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■オープニング本文 ●早春の誘い 東房では剣呑な空気が漂う天儀でも、春先に陽気につられた誘いは多い。 その日、とある依頼を目にしたゼロは、奇妙な面持ちで開拓者長屋の家へ戻った。 「何かまた、難しい仕事?」 真っ先に最年長の娘が察し、こそりと訊ねる。 昨年の夏から秋にかけ、ゼロは長く帰らぬ事が多かった。それを気にしているのだろう。 「いや。ちぃと、古い顔見知りがな……血生臭い話でもねぇし、気にするな」 苦笑い、ひらと手を振れば、頷いた娘は遊ぶ弟妹の元へ戻っていった。 依頼は数多ヶ原(あまたがはら)より、依頼主は柴上右衛門(しばがみ・うえもん)の名で。 『巷では梅や桃が咲いておるのに、天見の者は生真面目が過ぎる。ここは一つ、息抜きを兼ねて当主後見役らを驚かせてやろうぞ』 そんな旨が書かれていた。 柴上は御隠居、ご意見番とも言われる仙猫。天見元重(あまみ・もとしげ)らの堅物ぶりに、見かねて手を回したのだろう。 ゼロに、そのつもりはなかったが……。 「こうなると、元重にも親父の今際の話をせねば……げふっ!?」 どむんと背にぶつかる衝撃が、呟きと思案を遮る。 「まんまー」 「ぶー」 登りたいのか、よじよじと髪や着物を掴んで引っ張る感触に嘆息し。 「暁春(あきはる)、明煌(あきら)……てめぇら、にーちゃん達に遊んでもらってるんじゃあなかったのか」 両の肩に担ぐようにしてやり返すと、一歳と少しになる双子はきゃっきゃと笑った。 数日後。件の依頼を受けた者には、密かにゼロが同行する旨を告げられる。 一つ、先だって飯森領での依頼をこなしていた身である為、無用の詮索を避けたい。 一つ、内々に当主後見役と話がしたい。 それが、表立っての参加を秘す理由だった。 ●戦の次第 ほぅほ、けっきょ、と。 下手なウグイスの声がした。 まだ幾らか雪の残る数多ヶ原では、春の足音ものんびり気味だ。 『もう、三月だというのにのぅ』 自前の毛皮でも寒いのか、仙猫の柴上右衛門は半纏(はんてん)を羽織ってなお、火鉢の傍らで丸くなっていた。 「今年ばかりは春も少し遅い方が有難い。暖かくなれば、またぞろ何が蠢き出すか知れたものではないからな」 庭に面した座敷では、書机に向かった当主後見役、天見元重が領内からの報告の数々に目を通していた。 その半分は、同じ日にあった『藤見櫓(ふじみやぐら)の戦』と『与代森(よしろのもり)アヤカシ討伐』における損害や今後の見通しを総括したものだ。 ○ 藤見櫓の戦では、幾らかの死者と数え切れぬ負傷者が出た。 数多ヶ原方から出た死者は、天見家の家臣が三名。 ――いずれも斥候や伝令役で、偵察や移動の際に飯森の射手より狙われたと思われる。 攻めてきた飯森側の死者は、雑兵を中心に二十名余り。 ――数にアカヤシ化した鬼面の浪人集団は含まれず、また鬼面の浪人らによる惨殺が大半である。 飯森軍の五百に対し、数多ヶ原の手勢は開拓者を含め五十弱。双方の死者が一割に満たなかった事は『幸い』と言えた。 もっとも……「死者を出さぬ」という志で救護にあたった開拓者らにとっては、不本意な結末だろうが。 戦の後、遺体は荼毘(だび)に付され、骨は怪我の癒えた飯森の民が国元へ戻る際に持ち帰っていった。また数多ヶ原の侍も各々の家に遺骨が帰され、しめやかに葬儀が執り行われた。 戦場となった田畑では、雪が来る前に葵村の村人が油や撒菱などを含んだ土を取り払う作業を行った。荒らされた農作物は枯れるに任せ、後は土と混ぜて肥やしとなる。 