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■オープニング本文 ●珍妙なる注文 「あの‥‥この依頼、輸送護衛のお仕事ですよね」 依頼状の下書きを手にした若い受付係が、戸惑った表情で先輩へ聞いた。 「ええ。何でも、高価な宝珠を運ぶから護衛をつけて欲しいって事らしいわ」 「それで、どうして募集が『頑丈な人と軽い人』なんでしょう?」 「なんでも、護衛のお仕事は事前テストみたいなもので、本当は試作滑空機の試験搭乗者をしてもらいたいみたいなのよね」 「でも清書用の下書きには、どこにも書いてませんよ?」 筆を片手に首を傾げる後輩に、先輩受付係は肩を竦める。 「依頼人からの要望なのよ。『驚かせたいから、依頼を受ける開拓者には内緒にしてくれ』って。それに、高価な宝珠を運ぶのは本当だから」 「変わった人なんですね‥‥この依頼人さん。依頼を頼んでくる依頼人さんも、いろんな人がいますけど」 しげしげと感心する受付係の肩を、先輩の受付係はぽんと軽く叩く。 「そんな訳で、清書の方はよろしくね。さっきの話は、書いちゃダメよ?」 「はい、判りました」 こくんと一つ頷いて、おもむろに後輩は硯の墨を筆に含ませた。 ○ 数刻後、開拓者ギルドに依頼が一つ加えられた。 案件は、『輸送護衛』。 朱藩の北部にある山岳地帯の村へ定期的に荷物を届ける、定期便を守るという内容だ。 普段は護衛など不要なのだが、今回は荷物の中に高価な宝珠が含まれている為、特別に開拓者達を雇うらしい。 かかる日数は、朱藩の首都『安州』から馬で約一日。 早朝に出発すれば、夜には村へ着くという。 だが山では日が暮れるのも早く、慣れぬ者が夜に山道を歩くのも危険な為、護衛の開拓者が必要と判断すれば麓で一泊の宿を取る事も許可されている。 道中での不安要素は、『山賊の出現』と『アヤカシの襲撃』。 荷馬車が通るような街道では、そういう襲撃が起きる可能性は大きい。 また宝珠は厳重に包装されているが、衝撃を与えると欠けたり破損したりする恐れもある‥‥らしい。 とにかく無事に宝珠を受取人へ手渡せれば、それで依頼は完了との事だった。 ●仕掛け人 「それで、宝珠の話自体は本当なのか?」 呆れた風に少年が尋ねれば、竹ひごや紙など様々な材質で作られた、様々な形の意味不明な物体達の中から、ふつふつと笑い声が返ってきた。 「それは、本当だとも。なかなか、質の良さげな宝珠でね。高く安定した出力が望めれば、きっと実験は成功すると思うんだよね」 「‥‥ブッ壊れて、ドッカに飛んで行っちまうのが関の山なんじゃね?」 茶化す少年へビシッと突きつけられた人差し指が、得意げに左右へ振られる。 「いいかい、我が賢明な助手君。落ちる心配をしていると、人は空を飛べないんだよ」 「まーた、始まった」 脱力した様に大げさに溜め息をつくと、少年は座っていた作業台からぴょんと飛び降りた。 少年が勢いよく扉を開けると、柔らかな風が緑の香りと共に作業所へ入り込む。 作業場のすぐ近くの牧草地が、滑空機の試験場だ。 乗る人によって、飛距離がどれくらい変わるのか。 滑空機にかかる負荷が、どの程度なのか。 そもそも、重い人間を乗せても試作滑空機は耐えられるのか。 それらを調べるために、開拓者達の力を借りたいらしいのだが。 「それより先に、墜落した時の予防策を考えた方がいいと思うんだけどなぁ‥‥その辺、『先生』はヌケてんだよな」 先が思いやられると、助手の少年は歳に似合わぬ溜め息をついた。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
美空(ia0225)
13歳・女・砂
蘭 志狼(ia0805)
29歳・男・サ
