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■オープニング本文 ●二体一身 間合いを詰めるサムライを、突如ツギハギのボロ布の下から伸びた『腕』が壁へ叩き付けた。 腕に見えたのは小さい蟲の集合体で、斬ってもすぐに復元し。 逆に獲物を内から喰らい尽くそうとうねる蟲の塊を、氷の槍が貫く。 放つ激しい冷気に、腕の動きが鈍った。 「今ですっ」 アイシスケイラルを放った武僧の少女を背に庇い、ジルベリアの女騎士が前へ出る。 「決して、諦めない。それが私の覚悟」 頑強な鎧に包まれた身体は、強い意志の力を示す赤熱した鋼のオーラを帯び。 「フルフラットの名に懸け……参ります!」 振るう十字柄の両手剣、その青白い刀身が連なる蟲を吹き飛ばした。 「助かったぜ」 「これを倒さないと、下の皆の戦いも終わりません。だから出来るだけ、早く」 「応よッ」 仲間を案じる武僧の少女へサムライは返し、朱の一閃が腕を断つ。 剣と刀、迫る二刃を阻止しようと死角より別の腕が伸びるも、再び激しい吹雪が悪意を妨げた。 しかし斬り払えど凍らせど、別の『腕』は現われては迫る開拓者へ次々と襲いかかる。 袋の大きさから想像できぬ数に、女魔術師は端正な眉をひそめた。 「まるで存在自体が蟲毒の壷の様ですね。いずれかが本体、もしくは全て蟲袋なのでしょうか」 「どっちも同じだ。一匹残らず潰せば……!」 蟲の群れに身を晒し、正面より突っ込んだサムライは身を喰い千切られながら上段より一気にボロ袋を叩き斬る。 大きく布袋が裂け……裂けた狭間から雪崩のように蟲が溢れ出し、相手を飲み込んだ。 「このままでは!」 腕輪につけられた円盤を盾とし、女騎士が強行突破を試みる。 背後から援護のアイシスケイラルが飛び、武僧の少女へ害意が向けられた途端。 わぁんと反響が響き、暈影反響奏の環状の光が蟲袋へ跳ね返った。 押し戻される蟲の波を追い、誓いを立てた剣身が赤銅に輝き。 ざむんっ、と塩の塊が床に落ちる。 間髪おかず、集中していた女魔術師が呪文を完成させた。 魔法陣より無数の灰の光が放たれ、蟲の塊を襲う。 あまりの数に、光は帯の如く見え。 殺ぎ落とされた塊より呑まれた朱の切っ先が突き出し、青白き大剣と共に人の形を両断する。 ボロ布すら残らず塩となって落ちた瞬間、足の下から振動が伝わり。 天井より差し込む七条の光が、床へ、その下へと伸びた――。 ○ がらんどうの広間には、霧散した古妖蟲の瘴気が漠然と漂っていた。 瘴気はじき地に溶け、失せる。 しかし馴染まぬように一部が乖離し、緩やかに渦を巻き、広間の中央――壁面より伸びる七条の光の戒めが交差した場所で、形を成した。 見た目は、一枚の赤い布。 名代の『顔無し』達に与えられ、蟲袋が取り込んだ筈だった大妖の一端。 「何故、俺にこれが見える?」 見た事のない、見える筈のない風景にゼロが戸惑う。 『一時とはいえ、お前はアレに触れ、我が瘴気に呑まれた者。力の残滓とアレが繋がり、そして名代らと同様に我と繋がった……蜘蛛糸の如き細い糸だがな』 無明の声が頭の中で響いた。 周囲を見回しても人影はなく、気配もない。 「蟲袋が討滅された結果、遺跡の封印はてめぇの瘴気を捉えたのか。皮肉なモンだぜ」 『妖蟲相手ですら瘴気が漏れ出した封印で、我を封ぜられると思うてか』 「だが、現にてめぇは動けねぇ。一部が封印されたせいで、数多ヶ原を出られなくなった。違うか?」 繋がりは細いが、無明としての影は掴める。しかし影の根源たる大妖の領域は混沌とし、深入り無用と本能が警告を発していた。 『担い手の死か、郷里が滅びるのを見たいか』 ぞわりと、首筋の毛が逆立つ。 