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■オープニング本文 ●冬咲く桜 稲の刈り入れが終わった田は、残された稲の刈り株が寂しく並んでいた。 あと一月もせぬうちに、本格的な冬がやってきて、佐和野の村にも雪が積もるだろう。 そんな事を思いながら小斉(こさい)老人はあぜ道を歩き、村の外れにある庵(いおり)へ戻る。 玄関へ行かず庭へ回れば、顔馴染みの村人が一人、日当たりの良い縁側に腰掛けていた。 「ああ、小斉の旦那、お帰りなさいやし。文(ふみ)を届けに来ましたぜ」 主の帰りに村人は立ち上がり、軽く頭を下げる。 「わざわざ、待っておったのか。誰からじゃ?」 小斉老人が問い返せば、男は懐から折りたたんだ細長い紙を取り出した。 「崎倉さんからでさぁ。あっしは、暇だったもんで」 「たまに家で気を抜いておれば、かみさんに叱られる。とな?」 「そんなとこで」 図星を差されて失笑する村人から手紙を受け取り、縁側へ上がった小斉老人はばさりと片手で紙を振り広げる。 墨で綴られた文を読み進める間も、村人は好奇心を隠さずにその様子を窺い。 目を通し終えた小斉老人は、「ふぅむ」と唸った。 「何か、良くねぇ知らせでも?」 「読むか?」 「いえ。崎倉さんは、達筆でいらっしゃるから」 辞退する村人の弁に、喉をそらせて老人は呵呵(かか)と大笑いする。 「なぁに、先に頼んだ使いの用向きを、無事に済ませたという報せよ。ちょうど良い、村長にも伝えておいてくれるかの?」 「へぇ、承知しやした」 ひょこと、村人は頭を下げ。 「まぁ、息抜きと理由を付けて、直接伝えにも立ち寄るようじゃがな」 「そりゃあ、ちょうどいい」 小斉老人の言葉を聞いて、ぽんと手を打った。 「どうかしたのか?」 「いえ。山裾(やますそ)に何本かある冬桜が、ちょうど見頃なんでさぁ。春のヤツほど盛大じゃあなく、楚々(そそ)と咲く桜なんですがね。ひと息つくには、いいんじゃないかと思いやして」 「紅葉した山で、冬の桜見か。田の風景もいささか寂しくなっておるし、良いかもしれぬな‥‥ん」 頷く小斉老人だが、不意に喉の奥にざらりとした感覚を覚え、「げふん」と一つ咳をする。 「おや。旦那、風邪ですかい?」 「ふむ‥‥近頃、めっきり冷えておるせいか。まぁ、気にするほどでもない」 「へぇ。近頃、タチの悪い風邪が流行ってますんで、旦那も気をつけて。あっしはこの足で、村長に崎倉さんからの伝言を持って参りやす。なんなら、崎倉さんへの伝言も」 「すまんな。頼む」 「お安い御用でさぁ」 ニッと笑った村人は改めて一礼し、庭を後にした。 火鉢に炭を足して火を入れると、座敷に腰を落ち着けた小斉老人は再び手紙を広げ、目を通す。 「理穴で、大アヤカシと合戦があったとは、のう」 崎倉 禅(さきくら・ぜん)の手紙には、本来の用向き以外にも理穴で起きた事の次第が記されていた。 馬鹿正直にそれを村人へ伝えても怯えるだけなので、あえて話は省いたが。 「ならば余計に、若い衆には息抜きも必要じゃろうて」 火鉢の上へ、節くれ立った皺(しわ)だらけの手をかざしながら。 げふんげほんと、小斉老人はまた咳をした。 ○ 「冬の桜か」 開拓者達が多く住む、長屋横丁。 その一角にある質素な『我が家』へ久し振りに戻った崎倉は、佐和野の村から急ぎで届いた文を広げていた。 