開拓者 長屋横丁年始騒
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/13 22:24



■オープニング本文

●年始早々
 新しい年を迎え、どこか厳かな空気に包まれる神楽の都。
 その一角にある開拓者長屋の一室へ、二人の少女が寒さに身を強張らせながら飛び込んだ。
 火の気のない部屋は寒く、暖を取るようにサラが藍色のもふらさまへぎゅっと抱きついている。
 どこか微笑ましい様子に目を細めながら、炭籠を手に座敷へ上がった桂木 汀(かつらぎ・みぎわ)は火鉢に炭を入れた。
「寒かったね、サラちゃん。お湯を沸かして、お茶いれようか?」
 尋ねてみても、無口な少女はもふらさまに抱きついたままで。
 どうしたものかと考えながら、汀は火鉢の炭を火箸でつつく。
 その時、にわかに外が騒がしくなった。
「‥‥」
 じっとサラは入り口の引き戸を見つめていたが、不意に立ち上がると外へ向かう。
「あれ、サラちゃん。どうかした?」
 慌てて立ち上がった汀が、後を追いかけようとして。
 その前にサラが戸を開くと、驚いたように長屋の『新顔』である弓術師が一歩下がった。
「えぇと、ここが崎倉殿のお住まいですよね」
「遠慮するな、入れ」
 確認する弓削乙矢(ゆげ・おとや)の後ろから、うめく様な声が促す。
「はい、失礼します」
「ちょっと‥‥崎倉さんに、ゼロさん!?」
 乙矢に続いて入ってきた二人の男を見て、思わず汀の声がひっくり返った。
 ぐったりとしたゼロへ肩を貸していた崎倉 禅(さきくら・ぜん)もまた、微妙に足を引きずっている。
 粗末な座敷へ上がる気力もないのか、そのまま二人はゴロリと板の間へ仰向きに転がった。

「二人とも、大丈夫?」
 心配そうに汀が見守る間に、湯を沸かすつもりか乙矢がかまどへ火を入れる。
「ああ、大丈夫だ。ちと、派手にやり合ってな‥‥寝てないし、疲れた」
 唸るようだが何とか崎倉が答えれば、ほっと汀は安堵の息をついた。
「けどゼロさんも酷い怪我だし、ホントに大丈夫?」
「今は気力の糸が切れて、気を失ってるだけだ。ちゃんと手当てしてあるし、命に関わるもんじゃねぇ。一週間も放っておきゃあ、怪我は治る」
 大きく深呼吸をしてから、崎倉は身体を返し、部屋へ這い上がる。
 その間にも乙矢はゼロの具足を外し、汀と二人がかりで部屋の中へ押し上げた。
「すまんな、乙矢。手間をかけさせる」
「いえ。近くに身を寄せる事となった縁も、ありますし。何があったかは、聞かぬ方が?」
「そうだな。今は、頼む」
 ともあれ薄い布団へゼロを転がして、ひと息ついた崎倉は、じっと土間の片隅に立ったままの少女にやっと気付く。
「すまんな、サラ。心配をかけた」
 声をかけ、手を伸ばしても、サラはそこから動かず。
 膝を進めれば、そのまま小さな身を竦め、二人の間で藍色の仔もふらさまがおろおろと回っていた。
「‥‥怒ってるか?」
 尋ねても答えはなく、やり場のない伸ばした手で崎倉はがしがしと髪を掻く。
「もう一晩くらい、あたしが預かる?」
「いや、いい。迷惑をかけたな」
 気を遣って聞く汀に崎倉は首を横に振り、ただただ深く息を吐いた。

