求む、我慢の人と柔い人
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/11/25 22:30



■オープニング本文

●翼一枚、隔てた下
 ぶぅぅ‥‥ん、と。
 低く唸るような振動が、雑然とした作業小屋を振るわせた。
 壁に立てかけた竹ひごや、紙を張った骨組みが揺れて、カタカタと音を立てる。
「ふぅむ、出力バランスは申し分ない。これは良い宝珠だね」
「でもさ、先生。良い宝珠って事は高いんだろ? せっかく、開拓者の人達に運んでもらったモノ、いつぞやみたいに推進部だけフッ飛んでいかなきゃいいけど」
 宝珠が巻き起こす風の真ん中で満足げなライナルト・フリューゲを、助手の少年が怪訝そうに見上げた。
「はっはっ。新しいモノを作り出す行為は、絶え間ないトライ&エラーの積み重ねによるのだよ」
「ふぅん‥‥とーちゃんとかーちゃんが、子供作るようなモンか」
 べふーっ!!
「な、なん、なななななななー!?」
 思い切り吹き出し、ひっくり返りそうになるライナルトの狼狽っぷりに、平然とした俊太が口を尖らせる。
「‥‥ナンで、先生が赤くなって慌てんのさ」
「いや、気にしないっ。そーこーはー深ーく、問うなー!」
 ひょへひょへ笑って誤魔化しながら推進部の起動を止め、風でくしゃくしゃになった髪のまま、ライナルトはよれよれと小屋を出た。
 小屋のある場所、険しい山の中でも比較的なだらかな斜面には、牛や羊と一緒にもふらさま達が『放牧』されている。
 試作滑空機の試験場を兼ねた、牧草地。その先にある谷から吹き上げる風の冷たさに、変わりない風景にも近付く冬の足音が感じられた。
 あと半月もしないうちに山間の村にも雪が降り、一面の銀世界になるだろう。
「問題は、コスト面かなぁ‥‥安定した出力を得るには、相応の宝珠が必要となるし。ランクの低い宝珠でも、粒を数を揃えれば安定するかもしれないが‥‥」
 考えながら、斜面の真ん中にしゃがみこむライナルト。
 谷の先には深い森が見え、森の先はまた別の山の斜面が切り立っている。
 向こう側の斜面にも、ライナルトが世話になっている村と変わらぬ小村があった。そこへ行くには森を抜けるか、山肌に沿って森を迂回して回るより、森の上を飛んでいった方が遥かに早い。
 だが冬になれば、強い山嵐が山間を吹く事もあり、グライダー乗りの危険は増す。
「グライダーも一人乗りだけでなく、二人乗りが出来ると、更にいろいろと楽になるんだろうけど。どーにも、出力がなぁ」
 先の開拓者の協力によって得た結果から、試作滑空機は更なる改良を重ねている途上だった。
 だが機能を欲張れば、実にキリがない。
 乗員の重量によって変わる飛距離に、操縦技術。機体へかかる負荷。安定した離着陸が繰り返し行える、耐久性と持続性。そして、乗員の安全確保。
「そろそろまたテストをして、現行機体でのデータを取って‥‥」
 呟くライナルトの上を、不意に影が通り過ぎた。
 顔を上げれば、一機の古いグライダーが大空を横切っていく。
 耐用年数も計算に入れねばなどと考えながら、遠ざかる飛影を見送っていると。
 不自然に、機体が上下へブレた。

