希儀抄、人と獣と妖と
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/04/01 23:42



■オープニング本文

●後追い狐
 希儀の春は、天儀よりも少しばかり気が早い。
 十数ヶ月をかけて踏み固められた街道の左右には、菜の花やカモミール、アネモネなど、見知った花から見知らぬ花まで見渡す限り咲き乱れる。
 柔らかな日差しの下、のどかな風景の中を三台の馬車が西へ向かって進んでいた。
「いい陽気だなぁ」
 ぽかぽかとした日和に、荷馬車の御者台で男が大あくびを一つ。
「手綱を握りながらの居眠りは勘弁……おい、あれはなんだ?」
 手をかざし、草むらへ目を凝らす隣の男へ、眠たげな男はのん気に笑う。
「眠気覚ましなら、もうちょっと面白い話とかな」
「草むらを何かが走ってるんだ。犬か?」
 最初は野犬と思ったが、ピンと立った耳に長いふさふさの尾が見えた。
 灰色を思わせる毛並みを持つ獣は、五匹だか六匹だかが一塊となり、彼らの馬車と速度を合わせる様に走っている。
「まずい。ありゃあ、銀狐だ!」
「冗談だろ。銀稲荷(しろがねいなり)からはだいぶ離れてるし、寝ぼけて道を間違った訳じゃあ……」
「とにかく走れ、馬を急がせろ! おーい、銀狐が出たぞー!」
 気付いた男は口に手を当て、大声で後続の馬車へ叫んだ。
 慌てて弓に弦を張り、護身用の鉈(なた)を構え、固唾を飲んでケモノの出方を窺う。
 しかし幾らかの距離を併走したところで、群れの速力が弱まった。
 先頭を走る一頭が足を止め、勢いで追い抜いたケモノ達も迷うように円を描き、先の銀狐のそばへ集まっていく。
 花咲く草原の中、群れは遠ざかる馬車を見送り。
 諦めたのか尾をくるりと向け、来た道を駆け去っていった。

●開拓砦『豊穣の砦』
 希儀の北半分に広がる『大草原』、その南西の縁に開拓砦『豊穣の砦』がある。
 自然の渓谷に石造りの『壁』を作って砦としたのは希儀人であり、人々が滅んでしまった後はアヤカシが根城としていた。
 それを再び人の手に取り戻し、名付けたのは開拓者達だ。
 砦を奪われたアヤカシ達の襲来も退け、補強を重ね、やがて入植者達が保存と安全の為に収穫物を運び集めるようになり。
 今や名の通り、豊穣の恵みを取引する場所として、飛空船や商隊が立ち寄るまでになった。
 なにしろ大草原は、だだっ広い。
 西域を開墾する者にとって、大草原の東側に位置する宿営地『飛燕』は遠く。アヤカシやケモノといった脅威に対する避難所としての一面も、豊穣の砦は担っていた。

 その豊穣の砦で「街道筋に銀狐の群れが出る」という噂が流れ始めたのは、冬頃の事だ。
 ケモノである『銀狐』は幻術を操り、畑を荒らす他にも人を襲うなど、獰猛な部類に入る。希儀では主に『銀稲荷』と開拓者が名付けた廃都市を根城にし、人の側も迂闊に銀稲荷へ立ち入らぬよう周知し、暗黙の住み分けを保ってきた。
 だが最近、数頭の銀狐が街道に現れ、旅人の後を追うらしい。
 とはいえ牙を剥いて人馬を襲う訳でもなく、ある程度の距離を行くと追跡をやめて戻っていくという。
 春が近付くに連れて目撃情報は数を増し、知らせを受けた開拓者ギルドが調査に乗り出した結果、銀稲荷を囲む森の一角で、アヤカシの人面鳥十数匹が確認された。
 おそらく、銀稲荷と周辺に住む銀狐を『獲物』と定めたのだろう。
 精霊力を矢弾として放つ銀狐もいるが、若い固体ならそこまでの力はない。
 かつて一帯を縄張りとしていた赤眼の黒狐、霊獣「テウメッサ」がいなくなった為に、ケモノとアヤカシの勢力図が変わったのか。
 あるいは天儀よりアヤカシが流れ込み、数を増したのが原因か。
 はたまた、希儀に住み始めた人がアヤカシを駆逐した結果、人と距離を置く銀狐を狙う事にしたのか。
 理由を人が知る由もないが、開拓者ギルドの出した結論は一つ。
 ――銀稲荷周辺の森に住み着いたアヤカシ人面鳥を退治し、銀狐に関する脅威を取り払う事。
 それに尽きた。

