希儀抄、残火払い
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/31 17:51



■オープニング本文

●希儀の春
 季節の巡りは、何処の地にも変わりはなく。
 天儀やジルベリア、アル=カマルに泰国はもちろん、希儀にも春はやってくる。
「あ、桜ー!」
 希儀の玄関口の一つ『明向(みょうこう)』の街角で、馴染み深い薄桃色の花を見つけた修羅の少女が天へ枝を広げた木に駆け寄った。
「それは、アーモンドという木です。ジルベリアにもあるそうですが、こちらでも見られるのですね」
「あーもんど? ジルベリアのお菓子で使ってる、種?」
 花を指差す一矢小春(いちや・こはる)が首を傾げると、少女の保護者でもある弓削乙矢(ゆげ・おとや)が頷き。
「ええ。ピンクの他に、いくらか白っぽい花が咲くそうです。伝え聞いたところ、ピンクのアーモンドは早咲きで実はいささか苦いとか。一方、白の花は美味しい実になるそうですよ」
 どちらも、弓や矢の素材に不向きですが……と、弓矢作りの職人らしく付け加える。
「じゃあ、なんの木だと弓に出来るの?」
「そうですね。希儀にもイチイの木がありますから、これが一番良く使われたと思います。でも一本の枝木から作る単弓ではなく、複数の木を組み合わせていたようですね。他にも、鹿の角を弓に加工していたようです」
「へぇ……」
 希儀の弓矢に興味を持った乙矢は、残された数少ない文献や遺留物から素材や製法を調べ上げていた。
 だが多くの職人技がそうであるように、希儀での技術の継承もまた口伝が主だったのか。製法を記した書物はほとんど発見されず、神殿や遺跡の壁に刻まれた壁画が数少ない手がかりだった。
「『嵐の壁』があっても、種とかは飛んでいくのかなぁ。それとも、鳥は『嵐の壁』を飛び越えるのかな? だけど梅も桜もないよね、希儀は」
「ええ。不思議なものです」
 再び花を見上げる小春に乙矢も小さく笑み、一緒にアーモンドの花を見上げる。
「乙矢……今度の砦の調査、ついていっちゃダメかなぁ?」
「ダメです。まだ残党のアヤカシも残っていますし、遺跡の中もどうなっているか分かりませんから」
 さらりと諭され、小春は「むぅ」と口をへの字に曲げた。
「外に出ないで、飛空船に残ってても?」
「ダメです。さぁ、宿に行きましょう」
 頬を膨らませる少女を促し、乙矢は歩き出す。
 暖かな春の風が、明向の街を渡っていった。

●主なき砦
 春を迎えた大草原は、一面の緑に様々な花が咲き競っていた。
 黄色いキンセンカや菜の花、白いカモミール、赤のポピーにアネモネ……その他、名も知らぬような花々は一輪一輪こそ小さいが、それが見渡す限り咲くさまは壮観だ。
 そこから少し南下した山地の谷に、『アヤカシ砦』があった。
 しかし、今はもう砦にアヤカシはいない。
 入植者を脅かすアヤカシの拠点だったアヤカシ砦は、昨年の秋に開拓者の手で攻略された。
 砦唯一の出入り口、正面の塁壁(るいへき)に設けられた木製の両開き門は、戦闘の際に破壊され、失われている。塁壁自体も宝珠砲の砲撃で数箇所の破損がみられるが、まだ堅牢さを維持していた。
 また、周辺では砦の残党と見られる豚鬼や狂骨といったアヤカシが確認されている。
 この砦を、どうするべきか……希儀の開拓者ギルドは悩んだ末、開拓者達へ意見を求めた。
 再びアヤカシの拠点とならないよう、塁壁を破壊してしまうのも構わない。
 砦には手をつけず、残党アヤカシを探し出して掃討し、入植者達の安全を確保するのも手だ。
 あるいは再び門を取り付け、入植者を保護する為の砦として活用する案もある。
 砦の内部には遺跡があり、これの調査も検討されていた。
 最大の問題は「いずれを解決しようにも、現地では手いっぱいだ」という点。
 そのため、砦を何とかしたい開拓者ギルドが苦肉の策として出したのが、「人手が足りないので、開拓者がなんとかしてくれ」という身も蓋もない依頼だった。

