【負炎】残る未練を断ち
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/11/28 22:21



■オープニング本文

●一つの別れ
『緑茂の戦い』における勝利は、理穴の首都『奏生(ソウジョウ)』にも活気を与えていた。
 広がり続ける魔の森との終わりのない戦いに、一条の光が差したような‥‥そんな空気が奏生を賑わせ、ひいては儀弐王にかける期待の大きさが窺い知れる。
 そんな賑々しい奏生の一角で、合戦にて肩を並べた二人が開拓者ギルドへ向かっていた。
「このまま、神楽へ帰られるので?」
「ああ、神楽のボロ長屋にも戻らねば。長く空けていると、ギルドの連中がうるさくてな」
 笑いながら答える崎倉 禅(さきくら・ぜん)だが、弓削乙矢(ゆげ・おとや)は真剣な表情で考え込む。
「開拓者を束ねる、ギルドの存在‥‥此度(こたび)の合戦で、その意味が少し判った気が致しました。理穴でも、あれほど志体持ちが一つの場所に集まった事など、ほとんどないでしょう」
「さぁて、どうだろうな。そんな大層に考える程でもないかもしれんぞ。なぁ、サラ?」
「もふぅ」
 崎倉の横を黙々とついてくる10歳くらいの少女に代わって、小さな藍色のもふらさまが一声鳴いた。
 歩きながらそんな雑事を話すうちに、やがて開拓者ギルドの前へ着く。
「では、世話になったな。また何かの縁があれば。もし神楽か、武天の佐和野へ用向きがあれば、遠慮なく‥‥といっても、俺は不在の方が多いかもしれんが」
「こちらこそ、崎倉殿。道中、お気をつけて。佐和野の方々にも、よろしくお伝え下さい」
 別れを告げるサムライへ、袴へ手を置いた乙矢は丁寧に頭を下げ。
 その肩を、ぽんと軽く叩かれた。
「肩の力の入れ過ぎには、注意してな。歳喰うと、肩こりも結構しつこいぞ?」
 からからと笑いながら、崎倉はサラやもふらさまを伴い、ギルドの中へ入っていく。
 雑踏の中、見送った乙矢は大きく息を吐き、ずっと弓の弦のように張っていた緊張の糸を解いた。

   ○

 久し振りに帰った弓削の家は人気もなくて寒々しく、無駄に広く感じられた。
 人を入れて掃除を頼んでいるため、埃などはない。
 だが人が住んでいる訳ではなく、家自体が持つ『呼吸』のようなものが感じられない。
 だから乙矢は家の工房よりも、森の小さな村にある庵で弓を作ってきた。
 一番奥の座敷には、上座に弓立てが置かれている。
 そこには家に代々継がれた物や、亡父が作った品でも逸品と呼べる弓が数本、弦を外して飾られていた。
 弓立ての右端と真ん中辺りには、不自然ともいえる空間があり。
 前に立った乙矢は、右端の枠を指でなぞる。
 ――もし弓師になったなら、ここにはお前が作った最初の弓を飾ろうか。
 幼い頃、弓師の修行をしたいと明かせば、父はそう言って笑った。
 だがある冬の寒い日、この家に物取りの賊が押し入ったのだ。
 弓師だった父は皮肉にも射殺され、母と兄の甲矢は斬り殺され。
 甲矢の手によって、工房に並んだ竹材の奥へ隠された乙矢だけが、難を逃れた。
 その時に盗まれたのが、真ん中に飾られていた三本の弓。
 いずれも宝珠を使った特別な弓で、弓削の家に先祖代々伝わってきたものだ。
 当然、賊の捜索が行われたが結局捕まらず、弓も返ってくる事はなかった。
 いつか必ず、三本の弓を取り戻す。
 それが弓削乙矢にとっての、『仇討ち』だった。
 しかし弓に至る手掛かりは、ほとんどなく。
 同業者や弓師でもある彼女の耳に入らないなら、おそらくはとうに理穴から持ち出されたのだろう。
 欠けた弓立ての空間を、じっと乙矢は見つめる。
「天儀は広い‥‥私には、広過ぎる。だけど」
 その日は寝床に入っても、『開拓者』という言葉がざわざわと彼女の心を騒がせていた。