「助手君、助手くーんっ!」
 ただならぬ声に、真ん丸い宝珠を覗き込んでいた少年は顔を上げる。
 素性のよく判らない彼の『先生』が騒々しいのは、毎度の事だが。
「ナンだよ、先生! アワでも喰ったみたいに、慌てて」
 扉を開けて外へ出ると、斜面の真ん中で膝をついた青年は谷の方向へ手を伸ばし、何かを測っていた。
「先生ー?」
「村長さんに、伝えてくれないか。下の森に、グライダーが落ちた!」
「マジッ!?」
「我が嘘をつく理由があるかっ。疑う前に足を動かせ、我が賢明なる助手君!」
 少年が急いで踵を返すのを見て、ライナルトは伸ばした手の先に視線を戻し、片目を瞑る。
「距離に風向き、風速‥‥それに、宝珠の出力と‥‥」
 ざっと頭の中で計算すると立ち上がり、そのまま斜面を駆け出す。
 その様子に遊んでいるのかと思ったのか、群れの中から一匹のもふらさまが転がるように後をついてきた。
「ほほぅ、勇士なもふら君だな。ぜひとも協力してもらえれば有難いが、来るかね?」
「もふっ!」
「うむうむ、それは頼もしい」
 意思疎通が出来ているのかはさて置き、一人の青年と一匹のもふらさまは、そのまま谷の先へ向けて走って行った。

   ○

「先生、村長に知らせてきたよ! すぐ落ちた場所を探して、助けが出せるか検討するって‥‥」
 村長に急を知らせた俊太が小屋へ戻ってくると、そこに『先生』はいなかった。
「‥‥先生?」
 あまり小屋から離れる事はないのだが、周りを探しても大声で呼んでも、姿を現わす事なく。
「せんせーっ!」
 奇妙な不安を覚えた俊太は、村に牧草地、それからとにかく『先生』が行きそうな場所全部を必死に探し回ってみたが、やはり見つけることは出来ず。
「先生‥‥どこ行ったんだよぉ‥‥」
 最後に作業小屋へ戻ってくると、試作滑空機を前にぺたんと座り込み、途方に暮れる。

 結局ライナルトはそのまま一晩、帰ってこなかった。


■参加者一覧
星鈴(ia0087
18歳・女・志
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
蘭 志狼(ia0805
29歳・男・サ
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
八嶋 双伍(ia2195
23歳・男・陰
劉 厳靖(ia2423
33歳・男・志
黒森 琉慎(ia5651
18歳・男・シ
トゥエンティ(ia7971
12歳・女・サ


