光陰、相克す−光の章
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/06 21:56



■オープニング本文

●裏依頼
 神楽の都は、昼も夜も華やかだ。
 活気ある昼の神楽は、実に賑々しく騒々しいものだが。
 夜になればまた、別の姿を見せる。
 心置きなく大いに酒を飲んで酔う人々や、一夜の遊びを誘う声。
 微かな香が漂い、格子窓の向こうから招く眼差し。
 そして夜の艶やかさの陰で、密かに吹き溜まり、動く闇――。

「仕事を、お願いしたいのです」
 喧騒に紛れて、見知らぬ女がそう言った。
 賑やかな表通りから少し奥へ入った店の陰で、壁にもたれたゼロは面倒そうに頭を掻く。
「開拓者ギルドへ行けば、幾らでも受けてくれるぜ」
「それが出来ない時点で、既に内密での事情だとお察しでしょう? 多くの人に頼める事でもなく、困窮しているそうです」
 手拭いをかけて顔を半分隠した『仲介屋』は、俯きながら声を落とす。
「‥‥隠し蔵にアヤカシが居座ったか、それとも誰かが憑かれたか」
 ひとつ深く息を吐いてからゼロが聞けば、「いいえ」と控えめな答えが返ってくる。
「ある御方が、何者かに身を狙われているという話がありまして。その方に代わって、とある庵へ赴いていただき、襲ってくるであろう者達を討って欲しい‥‥という依頼です」
「他に頼む者は?」
「多くの人の口にのぼっては、意味がありませんので」
 眉をひそめ、ゼロは低く唸った。
 依頼主が事を表沙汰にしたくない場合、ギルドを通さず『仲介屋』や『口入屋』を使って人に頼むケースはまれにある。表に出来ない事情もあって報酬自体はいいのだが、ギルドを通さない分、何か面倒が起きると厄介だった。
「とにかく、まとめて斬れって事か。そもそも首謀者を捕まえねぇと、何度でも仕掛けてくると思うが」
「そこまでは、残念ながらこちらも窺い知らぬ事。個人的なお願いですから、もちろん前金はお支払い致します。何分にも腕が立って、こういった事が頼める人は少なく‥‥受けていただけると、大変有難いのですが」
 どこか甘ったるい声で女は『懇願』し、腕組みをしたゼロは再び嘆息する。。
「人を斬るのは、好きじゃねぇんだが‥‥どこへ行けばいい。依頼人とは、顔を合わせるのか?」
「いいえ。身をつくろう事も不要でございますから、まずはこちらへ向かって下さいな。有難うございます、ゼロの旦那」
『仲介屋』は布の下でくすりと笑み、ゼロの気が変わる前に布包みを彼の懐へ押し込んだ。

●頼み人知らず
「代理の依頼、ですか」
 不思議そうな顔をする係に、10歳を越えた辺りの少女が頷いた。
「頼まれたの。ギルドのお姉さんかお兄さんに、これを渡してお願いして欲しいって」
 背伸びをして、係の前に少女は風呂敷包みを置く。
 迷った係がとりあえず包みを開けば、中から手紙と金が出てきた。
「御用、終わったから。じゃあね」
「あ、ちょっと‥‥お嬢ちゃん!?」
 ぱたぱたと手を振った少女は、止める間もなくギルドの外へ出て行ってしまう。
 手紙を開けば、そこには日付や地図と共に、奇妙な依頼文が書かれていた。
『身の安全を守るため、名を明かして直接依頼する事が出来ない非礼を許していただきたい。依頼は一つ、この庵に潜む「開拓者崩れの男」を討ってほしい。当方が調べた確かな筋の情報では、書き添えた日の夜は必ず庵にいるであろう、との事。依頼料及び報酬として、幾ばくかの金子を同封す』
「一応、依頼の体裁は‥‥整ってますけど」
 さすがに係も困って考え込むが、断ったとして金を返す相手も判らず。
 それに『開拓者崩れの男』が実在するならば、依頼を放ってもおけない。
 かくして『依頼者不明の要注意案件』という注釈付きで、奇妙な依頼書は開拓者の目に触れる事となる。