朱藩での惨状や、夢で見た天見屋敷の光景がゼロの脳裏を過ぎり。 「それでも……連中は殺される気なんぞねぇだろうし、数多ヶ原を荒らさせやしねぇぜ」 返ってきた気配は苛立ちか、嘲笑か。 俄かに、息が苦しくなり……。 ●足掻くは、人かアヤカシか ゼロが目を開ければ、部屋の陽だまりで大の字になった彼の上に、二歳を越えた双子が乗っかっていた。 「てめぇら……降りやがれ」 「いやー」 「嫌じゃなくて、起きるからよ?」 「やー」 最近、何かと反抗する事を覚えた暁春と明煌を、有無を言わさず畳へ転がし。 「チビどもの散歩がてら、ちぃと風信屋まで行ってくるぜ。晩飯までには戻る」 それでもついてくる明煌を抱き上げ、暁春を負ぶったゼロは台所で食事の支度をする母子に声をかけ、二階家を出た。 『つまり、偶然にも遺跡が大妖を封じたと?』 「そうなる。封印のせいで奴は数多ヶ原から出れねぇが、肝心の天見に封じ続ける覚悟があるのか、聞きたくてな」 急な呼び出しにも文句を言わず、天見元重はゼロの話へ耳を傾けていた。 『上等だ。知らずとはいえ、長きに渡り古妖封じを務めた数多ヶ原の意地を見せてやる』 「そりゃあ、頼もしい。もし何かあったら天見屋敷の女子供はもとより、民も領外に避難させろ。土地は取り戻せても、失われた民は戻らねぇ。国は土地に暮らす民に寄りて成る、守るべきものを違えるな……それが、親父の教えだ」 『胸に留めておこう。元信は此隅に留まらせ、動きがあればそちらへ連絡をする』 風信屋を出ると、神楽の街には早くも夕陽が長い影を落とし。 「怒られる前に帰るか」 茜の空へゼロが高い高いをすれば明煌はきゃっきゃとはしゃぎ、背中の暁春は父の髪を引っ張って抗議する。 ――程なく、天見よりアヤカシ出現の報が神楽へ飛んだ。 『魔の森』より次々と現れた下級アヤカシの群れは、脆弱なれど数がやたらに多く。 「アヤカシめ、遺跡どころか国ごと潰す気か」 元重は西の空を睨み、手筈通りに指示を出す。 同じ頃、別の場所でも動きがあった。 「数多ヶ原にて、北西の『魔の森』からアヤカシの一団が大挙しているとの事」 氷沼城の天守に座した三根秀和は、ドンッと勢いよく立ち上がる。 「急ぎ、兵を招集しろ。俺は先に手勢を率い、国境の藤見櫓へ出る」 「は?」 居並ぶ家臣らは一様に、怪訝な表情で当主を見上げた。 「天見には借りがある。借りは返さねば、我ら三根の名が廃る」 「しかし御身に万一があれば、三根家の一大事……秀和様ッ!」 制止も聞かず秀和は大股で席を外し、嘆息する家老へ桐里が膝を詰める。 「当主自ら加勢に出向かねば、三根の名折れとお考えなのでしょう。兵が揃い次第、私めが同道致します」 「数多ヶ原が飲まれては、飯森も危うい。また我らの力で切り抜けねば、後々まで巨勢王や諸侯の笑いものとなろう。頼むぞ、桐里」 「はっ」 頭を垂れた壮年の侍はすぐさま立ち上がり、血気盛んな若い当主の後を追った。 「大粘泥「瘴海」もそうだったが、大妖には休眠期がある。著しく力を失えば、もしかすると奴も……知恵が回る分、つけ入る余地はあるかもしれねぇ」 遠ざかる神楽の街を見下ろしながら、ゼロが呟く。 飛空船は戦支度を整えた開拓者を乗せ、急ぎ北へと進路を取った。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
有栖川 那由多(ia0923)
23歳・男・陰
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
リーディア(ia9818)
21歳・女・巫
