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■オープニング本文 ●もふらさまの災難 もふらさまは神様の使いとされ、その姿は天儀のあちこちで目にする事が出来る。 神様の使いではあるが、食べ物に好き嫌いなどあまりなく、何でももふもふ食べ。 荷車や農機具を繋げば快くもふもふと引っ張って、手助けをしてくれる。 もちろん、個々のもふらさまによって好みや性格にて多少の違いはあるが、随分とのん気で気立てのいい『御使い様』だ。 もふらさまに対する人々の接し方も様々で、馬や牛と一緒に仕事を手伝ってもらったり、守り神のように崇めたり、時にはペットとして飼う家もあるという。 武天の片田舎にある小さな村でも、力仕事が必要な時以外は子供達の遊び相手になったりして、もふらさま達は自由に一日を過ごしていた。 「‥‥もふ」 「もふもふっ」 道ばたで、顔を合わせたもふらさま達が互いに挨拶を交わす。 もふらさまの言葉が判らない人間には、当然、話の内容も理解できないが。 涼しくなったなぁ。 秋だし、食べ物が美味しくなるねぇ。 もふらさま達の事だから、精々こんな話かもしれない。 「もふらさまは、今日も元気だなぁ」 「ああ。変わらず、のん気でいらっしゃる」 そんな健やかなもふらさまの姿に村人達は日々の平穏を再確認し、もふもふと田畑の傍らを散歩するもふらさま達を微笑ましげに見送った。 それはどこにでもある、平凡でのどかな光景。 そんな小村で、ひと騒動が持ち上がった。 「だれか助けて! もふらさまが‥‥!」 村の外れより、少女が一人で駆けて来る。 「おや、お菊ちゃん。どうした」 畑にいた村人が声をかければ菊は立ち止まり、急に「わぁん」と泣き始めた。 「こらこら。泣いてばかりでは、何があったか判らんぞ」 見かねた村人は畑仕事の手を止めて、何度も顔を拭いながら泣く菊の傍へ歩み寄る。 「あのね。もふらさまが、穴に落っこちちゃったの。おじちゃん、もふらさまを助けて」 「もふらさまが落っこちた? どこでだい!」 重ねて村人が尋ねれば菊は後ろを振り返り、自分が走ってきた方向を指差した。 「あっちの、森にある‥‥穴で。リスを見つけて、ついていったら、もふらさまが‥‥ふえぇ〜」 「ほら、泣くんじゃない。村長に話せば、きっともふらさまを助ける方法を考えてくれる。だから道すがら、詳しく話を聞かせておくれ」 困った末に村人は泣きじゃくる少女をひょいと抱き上げ、あやす様に背中を叩いてやる。 肩にすがるようにして泣く少女は、ひっくひっくと何度もしゃくりあげながら、『もふらさまが落っこちた』時の事を話し始めた。 もともと菊は内向的な性格で、他の子供達と一緒に虫取りや川遊びをするより、花摘みや木の実集めといった遊びの方が好きな子供だった。 この日も森まで花を摘みに出かけ、そこで一匹のリスを見つけたのが事の始まり。 愛らしいリスの仕草にすっかり気を取られた菊は、ちょろちょろと草木の間を抜けて動き回るリスの後をついていく。 リスを見失わない事に夢中になっていたせいか、周りを全く気にせずに少女は小さな影を追いかけ。 その途中、ゴトンと重い音がして、足元が傾いだ。 驚いた菊が慌てて足を止めたが、不気味な傾斜はゆっくりと角度を増し。 動く事も怖くなった菊は、その場から動けなくなってしまった。 そこへ通りがかったのが、一匹のもふらさま。 散歩コースだったのか、偶然なのかは菊には判らないが、とにかく呼んで助けを求める。 村の子供の窮地に、もふらさまは驚いたのか。 呼ばれて近寄ったのだが、逆にそれが災いした。 