 それは『仲介屋』からゼロが依頼を受けた、翌日の事だった。

●一幕の舞台
 指定された庵は、何の変哲もない冬の森の中にあった。
 落ち葉を踏みながら先に周囲を一回りして、目に付くものがない事を確認し。
 軽く足裏の土を払い、土足のままゼロは板間を上がる。
 部屋に畳は敷かれておらず、床は剥き出しの板のままだ。何度か踏んでも軋む音はせず、暴れてもすぐに抜ける事はないだろう。
 天井板を軽く鞘尻で小突けば、キィキィというネズミの鳴き声と走り回る複数の小さな音がした。
 部屋に調度はあるが、中は空。押入れもまた、中には何もなく。
 二つきりの部屋を分ける襖(ふすま)は、庵自体を閉め切っていたせいか、あまり痛んでいない。
 ひとしきり庵の検分を終えると、陽が高い間に全ての雨戸を閉め切って、障子も全て閉じた。
 それでも板の隙間から漏れる光が、おおよその時間を教えてくれる。
 やがて日が暮れれば、玄関側の部屋の置き行灯に火を点ける予定だ。
 竹水筒の岩清水で軽く口を湿らせると、奥の部屋でゼロは胡坐(あぐら)をかく。
 出来る準備は、終わった。
 後は時が満ちて、斬るべき相手が踏み込んでくるのを待つばかり――。


■参加者一覧
六道 乖征(ia0271
15歳・男・陰
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
福幸 喜寿(ia0924
20歳・女・ジ
柳生 右京(ia0970
25歳・男・サ
神楽坂 紫翠(ia5370
25歳・男・弓
鬼灯 恵那(ia6686
15歳・女・泰


■リプレイ本文

●冬暮
 陽の傾いた冬の森を、冷たい風が吹き抜けた。
 落ち葉がカサカサと擦れ、木々が身を震わせる。
 それ以外は音のない静かな森の奥に、目的地の古い庵(いおり)が立っていた。
「あれが、問題の『開拓者崩れ』が潜んでいるという、庵ですね‥‥」
 庵が小さく確認できる位置で志藤 久遠(ia0597)は足を止め、仲間へ振り返る。
 他の五人も首を縦に振る様子を見て、一行はそれが見えぬ場所まで一度下がった。
 既に相手が中にいるかどうかは判らないが、気取られては意味がない。
「アヤカシと戦う力と技を与えられ、報酬と引き換えといえど、人々の為に戦うべき開拓者。その力を悪用する開拓者崩れは‥‥人、志士、開拓者、いずれの立場としても許せぬものではありません」
 固い決意と共に久遠は庵の方向へ目をやり、福幸 喜寿(ia0924)もこくと首肯した。
「うん。人は切りたくないけんども、そんな甘い事をいうてたら、それこそ開拓者崩れなんさねっ」
「でも‥‥情報が不確定のまま人を斃すのは、ちょっと良い予感がしないけど‥‥」
 何か引っかかるのか、六道 乖征(ia0271)は腕を組んで考え込む。
 それは神楽坂 紫翠(ia5370)もまた、感じていた事だった。
「確かに‥‥どうも、嫌な予感がしますねえ‥‥。怪しい感じも、するのは‥‥気のせいじゃないと‥‥良いのですが」
 依頼書を見た時から、ずっと引っかかっている懸念を呟く。ただ懸念はあまりに漠として、仲間を止めるのは難しい。
「ふふ。斬り応えあるといいなぁ、開拓者崩れ。強そうな相手だし、楽しみだなぁ」
 くすくすと微笑む鬼灯 恵那(ia6686)が、楽しげな表情と調子に合わぬ物騒な言葉を口にした。
 心なしか夕陽を受けた姿さえ、返り血を浴びた様に思える。
「頑張ろうねー、喜寿さん」
「うん。二人で頑張るさね、恵那ちゃん!」
 答える喜寿は彼女がまとう空気も気にならないのか、笑って友達と気合を入れた。
 そして予感云々を気にせぬ者が、もう一人。
「相手が何者かなど、どうでもいい。強い奴と刃を交える事が出来るなら、な」
 それが全てだと言う様に、口元へ微かな愉悦を漂わせ、柳生 右京(ia0970)は見えぬ庵を金眼で見据えている。
 今回の、開拓者崩れの始末。どうやら相手はそれなりの腕利きらしい‥‥と、おぼろげな噂を小耳に挟んだ。
「敵は複数か、それとも一人か‥‥。まぁ、どちらでも構わんがな」
 問題があるとするならば、自身の『渇き』を満たせる相手か否か。
 ただ、それだけだった。

