夜に啼く鳥〜面影顔
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/03 17:57



■オープニング本文

●夜に啼く鳥
 チッチッチュンと、雀の鳴くような声がした。
 夜なのに雀が鳴くのも奇妙だと思っていると、外でガタンと音がする。
 何事かと男が草履を引っ掛けて外へ出てみれば、通りには隣家の者の姿があった。
「おぅ、どうしたい?」
 寒そうに背中を丸め、袖に手を突っ込みながら声をかければ。
 振り返った相手の隣に、見覚えのある人影が一つ。
「‥‥婆ちゃん?」
 目を丸くした男は、まさかと我が目を疑った。
 小さい頃に死んだはずの祖母が、そこにいて。
 隣人の傍らで酷く怯えた顔で、助けを求めるように男を見やる。
「お前‥‥うちの婆ちゃんに、何を‥‥!」
 そんな筈はないと胸のどこかで判っていたのだが、先にカッと頭へ血が上った。
 とっさに殴りかかった男へ、隣人が振り返る。
 その手に、合口がちらと見えて。
 あっと思った時には、ストンと刃が胸に刺さっていた。
 それでも残った勢いだけで、男は隣人を殴り飛ばす。
 突っ込んできた男とぶつかった隣人は、体勢を崩して一緒にひっくり返り。
 そして、二度と起き上がることはなかった。
 倒れ方が悪かったのか、首があらぬ方向に曲がっていたが‥‥殴った本人には、もう確かめる術などある筈もなく。

 月の細い夜闇に残ったのは、薄ぼんやりと立つ人影が一つ。
 もし見る者がいたならば、人影には『顔』がない事に気付いたろう。
 再びチッチッチュンと、雀の鳴くような声がすると。
 誘われる様に、家の影から同じような人影がもう一つ現れた。
 動かなくなった男二人へ、二つの人影は次々と覆い被さる。
 そして羽ばたきと共に小さな影が二つ舞い降り、遅れて『獲物』にありついた。

●面影顔
『 朱藩にある村が、アヤカシ「白顔」に襲われた模様。
  アヤカシの正確な数は不明だが、「夜雀」の鳴き声を聞いたという話もある。
  至急の討伐を願う 』

「まぁた、面倒なアヤカシが出たモンだぜ」
 張り出された依頼書を眺めて、ゼロが呟く。
 依頼はアヤカシに襲われた村ではなく、近隣の村々からの連名で出されていた。
 命があるうちに逃げた者達が、情報を提供。不確定な情報をまとめたギルドの出した『推測』が、『白顔』と呼ばれるアヤカシの出現‥‥なのだろうが。
「そんなに、厄介なアヤカシなのですか?」
 隣で同じ様に依頼書を見ていた弓削乙矢が、呟きを聞き止めて尋ねた。
「厄介というか、面倒くせぇというか。『白顔』てのは『面影顔』と呼ばれる事もあって、人にあらぬ面影を見せて惑わせ、同士討ちを誘う。だから下手に数で攻めると、余計に酷い事になったりしてな」
 話を聞いた乙矢は再び依頼書を読み返し、考え込む。
「それは確かに厄介です‥‥でも、誰かが討伐しなければならないんですよね」
「まぁ、そうなんだが」
 答えたゼロが受付を見やれば、物言いたげな係員がじーっと視線で訴えていた。
「もし白顔相手で同士討ちを始めようモンなら、誰かが止めなきゃあならねぇから‥‥『見届け役』としてなら行ってもいいが。ただ、夜雀がなぁ」
「夜雀……? この、鳴き声を聞いたという話ですか」
 聞き慣れぬ言葉に、顔を上げた乙矢が小首を傾げる。
「夜雀もアヤカシだぜ。見た目は雀みたいなモンで、鳴いて近くのアヤカシを呼びやがる。普通は、もっと山ン中に出るんだが‥‥そうだな。乙矢も来るか?」
「私が、ですか?」
 きょとんとした乙矢が聞き返せば、腕組みをしたゼロが首肯した。
「夜雀を討つのに、弓術師の腕が幾つかあると有難い。白顔の惑わしが怖いなら、無理は言わんが」
「‥‥未熟な腕ですが、それでも良ければ」
 逡巡した後に弓術師が心を決めればサムライは頷き、受付に話をつけに行く。
 三度じっと依頼を見つめた乙矢は拳を握り、それからゼロの後へ続いた。