もふらさまが菊の傍まで来ると、嫌な音と共に一度は緩くなった傾きが再び動き出す。 傾き方はさっきの時よりも早く、菊は恐怖で動けない。 そこへ、とっさにもふらさまが体当たりをした。 小柄な少女の身体は軽々と吹き飛ばされて、しっかりとした草の上で尻餅をつく。 一方、傾いた岩の上では、白く丸っこいもふらさまの身体が地面へ飲み込まれ。 「も、ふ〜〜〜〜〜〜ぅ‥‥」 「もふらさまーっ!」 どこか哀しげな声を残しながら、傾きを支えきれなくなった岩と一緒に、もふらさまはその下の穴へと落ちていった。 地の底でごりごりどすんと重い音がした後、再び森へ静寂が戻る。 動く事も出来ず、菊はその場でしばらく泣いていたが、やがてもふらさまを助けようと大人を呼びに駆け出した。 「菊から聞き出せた話は、これで全部です。あまりに泣くんで、要領を得ないかもしれませんが」 報告と相談にきた村人の話に、腕を組んだ壮年の男が頷く。 「いや、十分だ。しかし、地面の穴か‥‥」 「村長、何か心当たりでも?」 唸る村長に、恐る恐る村人が尋ねた。 「いやな。じいさんに聞いた覚えがあるのだが、この村の近くの森には遺跡があったそうだ。中には宝珠も埋もれていたらしいが、遺跡が発見されてすぐ調査が入り、目ぼしい物をゴッソリ持っていった後の『枯れ井戸』らしい」 「ああ。それなら俺も小さい頃、婆さんだかに聞いた覚えがあります。『宝』を取り尽した後は危険だから、中にいるアヤカシが出ない様、そして誰も入らないように入り口も硬く閉ざしたって‥‥」 「それもまた、事実だ。村を守る家には、昔話の様に代々伝えてきたがな」 「そこに、もふらさまが落ちたって事は‥‥」 表情を曇らせた村人に、今度は沈んだ表情の村長が重々しく首を縦に振る。 「もふらさまは、菊の身代わりになったようなものだ。何とかお救いしたいが‥‥開拓者ギルドへ相談するしかあるまい。それまで、もふらさまのご無事を祈るしかない」 暮れかけた空を仰ぎ、村長は溜め息をついた。 ○ 「‥‥も、もふっ」 ぼんわりとした薄い闇の中で大きな目がパチパチと瞬き、おっかなびっくり周囲を見回す。 もふらさまは、切り出したような岩の上に乗っかっていた。 落ちた場所は石造りの細い通路で、壁に埋まった丸い石が淡い光を放っている。 見上げれば、天井の一部に小さな穴が見えた。 もふらさまがもふもふしているとはいえ、あまりに高い場所から落ちると怪我をし、打ち所が悪ければ死ぬ事もある。幸い、乗っていた岩が穴の壁をこすりながら落ちた事で、落下スピードも随分と緩くなり、もふらさまのもふもふ具合で衝撃が吸収できたのだろう。 とまぁ、もふらさまが考えもしない事は、さておいて。 「もふ〜! もっふもふ〜っ!」 大きな声で鳴いてみても、上の方にある穴からは何の反応も返ってこず。 「‥‥もふぅ」 しょんぼりと、尻尾を垂れて俯くもふらさま。 だが何かに気付いて、鼻をひくひくさせる。 湿っぽい匂いが含まれた空気は、ごくゆっくりと流れていた。 もふらさまは少し悩んだ後、流れる風の源へ向けて、えっちらおっちら歩き始めた。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
天宮 琴羽(ia0097)
15歳・女・巫
神流・梨乃亜(ia0127)
15歳・女・巫
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
衛島 雫(ia1241)
23歳・女・サ
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
犬神 狛(ia2995)
26歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●下準備は周到に 件の森は暗い気配もなく、明るい木漏れ日と鳥のさえずりが緑の風景を彩っていた。 もふらさまが落ちた『穴』は、すり鉢状になった場所の真ん中で、黒々と口を開けている。 「ふむ。子供を庇った、もふらさま救出か‥‥実に立派なもふらさまじゃ。何とか助けたいものじゃが‥‥」 近付き過ぎぬよう注意しながら、犬神 狛(ia2995)は穴を眺めていた。 「縄を結ぶ木は、ドレがいいアルかな〜」 ひょいひょいと身軽に梢・飛鈴(ia0034)が辺りを歩き回り、根が張った一本の木の幹をたしたし叩く。 「よし、これかいいアル!」 満足げな飛鈴に狛が顔を上げ、声をかけた。 「決まったのか?」 「うん。ほいっ」 振り返りざま、ぽんと飛鈴が投げた物体を、慌てて狛は受け取る。 何かと思えば、それは束ねた荒縄で。 「狛がコレで縛るネ‥‥と言っても、アタシじゃなくて木の幹アルよ。アタシの細腕だと、狛や仄が降りる時に心配アル」 「一応言っておくが、わしにその様な趣味はない。縛る役目の方は、一理あるがな」 指を振る仕草に答えながら狛は木へ向かい、その後ろで飛鈴がにんまり笑んだ。 二人の会話に、穴の周りを調べる神流・梨乃亜(ia0127)は不思議そうに首を傾げる。 「梢、嬉しそう?」 「気のせい気のせい。饅頭、食べるアルか?」 頭に乗せたもふら面で顔を隠した飛鈴が聞けば、黒髪の人形を抱いた梨乃亜は少し考え込んだ。 「もふらさま、きっとおなか空いているから、梨乃も今はガマンするよっ」 「そうアルな。いやはや、なんとも困ったハナシアルなあ。早いところ、もふらさまの安否を確認せんといかんから、さっさと潜って調べるアルよ。手遅れたら後味よくないシ」 「急くのなら、縄の片端を持つくらいの手伝いはせんか?」 苦笑する狛だが、面を被った飛鈴は聞こえないフリで誤魔化す。 「じゃあ、僕が手伝いますよ。深さも判りませんし、念の為に荒縄を継ぎ足します?」 苦心する様子を見かねてか、仲間の到着を待つ真亡・雫(ia0432)が持参した縄を取り出し、狛ともふらさま探しの準備を始めた。 「待たせた! ソッチの準備、終わったか?」 木々の間を駆けてきた滝月 玲(ia1409)が、先に到着していた者達へ尋ねる。 やや遅れて、天宮 琴羽(ia0097)と鬼灯 仄(ia1257)も村人二人と現れた。 「ほぼ完了だ。そちらの首尾は?」 「正式な入り口の方は、村長に待機をお願いしました。扉を開く段取りも、ちゃんと」 「呼び笛、借りてきたよ」 報告する琴羽の脇から、玲は竹製の呼び笛三本のうち二本を仲間へ手渡す。 「縄の張り具合は、大丈夫そうだな」 何度か荒縄を引っ張って仄は手ごたえを確かめ、狛が村人達を見やった。 「彼らは?」 「縄と穴を見張るってよ。出口までの通路が無事とは、限らないしな」 仄が訳を明かせば、神妙な表情の男達は頭を下げる。 「でも身を挺して子供を助けるなんて、さすがもふら様だよな! ぜひ会って、モフモフ‥‥いやいや、助け出さねば」 赤毛を左右に振りながら意気込む玲に、そっと琴羽も胸に手を当てて四角い穴を見つめた。 「もふらさま‥‥今、助けに行きますっ」 「じゃあ、アタシが最初に降りるか。何かあったら、困るし」 揃った顔ぶれに、一番手として飛鈴が手を挙げ。 身の軽そうな泰拳士の申し出に、異論を唱える者はいなかった。 ●枯れた遺跡 「アヤカシなーし。もふらさまも、なーし‥‥アルね」 難なく縄を降りた飛鈴は、薄明るい光の中でざっと安全を確認し、笛を吹いて地上へ合図を送る。 