【負炎】闘避行
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/08 19:24



■オープニング本文

●侵攻の波、迫る村
「これが、佐和野村から預かった残りの代金だ。改めてくれ」
 ずいと差し出した風呂敷包みを取ると、それを解いて中の金子を数える。
 その数に納得したのか、ふわりと再び布をかけ、長い髪を揺らした弓矢師は両手を床についた。
「確かに。こんな辺鄙な場所までわざわざのご足労、ありがとうございました」
「あー、そんな、かしこまらないでくれ。俺はただの『使い』だしな。届けにきたのも、暇を明かしたついでだ」
 困ったように苦笑しながら、「なぁ、サラ」と崎倉 禅は旅の連れを見やる。
 10歳ほどの少女は、藍一食の仔もふらさまと振舞われた果物の絞り汁を飲んでいた。が、何の事かよく判っていないのか、声をかけた崎倉へ目を瞬かせる。
「ま、ともあれ。無事に蟇目鏑の払いを終えて、村の連中も安堵していたよ」
「そうですか。村の方に喜んでいただけたなら、何よりです」
 面をあげた弓削乙矢は、ほっと目を細めた。
「父や兄の技には、まだまだ及ばない未熟な腕ですが」
「いや、清しい(すがしい)鳴りだったよ」
 恐縮して、もう一度乙矢が軽く頭を下げる。
「そういえば‥‥矢を届ける道中、荷の馬車がアヤカシに襲われたと聞きましたが」
「ああ。幸い開拓者達が手早い仕事をしてくれたお陰で、大事には至らなかったが。こちらも昨今、妙にアヤカシやケモノが出て騒がしいようだな」
「はい。儀弐王も、表立って動かれているようですが‥‥」
 理穴が国の東部にはびこった魔の森に手を焼いているのは、既に周知の事だ。
 出来れば押し戻し、最低でもこれ以上は拡大せぬよう、儀弐王(ぎじおう)自らが先陣に立って尽力している。
「あの、客人とのお話中、失礼致します」
 突然、簡素な障子越しに男が声をかけた。
 乙矢は崎倉へ目をやり、彼が頷くのを見てから口を開く。
「構いません、なんですか?」
 返事を待って、すぃと障子が開けた若い男が緊張気味に一礼した。
「奏生(そうじょう)より、知らせが届きました。アヤカシの襲撃が危惧される為、この村も急ぎ避難せよとの事です」
「避難‥‥」
「この近辺、他に村はないようだからな。アヤカシが現れれば、真っ直ぐ向かってくるだろう」
 呟いて眉根を寄せた乙矢を、腕を組みながら崎倉が見やり。
 そこへ、別の中年女が慌てて転がり込んできた。
「乙矢ちゃん、大変だよっ。うちの坊主が、森でアヤカシを見たって言うんだ!」
 さっと乙矢の顔色が青ざめ、彼女は膝を立てて身を乗り出す。
「おばさん、源ちゃんは無事? 村長さんへは、もう知らせたかい?」
「ああ。奏生からの知らせもあって、すぐにでも避難を始めるってさ。ただ‥‥避難するには、森を突っ切るだろ? 途中でアヤカシに襲われないか、みんな不安がってねぇ」
 表情を強張らせた乙矢は、床に置いた風呂敷包みを取る。それから立ち上がって縁側に出ると、心配そうな中年女にそれを握らせた。
「これで開拓者ギルドへ助力を乞うよう、村長さんにお願いして」
「今、理穴のあちらこちらへ開拓者達が駆り出され、立ち動いている。十分な人数が集まるかは、判らんぞ」
「速やかにアヤカシを滅っしてやる『慈悲』はあっても、ここで大人しく座し、あやつらに首をやる『施与(せよ:施し)』はありません」
 口を挟んだ崎倉を、振り返った乙矢はキッと鋭く見返し。
 その表情にニッと口角を上げたサムライは、風呂敷包みを握る女へ手を挙げた。
「村長へ、伝えてくれ。連絡するなら、奏生の開拓者ギルドへ話をつけろ。そこから急ぎで、神楽のギルドへ知らせてもらえ。運がよければ、奏生にいる開拓者を捉まえられる」
「あ、ああ。あいよ! じゃあ、乙矢ちゃん」
 短く辞去の言葉も省き、中年女は走っていった。
「‥‥ゼン?」
「もふ?」
 細い言葉と鳴き声に、崎倉は不安そうな少女の頭を撫でてやる。
「心配するな。だが俺達も避難しなきゃあならんだろうし、開拓者が着けばすぐ動けるよう、準備を手伝うか」
「お客人なのに、申し訳ありません」
「気にするなって。これも何かの縁だ」
 神妙な表情の乙矢に、崎倉は刀を掴んで立ち上がった。