■リプレイ本文

●冬近い山で
 山の斜面には大きな作業小屋があり、もふら様や家畜達が草を食み、風景に全く馴染まない軌条が敷かれている。
「変わらんな」
 暑い盛りの記憶と照らす蘭 志狼(ia0805)が、しみじみ呟いた。
「以前はひどい目に‥‥いや、貴重な経験をさせて貰った」
「ふぅん?」
 表情の浮かないサムライを、怪訝そうに胡蝶(ia1199)が見上げる。
「そういえば、初めて会った時より随分と腕を上げたみたいね」
「む。そうか? しかし‥‥判らん」
「何が?」
 真剣な表情で考え込む志狼へ、問いかければ。
「何故、女はこうも体重に拘るのか」
「‥‥そうね。あの体型で悩まれたら、こっちの立場が無いでしょうが」
 明後日の方向へと視線を泳がせ、彼女もまた微妙な顔でぼそりと呟く。
「それにしても、グライダー‥‥ねぇ」
 髪をかき上げ、話題を変えた胡蝶は見慣れぬ軌条へ目を向けた。
「試作機か。もふら様のお陰で、怪我をせずに済んだのだったな」
 思い返していた志狼だが、不意に斜面を下り始め。
 訝しげに広い背中を見送る胡蝶は、小屋へ戻る。
「滑空機とは、また面白そうなものを。試作の様ですが、あれで空を飛んだら気持ちがよさそうですね‥‥」
 興味深げに八嶋 双伍(ia2195)が観察し、黒森 琉慎(ia5651)もやはり様子を窺っていた。
「乗るのはちょっと遠慮したいけど、後学の為に一度は飛ぶところも見てみたいね」
「琉慎! 今の間に、コレを預けておいていいか?」
 名を呼ばれて琉慎が振り返れば、小柄なトゥエンティ(ia7971)が自分の身長よりも遥かに長い長柄斧を、ぐぃと突き出す。
「うん、任された。けど危ないから、刃をこっちに向けない‥‥」
「ああっ、すまぬ‥‥何分にも我輩、空を飛ぶのは初めてである故!」
「緊張、してるんだ」
 苦笑しながら琉慎が槍を預かれば、はっとトゥエンティは彼を凝視した。
「緊張しているが、だからといって役は譲らんぞ!」
「乗らないし、僕が乗ったら落ちるから。たぶん」
「そ、そうか」
 ほっとして、橙色の少女は一つ息を吐く。
「あ、でも‥‥」
「もしかして、やはり!?」
「いや、違うよ。飛ぶのはどんな感じか、後で教えてね」
 琉慎の頼みに、トゥエンティは力いっぱい頷いた。
「承知した。楽しみにしているがよい!」
「それで、何とかなるの?」
 うずうずしながら鴇ノ宮 風葉(ia0799)が尋ねれば、ライナルト・フリューゲの『助手』は機体の下から顔を出す。
「何とかするよ。俺のせいで落ちたら、先生に顔向けできねぇし」
「そっか」
 手伝う訳にもいかず、風葉は落ち着きなく小屋をぐるぐる歩き。
「ほな、今のうちに笛の合図を確認しとかへん?」
 そんな風葉の様子に、星鈴(ia0087)が提案した。
「ああ、そうだな‥‥っと、蘭はドコ行った?」
 今更ながらに、きょろきょろと劉 厳靖(ia2423)が辺りを見回す。
「志狼なら、あっちへ行ったわ。さすがに『先生』とやらみたく、一人で消えたりはしないでしょうけど」
「それはどうだか‥‥と、噂をすれば、戻ってきたようだ」
 彼女を跳び越して後ろを見やる厳靖に振り返れば、首を捻りつつ志狼が戻ってきた。
「どうかしたか?」
「もふら様へ先日の礼に言いに行ったのだが、数が足らん」
「‥‥は?」
 先の話を聞いていない厳靖は、当然の如く奇妙な表情で聞き返す。
「試作滑空機の準備が終わったら、最後に先生を見た時の事を教えてくれないか?」
「判った」
 答える少年は手を休めず、真剣に作業を続けていた。

●いざ出立
 翼を持つ物体が現れると、風葉は黒い瞳を輝かせる。
「くぅぅっ! 大空への自由な翼、わくわくしてきたわねっ!」
「我輩、空を飛ぶのは初めてである! 鳥みたいに羽ばたくであるか? 羽ばたくであるか!?」
「翼は動かないよ。風の流れを掴んで、スーッと滑る感じ?」
「つまり、あんな風ね!」
 助手の説明を聞くトゥエンティへ、風葉は上を指差した。
 翼を広げた一匹の鳶が、青い空を飛んで行く。
「ここでいいか? 全く、人使いの荒い坊主だ」
 話の間に、志狼や双伍と試作滑空機を軌条へ運んだ厳靖が声をあげた。
 それが終われば、地上を行く者達は一足先に出発する。
 その前に、胡蝶と志狼は気がかりを確かめていた。
「確か、この辺で‥‥先生の背がこれくらいで」
 記憶を辿る助手は腰を曲げ、真っ直ぐ手を伸ばす。
 少年の後ろから二人が肩越しに指の先を見やれば、先は広がる森だった。
「この方向と、人となりから察するに‥‥」
「む。二次遭難だな、間違いない」
「ええ、間違いなさそうね。まったく」
 きっぱと志狼が断言し、異論もなく胡蝶は嘆息する。
「落ちた人も心配だけど、先生、見つかるかな」
 不安げな少年の髪を、ぐしゃぐしゃと志狼が混ぜた。
「確か俊太、だったか。案ずるな。もしかすると、もふら様が一緒かもしれん」
「っと、忘れてた。ほらよ、大法螺吹き」
 厳靖から大法螺貝を受け取りながら、志狼はむぅと眉根を寄せる。
「誰が、法螺吹きだ」
「はっはっは、ちょっとした間違いだ。うむ、よく似合ってる。試しに吹いてみろ」
 冗談半分で促した厳靖だが、躊躇なく志狼は吹き口を咥え。
 野太い音が、斜面へ響いた。