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●戦野、疾走る 天見屋敷に降りた者達は、即座に準備された馬へ跨る。 「こっちは任せろ。お前らの分まできっちり食らわせてやるからよ」 「頼みやした。いずれ決着はつけたいっすけど、無貌餓衣が行方知れずになるのだけは避けたいので」 声をかける劫光(ia9510)へ、馬首を回しながら以心 伝助(ia9077)が笑った。 「そっちこそ、ぬかるなよ! 奴が出そうなら、天見も三根もすぐ離脱させろ!」 北を目指す背へ短い言葉を投げた鬼灯 仄(ia1257)は、仲間と東に向かうべく馬の腹を蹴る。 陣風が如く天見屋敷を発つ九騎の軍馬を飛空船は見下ろし、北西へ舵を取った。寒風吹く甲板から目を凝らせば、城町より北に二十町程のところを数十の人馬が西へ急いでいる。 「あれが三根の軍勢か」 翻る旗印を、一度だけ御凪 祥(ia5285)は目にした。数多ヶ原と飯森の国境、藤見櫓で一戦交えた相手。それが如何なる理由か、加勢に動いたらしい。 「城町を迂回し、無用の混乱を避ける……それなりに分別のある者が率いているようだな」 「じゃあ伝ならきっと、上手く立ち回ってくれるぜ」 共に関わった三根家の件は友人に託し、迫る山へゼロが目をやる。 『魔の森』が張り付く山の麓に展開した天見の軍が見えると、二人は下船用の滑空艇で飛空船を離れた。 僅か二人なれど、百万の味方を得たも同然と色めき立つ天見軍へ、祥が開口一番に訴えた。 「すぐ、元重と話がしたい。志体の無い者が多い状況下で如何に犠牲を少なくするか、その為の要となる案を持ってきた」 己の考えがどれだけ通るか分からないが、最善を尽くすべく。 「出てこい、無貌餓衣。話があるなら聞いてやるぜ?」 小さな地蔵の傍らで劫光が声を上げるも、応じるのは空っ風に揺れる枯れた草のみ。 「良く知らないけど、相手は解放されたがってる筈だよね。解放して説得すれば、きっと大人しくどっか行ってくれるよ♪」 道端に腰を下ろし、寒々しい光景を眺めていたリィムナ・ピサレット(ib5201)が楽観的な調子で提案した。 「馬鹿を言うな。そんな保障、どこにある」 大きな青い瞳をくるりと回し、素っ気なく否定する劫光を彼女は見上げる。 「でも、ないとも言えないでしょ。そしたら、あたし達も戦わずに済むし、早々にアヤカシが消えたら領主さんだって助かると思うけど」 「一理あるか……それも」 大妖の解放をリィムナは訴え、劫光が腕組みをした。 「解放したとして、被害を最低限に防げるのは一時の事。別の土地で被害が生じれば、いずれそれは数多ヶ原に対して新たな遺恨となり兼ねません」 溜まらず、本心が柚乃(ia0638)の口をついて出る。 「更なる……大きな災いとなって返ってくる気がして……きっと、真なる意味で大妖の呪縛から解放されないんじゃないでしょうか。それに、一度解き放たれたなら、再び捕捉するのは容易にあらず、です」 真意を知ってか知らずか、柚乃の訴えにリィムは小首を傾げた。 「だからって苦労して封印を守るより、解放した方がいいと思うな。何より、楽に報酬がもらえるよ?」 他の者達は会話を静観し、周囲に注意を払うも風が吹き抜けるのみ。 「念の為、捜索に出ますか……?」 もどかしげな有栖川 那由多(ia0923)をよそに、ぷかりと仄が紫煙を吐き。 「ま、焦るな」 接近を探知する魔術『ムスタシュィル』を仕掛けたジークリンデ(ib0258)も黙ったまま動かず。 出方を窺う様子に、那由多は城町からの道程を思い返す。 ●裏をかく 「相手は強敵ですが、ここで諦めるわけにはいきませんよね」 身を切る風に寒気を覚え、馬上で柚乃は白い息を手に吹きかけた。 