■参加者一覧
柚月(ia0063
15歳・男・巫
雲母坂 優羽華(ia0792
19歳・女・巫
天目 飛鳥(ia1211
24歳・男・サ
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
真珠朗(ia3553
27歳・男・泰
神呪 舞(ia8982
14歳・女・陰


■リプレイ本文

●鈴音
 チリチリンと、小さな鈴が鳴った。
「‥‥これは?」
「見ての通り、鈴だ。念のために、皆でつけておこうと思ってな」
 不思議そうな顔で鈴を振った弓削乙矢へ、鈴を配る天目 飛鳥(ia1211)が説明する。
「古来より鈴の音には、邪気を祓う力があると言われている‥‥それがアヤカシに効果があるかどうかは置いても、鈴の音で敵味方の判別をつけられるかもしれない」
「鈴をつけた相手は仲間、か。音でアヤカシを祓えるかは、疑わしいが‥‥仲間がどこにいるかの目安になるってのは、確かにいいな。何せ、明かりも少ねぇ事だ」
 手の平でゼロは鈴を転がした末、掛け金の一つに引っ掛けた。
 夜雀が現れる時刻は、夜。
 既に人の気配がない村では、それぞれが持つ灯かりを頼りにしなくてはならない。
「惑わしかぁ。厄介だねっ」
「ああ、うちが結びますえ」
 着物の袖に鈴を結ぼうと柚月(ia0063)が苦心していると、見かねた雲母坂 優羽華(ia0792)が手伝った。
「ありがと、優羽華」
 柚月が礼を告げれば、黒い艶髪を揺らしてにっこりと優羽華は微笑む。
「まぁ、惑わしを振り切る為のきっかけにでも‥‥なってくれると、良いがな」
 袖を振るたびにチリチリと鳴る柚月の鈴を見ながら、ぽつりと飛鳥が呟いた。
「それにしても、幻を見せて人を惑わせて同士討ちをはかるなんて、厄介なアヤカシですね‥‥いえ、悪趣味と言うべきでしょうか」
 どこか固い口調で神呪 舞(ia8982)が眉をひそめ、僅かに優羽華も表情を曇らせる。
「そうどすな‥‥皆はん、あんじょうよろしゅうにぃ。ゼロはんは、お久しゅうどすなぁ」
 ちゅうても、依頼では初めてなんどすがぁ。と、再び笑顔を浮かべる和やかな巫女へ、ゼロも気安く笑い返した。
「ああ、そういえばそうだな。頼りにしてるぜ。柚月もな」
「おっちゃんの所為で、乙矢やゼロともご近所さんになっちゃったし‥‥折角だからね。ご近所付き合いは、大事でしょ。それに、懐が寂しいのもあるしねー」
 ぷぃと餅のように柚月が頬を膨らませ、からからとゼロは喉をそらして大笑する。
「ま、懐寒いのは、何かと辛ぇからな」
 稼いだ金が翌日には消える事も多いという噂のあるサムライに、乙矢が小さく苦笑し。
「よろしくお願いします、ゼロさん、弓削さん」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。神呪殿」
 改めて言葉をかける舞へ、丁寧に乙矢は頭を下げた。
「それで、白顔‥‥とやらは、あたしに何か面白いモノを見せてくれるんでしょうかねぇ」
 帽子のつばに手をかけて真珠朗(ia3553)が呟けば、「さぁて」とゼロはがしがし髪を掻く。
「見えるモンが『何か』は、俺にも判らねぇからな。鬼が出るか、蛇が出るか‥‥あるいは、全く何もねぇか。ただ白顔を退治する時には、同士討ちしただのしかけただのって話を、ちょいちょい聞くからなぁ」
「ふぅん。何や、ややこしおすが、このままのさばらしとくんはあきまへんしなぁ」
 人差し指を口元に当てて、優羽華はやや思案顔をした。
「そういえば、弓削とは大船原でのアヤカシ討伐以来だな。最近、崎倉とは会ったのか?」
 ふと、思い出したように飛鳥が尋ねれば、「はい」と乙矢は首肯する。
「縁があって、神楽では崎倉殿らの住まいの近くで、居を構える事となりました」
「なるほど。よければ白顔退治が終わった後にでも、近況を聞かせてもらえるか?」
「喜んで。サラ殿共々、つつがなくおられますよ」
「そうか」
 僅かに笑んで飛鳥が一つ頷くと、チリンと小さく鈴が鳴った。
「そうそう。失敗して同士討ちしだしたら、迷わず俺達の首を斬り飛ばしてくれていいぜ」
「はぁ?」
 道すがら、突然の巴 渓(ia1334)からの『申し出』に、憮然としたゼロが相手を睨み据える。
「ナンで俺が、そんな面倒くせぇ事をしなきゃあならねぇんだ。それに、てめぇの首だけならともかく、他人の首の事まで勝手に決めてんじゃあねぇよ」
 不機嫌さを隠しもせずに言い放ち、それ以上は耳を傾ける気もないという風に、見届け役のサムライは渓から視線を外した。