 地上組が発つと、残った少女二人も最後の準備に入る。
 操作法と注意を聞きながら、風葉がベルトで身体を固定し。
 頭に乗っけた小さな南瓜王冠をトゥエンティは手に取り、意を決したように俊太へ押し付けた。
「落とすといけないから、預けておく!」
「あ、うん。判った」
「さぁて、いよいよ飛ぶわよ‥‥ん?」
 気合を入れる風葉は物言いたげな視線に気づき、べしっと少年の頭を叩く。
「いてっ」
「捜索でしょ。だーいじょうぶ、ちゃんと分かってるって!」
「だと、いいけどさ」
 微妙に不安そうながら、俊太は推進部を起動した。
「出来れば、ここに戻ってきてよ!」
 注意を投げてから、歯止めのレバーを倒す。
 軌条を滑る滑空機は、ぐんぐん加速し。
「行くわよーっ!」
「行くのだーっ!」
 風に煽られながら風葉がレバーを握り、金髪を風に翻してトゥエンティも声を上げた。
 足の下の振動が失せれば、試作滑空機は地面から離れる。
 そのまま遠ざかる機影を、一人残った少年はいつまでも見送っていた。

●谷あいの森
 谷にある森は、昼なお暗い。
 木々は短い日照を補う様に大きく枝を広げ、地上への光を遮っていた。
 朽ちた倒木を迂回し、突き出た岩場の影を覗き、星鈴は注意を払う。
「あんま人がはいらへん言う場所やし、行方不明ん人が歩いたりしたら、すぐ不自然になって痕跡が残るやろな」
「そうだな。しかし可愛い嬢ちゃんと一緒ったぁ、嬉しいねぇ。よろしく頼むぜ? 嬢ちゃん達」
「そうそう、怪我する前に言っておくわ。私の符は、高いわよ」
 にんまりと笑う厳靖を、肩越しに胡蝶が一瞥(いちべつ)した。
 相手には見えないが、少女達の後ろを歩く厳靖は肩を竦める。
「気をつけるとすっか。面倒なこったが、まぁ、なんとかならぁ」
「のん気やなぁ」
 苦笑する星鈴は時おり足を止め、木の幹に小さな傷を付けていた。
 戻るにしても、迷うにしても、来た道さえ判れば後は何とかなる。
「道しるべとは、気が利くなぁ」
「感心しとらんと、はよぅ行くで」
 歩きやすい場所を選びながら、三人は起伏のある道なき道を急いだ。

 例え早駆の技を使っても、常に全力で駆け続けても‥‥いや、全力でなら尚更。
 山道を一里(約4km)も行かぬうちに、琉慎は息を切らしていた。
 薄暗い森ではあるが、暗視の技を用いれば一時的に難はしのげる。
 怪しげな気配があれば、抜足の技で気取られぬように距離をおく事も出来るだろう。
 だが、木葉隠は使えない‥‥今は。
「準備を違えるとか、ね」
 溜め息混じりに琉慎は言葉を落とし、苦笑した。
 樹の根元へ腰を落とし、気配を殺して呼吸を整える。
 空は重なった枝葉に遮られて遠く、仲間は後ろへ置いてきた。
 連絡手段の笛も、ない。
 小柄な少女から預かった長柄斧は重いが、これを手放す事だけは、絶対に出来ない。
「いやぁ、流石に一人では辛いものがあるねぇ」
 意地を張るように、あえて明るく、口に出してみる。
 仲間を探すか待つか、単身で更に進むか。
 迷った時間は、僅かだった。

