開拓者 長屋横丁 鏡開き
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 50人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/01 14:16



■オープニング本文

●開拓者長屋の鏡開き
 鏡開きとは年神に供えた鏡餅を割り、雑煮や汁粉に入れて食べて、一年の無病息災を願う行事だ。
「この長屋じゃあ、大家さんの家で供えていた餅を住人が割り、その場で汁粉や雑煮にして振舞われる事になっている」
 説明する崎倉 禅(さきくら・ぜん)に、ほぅと弓削乙矢(ゆげ・おとや)が感心した表情を返した。
「なかなか、気前の良い大家さんなのですね」
「まぁ、店子はメシの種だしな」
 店子(たなこ)とは、長屋を借りている住人の事である。空き家のままで部屋を置くよりも、住人が入っていた方が大家としては何かと助かるものだ。そのせいか開拓者長屋の大家は、住民や住民の友人達へちょっとした『楽しみ』をたまーに提供してくれる。
 鏡開きも、その一つだった‥‥のだが。
「ただ鏡開きをするだけっていうのも、もったいないと思うんだよね! お正月も、一種のお祭りみたいなものなんだし!」
 力いっぱい力説するのは、桂木 汀(かつらぎ・みぎわ)。
 志体を持たない絵描きの少女は、開拓者でもないのに頻繁に長屋へ現われ、何かと‥‥騒々しい。
「‥‥何か、やりたいのか」
 その傍らにある長持(ながもち:衣装箱)が目に入って、既に嫌な予感がしているのか。
 怪訝そうに尋ねる崎倉へ、汀がこくんと頷く。
「うんっ。えっと、年末の催し物でね。ぜひ開拓者の間でコレの知名度を上げてほしいって、貸衣装屋さんが貸してくれたの」
 長持からヒラリと彼女が取り出して見せたのは、ジルベリアから伝わったという衣装だった。
 黒いワンピースに、白いエプロン。黒のタイツと、そして白の髪飾り。それらのセットをひとまとめにして、かの地ではこう呼ぶらしい‥‥『メイド服』、と。
「ジルベリアでの、女中さんの衣装なんだって。」
 シンプルなロングスカートのものから、フリルやリボンが愛らしいミニタイプまで。
 長持の中には各種色々なデザインが、さまざまなサイズで取り揃えられていた。
「相変わらず、お前のツテは正体不明だなぁ」
「‥‥で、これと鏡開きと、どういう関係があるのです?」
 からからと崎倉が笑い、素朴な疑問を投げる乙矢に汀はにっこりと笑顔を返した。

   ○

 下駄を逆さまにしたような台に、縄座布団を思わせる平べったい餅が一枚、のっかっていた。
 傍らにはそれなりな大きさの木槌が置かれ、これでガツンと割るのだが。
「鏡開きで、割れなかったら罰ゲームだぁ?」
 怪訝な顔をするゼロへ、得意げに汀は立てた人差し指を左右に振る。
「そそ。普通に割れなかっただけじゃあ、面白くないもん。叩くのは、一回こっきり。お餅が割れなかったり、木槌が壊れたりしたら、罰ゲーム。ジルベリアの衣装を、今日一日すーっと着ておく事!」
「んーなもん、適当にブッ叩きゃあ終いだろうが。毎年の事だしよ」
 カラカラと笑いながら、ゼロはひょいと木槌を掴み、握りや振り具合を確かめて。
「せーのっ!」
 ガゴンッ!!
 軽い気合と共に、思いっきりの打撲音。
 だが真ん中あたりを叩かれた平たい丸餅は、僅かに弓の様に反っただけで、割れも欠けもしなかった。
 沈黙。のち、しばしの沈黙。
「‥‥もう一回」
「はい、連行ーッ!」
 ピリィーッ! と汀が呼子笛を吹けば、仕方なさげに崎倉がゼロの首根っこを掴み、ズルズルと引っ張っていく。
「ちょっと待てっ! てめぇ、何か仕掛けてるだろう、汀ぁーーー!」
 空しい抗議を残しながら、長屋の一室の戸がピシャリと閉められた。

 そうして、しばらく後。

 何故かフリフリなメイド衣装を着せられたゼロが腕組みをし、ベンチに敷いたムシロの上で胡坐(あぐら)をかいていた。
「その格好で胡坐をかくな、胡坐を」
「うっせーっ」
 指摘する崎倉へ、ぐるぐると唸るゼロ。
 ‥‥まぁ、何だかんだ言いながらも、逃げないあたり付き合いはいいというか、何というか。
「こういうのは、ただ力まかせに叩けばいいってモンでもないからな」
 苦笑して丸餅を見やる崎倉に、ふぅむと乙矢が感心しきり。
「‥‥私も、試みてよいでしょうか?」
「ああ、構わねぇよ。これで割れたら、ゼロが歯噛みするだけだ」
 首肯して崎倉が促せば、おもむろに乙矢は木槌を手に取る。
「では」
 僅かの間、瞑目した弓術師は、すぃと木槌を振り上げて。
 カツーン。
「‥‥あれ?」
「はい、乙矢さんも、着替えようねー!」
 思いのほか軽い音に茫然とした乙矢を、楽しげに汀が連れて行った。

「よぅ、お仲間」
 隣で膝を合わせて座る乙矢に、ゼロが苦笑いを投げる。
「‥‥まだまだ、精進が足らなかったようです」
 しみじみと呟いて、乙矢は胸元を押さえ。
「にしても‥‥この衣装、少しばかり胸が余るのですが‥‥」
「俺に言うんじゃねぇ。餅でも詰めとけ」
 適当なフォローを投げて、かくりとゼロは頭を垂れた。

 まぁるい餅を、最初に木槌で割る事が出来た者には、「福がくる」と言われている。
 ある者は年の初めの運試し、もしくは験担ぎ(げんかつぎ)を兼ねて。
 またある者は、罰ゲームとやらの怖いもの見たさで、
 話を伝え聞いた開拓者達が、わいわいと集まってきた。