「区切りをつけないと。安心して眠っていられない人も、いるだろうし……ね」 黒髪を寒風に晒すアグネス・ユーリ(ib0058)が安康寺の方角へ目を伏せ、決意を込めて柚乃も頷く。 「私も尽力します……っ」 「でも、無理はしないで下さいね」 見守るように微笑むリーディア(ia9818)を、ちらとアグネスが見。 「リーディアもね。あんたがいるお陰で、あの辺は安心して無茶するんだから」 意味ありげに仄や劫光を示す友人に「それはそうですが」と言葉に詰まり、手綱を握る手をさすった。 ――むぼーさんは『人の負の感情』を餌にするのでしたっけ。なら、こういう時こそ笑顔が大事、ですね。 無骨な夫の手をぎゅっと握って微笑めば、空いた大きな手が細い手を包み。 ――お前の『やんちゃ』を止められねぇのは分かってるが、何かあったら俺は笑ってられねぇからな。傍で守れねぇだけでも、本当は不本意なんだぜ。 むっすりと不機嫌そうな夫の表情を思い出しただけで、小さな笑みがこぼれる。 「あちらの思い通りにさせるわけには、いきませんね」 違う戦場で……でも、同じ空の下で。 やがて街道の途中、何もない野っ原の真ん中で、先頭を行く那由多が手綱を引いた。 見覚えのある地蔵に目をとめ、仲間へ振り返る。 「……着きました」 「ここのずーっと地下に、アヤカシを封印する遺跡が?」 遺跡の詳細を知らぬリィムナは馬から下り、羽草履を履いた足で地面を小突き。 「では、私は『下準備』を致しますので」 時を惜しむように、急ぎジークリンデはその場を離れた。 準備を整え、リィムナの提案した無貌餓衣を誘い出す策――即ち「大妖を解放するか、封印するか」で意見が割れるという『一芝居』を打ったのだが。 「う〜ん、動きませんね」 「奴が現れる場所は、アヤカシの向かう先。封印遺跡の破壊を目論んでいると見た」 焦れるリーディアの傍らで鷹揚に仄が煙管をふかし、那由多は眉根を寄せた。 「遺跡を破壊……群れは、大妖が呼んだ?」 「かもね。連中、目的地は数多ヶ原の中心らしいから……遺跡を壊すか、大群に乗じて天見の者を狙う気か」 推測にアグネスが賛同し、また仄は紫煙を冬空へ吐き。 「群れを討伐軍が阻めば、それを喰らいに出るかもな」 「だから大妖の気配があれば逃げろと、伝助さん達に……」 納得したリーディアは、同時に胸騒ぎも覚える。 「地中の遺跡を破壊……まさか、儀に穴を?」 「いっそ儀の底を抜くのも、面白かろう。そうなれば、此の地の末を憂う必要もあるまい」 冷たい声に身を強張らせれば、枯れ草の叢からゆらと菅笠を深く被った男が立ち上がった。 「やはり黒の幽鬼のような、瞬間移動を?」 接近はジークリンデにも感じ取れず、戸惑いを整理する前に男の羽織がバサリと翻る。 「不味いぞ、散れッ!」 嫌な予感を覚えた劫光が怒鳴り、全員は一斉にその場を離れ。 駆ける後方、野っ原に肉塊が膨れ上がった。 小さな地蔵堂が押し潰され、濃い瘴気に冬枯れた草木がなお腐り果てる。 開拓者のうち数人が一度だけ目にした、朱藩での遭遇。 その記憶を辿る暇もあらばこそ、泡吹く馬が荒々しくいなないた。 振り仰ぐリーディアの目に、高々と掲げた蹄が映り。 ザムッ! 棹立つ馬は一刀のもとに両断され、断面より瘴気が噴き出す。 どぅと倒れる馬体の向こう、鬼腕を振るった仄が太く息を抜いた。 「すみません、助かりました」 「礼には及ばねぇ。というか、大暴れも癒し手がいればこそってな」 「はい。心置きなく、暴れて下さい」 自分も一矢報いたくなる思いを堪え、塵と化した軍馬へリーディアは小さく目を伏せる。 