佐和野村 遊びて祓え
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2014/07/01 22:21



■オープニング本文

●変わりなく、季節は移ろい
 しとしとと、雨が番傘を叩く。
 見渡す限りの田んぼには隅々まで水が行き渡り、水紋が広がっては消えていった。
 一部では植えられたばかりの早苗が雨に濡れ、別の一角では蓑笠(みの)姿の村人達が大人や子供を問わず、総出で田植えをしている。
「おや、これは崎倉様。神楽からお戻りになったんですか」
「これから、村長のところへ顔を出しに行くところだ。雨だというのに、精が出るな」
 呼び止めた男は崎倉 禅(さきくら・ぜん)の労いに腰を伸ばし、からからと笑った。
「この時期は、お天道様と競争でさぁ」
「そして、皆のお陰で美味い米にありつける。有難い限りだよ」
「もふもふ〜」
 美味い米と聞いて、ありつけると思ったのか。
 崎倉の足元にいた藍一色の仔もふらさまが尻尾を振り、なにやらもふもふ訴える。
「お前、飯なら喰ったろうに……」
「もふらさまは、喰うのが仕事だから!」
 えへんと得意げな子供の主張に村人らも笑い、着物を掴むサラがじっと崎倉を見上げた。
 不安げな顔に、頭をくしゃりと撫で。
「では、風邪をひかぬようにな」
 野良仕事の邪魔をせぬよう話を切り上げ、再び崎倉は同行者と畑道を歩き出す。
 雨音に混ざり、遠くから田植え歌が聞こえてきた。

「村の為に、手数をかけますなぁ」
「神楽通いとは、崎倉様もご苦労様です」
 崎倉が戻ってくるのを聞きつけてか、村長の家では老齢の主人と共に神職の男が彼を待っていた。
「言うほど、大そうなモノでもないさ。以前より風来歩きをしてきた身、気が向いた時に神楽へ顔を出すのはずっと変わらんよ」
 亡き小斉老人の庵に崎倉が住み始めて、それなりに経つ。
 しかし、開拓者という『身分』は何かと便利だ。田舎とはいえ佐和野の村とて例にもれず、何度かアヤカシに襲われた過去もあった。それもあって崎倉は今も開拓者ギルドに籍を置き、建前上は神楽の都に一応の居を構え、思い出したように顔を出している。
「それにしても、わざわざ神職殿まで待ち構えているとはな。なにか、悪さをするアヤカシでも出たか?」
「そういう訳では、ないのですが。何やら今年は頭から胸騒ぎというか、妙な感じが致しまして……崎倉様、神楽でなにか噂など小耳に挟んでいませんか?」
 声を落として訊ねる相手に、湯呑みを口へ運びかけた崎倉は「う〜む」と唸り。
「開拓者ギルドが、冥越に仕掛ける事となった」
「冥越に、でございますか」
 ずっと昔、アヤカシによって滅ぼされた国の名は聞き及んでいるが、小さな村にとっては遠い場所の出来事だ。
「だが、心配無用。各国が動いているものの、佐和野のような小さな村々への影響は少ないだろう。村人に知らせ、悪戯に不安がらせる事もない」
「そうですか」
 案じる二人の表情に、いくらかの安堵の色が浮かんだ。
 小さいとはいえ、儀が落ちた事を彼らは知らぬ。
 活発に大アヤカシや配下のアヤカシが蠢き、国を転覆させようとした事も、また。
 一心に土を耕し、空模様を窺い、家族と共に暮らす日々――これから何があっても、いざという時に平穏を支えるのは、そうして数多の人々が何世代も続けてきた変わらぬ生き方だと崎倉は思う。
 だから、それ以上は何も言わなかった。
 神に仕えるという役職柄か、たとえ神職が何らかの異変を察しているとしても。
「ところで、そろそろ今年も神事を行う時分。久し振りに、開拓者の方々を招こうと思っておるのだが……」
 そちらが本題だったのか、おもむろに村長が話を切り出す。
 佐和野村には『豊作を願う厄払い』の風習として、田植え直前の田んぼで泥遊びをする神事があった。