「今は主に銀狐を襲っている人面鳥ですが、人が狙われる可能性もあります。銀狐もまた、縄張りを追われた群れが人を襲うかもしれません」
 ギルドより調査と依頼の窓口を『委託』された弓削乙矢(ゆげ・おとや)が、集った者達へ説明した。
 乙矢の故郷の理穴でも、アヤカシに追われたケモノが問題を起こす事態はままあったという。
「皆さんには、人面鳥討伐に専念していただければ。銀狐と銀稲荷の監視と対処は、こちらで何とか致しますので」
「けど対処とか言っても、追い払ったり時間を稼いだりするだけで、やっつけたりはしないから。後はアヤカシの巣への道案内と、ご飯係かな」
 年の頃は、十三あたりか。乙矢と共に下調べをしたという小柄な修羅の少女、一矢小春(いちや・こはる)が脇から付け加えた。

●命の覇権
 廃墟の港町を囲む夜の森に、腐臭が漂う。
 臭気の源は高い木の枝に引っかけられ、腐り果てた銀狐の骸。
 それを数匹の人面鳥が争うように、貪り喰っていた。
 どさん!
 空から落とされたモノが別の大木に引っかかり、大きく枝をたわませる。
 新たな獲物……狩ったばかりの銀狐の死骸からは未だ血が滴り、緑の新芽をどす黒く濡らした。
 半ば瓦礫と化した家並みの陰では傷を負った若い銀狐が数頭、鼻に皺を寄せ、唸りながら森を見上げる。
 術が使える銀狐が霊矢を放つも、人面鳥の巣には届かず。
 仲間の死を悼む遠吠えが、月夜に寂しく響いた。