残る馬も次々とアヤカシ化し、同時に肉塊の数箇所が鋭く腕のように伸び。 防戦に専心する者達の耳へ、柔らかな竪琴の音が届いた。 ゆるやかな旋律は、過去に吟遊詩人であったリィムナにも覚えがある。天使の影絵踏み――術に抗う力が行き渡ったのを確認し、アグネスの細い指は軽やかに跳ねた。 続けるは、泥まみれの聖人達。死を振り撒く物の怪の巨魁を前に、細身の身体より解き放たれた声は生を謳歌し、奏でる義勇譚は聞く者に力を漲らせる。 だが大妖の一部が幾本もの『腕』と化し、詩をかき消すように八人へ振り下ろされた。 ●邯鄲之夢 「飯森の軍勢だ! 三根家の旗が……ッ」 「案ずるな、援軍だ。今は、アヤカシに集中しろ!」 偵察の報告に、前を見据えたまま祥が兵の動揺を制した。 旗印を翻し、領内を突っ切ってきた年来の敵。 心中穏やかではないだろうが、今は人同士がいがみ合う場合ではない。 奇声が耳をつんざき、飛びかかる犬鬼を人間無骨の一薙ぎが小枝の様に刈り取った。 馴染んだ十字槍を己の腕が如く自在に操る祥の姿は、その長さや重さを微塵も感じさせず。 しかし間合いに入るやいなや、鋭く研ぎ澄まされた穂先が獲物を貫き、斬り飛ばす。 気圧されて距離を置く鬼の群れと、後方で控える赤い布をつけた姿に祥は眉根を寄せ。 「……まだか」 低い呟きには、僅かな懸念の色が混じっていた。 獅子奮迅とも言える二人の戦いぶりは、三根の陣からも見て取れた。 四手に分かれた天見の軍は、いずれも後方に置いた射手や術者が頭上より隙を窺うアヤカシを狙い、刀を振るう者は眼前の敵に専心している。ゼロは陣形など考えないだろうから、討伐隊の指南した経験もある祥の助言だろう。 相手がアヤカシで幸いというべきか。もし人なら、足元には屍の山が積み上がっていたに違いない。 「いや、アヤカシ相手だからこそ……でやすか」 三根秀和へ説明する為にも先遣隊と接触した伝助は、率いる桐里の差配もあって無事に本陣と合流していた。 約二百の兵は五十人前後の四隊に分かれ、天見の加勢に回っている。伝助の案を秀和が受け入れたのだ。 「我らが力、存分に見せてやれ!」 突然の援軍で「驚かせた」と調子に乗り、三根秀和が放笑する。 その時、陣の一角より悲鳴が上がった。 陣幕を引き破り、猛烈な勢いで突っ込んできたのは一匹の朧車。 護衛の侍衆が槍や刀を振って仕留めた直後、ボロすだれの奥から影が飛び出す。 前方にいた家臣の身体半分を食い千切り、首だけのアヤカシは三根家当主へ迫り。 突如、前触れもなく煙幕が大首と周囲を包み込んだ。 構わずアヤカシは突進するも、次の瞬間、煙の中から現れた白刃が眉間に深々と穿つ。 煙幕が消えて尚、何が起きたか誰も……アヤカシ自身すら理解できぬうち、瘴気は地に溶けて消えた。 唯一、大首を屠った伝助は 並みのアヤカシなら考えられぬ行動に確信し。 「まだ無貌は健在っすか。でもこれ以上、思う通りにはさせやせん!」 いつ大妖自らが仕掛けてくるとも限らず、険しい表情で本陣を見回す。 叩き付ける多腕が乾いた土煙を舞い上げ、咆哮とも怨嗟ともつかぬ呪声は煩く耳を蝕む。 大妖『無貌餓衣』の攻撃は誰か一人を狙う類ではなく、届く範囲の生命全てに向けられた暴虐だった。 「なかなか、大雑把な攻撃だね!」 突き立つ『腕』の間をリィムナが紙一重ですり抜け、漆黒の刀身持つ霊剣で弾き返した劫光は手に痺れを覚える。 「重いな……ッ」 「体力、温存して下さい!」 黒壁が壊されるたび那由多は式を打ち、僅かな機会を縫ってジークリンデが『灰の光』を放った。 魔術の光は不定の肉塊に飲み込まれるが、効果の程は分からない。圧し掛かった肉塊は退く間もなく空すら隠し、術や刃で削いでも突破できなかった。 