■参加者一覧
/ 天津疾也(ia0019) / 斎賀・東雲(ia0101) / 六条 雪巳(ia0179) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 犬神・彼方(ia0218) / 静雪 蒼(ia0219) / 橘 琉璃(ia0472) / 柚乃(ia0638) / 篠田 紅雪(ia0704) / 鷹来 雪(ia0736) / 蘭 志狼(ia0805) / 佐上 久野都(ia0826) / 鳳・陽媛(ia0920) / 巳斗(ia0966) / 柳生 右京(ia0970) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 静雪・奏(ia1042) / 胡蝶(ia1199) / 鬼灯 仄(ia1257) / 巴 渓(ia1334) / 喪越(ia1670) / 羅轟(ia1687) / 嵩山 薫(ia1747) / 剣桜花(ia1851) / ルオウ(ia2445) / エリナ(ia3853) / 嵩山 咲希(ia4095) / シエラ・ダグラス(ia4429) / 奏音(ia5213) / 御凪 祥(ia5285) / 白蛇(ia5337) / 設楽 万理(ia5443) / 難波江 紅葉(ia6029) / 雲母(ia6295) / 炎鷲(ia6468) / からす(ia6525) / 只木 岑(ia6834) / 橋澄 朱鷺子(ia6844) / ギアス(ia6918) / 九条 乙女(ia6990) / 浅井 灰音(ia7439) / 瀧鷲 漸(ia8176) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / 群咲 紫苑(ia8257) / 朱麓(ia8390) / ベアトリーチェ(ia8478) / 春金(ia8595) / ルーティア(ia8760) / 和奏(ia8807) / 煌夜(ia9065


■リプレイ本文


■シナリオ名
開拓者 長屋横丁 鏡開き


●鏡開きで運開き
「勝っても負けても、へる・おあ・へるだと‥‥ッ? でも餅が割れて福がくるってんなら、死神に嫌われる悪運の持ち主がカチ割ってやるさぁー!」
 カコーン。
「のぎゃああああっ!?」
「いらっしゃいませ、焔騎さん」
 颯爽と木槌を振った天ヶ瀬 焔騎(ia8250)がビクともしない鏡餅に絶叫し、その肩へ後ろからぽむと水鏡 絵梨乃(ia0191)が手を置いた。
「み、水鏡さん‥‥?」
 強張った表情でゆっくりと焔騎が振り返れば、背後の絵梨乃は容赦のない『いい笑顔』を返す。
「感じます‥‥メイド服を着たくてしょうがないというオーラを、焔騎さんからひしひしと!」
「待った。出てない、出してないかーらー!」
 青年の主張も虚しく、どこからか現れたメイドさん(モブ)に、引きずられて行く焔騎。
 ちなみに割れていた場合も、結局はメイドさんになる予定‥‥だったらしい。
「さぁ、皆どんどん失敗するがいい。可愛く、めいくあっぷしてやる」
 自らもメイド服をまとった絵梨乃の隣で、とてもとても楽しげに、春金(ia8595)が手をわきわきさせている。
「それならわしは、髪を可愛くこーでぃねーとするのじゃよ。まずは手始めに、オトンからじゃな」
「まぁ、焔騎は‥‥な」
 どこか生暖かい眼差しを友人へ向ける御凪 祥(ia5285)だが、明日どころか直後に我が身に降りかかる災難と、今は知る由もなく。
「ええ、焔騎さんだから」
「焔騎なら、仕方がない」
 浅井 灰音(ia7439)や瀧鷲 漸(ia8176)らも、そんな言葉を交わして、しみじみと頷き合う。
「よかったな、みな理解があって」
「そんな理解はーーーぁっ」
 更に見送るギアス(ia6918)に、叫びを残しつつ焔騎は長屋の一室へ連れ込まれて行った。

「さて、年始の運試し‥‥ここは、受けて立つ所だろう」
 目の前で起きた『惨劇』を記憶の外へ追いやって、おもむろに祥が木槌を手に取る。
 そう。最初から腰が引けていては、弱気を呼び込み、良い結果にも繋がらない。
 腹を決めれば、後は無心で静かに木槌をかざし、フッと息を詰め。
 コォーン。
 曇りのない、澄んだ音がした。
 ‥‥音だけは。
 見た目より冷え固まっているのか、鏡餅には僅かなヒビすら入っていない。
「残念じゃな、祥さん。わしも心苦しいが、これも非情なる世の定め」
「嬉しそうに心苦しいとか、どの口の台詞だか‥‥だがこれも決まり事、逃げも隠れもしない」
 潔い言葉に、遠慮なく春金がキラリと目を輝かせる。
「ふふ、よい覚悟じゃ。念入りに、可愛く仕上げて差し上げるのじゃよ〜」
 むしろ、手抜き手加減を歓迎したかったところであるが、あえて祥は何も言わなかった。
 腹を括って、諦めた‥‥とも言う。

「割れなくても、面白そうだが‥‥やはり、やるからには割る気概がないとな」
 あえなく敗れた者達を見送るギアスもまた、躊躇せずに木槌を取る。
「今年を占う大事な時だ、集中して‥‥せいっ」
 ポグッ。
 やっぱり、割れなかった。
「ギアスもか。残念だったな」
「ん‥‥ま、いいか」
 言葉をかける漸だが、当の本人は気持ちの切り替えが早いというか、特に悔しがる風もなく。
 自らすたすたと、着替え場所になっている長屋の一室へと向かった。

「なかなか、手ごわいようだ。叩き甲斐がありそうだな」
「漸さんも、やるんだね」
 やや意外そうな灰音に、ニッと漸は笑んでみせる。
「折角の祝い事だからな。それに焔騎や祥と違い、私なら割れなくても問題ない。既に、メイド服とやらも調達してきたからな」
「それは‥‥」
 用意周到というべきか、備えあれば憂いなしというべきか、苦笑しながらも灰音はあえて言葉を濁した。
 ともあれ、気合を入れるかの如く、ぶんぶんと漸が木槌を振り回し。
 風切る音に、眺める灰音は一抹の不安を覚える。
 ‥‥割れてしまうだろうか。
 そうなれば、彼女としてはとてもとても残念なのだが。
 ボキッ!
 果たして、割れた。
 鈍い音を立て、木槌の柄の方が。
「‥‥やはり、力まかせでは駄目だったか‥‥」
「はぅ! さすがに開拓者さんが本気で振ったら、壊れちゃうかぁ」
 慌てて代わりを持ってきた桂木 汀へ、漸が壊れた木槌を渡す。
「もっと、頑丈な木槌を用意してもらわないとな。鋼で出来た槌とか、金ピカなのとか」
「それ、もう木槌じゃないです‥‥でも木槌が壊れても失敗だけど、いいかなぁ?」
「ああ、承知している」
 待ち受ける着替え係の元へ、自ら持参したメイド服を手に漸は歩いていった。