■参加者一覧
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
鍔樹(ib9058
19歳・男・志


■リプレイ本文

●出立の街
「よーす、二人とも久しぶりだなァ!」
 希儀で精霊門が開く街の一つ『明向』の港で、聞き覚えのある声に一矢小春がぱっと顔を輝かせる。
「あ、鍔樹ー!」
「お久し振りです」
 声をかけ、軽く片手を挙げた鍔樹(ib9058)へ小春が駆け寄り、その後ろで弓削乙矢が頭を下げた。
「お? しばらく会わねえうちに、小春は背ェ伸びたか?」
「へへ、そうかな?」
 嬉しげな笑顔に鍔樹はニッと笑みを返し、ぽんぽんと軽く頭を撫でた。
 風貌は相変わらず少年の様だが、理穴でおっかなびっくりしていた時分に比べれば、随分と年相応に『子供らしく』なった気がする。
 鍔樹と小春の様子に、ふとそんな事を思ったのは、胡蝶(ia1199)だけではなかったらしい。
「……しかし、ガキがでかくなるのは早いもんだなあ」
 しげしげと鬼灯 仄(ia1257)が呟き、それから背負っていた五人張を降ろした。
「久しぶりに使う弓だ。ちと、調子を見てくれると助かる」
「はい、承知致しました」
 快く受け取る乙矢に、胡蝶はちらと視線を投げる。
「……長屋の隅で、埃でも被ってた?」
「本職に手入れしてもらえば、心強いだろ」
 痛いところを突かれたのか仄は笑って誤魔化し、彼の後ろで控えるからくり ネクタルも眉一つ動かさず、口も開かず。
「仕方ないわね。仄なら、刀を振り回す方が早いでしょうから」
「確かに」
 楽しげに賛同した乙矢の手は、さっそく弓の具合を軽く確かめていた。
「だけど……悪意があろうとなかろうと、開拓が進めばこういう話も出るのね」
 ふっと、陰陽師の表情が陰る。
「人間が原因とまでは思わないけど、アヤカシが悪い、とも言い切れず……か」
「人とケモノとアヤカシと、ある意味三つ巴ってやつかねェ」
 苦虫を噛み潰したような、どこかスッキリしない胡蝶の呟きに鍔樹が唸り、ケイウス=アルカーム(ib7387)が空を仰いだ。
「とはいえ、天儀から人が来る前からケモノとアヤカシは縄張り争いをしていた訳だからね」
 赤い視線の先、空の高いところで円を描くのは彼の相棒、上級迅鷹 ガルダだ。
 銀稲荷付近では空を飛ぶのを控えねば、人面鳥に見つかるかもしれない。希儀の空を謳歌するなら今のうちと、文字通り相棒が羽根を伸ばすのをケイウスは眺める。
 腰に手を当てた鍔樹も、手で陽光を遮りながら飛影を見上げ。
「銀狐と人面鳥がお互いに争ってるだけっつーなら、こっちから率先して関わる道理はねえけども。縄張り争いの結果で人に害が及ぶなら、捨て置けないわな」
「銀狐の事は心配だったから、乙矢と小春が対応をしてくれると聞いてひと安心だよ」
「そうそう。巣への道案内と銀稲荷の監視、頼りにしてるぜ。あと、メシも楽しみにしてらァな」
「うん、それにも期待」
「ぅ……あんまり、期待されても、その」
 照れくさそうに口ごもる小春と見守る友人の横顔に、こほんと胡蝶は咳払いを一つ。
「まぁ、少なくとも隣人にアヤカシを選ぶよりは、銀狐との棲み分けを維持する方が有益よね。入植者にとっても」
「銀狐かぁ。その住処が『銀稲荷』って、油揚げでも持っていく?」
 楽しげな羽喰 琥珀(ib3263)の一言に、何を思い出したか鍔樹がぽむと手を打った。
「そう言や……『銀稲荷』って名前、俺が付けたの採用されたんだっけ」
「え、本当?」
 意外と身近にいた『名付け親』に、ぱちくりと琥珀が目を瞬かせる。
「やー、だいぶ前の話になるし、何だか懐かしいなァ」
「名付けのを……忘れていた訳ね」
 明後日の方向へ視線を泳がせる鍔樹に、ぽそりと、しかし容赦なく胡蝶が突っ込んだ。
「みーんなー、そろそろ出港するみたいだよー!」
 一足先に飛空船へ乗り込んだリィムナ・ピサレット(ib5201)が、甲板から身を乗り出して呼びかける。
 少女の肩で輝鷹 サジタリオが均衡を取ろうと翼を打つ様は、まるで主を支えているように思えて微笑ましく。
「行くわよ、ポチ」
 呼びかける胡蝶に空龍 ポチは甲板へ飛び立ち、桟橋で海を覗き込んでいた灼龍 アカネマルも鍔樹が頷くのを確かめ、後に続く。
 一行が乗り込むと飛空船は銀稲荷の面する湾を目指し、離岸した。

●死の領域
「このままを進めば、人面鳥の巣に着きます。近付けば分かるかと」
 銀稲荷を囲む広い森の一角を、乙矢が指差す。
 一行を運んだ飛空船はケモノやアヤカシに気取られぬよう、東の海岸で停泊中だ。
「私達は双方を刺激せぬよう風下から森の縁を回り込み、銀稲荷を窺いますので」
 弓矢師から仄は五人張を受け取り、弦の張りを改めた。
「森歩きは慣れたモンだろうが、気をつけてな」
「皆様も御武運を」
「頑張ってね!」
 丁寧に一礼する乙矢と対照的に小春は手を振り、握った拳を鍔樹がぐぃと突き出す。
「応よ! 人面鳥退治、きっちりやり遂げるぜ」
 主の気合に灼龍も低く唸り、早くも首を巡らせて空を探っていた。
「地上の方は、よろしくね」
「任せといてよ!」
 空龍を連れた胡蝶に琥珀が返し、役割の再確認をした開拓者達は森へ足を踏み入れる。