 数年前には開拓者も参加していたが、諸般の事情で二年ばかり誘いを見送っている。
 しかし賑やかな開拓者達の来訪は一種の『祭り』のようなもので、村のみの神事に村人達も寂しい思いをしていたらしい。
「冥越を攻めるとなれば、開拓者は多忙かもしれんのう」
「なぁに、戦ばかりも飽くからな。むしろ景気付けで呼ぶのも、良いんじゃあないか。今年は田植えも早いようだから、ちょうどいい。繋ぎは俺が付けておこう」
 旅の疲れか後ろで寝てしまったサラと仔もふらさまの様子を見てから、話の間に冷めた茶を崎倉はすすった。

●変わらぬ風景
 雨の日でも変わりなく、神楽にある開拓者長屋では子供らの遊ぶ声が響く。
 路地では大きな番傘をさした子らが水溜りを踏み、バシャバシャと飛沫をあげて遊んでいた。
「てめぇら、誰が洗濯すると思ってんだ、それ」
 縁台に腰掛けたゼロが恨めしげに聞けば、双子の末っ子と子守りをする子供らが揃って首を傾げ。
「……ゼロ?」
「俺かよ!」
 一様に指を差されて突っ込めば、きゃっきゃと笑いながら子供達は逃げ出す。
「子供達は元気だねっ。それでそれで、崎倉さんは何て?」
 肩を落とし、脱力するゼロの様子に桂木 汀(かつらぎ・みぎわ)が笑い、足をぷらぷらさせながら届けた書簡の中身を聞いた。
「ああ。佐和野村で泥遊びの神事をやるから、よければ厄払いを手伝え……だとさ」
「今年は皆で遊ぶんだねっ。あ、でも、ゼロさんところは子沢山だから、あたしは留守番ついでの子守りでもいいよ〜」
「その代わり、『駄賃』を要求するんだろう」
「えへへ、バレた?」
 隠しも悪びれもせず、ちらと舌を出した汀が悪戯っぽく笑う。
「ま、そこは俺一人で決める訳にも、な。しかし梅雨の田植え時とはいえ、晴れるといいがなぁ」
 見上げた空は鉛色の雲に覆われ、しとしとと雨が降り続いていた。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
リーディア(ia9818
21歳・女・巫
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
透歌(ib0847
10歳・女・巫
ソウェル ノイラート(ib5397
24歳・女・砲
音羽屋 烏水(ib9423
16歳・男・吟


■リプレイ本文

●泥遊に集い
「御免くださーい!」
 村の外れにある庵の縁側で、透歌(ib0847)の明るい声が響いた。
「よく来たな」
「あ、崎倉さん、こんにちはー!」
 奥から現れた崎倉 禅に透歌が手を振り、柚乃(ia0638)は頭を下げる。
「忙しい時期に、すまんな」
「それなら大丈夫です。思えば、戦い続きでしたもの……丁度よい機会、のんびりと過ごせたらと、そう思ってたんですが」
 いつもより身体が重そうな少女の様子に、怪訝な表情を以心 伝助(ia9077)が浮かべた。
「柚乃さん、怪我したんすか」
「はい、残念ながら……でもでも、泥遊びは楽しみたいですっ。久しぶりですから!」
「確かに久し振りっすねぇ、佐和野の村も」
 遊ぶ分には問題なさそうだと、伝助は内心安堵する。
「ホント、久しぶりね……泥遊びの厄払いに、あとお墓参りもしたいわ」
 呟く胡蝶(ia1199)に、こっくり透歌も頷いた。
「ほんに、蟇目鏑での邪気祓いの神事以来じゃなぁ。此度も村独自の祭事が行われると聞きゃ、参加せずにはいられるものかっ」
 三味線「古近江」でぺけぺんと語りを入れるのは、音羽屋 烏水(ib9423)。
「村長らが聞いたら喜ぶぞ」
「おぉ、村長や神職殿に変わりはないかのぅ」
「爺さん達なら息災だ。神事に開拓者を呼ぶか決まるまでは、寂しげだったが」
「嬉しい言葉じゃな。待ち兼ねていたとなれば、これはしっかり性根を据えて遊びにかからねばなるまいっ」
 ぺぺん!