そして仲間が降りてくる間に、通路の真ん中で割れている平らな岩の辺りを観察し始めた。 「梨乃亜も身軽だし、ひとりで降りれるよっ」 小さな身体で少女は主張するが、抱いた人形をどうしようかとオロオロ迷っていた。 「わしとしては、梨乃亜くらいの子を背負うと、重心がいい塩梅なのじゃが」 それとなく、梨乃亜へ水を向ける狛。 「なら、琴羽は俺が負ぶうか」 「わ、私も、ですか?」 ぼしぼしと髪を掻く仄に琴羽は戸惑う表情を返し、それから深い穴を覗き込み、長い逡巡を経てから微かに頷く。 「ご、ご迷惑をかける訳にも、いきませんし、もふらさまが危険ですしね」 自分へ言い聞かせるように、琴羽は呟いた。 「ここ、新しい足跡があるネ。この辺をウロウロした後、あっちへ向かったみたいアル」 仲間が揃うと、飛鈴は緩やかに右へカーブする通路を指差した。 古びた通路は壁の所々が小さくひび割れ、欠けて崩れ、場所によっては苔生し(こけむし)ている。 示す方向の反対側を見れば、通路は左へ曲線的に伸びていて、一層目の通路は環状に繋がっているという説明が脳裏をよぎった。 降りてきた天井を仰げば、アーチ状の天辺に四角い穴が見える。 おそらく、本来は遺跡を作る時の作業用か、空気入れが目的だったのだろう。 「もふらさまーっ」 口に手を当てて梨乃亜が呼びかけてみるが、返事はなく。 「ほら。立ち話してないで、急ぐアル」 降りた場所でアレコレと話す者達を、飛鈴が急かす。 「アタシはこのまま足跡を辿るから、そっちは向こうから回るネ」 「判った。気をつけてな」 自分と別行動を取る仲間へ玲は気遣いの声をかけ、腰のものの位置を整えた。 ここより七人は、甲班と乙班に分かれる。 通路が環状なら片方がもふらさまの後を追い、もう片方が逆を進めば、どちらかがもふらさまを見つけるだろう。 もし途中で二層目へ降りる場所や通路の分岐点を見つけたなら、三人の班ならそのまま。四人の班は、更に二人で手分けする事になっていた。 過去の調査では下の階層のアヤカシは強く、もふらさまが降りてしまえば絶望的。 故に、早くもふらさまを見つける事が肝要だ。 二手に分かれた者達は相手の班に背を向け、やや急ぎ足で歩き始めた。 「せぇっ!」 気合と共に振り下ろした刃が、宙に揺らぐ鬼火を断ち切る。 「今は、邪魔しないで下さいよっ」 微力ながらも、琴羽が霊木の杖を振るって応戦し。 アヤカシを切り払った雫は、彼女の助力に回った。 キィキィと耳障りな声をあげ、飛び掛る人喰鼠を竹盾で叩き落し、一息に切り捨てて。 辺りがようやく静かになると、玲は息を吐いて刀を鞘へ納めた。 「もふらさま、ここにもいないか‥‥」 通路の途上にあった広い空間を、彼はぐるりと見回す。 甲班の三人は、もふらさまらしき足跡とは逆の方向、つまり先回りする形で進んでいた。 だが目に付くのは、小さなアヤカシばかり。数がいれて邪魔にならぬ限り、三人は先を急ぐ方を優先していた。 「もふらさま、お腹が空いているでしょうね」 「案外、七輪で秋刀魚でも焼けば、飛んでくるかもな」 「僕らがいぶされませんか、それ」 そんな冗談を半分マジメに交わしながら、三人は薄明かりの中を足早に歩く。 「ふぅ〜む‥‥上と下は、完全に同じ構造でもないのか」 矢立てと折った紙を手にした仄は、妙な所に感心しながら紙へ何かを書き付ける。 その紙を梨乃亜が覗き込‥‥もうとして身長が足らず、背伸びをし、ぴょんぴょん飛び跳ねていた。 「鬼灯、鬼灯、何を書いてるのっ」 「大まかな地図さ。ここのな」 少女の好奇心の為に、まだ墨の乾かぬ紙を見せてやる仄。 二層目へ降りる場所の見当をつけ、また一層目と比較して隠し部屋などの有無を予想する。