 そうして、灰音の番が回ってくる。
「出来れば木槌を壊さないように、お願いしますね!」
「判った、注意するよ」
 念を押す汀へ、片目を瞑りつつ思案顔で灰音は木槌を受け取った。
 力加減に気をつけながら、祈るように軽く両の眼を閉じ。
 カツン。
 真剣な表情で振り下ろした木槌だが、餅は割れも欠けもせず。
「割れなかった、か」
「残念だったな、灰音」
 やれやれと大きく嘆息した灰音に、満面の笑みで絵梨乃がにじり寄る。
「心配するな。ボクが優しく、着替えを手伝ってやるからな!」
「‥‥いいから涎を拭け、涎を」
 ひとまず安堵した灰音だが、別の方面での不安に激しく駆られた。

「年始ついでに、顔を見にきたわ。元気そうね」
 胡蝶(ia1199)が声をかければ、弓削乙矢はぺこと会釈をする。
「お陰様で。胡蝶殿も、お元気そうで何よりです」
「あ、胡蝶さん胡蝶さん!」
 胡蝶を見つけた汀が手招きして呼び、「はい」と木槌を渡した。
「‥‥何よ、これ」
「鏡開きだよ。胡蝶さんも、がつーんと腕試ししてみて!」
「いいけど‥‥腕力に、自信はないわよ?」
 笑顔で促す汀に胡蝶はよく判らないまま、とりあえず鏡餅の前に立ち。
 がつーん。
「‥‥で、これが何なわけ?」
 何の変化もない餅を胡蝶が前に怪訝そうな顔をすれば、にこやかな笑顔を汀は返す。
「うん、胡蝶さんも罰ゲームだね」
「観念するのじゃよ、胡蝶さん」
「罰ゲームって、ちょっ‥‥いつの間に春金まで!?」
 問答無用で、胡蝶は春金や汀に連れて行かれ‥‥そしてまた、メイドさんが増えた。

   ○

 広い神楽と言えど、賑やかし好きな開拓者の口に上れば、話が伝わるのも早い。
 そうしていつの間にやら、長屋横丁にはわいわいと人が集まっていた。
「なぁ‥‥これ、何の騒ぎや?」
 何やら賑やかな人垣に興味を引かれたか、通りがかった天津疾也(ia0019)が人垣を離れた一人を呼び止める。
「ああ、何でも鏡開きで、腕試しだとさ」
 笑いながら答える相手に面白そうな気配を察知し、疾也は目を輝かせた。
「へぇ、鏡開きでか?」
「なかなか見ものだぜ。もう何人も開拓者の人らが挑戦してるが、なかなか餅もしぶとくてなぁ。割れなかったら罰ゲームとやらで、可笑しい事になってんだよ」
 思い出し笑いをする男は、二人の会話に足を止めた設楽 万理(ia5443)に気付くとヒラヒラ手を振った。
「そこの姉ちゃんなんかも、試してみちゃあどうだい? 飛び入り参加も歓迎だっていうし、割れなくてもアンタなら悪いコトにはならないしな」
 大笑いしながら歩み去る男を見送った万理は、悪戯っぽい笑みを浮かべ。
「ふ、罰ゲームが私にとっては大した事でないなら、鏡開きに参加するしかないわねぇ」
 ひょいと人垣へ混ざる弓術師を見て、疾也もまたニンマリと笑う。
「つー事は、人によっちゃあ災難に合うてる訳やな。こりゃあ、面白そうや」
 そしてまた一人、『賑やかし』が輪に加わった。

「腕試し?」
 長屋へ越してきたばかりの煌夜(ia9065)が、開拓者達の『奮戦』を見物する崎倉 禅へ聞いた。
「ああ。鏡餅を最初に割った人には福がくるって話があって、いつの間にかな」
「何か騒がしいと思ったら、そんな面白い事をやっていたのね」
「まぁ、あいつらが愉快な状態になってるのは、汀のせいだが」
「愉快とか言ってんじゃねぇっ」
 口を尖らせたゼロのメイド服姿を煌夜はじーっと見た末、おもむろに視線を外してクスクス笑う。
「いいわ、私も協力するわよ。ただし、着替えと場所を提供する方でね」
「ちょ、煌夜っ。安全圏に逃げてんじゃねぇ!」
「だって、女の子が覗かれたら大変でしょ? 崎倉さんや乙矢さんの部屋だけじゃ、大変そうだもの」
 ごく真っ当な理由を返して、ゼロの『矛先』をかわす煌夜。
 確かにまぁ、先ほどから腕試しに敗れた者達が、少しばかり賑やかに着替えさせられているが。
「それやったら、うちも煌夜はんと着せ替え手伝うてええかな〜? 後で、お友達も来はるよって、一緒にやけど」
 嬉しそうに静雪 蒼(ia0219)が尋ねる傍らで、兄の静雪・奏(ia1042)は『哀れな姿』となったゼロをちらと見る。
「ところで‥‥汀さん、その服ってどこから持ってきたの?」
「うん、貸衣装屋さんが貸してくれたんだよ。可愛いよね!」
「ほんま、可愛いわ〜。特に奏兄ぃは美人さんよって、ものごつ似合う思うわぁ〜♪」
 力いっぱい妹から期待の眼差しを向けられた兄は、つられてにっこり笑みを返した。
「‥‥うん、挑戦します‥‥」
 実を言えば、見物するだけにしておきたかったのだが。
「割れれば、問題ない訳だしね‥‥」
 長屋に住む事となった縁もある事だしと、やや心配そうに奏は鏡餅を見やる。

 そして嫌な予感というヤツは、だいたい当たるのが常だった。

 ‥‥とまぁ、そんな訳で。
「よーし。そういう話なら、腕試しに挑戦するぜ!」
 静雪兄妹の元へ引っ越し祝いに来たルオウ(ia2445)が、ぐぃと腕まくりをする。
「俺はサムライだぜ! こんなもん‥‥ハァッ!」
 正眼の構えから、気合と共に木槌を振り下ろせば。
 ゴツッ!
 重い音はしたものの、やっぱり餅はビクともせず。
「奏兄ぃ、ルオウはん、おこしやすぅ〜」
 満面の笑顔で待ち構える蒼に、ルオウは奏へ訴える視線を向ける。だが、兄は黙って首を左右に振り。
「ぬわーーーッ!」
「サムライだからといって割れるなら、世話はないな」
「まったくだぜ」
 容赦なく『罰ゲーム』に巻き込まれたルオウの悲鳴を聞きながら、既に『敗者』な漸とゼロ、二人のサムライがしみじみとボヤいた。