 両足を前後に開き、踏ん張る。
 重心の移動で方向を調整する意味もあるが、何より身体に直接吹き付ける風が強いのだ。
 ――あの森の上は、谷のせいか変に風が吹き溜まるんだ。風が変わったら無理に乗り越えず、流れに合わせて。
 半分忘れかけていた注意を思い出し、腰を落として風上へ機首を向ける。
(「コレを落としたら、きっとアイツに笑われるね。アイツはあの子を、落とさなかったんだから‥‥ッ!」)
 そんな意地が、知らずと風葉の感覚を鋭くさせていた。
「風葉あれ、あれ!」
 重心を安定させる為、後ろで座り込むようにして地上を窺うトゥエンティが呼んだ。
「アレって言われても、アタシ見えないからっ」
「あ、と、そうであった。木に、何か落ちてるぞ!」
「近くに人影は?」
「枝葉が邪魔で、そこまで見えぬ!」
「誰が邪魔よ!」
「カザハではない、エ・ダ・ハ!」
 言い合う間にも、トゥエンティが見つけた物体は後ろへ遠ざかる。
「皆に知らせるから、出来るだけ森へ近寄って今の場所を飛ぶのだ!」
「簡単に言うわね。やってやるわよ!」
 暑くもないのに汗ばんだ手で、風葉は操縦棒を握り直した。

 高く遠いところから、細く鋭い音が尾を引いて降ってくる。
「何か、あったんでしょうか」
「そのようだな」
 空を仰ぐ双伍に、志狼が首肯した。
「無事だと、いいんですけど‥‥滑空機も、ぜひ完成させてほしいですし」
「そうだな。グライダー乗りの方は、負傷しているかも知れん。急がねば」
 足場が悪いながらも、二人の男は先を急ぐが。
「目標を発見した合図は、笛一回。不測の事態におぅた時の合図は、笛三回やね」
 そう星鈴と確認した笛の合図は、何故か二度で途切れた。
「三つ目、聞こえませんね‥‥式を飛ばしてみます?」
 笑みは崩さないが緊張した口調で、双伍が志狼へ尋ねる。
「樹上まで届くのか?」
「あまり高い所まで飛べませんが、滑空機が飛んでるかは見えると思います」
 陰陽師が手にした陰陽符は、一羽の小鳥へ姿を変え、手の内から飛び立った。

「まだ、飛んでいるわね。二人の滑空機」
「じゃあ、なんで二回なんだ?」
「知らないわよ」
 厳靖の疑問に、胡蝶はつぃと顎を上げてそっぽを向く。
「とりあえず、笛を吹いた辺りに行ってみぃひん? 他の人らも、そこへ急いでるかもしれへん」
 間を取る星鈴に、同行者二人も異論なかった。

 同じ頃、単身の琉慎もまた音の方向へ急いでいた。
 仲間の位置も判らず、自分からの連絡手段もない状況。
 今はそれが唯一安否を知り、合流できる手段だった。
「まさか、落ちてないよな‥‥」
 一抹の不安に駆られながら、しっかりと預かった槍を握って。

「何で、笛二回なのよっ!」
「見つけたのは、本人達ではないからな!」
「ああ‥‥そゆこと」
 トゥエンティの主張に、風葉は何となく理由を察した。
 打合せとは少し違うが、まぁ下の仲間が何とかするだろう。
 残る問題は、いつまで自分達は飛んでいるべきか、であった。