 踊るように音が跳ね、からりと崎倉も笑った。
「庵も適当に使ってくれ。遠慮は無用だ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて。助かるよ」
 渡りに舟とばかりに、ソウェル ノイラート(ib5397)は膨らんだ風呂敷包みをぽんと叩く。
 泥だらけになる以上、着替える必要が出てくる訳で。
「……覗くなよ、てめぇら」
「しないよ。ゼロじゃあるまいし」
 ゼロと子供らの会話を、意味深な笑みでソウェルが見やる。
「ふぅん……覗くんだ、ゼロ」
「覗かねぇからっ!」
「リーディア、ちゃんと旦那の首根っこを掴まえておいてよ」
 抗議に構わずソウェルが片目を瞑り、気付いたリーディア(ia9818)はくすくす笑った。
「はい。でも神事が終わったら、ヘトヘトになってそうですけど」
「そういや、小春はまだか。ちぃとガキどもと見てくるぜ」
 形勢不利な状況をはぐらかすように、ゼロは近くの子供らの頭に手を置き。
「あ、私も行きます〜っ」
 急いで透歌もブーツを履き、「わしも」と烏水が腰を上げる。
「散歩っすか?」
「村長や神職殿に、ひとつ挨拶しに行こうかと思ってのぅ。態々(わざわざ)に開拓者を招いてくれたことへの感謝も、是非に伝えねば」
 伝助へ答えた烏水の、天狗羽織の裾をためらいがちに引く手が一つ。
「天狗のお兄ちゃん、いっしょにいく?」
 振り返れば、いつぞや泰国の祭見物で助けた迷子の少女がそっと訊ね。
「無論じゃともっ」
 誘いに、ぺんっと明るい音を返す。
「遅くならないように、ですよ〜」
 手伝いに残る子供らと共に、リーディアは出かける背中を見送った。
「季節は巡り、人は変わっていく……それでも変わらないものがあり、守るべき大切なものがあります」
 賑やかな声と物音に、縁側に腰掛けたジークリンデ(ib0258)は仔もふらさまの頭を撫でながら、雲のかかる空を仰ぐ。
「それは、ここにも。確かに……」
「もふもっふ〜」
 渡る涼風は長い銀髪を揺らし、一面の田の上を吹き抜けていった。

●童の如く
 祝詞の仰々しい祝詞が、青い空へ吸い込まれていく。
 誰もが粛々としていた神事も『要』になると、一枚だけ田植えが終わっていない泥田は仁義無用の遊び場と化した。
「遊び始めりゃ、遠慮することはなし! さあさ皆々、老いも若きも男子も女子も垣根は今はなく、泥にまみれて遊びて騒げ! 厄も田の中転がり転がり転ずれば、豊作呼び込む福ともなろうっ」
 先に許可を得た烏水は、ぺんぺけっと存分に三味を鳴らして囃し。
 当然の如く一番目立つ『でっかい標的』が、真っ先に集中砲火を浴びる。
「てめぇら、手加減ってものをだなぁッ!」
「神事っすから。それにゼロさんは何かと厄に巻き込まれ易いんすから、しっかり厄落とししやせんと!」
「そうそう、挨拶代わりってね。大丈夫、後で禅にも投げるから」
 容赦なく伝助が泥玉をぶつけ、ソウェルもまた遠慮なく。
「大丈夫くねぇ!」
「成る程。とりあえず、ゼロ様に泥をぶつければよいのですね……」
 何を納得したのか、見様見真似でジークリンデも泥投げに加わった。
「この神事は……やはりゼロさんが泥人形になるまで遊び倒されない事には、全力で泥遊びをした気になりませんよねっ」
 あぜ道でリーディアは明煌を抱っこして座り、暁春は年長の少女が預かる。