「‥‥?」 「急ぎの文というから、何事かと思えば‥‥師匠が冬の桜が咲いておるから、見に来るがよいとさ」 湯呑みを二つのせた盆を置き、不思議そうな顔で小首を傾げる少女に、崎倉は文の中身を教えてやる。 「合戦では慌ただしかったし、お前もおっかない思いをしただろう。村長の話では、どうやら師匠は風邪気味らしい。せっかくだから冬桜見物に、見舞いを兼ねて行くか?」 ちんまりと座り、自分の湯呑みを手にしたサラは、思案するようにじーっと胡坐をかいた男の顔を見上げた。 それから、隣で眠そうに転がる藍一色の仔もふらさまへ、視線を向ける。 「もぉ〜ふぅ」 もふらさまはといえば、のん気に大きな欠伸(あくび)をして。 その頭を小さな手で撫でてやってから、サラはこくりと一つ頷いた。 「よし、ならば善は急げだ。金は出ぬが、他の開拓者連中へも誘いを出すとするか。師匠も、賑やかなのが好きだろうしな」 そうと決めた崎倉は、湯呑みを手にして一口含む。 「む‥‥むぅ?」 むせそうになりながらも、苦労して飲み込んだ。 「サラ、これ‥‥茶じゃねぇだろ」 「‥‥甘酒」 「万商店の、籤引きか」 こくりと少女は頷き、平気な顔で甘酒をすする。 その様子を崎倉は目を細めて見守り、それから苦心しながら甘酒を干した。 |
■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
紫焔 遊羽(ia1017)
21歳・女・巫
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
阿後輝通(ia2678)
17歳・男・志
春金(ia8595)
18歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●隠居の庵 寂しい田の真ん中で、肩を寄せ合うように家々が立つ。 山の麓にある、何の変哲もない小さな村。 その素朴な景色は、記憶の底にある光景とどこか似ていて。 「つまらん村だ」 庵の縁側で腕を組んだ鬼島貫徹(ia0694)は、フンと鼻を鳴らした。 「ああ。平々凡々とした村じゃよ」 胸中を知ってか知らずか、庵の主が奥から現れる。 「じゃが老人には、ちょうど良い。都は何かと気ぜわしくてな」 時おり口元を隠して咳をする小斉老人へ、腕を組んだ鬼島は呵呵(かか)と大笑した。 「爺さん、これ芋羊羹な。見舞いの品って事でさ」 台所からやってきた阿後輝通(ia2678)が、四角い包みをずぃと畳へ置き。 「あと崎倉のおっさんに天儀酒と、サラはコレ。先に出かけたし、爺さんが預かってくれ」 隣に一升の徳利と、もふらのぬいぐるみを追加する。 「あ奴にまで、気を遣う事もなかろうて」 「はは、見舞いついでの手土産だからさ」 ひらと軽く手を振り、輝通は台所へ戻っていく。 「ところで、翁。縄と藁は余っているか」 「あるぞ。村の者が、その辺に置いておる」 立とうとする小斉老人を鬼島が手で制し、腰を上げる。 「翁は、ゆっくりしておれば良い」 「やれやれ。皆、大仰にしおって」 背中で聞いた老人のぼやきは、どこか和やかだった。 庵の台所は、包丁の音や湯気に包まれていた。 大根の皮を剥き、適度な大きさに切っていく。 