■参加者一覧
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
菘(ia3918
16歳・女・サ
七浄 天破(ia5199
19歳・男・サ
羽貫・周(ia5320
37歳・女・弓
三条 荷葉(ia5408
14歳・女・シ
城之内 悠騎(ia5449
17歳・女・弓


■リプレイ本文

●急ぎの出立
 森の中にある小村は、避難準備に騒然としていた。
 だが訪れた開拓者達を目にすると、村人達は皆どこかほっとした顔をする。
「理穴の状況は、深刻なようですね‥‥」
 視線にむず痒さを覚えながら、小さく菘(ia3918)が呟いた。
「神楽でも、相当数の依頼が出ていましたが」
「ああ。受け入れ準備の次は、避難護衛‥‥それだけ、事態が急に起こっているという事か」
 表情の裏にある不安を察したキース・グレイン(ia1248)は眉をひそめ、三条 荷葉(ia5408)が森を振り返る。
「いろいろ動きがあるとは、思ってたけど‥‥物は何とかしても、命はひとつ。何とか、無事に避難できればいいね」
 深くうっそうとした森は、どこか不気味に感じられた。
 神楽の都と、理穴の首都である秦生。
 依頼を受けた場所に違いはあるが、集った者達は耳にした噂や情報を交わし、また理穴の状況から事の大きさと厄介さを肌で感じている。
「村長、心強い助っ人が着いたぞ」
 一行を村まで案内した崎倉 禅は、村の者と話す壮年の男を呼び止めた。
「これは有難い。本当に、来てもらえるとは‥‥」
「堅苦しい挨拶や社交辞令は、不要で。時間が惜しい」
 余計な前置きを羽貫・周(ia5320)が辞すれば、かっかと村長は明るく笑う。
「確かに。すぐ、皆へ出立を伝えよう。お前さん達には休む間もなく、申し訳ないが」
「お気になさらず。皆さんの避難が、重要ですから」
 銀髪を左右に揺らした斎 朧(ia3446)は、ふわりと柔らかい微笑を返した。

 出立の知らせに、60人程の村人達は次々と村の入り口へ集まってくる。
「子供や年配の人は、こっち。荷物や鶏は、もふらさまや山羊の背に乗せるといい」
 彼らがバラけにくい『隊列』を作れるよう、周は集まった者を手際よく誘導していた。
「ねーちゃん達と一緒だから、安全な場所までの道中は怖くないよ。森でのアヤカシ騒ぎが収まったら、また家に帰れるからね」
 明るい口調で城之内 悠騎(ia5449)は子供達の相手をし、少し離れた柵に腰掛けた七浄 天破(ia5199)は、何となくその光景を眺める。
「護衛‥‥か。ヒャハハ、やれんのかねえ、この俺に」
 哂って呟く言葉は、どこか自嘲気味で。
 老いた親を気遣い、子供の手を引く家族の姿に彼は眉根を寄せていたが、やがて柵から飛び降りた。
「‥‥ま、やれるだけやってやるさ」
 袴の裾を翻し、大股で村人をまとめる者達を手伝いに行く。

「お待たせしました。この方で、村の人は全員です」
 最後にやってきた弓削乙矢が、背中から老婆を降ろした。
「忘れ物、ありませんね? ‥‥では、行きましょうか」
 揃った顔ぶれへ振り返り、軽く念を押してから、菘は出発を告げる。
「さっさと動くわよ。日が暮れるまでに、距離を稼ぐわ」
 胡蝶(ia1199)の言葉はきついが、ちらちらと村を振り返る者達へは何も言わなかった。
「村を出なければならぬというのは、辛いものもあろうな。再び無事に元の村へ戻れるようにするのが、私達の務め‥‥か」
 名残惜しげな様子に周は手に馴染んだ弓をぐっと握り、口唇を固く結んで挑む様に森を見据える。
(「必ずや、無事に彼らを避難先へ届けてみせよう‥‥この弓に誓って」)
 深い森の奥は奇妙なほど静かで、獣の気配どころか鳥の声すらなかった。