この年、数多ヶ原における作物の出来具合は質や量共に『並』程度。財政にも余裕がある訳でもないものの、天見家は葵村の者達が餓えぬよう、援助と貢租の免除を決めた。 与代森はちょうど冬の到来と重なり、近辺の村々は大きな影響を受けなかった。 天見家でもアヤカシの動きがないか定期的に監視を続けているが、今のところ異常はみられない。 また戦の日に城町で発生した『蚊柱』のような黒い煙は、東の外れで集まった後に消え失せた。 発見し、追った開拓者によれば、正体は虫アヤカシの群れだという。 黒い煙が消えた付近は街道があり、旅の安全を祈願する為か小さな地蔵が祀られていた。それ以外は人の住む家や遺跡などもない野っ原で、何故そこで黒い煙が消えたかは未だに謎だ。 時おり人をやって様子を窺うも、変化は現れていない。 天見家の菩提寺『安康寺』では領内の僧達が境内を隅々まで祓い清めた上で、年の暮れに天見基時の一周忌の法要が営まれた。 年が明ければ、戦で落命した者も合わせて弔われ。 ようやく、数多ヶ原は新年らしい落ち着きを取り戻した。 一方、戦を仕掛けてきた飯森では、不穏な騒動が起きていた。 藤見櫓での一戦の直後に当主の三根秀久(みね・ひでひさ)が嫡男の義久(よしひさ)によって討たれ、氷沼城で首が晒されたというのだ。 しかし武天の都、此隅(こすみ)で此隅城に勤めている天見元信(あまみ・もとのぶ)の話では、同じく此隅にいる弟の三根秀和(みね・ひでかず)に帰郷する様子はなく、国許でお家騒動があったと思えぬ平静さだという。 新年を迎えても三根家に目立った動きは見られず、今なお飯森は完全に沈黙している。 ○ 「伝え言に倣えば、遠くないうち『蟲袋』の報復があると考えて相違ない。厄介なのは、それがいつか分からぬ事だ」 ふぅと重い息を吐き、報告を読み終えた元重は眉間の辺りを押さえた。 『出来れば、先んじて仕掛けたいところじゃろうが』 柴上が庭を見やれば、二歳の基宗の相手をする侍女らの笑い声がさんざめき。 更に耳をすませば、訓練に励む若侍らの気合いが聞こえてくる。 『少しは休め……お主も、そして津々もじゃ。気になるのか、足繁く与代森へ通っておるぞ』 「御隠居の忠言、痛み入る。しかし津々は、しばらく好きにさせてやってくれ。あいつは未だ、己が成すべき事を見つけられないのだろう。だから今は俺の代わりとして、アヤカシの討伐に専心するより他ないのだと思う」 『全く。兄妹揃って、面倒じゃの』 ぐぅと伸びをした御隠居は立ち上がり、元重を残したまま座敷を出ていく。 既に慣れた天見屋敷の廊下を歩き、すぐに目的の人物を見つけた。 『おぉ三枝、ちょうど良いところで会うた。首尾はどうじゃ?』 呼び止められた三枝伊之助(さえぐさ・いのすけ)は腰を落とし、扇子で招いた柴上と正面から向き合う。 「はい。御隠居様の御所望どおり、内密に神楽の開拓者ギルドへ依頼を頼みました」 『そうかそうか、大儀であった。後は、果報を寝て待つだけじゃのぅ』 満足そうな老仙猫は、悪戯っぽく猫の瞳を細めた。 |
■参加者一覧
有栖川 那由多(ia0923)
23歳・男・陰
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
リーディア(ia9818)
21歳・女・巫
ルシール・フルフラット(ib0072)
20歳・女・騎
禾室(ib3232)
13歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●説得工作 「何かあったのか?」 「おぅ。タダ酒が飲めると聞いて、様子見に来た」 急な来訪で緊張気味の天見元重に、しれっと鬼灯 仄(ia1257)が即答した。 「は?」 呆気に取られる元重を置き、重々しく禾室(ib3232)が頷く。 「うちの息抜き下手にも、よく説教するんじゃが……弓の弦はあまりに張り過ぎるとプッツリいってしまうのじゃ。適度に緩める事も必要なんじゃぞ」 「無名衆、戦の顛末、蟲袋……気になる事は多いですが、今は息抜きをしませんとね。張り詰めた糸は、容易く切れてしまいますから……」 間髪おかずルシール・フルフラット(ib0072)もたたみ掛け、異を唱える隙を与えない。 「津々殿は、お久し振りなのじゃー!」 兄と共に控えた津々へ、はぎゅっと禾室が抱き付いた。 「藤見櫓は大変だったそうですが、ご無事で何より」 笑んで背を撫でる妹に兄が頭を振る。 そんな元重に有栖川 那由多(ia0923)は親友を思い出して、くすと笑い。だからこそ謝らねばと、表情を引き締めた。 「報復の話、聞きました。俺、勝手に殺しに出て……すみません。だから言えた義理じゃないけど……せめて皆がいる間は、気を休めて下さい 」 「気にする必要はない。お陰で、こちらが出向かずに済むからな」 だが、気を張り続けるのは変わらない。 基時なら案じる者の気遣いを察し、上手く立ち回るだろうが……ふっと御凪 祥(ia5285)は思いを巡らせる己に気付き、単刀直入に切り出した。 「今日一日くらいは息抜きをしてくれ。務めが心配なら、二人の仕事の代わりをと思ったが、よくよく考えれば一人で……は難しい」 身体は一つしかないと、彼は肩を竦める。 「だから俺は、津々の仕事を代わりにしよう。討伐隊の稽古は以前も関わっているし……森へも戦いに行くわけでもないから、心配はない。その間、花でも眺めてくれ」 「あっ、俺はご隠居をお借りしていいですか。短いですけど、旅の縁もありますので」 那由多の頼みに柴上 右衛門は扇子で着物の袖を撫で。 「良いぞ。屋敷にこもりきりでは、カビも生えよう」 「ついでに城町の様子を見て回るのも、仕事のうちってな」 含めるような老仙猫に仄も合わせ、嘆息する元重へ祥が付け加える。 「ついでではないが、伊之助を借りたい。与代森へ行く午後だけでも構わないが……」 「えっ、俺!?」 今度は末座に控える三枝伊之助が驚き、「ついでに鍛えてもらえ」と仄がからかった。 「では」と元重らが支度に立ち、待つ隙に柴上がこそりと開拓者へ詫びる。 「手間をかけさせたのぅ」 「いや。柵に縛られぬ開拓者の身なれば……常の有り様が、息を抜いているとも言える。ならば、日頃の自由を少しなりとも彼らにと……そう、思っただけだ」 風はまだ冷たいが、縁側には春めいた日差しが注いでいた。 温かい茶を口へ祥は運び、ひと息つく。 「誰かと違い、動かぬからと蹴るのは流石に不味いだろうからな」 「ぶぇくしっ!」 「あら。ゼロさん、風邪ですか?」 突然のくしゃみにリーディア(ia9818)が夫を案じた。 「誰ぞが噂してんだろ」 「なら、よかったです。風邪だと、子守りをお願い出来ないので」 たすきをかけた上でフリルのエプロンをつけた妻はにっこり微笑み、姉さん被りにした手拭いを整え、草履を引っ掛ける。 残されたゼロは幼子らに虎やもふらのぬいぐるみを転がしながら、楽しげな後ろ姿を見送った。 ●そぞろの一日 春めく陽光の仕業か、城町の空気は明るかった。 武天の片田舎に出入りする商売人は増えていない。それでも住人相手に精を出す商人と、領内の方々から出てきた者達で通りは賑わっていた。 「藤見櫓の勝ち戦が、気分を明るくさせているのかねぇ」 日常の風景を見やる仄に、ルシールは不安の疼きを覚える。 