 寒そうなのをそのままにもしておけず、汀が誘ってようやくサラを部屋へ上げ、火鉢の傍へ座らせる。
 乙矢が茶を入れ、ようやく部屋に暖かい空気が戻ってきた。
「そういえば、崎倉さん。お正月準備、何もしてないでしょ」
「ああ‥‥そうだな。慌しくて、忘れていた」
 汀の指摘に思い出したのか、茶をすすりながら崎倉が苦笑する。
「ゼロさん。このままなら掃除は無理かもだけど、ちゃんとお正月しなきゃ!」
「そうだな‥‥だが正月休みで、どこの店も閉まっているかもしれんぞ」
 苦笑しながら立ち上がろうとした崎倉だが、着物をぐいと引っ張られた。
 目をやれば、裾を掴んだゼロがぎょろりと目を開け、周囲を見てから崎倉を凝視する。
「この家、何日空けてた?」
「かなり、だな。飛び飛びで帰って、一月か?」
「‥‥この周辺、アヤカシがいるぞ。多分だが」
 確かめるように乙矢と汀を見やれば、二人は揃って首を横に振った。
「何も、話は聞かないが」
「いや。多分、いる」
 アヤカシの所在を感じ取る事など、本来はゼロにも出来よう筈がない。だが深手を負った分、勘が鋭くなっているのかもしれない。
 例えば、人喰鼠の様な小さなアヤカシならば、こういった場所にも隠れて集い、眠る人々を襲う事もある。
 ゼロの言葉を完全に否定する事も、出来なかった。
「判った。確かめておくから、お前は寝ていろ」
 着物を掴んだ手を布団へ押し込み、草履を引っ掛けると水を汲むと告げて、手に外へ出る。
「やれやれ‥‥無事に帰ってきたらきたで、面倒事が多いもんだ」
 ようやく一人になった崎倉は、外を吹く寒々とした風に身を振るわせながら、大きく嘆息した。


■参加者一覧
柚月(ia0063
15歳・男・巫
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
福幸 喜寿(ia0924
20歳・女・ジ
静雪・奏(ia1042
20歳・男・泰
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
劉 厳靖(ia2423
33歳・男・志
煌夜(ia9065
24歳・女・志


■リプレイ本文

●井戸端社交
「お、禅じゃねぇか」
 覚えのある声に井戸端の崎倉 禅が見やれば、肩に猫又を乗せた鬼灯 仄(ia1257)が気安く手を挙げた。それから、はぁんと合点がいった顔をする。
「ねぐら、ここか」
「まぁな。そっちは年始回りか?」
「んーな、面倒くせぇ事。花柳を渡り歩いてたら、うっかり店賃(たなちん)不払いで追い出されちまってなぁ」
 それなりの重大事項を、笑い飛ばして語る仄。
「相変わらずか。で、今日は下見か?」
「そうだなぁ」
 尋ねる崎倉に、仄が思案を巡らせていると。
「崎倉殿、休んで下さい。私も手伝いますから」
 一室から出てきた弓削乙矢が、軽く仄へ会釈してから部屋主を咎めた。
「崎倉に弓削じゃないか。しばらく振りになるか?」
 通りがかったキース・グレイン(ia1248)が、見覚えのある顔へ歩み寄る。
「お久し振りです、グレイン殿。理穴では、随分お世話になりました」
 彼女の姿に乙矢が驚き、次いで丁寧に頭を下げた。
「その節は、な。弓削も神楽へ来ていたのか」
「はい。そちらは?」
「ん。そろそろ俺もと、落ち着き先を考えていたところだが‥‥」
「乙矢さん、崎倉さんは‥‥あれ、お友達? って、鬼灯さんもいるーっ」
 話を割ったついでに驚く桂木 汀へ、仄がニッと笑う。
「面白そうな長屋だな。よし、厄介になろう」
「今、決めたろう」
 疑わしげな崎倉へ、隠しもせずに仄は大笑した。