●不安の森
 僅かに木漏れ日が射す道を、総勢70人近い一行は固まって移動していた。
『隊列』の先頭を菘と乙矢が担当し、数人の男が彼女らの後につく。
 次に歩くのが遅い子供と年寄りが続き、両脇で朧と天破が固めた。
 その後ろで、キースと悠騎はもふらさまや山羊を挟んで様子を見守る。
 残る男達と娘らと共に、周と崎倉は村人達の疲れ具合を注意をし。
 後方からの不意打ちを警戒して、最後尾を胡蝶と荷葉が守っていた。
 ある程度の時間を歩いては小休止を取り、体力がない者の様子を見て、もふらさまや山羊に水を与える。
 不安と緊張に追われて最初は足早に歩いていた者達も、三度四度と休憩を重ねる頃にはペースが落ち始めていた。

「先の短い老いぼれまで、避難させずともなぁ」
「もう、うちに帰れないの?」
 短い休憩の中、ボヤく老人やぐずる子供を、村長や家族が宥める。
 それを見ていた荷葉は、急に周辺の木の根元付近を回り、枝を掴んで軽く揺すり始めた。
「荷葉、何してるの」
「ちょっと、探し物」
 尋ねた胡蝶へ荷葉は曖昧に答え、枝を拾っては弾力や太さを確かめる。
 それを何度も繰り返していると、脇から太めの枝が突き出された。
「これくらいが、いいんでしょ」
「うん。ありがとう、胡蝶ねえちゃん!」
 枝を受け取った荷葉が礼を告げれば、胡蝶は微妙な表情を浮かべた。
「‥‥その『ねえちゃん』、なんとかならない?」
「ん、なに? 胡蝶ねえちゃん」
 枝で地面をつつく荷葉が、問い返す。
「ま‥‥いいわ、なんでもない」
 つぃとソッポを向く胡蝶に、荷葉が首を傾げた。だが休憩時間は残り少なく、彼女は短刀を手に取る。
「はい、じいちゃん。これを杖代わりにして、もう少し頑張って」
「お前さん‥‥有難うのう」
 握りやすく削った枝の杖を荷葉が差し出し、孫ほどの歳の少女に気遣われた老人は何度も頭を下げた。
「大した事でもないし。後ろ、守ってるからね」
 照れくさそうにしながら、急ぎ足で荷葉は定位置へ戻る。
「杖、喜んでくれたよ」
「そう」
 笑顔で知らせる荷葉へ、素っ気ない返事をする胡蝶。
 一方、ごねる子供達を前に、悠騎が手帳を取り出していた。
「じゃあ皆には、あたしがいいもの作ってあげる!」
 一枚のページをちぎると正方形に整え、手の内で回して折り始める。
「これをこうして、こう折ると‥‥ほら、兜の出来上がり!」
「じゃあ、ツルは?」
「もちろん、出来るよー。よし、目的地までいい子にできたら、ねーちゃんがコレで好きな物、作ってあげようじゃない」
「何でもいいの?」
「僕、カブト虫ー!」
 悠騎と賑やかな子供らの様子を、大人達は微笑ましげに眺めていた。

 張り出した根を越え、垂れた枝を避けて急ぐ道は、陽が沈むとすぐ闇に包まれた。
「予定では、まだ歩くんですよね?」
「そうなる。少なくとも、亥の刻(22時前後)あたりまではな」
 振り返る菘へ、松明に火を点けたキースが答える。
 その後は野営して睡眠を取り、翌朝早く卯の刻(6時前後)に出発。更に一日をかけて移動し、明日の亥の刻に避難場所へ着く計算だった。
 静寂と暗闇は人々を不安にさせ、煽る様に揺らぐ炎で影が不気味に踊る。
 滲み出す不安の気配に誘われる様に、ざわざわと草が揺れ。
 突然、乙矢は足を止めた。
 後ろの朧も肌が粟立つような感覚を覚え、やはり何かを感じた周は陰陽士を振り返る。
 頷いた胡蝶は符を手にすると、それは蝙蝠へ形を変えた。
 小さな羽ばたきを残して飛び去る式を、荷葉は目で追う。
「何か居るわね。ちらほらと、嫌な気配を感じるわ」
 程なくして胡蝶が伝えた知らせに、菘は乙矢と視線を交わした。
「偵察に行ってきます。皆さんは、ここで待って下さい」
 二人は道の先へと消え、松明を持つ者が炎を地面近くまで下ろし、開拓者は緊張した表情で目を凝らす。
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか。ああ、骨だったか?」
 小声で天破が冗談めかせば、声を忍ばせて悠騎は笑い、手に馴染んだ白弓の弦へ指をかけた。
 誰も身動き一つせぬまま、重い時間が流れる。
 じきに枝を踏む音がして、道の先から『斥候』二人が戻った。
「どうでした?」
 短く朧が聞けば、首を縦に振った菘は笑顔を返す。
「何匹か骨のアヤカシがいましたけど、やり過ごせたようです」
 声をひそめた報告に、村人達が大きく安堵の息を吐いた。
「あと少しで休めるし、骨の連中が戻る前に行こうぜ。ガキども、起きてるのがやっとだ」
 寝そうな子供をおぶった天破が急かし、人々は再び進み始める。
 しばらくして木々の間に開けた場所を見つけると、一行はそこを野営地に決めた。

