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■オープニング本文 ●小さな村の小さな異変 水面一杯に広がった青空が、風の起こすさざ波に乱れされた。 小さな波紋と一緒に、小さな青々とした葉が僅かに揺れる。 さざ波がおさまれば水面は再び空を、そしてあぜ道を走る子供達の姿を映し出した。 武天にある、小さな農村。 肩を寄せ合って立つ集落の周りに広がる田んぼは、いずれも水が張られ、植えたばかりの稲が規則正しく行儀よく並んでいる。 ただ、最も森に近い位置にある数枚の水田だけが、未だに苗が植えられず。 ひっそりと、水をたたえていた。 「なんで、あそこだけ田植えしないんだろ」 木の棒を振り回しながら駆けてきた子供達も、寂しい田んぼに首を傾げる。 「んーと、急にもふらさまが怖がって近寄らなくなったからって、とーちゃんが言ってたー」 「もふさま、ほんと?」 子供の一人が、彼らのいい遊び相手にされているもふらさまに尋ねた。が、当のもふらさまは白い耳をぱたぱた動かして、ただ「もふもふ」と鳴くばかり。 田んぼと森の間には境界線を引くように小さな川が流れ、岸には花が咲いていた。蝶やハチが花に集まり、小川の流れは田んぼに続いている。 確かに森の奥へは暗くて入れないが、小川までが遊び場の子供達にはいつもの光景だ。 試しにもふらさまを引っ張ってみるが、途中でデンとあぜ道の真ん中に鎮座し、押しても引いても動かなくなってしまう。その姿を見て、自然と子供達は顔を寄せた。 「もしかして、アレが出るんじゃない?」 「アレって?」 「大人達がよく言ってる、あれ、あー‥‥アカヤシ?」 「アヤカシ!」 「こら! お前ら、何してんだっ!」 「わーっ!」「でたーっ!」 突然の大声に驚き、ひそひそ話をしていた子供達が一斉に逃げ出す。 取り残されたもふらさまは慌てて左右を見回し、腰を抜かして逃げ遅れた子供の影にもふもふ隠れた。 ‥‥もっとも、明らかに子供よりもふらさまの方が大きいのだが。 「出たってナンだよ、出たって」 「あ‥‥なーんだ、おじさんかぁ‥‥」 馴染みのある村人の顔を見て、子供はほっと安堵の表情を浮かべる。 「まったく。こんな所で、何してるんだ」 「おじさんこそ、田んぼの見回り? あの田んぼ、どうなるの?」 「ああ。隣村まで、風信術の機械を借りに行ってたんだよ。もふらさまがあんまり怖がるから、村の衆で相談してな。田植えの間だけでも、開拓者の人達に様子を見てもらおうって事になったのさ」 ひょいと子供を抱き上げると村人はもふらさまの背中に降ろしてやり、それから首に下がった綱を拾って村へ歩き始めた。 「もふらさまって、どうして森が怖いんだろ。アカヤシが出るのかな?」 「アヤカシが出るようなら、こんなにのんびりしてられんぞ。次々と、人をとって食うって話だからな」 「おっかないね、もふらさま」 怖さを紛らすように子供が頭を撫でてやるが、もふらさまは顔のそばへ飛んでくるハチを大きな目で追っかけ、追い払うように左右の耳を交互に小さく動かす。 「もふらさまは、ハチの方がおっかないみたいだ」 困った風なもふらさまの様子に、子供はころころ笑い。 「あっ、飛空船だ!」 青空の中に飛ぶ船を見つけた子供が歓声をあげれば、村人もまた顔を上げて目を細める。 「ほぅ‥‥久し振りに見るな」 「うん! 開拓者の人、来てくれるといいね。おじさん」 「そうだなぁ」 飛空船と競うように、ツバメが空の高いところを飛んでいく。 吹き渡ってきた風が、また広がる水面を静かに揺らした。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
犬懸 秀姫(ia0497)
12歳・女・巫