●思い揺らぎ、惑い揺らぐ
「白顔がいたら、飛鳥と真珠朗に任せて‥‥とにかくこっちは、夜雀を先に退治だね」
「うちは、周辺警戒しときますえ。白顔だけやのうて他のアヤカシも寄ってきたら、難儀どすからなぁ」
 分担を確認する柚月に、こくと優羽華が頷く。
「お願いします。他のアヤカシを呼ばれる以外に、逃げられるのも厄介ですから」
「そうだね。仲間呼ばれたり、逃げる前に潰しちゃおっ」
 梓小弓を携えた舞と、気合を入れる柚月。
 二人に加えて渓と乙矢がまず夜雀を見つけ、これにあたる事となっていた。
「問題は、気功波が届かない位置まで逃げられた時か。そうなる前に倒せば、問題ないが」
 相手が鳥では、もし高い場所へ逃げられたら渓も手が出せない。
 柚月は念のためにとダーツを用意してきたが、距離が開けば舞の梓小弓と乙矢の理穴弓が便りだった。
「昼ほどに見通しが良くないので難しいですが、そうも言ってられませんね」
 ピンと張った弦を、軽く弾いて舞が確かめた。

 小さな羽ばたきが一つ、梢に止まった。
 それから遅れて、もう一つ。
 二羽のアヤカシは尾を上下に動かし、久し振りに見つけた『獲物』を観察する。
 それから再び一つが飛び、もう一つが後を追った。
 村の上を一回りして、物陰にうずくまる『相棒』を見つけると、チッチッチュンと鳴き声をあげる。
 その呼び声に、目鼻口のない顔を天へ向け。
 立ち上がった白顔は、誘われるように歩き出した。

「今の鳴き声、聞きました?」
「うん、あっちから聞こえた!」
 聞き止めた舞が問えば、柚月も暗がりの先を指差す。
「向こうって、優羽華が残っている方だよね」
「はい。一人のところを、狙う気でしょうか」
 声を追って急ぐ足は、次第に駆け足となり。
 チリチリンと鈴を鳴らしながら、仲間の元へと一行は急いだ。

   ○

 ――ゆう、ちゃん‥‥。
「‥‥?」
 不意に、聞き覚えのある声に呼ばれた気がした。
 驚いて優羽華が辺りを見回せば、少し離れた場所に妹が立っていた。
「め、めいちゃん!? なんでここに‥‥どないしたんどすか!?」
 驚いて言葉をかければ、双子の妹はにっこりと笑んだまま、ふぃと角を曲がる。
「めいちゃん、どこへ行きはるんどす?」
 後姿を見失いたくなくて、、慌てて優羽華は後を追いかけた。
 妹は、彼女の妹は確か、別の依頼を受けて、彼女とは違うところへ向かったはずなのに‥‥?
「めいちゃん、待っておくれやす。どないしはったんどすか?」
 揺れるふくよかな胸の上で、鈴がチリンと弾む。
 妹の身に何かあったのではないかと、急に何故か妙な不安に駆られた。
 角を曲がると妹の後姿はその先にあり、少しだけ安心する。
 だが妹が進む先に、複数の提灯が揺れていた。