●最初に福を掴むのは?
「九条流剣術奥義、乙女はんまぁぁぁ! 光になぁぁれッ!」
 きらーん。
「乙女、木槌を吹っ飛ばしてぇ、えらく力ぁ余ってるな」
「おぉぉぉぉぉー!? す、すみませぬーぅ!」
 笑いながら冷やかす犬神・彼方(ia0218)へ、おろおろと九条 乙女(ia6990)が謝る。
「そうか、そないにメイド服が着てみたかったんやな!」
「ち、違いまするっ。ここは‥‥逃げるが勝ちっ」
 追い討ちをかける斎賀・東雲(ia0101)へ叫びながら、脱兎の如く逃げ出す乙女。
 その行く手に、嬉々とした疾也が立ち塞がり。
「往生際が悪いで、男らしく覚悟を決めぇーやっ!」
「ぬおぉぉぉぉぉーっ!?」
 ドシャアァッ!!
 微妙に豪快な音を立てながら、あえなく捕獲される乙女。
 ‥‥ナニがドーなったかは、気にしてはいけない。
「さぁて、お着替えしようか、乙女さん」
 にんまりと笑う絵梨乃がパチンと指を鳴らせば、またしてもどこからかメイドさん達(多数)が現れて。
 目を回している間に、そそくさと乙女は長屋へ連れ込まれていった。

「にしてもまた、面白そうなぁことやってるねぇ‥‥依頼合間の骨休めに楽しませてぇ貰おうか」
 通りすがりで賑やかな様子を眺めていた彼方は、改めて面白そうに『罰ゲーム中』の顔ぶれを見やる。
「見物してないで、彼方さんも鏡開きに挑戦すればいいのにぃ」
 がっつり両足を開いて座り、恨めしそうな焔騎へ彼方はカラカラと笑い。
「こういうのぉは、見るに徹するのが楽しい‥‥決して、メイド服が着たくなかったわけぇじゃない、うん。逃げてない逃げてない」
「明後日の方向を見ながら主張しても、説得力ないがな」
 疑わしげに突っ込む漸にも、あくまで聞こえないフリを貫き通した。

   ○

「なかなか、手ごわい餅のようねぇ」
 次々と猛者が敗れ去り、やがて万理の順が回ってくる。
 既に何人もの開拓者を退けてきた鏡餅を前に、彼女はじっとその表面を観察した。
(弓術師としてはど真ん中を‥‥一寸のズレもなく‥‥)
 おもむろに木槌を握り直すと、慎重に振り下ろすべき場所を見極めて。
「叩く!」
 ゴンッ。
 叩いたのは、確かにど真ん中だった。
 だが相変わらず餅はビクともせず、見物人や罰ゲーム中の『にわかメイド達』が、やいやいとはやす。
「ふぅ‥‥ま、いっか。珍しい体験も出来そうだしね。それにしても、ずいぶんと可愛らしい服もあるようけど‥‥何歳まで、着るのを許されるのかしらね〜」
 それこそピンからキリまで揃ったメイド達をちらと見てから、あっけらかんと万理は次の相手に木槌を渡した。

「それでこれ、とりあえず適当に叩けばいいわけね?」
 ぽむぽむと木槌を軽く手で叩いた群咲 紫苑(ia8257)は、特に気合も入れず。
 こつん。
 当然、手ごたえのない餅を前に、しばし紫苑が悩む。
「‥‥で、これが何なのかしら」
「うん。割れなかった人に、これ着てもらってるの!」
 無邪気に笑って、汀がメイド服を自分の胸にあててみせた。
「‥‥汀が?」
「紫苑さんが、です。なんかもう、すっごい似合う気がするよ!」
「汀も‥‥似合いそうよね、メイド服‥‥」
 その姿をしみじみと見ながら、嬉しそうに紫苑は目を細める。
「今度、汀も着てね」
「餅が割れなかったら、着るのか。それを」
 微笑む紫苑とは、反対に。
 初めて耳にしたのか、次に木槌を手にした篠田 紅雪(ia0704)の表情がにわかに曇った。
「割れたら着なくていいから、頑張ってね」
「なるほど、気にしなくても割れればいい話‥‥」
 木槌を取り、顔見知り達が見守る中で紅雪は静かに息を吐く。

 ‥‥そして。
「紅雪、似合ってるわよ」
「群咲殿ほどでは‥‥ともあれ、桃色のでなかった事は、よしとしよう‥‥」
 褒められてなお嘆息する紅雪は、紫苑と仲良くメイド姿になっていた。
「シオンもコウセツも、元の素材がいいから栄えるわね」
 二人の着付けを手伝ったベアトリーチェ(ia8478)が、とてもとても満足げに微笑む。
「あ、改めて言われると、さすがに恥ずかしいわね」
 自分がまとった可愛げなメイド服を思い出して、ぽふんと紫苑は顔を赤らめた。
 人の姿を見ている分には問題ないのだが、やはり見られる側になると別らしい。
「それは、喜んでいいものか‥‥」
 一方の紅雪もまた、かくりと脱力しながら、袴と違って微妙に足元の涼しい、丈が長めのスカートを手で押さえた。

「胸がきついぞ‥‥もっと、大きいのないか?」
 さらしを巻いてもなお、自己主張の著しい(そして未だ成長途上な)胸に手をやりながらルーティア(ia8760)が訴える。
 小柄な体躯に合わせれば胸の辺りが収まらず、仮にボタンをとめる事が出来ても、はち切れんばかりになっていた。
「‥‥美味しそう」
「それならツーピースに変えて、エプロンはこれ。ブラウスも、ワンサイズ大きいものに変えてみるわ」
 さらりと不穏な発言をする絵梨乃の言葉を遮って、ベアトリーチェが沢山の衣装の中から一番似合いそうな組み合わせを選び取り、少し年上な同郷の少女の着替えを手伝う。
「これなら、大丈夫かしら」
「うん、苦しくない。ありがとう、ベアトリーチェ!」
 余裕のあるブラウスと、胸の当て布がない代わりに少しハイウエストなエプロンのリボンを結んだ。
 ちょっとばかりどころでなく胸は強調されるが、ルーティアは気にする風もなく、満面の笑みで礼を言う。
 むしろ、傍らの絵梨乃の方がいろんな意味でいろんな方面を、力いっぱい気にしていたのは、女性着替え部屋での秘密であった。

