ‥‥ですよね。依頼主はちゃんとしたところのようだし、アヤカシで困っているなら、助けたいです」
「ちゃんとした‥‥ね」
 岑の言葉に、どこか微妙な表情を返す胡蝶。
 その理由が分からず、きょとんとした岑が首を傾げれば、柚月は少しだけ肩を竦めた。
「胡蝶の言いたい事、ちょっと分かるかも。ヒトがいなくなってるのに、動かないおじーちゃんは僕もどうかと思うケド‥‥」
「アヤカシがいると知ってなお、自分の欲を満たしたいのね」
 胡蝶がどこか不機嫌そうな理由は、それなのだろう。
 ただ、完全にその『欲』は否定し切れない。己の技を高めたいという『欲』は彼女にもあり、その手段として裏依頼を受けた身だ。
 ‥‥いつまでも力の無いままでいる訳に、いかないから。
「ん〜、なんとも面倒な御主人だねぇ。ま、蒐集家ってのは皆同じか」
 ふぁ、と氷が欠伸を一つ。
「ボクは、道具は使われてこそ活きると思うけど‥‥鎧を集めて眺めて楽しむのも、迷惑をかけていなければ、とも思います。飾って見るだけだと、華美だとか、奇異だとか、名匠のものだとか、こだわりや特徴を求めていきがちになるのも、判るし」
 ただ、一つ一つの弓が持つ癖に慣れ、己が技量を磨き、その先に得た会心の一矢の満足感は、やはり飾るのではなく使ってこそ湧くものだ‥‥と。徒歩弓の弦を確かめる岑の耳に、どこか冷たく硬質な声が届いた。
「求めた末に、なりふりをかまわなくなったり、物に憑かれる蒐集家というのも、世にはいますが」
 小さな言葉を落とした乙矢は、じっと目を伏せていて。
「ダイジなモノにキズつけられたくないっていうのは分かるから、慎重にいかないとね」
 他の者には聞こえなかったのか、明るく気合を入れる柚月に眠そうな氷が頭を掻く。
「面倒なだけで、依頼料は弾んでくれるって話だし、まあ頑張りますか。ただ、気張りすぎて鎧の弁償ってのだけは、勘弁だなぁ」
「報酬が高いのは魅力的ですが、弁償は遠慮したいですね」
 ひと通りの話を聞いたイワンは、眉間にしわを寄せて苦笑し。
「確か、鎧鬼だっけ? なんか、強そうなアヤカシだな」
 やや不安げな雪那が、腰に差した業物の柄へ軽く手を置いた。
「心配ですか、葛城殿?」
 気付いて乙矢が言葉をかけ、こくりと頷いてから雪那は笑顔を返す。
「緑茂での戦い以来だから、ちょっと不安はあるかな。でも、頑張るよ。弓削さんや皆は守りたい、から」
「守られるだけというのも、はばかられますけどね。皆さん、頼もしい方々ばかりで‥‥私も、足を引っ張らぬようにしなければ」
 俯く乙矢の横顔を、少し心配そうに岑は見守った。
 何をしようとしているのか、何をしたいのか。もし、自分で手伝える事があるならば‥‥そう思うのだが、思うばかりで上手く伝える言葉に出来ず。
 そんな少年の悩みを他所に、ほんわりと優羽華は顔見知りへ微笑んだ。
「柚月はんと弓削はん、お二人とも怪我しぃひんようになぁ」
「うん、気をつけるね!」
「心得ました」
 優羽華の気遣いに柚月と乙矢は首肯し、おもむろに雪那が懐から小さな壷を取り出す。
「よぉし。梅干でも食べて、頑張ろう‥‥スぱっ!」
 口をすぼめ、きゅっと目を閉じる雪那の仕草を見て、仲間達の表情に自然と笑みをが浮かんだ。