「柚月さん、あそこに」
 気付いた舞が足を止め、家の軒先に止まる一羽の夜雀を見つけて指を差す。
 小さなアヤカシはまだ開拓者達に気付いていないのか、再びチッチッチュンと鳴いた。
 邪魔をせぬよう、やや後ろで乙矢が理穴弓を引き絞り、三人が息を殺して夜雀との距離を詰める。
 ちゃんと技が届く位置まで慎重に、そーっとそーっと近づいて。
「今だっ」
 柚月の合図で、矢と、見えざる力が飛んだ。
 一瞬の風が巻き起こったようにも見え、短いギャッという鳴き声と共に、羽が飛び散る。
 矢を受け、『捻じられ』た夜雀が形を失えば、散った羽も落ちる途中で霧散した。
 それを見た乙矢がほっと息を吐き、番えた矢を外す。
「逃げられなくて、よかったです」
 舞が目を細めれば、口に煮山椒を含んだ渓は喋れず、無言で首を縦に振った。
「あれ、優羽華‥‥かな?」
 前から歩いてくる人影に気付いた柚月は、仲間へと駆け出そうとするも。
 不意にその足が、鈍った。

「‥‥柚姐様、なんで‥‥」
 言葉を紡ぐ口の中は、カラカラに乾いている。
 明かりの先にいるのは、見覚えのある女性。
 ずっとずっと見たかった、優しい笑顔。
  小さかった僕を、拾って育ててくれた。
  芸で身を立てる事を、教えてくれた。
  何より、僕に「月」って名前をくれた。
 綺麗で、凛とした‥‥大好きな‥‥大好きだった姐様。
  そして‥‥ずっと前に、僕を置いていなくなってしまったヒト。
 だが優しい笑顔が、不意に曇った。
 不安げに後ろを振り返り、救いを求めるように柚月へ近づいて来る。
 そして彼女の後ろから、追ってくる人影があった。

 追われている。
  彼は、アヤカシに追われていた。
 村で唯一、彼女と仲良くしてくれた、幼なじみの彼が。
「‥‥あなたは‥‥」
 それ以上は言葉に出来ず、舞は息を飲む。
  もう、生きているはずが、ない。
 視界がにじみ、見開いた瞳から溢れた涙が、ひとすじ頬を零れ落ちた。
 そう、彼は死んだのだ。
  でも、彼は生きて目の前に‥‥。
 梓小弓をかざせば、チリンと鈴の音がした。

 渓が『敵』だと思ったそれは、普通のどこにでもいる男の子だった。
 彼女の年からすると、これくらいの年の子供がいても不思議ではない。
 好いた男と契りを交わし、孕めば十月も待って、文字通り身の裂けそうな産みの苦しみの末に産声を聞き。
 据わらぬ首を支えながら乳を含ませ、泣けば子守唄を唄ってあやし。
 座って、這って、立って、歩いての一つ一つを見守られながら、普通に育てられてきた子。
 そんなどこにでもいる、何の変哲もない子が、ゆぅくりと口を開き。
 怯えた声が、耳朶を打つ。
 ‥‥ネェ オネエチャン?
  コンドハ ボクヲ チャント マモッテ‥‥。

 小刀を取り、扇子をかざし、弓を握る。
 チリリンチリンと、鈴達が澄んだ音をたてた。
  鈴をつけた者は――。
「いちびってうちらの心を弄んだあんたには、遠慮しまへんえ! 覚悟しよし!」
「ニセモノの姐様なんて、イラナイ!」
「人の心を弄ぶ‥‥不愉快です。許しません、私はっ!」
  ――仲間、だから。
 惑わしの表情が、一瞬で掻き消える。
 そして暴かれた『のっぺらぼう』もまた、惑いを払った者達の反撃に、消え失せた。

   ○

 真冬にもかかわらず、どっと汗が吹き出す。
「大丈夫ですか?」
 言葉をかける乙矢に肩で息をし、胸を上下させ、荒い呼吸を整える者達が頷いた。
「乙矢はんは、大丈夫どした?」
 にわかに寒さを感じながら汗を拭った優羽華が尋ねると、心底ほっとしたように乙矢は深い息を吐く。
「はい。白顔へは近寄らぬよう、言われていましたので‥‥皆さんにお怪我がなくて、よかった」
「あった事や見た事は、おっちゃんとかには内緒だからね!」
 口を尖らせて言い含める柚月に、少し笑いながら乙矢は首を縦に振った。
「今の間に、他のアヤカシの姿は見ませんでした。アヤカシは、これで全てなのでしょうか?」
「まだ、分かりません。村の様子を見ながら、別行動をしている二人と合流してみた方がいいかもしれませんね」
 舞の提案に、異論のある者はなく。
 他の夜雀の鳴き声が聞こえないか注意しつつ、五人は仲間を探し始めた。