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
山本 建一(ia0819)
18歳・男・陰
玖堂 羽郁(ia0862)
22歳・男・サ
出水 真由良(ia0990)
24歳・女・陰
川屋 花子(ia1201)
11歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●小さな村で大騒ぎ 涼しい午前の風が、田んぼ一面に行儀よく並んだ幼い稲の苗を僅かに揺らす。 「いい風ですねぇ」 髪を揺らす風に、出水 真由良(ia0990)が目を細めた。 緊張のかけらもなく、ほわんと真由良は風に青く長い髪を遊ばせている。そんな彼女を見上げた犬懸 秀姫(ia0497)は、密かに、だが大きな息を吐いた。 「う〜‥‥大人の余裕なのかな。ボクは、緊張してるのに〜」 「えぇと‥‥私も、すっごく緊張してます。一緒に頑張りましょう、なのです」 秀姫とあまり歳の変わらない川屋 花子(ia1201)が、一生懸命に励ます。 「うん。村の人に、安心してもらわないとねっ」 「はい」 幼いながらも使命感をもって気合を入れる秀姫に、花子もきゅっと手を握った。 「二人とも可愛いわねぇ。大きくなれば、きっと美人になるわ」 小さな巫女達を見守っていた葛切 カズラ(ia0725)は、将来有望と嬉しそうに笑む。 ‥‥それが開拓者として、あるいは巫女としてなのか。はたまた彼女の『好み的』に有望なのかは、さて置き。 そうして、八人が歩を進めていると。 「あーっ!」 幼い声が、いきなり叫んだ。 驚いて声がした方を見れば、一人の子供が彼らを指差している。 そのまま「えっと、えっと」と何かを考えてから、次の言葉が飛び出した。 「アカヤシの人だっ!」 「なにアルね、ソレはっ」 言わんとする意味はだいたい判るが、反射的に突っ込む梢・飛鈴(ia0034)。 「俺達は開拓者だよ。村の人に頼まれて、護衛にきたんだ」 相手が子供でも玖堂 羽郁(ia0862)は自分達の素性と用件を説明してやり、その間にも他の子供達がわらわらと集まってくる。 「強そうだねぇ」 「おっかなそうな人もいるよぅ」 「わぁ、女の子もいるんだ」 臆面もなく、思った事を口にする村の子供達へ、鬼島貫徹(ia0694)が草履履きの足をずいと一歩進め。 「皆、この村の子か。村長か、話のわかる村人の元へ案内を頼みたいのだが」 出来るかと聞く前に、子供のうちの数人は既に涙目で怖気づき、がくぶるしながら彼を見上げていた。 もっとも貫徹本人は、驚かせる気なぞ毛頭ない。 ごく普通に尋ねただけなのだが、子供には仏頂面に頑強な体躯と、まとう雰囲気が威圧感に感じられたらしい。 怖がられるのは心外だが取り繕うつもりもなく、やれやれと嘆息した貫徹は子供達から一歩引いてやる。 「どうやら『おっかなそうな人』は、鬼の事だったみたいアルね」 悪戯っぽく飛鈴が笑い、「ふん」と強面のサムライは鼻を鳴らした。 「別に、私達は怖い人でも怪しい者でもありませんよ。村の人が困っていると聞いて手伝いに来たので、案内してもらえますか?」 穏便に山本 建一(ia0819)がもう一度尋ねれば、子供達は顔を見合わせる。 「いいよぅ」 「村長さんの家は、こっち!」 もふら様を連れた子供達は、先に立って道を駆け出した。 ●肝心なる『本題』 村長の家に着くと、はしゃぐ子供達は村人に追い散らされた。 口を尖らせ、もふら様と遊びに行く小さな背中を羽郁が見送る。 「元気だなぁ」 「‥‥あたしも、アッチがいいアルよ」 もふら様の白いもふもふした後姿に、飛鈴は名残惜しそうだ。 子供の相手は面倒だが、堅苦しそうな場はもっと面倒なのだろう。 「まぁ、そう言わずに。