●闇の時間
 小さな焚き火へくべた木が、パチンとはぜる。
 半日、緊張しながら歩いた疲れか。身体を横たえた村人達はすぐ泥の様に眠り、揺れる炎を見張り番の者達が見つめていた。
「皆、よく眠っている。もふらさまや山羊も落ち着いたようだ」
 炎の番をする荷葉と朧に、様子を見てきた周が加わる。
 キースと禅も見回りに出ていて、野営時間の前半はこの五人が襲撃に備えていた。
「不気味なくらい、静かですね」
 夜空を黒々と覆う木々を見上げた朧に、水を一口含んでから周は頷く。
「森は本来、夜でも多少『賑やか』なものだが‥‥アヤカシの気配に、鳥や獣も逃げたのだろう」
「動物の方が、気配には敏感だもんね‥‥あれ、サラちゃん?」
 近付く小柄な影に気付き、荷葉は首を傾げた。
「あら‥‥起きたんですか?」
 朧が声をかけると、足元に心配そうな仔もふらさまをくっつけた少女は、困ったような顔をする。
「崎倉のおじちゃんなら、見回りだよ。寝ないと寝坊しちゃうぞ?」
 明るく声をかける荷葉だが、サラは微妙な距離を取ったままで。
「気になるなら、ここで座って待つといい」
 周が隣の草地を指差せば、ちょっと悩んでから少女はぺたりと座り込んだ。しばらく眠そうに目をこすっていたが、すぐに舟を漕ぎ始める。
 寄りかかった重みに気付いた周は、小さな身体をそっと寝かせて毛布をかけた。
「周おばちゃん、お母さんって感じだね」
 その仕草に荷葉が感心し、彼女は僅かに苦笑する。
「見張りに行ってくる」
「行ってらっしゃいです」
 弓を手に立ち上がる周を朧は見送り、膝に乗せた葉のついた枝の一つを、毛布の上へ置いた。
「それ、何?」
「匂いでアヤカシに気取られぬ為の‥‥おまじない、でしょうか。効くかどうかは判りませんが、気休めにはなるでしょう」
 説明する朧も、青い香りがする沢山の枝を抱えて席を立つ。
「村の人や、もふらさまの傍に置いてきます。火の番、お願いしますね」
 休む者を起こさぬよう朧は静かに草を踏み、小さな寝息を聞きながら、荷葉は暗い森をじっと窺っていた。