 諸般の事情で開拓者を辞した乙矢だが、希儀での弓矢の技術を求め、先の『砦攻め』に加わった。
 今回の依頼も、砦の存続より遺跡の調査が行われるかが気になるところだ。
「なにか……わずかな手がかりでも見つかれば、良いのですが」
 現状では掴めそうな藁の一本、すがる蜘蛛の糸一つすら無い乙矢は小春に気付かれぬよう、密かに嘆息した。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
刃兼(ib7876
18歳・男・サ


■リプレイ本文

●古砦、再び
 春を迎えた『アヤカシ砦』は、最後に見た時と変わらぬ佇まいをしていた。
「そんな前の事じゃないのに、なんだか懐かしいな」
 飛空船の甲板で風を受ける天河 ふしぎ(ia1037)は、改めて砦を細部まで観察する。
「ふぅん……これが、アヤカシ砦ね。元々は、希儀の人が建てたのかしら?」
『開拓者ギルドの調べでは、そのようです』
 翻る青銀の髪を風に遊ばせるユリア・ヴァル(ia9996)の後ろで、主人が選んだ執事服に身を包む上級からくり シンが疑問に答えた。
「無骨な感じだけど、内側はどうかしらね。興味深いわ」
「塁壁にレリーフや彫像がなくて、よかったわね」
 崩れた塁壁を眺める胡蝶(ia1199)に鬼灯 仄(ia1257)が驚いた顔をし、次いでにやにや笑いで煙管を振る。
「骨董趣味に乗り換えるのか? 見定めなら、手伝ってもいいぞ」
「どうせ、鑑定料狙いでしょ。断っておくけど、商売っ気なんて全くないから」
 咎めるようにつぃと見上げる視線を物ともせず、からからと仄は放笑した。
「見た目を変えたついでに心境の変化でもあったかと思いきや、中身はまんまだったか」
「それは、どういう意味かしら?」
 冷ややかな胡蝶の瞳は危険な色を帯びたが、ふっと思い直したように目を閉じ。
「ま、いいわ……珍しい物なら好事家が興味も示すかもしれないから、遺跡の調査を手伝いなさいよ」
「……あ?」
「自慢の鑑定眼、期待しているから」
「あ、あ〜っと……そうだ。ネクタル、何か言えっ!」
『え……なに、か?』
 急に話を振られたからくり ネクタルは、不思議そうに主へ首を傾げる。
『なんでぇ、ベタな奴だな。そんなんじゃあ、うちのお嬢は満足しねぐぇっ!?』
 尊大な言葉に続いて、蛙が潰されるような悲鳴。
 胡蝶の肩では、主の手の下で『ひょっこり』の術で普通の蛙と変わらぬ大きさとなった上級ジライヤ ゴエモンが文字通り潰されていた。
「なんだか面白そうだから、俺も期待していい?」
 指の間からぴくぴくと手足を動かすジライヤを、ケイウス=アルカーム(ib7387)が突っつく。
「遺跡を塞ぐ岩も、ヴァーユが入れるなら何とかできるかもしれないしね」
「そいつは頼りになりそうだ」
「とか言いつつ、楽ができるって思ってるんじゃないでしょうね」
「ぅぐっ」
 胡蝶に図星を指された仄が二の句に詰まるも、当のケイウスは気にせず笑った。
「遺跡があると聞いちゃあ、やっぱりね。中を見たくなるのが人情っていうか。もちろん後の事も考えて、水源探しなんかもしたいと思ってるけど」
「でも本当に、いいのですか?」
 心配そうに確認する弓削乙矢へ、胡蝶はつぃと顎を上げる。
「遺跡、行くのでしょ。関心はあるし、同行させてもらうわ」
「よろしくお願いします」
 当然とばかりにきっぱり返され、反射的に乙矢は一礼した。
「しかし、なかなかの……『大仕事』になりそうだな」
 先に状況を聞いてはいたが、実際に一部が崩れた塁壁と破壊された扉を目の当たりにした刃兼(ib7876)も頭の中で段取りを整理する。
『それこそ仙猫の手も借りたいって、顔でありんすね』
「そうだな。貸してくれるか、キクイチ?」
『あい、わっちもお手伝いするでありんすー! それから、わっちと刃兼はんの間で、そんな水臭い事を言わんでおくんなんし』
 先が白くなった二又の尾を黒い仙猫が揺らし、頷く刃兼は頭を撫でた。
「アヤカシに住まわれていた希儀の砦、か」
 刃兼の呟きに、ケイウスもしみじみと近付く砦を見つめる。
「どれくらいの期間、根城にされていたんだろうね」
 開拓者ギルドは砦の扱いを依頼を受ける開拓者に一任し、集った者達は砦を再建する方向で意見が一致した。
「まずは周りの状況を確かめつつ、アヤカシ退治かな」
 指を振り、にっこりと笑んだケイウスは山地を示す。
「そうね。砦の再建は決まったけれど、向こうから壊しに来られると面倒だもの」
 髪をかき上げるユリアの後ろでは、かしこまるからくり執事が随行の意を示すように頭を下げた。