 戸を叩いて仄が合図すれば、不安げな使用人が戸を開く。
 そして開拓者達は、次々と裏木戸をくぐった。

「決して御主人をこちらに向かわせないよう、頼んだよ。自分が見てくるから、とか言って抑えといてもらえれば。ただし、ホントに近付いちゃダメだぜ?」
 片が付いたら使いをやるから、と使用人へ言い含める氷が、更に小声で念を押す。
 開拓者達を引き入れ、土蔵の鍵を開けた使用人は、小さく会釈をすると逃げるように勝手口へと消えた。
 これからアヤカシの鬼と戦うとなれば、近くにいる事すら恐ろしいのだろう。
 それでも念のため、仄は『心眼』で土蔵近くの気配を探り、誰もいないと身振りで示す。
「‥‥私は、屋敷の方を見張ってるわ。仄、仕事しなさいよ」
 小声で胡蝶が釘を刺せば、ニッと仄は歯をのぞかせ。
「ほんなら、鎧の持ち主はんにバレへんように、ちゃらっと片付けてまいましょ」
 緊張をやわらげる様にどこか悪戯っぽく、ひそひそ声で優羽華が促した。

●欲と業にて堅めし土蔵
 土蔵の中は、闇に包まれている。
 雪那と柚月、岑、そして乙矢の四人と、氷が召喚した人魂の仔虎が土蔵の中へと足を踏み入れた。
 入ってすぐに、柚月はすぃと手を伸ばし。
 すぐに小さな火がゆらりと現われて、闇の先、行灯の芯を目指して飛ぶ。
 外の寒さとは別種のひんやりとした冷たい空気に、固い表情で乙矢が炎を見つめた。
「‥‥大丈夫?」
「あ、はい、ええっ。何でもないです」
 ひょこと雪那に顔を覗き込まれ、不意を突かれた乙矢がうろたえる。
 彼女の返事に雪那は人好きのする笑顔を返し、二人のやり取りを岑は微妙に複雑な表情で見守って。
 その間にも周囲は明るくなり、次に柚月は目を閉じて集中する。
 華奢な身体がぽぅと微かな光に包まれると、準備を終えた巫女は仲間へ目を向けた。
「お待たせ、行こっか」
『瘴索結界』を張った柚月を真ん中に、雪那が前、岑と乙矢が後ろで矢を弓へ番え。
 空っぽの面が見据える真ん中を、四人は進む。
「掃除もしてて綺麗なんだろうけど、少し怖いな」
 炎に照らされた左右の鎧と壁に浮かび上がる影に、小さく雪那が呟いた。
 板張りの床を歩き、行灯が届く位置になれば柚月が火種で明かりを増やし。
 土蔵の半分辺りまで来たところで、柚月は足を止める。
 瘴気の濃い場所が、近い。
「こちらが攻撃の意思を見せれば、向こうも動くカナ‥‥?」
「ダーツか、鎧が傷つきそうならお手玉でも、投げてみます?」
 並んだ鎧の様子を窺う柚月に、岑が声をかけた。
「お願いしていい?」
「ええ」
 番えた矢を徒歩弓から外すと岑は懐から一つお手玉を取り出し、瘴気を感じる鎧を柚月が指で示す。
 それを狙って、下投げで岑はお手玉を放った。
 がしゃん、ぽすん。
 静かなせいか、具足に当たったお手玉は一瞬ひやっとする音を立て、床に落ちる。
 だが、後はシンと静まり返ったままで。
「あの鎧、ですよね」
「うん。間違ってない、ハズ。とりあえず、僕は先に灯かりをつけてくるね」
 確認する岑へ頷いた柚月は、そのまま先へ進み。
「柚月さん!」
 何の前触れもなく、ぬっと伸びた腕に、雪那が声を上げた。

 突き出す拳を、業物で雪那が受け流し。
「奥へ!」
 背に柚月を庇う形で、手筈通りに先を促した。
 急いで岑が徒歩弓を持ち直す暇もなく、不吉な音が空を切る。
 すくい上げるような鉄製の六尺棒を、咄嗟に突き出したショートボウが遮り。
 ばきりと、鈍い粉砕音がした。

 動き出す鎧に、土蔵の入り口側で待機していた者達も頷き交わし。
 一斉に、そして静かに歩を進める。

 慌ただしく二階へ駆け上がると、柚月は行灯へ火種を飛ばした。
 上を誰かが歩き回る事で、大事な鎧に埃が落ちる事も嫌ったのか、二階には何もない。
 唯一の小さな窓も閉められ、行灯の数も少ないが、アヤカシと対峙するには十分の広さだが。
「あ、れ‥‥鬼は?」
「追ってこないね」
 身構えた雪那は、用心しながら階段を窺い。
 鈍く低い鬼の唸り声は、足元から響いてきた。