●大船原、アヤカシ討伐
 合戦が終わったばかりとあって、奏生の開拓者ギルドにも神楽のギルドと同じ緑茂の里に関わる内容の依頼が張り出されていた。
 それらを一通り見つめた乙矢は、おもむろにギルドの受付係へ歩み寄る。
「私からも、依頼を出していいですか? 未だ、大船原には多くのアヤカシが残ると聞くので、里人の不安を拭うためにも討伐をお願いしたいのですが」
「いいですよ。喜んで、依頼をお受けします」
 笑顔で答えた受付係は仔細を書き留めるべく、筆に墨を染み込ませた。
「その際、一つ頼みがあるのですが。私を、討伐に同行させて下さい。及ばずながら志体持ちですので、己の身程度は守る事が出来るかと」
「でも、危険は危険ですよ。怪我をされる可能性もありますし、最悪の場合は命に関わる事もあります」
「それは、私がそこまでという事ですから、構いません」
 気遣う受付係の言葉に、ぎゅっと乙矢はこぶしを握る。
 選び、進もうとしている道が、己の思う道に通じているかどうかを確かめるために。
「私はこの目で見て、聞いて、知りたいのです‥‥開拓者というものが、如何様(いかよう)なものかを」


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
中原 鯉乃助(ia0420
24歳・男・泰
那木 照日(ia0623
16歳・男・サ
天目 飛鳥(ia1211
24歳・男・サ
錐丸(ia2150
21歳・男・志
炎鷲(ia6468
18歳・男・志
只木 岑(ia6834
19歳・男・弓
寒月(ia8175
13歳・女・弓


■リプレイ本文

●そうである者と、ない者
 大アヤカシ『炎羅』率いるアヤカシの大軍との合戦場となった、緑茂の里。
 その破壊の跡も、里人や開拓者達の手により、日々建て直しの作業が進められている。
「あの合戦から、半月と少し‥‥か。こうして少しずつでも復興作業が行われているのを見ると、どこか感慨深いものがあるな」
 作業に勤しむ人々の邪魔をせぬよう、離れた場所から羅喉丸(ia0347)は戦場の跡を眺めていた。
「はい。それでも未だに多くのアヤカシが居るのは、いただけませんね‥‥」
 それ故に刀を取り、この依頼へ加わった炎鷲(ia6468)が、大船原の方向へ目をやる。
 里の復興は、時間と人の手をかければ、いずれは形となるだろう。だがアヤカシばかりは里人の手に負えず、逆に人々が襲われる可能性が高い。
 後に残る憂いの芽を少しでも減らす為に、炎鷲はこの場へ来ていた。
 依頼人の弓削乙矢は僅かな間も里人に頼まれ、彼らの弓へ出来る限りの手入れをしている。
「職人、なんだな」
 真剣な表情と手つきに、自身と通じるものを見い出したのか。天目 飛鳥(ia1211)は腕組みをして、乙矢の『仕事ぷり』を見守っていた。
「弓削家は、理穴でも名のある古い弓師、そして矢師の氏族だそうですから」
「弓と矢、両方の職人か」
 理穴が故郷である只木 岑(ia6834)が記憶を辿れば、興味深そうに飛鳥が聞き返す。
「はい、確か。かなり前に、家族から少し聞いた程度ですが」
「いや。あの様子なら、頷ける」
 申し訳なさそうな岑に、飛鳥は再び乙矢の仕事ぶりを眺めた。
「あ‥‥皆さん、もう集まっていたんですね。遅れて、すみません」
「いいや、遅れてねぇ。単に、早めに顔ぶれが揃っただけだ」
 彼らの姿を見つけ、慌てて駆け寄ってきた那木 照日(ia0623)に、中原 鯉乃助(ia0420)がひらひら手を振る。
「そうなんですか。よかった」
 ほっと安心した表情で胸を撫で下ろした照日は襟元を整え、着物の乱れを正した。
「すみません、お待たせしました」
 開拓者達が揃った事に気付き、里人と別れた乙矢が彼らの元へやってくる。
「気にするな。話は、終わったのか?」
「はい。お願いしたのはこちらなのに、申し訳ありません」
 恐縮する乙矢に、鯉乃助は苦笑して髪を掻いた。
「だから、気にするなって。里の者が身を守る武器を見るのも、大事な復興の手伝いだ」
「すみません‥‥あ、いえ。ありがとうございます」
 また謝罪を口にしかけた乙矢は、急いで言葉を変える。
「改めてアヤカシ討伐の方、よろしくお願い致します」
「出来る限り、多くのアヤカシの討伐とは、分かり易くて良いですね」
 最年少ながら、寒月(ia8175)は頼もしく笑んで、一礼する。
 ちょうど合戦が最終局面となった頃に開拓者となり、合戦そのものには加わっていないが。
「合戦に参加出来なかった分、今回は思い切り戦わせていただく心積もりです」
 力強い瞳と意気込みは、他の開拓者達のそれと同じであった。
「じゃあ、行くか。薬草や包帯は用意したが、あまり無茶はするなよ」
 拳と掌を打合せ、気合を入れた羅喉丸が念を押す。
「ボクも少しですが、持ってきました。必要なら、遠慮なく使って下さい」
「備えがあれば、心強いものですよ」
 申し出る岑に、やはり準備を整えてきた炎鷲が頷いた。
 揃った顔ぶれに、巫女や陰陽師はいない。万が一にも深手を負えば、面倒な事になるだろう。
「アヤカシを全滅させられりゃ言う事ねぇんだが、ま、難しいだろうしな」
 腕を袖に入れるように組んで鯉乃助は低く唸り、飛鳥も考え込んだ。
「明確な討伐目標の個体が示されている訳ではない分、終わりも見え辛い」
「すみません。厄介なお願いをしたばかりに‥‥」
 何度目かの謝罪をする乙矢の肩を、鯉乃助は軽くぽんと叩く。
「そんな、何度も謝るんじゃあねぇよ。こっちもそれを承知して、依頼を受けてんだ」
「ああ。その為の方策も、考えてきたしな。腕が試されてる‥‥とでも考えれば、いい」
 羅喉丸らの会話には懸念はあっても、不安など微塵も感じさせず。
 慣れぬ乙矢はただ、呆気に取られていた。