 まず最初に感じた『異常』は、木々の間を抜ける風が運ぶ匂いだ。
 気付いたケイウスは胸が悪くなるのを堪え、空気を嗅いで混ざった臭気の正体を注意深く探る。
「なるほど……確かに、この辺りみたいだ」
「何か、嫌な臭いがする」
 琥珀が眉をひそめ、不快そうに虎の尾を揺らした。
「腐臭だね。人面鳥は腐肉を好むから」
「こっちは風下だったなァ。これなら、匂いで気付かれる心配はねェか」
 鍔樹もむずむずする感覚を覚え、鼻の下をこする。
「あれ、何だろう。木に引っかかってる」
 辺りを見回すケイウスが指差す先を辿れば、たわんだ枝に黒い塊が引っかかっていた。
「あの高さじゃ、様子が分からないわね……少し待ってちょうだい」
 印を結び、かざす胡蝶の手より雀の式が次々に現れ、ぱさりと四方へ飛び立った。
「どうだ?」
 訊ねる仄に、目を閉じた胡蝶は首を振り。
「ケイウスが見つけたのは、動物の死骸みたい。尾が長くて……多分、銀狐ね」
「そいつが腐臭の正体か」
「それも一匹じゃないわ。少し離れた枝にも、死骸が」
 陰陽師がアヤカシの影を探す間にリィムナは赤いレンズの片眼鏡越しに森を観察し、ぽしと髪を掻く。
「これじゃあ、アヤカシが巣にしてもおかしくないね。希儀の森にしては、瘴気が濃い感じ」
 希儀に『魔の森』は存在せず、大アヤカシも既にいない。
 人面鳥に殺された銀狐の怨みが積もったか、生き残りの憤りが影響したか。いずれにせよ瘴気は森に澱み、アヤカシにとって『居心地の良い場所』となったようだ。
「動物が狩って狩られてってのは自然な事で普通だけど、アヤカシだと際限無く殺すからなー。これ、やりすぎだろ」
 琥珀が顔をしかめ、何かを聞きとめたケイウスは険しい表情で森の奥を透かし見る。
「羽音が近い……気をつけて」
 警告の直後、胡蝶が手繰る視界の一つが不意に失せた。
 獲物と違えたか、掴まえた雀を握り潰す人面鳥の姿を、別の式の視界で確認する。
「いたわ。巣は、この先ね」
 細い指が差すのは、聴覚を研ぎ澄ませたケイウスが捉えた音と同じ方向。
「まだ、こっちに気付いてないみたい」
「じゃあ、さっさと全滅させよっか♪ 準備はいい、サジ太?」
 分厚い革張りの呪本を小脇に抱えたリィムナは、待っていましたとばかりに肩の輝鷹の喉を指で撫で。
 気配を殺していた開拓者達は、手筈通りに動き出す。