諦めない者達の傷を祈りの光が癒し、鼓舞する調べは途絶えず。 「この地に有る精霊さん、どうか力を……」 瞑目し、白い指で印を結んだ柚乃の祈りは幾度目か。 光を伴って六角の陣が出現し、活性化した精霊力が瘴気を祓った。 一日は維持される『護衆空滅輪』も大妖の攻撃には長く持たないが、束の間の清涼な空気は力を与えてくれる。 「でも長引くと、不利ですね……」 「幸い、外からの動きはありません。アヤカシも人も」 『場』への侵入があればジークリンデに伝わる術も、無反応だ。 「祥さんや伝助さん達、まだ戦っているんだ。こっちも踏ん張らないと」 遠くとも共に戦う繋がりを思い、那由多は陰陽甲を握り込む。 「弱点なんかへ、デカい一撃をブチ込めりゃな。向こうも一気に潰せず、攻めあぐねているようだ」 仄のぼやきに、息を整えながら劫光が呻いた。『無明』のうちに仕掛けるか、本性と対峙するのかすら講じていないのだ。 「双方、決め手に欠け途絶るか」 それでもアグネスは、大きく息を吸い。 「このまま、あたし達を一人ずつ殺す気? 無駄の極みだわ!」 封印を担う七人は揃わず、大妖も攻めあぐねているなら、突く虚がある筈と。 「死んだ仲間の遺志を無にしてあんたを解放する開拓者なんて、居ないのよ!」 「それに今、この地に居る人達は、あなた達アヤカシと戦う意思を持った、仲間です。いざとなれば、住まう人々と共に故郷を離れる覚悟を決めて、戦っています。たとえ数多ヶ原を魔の森に埋めても、あなたの望みは叶わないでしょう」 訴えるリーディアに柚乃が目配せをし、『精霊の唄』での癒しを買って出る。 「私は……脅しに屈するのは、仲間の覚悟を踏みにじるような真似だと、思っていますから。あなたが圧力をかければかける程、私は反発したくなるとも言えます」 「それにあんたは、すぐに魔の森を発生させなかった……何百、何千の開拓者を相手にして、何体の大妖が倒れたか、知らない訳じゃない」 アグネスの指摘に、何かが那由多の中でカチリとはまる。 「俺が最初にお前の名代と接触したのは、四年半も前だ。あの頃は彼方此方が悲嘆や怨嗟の声に溢れてた。けど……今は違う。『怨嗟喰らい』にはさ、さぞ居心地悪いだろ。奔出したゼロも、基時さん亡き後天見を守る元重さんも共に戦ってる。三根の人達だってそうだ」 陣が軋み、また黒壁が壊れた。 仄が『腕』を斬り払う間に劫光は白壁を召喚し、時を稼ぐ。 「数多ヶ原は……いや、天儀全域が、かつてないほど固く結びついてる……お前ら『アヤカシのお陰』で。ただ人は繰り返す、それはお前が一番知ってるんだろ。長い眠りから覚めた頃には、『悪い時代』も終わってるかもしれねぇ。なぁ、無明。そうは思わねぇか?」 「大人しく眠れ。そうすれば、決着は暫くとっておいてあげる」 アグネスが断じ、それを大妖がどう受け止めたかは分からない。 だが突如、哄笑が地を揺らし、止まった途端に夜空が晴れた。 『弓弦を焚き付け、酒天を封じた我が人に封じられるとはな』 頭に響く声は、どこか面白がる調子で。 『人の一生など、我には転寝にも満たぬ時間。貴様らに二度見える機会はあるまい』 「さぁて、血の気が多い連中だ。惰眠を貪ってると寝首を掻かれるかもな」 一同の眼差しをぐるりと見て仄が冗談めかすも、付き合う気は十分だ。 「俺も、腹、括ったよ。許されるなら天見の地に残り、生涯この封印を見守り続ける。いつか……成せるものなら、俺らの子孫が、きっと」 抱える問題はあれど、誓う那由多は痣に手を重ねる。 封印者が強く『封じ』を念じれば、チリと痣が強く疼き。 それきり、大妖の声は絶えた。 後は、荒涼とした野を夜風が吹き抜けるのみ――。 |