詳しい話を窺ってから、ゆっくり子供達にも話を聞きましょう」 ついて行きそうな飛鈴を真由良がなだめる間に、一行は村長が待つ奥の座敷へ案内された。 「皆様には遠路お越しいただき、誠に有難い限りです」 待っていた村長が深々と礼して話す一部始終は、既に開拓者ギルドで聞いたそれと変わらなかった。 急にもふら様が森へ近づかなくなり、その為に村の者は「何か異変があるのでは」と恐れ、森に一番近い田んぼの田植えが出来ずにいる。せめて田植えの間だけでも、『護衛』を頼みたい‥‥という内容だ。 「時期を逃すと、台無しだからなぁ」 出された茶を羽郁はすすり、故郷を思い出して呟く。 国は変われど、一面に広がる水田の光景は、心の中にあるそれとよく似ていた。 何処も作物を育てる大変さは変わりなく、それ故に何か力を貸せればと考えている。 「相分かった。この規模の村であれば、田植えの時期に余計な時間は取られたくもないだろう」 胡坐を組み、黙って話を聞いていた貫徹が、重々しく首を縦に振った。 「もふらの様子がいつもと違うことを察知し、最善手を打ったのは良し。何かが起こっていると分かっていながら、放置するのは愚鈍。更にアヤカシの危険性があるにも関わらず、自分達で解決しようとするのは、ただの阿呆だ」 「有難うございます」 恐縮しながら、村長は不安げに場に及んだ数人の村人共に、深々と一礼する。 「では早速、問題の場所へ行ってみたいのですが」 頃合いと見て切り出した建一へ首肯し、おもむろに村人達は腰を上げた。 問題の田んぼは、一目見ればすぐに判った。 青々とした苗が並んでいる中、そこだけぽつんと忘れられたように水面が広がっている。 「あれが、もふら様の怖がっている森ですね」 実際にあぜ道に立った花子が、じっと田んぼの向こうにある森を見つめた。 「案内は、もう結構アルよ。後はこちらで、下見するアルね」 もふらの面で顔を隠した飛鈴がひらひら手を振れば、困惑気味な案内人達は顔を見合わせる。 「皆、仕事があると思うし、ボクらも迷う距離じゃあないからね。もふら様が怖がろうと、無駄な土地を作るだけの余裕はないはず。皆の生活を楽にする為にも、今回の田植えがうまくいくよう、全力を尽くすから」 秀姫が『保障』すれば村人は小柄な巫女へ手を合わせ、各々の仕事へ戻っていった。 「この森は、魔の森ではないようですけれど‥‥実害から守るだけが開拓者の仕事という訳でもありません、よね。何が原因にせよ、村の方々を安心させてさしあげませんと」 穏やかな森の空気を前にして、頬に手をあてた真由良が考え込む。 「これが魔の森なら、鬼が出るか蛇が出るか‥‥ってところだけど、本当に平穏そのものよね。となると、後はもふら様が森を怖がる理由かしら」 艶やかな髪をかき上げたカズラは、賑やかな気配に森から広がる田んぼへ視線を移した。 大人達が引き上げたせいか、もふら様を連れた村の子供達が彼女らの様子を遠巻きに眺めている。 「あら。ちょうどいい所に、いい子が来たわね」 「あはは‥‥そうですね。おーい、ちょっといいかな!」 くすりと笑ったカズラに羽郁も頷き、彼は子供達を手招きした。 やがて、日が南に高く昇る頃。 八人の開拓者は、もふら様や子供達と共に田んぼから戻る。 『下調べ』を終えた者達は村長の家で昼食を取り、午後から始まる田植えに備えて『準備』を始めた。 ●恐れの謎 「遠いところを来てもらったばかりなのに、すみませんなぁ」 「いいえ。これしきの事、何ともありませんから」 気遣う村人に、問題ないと建一は胸を張ってみせる。 「そんなら良いのですが。しかし、大丈夫でしょうかね‥‥お連れの皆さん」 やや心配そうに、別の村人はすかし見るように森へ目を向けた。 問題の田んぼにで村人が田植えに勤しみ、四人の開拓者がそれを守っている。