●急難者
 木々の間、吠える声に唸り声が、平たい一枚岩を囲んでいた。
 だが近付く気配に、それらは標的を変え。
 飛び掛る影を銀の弧が断ち、悲鳴があがった。
 鮮血が辺りへ散り、錆びた鉄の様な匂いが空気に混じる。
「おまえらに恨みはないが、食われる訳にもいかなくてなぁ」
 動かなくなった相手をちらとも見ず、厳靖は刀を構え直した。
 群れは山犬、数は十と幾つか。
 牙を剥いて迫る山犬へ、退く事なく星鈴は薙刀を構えて待ち。
「うちん流派の極意は、攻めやない‥‥受けからの繋ぎにあるんよ」
 飛び掛る勢いを殺さず受け流すと、返した白刃で痩せた胴を切り捌く(さばく)。
「厳靖、胡蝶、円陣! 崩さんようにっ!」
 一振りしながら、星鈴が二人へ呼びかけた。
 餓えた群れを蹴散らすのは容易いだろうが数自体は多く、何を狙っていたかも気になる。
 唸る山犬達の数匹が、別々の方向から一斉に飛び掛り。
 風を切って、礫(つぶて)が飛んだ。
 それ自体には何のダメージもないが、山犬の気を削ぐには十分で。
「ソコの気配は、坊主だったか」
 また一匹の山犬を斬り払ってから、厳靖は潜んでいたシノビを見やる。
「トゥエンティさん達は?」
「まだ、上よ。偶然かどうか知らないけど、上手く飛ばしているようね」
 何よりも先に投げた問いに胡蝶が即答すれば、琉慎はほっと息を吐く。
「皆さん、無事ですか!」
 更に木々の間から、双伍と志狼が姿を現し。
 減った仲間と増えた人間達に、殺気立っていた山犬も不利を悟ったか、流石に尻尾を巻いて逃げ出した。
「この辺、人間とかアヤカシより、よっぽど引き際がええなぁ」
 去っていく群れを、星鈴は追う事もなく見送り。
 ガサリと草を分ける音へ、咄嗟に薙刀を向ける。
「もっ、もももふっ」
「‥‥お? もふら様やないか」
 刃に驚いて目を回すもふら様に、星鈴は目を瞬かせた。

 長く、法螺と呼子の笛が一つ響く。
「笛の音、聞いたか風葉!」
「聞こえてるわ。無事でないと、誰がアタシの為のグライダーを設計すんのよ」
「風葉もか。我輩も、お願いするのだ!」
 夢に野望は、果てしなく。
 目をキラキラさせながら、少女達は機首を村へ向けた。
 ‥‥無事に帰着するまでが、役目なのだ。

「ふぇくっしょんっ!」
 一つクシャミをする『先生』の額へ、べしと星鈴が手の平を押し付ける。
「熱はあらへんな。そっちも‥‥一応、生きてはるな」
 岩と地面の隙間に出来た穴から引っ張り出した二人を、しげしげと胡蝶が見やった。
「技師っていうから、慎重な人間かと思ったのだけど」
「全くだ。無茶をする‥‥二次遭難の危険を、知らんのか」
 嘆息する志狼に、ライナルトは引きつった笑いと共に人差し指を立て。
「ほら、アレだ。人命第一!」
「自分の分も、ソコに入れて下さいね」
 にこやかに双伍から釘を刺され、目に見えて凹んだ。
「で、グライダー乗りは?」
「深い傷はないけど、両足と腕、何箇所か骨を折ってるわ」
 厳靖が聞けば、手当てをする胡蝶が説明する。
「それはよかった。で、こっちは何でまた一人で」
「人材も、機材も惜しい。それだけの事だったのだが」
 しょんもりと、先生はもふら様の背中へ古いグライダーの一部を乗っけた。
「まぁ、見つけたんなら長居は無用や‥‥目印、戻ろか。うちは、後尾に着くさかい」
「じゃあ、俺は先を見るよ」
 星鈴の言葉に、琉慎が先行して前を歩く。
「ところで、滑空機‥‥おもろそうやし、飛んでは見たいなぁ」
「まぁ、あの滑空する姿は、そう悪くはないわね」
 式の雀を介して見た光景を、胡蝶は思い返し。
 遭難者を見つけた者達は、急ぎ村への帰路へついた。