「しかし戦った隣国もアヤカシも、根本は解決していないのですよね」 討伐隊の詰所で、祥と伊之助は一行と別れていた。実戦を重ねた武芸者がつける稽古を見るのは得難い機会だと、伊之助自ら一日の同行を元重へ申し出たのだ。 「伊之助も、もう見境なく合口を振り回すガキじゃあねぇしな。しかし仕事にしがみつくのもいれば、引き継ごうとするのもいて……明日をも知れぬ命だからこそ、気を抜けるときに花や女を愛でる心を持てねえもんかねえ」 堅物ぷりにやれやれと首を振った仄は店へ足を向け、酒と肴を物色していると。 「元重様、お久しゅうごさいます」 「津々姫様もご一緒とは。お加減は如何ですか」 お忍びではない天見の兄妹に気付いた町人らが声をかけ、花の散策と知るや酒やツマミを持ち寄ってきた。 「こりゃあ、酒は困りそうにないな」 「困るのじゃ! わしはまだ酒を飲めぬ……というか、昼前から飲む気か!」 ぷくぷくと禾室が頬を膨らませ、にんまりする仄を睨む。 「では、甘酒なども買いましょう」 笑ってなだめる津々へ禾室は顔を上げ。 「帰りは買い物じゃな。わしも腕を振るうが、津々殿も一緒に作るのじゃー!」 「私も、ですか? 薬の処方などは……習いました、けど」 「大丈夫。薬も食事も同じようなものですよ」 徐々に語尾が細くなる津々をルシールが励まし、禾室はどんと胸を叩き。 「ならば、わしが手ほどきしてやるのじゃ!」 弾む会話を眺める元重は、一抹の不安を覚える。 「すみません、付き合って頂いて。元重さん達に話すかは、御隠居に任せますから」 那由多は柴上と街道を行きながら、『借りた』事を詫びた。 「頼ったのはこちらよ。で、どうしたのじゃ?」 「俺、気になってる事があるんです。与代森で、野良……蟲袋はこう言った。『我を封じる地を治めし、天見が一族』……と」 まとめる為にも、那由多は考えを口に出す。 「『我を封じる地』『それを治める天見』。俺の友人は城町から東へ飛ぶ『蚊柱』を追い、群れはこの辺りで消えた。あれは蟲袋と関わりがあると思う」 目指す地蔵は、街道脇にぽつんと祀られていた。気にかける者がいるのか綺麗に掃除されている。 小さな地蔵の前で那由多は手を合わせ、北の方角を透かし見る。 「同時に、城町の東側にある安康寺。これまでも不審な事が多く起こったし、ゼロが瘴気感染した時も野良は寺の方へ去ってった……」 それから那由多は、柴上の手をぎゅむと掴んだ。 「御隠居、安康寺について何かご存知なら、教えて頂けませんか。もしくは、知ってそうな人を紹介して頂けませんか?!」 「言うても、儂は此隅の育ち……ああ、そうじゃ。有栖川の助けになるかは判らぬが」 言葉を切った老仙猫は何度も空気の匂いを嗅ぎ。 「数多ヶ原領の『ヘソ』は、ここのようじゃな」 「ヘソって……中心? けど、城町は……」 「確かに、執政の要は城町じゃ。地形の関係で双方が重ならんのは、珍しくもないがの」 「場所……基時さんの最後の言葉……片割れが死んだ場所、だから……」 何故か、不意に脳裏へ浮かび上がった言葉。 自身が聞いた訳ではないが、基時が死んだ部屋で『時の蜃気楼』を使った者達はそれを耳にした。 「俺、以前に多足の長い蟲の影を見たんです。つがいで動く蟲と、似てた気が……」 そういえば『蟲の影』を見たのは、西の山の山中。 与代森もまた、西の山にある。 そして西の山には、天見家の――。 未だモヤモヤした感覚ながら断片は徐々に繋がりを帯び、何かの形を成そうとしていた。 討伐隊の訓練は、変わらず基礎の徹底と持久力や連携に重点を置く。 刀や槍、薙刀なら素振り、弓や銃なら狙いの正確さ。