 大船原へと向かう姿を目にした里の人々は頭を下げ、託す目で後姿を見送る。
 一行の上には秋晴れの澄んだ空が、高く清々しく広がっていた。

●緑なる海原での戦
 振り返りざまに飛手をはめた拳を握り、打ち払う。
 鈍く伝わるのは、骨を砕く感覚。
 それでもなお、動きを止めぬ骨のアヤカシは刃のこぼれた刀を振り上げて。
「大人しく、朽ちてやがれっ!」
 ボロボロの鎧へ、鯉乃助は逆の拳を叩き込んだ。
 身軽さを活かす為にも、やや距離を置いて泰拳士達は拳を振るい、蹴りを放ち。
 その戦いは、一種の舞踏を思わせる。
 だが、鮮やかな体捌き(たいさばき)を魅入る暇など、微塵もなかった。
「こっちは任せろ!」
 剣狼の刃を叩き砕きながら、羅喉丸が注意を飛ばす
「判りました‥‥!」
 珠刀「阿見」と刀を握った照日が、迫るアヤカシをきっと見据えた。
 昼なお、群れを成して徘徊するアヤカシは、獲物と見るや牙を剥き、刃を振りかざして襲ってくる。
 飛び掛る剣狼の肩へ、風を切った矢が次々と突き刺さり。
 落ちて転がり、剥き出しになった腹へ、両手でしっかと握った珠刀「阿見」を飛鳥が打ち下ろした。
 もがく爪が珠刀を持つ腕を裂こうと引っかくが、それも丈夫な篭手に阻まれる。
「伊達に、己の流儀を曲げてまで、こんな重い鎧を着てはいない‥‥っ」
 足掻くアヤカシに、とどめとなる一刀を、下した。
 散っていく骸(むくろ)から刀を引き、息を吐く。
 その僅かな緩みに、うるさく鎧を鳴らして槍を抱えた亡鎧が猛進し。
 眼前へ、影が一つ、割り込んだ。
「手出しはさせません!」
 曇りのない白刃が、一閃して得物を弾き飛ばし。
 それでも亡鎧は足を止めず、骨の指を炎鷲へ伸ばす。
 掴みかかろうとする妄執を、素早く脇へ体をずらして彼は避け。
「隙ありだ!」
 たたらを踏んでバランスを崩したところへ、入れ替わりで羅喉丸が叩き伏せる。
 息つく暇もなく、刃と拳を振るい。
 群れの最後の一体へ、照日が阿見を突き立てた。
 叫びを上げる事なくアヤカシは黒い塊と貸し、地へ落ちて消え失せる。
「これで、全部‥‥みたいですね」
 それでも短弓を引き絞って警戒していた寒月が、ようやく弦を緩め。
「ええ。伏兵なども、いないようです」
 岑もまた、理穴弓を下ろした。