「せっかくの催しですし、見ているだけよりはと思ったのですが‥‥修行が足りないという事でしょうか‥‥」
 やや残念そうな和奏(ia8807)に、紅の筆を手にした橘 琉璃(ia0472)が小首を傾げる。
「やる気あるのは、良い事だと思いますよ。皆さんも、ずいぶんと運試し、されているようですしね?」
 また誰かが鏡開きに挑んで失敗したのか、戸の向こうからどっと笑い声が聞こえてきた。ちらと外を見た琉璃は、にっこりと笑む。
「例え笑いモノや、酒のツマミになってもね」
「それにしても。世の中には、女性の装いをさせるのが好きな人が多いですね」
 特に嫌がる風もなく着替えた和奏は、大人しく琉璃に化粧をされ。
「そうそう、一つ聞いてもいいですか」
「はい?」
「‥‥縁起物を、ツイてない人が配って大丈夫でしょうか?」
「というよりも、福をおすそ分けしてもらうんですよ。きっと」
 そして今まででひときわ大きな声が、外で起こった。

   ○

「やーやー、凄腕のサムライ、ゼロ君。元気でやっていたかね? ‥‥おや、その格好は何かなぁ?」
 にやにやと笑いながら白々しく喪越(ia1670)が尋ねれば、すっかり増えたメイド集団の中で、脱力気味にゼロはガクリとうな垂れた。
「てめぇ、分かってて聞いてんだろ」
「え? 気のせい気のせい。よし、汀セニョリータ。今こそ芸術が爆発する絶好の時! コスプレを嫌がったり恥ずかしがったりした奴を中心に、その艶姿を描きまくるのだ!」
「あ、それ楽しそうだよね!」
 そそのかす喪越に汀が真剣に考え込み、メイド姿の御一同様が慌てる。
「待て、思い留まれっ」
「そもそも、描いてどーするんだ!」
「そこはもちろん、御近所さんにばら撒く!! 楽しみは、皆で分かち合わないとね☆」
「だよね!」
 キラッと片目を瞑る喪越に汀が頷き、不穏な空気にゼロは疑わしげな顔をした。
「にしても、割れねぇな。やっぱ汀が、何か細工してんじゃねぇか?」
「細工をする余地など、あるのか?」
「確かに大きいが、見る限りは普通の鏡餅だしな」
 苦笑する紅雪に、漸もまた腕組みをして鏡餅を観察する。

 妙に煮え切らない空気を横目に、難波江 紅葉(ia6029)が木槌を手に取った。
「こういうのは力づくというよりは、力のかけ方なのさね」
 既に軽く引っ掛けていたのか、ほんのりと頬には朱がさしているが、ぐるりと紅葉は首を回し、それから軽く腕を回してから木槌を構える。
 特に力をかけた風に見えない素振りで、振り下ろせば。
 ぼこんっ!
 鈍い音と感触がして鏡餅の一部が欠け、そこからヒビが走った。
「お‥‥割れた!?」
「凄い、割れたよー!」
「待て。どーやって割った!」
 一斉に色めき立つメイド服の集団を振り返った紅葉は、赤い髪をかき上げ、僅かに首を傾ける。
「そうさねぇ。勘と‥‥運?」
 そしてほろ酔いの巫女は、満足げににっこりと笑った。

「じゃあ、割れた鏡餅は雑煮だな。流石に重いから、運ぶのを手伝ってくれるか?」
 頼む崎倉に見物していた疾也や東雲らが手を貸し、雑煮にするために長屋の一室へと運び込む。
「さぁて、たまたま寄っただけだから、適当に冷やかしたから帰るか‥‥ん?」
 何気なく台についた手が硬いモノに触れ、何気なく喪越はそれを取り上げる。
「なんだ。木槌、まだ片付けて‥‥」
 なんとなく振り返ればそこに、割れていない鏡餅が、あった。
 後に誰かが「何故」と問えば、きっとこう答えるであろう。
 そこに、鏡餅があったから――。
 ガツンッ!
「‥‥‥‥あ゛」
 喪越、渾身の力で振り下ろした木槌だが、新たな鏡餅はビクともせず。
「も〜こ〜すさんっ!」
 とてもとても楽しげな汀の声に、恐る恐る後ろを振り返る。
 そこに居並ぶは、いずれも『いい笑顔』をした、メイド服着用の開拓者さん達(約十数名)。
「待て、待つんだ。コレは事故だってぇぇぇぇー!!」

 かくして喪越の叫びと共に、鏡開き第二部の幕が上がった。

●鏡開きの第二幕
「ええと‥‥私のような非力な者が、何故このような事に‥‥?」
 白く丸い餅を前に、白野威 雪(ia0736)は戸惑っていた。
 巳斗(ia0966)と二人、賑やかな雰囲気に寄ってみれば、何故かぽんと木槌を渡され、こうして鏡餅の前に立っている。
「細かい事は置いてぇ、木槌でガツンと叩けばぁええ」
「いや、むしろコツンといくんや!」
「分かりました」
 見物する彼方や東雲の『助言』を疑いもせず、こくりと雪は頷いて。
 ‥‥こつん。
「‥‥それで、どうなるのでしょう?」
「みんなで〜おきがえなの〜。雪もおそろい〜なの〜♪」
「はい‥‥?」
「みんなで〜、かわい〜おようふくで〜おいわいしたら〜、と〜っても〜しあわせかも〜なのですよ〜」
 自前のメイド服を着て、無邪気笑顔全開な奏音(ia5213)に手を引かれ、よく判らないまま雪は着替え場所へついていった。