●ゆめうつつ
 そこにいたのは、彼より5つばかり年下の、少女だった。
  彼が、父と並んで尊敬に値する人だった。
 記憶にある少女の表情が、苦痛に歪む。
  自分を導いてくれた、師。
 攻撃を受け、助けを求めるように、彼を見た。
  ただ刀の稽古をつけてくれる時だけは、本物の鬼に見えたものだ‥‥。
 そうだ。あの人は、そんな師匠だったから‥‥。
「俺に助けを求めるような真似など、決してない!」
 気迫と共に、珠刀「阿見」が炎をまとう。
 チリリと鈴音を鳴らして、一歩を踏み込み。
 ひと息に払った刃は、少女の幻影を引き裂いた。

 貫いたアヤカシが形を失い、瘴気となって散ったのを見届け、真珠朗は構えた槍「疾風」の穂先を下げる。
「結局あたしにゃ、大切なモノなんざないって事なんでしょうがねぇ」
 ややガッカリとした口調で呟くのは、失望。
『のっぺらぼう』の白顔は、幾ら見ても真珠朗にとって『のっぺらぼう』のままだった。
「ただ、あたしにゃ、何にもなくてもねぇ。他の方は、そうじゃないんでしょうし。他人の大切なものくらい守って見せますよ。御代の分くらいは」
 それでも、もしかしたら‥‥と、多少の期待はしていたのだが。
 失望と同時に、何も見えずに安堵している自分がいるのも、確かだった。
「助かった。何か、面倒をかけなかったか?」
「ええ、たいした傷もなく。大丈夫ですよ」
 気遣う志士へひらと手を振り、泰拳士は少しズレた帽子を整え。
「あたしゃ、正義の味方気取りの輩が大嫌いだって話なんですがね。それでも、まぁ‥‥あるんですよ。小悪党にゃ小悪党なりの、矜持が」
 届かぬ呟きを、アヤカシが消えた跡に落とす。
 それから顔を上げ、真珠朗は辺りを見た。
「ツラなしと会う前に、雀の声がしたんですが。どこかに行きましたかね」
「柚月達も、こなかったようだな。別の場所で、何かあったのか‥‥」
「見に行きますかね」
 尋ねる真珠朗へ、刀を鞘へ納めた飛鳥が首肯する。
「他にアヤカシがいないか、確かめておきたいからな。心眼で探していけば、おそらく夜雀も見つかるだろう」
「ですねぇ」
 同意しながら、歩き始める飛鳥へ続く。
 自分には、何も見えなかったが。
 飛鳥には、何かが見えていたのだろう。
 夢を見えた他者と、現(うつつ)に在る自分。
 ただ、天秤としては奇妙な採算が取れているのかもしれない、と。
 月のない空を仰ぎながら、真珠朗はふと、思った。

 チッチッチュンと、夜雀が鳴く。
 だがアヤカシ白顔は、姿を見せなかった。
 夜雀一匹だけでは、ただの鳴く鳥と変わらない。
 虚しく仲間を呼び続ける鳥を見つけて討つのは、容易い仕事だった。

   ○

「風の精霊はん、力を借してなぁ‥‥ほしたら‥‥『我、癒したり』」
 風を送るような仕草を優羽華がすれば、豊かな胸がぽぃんと揺れた。
 実は、胸から癒しの風が起きるのカナ? なんて奇妙な事を、柚月は一瞬考える。
「大した怪我もなくて、良かったな」
 深手を負った者はいなかったが、神風恩寵で仲間全員が傷を癒されると、改めて飛鳥が安堵の表情を浮かべた。
 何かの思いを押し込めるように、黙ったままの舞は静かに目を伏せて。
 仲間に過ぎる、癒しの風では癒しきらぬ疲労の影に、柚月は小さく首を傾げる。
(「皆には、誰が見えたんだろ‥‥詮索はしない方が、いいんだろうケド‥‥」)
 例え‥‥ニセモノでも、彼女がまたいなくなるのを目の当たりにすれば、気持ちは苦かった。

 七人が村を出れば、別れた場所でゼロが待っていた。
「片付いたら、おぶぅでも飲んでほっこりしとおすなぁ」
「おぶ?」
「お茶の事どす」
「ああ、寒いしな」
 無事さえ確認出来れば、仔細は十分なのだろう。
 ほわんと笑む優羽華とそんな話をするだけで、『見届け役』は何も問わなかった。