「あの‥‥何か、騒ぎでも?」
 井戸端で話す五人が気になったのか、歩み寄った静雪・奏(ia1042)が怪訝そうに首を傾げる。
「わわ、奏さんもお久し振りですっ。そだ、ゼロさんの言ってたアヤカシ話、どーするの?」
 流石に汀も怖いのか、崎倉の袖を引いた。
「アヤカシ?」
「うん。ここにいるって」
 振り仰ぐ汀の視線を追って、奏も簡素な長屋を見やる。
「ソレは、聞き捨てならないね」
「あー、ちょうどいい。これって此処かね?」
 そして七人目が、井戸端に加わった。
 ぴらりと劉 厳靖(ia2423)がつまんだ紙を、汀が覗き込んだ。
「うん、ここだね」
「そっか、んで、俺の家はどこになる」
「こっちかな?」
 成り行きで案内する汀の傍らで、不意に表情を引き締めた厳靖が辺りを見回す。
「なぁ、ここ何か飼ってんのか?」
「ふぇ?」
 尋ねれば、一変した厳靖の気配に気付かぬ汀が、キョトンとした。
 直後に聞き慣れた嫌そうな声が、厳靖の耳に届く。
「うわっ。なんでこんなトコに、おっちゃんがいるのさ!」
「そりゃあ、こっちの台詞だ。なんでオメーが居るんだ? ユズ」
 知己の声を辿れば、げんなりとした顔の柚月(ia0063)がそこにいた。
「ゆずにゃん、お知り合いさね?」
 両者を見て福幸 喜寿(ia0924)が聞けば、即座に柚月は頭を振る。
「一応は知り合いだけど、知り合いじゃないって事にしといて」
「全く。照れ屋だなぁ、ユズは」
 暢気に笑う厳靖を、じろりと柚月は銀の瞳で斜に見やった。
「だって僕は、キッカについて来ただけだし」
「えっと、ゼロさんて人の家はこの辺やろか?」
「ああ。それなら、井戸端で連中が話してたぞ。なぁ?」
 詳しい事を知らぬのもあって、厳靖は話を汀へ投げる。
「うん。崎倉さんちで、ノビてるよ」
 後を継いだ汀の説明に、喜寿は少し表情を曇らせるが。
「あれ、喜寿? こんな所で偶然だね!」
 後ろから抱きついた友人に、陰りはすぐ失せた。
「水鏡さんこそ。うちはゆずにゃんと、知り合いのお見舞いさね」
 喜寿の返事に、水鏡 絵梨乃(ia0191)は突っかかる柚月で遊ぶ厳靖へ視線を移す。
「アレ?」
「おっちゃんなら、怪我しても見舞い不要だよ」
 頬を膨らませてソッポを向く柚月の後ろで、厳靖が大笑した。

 そこへカラリと長屋の戸が開き、煌夜(ia9065)が顔を出す。
「何か、賑やかね」
「ゴメンなさい。崎倉さんとゼロさんが怪我して帰ってから、大変で‥‥」
 新たな住みかの検分をしていた煌夜へ汀が事情を明かし、急にぽんと手を叩いた。
「あーっ! ゼロさんとかアヤカシの事とか、忘れてた!」
「忘れてやるなよ」
 厳靖が笑い飛ばし、よく判らないまま煌夜も苦笑する。
「いきなり、怪我人やらアヤカシやら‥‥ある意味、開拓者の溜まり場らしい長屋のようね」
 実に的確な評価をする煌夜に、明るく「うん!」と汀が頷いた。
「だからあたし、長屋とここの人達が好きなんだけどね。あ、おじさんの探していたトコは、ココだから。あと、ゼロさんの所に案内するよ!」
 厳靖へ引き戸の一つを指差してから、次に喜寿へ手招きする。
「ちょうどいい。ご近所さんなら、私も挨拶をしておこう」
 賑やかな『案内役』へ続く喜寿らの後を、何気なく煌夜もついて行った。