 複雑な胸中で雪を見送った巳斗は、ぐぐっと拳を握る。
「絶対に、雪さんの前でめいど姿になんて、なりませんからね‥‥!」
 ここで頑張らねばいつ頑張ると、両手でしっかり木槌を持った男の娘。
「はーっ!」
 気合と共に、木槌を振り落とし。
 ゴンッ。
 鈍い音がして、じーんと手がしびれた。
「巳斗さん巳斗さん、はい」
 にっこり笑った汀が、緑のチェック柄の、可愛いっぽいデザインのメイド服を差し出す。
「汀さん‥‥着替え、手伝って下さいね。雪さんには、お願いできないですから」
 受け取った巳斗は肩を落とし、くすんと嘆きながら汀へ頼んだ。

   ○

「ひと仕事した後のお酒は、美味しいねぇ」
 鏡開きの第二幕を眺めながら、見事『福娘』となった紅葉がちびりちびりと酒を飲んでいた。
「それは、さぞかし美味いだろうな」
 空になった祝いの杯へ酌をするのは、春金の見立てに着替えさせられた祥。
 髪は緩く一つの三つ編みにし、黒いロング丈のワンピース。ただし、腿までざっくりとスリットが入っていたりする。
 これで飲まずにはいられようかと、酌をしながら祥も酒をあおった。が、酔いに薄化粧も相まって、逆にほのかな色香をかもし出している事に、本人は気付いていなかったりする。
「やはり、祥さんは綺麗じゃのう。ところで崎倉さんは、運試ししないのじゃな‥‥ぬう、楽しみにしておったのに‥‥」
「俺が着ると、笑い事ではなくなるだろうからなぁ」
 ほくほくしながら春金が目をやれば、崎倉はのん気に笑い。
 そこへ、ふわりとよい香りが辺りを包み込んだ。
「皆が楽しそうで、なにより。着せ替えの者達も、運試しの者も」
 持参したクッキーと紅茶の湯飲をのせた盆を、からす(ia6525)が差し出す。
「も、もらっていいんじゃろうか?」
 期待の目で春金が聞けば、黒を基調にしたミニ丈のメイド服を着たからすはこくりと頷いた。
「おかわりもあるので」
「私も、手伝いますよ?」
「せっかくですしね」
 メイド服に着替えた雪や巳斗が声をかければ、すぐにからすは奥から同じような盆を持ってくる。
「ありがとう。じゃあこれ、柚乃殿に持っていってね」
「分かりました」
 慣れぬ衣装ながら、二人は仲良く盆を運び。
 台所では、絶え間なくヤカンの湯が沸いていた。
「忙しそうだな。俺が手伝うのは‥‥無理っぽいか」
「メイドな人が沢山いるから、大丈夫。美味しい紅茶を飲ませる為に手早く、ね」
 二種類ほどの葉を用意したからすは、小柄ながら大きなヤカンを持ち上げた。
「春金さん春金さん。このお茶とお茶菓子、美味しいね‥‥!」
 よほど嬉しかったのか、雪達からクッキーと紅茶をもらった柚乃(ia0638)が、二つに結い上げた髪を揺らして『報告』に来る。
 たっぷりのフリルをあしらい、膝下丈ほどのスカートな自前のメイド服を着てきたものの、恥ずかしくて目立たぬ場所に座っていた柚乃だが、美味さに吹き飛んだらしい。
「おかわりもあるそうじゃよ」
「本当?」
「後で餅を振舞うから、少しは腹を空けておけよ? サラもな」
 少女達に苦笑しながら崎倉が見れば、サラともふらさまともらったクッキーを仲良く分けていた。

   ○

「賑やかだと思ったら、鏡開き‥‥ですか。ふむ、皆さん楽しそうですねぇ‥‥♪」
 紅白饅頭をお土産に、奏の引越し祝いに来ていた六条 雪巳(ia0179)が、一喜一憂する人々を眺める。
 その奏も妹の手にで『可愛いメイドさん』となって、罰ゲームの顔ぶれに並んでいたが。
「割れたら、福が来るとも聞くから‥‥罰ゲームとやらはともかく、季節の風習はよいですね、見ていても気持ちいい」
 あえて『メイドさん達』は視界にいれず、佐上 久野都(ia0826)が楽しげに見物し。
「せっかくですし、雪巳さんも挑戦してみればいいんですよ」
 屈託ない笑顔の鳳・陽媛(ia0920)が、危険な誘いを雪巳へ投げた。
「ああ、新年の縁起ものだしね。ユキも、運試しに参加すればどうかな?」
「私が、ですか? でも、力には自信がないのですけれど‥‥」
「そうですね。運試しですよ、運試し!」
 嬉しそうに陽媛が手を引けば、無碍に振りほどけずに雪巳はついていき。
「頑張って下さいね!」
 木槌を渡した陽媛が手を振りながら離れると、今更ながら置かれた状況を雪巳が再認識する。
「さ、参加したかったわけでは、なかったのですが‥‥」
 それでも、ニコニコと見守る拠点の仲間達を見れば、放り出してしまうのも申し訳なく。
「まぁ、運試し‥‥ですしね。今年一年の安全と、五穀豊穣を願って‥‥えいっ!」
 コツーン。
「ああ言うのは妙に似合うか とてつもなく似合わないか‥‥どちらかの方が、楽しいものだね」
 やや放心しながら連れて行かれた雪巳を見送りながら、あえて友人がどちらかに入るかには触れず。ただ久野都は、高みの見物を決め込んでいた。

 さて、ここまでメイドさんが増えてくると、それなりに考えて場にやってくる者も現れる。
「たまーに、男と間違われるからな。こういう場だし、こういう格好もいいだろう‥‥じゃなくて、いいわよね?」
 そう言って、最初っからメイド服を着て乗り込んだ巴 渓(ia1334)は、果たしてアッサリと罰ゲームの中に雁首を並べた。
「最初から罰ゲームとやらの側になる事を想定して着てくるなど、心意気としては戦う前から負けたも同然だろう」
 煙管を咥えたままフッと一笑した雲母(ia6295)が、おもむろに木槌を手に取る。
「懐かしい行事だ‥‥何年振りかなぁ」
 目を細め、面を軽く手の平へ打ってから、弓術師ながら雲母は正眼へ木槌を構えた。
 そのまま、すぅと息を詰め。
 体重をかけて、一息に振り下ろす。
 ゴゥンッ!
 重い音と共に、板自体が振動し。
 今度は木槌の柄ではなく、ミシリと頭にヒビが入った。
 だが鏡餅は丸い凹み跡がついたものの、割れるには至らず。
「ふむ‥‥往生際の悪い餅だ」
 僅かに苦笑う雲母へ、控えていた橋澄 朱鷺子(ia6844)がすすと近寄った。
「お着替え、手伝いますよ。姉様」
 ふと見れば、着替え場所の戸口ではベアトリーチェが微笑をたたえ、待っている。
「たまには、着せ替えさせられるのもいいだろう」
 そうして雲母は朱鷺子を伴い、恭しく礼をするベアトリーチェに招かれ、悠然と『罰ゲーム』に向かった。