「ゼロさん、頑張って下さいね♪」
「えっと、お母さんも……これ」
 応援していると、真ん中辺りの歳の子達が泥玉を持ってきた。
 手が離せない自分の為にと握った泥玉に、胸の奥がじんわり熱くなり。
「お、お母さんだって、志体持ちですもん! お父さん程でなくても、これくらい頑張っちゃいますとりゃ〜!」
 上の子に明煌を預けたリーディアは抱っこに挑戦し、抱き上げられた方は驚きやら何やらできゃっきゃとはしゃぐ。
「皆さん、最初から飛ばしてますね」
「楽しそうだ」
 くすくす笑う柚乃に間に合った小春も明るく笑い、二人の背にぺたりと泥が張り付いた。
 振り返れば、頬を泥で汚した透歌が嬉しそうに泥を集め。
「えへへ。サラちゃんにも、えいっ」
 ぺしょりと、投げた泥は仔もふらさまに当たる。
「もふ〜っ」
「……」
 泥田に立ち尽くすサラから戸惑う視線を投げられ、苦笑した崎倉の頭にぶつかる泥玉が一つ。
「田んぼの外だからって、油断大敵だよ」
 満足げなソウェルは歩こうとするも、泥に沈んだ足が抜けず。
 べしょーんっ。
「あぁっ、ソウェルさーん!」
 ひっくり返った様子に声をあげた透歌の頬へ、泥だらけの手をべたりと胡蝶がくっつけた。
「ほら透歌、笑ってばかりもいられないわよ」
「大丈夫っすか?」
 一方、伝助が転んだソウェルに手を貸し、何とか立ち上がった彼女は肩を竦め。
「水田に入るの、初めてだからね。ありがと」
「問題ないっす。あっしも、慣れてないでやぶっ!?」
 ごすっと、脇からの泥玉がその台詞を遮る。
「油断大敵なのじゃ!」
 からから笑うのは、我が侭を言ってついて来た禾室だ。同居人だからこそ、油断も隙もないというか。
「みなゼロ殿に集中するじゃろうから、わしら子供連合はあえて他の開拓者を狙っていこうかのぅ」
 そう、事前にサラやゼロの子供らを誘った禾室だったが。
「あだだだだっ。手加減するのじゃー!」
 同居人への不意打ちは、相応の『打剣』で返される。
 サラを巻き込まぬよう禾室は逃げ回り、ちらと胡蝶が伝助を見やった。
「男気のある男性陣は、喜んで的を引き受けてくれると思ったのだけど」
「今日のあっしは、やられたらキッチリやり返す構えっすから」
「そう。まぁ、体力自慢にそう簡単には……あら、良いところに当ったわ」
 なにげなく投げた泥玉は、既に『満身創痍』なゼロにぶち当たる。
「てめぇ、ら……」
 泥で重くなった身体が、ばったりと倒れ。
「ゼロさん、しっかり〜っ」
 暁春を抱いたリーディアは駆け寄ると泥をぺたぺた塗り、盛った泥を息子がぺちぺち叩いた。
「微笑ましいのう。やはり、祭は参加せねばな!」
 ひとしきり響かせた三味線を置き、袖まくりをした烏水は遅れて泥田へ飛び込む。
「真打登場っすか」
「ん〜っふっふ、男子には遠慮はせんぞぃ! 女子はー……あー、うむ。あまり泥塗るにも目のやり場に困りそうじゃし」
 ぺたんっ。
「先手必勝、です〜」
 伝助に応じて烏水がもごもご口ごもる間に、柚乃は泥だらけの両手を押し当てた。
「人が悩んでおるうちにっ」
「ほら、小春さんとサラちゃんもっ」
 抗議の間もなく、透歌達が追い討ちをかける。
 村の子供らも着物の襟から泥を突っ込んだり、全身泥だらけで相手にくっついたりし。
「こういう方法もアリなんすね」