●狩猟者達
 騒々しい複数の奇声が、森に満ちていた死の静寂を裂いた。
 ギャアギャアと騒々しく鳴き喚く人面鳥へ、風を切って矢が飛ぶ。
 正確無比、という訳にはいかないが、それでも強弓より放たれた一撃は、アヤカシを慌てさせるには十分で。
 ガサガサと激しく枝葉を揺らし、数匹の人面鳥が空へ飛び上がった。
 地上のケモノや人の手が届かぬ距離は、アヤカシ達にとって安全な領域の筈だったが。
 鋭い呼子笛が響き、合わせる様に木々の狭間から二頭の龍が『浮上』する。
「一斉に向かってこられると面倒だわ。早いうちに数を減らすわよ!」
「よっしゃ、いっちょ景気よく暴れますかねェ!」
 鍔樹の気概に灼龍は咆哮で応じ、人龍一体の闘志を具現化するかの如く、精霊力が炎となって双方を包み込む。
「ああ、もちろん暴れるっつっても、森を壊さないよう注意すンぜ! たぶん銀狐達は仲間をやられて、相当に気が立ってるだろ。そこを下手に刺激したくねえしな!」
 念を押される前に鍔樹が断り、つぃと胡蝶は顎を上げた。
「忘れていないなら、いいわ。ポチ、始めるわよ」
 示す双呪鞭は、龍の声を思わせる風切り音をあげ。
「吊るされた銀狐の無念を瘴気として。晴らしなさい、白狐!」
 いづる九尾の白狐の式が牙を剥き、人面鳥へ喰らいつく。
 見目良い女の面は醜く歪み、『ギヒィ!』と耳障りな悲鳴を上げ。
 反撃の隙を与えず、迫る空龍が身を捻って龍蹴りを放つ。
 強靭な後脚より繰り出された一蹴に、瘴気を撒き散らしながら人面鳥は森へ墜落していった。
 結果を見届けるまでもなく――地上で待ち受けるのは、彼女が遠慮なく信頼を置く刃なのだから――次のアヤカシを胡蝶は追う。
 また別の人面鳥は早々に逃げを打つも、放たれた雷の刃がその羽根を散らした。
「逃がねェ、アカネマル!」
 追撃する紅の龍は力強く翼を打ち、相手が振り返る一瞬のうちに間合いを詰め。
 哀れを誘うように、悲壮な表情を浮かべたアヤカシが声無き声を投げる。
 だが、ヂッと灰の色をした石粉が舞い、同時に鍔樹の掲げた片鎌槍が人面鳥を貫いた。
 捻られた穂先は槍傷を抉り、流れるように払い退け。
 血の代わりに瘴気を吹き出し、飛ぶ力を失ったアヤカシが落ちる。
 それが地に到する事すら、灼龍は許さず。
 鋭い爪が『獲物』を鷲掴みにし、容赦なく噛み砕き、他の人面鳥を威圧する様に咆えた。

 彼らの『領域』を開拓者と龍に封じられた人面鳥は森に逃げ道を求め、あるいは縄張りを荒らす侵入者を喰らおうと襲いかかる。
 鋭い爪の鳥足を繰り出すも、襲う相手は輝鷹と交わった『大空の翼』を打って軽やかに避け。
 直後、全く同じ姿の小柄な影に分かれた。
「「あたしを魅了する気〜? 鏡見て、出直してくれば♪」」
 二人のリィムナは口を揃え、同時に『見えざる式』を人面鳥へ解き放つ。
 黄泉より束ねられた死に至る呪いは瞬く間にアヤカシを内側から蝕み、滅していった。
「さぁて、次はドレかな〜。逃げても無駄だからね♪」
 容易くアヤカシを討伐していくリィムナを、五人張へ矢を番える仄が眺め。
「アッチは任せても大丈夫そうか。手が抜けて、助かってモンだ」
 呑気にサボりにかかる口振りの主を、無表情なからくりが巨剣を振るって守る。
 時おり、空から叩き落される人面鳥は上空で奮戦する二人の成果か、それともサボりを許さない誰かの仕業か。
 理由はともあれ、目を止めるや仄は殲刀「朱天」を以って、アヤカシに止めを刺した。
「聞いては居たけど、多いねぇ」
 騒々しい森におっかながる口調のケイウスだが、むろん退くつもりはさらさらない。
 見守る森の奥に向けて鋭い風が吹き抜け、次いで二対の翼を持つ上級迅鷹が幹の間を戻ってくる。
 その後ろから奇声を上げて追いすがるのは、複数の人面鳥。
「聴衆としては物足りないけど、まとめて相手してあげるよ!」
 もう一つの『梟』の相棒、詩聖の竪琴の弦をケイウスが弾き、紡ぐ旋律を形とした。
 それには鋭い刃もなく、強力な式も使役せず、ただただ聞くモノの魂を捉える。
 魂を捉え、引き裂き、見えぬ血を流させ、原初の無へと還す。
 生ける物の根源に触れる旋律は、楽曲を理解する感性を持ち合わせているとは思えぬアヤカシでも例外なく魂を押し流した。
 牙や爪もなく仲間を滅びへ追いやる相手に、別の人面鳥が呪いの声を浴びせようとし。
 神速の踏み込みに寄る三段突きがアヤカシの胸と頭、そして喉を正確に貫いた。
「させるかよ!」
 仰け反って崩れる人面鳥より引き抜いた白鞘の刀を、素早く琥珀は背の鞘へ納め。
 次の抜刀に備えて腰を落とし、柄へ手をかける。
「お前らなんかに狩られるかっての。逆にお前ら、一匹残らず狩ってやんぜっ」
 木の幹を背に、じりと間合いを計る虎の志士に隙はなく。
 手を出しあぐねていれば、上級迅鷹の風斬波がアヤカシを切り裂き、吟遊詩人の手による楽曲が彼らを滅ぼす。
 樹上へ逃れようにもサムライの矢が封じられた空へ追いたて、森の奥では自身の幻影を引き連れた魔術師が魂を刈り取り。
 十五匹ほどの人面鳥は逃げ場を失い、やがて森は真の静寂を取り戻した。