流れるような包丁裁きに、大皿を持った春金(ia8595)がじっと見入っていた。 「大根の下ごしらえ、完了です〜」 「おぉ。さすが料理人、早いのじゃ」 大皿へ具材を盛る紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)の手際に、熱心な表情で春金が感心する。 「招かれた側なんだから、何も働く事ないでしょうに‥‥紗耶香、ゴボウを洗ったわよ」 「はい、助かります〜」 呟きながらも、濡れた手を拭いて胡蝶(ia1199)が声をかければ、紗耶香は笑顔を返した。 皮を落としたゴボウは、見事な笹がきの山となる。 「紗耶香さん。お鍋のお湯、沸きそうかも」 その間に『番』をしていた柚乃(ia0638)が、火にかけた鍋を指差した。 「味噌仕立てと、しょうゆ仕立て。どっちがいいでしょうね」 皆が持ち寄った材料を考えながら、紗耶香は鍋を火から下ろす。 広がる出汁の香りを楽しみながら、紫焔 遊羽(ia1017)は叩いた鳥肉でツミレを作っていた。 用意したタネは、二種類。食感を考え、微塵切りにした生姜とレンコン入りに、豆腐を混ぜた柔らかめのツミレだ。 「いい光景だなぁ」 板間に座った鬼灯 仄(ia1257)は、台所を見物し、紫煙をくゆらせた。 「鬼灯。一服する暇があるなら、手伝え」 咎める声を見やれば、煙管を咥えたまま固まる仄。 「何だ、その鳩が豆鉄砲を食らったような顔は」 縄と藁束を抱え、憮然とした鬼島が拠点の隊士へ顎をしゃくる。 「いや。似合わねぇな、鬼島の旦那」 「黙れ、たわけが。具合が良くない老翁に、冬の支度をさせる気か」 「はぁん、成る程。冬囲いか」 意図を悟った仄は灰吹きに煙管を打ち、土間へ降りた。 ●冬に咲く桜 「冬に花見か。楽しみだぜ♪」 嬉しそうな輝通は、出汁の入った重い土瓶をぶら下げる。 開拓者達はそれぞれ『荷物』を抱え、色鮮やかな紅葉の下を歩いていた。 「でも‥‥桜って、春に咲くんじゃないの?」 桜に馴染みのない胡蝶が怪訝そうに聞けば、紗耶香もまた考え込む。 「あたしも、初めて聞きましたね」 「確かに。興味がわくのじゃ」 「桜といえば、春‥‥。だから、冬の桜でお花見は楽しみ‥‥ね」 ほくほく顔の春金に髪飾りを揺らして柚乃が呟き、何故か胡蝶は小首を傾げた。 「でも紗耶香や春金も、聞いた事がないのよね。本当に桜なの、それ?」 素朴な疑問に、はっと春金が何か思い当たった顔をする。 「胡蝶さんのいう通り。もしや、それは‥‥」 「途中で、棚に上げるなよぅ。気になるだろ?」 気になるのか、言いよどむ春金を輝通が促した。 「むぅ。わしとした事が、嫌な想像をしてしまったのじゃ。冬桜が実は‥‥いや、やはりいかん。忘れるのじゃ、口は災いの元じゃからなっ」 束ねて両肩に垂らした髪を、ぶんぶんと左右に振り。 その様子に、理由を察した輝通がにっと笑った。 「へぇ? もしかして春金、怖‥‥って、いってー!」 抱えた荷物に両手が塞がった春金が、輝通の足をむぎゅると踏んでいる。 「黙るのじゃっ、黙っておくのじゃー!」 「判ったから、踏むなー!」 「やれ。若い者は、元気じゃな」 後ろのやり取りに、開拓者達を案内して歩く小斉老人が笑った。 「でも、よかった」 「どうかしたん、柚乃さん?」 どこかほっとした様子の柚乃に気付いて、綿入を抱えた遊羽が尋ねる。 