そして残る四人は、田植えが始まるより先に森へ入っていった。 「皆さんの腕を疑う訳じゃあありませんが、もふら様も怖がっとります。何もなきゃあ、いいんですが」 「大丈夫よ〜。森から何かが出て来た時の為に、こうして私達が備えてるから」 妖艶な笑みで安全を保障したカズラは、田んぼと森の境界になる小川の岸に腰を下ろし、適当な枝で作った釣竿の糸を垂らしている。 「だ・か・ら、安心して田植えを頑張ってね」 片目を瞑ってみせれば、若い村人の数人は赤くなりながらそわそわと視線を泳がせた。 判りやすい若者の反応に、からかったカズラがくすくす笑う。 「それにしても、労働に勤しむ人を眺めながらの一服は、格別ね〜。仕事じゃなければ、一杯もやるんだけど」 のんびりと釣竿を振り直し、彼女はぷかりと煙管をふかした。 「ところで、もふら様ですが‥‥最近になって怖がるものって、ありますか? どんな小さな事でも、いいんです」 作業の邪魔にならない程度に、羽郁が村人へ疑問を投げる。 「酷い雨や雷様を怖がりもするが‥‥最近となると、なぁ」 「よう遊んでもらっとる子供らの方が、知っとるんじゃないか?」 「そうですか」 話を聞いて、羽郁はぐるりと周囲を見回した。 彼らがいる事に安堵してか、緊張の解けた村人達は休みなく苗を植える手を動かしている。 そこへ響く、悲鳴が一つ。 「きゃ〜〜っ!」 何事かと声の元を辿れば、田んぼの真ん中で花子が尻餅をついていた。 及ばずながら、何か力になりたいと田植えの手伝いをしていたのだが、どうやら泥にはまってコケたらしい。 「た、助けて‥‥下さいぃ」 「大丈夫かい、開拓者様」 周りの女達が花子の手を取り、泥から引き出してやる。 「ふぅ‥‥すみません。お手伝いをするところか、逆にお手を煩わせてしまって」 「いえいえ、そんな事ないですよ」 「本当。悪ガキどもに、爪の垢を煎じて飲ませたいよ」 大らかに女達が笑い、花子も泥で汚れた顔をほころばせた。 「それにしても、ここのもふら様は本当に怖がりの様ですね」 悲鳴が大事でないと判り、ほっとした羽郁はカズラの傍らへ腰を落ち着ける。 「もふら様が恐れる、何か‥‥何だろう? 私が聞いてみた限りでも、蜘蛛やムカデの様な虫から、割と微妙なのまで嫌ってるみたいだし」 自分が聞き集めた事をまとめるカズラに、羽郁もまた苦笑して考え込んだ。 「森を怖がるという事は、木の影が化け物にでも見えて驚いたのか、それとも‥‥森に入って、怖い目にでもあったのか」 「それともやっぱり、子供達が言っていたアレかしらねぇ」 含んだ言い方をしたカズラは、煙を吐いて流れる小川へ目をやる。 清らかな川の岸では花が咲き、蜜を求める虫が飛び交っていた。 一方、森に入った四人は怪しげな気配に注意しながら、歩を進めていた。 木々の間からは鳥のさえずりが聞こえ、不穏な空気はまるでない。 「やっぱりアヤカシが潜んでいる様子、ないみたいだね」 足を止めた秀姫は緑を仰いで、差し込む光に目を細めた。 「アヤカシとは言わないまでも、ケモノや他の脅威が潜む可能性はあるから、油断はならぬがな。だがもし森に異変があれば、住む動物や鳥達の方が敏感に察知する筈‥‥」 長槍を携えた貫徹が、ぐるりと首を廻らせる。 それなりに警戒心の強い小動物の姿を捉える事は難しいが、鳥の声ならば耳を澄ませば遠くからも近くからも聞こえてきた。 「これだけ森に鳥や動物がいるなら、危険な相手が潜んでいる事はなさそうですね‥‥ちゃんと原因を解明しないと、村の人は安心できないでしょうけれど」 「万が一アヤカシが出れば、狩れば良いだけの話。行くぞ」 気を緩めず真由良が札を確かめ、再び貫徹は歩き出し。 