相馬 玄蕃助(ia0925)
20歳・男・志
秋霜夜(ia0979)
14歳・女・泰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
煉(ia1931)
14歳・男・志
μ(ia4627)
13歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●安州発、北へ 空は晴天、吹くは涼風。 「絶景かな、なのであります」 荷馬車の上では置き人形の如く、鎧兜をつけた美空(ia0225)が揺られていた。 「見張りに身が入り過ぎて、落っこちないようにね」 「はい。大事な荷物の、護り役でありますから。美空は一生懸命皆さんを応援するので、頑張ってほしいのでありますよ」 前を行く万木・朱璃(ia0029)が気遣えば、美空は膝の上の桐箱をぽんと叩く。 「麓の村までは馬で、一泊した後は徒歩で目的地‥‥ちょっとした小旅行だね」 慣れない馬の背ながら、μ(ia4627)は楽しげだ。 「だが、随分と気前の良い依頼だな‥‥」 割のいい仕事に、逆に煉(ia1931)は胸騒ぎを覚えていた。 「心の隙が出来やすい状況で、力量を試しているのかもしれません。それに護衛のお仕事は、開拓者の基本が試されると思うのです♪」 挑む様な青い瞳で秋霜夜(ia0979)が予想し、そして馬の腹を軽く蹴った。 「では先行偵察、行って来ますね!」 歩度を早めた霜夜へ、大きく美空が手を振る。 「気をつけて、いってらっしゃいでありますー!」 荷馬車の後ろを固める相馬 玄蕃助(ia0925)がその背を見送り、隣を進む天河 ふしぎ(ia1037)が口を尖らせた。 「なに、その残念そうな顔」 「し、心外なっ。霜夜殿の柳腰が見れず、残念など思っておらん」 「白状してるって」 「何っ?」 すかさずふしぎに突っ込まれた玄蕃助がうろたえ、後方での騒々しい会話に朱璃はがくんと頭を垂れる。 「男って‥‥」 どこか消沈した様子に、馬を並べた蘭 志狼(ia0805)が不思議そうな顔をした。 「もしや、秋が柳腰だという話を気にしているのか? 確かに言うほど華奢でもなく、均整が取れているがな。もちろん万木の長身や確りした体格も、恵まれていると思うが」 「志狼さん‥‥そういう表現は、年頃の女の子に言わないものですっ」 褒めたつもりの志狼だが、笑顔の朱璃は目が笑っていない。 原因の一端と気付かぬ志狼は、彼女の不機嫌にはてと首を傾げた。 ●仕事は抜かりなく 「お疲れ様でした。帰りも、どうぞよろしくです」 麓の宿へ着くと霜夜は馬の顔を撫で、一日の労をねぎらう。 「そうか、そちらも別れ難いか。案ずるな。戻りも再び背を借り‥‥て、いててて、噛むな噛むな!?」 同様に馬へ手を伸ばした玄蕃助は、その手をはぐはぐ噛まれていた。 「馬にも、好みがあるのですね」 「嫌って噛む時と、甘噛みの延長がありますや」 妙に感心する美空へ馬丁(ばてい)が答え、朱璃は手綱を渡す。 「後は、お願いします。それにしても、道中は暑かったですねぇ」 「お風呂に入って、さっぱりしたいかも」 襟をつまんだμが、胸元を扇ぎ。 「僕は、夕飯も楽しみかなぁ」 女性陣に混じったふしぎの姿に、何故か違和感はない。 ‥‥そして。 「あれは、暑さでのぼせたのか?」 「そうかもな」 馬屋の片隅で、何故か一人流血の惨事を展開中の玄蕃助へ志狼が怪訝な顔をし、煉は適当な返事をした。 「仕方ない。俺達は食事をずらし‥‥そういえば、宝珠は?」 気付いた志狼へ、煉は女性達が消えた方向を指差す。 「まだ、美空が持っている‥‥と思うが」 「む、それはいかん。女風呂だな!」 その時、志狼らの背後でゆらりと起き上がる影一つ。 「おんなぶろ、とな? さては蘭殿、覗きを‥‥!」 