 妙に感心する伝助は、いつの間にやら一緒に滑って競争したり、転ばせ合ったりして子供らの『遊び方』を教わっていた。
「楽しそう……ですが村の皆様、何故私には控え目なのでしょう」
 首を傾げるジークリンデは、あまり泥に汚れておらず。
「そりゃあ、な。別嬪さんには気後れしちまうのさ」
 笑う崎倉が、代わりに手加減して泥を投げた。

●過ぎし時に
 神事の後、着替えたソウェルは独りで山へ入っていた。
 件の鬼と戦った場所でしばし瞑目し、今一度、自分への戒めを胸に刻むと麓へ振り返る。
「辛気臭いのも居ないし、お墓にお参りしに行こうかな」
 否定はしないが、誰も彼もが辛気臭い顔で雁首を揃えては、参られた側はさぞかし暑苦しいだろう。
「話しかけてるの見られるのは、なんか嫌だしね。それにしても、天儀のお墓には何を供えればいいのかな」
 迷いながら簡素な墓を訪れたソウェルは、安堵して持参したにごり酒「霧が峰」を供えた。墓前には先客が供えた別の「霧が峰」があり、また隣にある妻の墓とお揃いで花が手向けられている。
 酒はジークリンデ、花は柚乃が訪れた際に供えたものだが、彼女は知る由もなく。
「さて、なんて報告しよう。元々知合いだったって訳じゃないし、私の近況話しても面白くもなんともないだろうから……」
 少し考えた末、今日一日で彼女が目にした出来事――村や神事の様子などを話して伝える。
 それが一番、心置きなく楽しんでくれそうだから……。

 蛍の沢に、もふっもふっと音がする。
 一歩ごとに鳴る靴を履いたサラは、不思議そうに足踏みをしていた。
「昔に神楽の都であった催しで、案を出した物よ。履かれないままでは靴も可哀相でしょ」
 崎倉との同道が多いサラの、遊び道具にでもなればと、もふらブーツを贈ったのは胡蝶だ。案の定、足元では仔もふらさまが「もふもふ」と対抗しているが。
「ところで……サラの身の上、聞いてもいいかしら。余計なお節介をやくつもりはないのだけどね」
「酒の肴にもならん話だが?」
 確かめる崎倉の口ぶりに、尋ねた胡蝶は目で頷く。
「無理にとは言わないわ。人には色々あるもの」
「そうだな……もう何年前になるか、飛空船が航路で大型のアヤカシに襲われてな。乗客には開拓者が数人いたが、間の悪い事に誰も龍を連れておらず。破壊される船内を駆け回って宝珠と制御機関、そして艦橋を死守し、何とか船を着陸させた。
 サラも難を逃れた一人だが、母親と助けた開拓者が目の前で空に飲まれたせいか、言葉を忘れてな。身元は不明で引き取り手もなく、託された者は途方に暮れた末、顔見知りの側から見つけてくれないかと儀を歩き回った。だが何年何里を歩こうと、未だ収穫はない」
「ワラの中から針を探すようなもの、ね」
 他人事のように語る崎倉に、胡蝶は重い息を吐く。
「この先もずっと、歩き続けるつもり?」
「開拓者は続けるさ、喰わねばならんからな。後は庵の守りでもしながら、見守るつもりだ」
「そう……。私も天儀に来た頃は、あまり人の付き合いも無かったのだけれど。今は合戦を共にする仲間や、苦い経験を共有した友人とか、冗談を言う顔を張り倒せる馬鹿なのも居る……幸いなことにね」
 靴を鳴らすサラと楽しげな透歌や小春を眺めながら、胡蝶は胸中を明かした。
「禅やサラともそういう付き合いでいたいから、聞き役が欲しい時があればなるわよ……小斉老人みたいな、懐の深さは期待に添えないけれどね」