●悲喜こもごも
「あの‥‥おかしいですよね‥? 何で私、最初からこんな恰好なんですか‥‥?」
 泰国風の赤いメイド服(ミニ)を来た嵩山 咲希(ia4095)が、長柄箒を片手に戸惑っていた。
「フフ。踊るも見るも同じ阿呆、だったら踊らなきゃ損でしょう。それにしても、亭主の趣味がこんなところで役に立つなんてね‥‥」
 微笑む母、嵩山 薫(ia1747)もまた、泰国風な朱色のメイド服をまとっている。
「同じ阿呆でも、お母さんは鏡開きやらないのにー!」
「だって、見ている方が楽しいんだもの。可愛いわよ、咲希」
「うわーんっ!」
 母の仕打ちに半分ヤケになりながらも、しっかり咲希は鏡開きに挑んで、しっかり敗北した。
「よかったわね。先に着ておいて」
「おかーさんのーばかーっ!」
 真っ赤になり、涙っしゅで夕陽(まだ沈んでいない)へ駆けて出す娘の背を、笑顔で薫は見送る。
「お餅が振舞われる前には、帰ってくるのよ」
 ‥‥嗚呼、美しかな、母娘愛。

   ○

「今年‥‥幸先‥‥どうなるか‥‥。良き‥‥一年‥‥祈願‥‥」
 面の下からぼつりぼつりと呟いた羅轟(ia1687)は、短く柄を持ち、木槌をかざし。
「‥‥チェストォッ!!」
 バキンッ。
 並々ならぬ気迫で振るわれた木槌が、また無残な最期を遂げた。
「‥‥脆弱」
 恨めしそうに柄が折れた木槌を見る羅轟の傍らで、かくりと汀が肩を落とす。
「あぅ‥‥木槌、また壊れちゃった」
「それは‥‥すまない‥‥」
「あ、ううん。開拓者さん達、力あるもん。本気で叩いたら、仕方ないよね」
 謝罪に苦笑する汀だが、ではそれで割れない鏡餅は‥‥というのは、聞かないのがお約束。
「でも羅轟さんも、罰ゲームだからね!」
 人差し指を立てて振る汀に、はたと羅轟はその存在を思い出してうろたえる。
「‥‥兜‥‥面‥‥ご勘弁‥‥を」
 かくして、趣き様々なメイドさん達の中に、また異色のメイドさんが並ぶ事となる‥‥。

「開運鏡餅開き大会、うん、もちろん参加するよ! ‥‥って、ゼロ、何その格好、そんな趣味あったんだ」
「てめぇ、笑うな、指差すなー!」
 見た瞬間から心置きなく爆笑する天河 ふしぎ(ia1037)に、うがうがとゼロが唸る。
「人の事を笑う前に、割ってみやがれ」
「いいよ、鏡餅を割るだけだろ?」
「よし、二言はねぇな。割れなかったら、この格好だぜ」
 勢いで頷いたふしぎの表情が、その一言に凍りつく。
「割ってやる、絶対、絶対、そんな服なんて着ないんだからなーっ!」
 悪い予感を振り払う様に、びしっとふしぎはゼロを指差すと、餅の前へと向かい。
 しばらく後に、がっくりとうな垂れ気味で帰ってきた。
 ‥‥無論、可愛いメイド姿で。
「よぅ、似合ってるぜ」
「ルールだから、仕方なく着たんだぞっ。僕は男だ‥‥似合ってなんか、ないんだからなっ!」
 俯いて真っ赤になりながら、ふしぎはすとんとゼロの隣へ座った。

「さぁて、そろそろあたしも挑戦してみようかな」
 ぐるりと肩を回し、朱麓(ia8390)が立ち上がる。
「私としては、頑張って‥‥とは、言えないわね」
 着替え係を申し出た煌夜がくすりと笑えば、朱麓もカラカラと笑い飛ばした。
「結果がどうでも、楽しんだ者勝ちさね。さてさて、吉と出るか凶と出るか‥‥そりゃっ!」
 めきょっ。
 結構本気で殴れば軋んだ音がして、またも木槌がへし曲がる。
「あらら‥‥まあ良いさね。それじゃ着替えの方、よろしく頼むよ。それから汀、もっとちゃんとした木槌を用意しなきゃ」
「うぅ。もし来年があれば‥‥本気で金槌?」
 何本目かの壊れた木槌を受け取る汀へ、苦笑いを返し。
「さぁて。朱麓さんは『姐御』って感じだから、それで見立てておいたわよ。短い袖、裾は長いながらも広く動きやすく、快活な雰囲気の仕立ての服。どうかしら?」
「おやおや、随分と可愛らしい衣装だことで‥‥」
 煌夜が広げたメイド服に、くすりと朱麓は笑った。