●正月準備
 ――で。何だかんだで、崎倉の部屋に十人を越す者達が集う。
「ここはいつ、集会所になった」
「きっと、動けん人がおるからさね」
 唸る声に喜寿がころころ笑い、のそとゼロは身を起こした。
「無理しなくてもいいんさね」
 慌てて手を貸す喜寿の俯き顔が、何故か辛そうに見えて。
「一人寝っ転がってるのも、不甲斐ねぇだろ」
 ぼやきながらも、大人しくゼロは支えを借りる。
「あの状態で、敵役とか覚えてないかもしれないけんども。例え依頼でも怪我させてしまって、申し訳ないんさね」
「事情は聞いた。こっちこそ、すまなかったな」
「何やったんだ、お前ら」
 謝罪し合う二人へ厳靖が問えば、知った顔にゼロは苦笑を返した。
「大した事じゃあねぇ。こいつらと、真剣に喧嘩してな」
「なんだそりゃあ。とりあえず、大事にな」
 容赦なく厳靖は肩を叩き、夜着の下で身体がびくと強張る。その様子に、仄まで煙管片手にけらけら笑った。
「ま、養生しろよ。正月準備、手伝ってやるから」
「‥‥年、明けてたのか」
 今更なゼロに、柚月は呆れた顔で嘆息一つ。
「本気でお正月、忘れてたんだ」
「んー。じゃあボクは、おせち料理でも作ろうかな」
「それならうちは、ゼロさんの部屋の掃除さね」
「あ、いいかも。なんか面白いモノ、出てくるかなぁ」
 絵梨乃と喜寿、柚月の三人が盛り上がれば、傍らでゼロは頭を抱えた。
「人んちの家探し計画すんじゃねぇっ」
「大丈夫。何か出ても、内緒にするから」
「報酬代わりと思えば、安いよね」
 したたかな友人二人の会話に喜寿も笑いながら、寝床の脇へ包帯や薬草を置く。
「これは、お見舞いさね‥‥力の差は歴然やったけんども、うちも開拓者の端くれ。次は絶対に、勝ちにいくんさねっ」
「言っとくが、俺は手加減とか器用な真似は出来ねぇぞ」
「望むところさね!」
 憮然と返すゼロに、明るく喜寿が再戦宣言っぽいものをした。

「ではこちらは、崎倉の掃除を手伝うか」
 ゼロの周りで話がまとまる一方、切り出すキースに崎倉が苦笑した。
「そりゃあ助かるが、いいのか?」
「暇だからな。これも何かの縁だ」
 キースが頷き、話の中から奏も出来そうな事を算段する。
「じゃあボクは、おせち作りを手伝おうかな」
「私も手伝います。崎倉殿はサラ殿と、私の部屋でお休み下さい」
 申し出た乙矢が、崎倉から離れた場所でもふら様といるサラを見やった。
「その間、私が相手をしているわね」
 にっこりと笑顔を向ける煌夜を、幼い瞳がじっと見つめ。
「なら俺は、買い物へ行くか。ついでに精の付くもの買ってやるから、怪我人、金出せ、金」
「ムシる気かよ。つか、店ぁ閉まってるだろうがっ」
「はっはっ、気にするな。そうだ、いるか?」
 唸るゼロへしれっと答えた仄が、サラに向けてもふら様のぬいぐるみを転がせば。
「もっふ〜!」
 先にもふら様が釣られて一緒に転がり、やれやれと仄は笑った。