「庵ですが‥‥広さはあるようでも、多人数が存分にかつ自在に武器を振り回して、戦えるような場所でもありますまい。数の利を生かす為にも、外での戦いに持ち込みたいですね‥‥」
 遠目に見た状況ながら、久遠は集った者達それぞれの得物も計算に入れて考え込む。
「ああ。わざわざ狭い屋内で、戦ってやる必要はない‥‥数を活かす事も出来ないだろうしな」
 彼女の見立てに、まず右京が賛同した。
 彼の得物は斬馬刀、久遠の長槍「羅漢」と同じく、閉所に向く武器ではない。
「となると、あぶり出すのがいいのでしょうけれど。周りが森である事を考えれば、直接火を使うのも危険。煙でいぶして、火計を誤認させる策がいいと思うのですが」
「‥‥火炎獣、突っ込ませるよ‥‥」
 仲間一人一人の顔をじっと見ていた乖征が、すぅと緑の瞳を細める。
「残っていれば‥‥逃げ場所にも、なりますしね。こちらも助勢しますが、上手く火を‥‥かけられます?」
 紫翠の問いに、使い込んだ呪殺符の表面を乖征が指でなぞった。
 年若い陰陽師はそこに、どんな式を思い描いているのか。
「‥‥やってみる‥‥」
 仕掛ける策を決めた乖征が、短く淡々と答えた。

 やがて、音もなく陽は西の地平へ沈む。
 残照もじきに消え去り、戦いの時が迫っていた。

●初手
 部屋の中央で、ゼロは耳を澄ませる。
 静かだった。
 外とは板一枚を隔て、僅かな物音が頼りだが、騒がしい声などは聞こえない。
 ただ鍛えた技でない生来の勘が、何者かの気配を感じ取っていた。
 右か左か、上か下か。
 それとも――。

 ガタンッ! と、正面から戸の倒れる音がして。
 天井裏で、小さな足音が駆け回った。
 直後、パッと正面の襖が炎を吹き上げる。
 それを蹴飛ばし、一気に前へ進めば。
 炎の向こうで、面をつけた獣が失せた。

 ‥‥火を吹く式。ならば正面、遠くない位置に陰陽師が一人。加えて、慣れた弓使いが一人。

 床を蹴って、一気に炎を突き抜け。
 外へ飛び出す瞬間に朱刀を鞘走らせ、捉えた影へひと息に振る。
 相手は退こうとしていたのか、手応えは浅い。
 若い陰陽師の驚嘆は、一瞬で消え。
 次の式を放つのと、蹴りが腹にめり込むのが、同時。
「あぐ‥‥ッ!」
 呻いて、小柄な身体が吹っ飛び。
 群がった蟲の式が放つ毒を、何とか堪える。
「正面、です!」
 告げる声と共に矢がかすめたが、気にせず。
 陰陽師がふらと立ち上がる隙に、間合いを詰める。
 三つ目の式が、現出した。
 振り下ろす刃をすり抜け、砕魂符の式は文字通り、魂へ喰らいつく。