「まぁ、その辺はっきりさせるのも仕事のうちアルね」 もふら面を被った飛鈴も、軽やかな足取りで一番最後を付いていく。 「それにしても、もふら様は蜂にでも刺されたアルか」 「やっぱり、それが原因なのかなぁ」 飛鈴の見解に、秀姫が首を傾げた。 田んぼで出会ったもふら様は、話の通り森に近付くと座り込んで動かなくなり。 歳の近い秀姫が子供達に詳しい話を聞けば、数ある『おっかないもの』の中でも最近は特にハチを怖がるらしい。 確かに、森の手前にある川にはハチが飛んでいたのだが。 「あら、あれは‥‥」 ふと真由良が、何かに気付いて歩みを緩めた。 「どうかしたアルか?」 「あの木の洞、入り口が壊れていません?」 飛鈴が聞けば、真由良が一本の大きな木を示す。 太い幹の根元近くには、洞(ウロ)が口を開けていた。 「ホントだ。なにかの動物が、巣にしていたのかな」 「些細な事が、何の切っ掛けになるか判らん。調べてみるとするか」 秀姫達を庇う様に貫徹が先に立ち、じりじりと木へ近づく。 近付くほどに、ブンブンと唸る様な低い音の塊が耳に届き。 動きを止めて洞をじっと見据えていた貫徹は、やがてニッと口角を上げた。 ●種明かし 日暮れには全ての田んぼの田植えが終わり、帰り着いた村長の家では慰労の会が待っていた。 酒と馳走が振舞われ、気がかりが晴れた村人達は飲んで騒ぐが、そこに開拓者達の姿はない。 「皆様、どうされたのかね」 「宴の前に、何か一仕事されるとかで‥‥」 不安げに話を交わす村人だが、程なく開拓者達は宴席に現れた。 その手に、白い布で包んだ何かを持って。 「遅れてすまんな。もふらが恐れる原因を、断ってきた」 告げて貫徹は白い布を縁側へ置くと、庭で子供達に遊ばれていたもふら様が、何故かおもむろに近付いてくる。 「もふら様、これが目当てで悪さをしたんですね」 不思議がる村人の前で、真由良が白い布を解けば。 「もふっ」 あろう事か蜜を蓄えたハチの巣へ、遠慮なく噛り付くもふら様。 巣に残っていた一匹のハチが飛び出すと、慌ててもふもふと逃げ出した。 その首根っこを捕まえた貫徹が、たてがみっぽい毛をもしゃもしゃする。 「‥‥ふっ、この臆病者めが」 軽く馬鹿にしつつも、ニヤリと貫徹はもふら様に笑った。 「えぇと‥‥つまり?」 「森にあった木の洞にハチが巣を作っていて、もふら様は蜂蜜ほしさに突っ込んだみたい。それでハチに追いかけられて、森に近寄らなくなった、のかな。巣の本体は遠くへやってきたから、もう大丈夫だよ」 不思議顔の村人へ手短に秀姫が説明すれば、一瞬沈黙が漂い。 弾かれた様に、どっと村人達は笑い出した。 「もふら様、そりゃあねぇぞ」 「やぁ、しかし有難い。開拓者様のお陰で、怯えずに済む」 「どうか上がって、遠慮なく一献傾けて下さいや」 真由良に続いてカズラや羽郁も手を引かれ、宴の席は騒がしさを増す。 「キミのおかげで、こういう事になったアルね。そこんトコ理解してるアルか? ‥‥してないっぽいアルな‥‥まぁ、人の都合の理解を求めても無駄アルか‥‥」 もふら様の背中に乗っかった飛鈴は、宴をよそに餡饅を齧っていた。 物欲しそうな視線を感じ、もふら様の前に一つぶら下げてやる。 「よかったね。もふら様」 はむはむと餡饅を頬張るもふら様の頭を、花子は撫でてやった。 「開拓者の人って、もふら様の事も判るんだぁ」 感心仕切りの子供達に、秀姫は照れて笑う。 「明日は、村の豊作をお祈りしてから旅立つね。皆、幸せになりますようにって」 「お優しいですね。秀姫様は」 せがまれて符を見せていた真由良が、にっこり微笑んだ。 座敷では、カズラが村人と花札に興じて酒を飲む。 ひとしきり場が落ち着くと、巫女の家系の生まれだという羽郁は豊穣舞を披露した。 小さな村の繁栄と、ささやかな幸せが続く事を願って。 |