●残党の森
 緩やかな春の風を辿るように、空龍は山の傾斜に沿って旋回した。
 背中からケイウスが地上を窺うと、木々の合間をぬう水の流れが見える。
「小さいけど川だね。まずは水場を一つ確保かな……お手柄だよ、ヴァーユ」
 手を伸ばして首を撫でれば、嬉しげに空龍は喉を鳴らした。しかし不穏な気配を感じ取ったのか、警戒するような低い唸りに変わる。
 ある地点から距離を置いて旋回する様子に、ケイウスも意図を察し。
「皆に知らせよう、ヴァーユ」
 彼の言葉を待っていたように空龍は翼を打った。
 やがて見えてきた谷――砦へ近付くと、塁壁の上でアメトリンの望遠鏡を覗くふしぎが飛影に気付き、大きく手を振る。
「南から、アヤカシの群れが向かってくる。気をつけて!」
 普通なら声が届く距離ではないにもかかわらず、忠告はその耳へ届いた。
 おそらく機転を利かせた吟遊詩人が、『貴女の声の届く距離』を使ったのだろうと判断したふしぎは、返事代わりに大きく腕を回して円を描く。
「あっ、居た!」
 望遠鏡を置き、『バダドサイト』の遠視を用いたふしぎはアヤカシの群れを確認するやいなやロープを伝って滑り降り、そこへ知らせを伝えた刃兼が仄と走ってきた。
「アヤカシが出たってな。胡蝶にこき使われるばっかりもナンだし、気晴らしにでも行くか!」
「こき使われていたのか」
 嬉々として腕まくりをする仄へ、素直に刃兼が聞き直し。
『尻に敷かれているんでありんすよ』
 こそりと仙猫は主に耳打ちする。
「ったく。うちのといい、猫又や仙猫は口が減らねぇ……なぁ、ネクタル」
『……』
 聞きとめた仄から同意を求められ、傍らのからくりは(脇が甘いから)と言いたげな顔をするのみ。
「仄! 刃兼を巻き込んで無駄口を叩いてるなら、手伝いに戻る?」
「いま行くところだぜ!」
 見咎めた胡蝶の一喝で、慌てて駆け出した。
「私は砦内の見取り図や、測量の目処を立てておくわ。手を焼くようなアヤカシの集団なら、すぐに駆けつけるから!」
 腰に手を当て、アヤカシ退治へ向かう男達の後ろ姿を見送る胡蝶の肩でジライヤがゲコゲコ笑い。
『紺屋(こうや)の明後日、ってかぁ』
 すかさず、狭い額を細い指でビシッと弾かれる。
「人手が減った分、ゴエモンにも働いてもらうわよ」
 ちらと奥を塞ぐ岩の山へ胡蝶が目をやり、ジライヤは目を白黒させた。
『実に、ジライヤ使いが荒いお嬢だぜ……』
「すみません。私も龍などを連れていれば、もっとお力になれたのですが」
「気にする程の事でもないわ。今の間に、岩を動かす順番を決めるわよ」
 事も無げに返した胡蝶は、明かり代わりに光る蝶の式を呼び出す。次いで鼠の形を成した『人魂』を放ち、岩の隙間を調べ始めた。