 ‥‥嗚呼、こいつは随分とよく練られた式だ。

 だが振り切った朱の刃も、陰陽師の身体を抉り。
 散った鮮血が、落葉を赤く染めた。
「六道さん!」
 若い女の、悲鳴にも似た声。
 陰陽師の生死は確かめず、近付く足音を数え。
 庵を燃す炎を背に、木々が刻む陰へとゼロは駆けた。

   ○

 相手は、速かった。
 引き絞った弓「朏」で、紫翠が火矢を放ち。
「さあ‥‥出て来て‥‥」
 乖征が放った火炎獣の式が、正面の戸を破って一直線の火炎を吹く。
 炎を避けるなら、おそらく右か左へ飛び出す筈。
 そう読んで、庵の左右を喜寿と恵那、久遠と右京が組んで固めたのだが。
 式が消えた直後、燃え移った炎を乗り越え、庵の正面から『標的』が打って出た。
 庵へ接近していた乖征と、交戦になるのは当然。
「正面、です!」
 紫翠の知らせを聞き、脇を固めた四人は急いで正面へ回ったが。
 一歩、出遅れた。
「六道さん!」
 倒れた乖征へ喜寿が駆け寄り、友人を守って恵那が追う。
 素早く久遠は辺りを見回し、木の陰へ駆ける影をちらと見た。
「逃げるでしょうか」
「いや、おそらく逃げはしまい」
 そもそも、この程度で逃げる様では面白くない。
 久遠の懸念に、右京は淡々と答え。
「探すぞ」
 獲物を追う様に、彼女が影を見た方角へ、進む。

「傷は?」
「深いけど、致命傷じゃあないさね」
 問う紫翠へ答え、喜寿は急いで簡単な手当てをした。
「まだ止まれない‥‥救われるまでは‥‥僕は、倒れないから‥‥」
 苦痛に喘ぎ、うわ言の様に呟く乖征の手を、紫翠はぎゅっと握ってやる。
「ええ、援護します‥‥かなり手強いですが‥‥長期戦、覚悟ですね」
 乖征を気遣いながら顔を上げた紫翠へ喜寿は頷き、その間も恵那は『獲物』を探していた。
「開拓者崩れさん! 大人しく、悪行は止めるんさねっ!」
 大声で喜寿は呼びかけてみるが、答えはなく。
「恵那ちゃん、本当に強そうやけん、一緒にいくよっ!」
 死神の鎌を手にした友達へ、恵那は嬉しそうに‥‥本当に嬉しそうに、笑った。

●死賭
 初手を除けば式二体を喰らい、倒すに要したのは二撃。
 一人目で予想外に手間がかかったと、小さくゼロは舌打ちした。
 だが、判った事もある。
 相手は幾らかの場数を踏んだ腕で、数は六。
 癒し手がいれば負傷者へ、いなければ捨て置くか一人残し、四か五。
 こちらは砕魂符を喰らったものの、庇う傷はない。
 少女の声は耳に届いたが、真偽や真意は不明で、意味もない‥‥今は。
 一気に引いて『襲撃者』と距離を置いたゼロは、遠くで燃える庵を眺め。
 今度は仕掛ける為に、進む。
 歩く足は次第に早くなり、やがて炎に浮かぶ影へ向けて猛然と駆けた。