 開拓者達は途中で見張りを交代し、人々の眠りを守る。
 平穏のまま明けるかと思われた夜だったが、静寂は未明に破られた。
 朧が枝で誤魔化した匂いを嗅ぎ分けたか、後を追ってきたのか。
 森の奥から、狼に似たアヤカシが群れを成して襲い掛かる。
「ヒャハハ! そうこなくっちゃな!」
 一気に眠気も吹き飛んだか、嬉々として天破が太刀「兼朱」をぞろりと抜き払い。
 アヤカシの身体より生えた剣へ対抗する様に、反りの強い刀身が月光を弾いた。
「乙矢さん、他の皆を起こして!」
 長巻を構えた菘の声に、乙矢が休む開拓者達の元へ急ぐ。
「アヤカシであっても、どんなに動きが速くても‥‥動物の姿してるなら、狩りと同じよっ!」
 白弓に矢を番える悠騎の隣で、胡蝶は陰陽符を手に取った。
「悠騎、私の火の飛ぶ先を狙って。私の式は、自らアヤカシを追い打つわっ」
「判った。頼りにするね!」
 弓術士の答えに、陰陽士は首を縦に振り。
「行くわよ!」
 駆けて来るアヤカシへ胡蝶が符をかざし、『火輪』の式を放つ。
 目の前へ飛ぶ火の輪に一瞬怯んだアヤカシへ、次々と『即射』された矢が突き立った。
「爺さま譲りの弓の腕‥‥なめてもらっちゃ、困るね」
 そして悠騎が作ったチャンスへ、菘が大きく踏み込む。
「村の人達には、触れさせない!」
 払った切っ先が、剣の生えてない毛皮を切り裂いた。
「オメーらの相手は、俺だろうがぁっ!」
 更に腹の底から天破が『咆哮』し、剣狼の注意を引く。
 そこへ、起き抜けの仲間達が駆けつけた。
「数は?」
「残り、10匹もいないと思う」
 短い問いに悠騎が答えれば、彼女と並んだ周も即座に弓「朏」を引き絞る。
「それなりの群れで、襲ってきたか」
「いくら来ても、ぶちのめすだけだぜっ。ヒャハハ!」
 逆手に握った左手の十手でアヤカシの剣を凌ぎ、加勢するキースに、哂いながら天破は刀を振るった。
「気取られた以上、殲滅せねばな。荷葉、他に伏兵がいないか確認を頼む。それから、これを」
 キースが投げた布袋を、両手で荷葉は受け止める。
 ジャリと鳴った袋の中は、撒菱で。
「ありがと。借りるね!」
 袋を懐へ突っ込むと若いシノビは戦いの場を迂回し、闇へ駆けた。

 夜が明ける前に剣戟の音は去り、野営地は静寂を取り戻していた。
 だがアヤカシの襲撃を目の当たりにした村人達は、不安で眠れず。
 空が白み始めると、早々に一団は野営地を発った。

●森を抜け
「骨野郎は、大人しく死んでろっ!」
 罵声を吐きつつ、ボロボロの鎧を着た骨のアヤカシへ天破が兼朱を振り下ろし。
「骨だからって関係無い‥‥何であろうと射抜く、其れ故の弓術士‥‥なんてね」
 子供達へ悠騎が見得を切る間にも、間断なく周は骨鎧へ狙いを定めて矢を射る。
 早めに発った二日目だが、未明とは別の剣狼の群れを撃退し、骨鎧と出くわすなどして、幾らかの足止めを余儀なくされていた。

「日が落ち切る前には着きたい所だったが、無理か‥‥」
 霧散するアヤカシの骸を見下ろしたキースは額に浮いた汗を拭い、二度目の夕陽に目を細める。
 その腕に滲んだ血に朧が気付き、手持ちの薬草を取り出した。
「少し落ち着いていますし、手当てします」
「ありがとう、すまない。水はこれを使ってくれて構わないから」
 キースも自ら用意した岩清水を手渡し、遠慮なく朧はそれを拝借する。
「避難先は、まだ遠いのか?」
 手際よく朧が応急手当を施す合間に、キースは気にかけていた事を乙矢へ尋ね。
「いえ、もうすぐです。二刻も歩けば着くかと」
 案内役の答えに、彼女は「そうか」と少し安堵した。
「はい、終わりましたよ」
「すまない」
 頭を下げてキースが礼を告げると、束ねた髪を緩やかに揺らして朧はにっこり微笑む。
「いいえ。もうすぐ着くそうですし、頑張りましょう。天破さんも、傷の手当てをしましょうか?」
「これぐらい、なんともねーよ。それより、アイツらは無事か?」
 気付いて声をかけた朧へ、やはり傷だらけの天破が頭を振って、村人らの安否を気にかけ。
「後、少しで着く。頑張って歩いてくれ」
 キースは疲れ切った人々の間を回って、一人一人を励ました。

 間もなく深い森は切れ、行く手に見通しの良い開けた耕地が広がった。
 遠くに篝火の群れが見えれば、誰もがほっと息を吐いて肩の力を抜き、自然と歩みも早くなる。
「やっとだな」
 元気を取り戻した者達に、疲れて寝そうなサラを負ぶった崎倉が苦笑した。
「着くまでは、気を抜けないわよ。ところで」
 先を歩く崎倉を見上げた胡蝶は、自分と同じ金髪碧眼の少女を背負った相手に怪訝な顔をする。
「‥‥詮索はしないけど、親子には見えないわね」
「そうか? 俺に似て、可愛いだろ?」
「似てないわよ。というか、ドコの誰が『可愛い』のかしら」
 刺々しさを隠さぬ胡蝶の返事に、からからと崎倉は笑った。