「するかーっ!」 即否定した志狼が成敗するより先に、玄蕃助は血を鼻から再噴出し、自滅する。 「‥‥すまん。介抱を頼んだ」 『血の海』に沈んだ相手に志狼は頭痛を覚え、後を託すと大股で女性達の後を追った。 些少の騒動はあったが開拓者達は夕食を取り、風呂で疲れを洗い流す。そして二人組の四組で宝珠を守る順を決め、一時(約2時間)を目安に交代とした。 「しかし、男性陣は賑やかですねぇ」 一日を振り返り、ほっと息を吐く朱璃。 「賑やかといえば、最近、夜なのによく人の話し声が聞こえてくるんだよね。やっぱり都って、夜でも人が多いんだね」 最近、神楽へ引っ越したというμの感想に朱璃は頷いた。 「確かに、天儀でも大きな都ですからね」 最初の番は、彼女ら二人。 次に志狼と霜夜、玄蕃助とふしぎ、最後に美空と煉の順番で、眠気覚ましに他愛のない話に興じながらも、ぬかりなく目を光らせる。 交代の際に小さなトラブルはあったが、無事に一夜は明け。 翌日早朝、一行は前日と同じ布陣で荷馬車を囲み、徒歩で宿を発った。 山中の街道は狭まって曲がりくねり、見通しが悪くなる。 御者や宿の者の話では稀に山賊が出るが、金を渡せば命は取らないという。 「賊相手となれば、いささか緊張致しまするな。アヤカシはともかく、人に槍を付けるは慣れておりませぬ故」 出くわさぬよう願う玄蕃助だが、先行する霜夜が不穏な知らせを持って戻った。 「この先の大きな岩陰に、山賊らしき数人が潜んでいるようです。ただ‥‥」 足を止めた者達へ、断片的に耳へ届いた話を彼女は伝えた。 やがて一行は、問題の岩陰へさしかかる。 「‥‥くるぞっ」 心眼で何者かの存在を察知した煉が、小さく警告し。 ばらばらと、岩陰から三人の男達が現れた。 「お前ら、先へ行くには通行料が必要だぜ。命で払うか、お宝で払うか。歯向かうと、岩陰の仲間達が矢で‥‥」 刃物を片手に脅す相手へ、長槍「羅漢」を携えた志狼が、ずいと摺り足で進み出た。 「荷を奪いたくば、この俺を倒してからと心得よ‥‥!」 志狼に合わせ、長槍を手にした玄蕃助もまた前に出る。 二人の後ろでは煉と霜夜が身構え、最後尾はふしぎが固め。 「山賊さん達、ザンゲキエフさんに怒られる前に、帰った方がいいと思うよ〜?」 すぐ斬撃符を使えるよう符を握るμは、朱璃と荷馬車の陰に身を隠し、美空は変わらず荷馬車の上だ。 守りを固めた陣の先頭で、玄蕃助はぶんと長槍を振り下ろし。 一回転させた羅漢を脇で止めた志狼が、腰を落として身構える。 「蘭 志狼、参る!」 声を張った志狼が槍を繰り出せば、山賊達は肝を冷やしたか。 ギャッと叫んで虚勢が吹き飛び、我先にと逃げ出した。 「ふぅ‥‥秋殿の、言う通りでしたな」 無用の争いを回避して、玄蕃助はほっと肩の力を抜く。 山賊は相手の数の多さを恐れ、多くの仲間が周囲に潜むと思わせる策に出たのだが、所詮は命を奪えぬ者達の集まり。 脅す前に脅し返せば逃げるだろうという、目算だった。 「でも、一応は先を急いだ方がいいかも」 念の為とふしぎが急かし、再び一行は山道を進み始めた。 目的の村が近付くと、歩く者の上を鳥ではない大きな影がサッと過ぎった。 「わふー‥‥」 目深に被る兜を手でちょっと持ち上げながら、美空は空を見上げる。 「今の、もしかしてグライダー?」 「あれが見えたら、村はもうそこでさぁ」 御者の言葉通り、そこから一刻もかからずに、荷馬車は小さな村へ到着した。 「やぁ、ご苦労様」 届け先で一行を迎えたのは、にこやかな青年だった。 懐から美空が大事そうに取り出した桐箱を受け取ると、中身を確認して頷く。 「確かに。ありがとう」 「では、これで‥‥」 「あ、待った。実はまだ、『依頼』は終わってないんだよ」 暇(いとま)を告げる者達を引き止めた依頼人は、含みのある笑顔でそう言った。 ●旨い話の裏側 「わぁ‥‥」 緑野へ出た霜夜は、思わず立ち止まる。 そんな彼女の脇を抜けたふしぎが、草の上で待つ二機の試作滑空機へ駆け寄った。 「見てみてみて、グライダーだよっ!」 目を輝かせて機械仕掛けの翼の周囲をぐるぐる回り、おもむろに機体へ触れようと手を伸ばすが。 「触るのはいいけど、壊すなよ?」 陰にいた少年に言われ、慌てて手を引っ込めた。 「べっ、別に珍して触ろうなんて、してないんだからなっ」 赤くなりながら、つぃとふしぎはソッポを向く。 「ほう。こういう物は初めて見る」 遅れて志狼が歩み寄り、霜夜は依頼人へ振り返った。 「これ、飛ぶんです?」 「勿論。でも、テストが必要なんだよね」 「‥‥‥‥は?」 思わぬ言葉に、煉は怪訝な表情で目を瞬かせる。 「その為に『軽い』か『頑丈』な人を、護衛に頼んだ訳」 あっけらかんと経緯を明かす依頼人に、複雑な表情で朱璃が考え込んだ。頭の中では『軽い』『頑丈』という単語が天秤皿に乗っけられ、上下している。 「ま、テストは抜き打ちだから、無理は‥‥」 「乗る! 僕、絶対に乗る!」 「ボクもっ。空は浪漫だよね!」 「美空も乗りたいでありますっ」 「乗りたいのりたいー。やってみとうござるぞー!」 説明が終わる前にふしぎやμ、美空ら年少組と玄蕃助が、一斉に立候補した。 出遅れた霜夜は滑空機と依頼人をそわそわ見比べ、煉は複雑な顔をし、腕を組んだ志狼が滑空機を観察する。 「俺の体格が役立つなら、幾らでも協力しよう。この中では最も重いし、頑丈だ」 「それがしも、頑丈さには定評がござる! 時に、なぜ頑丈さが必要なのでござるか?」 「それは聞かぬが花、だよ」 首を傾げる玄蕃助へ、依頼人は意味深に指を振った。 「ふむ、なれば良いのじゃが」 「わ、私は軽いですよ! 女ですから! 今回の面子は、若くて小柄な人も多いから‥‥たまたま、重い方に入ったんです!」 『頑丈』な会話でガツーンと脳裏の天秤が傾いたか、顎をあげて朱璃が主張する。 「でも、これ‥‥落ちたら、タダじゃすみませんよね?」 「ちゃんと落ちれば大丈夫だよ。たぶん」 緊張感皆無な依頼人に、彼女は一抹の不安を覚えた。 「機首は急に上下せず、落ちそうな時はもふらさまの群れに突っ込む。いい?」 腰を固定するだけの『操縦席』に突き出た、複数のレバーやペダル。それらを前に、助手から操縦方法と注意点を教わると、まずμがテストに挑戦した。 緊張気味で、立った状態から腰を少し落とす。 「いいよー」 少女の合図で、斜面にある『発射台』の軌条を滑空機が滑った。 「えっと、機首を上げて加速‥‥」 説明の通り、レバーの一つを手前へ倒し、握り手の引き金を引く。 機体下部の機械から、小さな唸る音が聞こえ。 ふわりと、滑空機が地上から浮いた。 「う、わー‥‥」 吹く風と離れる地面に、彼女は息を飲み。 見守っていた美空や霜夜も、後を追って駆け出す。 「飛んでるのであります!」 「ええ、本当に。飛んでますっ」 楽しげに歓声をあげる地上に対し、当のμは焦っていた。 「あのっ。降り方、どうだっけーぇっ!?」 助けを求める声が、牧歌的な光景に響く。 「よし、行け‥‥飛べーっ」 「きゃ〜ぁ〜っ!」 レバーを操作するふしぎの後ろで、美空が悲鳴が尾を引いた。 小柄な身体は革帯でふしぎと固定しているが、飛ばされそうな向かい風に美空は目の前の背中へしがみ付く。 「ふむ。やはり二人乗りは、安定性が課題だね」 傾く翼に依頼人は飛行距離や改善点を紙にしたため、何気なく煉は霜夜へ目を向けた。 「秋も、すっかり夢中か‥‥」 「だって‥‥だって、命を持たない翼ですけど、飛ぶ姿って綺麗じゃないですかー☆」 滑空機の挙動に一喜一憂する霜夜は、何とか姿勢を保ちながら青い草の上を滑る機体に釘付けで。 