「どっちだ」
 道なき道を進む者達の耳に、呼子笛の音がした。
 やがて行く手に、木々の間を吹き付ける白い嵐が見え。
『こちら方の「援軍」も到着した模様です、我が主』
 二丁の銃を操る上級からくりの執事が、主の背に告げる。
 対するのは豚鬼や狂骨、数にして十数匹。
 前へ出てトネリコの柄と白銀の穂先を持つ神槍を振るう主に、従者の銃弾はその一挙一動を妨げる事無く。
「大丈夫、みたいだな」
「後れを取る程ではないけれど、数が多いのよね」
 声をかける刃兼へ敵から目を離さずユリアが応じ、群れの退路を断つように空龍が着地した。
「淑女に従者が一人だけ。襲いやすそうに見えたんじゃない?」
「それを高みの見物、かしら」
「まさか! 近くに加勢しそうなアヤカシがいないか確認を、ね。じゃあ、心細い思いをさせたお詫びに」
 冗談めかすユリアへケイウスが笑み、龍の背より詩聖の竪琴を紡ぎ始める。
 脇より刃を振り上げる豚鬼の目を、妖光放つ仙猫の橙の瞳が捉え。
『さぁ、踊りなんし』
 惑わされた豚鬼は、近くの狂骨へ出鱈目に剣を振り回した。
 そこへ太刀「鬼神大王」を抜刀した刃兼が、躊躇なく混乱の中へ踏み込み。
「ヤァッ!」
 気合一閃、水面の如き色をたたえた刃が弧を描き、囲むアヤカシを断ち切る。
 窮した豚鬼の一匹が「ギェェッ」と奇声をあげ、逃げに転じた。
 だが逃亡は、銃声に阻まれ。
 直後、式の力を得た漆黒の刀身が、頭から真っ二つに豚鬼を斬り裂く。
 左右に分かたれたアヤカシは、どぅと地面に倒れ。
「絶対、逃がしはしないんだからなっ」
 散る塵の狭間で、ふしぎが鋭い眼差しと切っ先を群れへ向けた。
「一匹でも逃したら開拓村がまた襲われる……そんなの、僕が許さない!」
「そういう訳だから、観念するんだぜ、っと!」
 飄々とした口ぶりに、風斬る天儀刀が一太刀で首を断つ。
 枝垂桜を思わせる燐光が散る中、首を失った豚鬼がまた一匹、崩れ去った。
「口煩いもいるからな」
 愚痴る仄に、従うからくりは聞こえなかったフリか表情を変えず。
 現れる『新手』にアヤカシが浮き足立つも、急に次々と苦しみ、ばたばた倒れ始める。
 伴奏と称し、ケイウスが奏でていた楽曲『魂よ原初に還れ』が紡ぎ上げられた瞬間だった。

 間もなく森は平穏を取り戻し、アヤカシを片付けた者達はその場で分かれる。
 引き続き残党の痕跡を探り、砦の周辺を調べ、そして少しでも砦の修復を進める為に。

●再建の礎
「これで痛んだ箇所を塞いで、後は……と。新しく扉を作り直す保証はないし、頑丈な門にしなくては」
 刀を大工道具に持ち替えた刃兼を眺める仙猫が、俄かに『あ!』と声をあげた。
『刃兼はん刃兼はん、扉にアレ付けられやせんか?』
「アレ?」
『獅子の頭が輪っかくわえてて、コンコンってするやつ!』
「……キクイチ、お前の言ってる装飾は、さすがに無理だからな」
 器用に前足で叩き金を叩く仕草をしてみせた仙猫は、見た目にも分かる程しょんぼりし。
 そんな相棒が微笑ましくも、苦笑いしながら刃兼が作業に戻る。
 出発の前、彼はあらかじめ道具や資材の手配をギルドへ頼んでいた。
 現地で木を切り出しても、生木では心もとない。修復には天儀から運んだ材木を重ね、加えて筋鉄門(すじがねもん)のように鉄板を打てば、かなりの補強となるだろう。
(……実家や長屋の戸を直すのとはワケが違うから、な)
「よいしょっと。これは、ここでいいかな?」
 ふしぎの操るアーマー X3『ウィングハート』が、チェーンソーで切り出してきた丸太を降ろす。
「ありがとう、助かる」
「次は崩れた塁壁を補強してくるよ」
 岩を運ぶアーマーを見送り、刃兼も作業に戻った。