 乙矢の部屋では、料理役を申し出た奏が台所に立つ。絵梨乃は仄を連れて、料理の材料を取りに戻っていた。
 結局崎倉は掃除に行き、騒がしい物音を聞きながら煌夜は火鉢へ手をかざす。
 流石に寒いのか、反対側にはサラともふら様が並んだ。
「よっ」
 暇を持て余したか、現れた厳靖が寒そうに火鉢の傍へ上がり込む。
 物が少ない部屋は隅に弓立てが置かれ、小さな鏡餅が供えられていた。
「男やもめにウジがわき、女やもめに花が咲く‥‥か。いやぁ、綺麗な嬢ちゃんが多いと華が在るねぇ」
 にんまりと煌夜へ笑った厳靖は、微妙に構えた気配へ気付き。
 柚月へ向けるものとは違う笑みで、ぽんとサラの頭に手を置く。
「怖がるなって。別に食ったりしねぇよ。嬢ちゃん、あのおっちゃんの事が嫌いか?」
 何気なく尋ねても、答えはないが。
「いいか? 思ってる事はな、黙ってちゃ伝わらねぇんだ」
 それでも構わず、彼は言葉を続けた。
「希望や不満は口に出せ。ってな」
 ‥‥伝えられる相手がいるうちに。
 意味の重さまでは判らぬだろうと、最後は心の内で加える。
 黙した表情に困惑が混じり、僅かに煌夜も苦笑した。
「そうね。男の人って鈍感だし、女心の機微は分かってくれない事が多いからね‥‥何も言わなきゃ、怒ってる事は分かっても、望んだ答えはくれないものよ」
 火箸で灰を突付く煌夜は、サラへ片目を瞑る。
「秘密はいい女の武器だけど、素直さは可愛い女の子の武器になるから、ぶつけてみなさいな。それで埋め合わせに、美味しい物か可愛い小物でも貰うといいかもね」
 彼女に意味深な視線を向けられた厳靖は、おどけて肩を竦めた。
「以上、お姉さんからの助言。サラちゃんにはまだ少し、早いかもしれないけど」
「何だか、妹には聞かせたくない話ですね」
 聞くでもなく台所の奏が感想を口にすれば、煌夜はくすくす笑う。
「ただいまー!」
「まったく、人使いの荒ぃ‥‥」
 そんな話をするうちに、賑々しく絵梨乃と仄が戻り。
 いい香りが外へ漂う頃には、掃除騒ぎも片付いていた。

●年始騒
 シンと静まった夜の長屋に、爛々と小さな目玉が幾つも現れた。
 床下から這い登り、天井裏から這い降りて、部屋の片隅で群れて。
 一つ塊となって、布団に横たわる人影へ飛び掛る。
 ダンッ! と同時に、戸が開き。
 柚月が翻した手から小さな火が放たれて、隅の行灯へ飛び込んだ。
「ってことで、後は任せんぜ。ユズ、しっかり働いてこいよ?」
「ちょっと、おっちゃん!?」
 振り返れば、動きを探っていた厳靖が片手を挙げる。
「いいよ。おっちゃんがいなくたって、鼠くらい。その代わり、逃げたヤツにカジられても知らないから!」
「逃がすヘマは、やらねぇだろ?」
 むくれる柚月へ軽く返し、やる気のなさげな志士は欠伸と共に部屋へ戻った。
「ミケ。お前も鼠の一匹くらい、取って来い」
 ぽぅんと、仄はぞんざいに相棒を中へ放り投げ。
 鼠と猫又と人の声が、騒々しく入り混じる。
 表からは柚月と絵梨乃、喜寿が仕掛け、裏は奏とキース、煌夜が塞いだ。
「一応、家は壊さないように‥‥っと!」
 千鳥足での蹴り技を軸に、絵梨乃が群れを蹴散らし。
「鼠も早い‥‥けんども! 強い開拓者は、こんな速度じゃないんさねっ!」
 二本の釵で喜寿は軽やかにアヤカシを捌きつつ、逃げる影へはダーツを投ず。
「逃がさないから‥‥!」
 一方、『空気撃』で奏は素早い鼠の足を止め。
 サムライながらあえて刀を握らぬキースが、拳布を巻いた手で一つ一つを潰していた。
「こうも数が多いと、面倒だな」
「でも逃してカジられるのは、遠慮したいわね」
 小回りの利く精霊の小刀であしらう煌夜は、時おり心眼で逃げた鼠の有無を確かめる。
 人喰鼠の数はそこそこ多いが、多少手馴れた開拓者が苦戦する相手でもなく。