馬上での武器の取り回しなど、技量の練度を高める姿に祥が何気なく問うた。 「与代森の一件、立ち回りなどで気になった点はなかったか?」 「我らはアヤカシと刃を交える事を許されませんでした。弱い数体ならまだしも、多数のアヤカシの前では……討伐隊も無力です」 悔しさを滲ませて一人が唇を噛み、別の者は急に膝をつく。 「御凪様は、アヤカシの将と戦われたと聞き及んでおります。教えて下さい、どうすれば我らもアヤカシに勝てますか!」 「お願いします!」 「どうか、ご教授を!」 志体のある者ない者、二十人ばかりが次々と地に頭をこすり付けた。 伏して切願する一同に、彼は困惑し……。 「どうかしました、御凪様?」 名を呼ばれ、馬に揺られていた祥ははたと我に返る。 「いや。少し……考え事だ」 「お疲れですか。討伐隊と何度も手合わせをされましたし、ご無理はなさらず」 「そうだな」 やがて着いた与代森は変わりなく、伊之助へ馬を預けた祥は単身で森に入った。 念の為『心眼「集」』で探るも、怪しい気配はなく。報復の機会を窺うような、虎視眈々とした空気も感じ取れない。 「どうでした?」 森から戻った途端、訊ねる伊之助へ首を横に振り。 「案ずるな、何もなかった。ところで伊之助、藤見櫓の戦はどう感じた。参加したと聞いたが?」 今度は祥が聞くと少年は消沈する。 「頭が真っ白になって、あまり……」 「そうか」 差し出される手綱を祥は受け取り、馬に跨った。 「いらっしゃいませ〜」 街道沿いの小さな茶店で。来客の気配にリーディアが表へ出れば、緋毛氈を敷いた床机に禾室が腰掛け、手を振る。 「いらっしゃったのじゃー!」 「ふふっ、町の方はどうでした?」 「楽しかったですよ。梅や桃の花を眺めながら休んでいると、町の人が酒や料理を持ってきて」 「気が付いたら、みんな一緒に酒盛りなのじゃ。いい大人が昼間っからじゃぞ、全く」 思い返して笑うルシールと禾室の話に、おんぶした暁春をあやしながらリーディアも微笑ましく耳を傾けた。 「天見の方々は、本当に好かれてますよねぇ」 「では、白湯で胃の腑を休めて下さいな」 酔い覚ましにと、老婆が湯呑みを運ぶ。 「リーディアさんもね」 「そろそろ、店じまいの頃合い。不慣れな孫夫婦が作ったもので申し訳ありませんが、団子も茶も好きなだけお召し上がり下さい」 続いて現れた主人の老人も、一礼をし。 「俺は湯の番と子守り程度で何もしてねぇだろ、じーさん」 バツが悪そうに、明煌を負ぶったゼロが奥から訂正した。 「……主」 「あれは私どもの孫。嫁に行った娘、初の子。何卒お目こぼしいただければ」 口を開きかける元重へ、先に老人が詫びる。 そこへ新たな駕籠が着き、一人と一体の客を降ろした。 「よかった、追いついた……て、お前、その格好!」 茶店に立つ大柄な姿――長い髪を束ね、たすき掛けの長着に前掛けを付け、おんぶ紐で子供を背負うゼロが真っ先に目に入り、那由多が吹き出す。 「ですよね、おかしいですよねーっ」 「まだ笑い足りねぇか。来てからずっとだぞ」 笑って同意するリーディアに膨れつつ、団子の皿を床机に置き。 「そんな顔で、客に団子を出されてもなぁ。ああ、酒はないのか?」 足を組んだ仄は、にやにやと注文をつけた。 ほどよく酔いが醒めた頃、一行は辞去を告げる。 リーディアとゼロも別れの挨拶をし、老夫婦に見送られて共に天見屋敷へ向かった。 ●夜の花陰 屋敷へ戻って早々、食材を手に禾室は津々と台所へ繰り出し、紅白の梅が咲く縁側には宴席が設けられた。 女中が用意した膳に加えた料理は、主に禾室が作ったものだったが。 「ゼロさん、ありがとうございました。