仄は二つの目的を村長へ明かして古い遺跡の資料を見せてもらい、簡単な写しを取っていた。 だが単純な環状通路の一層目と、先人も地図が必要だった二層目は構造が大きく違っているため、見た感じあまり参考になりそうにない。 一層目で自分達がいる場所が、二層目ではどこにあたるか。それすら、見当がつかなかった。 「まぁ、それはそれで面白いんだがな」 気落ちするでもなく、逆に仄は興味深げに地図を書き続けている。 「鬼灯殿は、宝探しを楽しんでおるようじゃな」 含みのある狛の言葉を否定せず、からからと仄は笑った。 「心配するな。もふらさま探しも、ちゃんとしてるって」 基本的に飛鈴が辿る足跡を頼りに進み、扉のない小部屋や細い分岐点など、進むべきか気になる箇所は仄が心眼で気配を探る。 途中、アゴを鳴らしながら床を這う鉄喰蟲や、薄明かりに浮かぶ幽霊のアヤカシにも出くわしたが、今のところ大きな障害ではなかった。 「でももふらさま、きっと怖がってるよね」 「ん。走ったような跡や、転んだっぽい跡もあるしネ。罠が生きてたら、危なかったアル」 まだ飛鈴は痕跡を見失っていないが、アヤカシが動き回る跡もあって、決して容易い仕事とは言えず。 「一体、どこまで進んでいるのじゃ‥‥」 不安げに、見通す事が出来ない通路の先へ狛は目を細めた。 湾曲して先の見えない通路の、その奥から。 ‥‥ぅ〜‥‥。 微かだが、何かの声らしきものが聞こえてくる。 「何か、聞こえませんか?」 「ん?」 気付いた琴羽が足を止めて耳をすませ、玲は雫と顔を見合わせる。 ‥‥ふ〜‥‥ぅ〜‥‥。 低くくぐもった唸り声は、今度こそはっきり少年志士達の耳にも届き。 「聞こえました」 「ああ、どこだっ?」 慌てて三人は、消えそうな声を頼りに駆け出した。 ●迷子のもふらさま 何がどうして、そうなったのか。 壁に出来た亀裂から、白いふわもこした物体が生えていた。 それに小さなアヤカシ達がたかり、たかられた側は一生懸命に白い尻尾を振って抵抗している。 「もふらさまを怖がらせる悪い奴らは、お仕置きだ!」 竹盾で玲はアヤカシを払おうとするが、群がった人喰鼠や鉄喰蟲は彼らにも食いつこうと飛び掛ってきた。 「もふらさまを引っこ抜かないと‥‥それから、笛!」 「こっちは、僕らで何とかします」 「はい、お願いしますっ」 手助けに回る雫に頷き、慌てながらも琴羽は呼び笛を手に取る。 行く手から、高く長い笛の音が響いた。 音の大きさから近くは、さほど遠くにも感じられず。 何度も繰り返すその音は何らかの合図と違い、切羽詰って聞こえる。 「これは、甲班の連中か?」 「何かあったのかな。急ごうよっ」 何事かと眉根を寄せ、筆を矢立てへ仕舞う仄の袖を、梨乃亜が引っ張った。 「先に行くアル。アタシは、梨乃と一緒に追いかけるシ」 「判った。気をつけてな」 男衆二人を促す飛鈴へ狛は頷き、仄と二人、石造りの通路の先へと急ぐ。 「も‥‥ふ〜ぅ‥‥」 挟まっているせいか、もふらさまの鳴き声は弱々しく苦しげで。 「頑張って下さい、もふらさま‥‥えいっ」 励ましながら、琴羽は懸命に霊木の杖を振る。 何とかもふらさまにたかるアヤカシは散らしたものの、もふらさまが穴から抜けない限りは逃げる事も出来ない。 玲と琴羽がアヤカシを牽制する一方で、雫はもふらさまを引き抜こうと奮戦していた。 そこへ。 「おぬしら、無事か!?」 駆ける足音と同時に、狛が大声で呼びかける。 「笛、聞こえたんですね‥‥きゃっ」 『援軍』の到着にほっとした琴羽へ、鋭い牙を剥き出しにした人喰鼠が飛び掛り。 「しつこいんだよ、お前らはっ!」 食いつく前に、玲が竹盾で叩き落す。 