「このまま、少し休むか?」
 慣れぬ重い鎧に軽く肩を回しながら、飛鳥が提案し。
「そうですね‥‥皆さん、お怪我はありませんか」
 気遣う照日に誰もが笑みを返し、あるいは頷く。
 一行は岑と寒月、そして乙矢達、弓術士三人を中心に据え、囲んで守るように陣を組んでいた。
 サムライの照日が、咆哮を使って出来る限りアヤカシを引き付け。
 引き付けきらぬ敵は、飛鳥と炎鷲が相手をする。
 そして羅喉丸と鯉乃助はそれぞれの脇を固め、守りの薄い箇所を補っていた。
 最初に見つけた剣狼と亡鎧の一団は、大した怪我もなく退け、討伐行は順調な滑り出し‥‥と、いったところだろう。
「鬼面鳥、いませんでしたしね。飛び回るあれらは、厄介です」
「そこは、弓術士の腕に期待するさ」
 静かに刀を鞘へ納めた炎鷲に答えて、羅喉丸は理穴出身の三人を見やった。
「ええ。皆様にばかり、いいところは持っていかせませんから」
「頼りにしています」
 まだまだ物足りなさげな寒月へ、緩やかに炎鷲が首を縦に振る。
「いざとなれば、鳥足を掴んで引き摺り下ろしてやるけどな」
 からからと鯉乃助が笑えば、岑もつられて小さく笑った。
「なんだか、あながち冗談でもないというか‥‥出来そうですよね。鯉乃助さんなら」
「全くです」
 すかさず、真剣な表情で照日が首肯する。
 そんな交わされる軽口めいた会話を、乙矢はただ聞いていた。
「あの‥‥大丈夫、です?」
 その様子に気付いた照日が声をかければ、困ったような笑みが返ってくる。
「いえ。開拓者の方々は、本当にお強いですね。したたかと言うか、しなやかと言うか」
「そう、ですか? 確かに、個々の縁(えにし)や事情は‥‥それぞれ、あるでしょうけど。でも、特別にどうこうという訳でもなく‥‥皆、『普通』だと思いますよ」
 乙矢の感想に、ほんわりと照日は柔らかな笑顔を浮かべた。

「鬼面鳥の群れです!」
 乱戦の中でも油断なく目を配っていた寒月が、厄介なアヤカシの出現を告げた。
 一行は既に出くわした剣狼の大きな群れと戦っており、すぐに迎え討つ事は出来ない。
「あれが近付く前に、出来るだけ力を削がねばならないのですね」
「ええ、そうです」
 射程の長い理穴弓を携えた岑は乙矢へ答え、矢を番えた。
「こちらの短弓が届く距離に来るまで、私は照日さん達の援護をしていますね」
「はい、お願いします」
 緊張気味の乙矢に反して寒月は笑顔を絶やさず、状況を判断しながら矢継ぎ早の腕をみせる。
 ピィンッと、鋭く弦が鳴り。
 そのたびに、ギャッと叫び声があがった。
 だが狙いを定めても矢は必ず翼を射る訳ではなく、手数で補う必要がある。
 六匹ほどの群れで現れたうちの、三つ四つばかりを射落として。
「来ます、気をつけて!」
 寒月が警告を重ねながら、頭上を飛び越えた鬼面鳥へ更に矢を放つ。
 距離を詰められては、長い理穴弓は扱うのに不利だが。
 嘲笑う様な鬼面鳥の女の顔へ、乙矢は鞭の如く弓そのものを振るい、強く打ち据えた。
 傷を負わせるものではないが、しなる竹の勢いに鬼面鳥は面食らって怯み。
 よたよたと飛ぶ翼を、炎鷲がひと息で断ち落とす。
「飛び回ってる分は、何とかしました。そちらは大丈夫ですか!?」
「ああ。数が多いってのも、面倒だがな!」
 声をかける寒月に、拳を振るって剣狼の刃を砕きながら羅喉丸が応じた。
 倒れる都度、アヤカシの骸は消滅して消える為、それで足を取られる事はない。
 しかし目に見えぬ成果は、まるで無限に敵が現れ続け、戦い続けている錯覚すら覚えさせる。
「一度、引くか?」
「いえ、危険です。剣狼は足が速い」
「だな。後ろを取られちゃあ、厄介だ」
 背合わせに炎鷲と鯉乃助が言葉を交わし、飛び掛る牙に立ち位置を変えた。
 刃にまとう『炎魂縛武』の炎が、暮れ始めた野の原を赤々と照らし。
 舞う炎に照らされて、疾風の如く影が駆け抜け、拳がアヤカシを穿つ。
「弓術士の方々には、触れさせません!」
 珠刀と刀の刀身を交差させ、『十字組受』で剣狼の刃を受け止めた照日は。
「いきます‥‥肆連撃・爻(シャオ)‥‥ッ!」
 守りの二刀から、素早く攻めの斬撃を放った。
『弐連撃』に切り裂かれた剣狼は、もんどりうちながら黒い澱みの塊と化して、霧散し。
 射落とされて這い逃げる鬼面鳥を、羅喉丸が追撃する。
「‥‥戦いが終わってからが、本当の戦いか」
 やっと静寂が戻った暗い大船原を見回し、彼は低くつぶやいた。