「若い身空で、隠居した爺さんに張り合う事もなかろう」
 からりと崎倉は笑い、さました麦湯の椀を差し出す。
「胡蝶さん崎倉さん、一緒にお菓子を食べませんか?」
 誘う透歌に、べんべんと烏水が三味で調子を合わせた。
「皆で賑やかに頂く菓子は、また格別じゃからのう」
 神事の後で村人から貰った飴や饅頭、透歌が持ってきたリンゴのタルトや大判鍋蓋煎餅など、様々な菓子を広げている。
「しかし長屋で会うた双子も、随分と大きくなったものじゃなぁ。昨年は赤子と思っておれば、もうこんなに……これも善きご両親がもとで、皆と一緒に暮らしているおかげかの」
 並んで座る双子に、烏水はうんうん頷き。
「善きご両親……なんだか照れますけど、ありがとうございますっ」
 赤くなったリーディアが礼を告げ、子供らの成長を綴った手帳に手を置く。
「十二人を引き取って、約二年。双子は一歳半……あの子達は、どれだけ成長しているかしら?」
 暁春と明煌は兄や姉の後を追って歩くようになり、話す言葉も少し増え、それでも母にはまだまだ甘えん坊だ。田んぼで触れる泥の感覚は楽しかったのか、べちべち手でこね回していたが。
「今日も書く事、いっぱいですね……ところでゼロさんは、まだ『お父さん』って呼ばれてません?」
 ふと問えば、髪に乾いた泥が残ったゼロは腕組みをし。
「もしかすると、俺は悪ガキ仲間の延長かもしれねぇ」
「あらあら。暁春さんも明煌さんも、『ま〜』は言えても『ぱ〜』は難しいようですしね」
 心なしか凹む背を、ぽんぽんと叩いて慰める。
「あの子達、日々の生活に何を想い、どう感じているのでしょう」
「少なくとも、不平不満はねぇさ。気ぃ遣ってか、前ほど東堂の名は口にしないが……熱心に寺子屋通いを続けてんだ。会いに行くって志しも、変わってねぇぜ」
 夫の返事に首肯し、手拭いで洗い残した泥を拭った。
「……しっかり見守っていきたいですねぇ」
「そうだな。で、さっきからどうした、柚乃。ナンか話でもあんのか?」
 急に声をかけられ、ためらっていた柚乃がうろたえる。
「その、別の機会にした方がいいかな……って、迷ったんですけど……。でも、折角ゼロさんがいるので……」
 声を落として明かしたのは、先日に遭都の某所で見た『夢』――五百年前の朝廷と修羅一族の争いに、大妖『無貌餓衣』が関与していたという話だった。
 耳を傾けるゼロは次第に険しい顔となるが、話し終えた柚乃の頭をくしゃりと撫で。
「ありがとよ。けど五百年も前から変わってねぇとか、筋金入りの陰険だぜ。なぁ?」
 そう茶化して、重い空気を笑い飛ばした。

 少し離れた沢の上流側では、暗い中で伝助が静かに蛍の舞う姿を眺めていた。
 同居人は透歌や子供らと菓子を囲み、笑い声に有難い事だと感謝する。
 村人は沢の蛍火の光陰に、故人の面影を見るという。
 出会っても出会わなくても、構わない……そんな心持ちで、伝助はただ乱舞する蛍を見つめた。
 以前会えた気がしたから、それで十分だと。
 次が何時になるか分からないし、世の中では色々と不穏な出来事もあるけれど。
 今は約束ではなく、自分の意思で生き抜くと決めたその決意を新たにして。
「……また、来やすね」
 やがて万感の思いを胸に、しばしの別れを伝助は蛍火へ告げる。
 誰かを守れる力を、教えてくれた感謝と共に――。