「確かに‥‥凄いものだが」 「じゃあ、次は君が乗るかい?」 「いや、俺は見る方がいい。それより、彼女を‥‥」 依頼人の誘いを断った煉は、ちらと霜夜を見やる。 「いいんですか!?」 「飛びたいんだろ?」 問い返す煉に、何度も霜夜は首を縦に振った。 「すっごい、どきどきしたでありますよ」 「危険かもしれないけど、やっぱり空は最高だよ! 切り裂く様な風も、僕に何かを語りかけてる気がするんだ」 すっかり興奮気味の美空とふしぎに、μも満面の笑顔で頷いた。 「ボクも今度は、自由に飛んでみたいな」 楽しげな少年少女の感想を聞きながら、草の上に座った朱璃は大きく息を吐く。 「万木は、乗らないのか?」 頭上の声を視線で辿れば、袖に手を入れた志狼が立っていた。 「万が一に備えて救護役を‥‥それに体重重いから、落ちたとか言われたくないですし」 呟けば、低く唸って志狼は思案顔を返す。 「むぅ。乗らなければ、重いから乗らないと思われる気もするが。聞けば、仮に落ちてもそれはそれで、後の人助けに繋がるそうだ」 俯き、肩を震わせた朱璃は、急に金髪を揺らしてキッと志狼を振り仰いだ。 「そこまで言われて、引き下がれませんっ。れっつ、ぽじてぃぶしんきーんぐ!」 謎の気合と共に立ち上がり、依頼人の元へ走る朱璃。 「‥‥矢張り女は、よく判らん」 後ろ姿を見送り、残された志狼はポツリと呟いた。 やがて霜夜が着陸すると、次に朱璃を乗せた滑空機が地上から浮き上がる。 それは慎重かつ短い緩やかな飛行だったが、無事『帰還』した朱璃はどこか誇らしげだった。 さて、何事もなく順調と思われたテスト飛行だが。 「ぬおぉぉぉー!?」 玄蕃助が乗る滑空機は人の身長位に浮いてから、急速に高度を下げた。 慌てた玄蕃助はレバーを動かすが、滑空機は尻を草地に擦りながらバウンドし、遂にすっぽ抜けるようにひっくり返る。 「大丈夫です!?」 弾みで緑野へ投げ出された玄蕃助へ、急いで朱璃やμが駆け寄った。 「頑丈である故、傷もかすり傷程度‥‥しかしこれは重いせいか、重いせいなのかっ?」 「えっと‥‥手当て、しておきますね」 苦笑しながら差し伸べた朱璃の手が、淡い光に包まれる。 「しかし‥‥凄いものだな」 煉の素朴な感想に、依頼人は指を振った。 「姿勢制御用の浮遊宝珠を増やしてみたからね。均衡が崩れたり、着陸時にある程度サポートするんだけど、まだ通常の宝珠より小さくて質も悪い。重量など諸々の負荷が重なると、上手く出力調整が出来なくてさ」 「という事は‥‥」 説明を聞いた煉は、不安げにもう一機の滑空機に立つ志狼へ目を向ける。 「発航するよー」 「ああ、ところで落ちそうな場合は‥‥」 振り返って尋ねる志狼だが、がくんと機体が揺れ、視界が勝手に動き出した。 「む、もう飛んでいるのか」 のん気というか、動じないというか、取り乱す事なく志狼はレバーの一つを握る。 が、直後に後部の機械が唸りを止め。 山間を吹き上げる風に、グライダーが煽られた。 「やべ、風宝珠が‥‥止まってーっ!」 急いで少年は叫ぶが、浮遊宝珠の効果か滑空機が傾きながら軌条を離れる。 推進力のないまま、機体は風に乗るように滑空し。 「む‥‥むむむっ!?」 戸惑う志狼の天地が、逆しまになり。 めきごきぐしゃっ。 素敵な『破壊音』に、見守る者達が呆気に取られた。 「も、もふっ」 「ももふ〜」 見事もふらさまの群れへ『着地』した志狼は、もふらさままみれになっている。 「連続離着陸と高負荷は、やっぱり宝珠の出力バランスを狂わせるなぁ。それに、機体の耐久度と安定性と‥‥」 「つまり‥‥まだまだ未完成、というところか」 依頼人は安否よりも原因を分析し、風に吹かれながら煉が嘆息した。 |