いつか、お腹の子や夫と御挨拶に伺うという約束を果たせました。茶店の手伝いや、一緒にお菓子作りも出来ましたし」 子供をあやす妻の頭を夫はぽふりと撫で。 「帰ったら、留守番組にも作ってやらねぇとな」 「はいっ」 嬉しげな表情を見るゼロが、やがて口を開いた。 「それが最期の言葉だったから、ずっと黙ってたが……親父は、さ。でかい大百足に襲われたんだ」 「……ゼロ?」 感情は少なく、まるで遠い昔話でもする様に、ぽつぽつと言葉を落とす。 「あの日、親父はアヤカシ討伐に向かった。日が暮れてなお数匹の大蜘蛛と対峙する最中、赤い布をつけた別のアヤカシが親父へ襲いかかったんだ。斬り捨てた供侍の一人が布を剥いで……気が、触れた。気が触れて、親父に刀を向けた。 後は、俺もよく分からねぇ。布ごと斬り捨てた直後、森の闇からヤツが現れ……親父は、逃げろと叫んだ。生きて、そして起きた事を明かすな、と。だから兄上にだけ、話した」 沈黙と沈んだ空気に、がっしと那由多は親友の肩へ腕を回し。 「呑もう、ゼロ。久々に飲むぜ!」 「那由多……」 何か言いたげな様子に先んじて、那由多は酒杯を押し付ける。 「あ、駕籠の一件は何も言うなよ? 信じてたし、実際ゼロは俺を切ったりしなかった。俺は、それでいいんだ」 「そういえば、元重殿には恋人や奥さんはおらぬのか?」 「げふん!」 唐突に禾室から話を振られ、神妙な顔だった元重が酒にむせる。 「なんじゃ、おらぬのか。イケメンなのに勿体無いのぅ……」 「なっ、何を!?」 「夜の宴ではコイバナが鉄板だと、酒場のおばちゃんが言ってたのじゃ!」 「ほらよ、もっと飲んで食って楽しめ」 更に脇から、仄が酒を勧め。 「ここは正直にいきます。私は、津々さんと元重さんを甘やかしたいです! これでもかとっ」 何を決意したのか、拳を握ってリーディアが力説した。 「弟妹が気を張り詰め続けてるとあっては、義姉としてはもう……だからせめて、頭撫でていいですか!」 「い、いいです、けど?」 子供らに和んでいた津々が勢いに気圧されると、嬉々としてリーディアは頭をわしゃわしゃ撫でる。 「あの、酔ってます!?」 「かもなぁ」 戸惑う妹にゼロが呟き、ルシールもくすくす笑った。 「津々さん……責を感じて、その為に何が出来るのかずっと暗中模索しているように、お見受けしました。私も以前に別のアヤカシを追っていた時、そうでしたから」 思い起こすルシールは息を吐き。 「責に潰されない為に、強くあろうとし続ける。でももし、弱さを見せられる人がいるのなら……その人に頼るのも良いと、思うんですよね」 「そ、そのような、方は……」 「津々さんは……進みたい道、見つけました? 道を見つけたなら、私はめいいっぱい応援しますよ」 うな垂れる津々に、察したリーディアは再び頭を撫でる。 「料理もそうじゃが。あえてゆっくりと、次に何を作るかとか考えるのもええのではないかのぅ」 案じる禾室は狸尻尾をぱたぱた揺らし、背後では柴上がわざと尻尾を避ける風に前足でちょっかいをかけていた。 「そういえば。戦の時、ゼロ殿の方では何があったのじゃ?」 気付かぬフリで禾室が問えば、ゼロは「伝にまた借りが出来ちまっただけだ」と酒を舐め。 「明日には、基時さんにご挨拶に行きたいですね。暁春さんと明煌さんを見せに」 リーディアが見上げた空には、月が煌々と輝く。 独り祥は宴席を抜け、月影を縫って安康寺を訪れていた。 実の親兄弟の墓参すら、していないのだが。 「何かやり通して、大丈夫と思い切っても、やはり未だ向き合えないのだ」 基時の墓前で祥は胸の内を明かし、静かに瞑目した。 |