「お爺さん、風邪気味だって聞いたから‥‥もしかすると、お花見に来ずに一人で庵でお休みかと思ったの。それだと、寂しいなって‥‥」 「うん、そうやね。鍋やから皆で囲んで食べられるし、身体も暖まるし」 少女達の気遣いに、小斉老人は目を細めた。 「優しい嬢ちゃん達じゃな、有難い事よ。ただ、風邪は拾って帰らぬようにな」 「うん、気ぃつけとく。冬に咲く桜‥‥さぞ、綺麗やろうてな」 「春の桜ほど、華やかではないようだがな」 その冬桜が咲く場所では、崎倉 禅が火の用意をしていた。 茜色に囲まれた中、やや背の低い樹に淡い紅色の小さな花が咲いている。 「冬桜、一重咲きなのね」 「本当に、咲いているものなのじゃな」 春の艶やかさはないが、柚乃と春金は感心しきりで。 「こりゃあ、確かに桜だ。本物でよかったなぁ、春金」 「うるさいうるさいのじゃーっ」 からかう輝通に、赤くなった春金はむぃむぃと拳を振り上げて怒った。 「遊んでると、鍋が始まらねぇぞ。これは、こっちでいいか?」 傍らでは、鬼島や仄らが藁や上掛けで包んだ鍋を七輪にのせ、ムシロを敷き。 「‥‥あの子、相変わらず連れ歩いてるのね」 小さめの鍋を置いた胡蝶は、見覚えのある姿をじっと目で追う。 「ああ。気になるか?」 「‥‥別に?」 崎倉が問えば、ジルベリア出身の陰陽師は素っ気なく答えた。 「サラ、覚えてるだろ。理穴の仕事で世話になった、胡蝶だ」 胡蝶と同じ金髪碧眼の少女は、じーっと彼女を見てから崎倉の後ろへ隠れ、様子を窺う様に少し顔を覗かせる。 「も〜ふ〜」 代わりに嬉しそうなもふら様が、彼女の周りをくるくる回った。 「そこ、踏むわよ」 「もふ!?」 見下ろして言い放てば、転がるようにサラの方へ逃げていく。 「邪魔するから、怒られるんだぞ」 面白そうに崎倉が笑い、束ねた金髪を振って胡蝶はそっぽを向いた。 鍋の準備が整えば、一同は輪を作って腰を下ろす。 「宴席に遠慮は無粋。みな気兼ねなく、やってくれ」 そんな小斉老人の音頭で、花見の宴が始まった。 ●絶命鍋次元 「良いか。鍋は大人数向けの手軽な料理と見られがちだが、実は奥深い。入れる具材の順番、機会と場所。それらを見極めずして、鍋を語る事は出来ぬ」 真剣な表情で、鬼島は湯気を吹く土鍋の蓋を取った。 ふわりと、出汁の良い香りがあたりに広がる。 「先ず火の通りにくいもの。次に、出汁の出るもの。鶏肉の皮を気味悪がる者もいるが、笑止千万。皮こそが良い出汁となり‥‥」 「お、豆腐もあるのか。湯豆腐もいいよな」 ぼちゃん。 くつくつ煮える野菜に混じり、ぷかぷかと浮かぶ白い物体。 それをしばし、鬼島は凝視し。 「‥‥鬼灯」 「ああ、鳥を入れるのか?」 鬼島が豆腐をどけた場所へ、今度は鶏肉を投入する仄。 「‥‥どうやら貴様とは一度、話し合わねばならんようだな」 「いやさ、鍋ってのは食いたい時に食い、入れたい時に入れるのが‥‥あ、こっちか」 何を勘違いしたか、仄は別の七輪で温めた小さな鉄鍋から、味噌仕立てのモツ煮込みを器に盛った。 「ほら。風邪気味の爺さんも、精力つけるために食った食った」 小斉老人にも勧める間に、湯気の立つモツを鬼島は口へ放り込む。 「ふむ。酒にはこれが中々‥‥て、違うわーっ!」 「うるさいわよ、貫徹。あとその腕、邪魔」 吼える鬼島の脇から、胡蝶が適度に火の通った鶏肉を拾っていた。 