●束の間の休息に
 焚き火を囲む者達は、自身や仲間の傷を手当てをし、簡単な食事を腹に入れていた。
 小さなものから大きな集団までアヤカシの群れを三つか四つほど見つけ、倒せるものなら討伐する。特に先の大きな剣狼の群れとの戦いは消耗が激しく、薬草や包帯の残りも心許(こころもと)なかった。
「戻る頃合ですね。このまま夜明かしも、危険です」
 闇に浮かび上がる黒い森の影を、炎鷲が見やる。
「この勢いで、運船の森のアヤカシも一掃したいが‥‥きついか」
「何事も、引き際が肝心ですから」
 残念そうな羅喉丸に、小さく照日が微笑んだ。

「そうか‥‥あの時の蟇目鏑は、弓削の作だったか」
 焚き火から少し離れて腰を下ろした飛鳥は、弓の具合をみる乙矢をしげしげと見やった。
「よもや天目殿が、崎倉殿とお知り合いとは。縁とは、不思議なものですね」
 始終緊張していた乙矢が、ようやく口元に笑みを浮かべる。
「全くだ。そういえば今回の『依頼』、開拓者に興味があっての同行と聞いたが。何か、聞きたい事でもあったのか?」
 回りくどい表現も思いつかず、単刀直入に飛鳥が問えば、乙矢は弓を置いて顔を上げた。
「開拓者の有り様を知りたいと、思ったのです。各々に『しがらみ』はありましょうけど、私には頚木(くびき)から放たれた自由な身に思えまして」
「そうだな。開拓者となる事情やきっかけなどは、人それぞれだろう。俺は『実践の中でこそ、俺の求める刀の姿が見えてくると思ったからだ』がな」
 自身も刀鍛冶という職人の家に生まれた飛鳥は、腰の刀へ視線を落とす。
「だが発端がどうであれ、開拓者暮らしってのは、そう悪いもんじゃねぇぜ。宮仕えと違って仕事が選べるし、その仕事だって今回みてぇな危ねぇのから、ちょっとした手伝いまで色々あるしな」
 胡坐を組み、話を聞いていた鯉乃助が、炎越しに白い歯をみせて笑った。
「ボクは‥‥その力があるなら、相応の事をする責任もあるんじゃないかなと思ったから、かな。開拓者になったばかりでまだ強くないし、皆さんみたいに前線で戦える訳でもないけど、前線の人が少しでも戦いやすいよう、精一杯の助力は惜しみたくないです。その結果が、家族とか、皆が平穏に暮らせる事に繋がれば」
 どこか懐かしそうな岑の言葉に、乙矢は目を細める。
「只木殿は、家族の為にも起たれているのですね」
「あの‥‥耳にした事はあってもよく知らないのですが、ずっと前にあった『弓削家襲撃』は‥‥」
 何故か寂しげにみえた同郷の弓師へ、引っかかっていた言葉を岑が尋ねれば、乙矢は目を伏せた。
「ええ、我が家に起きた事です。私が寒月殿と同じ歳か、もう少し幼い頃に」
 見守り、真剣に向き合う開拓者達の眼差しに、乙矢は少し迷ってから続ける。
 賊によって失った家族と、盗まれた『家宝』。
 その手がかりを得る為の、『開拓者という手段』の選択を。
 じっと話を聞いていた照日は、深く目を閉じてから、橙の瞳で真っ直ぐ乙矢を見つめた。
「もし何か‥‥困った事があれば‥‥都外れにある屋敷を、訪ねてみて下さい」
 盗まれた家宝を探す協力を惜しまぬ事を約束すれば、目に見えて彼女は戸惑う。
「見も知らぬ、他人の様な者の事だというのに?」
「でも、こうしてお知り合いになれました。けれど‥‥もしかして、ご迷惑だったとか」
 焦って「あわわ」と袖で口元を隠す照日に、微笑んだ乙矢は束ねた長い髪を緩く左右に揺らした。

「では、戻りましょうか」
 話に一区切りがついたところで、炎鷲が立ち上がる。
「帰路にも、アヤカシと出くわすかもしれません」
「その時は、ついでに片付けるだけだがな」
「そうですけどね」
 火の始末をしながらの軽い会話の中、弓を取る乙矢へ岑は駆け寄り。
「乙矢さん。戻ったら‥‥神楽にこられた時には、弓の調整をお願いしていいですか?」
 思い切った弓術士からの依頼に、どこか晴れた表情の弓矢師は「判りました」と快諾した。