「でぇぇぇいッ!!」
 仄が気合を入れ、筋肉が隆起した腕が揺らぐ岩を押し込む。
 並ぶ上級ジライヤも体重をかけ、後ろから空龍がもどかしそうな視線を主へ投げた。
「『竜巻撃』はまだだよ。今やると二人ごと吹っ飛ばしそう……あ、ジライヤは人じゃないか」
「そうね。あと仄も問題ないわ、たぶん」
「なっ?」
『お嬢!?』
 胡蝶の一言に双方が動じ、乙矢が小さく吹き出す。
 洞窟を塞ぐ岩に空龍は『竜巻撃』の竜巻をぶつけ、更に『鬼腕』を使う仄が上級ジライヤと協力し、通路を作ろうと苦心していた。
 下調べをした胡蝶の指示で、幾度かの試行を繰り返した末。
「どっせぇぇぇ!」
 掛け声に重い音が続き、岩は『向こう側』へ落ちる。
 奥から埃っぽい匂いが漂い、胡蝶は双呪鞭を手に集中した。式の鼠が岩を駆け上り、光る蝶の明かりを頼りに先を確認する。
「作業続行で問題なさそうね。ん……仄、その左にある岩から動かした方が良いわ」
 式が失せるまでの短時間に見えた光景から胡蝶が指示を出し、「へいへい」と仄は袖をまくった。

「それで、岩の先はどうなっていたの?」
 興味を示すユリアの脇から、からくり執事が紅茶を差し出した。
「洞窟は、床に陶器のような焼き物の破片がずっと散らばっていて……少し進むと、また岩で塞いであったわ」
 難しい顔で胡蝶は答え、焚き火へ柴をくべる。
 夜を迎え、一同は一日の成果を報告しあっていた。砦周辺の調査も塁壁の修理も今のところ大きな問題はなく、砦内部の『見取り』も進んでいるが。
「それも無闇に積んだ訳じゃなく、トラップっぽいんだよね。天井に開けた穴に網で岩を固定して、下を通ったら落石して通路を塞ぐって感じ。多分、それが何箇所も」
 罠の有無を調べたケイウスの説明に、刃兼が考え込んだ。
「よほど、アヤカシの侵入を恐れたのか」
「逃げてきた人には、最後の砦だったのかもしれませんね。焼き物の破片も、罠の仕掛けだったのでしょうか」
「あの散らばり具合は、違うみたいだが……ふあぁ」
 神妙顔の乙矢に寝そべる仄が欠伸をした。
「でも、乙矢。熱意は買うけど、あまり小春に寂しい思いをさせては駄目よ。そうね……もし遺跡内部で珍しい石片が見つかれば、小春への土産にしてあげれば?」
「それは妙案ですね。ならば頑張って、奥へ辿り着かないと」
 ぽむと手を打つ仕草に、ユリアが小さく笑み。
「遺跡の建材も、もしかしたら希儀独自の素材があるかもしれないわよ。遺跡は『避難所』らしいという見立てだけど、希儀の人にとっての『本来の役目』は別にあったかもしれないわね」
「ここで昔、どんな人達がどんな生活を送っていたのか、考えるとワクワクするよ。」
 楽しげなふしぎに頷く胡蝶は顔を上げ、大草原の方角を眺める。
「まずは、この砦の再建が入植者の安全に繋がれば良いのだけど……」
 新天地に希望を抱き、汗水を流して努力した人々が理不尽に命を奪われる様など、繰り返したくなかった。
「対処療法ではなく、被害を未然に防ぐため砦の再建。その目処だけでも立てたいところね」
「それだけじゃなく……希儀が拓かれた今、また人が集まる場所になればいいな」
 ふっと刃兼は夜空を仰ぎ、ふしぎが緑の瞳を輝かせる。
「今と昔を結び合わせて、希儀で開拓している人達が、より安心して生活できる、その力になれたらいいなぁ」
「折角だし、その第一歩として砦を改名してはどうかしら? 入植者には嬉しい『豊穣の砦』とか」
「いいね、俺は賛成!」
 ユリアの案に、一番乗りでケイウスが同意した。
「遺跡や砦に、名前の参考になる物があればいいんだけど……なければ『黎明(れいめい)』かな。天儀だと、夜明けの事をこう言うんだよね。夜明けは再生や希望の象徴、人を護る砦として生まれ変ったんだって意味を込めて」
『刃兼はんのは?』
 期待に満ちた眼差しの仙猫に、しばし刃兼は腕組みをし。
「……『花敷(はなしき)の砦』。大草原の花々のように、多くの人が集まるよう願を懸けて」
「私は『ウートガルズ』を。希儀の文献で見た言葉で……意味は確か、『大きな城壁』だったかしら」
「でもな、胡蝶。古人にあやかるのもいいが、洒落っ気ってもんも欲しいかね。胡蝶砦なんてのは、どうあがっ!?」
 茶化した仄を無言で胡蝶が張り倒し、久しく絶えていた人の笑い声が砦に響いた。