「メイド服‥‥目立ってるけど、恥ずかしく‥‥ない?」
 小首を傾げて聞く白蛇(ia5337)に、ゼロは微妙な苦笑を返す。
「そりゃあ恥ずかしいが、開き直るしかねぇからな」
「ゼロも〜とっても〜おにあい〜なの〜」
 背伸びをした奏音がゼロの頭を撫で、くすと乙矢は笑った。
「三人、知り合いだったんですか。心強い仲間が傍にいて、安心ですね」
 言葉をかける只木 岑(ia6834)へ振り返った乙矢だが、神妙な顔で髪を左右に揺らす。
「単に、崎倉殿が住む長屋にゼロ殿がいただけで‥‥頼る訳にもいきませんから。只木殿は、あれから随分と腕を上げられたようですね」
「まだまだです。紅雪さんや白蛇さん、奏音さんの方がずっと強いので」
 照れながら答えた岑は、周りにいる友人達を見やり。
「乙矢さんもだけど、紅雪さんのメイド姿も可愛ぃ‥‥」
「只木殿、いま何と?」
 僅かに警告の色を含んで紅雪が問えば、慌てて岑は首を横に振った。
「いえ、何でもありません」
「ならば良い。それから‥‥バラすなよ?」
 言外に含める紅雪へ、こくこくと岑が頷く。
「にしても‥‥一日が、長い‥‥」
 やれやれと紅雪が嘆息すれば、乙矢が小さく笑った。
「あ、でも、なかなか挨拶に来れなかったけど、乙矢さんに会えて嬉しいです。神楽の暮らしは勝手が違って、苦労してないですか? よければ今度、気晴らしに弓を射ちに行きましょう」
「はい、弓を見せていただく約束もありますしね。いい射場があれば、ぜひ教えて下さい」
 そんな、どこかほのぼのした会話が繰り広げられる一方で。
「ふっ‥‥随分と、似合う格好をしているじゃないか」
 聞き覚えのある声に、ぴきりとゼロの表情が強張った。
「てめぇ、笑いにきやがったか」
 睨み上げる相手を、柳生 右京(ia0970)は面白そうに見下ろす。
「餅如きに敗北したと、聞いてな。お前が割れなかった餅を、私が割ってやろう」
「ああ、出来るモンならやってみやがれ」
 睨み合い、張り詰めた空気に、白蛇と奏音がゼロの後ろから様子を窺い。
「‥‥む。柳生や鬼灯、胡蝶も腕試しに来ていたのか」
 そこへ蘭 志狼(ia0805)も加われば、面白そうに見物していた鬼灯 仄(ia1257)が口を尖らせた。
「柳生も蘭も、遅せぇんだよ。せっかく見に来てやったのに」
「そうか? 鬼灯の家は、すぐ近くと聞いたが」
 長屋の一角を示す志狼に、「細かい事ぁいいんだよ」と鬼灯は煙管片手にカラカラ笑い。
「ともあれ、各々方には謹んで新年の慶びを申し上げる」
 背筋を伸ばした志狼が改まった一礼をすれば、軽く右京も返礼し、仄はひらと手を振る。
「で、胡蝶のそれは‥‥」
「コメントしたら、その頭で餅を割るわよ」
 しげしげと見る志狼に、ミニ丈のメイド服を完璧に着こなした胡蝶が威嚇した。
「理由が知りたければ、さっさと腕試しの鏡開きに挑戦してくれば?」
「腕試しとな。それは、面白そうだ」
 皆まで聞かず、勇んで向かう志狼の後姿に、あえて胡蝶は何も言わず。
「さて、蘭に割れるか否か‥‥餅如きと侮ったが、奴の敗因。私は加減せん」
 愉快そうな右京が後に続くのを見て、仄もまた重い腰を上げる。
「せっかくだし、そろそろ真打登場と行くかね」
「んー、あいつらが割っちまうかねぇ‥‥せっかくだから、行ってきたらどうだ?」
 何ともいえない表情で三人を見送ったゼロが、白蛇と岑を促した。

 そしてまた、しばらく後。
「なんだか‥‥凄い事に、なっていますね。天儀では‥‥特に男性は何故、ジルベリアの給仕姿を好むのでしょうか‥‥?」
 ジルベリア出身という事もあって、メイド姿など見慣れているシエラ・ダグラス(ia4429)が、並んだ顔ぶれを目にして流石に戸惑いの表情を浮かべた。
「‥‥む。まぁ、こういう事もある」
「むしろ、あの餅は只の餅では無い。柔よく剛を制すという事か。しかし‥‥」
「喪越は予想通りとして、俺もかよ」
 割り切る志狼に、分析する右京、そして仄は憮然と胡坐をかいている。
「仄アミーゴ、俺は予想通りってーー!?」
 ぼやきを聞き止めた喪越が訴えるが、仄は聞こえないフリをし。
「つぅか、木槌ぶっ壊したり、刀でブッた斬ろうとしたりしてんじゃねぇよ」
 同じ『境遇』となった面々に、ゼロが苦笑った。
「飲まずには、やっておれんな。付き合え、蘭」
「む‥‥俺は、本当に飲めんぞ。待て、苦手だと言って‥‥待てと言うに!」
 右京は志狼の訴えに聞く耳を持たず、酒好き数名を巻き込んで、容赦なく『酒盛り』が始まる。

 一方で剣桜花(ia1851)は、何故か女性用水着を片手に岑を追いかけていた。
「今のメイド服は古い! さぁ、只木殿。わたくしと新境地開拓を〜!」
「嫌です、それだけは絶対に着ませんからっ!」
「桜花さん、いくら『わんぴぃす』でも、それはちょっと違うからー!」
『メイド衣装』に一言ある方々や汀の制止で、桜花の『新境地開拓』の野望(?)は脆くも崩れ去り、無事に(?)岑は普通なメイド服を着る事となった。

 カーン。
 乾いた音がして、木槌が響く。
「やっぱり私って‥‥」
 予想はしていたが、結果を見るとシエラは肩を落とした。
「それにしても皆さん、よくお似合いで‥‥」
「炎鷲さん、目をそらしながら言わないで下さい」
「え? 気のせいですよ。きっと」
 訴える岑から視線を泳がせた炎鷲(ia6468)が、鏡餅へと歩み出る。
「たまには験を担いでみるのも一興、ですね。さて、吉と出るか凶と出るか‥‥」
 ばこんっ!
「おや‥‥今年は、良い年になりそうですねぇ」
 後ろでにっこりと笑んだ『福男』に、がっくりとシエラは脱力した。
「運の悪さには定評があると、自分でも思っていましたが‥‥」
 一つ違いで福を逃した彼女の肩を、ぽむぽむとゼロが叩いて慰める。
「とりあえず、メイド服を着ればいいと思うぜ?」
 ‥‥そういう問題でもない。

「炎鷲さん。お雑煮、いかがですか?」
「ありがとうございます」
 メイド姿のシエラから炎鷲は椀を受け取り、のんびり見物しながら舌鼓を打つ。
 無事に割れた鏡餅は雑煮や汁粉に入れられ、鏡開きに挑戦した者、着替えを手伝った者、そして見物していた者を問わず、集まった全ての者達へ振舞われた。
 誰もが熱い椀を吹き、よく伸びる餅と格闘し、また互いの姿を笑って、願う。

 ――どうか一年、無病息災で過ごせますように。