 やがて辺りが静かになると、寝そべって様子を窺っていた厳靖が、再び欠伸をした。

「アヤカシ退治の何が楽って、後を片付ける手間が少ない事だよね」
『一仕事』終えた絵梨乃が、指を組んで伸びをする。
「備えて昼寝をしたせいか、眠くないな」
「今から寝直すのも何だから、このまま始めない?」
 キースが拳布を外しながら苦笑すると、奏が提案して。
 深夜、長屋の一角は煌々と明るくなった。

   ○

 車座の真ん中に、柚月が持って来た酒や万商店のおせちと、絵梨乃と奏が腕を振るったおせちが並ぶ。
「ゆずにゃん、正月やし、何か演奏お願いするんさね♪」
「うん、任せて! 物以外でも正月気分を、だね」
 扇を手に喜寿が頼めば、一も二もなく柚月は横笛を取り出した。
 賑やかに、祝い演目を吹き鳴らせば。
 秋茜、雲間の扇子を手に、髪を揺らして喜寿が舞い踊る。
 見る者達も手を打って、やんやと囃(はや)し。
「静雪さんて、料理上手だよね」
 箸を運んだ料理に驚く汀へ、困り顔を奏が返した。
「料理苦手だって妹がよく逃げるから、すっかり覚えちゃった感じだね」
「あはは。でもまだ、妹さんちっちゃいし」
「うん。苦手なら、それもいいかなってね」
 妹のそれと重ねているのか、祝いの舞を奏は慈しむ瞳で眺める。

「う‥‥辛いーッ!?」
 田作りがのった取り皿を片手に、思わず煌夜が口を手で押さえて訴えた。
 本来、砂糖と醤油、みりんで味をつける田作りが、何故か異様に辛く。
「あ、引っかかった」
 仕掛けた絵梨乃が、悪戯っぽい目でくつくつ笑う。
「だって普通の味付けばっかりだと、面白くないし?」
「そこを、面白くしなくても‥‥ッ!」
「えへへ。じゃあ、お詫びに一献〜」
 口直しにくぃと酒を煽る煌夜へ、銚子を取った絵梨乃が酌をした。

 新年を祝う舞と笛が終われば拍手が起きて、柚月と喜寿も宴の輪に戻る。
 逆にキースはおせちを皿へ取り、席を立った彼女を乙矢が見上げた。
「どうか?」
「旨いおせちだし、龍にも正月気分を分けてやろうかと」
「なら、これを」
 乙矢が差し出す徳利を、遠慮なくキースは受け取った。
 外は寒く、少し離れた場所で甲龍が翼を休めている。
「寒かったろう。一緒にやるか?」
 料理と酒を手にキースが歩み寄れば、龍は嬉しそうに喉の底でぐるぐる唸った。

「気持ちや想ってるコトって、無理に出す事はナイんだケド、出そうとしないと伝わらないモノでもあるカラ‥‥出せば心が軽くなるコトだって多い。言葉にしなくてもいいんだよ。サラにはサラの表し方がある‥‥ガンバレ」
 少し印象が和らいだサラを柚月が励まし、次いでずびしと『保護者』を指差す。
「そして、禅! それを汲み取ってあげなきゃ、ダメなんだよ。ちょっと気をつけるだけでも、違ったりするモンだしさ」
「ああ。俺もちゃあんと汲み取って、ユズの事を大家に話しておいたぞ」
「げ。おっちゃんと同じ長屋に住むなんて、考えるだけでぞっとするのにー!」
 言い合う二人を見物しながら、ゼロが杯を傾けた。
「出せば心が軽くなる、ねぇ。とりあえず、喜寿の寝顔は可愛かっ」
 どすっ!
「と、突然ナニ言うんさね!?」
 咄嗟に思い切り脇腹を小突いた喜寿が、ハタと気付けば。
 当然の如く、隣で悶絶するゼロ。
「事が後先になったけれど、あけましておめでとう。今年も‥‥今年から、よろしくお願いするよ」
 苦笑しながら奏が改まると、賑々しい住人達から気安い笑顔が返ってきた。