 先を急いだ柚月を雪那が庇った結果、二階へ誘うはずの鬼は、一班の四人の間へ割って入った形となり。
 入り口側に残された弓術師二人と、後ろからやって来た者達へ牙を剥いて、ごぅごぅと唸っていた。
「あんまり吠えられると、気付かれるぞ」
「大きい音ぉ立てても、あきまへん‥‥みんなで攻撃して、さっさと片付けてしまいましょ」
 精霊の小刀をかざし、優羽華が仲間を促し。
 前触れもなく、突然に立ち上った炎が、鬼の身体を包み込んだ。
『浄炎』に焼かれる鎧鬼は、ガァッと苦悶に吠え。
「吠えるな、うるせぇっ」
 珠刀「阿見」へ炎をまとわせた仄が踏み込み、縦に斬りつける。
 そこへ、六尺鉄棒が唸りをあげて振り下ろされ。
「せっかくですから、少しは働かないと‥‥ですね」
 剣「青葉千台」を抜いたイワンが無骨な鉄の棒を受け流し、叩きつける先をそらした。
「あぁ‥‥他の鎧とか壊したら、弁償なんだぜ? ただでさえ、面倒なのに‥‥」
 ボヤきつつも氷は次々に呪縛符を放ち、鬼の動きを鈍らせて。
 鎧に覆われていない部分を狙い、徒歩弓を引き絞った岑が次々と矢を射る。

 中から聞こえてくる音に、胡蝶はハラハラというか、イライラしていた。
 途中で見張りを交代する予定の柚月や、同業の氷は、まだ姿を見せず。
 代わりに中から、嫌な音が聞こえてくる。
 不安を覚えながらも、待つだけは待って‥‥痺れを切らし。
「もう、外にまで聞こえるじゃないの。何やって‥‥」
 念のために土蔵の扉を閉めてから中へ入った胡蝶は、当然の如く唖然とした。
「なんで‥‥ここでやってるのよーッ!!」
「わーっ、声、声がでかい、胡蝶っ」
 胡蝶の一喝に、慌てて氷が口を塞ぎ。
 がぶしゅっ。
「‥‥ってー!」
「働きの分で報酬、差し引かれちゃたまらないわよ」
 噛み付かれた手をブンブンと振る氷をよそに、胡蝶は呪殺符を手に取り。
「早く、片付けなさい!」
 渾身の『隷役』付き『魂喰』を、打ち放った。

●結果よければ
「とりあえず‥‥今日、一つ判った事があります」
「何でしょう?」
 神妙な表情の乙矢に、恐る恐る岑が尋ねる。
「‥‥本気の胡蝶殿は、怖い」
「早く片付いたし、鎧も被害はなかったし、いいじゃないっ」
 腕組みをした胡蝶はぷんっと頬を膨らませて、ソッポを向いた。
「ま、無事に終わったんだから、引き上げるぞ」
「せやせや、こういう時は、『ずらかれ〜』って言うんどしたよなぁ」
 促す仄に優羽華がたわわな胸を弾ませて、楽しげにくすくすと笑う。
 傷を追った者の具合は気になるが、動けぬような大きな傷でもなく。
 手当てはこの場を後にしてからでも、間に合いそうだった。
「‥‥鎧も蔵も、無事なんだが。ただ、後の掃除は大変‥‥かもな」
 人魂の知らせを受け、勝手口から姿を見せた使用人へ、眠そうに氷が言葉をかけ。
 それでも命を失う危険はなくなった事に使用人は頭を下げ、一人一人に報酬を手渡した。
 次々と開拓者達がこっそり商家を後にして、裏木戸を閉めようとした使用人を乙矢が止める。
「あの‥‥」
 そして二言三言、何やら言葉を交わしてから、戻ってきた。

「ほな、怪我しはったモンは、『神風恩寵』舞うて癒しますえ」
 商家から離れてから、優羽華は仲間へ振り返り。
 懐へ手を入れた仄が、改めて財布の重みを確かめた。
「そうだな、よけりゃあその後、飲みに行くか? 懐も温まった事だしな」
「うん。今度は、また皆で遊べると良いな。楽しい事も、なくっちゃ」
 皆が無事な事に、ほっと胸をなでおろした雪那が笑う。
「あっちは、お咎めなし、ね‥‥」
 一度だけ胡蝶は屋敷を振り返ると、それきり背を向けた。