●良き隣人たらんと願い
「さて、と……次は後始末だね。ガルダ、いいかな?」
 残るアヤカシがない事を確かめたケイウスは上級迅鷹と同化し、『友なる翼』で樹上へ飛ぶ。
「何してんだァ?」
 訝しむ鍔樹の疑問は、すぐに解けた。
 枝に残る死骸へ、躊躇う事無くケイウスが手を伸ばしたのだ。
「あ、俺も聞こうと思ってたのにっ。引っ掛けられている銀狐、降ろしていいかな」
「そうね。人面鳥に骸を晒されたままじゃあ、銀狐も本意じゃないでしょう。ポチ、手伝うわよ」
 悔しがりつつ確認する琥珀に胡蝶も賛同し、空龍へ声をかけた。
「まったく、状況次第じゃ狩る側に廻るってのに……御人好しなこった。おい、ネクタル」
 愚痴りながらも、仄はからくりから青銅巨魁剣を受け取り、鬼腕を使って穴を掘り始める。
「勝手かもしれないけど、少しずつ互いを理解していければ良いわね」
 人の自己満足かもしれないが、胡蝶は遺体を埋めた後に石を積んで塚とし。
 琥珀が集めた数輪の花を束ねて供え、そっと手を合わせた。
 埋葬の間に、胡蝶の式で討伐の完了を知った乙矢と小春が合流する。
「銀狐は森の騒ぎを懸念していましたが、動きませんでした。アヤカシの排除を察したのでしょう」
「銀狐を襲うアヤカシはいなくなった。これでこの辺りも元通り、かな」
 伝えられた銀稲荷の様子に、ケイウスは胸を撫で下ろす。

 森を出たところで感じた気配に目をやれば、遠くに数頭の銀狐達が佇んでいた。
「見送りかな?」
「だとしたら、殊勝なもんだなァ」
 嬉しげな琥珀に鍔樹が笑い、じっと見つめる友人に乙矢は首を傾げる。
「胡蝶、気になる?」
「可愛い……コホン、お、思ってたより綺麗な獣じゃない」
 咳払いをした胡蝶は、慌てて取り繕い。
「乙矢、弓の復元、頑張りなさい。助けがいらなくても、顔を出すからね」
「じゃあその時には、遠慮なく」
 申し出に、くすりと笑う。
「船に戻ったら、皆でご飯だね! 菜の花のお浸しとか春野菜の煮物とか、鹿肉の燻製とか、希儀で取れた美味しい物、いっぱい作ってきたから!」
「うわぁ、聞いたら急に腹が減ってきたー!」
 小春の説明に琥珀が空腹を訴え、賑やかに一行は飛空船へ戻る。
 開拓者達の姿が見えなくなると銀狐達は踵を返し、晴れやかな空の下、希儀の花野を駆け戻っていった。