「あ〜‥‥どっちを手助けした方がいい!?」 「「「もふらさま!」」」 どちらも厄介な状況に仄が聞けば、少年少女は一斉に返事をした。 「いくぞ、せーのっ!」 踏ん張るように壁へ足をつけた仄の合図で、狛と雫はもふらさまを引っ張る。 二度、三度と試みる頃には、飛鈴と梨乃亜も追いついて、玲や琴羽と一緒に小さなアヤカシ達の退治へ加わった。 「も、ももも〜‥‥っ」 さすがに男三人で引っ張れば、ようやくもふらさまの身体も動き始め。 「も‥‥ふぅっ!」 肩(?)の辺りを過ぎれば後は一気に抜けて、三人と一匹はドシンッと床へ尻餅をついた。 「ほ、埃っぽい〜っ」 舞い上がった埃にけふけふと咳をしながら、梨乃亜はぱたぱたと手を払う。 「それにしても、何でこんな穴にはまって‥‥」 大人がくぐるのも難しそうな大きさの穴の前で、身を屈めた仄が中を見ようとすると。 奥から、ひんやりとした湿っぽい空気が流れ出した。 「穴の向こうも、似たような空洞‥‥こりゃあ‥‥」 危機を察する本能的なものか、嫌な汗が額からぱたりと石床に落ちる。 「もふらさま、無事でよかったです〜。さ、こんなところ早く出ましょう! こんなところに長居しても、いい事ないですから」 「そうじゃな。こやつ等に構ってる暇は無い」 もふぎゅぅと、もふらさまを抱きしめた琴羽に狛は頷き、着物の埃を叩きながら立ち上がった。 全員が揃えば、追いすがるアヤカシ達を散らす事は容易かった。 「で、おぬしが娘を助けて落ちた、もふらさまかな‥‥?」 「もふ?」 落ち着いたところで狛が聞けば、もふらさまは小首を傾げる。 「大きな怪我は、ないアルね」 念の為、足を折ったりしていないか確認した飛鈴はごそと懐を探り、干飯と饅頭を取り出した。 「好きな方を食わせてやるアル。どっちが」 がぷしゅ。 よぽど、腹が減っていたのか。 飛鈴が尋ね終わる前に、もふらさまは彼女の手ごと饅頭へ齧りつく。 「ちょ、齧らないっ。放すアルー!」 「まったく。身を挺して子供を守るとは、見上げたもふらさまだな」 賑やかな様子に、袖に腕を入れて組む仄はほっと安堵した。 もしつっかえたあの穴が、すんなり通れる大きさだったなら‥‥と。 「もふらさま、偉いですよねっ。あ、良かったら、うちに来ません?」 『勧誘』する琴羽の言葉を判っているのかいないのか、もふらさまは白い身体をひと振るいし。 「まぁ、先に外へ出ないとな。こっちだ」 仕草に癒されながら、玲は通路の途中で見つけた出口へ仲間を先導した。 約束通りに笛を吹けば、重そうな石造りの扉が砂を落としながら動く。 新鮮な空気に安堵して遺跡を出れば、外は夜になっていた。 七人と一匹の姿に、不安げだった村人の表情は見る間に明るくなり。 「もふらさまーっ!」 大人達の間から、涙声の幼い少女が飛び出す。 ぎゅっと抱きつく子供へ、もふらさまはぐいぐいと顔をすり寄せた。 微笑ましい光景に、少し残念そうな琴羽が肩を落とす。 「やれやれ。とんだ、女泣かせのもふらさまだな」 苦笑気味の仄に、琴羽は小さく笑んで「はい」と答え。 「上の穴は塞ぐとか、村の人に注意を呼びかけて下さい‥‥本当にお願いしますね、危ないですから」 真剣な表情で、村長へ言い含める。 「ところで、もふら様を題材に『もふら最中』を作ってみたんだが、試食しないか?」 わきわきしながら玲が聞けば、どこかでくぅと可愛く腹の虫が鳴った。 「うぅ。お腹、減ったかも」 「お疲れでしょう。食事を用意してありますので」 恥ずかしげに梨乃亜は腹へ手をやり、村人達が遠慮がちに申し出る。 ふと何気なく狛が振り返れば、村人達が協力して石扉を押し動かし。 重い音をたてて、古い遺跡は再び閉ざされた。 |