   ○

 火の粉を吹いて、パチパチと古庵が燃える。
「どこに隠れているのかなぁ」
 少し不機嫌そうに、恵那は炎が照らす闇に目を細めた。
 負傷した乖征の傍らには紫翠が残り、後の四人は二人一組で『開拓者崩れ』を探す。右京は久遠と影を見た付近の足跡を辿り、喜寿と恵那は乖征の身の安全を考え、庵の周りで警戒していた。
「逃げてしまったら、困るんさね」
 重い鎌を担ぎながら、喜寿が思案していると。
 耳に届くは、落ち葉を踏み散らす音。
 脇より駆ける影と、下方から跳ね上げる赤い軌跡を――。
  ギィンッ!
 鈍い音が返した。
「ふふッ。逃げてなくて、よかったね」
 喜寿と襲撃者の間に割って入った恵那が、業物を両手で握り直す。
 間合いを外した相手は、炎を背に低く身を屈め。
 喜寿がダーツを放てば、相手は避けも弾きもせず。
 真っ直ぐに、突き進んだ。
 横薙ぎの一閃を払えば、振り抜いた勢いで回し蹴りが続き。
 後ろへ飛んだ恵那は、逆に仕掛ける。
 二合、三合と刃がぶつかり、火花が散った。
「あははッ、強い強い、でもまだまだッ!」
 狙うは、相手の足。
 潰してしまえば逃げられず、体の捌(さば)きも悪くなる。
 そうなれば、こちらが有利‥‥と。
 相手に攻勢へ転ずる機会を与えぬよう、恵那は攻めて攻めて、攻め抜く。
 刃を閃かせ、髪や衣を翻し、口元には薄く笑みすら浮かべ。

 ‥‥燃え盛る炎の前で繰り広げる攻防は、さながら一種の舞のよう。

 休みない攻防の隙を狙いながら、喜寿は一瞬そんな事を思った。
 だが今は、真剣勝負。
 小柄な体躯から次々と繰り出す攻撃が、尽きぬ間に。
 腰を落とし、小回りがきくよう柄を短く持ち、構えて地面を強く踏む。
 彼女をちらと見て、下段を中心に攻める恵那が、不意に上段へ攻撃をかけた。
 受けを誘って、相手の脇をこじ開け。
 そこへ、喜寿が死神の鎌を振るう。
 浅い手応えと同時に、ガッキと硬いものが遮った。
 急襲に気付いていたか、相手は刀の鞘で鎌の勢いを殺し。
 咄嗟に喜寿は、渾身の力で鎌を手前へ引く。
 弾かれた鞘が飛び、薄い刃が脇腹を掻っ捌いた。
 だが体が流れたところを、どんっと手で胸を突かれ。
 落ち葉を散らして、地面へ転がる。
 身をかわし、立ち上がろうとしたが。
「うああぁぁぁ‥‥ッ!」
 文字通り、身体を貫く痛みに、叫んだ。
 痛みの中心、鳩尾あたりから、帯を断って朱刀が生えている。
「喜寿さんッ!」
 引き裂かれた様な、恵那の叫び。
「こんな傷なんて、たいした事ないんさね。心につく傷に比べれば、なんて事ないんさねッ!」
 立たなければ‥‥うちが立たなければ、恵那ちゃんが‥‥。
 懸命に手を伸ばし、刀を抜こうと足掻く。
「ここで‥負けたら‥大勢の人に、迷惑がかかってしまうんさね‥‥っ」
 知らずと滲む視界の中、恵那が放たれた矢の如く、相手へ突っ込んだ。
 ひと息で突き出された業物が、太腿へ突き立ち。
 喜寿の手を離れた鎌が、唸る。
 血飛沫が上がったが、鬼気をまとった恵那は退かず。
 鎌の柄で突き飛ばされ、胸座を掴む様に小柄な身体が樹へ叩きつけられ。
 ガツンッ! と硬い音がして、恵那の右肩へ鋭い痛みが走った。

「福幸殿、鬼灯殿ッ!」
 紫翠から急襲を聞き、右京と駆けつけた久遠は、その光景に思わず足を止めた。
 業物で木へ縫い止められた恵那は、倒れる事も許されず。
 横たわる喜寿の傍らに立つ男が、彼女の腹から一気に朱色の刃を抜く。
 本来なら四人で囲む策が、結果として分断された。
 それでも、少女達は善戦したのだろう。
 男は左脇腹を押さえ、布で縛った右大腿の衣は赤かった。
 鞘を掛け金にかけ、朱刀を軽く一振りし――鞘へは納めず。
「‥‥面白い」
 まだ遣り合うの様子に、右京も腰に帯びた斬馬刀の鞘を掴んだ。