「貴様ら、鍋の何たるかを、全く判っておらーんッ!」 「はい、ネギま焼けましたよ〜」 鬼気迫る鍋空間をよそに、別の七輪では紗耶香が手慣れた風に、串を打った鶏肉を焼く。 「塩も、あるのかな?」 「塩もタレも、両方ありますよ〜」 香ばしい匂いを前に躊躇いがちで柚乃が問えば、にっこり笑って紗耶香はもも肉やむね肉を七輪へ加えた。 「よかった。柚乃、お酒は飲めないから‥‥その分、お料理を沢山」 楽しげに料理をつつきながら、柚乃は焼き鳥の焼き上がりを待つ。 鍋の具材にと鮭、そして焼き鳥も準備した紗耶香は言うまでもなく。 柚乃は人参などの根菜類に薬味を用意し、古酒を引っ掛けながら、モツ鍋を分ける仄は、他に野菜や鍋用の鶏肉も提供した。 更に輝通は、野菜ならば白菜やレンコン、ゴボウなど。魚ならブリに真ダラと、多彩な具材を持参し。 残ったブリかまを使い、酒の肴にと胡蝶は塩焼きを作る。 「言っておくけど私のは紗耶香みたく本職じゃなく、雑学の片手間だから。味は、保証しないわよ」 言いながら出した一品は、酒飲み達になかなか好評だ。 大根とネギに加えて『とっておき』を忍ばせた春金は、程よい頃合をみて箸を伸ばした。 「さて、出来た。鍋の中で溶けたトロットロの餅は、美味いのじゃぞ♪」 溶ける前に春金がすくい上げた餅に、目を輝かせる少女が一人。 「それ、うちももろてええかな?」 「勿論じゃとも」 餅の皿を受け取った遊羽は、湯気を吹いてから口にする。 「ん〜‥‥おいひぃ」 よく伸びる餅を堪能する遊羽に、うんうんと春金は頷いた。 「そうじゃろう? 小斉さんには、ネギ多めじゃな。ネギは風邪に良いのじゃ!」 「皆に気を遣ってもらって、すまんのう」 遊羽が運んだ綿入を膝にかけた小斉老人が、礼を言う。 「だからといって、機会を見て仮病なんぞ使わぬよう、頼みます」 「全くお前は、口が減らんな」 冗談を言う弟子に、小斉老人は文句をつけながら箸を運んだ。 「そや。さらちゃん、隣、ご一緒してもえぇやろか?」 遊羽が小首を傾げれば、少女は崎倉を見上げる。 「ああ、遠慮なく」 代わりに答えた男に軽く会釈し、遊羽はすとんと腰を下ろした。 「さっきもろた春金さんのお餅、美味しかったよ。さらちゃんも食べへん?」 少しづつ箸を動かす様子に聞いてみるものの、相手は顔を上げず。 「冬の桜も、綺麗やね」 「‥‥」 「もふら様、なんぞ食べれるんやろか‥‥」 「もふっ」 試みに色々と話題を変えれば、当のもふら様から返事をされた。 「もしかして、うちお邪魔?」 「いや。本当にダメなら、様子も見ずに逃げる」 「ほぅか。よかった、嫌われてへんで」 崎倉の言葉に、ほっと遊羽は安堵の息をつく。 「子供はとにかく食べなければいかん。しっかり食わんと、でかくならんぞ」 その間にも鍋を仕切る鬼島が、湯気の立つ野菜や魚をサラの器へごっぽりと盛った。 「‥‥」 「貫徹さん、盛り過ぎや」 困った顔のサラに、遊羽が苦笑する。 一方で、大盛りな料理を、育ち盛りな輝通は難なく平らげていた。 「料理人の紗耶香に、鍋奉行の貫徹。やっぱ任せて正解だな」 「他に鍋役人とかも、あるの?」 不思議顔で柚乃が尋ね、ほくほく顔だった輝通は目をぱちくりさせ。 「何だ、その鍋役人て?」 ツクネを口へ放り込んで聞き返せば、柚乃もきょとんとする。 