●乱入
 やはり、厄介なのが残った。
 手の届かぬ位置より攻撃出来る、弓術師。
 羅漢の女に斬馬刀の男は、どちらも相応の力量。
 元より策などなく、くれば討つのみ、と。
 宝珠刀をさげて睨み据え、摺り足でゼロは間合いを詰めた。

   ○

 仕掛けたのは、どちらからだったか。
 それはもう、些細な事。
 片方が数合、斬り結んでは放れ。
 剣戟の隙に、もう一人が仕掛ける。
 突き込んだ長槍の柄へ、足を絡め。
「な‥‥っ!?」
 躊躇なく身を捨て、体重をかけた相手に、久遠も引き倒される。
 そこへ、水平に刀身が払われ。
 刃の勢いを、斬馬刀が遮った。
 槍を蹴る様に、身を転じて距離を置き、男は跳ね起きる。
「型も戦法も、あったものではないな」
 地に足をつけた瞬間から、腰を落とした状態で刀を構える相手へ、右京は僅かに苦笑った。
 故に、次に来る手の予測が難しい。
 相対する男が、枯葉と土と血に塗れた身を気にせず、始めて口を開いた。
「知るかよ、そんなこたぁ」
 ガシャリと、左肩に付けた鬼の肩当てが鳴り。
 ここへ来てそれと気付いた右京が、相手の風体より、それと思い当たる。
「どこかで見た顔とは思ったが‥‥貴様だったか。丁度いい、噂通りの実力か否か、確かめさせて貰おう」
「あぁ? 俺は、てめぇなんざ‥‥知らねぇ!!」
 踏み込んだ足を軸にし、身体を素早く返す。
 風を切って振るわれる大横薙ぎの一刀を、右京は後ろへ飛んで間合いを外し。
「この一刀、見切れるか‥‥?」
 静かに高々と、最上段に構えるは『示現』の型。
 長大な斬馬刀ならば、その威圧感はひと際。
 槍の間合いから、相手がどう動いてもいいよう、久遠もまた身構える。
 紫翠も矢を番えはするが、ピンと張った空気に放つ事が出来ず。
 ただニィッと、相手は笑った。

 ――その時。

 対峙する者達の間に、巨大な『龍』が突如として現れた。
 直後、落ち葉を蹴って一匹のケモノが飛び出たかと思えば、カッと閃光を放ち。
 静寂を割って、幾つかの気配が場へ飛び込む。
「新手!?」
 仲間に当たらぬ距離で、払う様に得物を振り。
「くそっ、ズラかるぜぇぇぇーっ!」
「えぇと、ナンだ。少なくても、確実な実入りが大事ってヤツか!?」
「何しやがっ‥‥くそ、そこのてめぇら二人、名前教えやがれ!」
 風に落ち葉が舞って鳴り、眩んだ視界と風の中から聞こえた言葉が、自分達へ向けられたものと二人は悟る。
「柳生右京」
「志藤久遠!」
 かたや投げる様に、かたや凛とした声で、応え。
 そして竜巻のような騒々しさが過ぎた後には、壊れた刀などが落ちていた。
「‥‥いい所だったのだがな‥‥興醒めだ」
 視界が戻った右京が、低く呻き。
 ガサリと落ち葉を踏む音に、二人はすかさず身構えた。
「すまん。双方、刃を納められよ。こちらに敵意はない」
 中年あたりのサムライが、他数名を伴って、木の陰から現れる。
 だが『惨状』をみて、眉間に皺を寄せた。
「こちらに、巫女殿がいる。急ぎ、頼めるか?」
 声をかければ傍らの少女は一つ頷き、金髪を翻す。
「煮え切らんだろうが、事情は説明する」
 今はどうか収めてほしいと、崎倉 禅は深々と頭を下げ。
 激しい音を立てて、古庵が燃え落ちた。