「鬼島さんが、お鍋のお奉行だから」 「それ、違‥‥っ!」 あまりにもあまりな返事に、思わず突っ込む輝通。 「じゃあ、鍋長は?」 「ないない」 「う〜ん、鍋王」 「何でも、鍋をつけりゃあいい訳じゃ‥‥あ、でもオドロオドロシイのはいるな」 面白そうに見やる輝通の視線を、柚乃が辿ると。 そこでは鬼島と仄が、一つの餅を箸で掴んでいた。 奇しくも、同じ『獲物』を狙っていたらしい。 「貴様とはやはり、やり合わねばならんようだな。鬼灯」 「混沌の食卓たる鍋世界で生き残るには、実力行使あるのみだろ。鬼島の旦那」 互いに口の端でニヤリと笑いつつ、鋭く睨みあう二人。 奇しくも、鬼の一字を名に持つ者同士。 衝突する事は、避けられぬ運命(さだめ)だったのかもしれない――。 「いいから箸を引けい、箸をッ!」 「そっちこそ、別のを取ればいいだろっ」 「横から取りおって、何を言うッ!」 「俺が先に目をつけてたんだ!」 「はいはい、やってなさい。ゴボウとツクネ、入れるわね。紗耶香はタラ食べる?」 もめる二人の脇から、容赦なく胡蝶が鍋を突付き。 「同じ食材でも、味付けの数だけ楽しめる。最後にご飯や麺を入れても、美味しいね‥‥」 「はい。そう思って、鍋のシメに手打ちのうどんを用意しましたよ〜」 呟く柚乃に、すかさず紗耶香がうどん玉を取り出した。 ●賑やかに華やかに 小さな花が見守る下で、澄んだ横笛の音が鳴り。 拍を合わせて、伸びやかな声が響いていた。 唄うは遊羽、奏でるは柚乃。 思い描くは、冬咲く桜。 心和ます『興演』に、みな酒や茶を片手に耳を傾け。 楚々とした風情で目を楽しませる、淡い紅を眺める。 調べは笛から、琵琶の深い弦へと変わり。 扇を広げた遊羽は、艶髪を揺らし揺らしつ、袖を振る。 時を忘れる一興を終えた柚乃と遊羽は、ぺこりと頭を下げた。 「お粗末様でした」 「楽しかったね」 「うん、素敵な音色やった。ご一緒してもろて、おおきにな♪」 仲良く二人は笑みを交わし、聞き惚れていた者達は拍手をする。 「‥‥芸事が出来るのは、いいわね」 「そうじゃのう。わしも初めは、金魚で一芸をと思うたのじゃが、流石に‥‥」 嘆息する胡蝶に、温い笑みで春金が言葉を濁した。 「代わりにこれを、披露するかの」 袂から春金はお手玉を取り、ひょいひょいと投げ始める。 一つ二つのそれは、投げる間に三つ四つと増えて。 「サラちゃんにあげるのじゃよ」 最後にまとめて受け止めたそれらを、目で追っていた少女の手の中へぽすんと収めた。 席へ戻った春金へ、ひょいと胡蝶が湯呑みを渡す。 「なんじゃ?」 「梅茶よ。一人分とか、かえって作るのが面倒だからついでに。そこの風邪を撒いてる老体も‥‥養生しときなさい」 「冬に咲く桜の下で、鍋と焼き鳥を食べながらの宴会‥‥少々寒いですが、いい気持ちですね☆」 『一仕事』終えて酒の杯を傾ける紗耶香が、揺れる気配に気が付いた。 少々酒が過ぎたのか、うつらうつらと輝通は舟を漕ぎ。 「あら、風邪を引きますよ〜‥‥」 だが返事はなく、紗耶香は肩へ保温用の上掛けをかける。 「まったくもって、つまらん村だが‥‥成程、酒だけはなかなかのものだからな」 「はは、どんな夢を見てるのやら」 むすとした鬼島の隣で、からから仄が笑い。 見守る桜の代わりに、今年初めての雪片がひとひら舞った。 |